アジア経済
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論 文
「問題解決型コア部品」ベンダーとしての台湾企業の興隆過程と知識の獲得 ――液晶テレビ用SoC事業の事例分析――
川上 桃子
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2018 年 59 巻 4 号 p. 2-33

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《要約》

本稿では,台湾の半導体設計企業による液晶デジタルテレビ用SoC事業の分析を通じて,後発工業国の企業が,製品の中核機能が高度に集約された「問題解決型コア部品」の供給者として高い市場シェアを確立するにいたった過程を明らかにする。分析にあたっては,台湾のSoCベンダーが,コンポーネント知識のみならず製品レベルの知識までを獲得するにいたった過程に光をあてる。まず,台湾企業が先発SoCベンダーへのキャッチアップを遂げた局面を分析し,コンポーネント知識の5つの獲得経路を示す。また,これらの企業が,顧客が直面する問題の解決と顧客のもつ製品知識の吸収を並行して行うなかから,製品レベルの知識を獲得した経緯を明らかにする。次いで台湾のSoCベンダーが高い市場シェアを確立した局面を分析し,これらの企業への製品知識の持続的流入のメカニズムを示す。最後に議論のまとめを行う。

はじめに

Ⅰ 本稿の分析視点

Ⅱ 台湾SoCベンダーの市場参入過程

Ⅲ テレビ市場の構造変化と台湾SoCベンダーの興隆

Ⅳ 両M社のキャッチアップ成長と部品・製品知識の獲得

Ⅴ 両M社の支配的地位の確立と製品知識のさらなる流入

むすび

 はじめに

本稿の目的は,後発工業国・台湾の企業が,製品の中核機能をカプセル化した「問題解決型コア部品」の供給者として急速な成長を遂げ,市場を席巻するにいたった過程を,知識の獲得メカニズムに着目して明らかにすることである。分析対象には,台湾の半導体設計専門企業(ファブレス企業)2社による液晶デジタルテレビ用SoC(System on a chip)事業の事例を取り上げる。

2000年代半ばまでのテレビ産業の主力製品であったブラウン管アナログテレビは,製品の機能要素と部品等の構造要素のあいだに複雑な相互依存関係がある「インテグラル型」(すり合わせ型)[藤本 2013]の製品であった。しかし,1990年代後半から2000年代前半にかけて,テレビ産業では,①表示装置の革新(ブラウン管から液晶パネルへ),②電子回路のデジタル化,③放送方式の変更(アナログ放送からデジタル放送へ)が矢継ぎ早に起こり,ブラウン管アナログテレビから液晶デジタルテレビへの製品移行が起きた(注1)。一連の技術変化を経て,テレビは,製品の機能要素と構造要素のあいだに一対一の対応関係があり,主要部品を組み合わせることで開発できる「モジュラー型」(組み合わせ型)[藤本 2013]の製品へと変化した[新宅・善本 2009, 89]。この過程で,テレビのシステム設計のすり合わせ要素の多くが,システムLSIとよばれる半導体チップのなかに集約されるようになった[新宅・善本 2009; 小笠原・松本 2006]。また,半導体微細加工技術の発展にともない,複数のシステムLSIに分かれていた機能をひとつのチップのなかに集約することが可能になり,製品を構成する中核機能が,システム・オン・チップ(以下,SoC)とよばれる統合度の高い半導体チップのなかに集約されるようになった(注2)

このような技術変化と軌を一にして,テレビ用SoCの市場では,2008年頃から台湾系の半導体ファブレス企業であるエムスター(注3)(晨星半導體,MStar Semiconductor)とメディアテック(聯發科技,Media Tek Inc.)が急速な興隆を遂げた。その英語名から「両M」(雙M)とよばれるこの2社がテレビ用システムLSIの市場に本格的に参入したのは,2005年頃と遅い。しかしその興隆はきわめて速く,2011年第4四半期には,両M社の出荷量の世界シェアは合わせて68パーセントに達した(iTers News[2012]。原データはHIS Display Searchの市場レポート)。2014年にはメディアテックがエムスターを買収し,テレビ用SoC市場で圧倒的なシェアを占める台湾ベンダーが出現することとなった(注4)

