日本地理学会発表要旨集
2025年日本地理学会春季学術大会
セッションID: 413
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非都市型観光地におけるインバウンドの流入と宿泊業の誘客戦略
―長野県軽井沢町の事例―
*綱川 雄大
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抄録

Ⅰ.問題の所在および研究方法

 観光地においては,地域全体での持続可能な地域発展が要請されている.この背景には,COVID-19からの再生をはじめ,観光産業による自助努力での持続的な経済振興の確立が求められていることがある.非都市部に位置する観光地では,その手段としてのインバウンド誘客が不可欠なものとして位置付けられ,その期待を裏書きするように,2024年11月現在の訪日外客数は既にコロナ禍前の年間水準にまで回復している.経済振興のためのインバウンド観光への需要は,今後ますます高まっていくと考えられる.

 国内におけるインバウンド観光の動向を見ると,最近では大都市圏を中心としたゴールデンルート以外の,主に非都市型観光地へと足を運んでいる姿が確認されている.インバウンドの流入の傾向が見られる一方で,非都市型観光地に立地する個々の事業体において,具体的にどのような誘客手法が立てられているのかは分析されていない.将来的な集客増加と地域全体での経済振興を展望していくうえでも,これに資する知見の一端を提示する研究を行うことは不可欠である.そこで本研究では,長野県軽井沢町を事例に,観光産業の中でも特に経済けん引力の強い宿泊業に焦点をあて,インバウンドを誘客するためにどのような戦略が採られているのかを明らかにしていく.

 観光産業の集客獲得に注目した既往研究では,主にICT(情報通信技術)の登場・普及によるデジタル技術を活用した誘客手法の分析に多くの焦点が当てられてきた.換言すれば,観光地の観光事業体と観光客を仲介・媒介する流通チャネルの様相を明らかにすることに力点が置かれてきたと言える.事業体の収益化のための誘客戦略は,どのような意図を持って誘客が企図され,誘客後にどのようなサービスを展開することで次の誘客に繋げていくかといった,誘客の前後においても発現するものである.従って,ICTによる媒介機能への注目は,そうした戦略全体の一部分のみを明らかにしてきたに過ぎない.よって,本研究では宿泊業の経営戦略に着目し,誘客前から誘客後までの手法を一連のプロセスとして体系的に把握することで,インバウンドを流入させるための誘客手段を考察していく.具体的には,誘客前・誘客段階・誘客後の戦略をそれぞれ事業戦略・Webマーケティング戦略・人材戦略に位置づけて分析する.

Ⅱ.研究結果

 本研究の調査対象は16施設である.軽井沢町は標高1,000mの高原リゾートであることから,夏季の避暑を中心とした観光需要が入込客の大部分を占めており,冬季を中心とした閑散期には収益が低下するという課題を抱えていた.各宿泊施設は,そうした冬季を基調とした需要落ち込みに対してインバウンドを流入させることで対処を図っている.軽井沢町のインバウンドを国籍別に見ると,台湾・香港を筆頭にタイやシンガポールといった東南アジアの国々で大部分を占める.各宿泊施設は雪見やスキーといった冬季需要を持つ彼らにターゲティングすることで,誘客前における冬季での収益獲得を企図している.実際の誘客段階において,その誘客手段として既往研究のデジタル技術の一端をなすOTA(宿泊予約サイト)が活用される.そこでは,冬季へのインバウンドの収益化に繋げる具体的な方策の一つとして,夏季における海外OTAでの情報の不掲載を行うといった実践が把握できる.また,インバウンドの流入に関しては実質的に海外OTA経由が独占的な状況にあり,今後のインバウンド誘客でもそれに依存せざるを得ない現状が示唆される.誘客後の宿泊施設でのサービス提供に注目すると,相対的に資金力のある大規模宿泊施設ほど外国人材を雇用する傾向がある一方,個人経営の小規模宿泊施設ではボディランゲージや翻訳機を利用してコストを抑えており,接客サービスそれ自体が商品価値の一端を形成する宿泊業においてサービス提供の差異となって立ち現れている.同時に,外国人材の雇用が,各宿泊施設の就業環境・給与水準を維持したまま,人手不足の現状に対応する方策としても活用されている実態が浮かび上がる.

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