テレビの中核機能が高度に集約されたデジタルテレビ用SoCは,「テレビの基本機能を果たす心臓部」[山田 2012]である。その供給者には,部品レベルの技術知識のみならず,テレビという製品そのものについての技術知識や市場情報の保有が欠かせない。顧客であるテレビメーカーが直面する技術面,事業面での課題を把握し,自社が提供する部品を通じてそれを解決する能力も求められる。そのため,2000年代半ばまで,その主要ベンダーの顔ぶれは,高い技術力をもつ米国や日本の半導体企業によって占められていた。遅れて市場に参入した台湾企業は,技術面でも,主要なテレビメーカーとの接触機会の面でも,不利な立場にあった。このことを考えるとき,両M社が,2008年以降のわずか数年のうちに急速に興隆し,高い市場シェアを獲得して先発の米系ベンダーを市場撤退に追い込んでいった過程が,探究に値する「奇異な事象」[久米 2013]であることがわかる。

それでは台湾企業は,いかにしてSoCの作り手に求められる部品レベル,製品レベルの知識を獲得し,短期間のうちに先進国企業へのキャッチアップを遂げ,市場を席巻するにいたったのだろうか。本稿では,筆者が2007~16年にかけて行った34件のインタビュー調査(26ページのインタビューリスト参照),既存研究の成果,新聞・雑誌記事等をおもな分析材料として,この問いを考察する。

本稿の構成は以下の通りである。第Ⅰ節では,問題設定を行い,分析視点を導入する。第Ⅱ節では,両M社のテレビ用SoC市場への参入の経緯を分析する。第Ⅲ節では,両M社の知識獲得過程と密接な関わりをもつ顧客の移り変わりのプロセスを整理する。第Ⅳ節では,両M社がテレビ用SoC市場の下位セグメントに参入し,先発企業への急速なキャッチアップ成長を遂げた局面を取り上げ,この時期の両社の部品レベル,製品レベルの知識の獲得過程を分析する。第Ⅴ節では,両M社が市場での高いシェアを確立した局面の知識獲得過程を考察する。むすびでは,議論のまとめを行い,本稿の含意を論じる。

Ⅰ 本稿の分析視点

本節では,分析課題の設定と分析視点の導入を行う。まず,東アジアの後発工業国企業の成長に関する先行研究をサーベイし,本稿の分析課題とその意義を示す。次いで,テレビ用SoCの特性を検討し,これを「問題解決型コア部品」として把握する視点を導入する。そのうえで,「問題解決型コア部品」ベンダーとしての台湾企業の興隆を分析するに際しては,コンポーネント知識,製品知識の獲得過程に注目する必要があることを示す。

1. 先行研究の視点と本稿の課題

東アジアの後発工業国の産業発展,企業成長に関心を寄せる研究者らは,遅れて市場に参入したアジアの企業が,優れた技術力やブランド力をもつ先進工業国企業へのキャッチアップを遂げ,さらにこれを凌駕するにいたった過程に着目し,その背後で働いた企業レベルの成長メカニズムについての実証分析を行ってきた。なかでもアジア企業が急速なキャッチアップと発展を遂げたエレクトロニクス産業については,多様な事例分析が積み重ねられてきた。

吉岡[2010]は,韓国のサムスン電子が半導体メモリ市場で日本企業にキャッチアップし,さらには先行優位を確立するにいたった過程を,1980年代以降の国際的な技術環境の変化とサムスン電子による技術学習に即して明らかにした。川上[2012]は,台湾のノート型パソコン受託製造企業が,産業内分業のなかで生じた知識と情報の流れを吸収・活用して急速な能力構築を実現した過程を分析した。赤羽[2014]は,台湾・韓国の液晶パネルメーカーが日本企業へのキャッチアップを遂げた過程を分析し,パネル産業の技術環境の変化,半導体産業との技術的共通性の活用,日本人技術者の招聘が果たした役割といった要因を指摘した(注5)田畠[2017]は,台湾の液晶パネルメーカーが,国境を越えて転職した日本人技術者を介して技術知識を獲得した過程を描き出した。これらの研究はいずれも,後発工業国企業が,自社が開発・製造する部品(半導体メモリ,液晶パネル)や製品(ノート型パソコン)に関する技術知識や市場情報を獲得し,優位性を高めていったプロセスに着目し,その背後で作用した内的,外的要因を明らかにした。

これに対して本稿では,後発工業国の企業が,自社が開発する財(部品)のみならず,それが搭載される財(システム製品)に関する知識をも獲得していくプロセスに光をあて,その背後で展開した知識獲得のメカニズムを明らかにする。本研究のこの特徴は,以下に見るSoCの性格と深い関わりをもつ。

2. テレビ用SoCの性格規定――「問題解決型コア部品」としての把握――

技術経営論では,他の企業が補完的な製品,サービス,技術を開発するうえでの基盤となる製品,サービス,技術等を「産業プラットフォーム」とよぶ[Gawer and Cusumano 2002; Gawer 2009, 45, 54]。先行研究では,ある部品・サービスが産業プラットフォームとしての役割を果たすためには,それが①製品(技術)システムの中核となる機能を少なくともひとつ担っていること,あるいは当該産業で生じている問題を解決するものであること,②接続・拡張が容易にできること,という条件を満たす必要があることが指摘されている[Gawer and Cusumano 2008, 29]。また,産業プラットフォームとなる部品や技術は,③製品システムを構成する他の部品・技術とのあいだに強い機能的相互依存性をもち,それ単独では価値をもたず,システムを構成する他の部品・技術と組み合わさることではじめて高い価値を発揮するものでもある[Gawer and Henderson 2007, 4]。

テレビ産業では,半導体微細加工技術の急速な進化と,統合度の高いシステムLSIへのニーズの高まりを背景に,2000年代を通じて半導体チップの集約化が進み,テレビの基本機能がひとつのシステムLSIのなかに集約されるようになった。こうして誕生した液晶デジタルテレビ用SoCは上記の要件①~③を満たしており,産業プラットフォームとしての機能を果たしている。本稿ではこの点をふまえたうえで,液晶テレビ用SoCの事例分析を行うにあたり,「産業プラットフォーム」概念からさらに一歩踏み込んで,これを,「問題解決型コア部品」という本稿独自の視点によって把握する。その理由は,以下のとおりである。

近年,産業組織論の視点から,「プラットフォーム」を「複数のユーザー・グループを仲介し,両者のマッチングとやりとりのために利用される基盤」[立本 2017, 29]としてとらえ,市場で働くネットワーク効果や,プラットフォーム企業の価格戦略等を分析する研究が次々と登場している(注6)。この過程で,「プラットフォーム」概念は拡張され,金融サービスや小売業の分析等に広く適用されるようになっている。一方で,本稿が依拠するような「他の企業が補完的な製品等を開発するうえでの基盤となる製品等」を指す概念として「プラットフォーム」を用いる用法は急速に周縁化されつつある。このことをふまえると,テレビ産業のなかでSoCが果たしている役割を把握するうえでは,そのコア部品としての特性に焦点をあてた,より具体的な概念によって性格規定を行うことが望ましい。特に,テレビ用SoCでは上述①の要件「当該産業で生じている問題を解決する」ことが重要であることに光をあてる必要がある。

以上のような認識のうえに,本稿では,ガウアーらの「産業プラットフォーム」概念からさらに一歩踏み込んで,液晶テレビ用SoCを「問題解決型コア部品」として性格規定することとする。

3. 本稿の着眼点――知識獲得過程への注目――

前項で示した産業プラットフォームの要件①~③からは,液晶テレビ用SoCのように,顧客の製品開発の基盤となり,また当該産業において生じている問題を解決する役割を担う「問題解決型コア部品」の供給者には,(a)製品システムの中核となる機能を提供できる知識と能力,あるいは当該産業で多くの企業が直面している問題を解決することができる知識と能力,(b)ユーザーにとり利用や拡張が容易な製品を開発するための知識と能力,(c)自社が提供する部品・技術と製品システムを構成する他の部品・技術のあいだの機能的相互依存性に関する知識および相互依存性の調整能力,の保有が不可欠であることが導かれる。Henderson and Clark[1990]および楠木[1998]の概念を用いるならば,これらの企業は,特定のコンポーネントに関する知識(コンポーネント知識,機能知識)のみならず,コンポーネント間の相互関係や連結に関する知識(アーキテクチャ知識,製品知識)も保有していなければならない。

このような高いハードルの存在する「問題解決型コア部品」の市場において,後発のテレビ用SoCベンダーである両M社はどのように米国や日本の企業へのキャッチアップを遂げ,さらには先発企業に対する逆転を遂げたのか。本稿では,両M社の興隆過程を分析材料として,遅れて市場に参入した後発工業国企業が,コンポーネント知識のみならず製品知識までを獲得し,「問題解決型コア部品」の市場を席巻するにいたった過程を解明する。

台湾のSoCベンダーに関しては以下のような優れた先行研究の蓄積があるが,いずれも,コンポーネント知識,製品知識の獲得メカニズムのダイナミクスに焦点をあててはいない。王[2010, 第4章]は,メディアテックをはじめとする台湾ファブレス企業の急速なキャッチアップの背景を論じたが,台湾におけるIT産業の発展基盤,業界構造や企業文化等に光をあてており,その成長を可能にした知識獲得過程には踏み込んでいない。同様に[2009](曾[2009])の焦点も,おもに台湾ファブレス企業の急速なキャッチアップを可能にしたエンジニアの組織文化や勤労インセンティブの分析にある。岸本[2017]は,豊富な企業インタビューの成果をふまえて台湾のファウンドリおよびファブレス企業の競争戦略と優位性を多面的に解明した労作であり,メディアテックに代表される台湾ファブレス企業についても,その強みが巧みな二番手戦略にあること,その競争優位性が低コスト・低価格,スピードと柔軟性,手厚い顧客サポート等にあることを,豊富な事例を用いて明らかにしている(注7)。また,メディアテックの強みである「トータルソリューション」(後述)を提供するうえでは,システム製品に対する理解力,顧客ニーズを把握できる人材が不可欠であることを指摘し,これらの人材の供給源について論じている[岸本 2017, 72-73]。これらの論点は本稿の関心と重なっているが,岸本は企業レベルの時間展開的な知識獲得プロセスには立ち入っておらず,またその分析の主眼は,台湾ファブレス企業の競争力とその背後にある戦略の解明に置かれている。同様に佐藤[2016]は後発性と革新性という視点から台湾半導体産業の発展を論じるなかでメディアテックによる中国ロウエンド市場の開拓を論じているが,企業戦略の分析が中心であり,知識獲得過程の考察は行っていない。朝元[2014, 第2章]も,企業戦略に着目してメディアテックの発展史を叙述・分析している。小川[2007]許・今井[2010]は,メディアテックの光学ディスクドライブ用SoCおよび携帯電話用SoC事業に関する重要な先行研究であるが,その関心の焦点は,同社の「トータルソリューション」とよばれる事業モデルや,メディアテックが中国企業のものづくりを支える「産業プラットフォーム」の提供者として果たしてきた役割にある。このように,台湾のファブレス企業に関する先行研究は,企業戦略に光をあててきた。一方で,時間展開的な知識獲得過程の分析は十分に行われていない(注8)。しかし,企業が激しい市場競争のなかで,優位性を維持・更新しつつ成長を遂げていく過程を把握するうえでは,企業の戦略の分析のみならず,企業の経営資源の中核をなす知識の獲得プロセスに光をあてる必要がある。企業の戦略に着目する視点とその経営資源に着目する視点は相互補完的であり[岡田 2001],企業成長のダイナミズムは,この両方に即して分析する必要があるからである。

本稿ではこのような問題意識のうえに,企業の成長を知識発展のダイナミクスに即してとらえようとするアプローチ[Penrose 1995 (1959); Itami with Roehl 1987]に立ち,両M社が「問題解決型コア部品」ベンダーとして興隆するにいたった過程を,コンポーネント知識,製品知識の獲得プロセスに着目して明らかにする。

Ⅱ 台湾SoCベンダーの市場参入過程

本節では,メディアテックおよびエムスターの市場参入の過程を考察する。はじめに,テレビ用システムLSIのワンチップ化の過程を整理し,両M社の参入以前のテレビ用SoC市場の競争状況を分析する。次いで,両M社の参入の経緯を考察する。

1. 両M社参入以前のシステムLSI市場における競争の構図

放送局の送信機から送られた信号(OFDM信号)は,テレビ受信機で受信されたのち,おおまかに以下のようなプロセスを経て,視聴可能な映像・音声情報となる。すなわち,OFDM信号は,①選局部で希望の伝送チャンネルが選局され,デモジュレータ(復調部)でデジタル信号が取り出される。②誤り訂正が行われ,TS(トランスポートストリーム)パケットに戻される。③TSパケットを分離し,映像音声のパケットはMPEGデコード部へ,データ放送のパケットはCPUへそれぞれ送られる。④MPEGデコード部でTSパケットから映像・音声信号が復号される。⑤これらのデータが,スケーリング,デインタレースといった処理を経て表示部(液晶パネル)やスピーカーに送られる[瀬戸市 2003, 第2章]。

この一連の信号処理は,初期には,個別機能に特化した複数のシステムLSIをメインボード上で配線することで実現されていた。しかし,複数の機能をひとつのチップのなかに集約することができれば,チップのインテグレーションを行う手間が節約できるうえ,チップの調達コストの削減,製品サイズの小型化が可能となり,ユーザーであるテレビメーカーに多大なメリットを生む。そのため,システムLSIベンダー各社は,半導体微細加工技術の進歩を利用しつつ,テレビの中核機能をひとつのチップのなかへとカプセル化する「ワンチップ化」に向けてしのぎを削ってきた。

ブラウン管アナログテレビでは,1990年代末までにデコーダ・チップと画像処理チップのワンチップ化が完了した(注9)。しかし,2000年代に入り,液晶デジタルテレビへの移行,DVDプレイヤーやゲーム機等の外部機器との接続需要の出現といった変化が起きると,テレビのメインボードには再び,個別機能に特化したシステムLSIが数多く搭載されるようになった。

2000年代を通じて,システムLSIベンダー各社は,より統合度が高く,より安価で,かつ安定的なパフォーマンスを実現できる製品の提供をめぐって,激しい開発競争を繰り広げた(注10)。2000年代半ば頃,この競争を主導していたのは,米系のベンダーであった。例えば米・トライデント(注11)(Trident Microsystems)は2002年に,他社に先駆けてビデオデコーダ,スケーラ,デインタレーサの3つの機能をビデオプロセッサとして統合した。米・ジェネシス(Genesis Microchip)や米・ピクセルワークス(Pixelworks)も,翌年これに続いた[董 2004]。さらにトライデントは,2006年初めに他社に先駆けてHDMIをビデオプロセッサに取り込んだ[邱 2006, 134]。MPEG2デコーダ,オーディオプロセッサ,PCI/USBインターフェースの統合も,競争の焦点となった(注12)拓墣業研究所 2006, 89-90]。

2006年第3四半期の世界のテレビ用コントローラチップ市場の上位ランキングを見ると,米・トライデント(28パーセント),米・ジェネシス(23パーセント),スイス・マイクロナス(Micronas Semiconductor)(14パーセント)の上位3社が市場の約66パーセントを占めており[蕭 2006],欧米系ベンダーの優位性は明らかであった。これらのベンダーは,幅広い顧客向けに,顧客のニーズの共通部分を抽出・展開して多数の顧客向けに開発・販売するシステムLSI――いわゆるASSP(application specific standard product)――を販売する事業形態をとり,高いシェアを実現した。

一方,シャープ,松下電器,ソニー,東芝セミコンダクター等の日本の総合電機メーカーも,この時期には高い競争力を有していた[朝元 2014, 104]。これらのメーカーのシステムLSI事業は,同一企業(ないし同一グループ)内のテレビ事業部門の製品に対して最適化したカスタム型の半導体製品――ASIC(application specific integrated circuit)――の開発製造を主軸としつつ,合わせて外販も行っていた。2004年にはシャープ,松下電器,東芝,ソニー,富士通のデジタルテレビ用コントローラチップ市場でのシェアの合計が39パーセント(金額ベース。原データはIDC,拓墣業研究所[2006, 87])を占めるなど,日本勢も高い競争力を有していた。しかし,2000年代半ば以降,液晶テレビの製品価格が急速に下落し,システムLSIのワンチップ化,ASSPの性能向上が進むと,日本勢のシェアは低下した。米国や台湾のファブレス企業がウェファー加工を台湾のファウンドリ(ウェファー加工受託製造企業)に委託する身軽な体制を築いたのに対し,日本の総合電機メーカーの多くが垂直統合型の生産体制を有していたことも,コスト面で不利に働いた。

両M社は,以上のような優れた技術力をもつ先進国企業が激しい競争を繰り広げる市場に遅れて参入した。以下ではこの経緯を見ていく。

2. 両M社の参入過程

(1)メディアテック

メディアテックは,台湾半導体産業のパイオニア企業である聯華電子(UMC Electronics Co.)のファウンドリへの組織再編にともない,同社のマルチメディア製品開発チームが分離独立して1997年に成立したファブレス企業である(注13)。設立当初の主力製品であったパソコン用光学ディスクドライブ用チップセット,DVDプレイヤー用のチップセットで大きな成功をおさめ,2003年にはGSM方式の携帯電話向けチップの提供を開始した。

メディアテックは,上記のいずれの市場にも後発のベンダーとして参入し,短期間のうちに高いシェアを獲得することに成功した。その成功の鍵となったのが,同社の「トータルソリューション」戦略である。「トータルソリューション」とは,システムLSIを,ソフトウェア,推奨部品リスト付きの参照設計(リファレンス・デザイン)等とパッケージ化したものである[大槻 2007a, 41; 丸川・安本 2010, 107-108; 岸本 2017, 72-74; 96-99]。メディアテックは,トータルソリューションの提供を通じて,技術蓄積に乏しい製品メーカーでも製品開発ができるような産業環境を創出し,中国をはじめとする新興国のシステムLSI市場を席巻して成功をおさめた。なかでも同社のトータルソリューション戦略が大きな成功をおさめたのが,中国の携帯電話およびスマートフォン産業であった[許・今井 2010; 岸本 2017]。2000年代後半には,メディアテックが提供する統合度の高いシステムLSIとファームウェア(電子機器に組み込まれるハードウェア制御用ソフトウェア)を用い,同社が提供する推奨部品リスト付きの回路基板の参照設計を利用すれば,技術力の低い中国の中小地場メーカーでも携帯電話を開発できる環境が出現した。これは,活発な企業参入を引き起こし,中国の携帯電話産業の急速な発展を後押しした(注14)

メディアテックが,デジタルテレビ用システムLSIの開発に着手したのは2003年頃のことである。テレビ用チップへの参入にあたって同社が狙いを定めたのは,技術発展の方向をめぐる不確実性が最も低いと見られた米国市場であった(注15)。同社は,2003年から北米のATSC方式のデモジュレータ,デコーダ,画像コントローラの開発を同時並行で開始し,2005年初頭に画像コントローラ,ついでデモジュレータを発売した。いずれも性能面ではトライデント等の先発企業の製品に劣っていたが[吳 2009],限られた開発資源を北米規格向けに集中投入することで,早くも2005年の時点で,ATSC方式のデモジュレータ,デコーダ,画像コントローラ,HDMIチップの4製品をラインナップに揃えることに成功した。2006年には欧州規格(DVB),次いで日本規格,中国規格のテレビコントローラチップも発売した。

(2)エムスター

エムスターは,米国に留学したのちテキサス・インスツルメンツの米法人やTSMCで技術者としての経験を蓄積したエンジニアらや交通大学の研究者らにより,2002年に創業された。同社のコア技術は,創業メンバーらが得意としたミックスト・シグナル(アナログ・デジタル信号の混在)の設計技術であった。中国では,デジタルテレビ放送のサービス開始が2008年と遅かったため,液晶アナログテレビの時代が長く続いた。優れたアナログ・デジタル・コンバータ技術をもつエムスターは,中国でその本領を発揮した。

エムスターは2003年に液晶モニターコントローラを,2004年にブラウン管テレビ画像処理チップを,2005年に液晶モニターおよびブラウン管テレビのコントローラチップをそれぞれ発売した。2008年にはATSC方式用,DVB方式用のデモジュレータを投入し,2009年にASTC方式向けおよびDVB方式向けのワンチップSoCを発売した[開曼晨星半導體公司年報各年版]。同時期,同社は世界最大の液晶モニターコントローラチップのベンダーへと発展し,2007年にはその世界市場の6割を占めるまでに成長した[天下雜誌編輯部 2007, 145]。

以上の流れからわかるように,メディアテックが2005年の時点でデモジュレータから画像コントローラまでの広い製品ラインナップを確立していたのに比べて,エムスターは2008年になるまで,デモジュレータも発売しておらず,メディアテックに比べても液晶デジタルテレビ用システムLSI市場への参入のタイミングはさらに遅かった。しかし2008年以後の同社の成長は非常に速く,テレビ用SoCのシェアでは,2009年にメディアテックを抜き,2011年には世界市場シェア首位(39パーセント)に立った[IHS Technology 2012]。これは,同社が爆発的な成長が期待された中国市場に狙いを定め,早くも2006年の時点で,液晶モニター用および液晶アナログテレビ用チップの最大のベンダーとなるなど[簡・黄・黄 2009, 5-1],急成長を遂げる中国市場でいちはやく地歩を固めたことと関係しているとみられる。また,メディアテックが2000年代後半に携帯電話向けシステムLSIを中心に,モバイル部門に多大な経営資源を投入したのに対して,エムスターは液晶モニター用と液晶テレビ用のチップに特化し,ここに資源を集中投入した[大槻・呉 2012]。これも,同社のテレビ用SoC市場における急速な成長を可能にした要因のひとつであると考えられる。

2000年代半ばには,両M社のほかにも,複数の台湾のファブレス企業がこの市場に参入した。しかし,ジェネシスによる特許侵害訴訟の影響や,チップのインテグレーション競争での遅れといった理由により,その多くは市場から撤退していった[拓墣業研究所 2007, 85]。リアルテックやノバテックはデジタルテレビ用SoC事業を継続したが,両M社との市場シェアの差は大きく開いていくこととなった。

Ⅲ テレビ市場の構造変化と台湾SoCベンダーの興隆

SoCはテレビの中核機能を司るコア部品であり,その開発にあたっては,テレビのシステムを構成する部品間の相互作用や,将来のテレビに求められる機能についての理解が不可欠である。これらの情報を獲得するうえでは,完成品メーカーと緊密な情報交換を行い,顧客が直面している問題や,製品市場の趨勢に関する情報を入手することが鍵となる。

しかし,台湾系ベンダーが液晶テレビ用システムLSI市場に参入した時点では,台湾には市場で主導的地位にあるテレビメーカーは存在しておらず,この点で台湾のファブレス企業は不利な状況にあった。また,テレビメーカーはSoCの選定には慎重にのぞむため,この点でも,実績のない新規参入企業は不利な立場にあった。メディアテックおよびエムスターは,このような状況をいかに乗り越え,コンポーネント知識,製品知識を獲得して急速な興隆を遂げたのか。本節では,両M社の知識獲得過程を分析するのに先立ち,液晶テレビの製品市場の階層構造に注目して,両社の顧客獲得・拡大の過程を跡づける。

1. テレビ市場の階層構造と「ロウエンドからの参入」

2000年代前半までのテレビの主力製品であったブラウン管テレビは,製品開発の要である画像の作りこみにあたって,主要部品であるブラウン管,チューナー,画像処理システムLSI等の相互調整を必要とする「すり合わせ」型の製品であった[小笠原・松本 2006(注16)。そのため,ブラウン管やチューナー等を内製する日本や韓国の総合電機メーカー(注17)が,製品市場で優位に立った。

液晶デジタルテレビの時代が到来すると,テレビの開発は,システムLSIや液晶パネルにカプセル化された製品知識を物理的に調達することで可能になり[新宅・善本 2009],技術的な参入障壁は大きく低下した。その結果,液晶デジタルテレビ産業では,①液晶パネル等の基幹部品とテレビの生産を統合的に行い,自社ブランドでの製品販売を行う垂直統合型(サムスン電子,LG電子等)(注18),②基幹部品を外部から調達し,製品組立と販売を自社で行う中度統合型(TCL等の中国企業),③ブランド企業が商品企画と販売を行い,受託生産企業が製品設計と生産を行う「垂直分裂型」(注19)(米国の流通系中小ブランドと台湾の受託生産企業の分業モデル),といった複数の事業モデルが並存するようになった[川上 2015]。日本企業は,当初は①であったが,市場シェアの低下とともに②,さらに多くのメーカーが③の事業モデルへと移行していった。

図1には,両M社がテレビ用SoC市場に参入した2000年代半ば頃の液晶デジタルテレビ市場の状況を,概念図として示した。この時期,市場のハイエンドを主導していたのは,日本および韓国の上位企業であった。これらの企業は,ブラウン管アナログテレビの時代からテレビ産業を主導してきた企業群である。なかでもシャープをはじめとする日本企業は液晶テレビの技術革新のリーダーであり,ブランド力と技術力を活かして高機能・高価格の製品を次々と開発し,ハイエンド市場に位置取りした。

図1  2000年代半ばのテレビ市場の階層構造

(出所)筆者作成。

他方,ロウエンド市場には次の2つのグループが参入していた。第1のグループは,北米の中小ブランド企業向けおよび中国のテレビメーカー向けに受託製造を行う台湾の受託生産企業(ODMメーカー,EMSメーカー)(注20)である。米国では,2000年代半ば以降,液晶テレビへの製品移行にともない,多数の新興テレビブランドが出現した(注21)。その多くは流通業者によるブランドであり,製品の設計と生産は台湾のODMメーカーに委託する業態をとった。その受託生産の担い手となったのがTPVテクノロジー(冠捷科技,TPV Technology Limited),ホンハイ(鴻海精密工業,Hon Hai Precision Industry Co., LTd.),アムトラン(瑞軒科技集団,AmTRAN Technology Co., LTd.)といった台湾系ODMメーカー,EMSメーカーであった(注22)。その多くがモニター等のパソコン関連機器の受託生産からテレビ製造に参入した企業であった。なかでもTPVは,2013年に液晶テレビの生産台数で世界4位になるなど[EMS One ニュース 2014],高いプレゼンスを確立した。

第2のグループは,ブラウン管テレビから液晶テレビに展開した台湾,中国の地場系テレビメーカーである。なかでも中国のTCL(TCL集団,TCL Corporation),ハイセンス(海信集団,Hisense Group Co., Ltd),長虹(四川長虹電器,Sichuang Changhong Electric)等は,中国国内で築いた販路網の面での優位性と価格競争力を発揮して中国市場の拡大とともに急速な成長を遂げ,後には輸出にも力を入れるようになった。

メディアテックおよびエムスターのチップを最も早く採用したのは,ロウエンド市場向けの生産を行うこれらの企業群であった。特に早期採用者として重要な役割を果たしたのが,台湾のODMベンダーであった。拓墣業研究所が整理した2006年のシステムLSIの採用状況を見ると,米・シンタックス社向けに台湾・歌林が製造した機種,米・ビジオ(Vizio)社向けの台湾・アムトランのモデル等の機種で,メディアテックのチップがいち早く採用されていたことがわかる[拓墣業研究所 2006, 103-104, 表4.2.]。また,エムスターの初期の顧客も,TPVをはじめとする台湾系のODMメーカーであった。台湾の老舗電機メーカーであり,台湾市場向けにテレビの自社ブランド生産を行っていた大同,東元電機等も,早い時期から台湾系ベンダーのSoCを採用した。

両M社が最初に獲得したこれらの「身近」な顧客は,後に両社が漸進的な販路の拡大を遂げていくうえで重要な役割を果たすこととなる。

2. 液晶テレビの「コモディティ化」と芋づる式の顧客の広がり

延岡・伊藤・森田[2006, 25]は,優れた技術力をもつ日本企業が,液晶テレビをはじめとするデジタル家電製品分野で価値獲得に失敗してきた原因として,これらの製品で急速に進んだ「コモディティ化」――参入企業が増加し,商品の差別化が困難になり,価格競争の結果,企業が利益を上げられないほどに価格が低下する現象――のインパクトを指摘した。また,コモディティ化の要因として,①製品アーキテクチャのモジュラー化,②中間財の市場化,③製品の顧客価値の頭打ち,を指摘した。テレビ産業では,2000年代前半に起きた①と②の変化に加え,2000年代を通じて液晶パネルやSoCの性能向上が急速に進み,消費者が画質や機能の追加的向上に対して支払う付加的対価が逓減する「顧客価値の頭打ち」現象が起きた。

液晶テレビの製品コモディティ化は,2000年代を通じて急速に進んだ。液晶パネルの価格の低下とあいまって,テレビの製品価格は急速に下落した。これは,液晶テレビの生産主体の顔ぶれの入れ替わりをもたらした。図2には,2002~17年の液晶テレビ生産台数のメーカー国籍別シェアを掲げた。2010年以降,市場の拡大にもかかわらず日本企業の生産台数が減少に転じ,代わって韓国,台湾,中国企業の生産台数が急拡大を遂げたことが見て取れる。

図2  液晶テレビの企業国籍別生産量と日本企業のシェアの推移

(出所)富士キメラ総研『ワールドワイドエレクトロニクス市場総調査』より筆者作成。

(注)①企業の国籍別分類は筆者による。②2016年のデータは有機ELテレビを含む。

両M社は,このテレビ生産の主役の交代劇を追い風としてロウエンド市場からハイエンド市場への販路拡大を遂げ,市場での支配的地位を確立するにいたった。この連鎖的な発展のきっかけとなったのが,米・ビジオ社の躍進であった(注23)。ビジオは,台湾出身の創業者がもつ人脈を活かして,台湾企業に製品設計と生産を委託する身軽な体制でテレビ産業に参入した。また,機動的なパネル調達戦略,大手小売チェーンに的を絞った流通政策をとって,高い価格競争力を実現した。同社の躍進は,液晶テレビの「機能の頭打ち」現象の現れでもあった(注24)

前述のようにビジオは,早い時期から台湾系ベンダーのSoCを採用していた[拓墣業研究所 2006, 103-104, 表4.2.4]。ビジオが2007年第2四半期に米国市場でシェア首位に立つと[大槻 2007c],他のテレビメーカーの台湾系SoCベンダーへの関心は高まった(インタビュー20)。まず韓国勢が,2007年頃から両M社のSoCを採用するようになった。サムスン電子は2006年からメディアテックのチップを採用していたが[邱 2006, 134],ビジオの躍進を見て,より広範な機種に採用するようになった(インタビュー20)。その後同社は,主要調達元をエムスターへと切り替えた。

2010年代初頭には世界シェア1位のサムスン電子の液晶テレビの7割,同2位のLG電子の製品の9割にエムスター製のASSPが搭載されたという(注25)大槻・呉 2012, 22](原データは元大証券の推計)。さらに2012年頃になると,ビジオや韓国勢の成功を受けて,それまで自社製ASICを用いてきたソニー等の日本企業も,両M社のSoCを段階的に採用するようになった(注26)謝 2012]。

このような両M社の「芋づる式」の販路拡大の過程において,台湾のODMメーカーは重要な役割を果たした(注27)。テレビの受託生産では,発注元であるブランド企業がSoCの選定を行う場合と,ODMメーカーの側でSoCを選定して作成したプロトタイプをベースとする場合がある。液晶テレビのコモディティ化が進み,市場競争が,コストと製品投入速度をめぐるものへと変化するにしたがい,多くのブランド企業は,開発・設計の手間の節約とリードタイムの短縮に直結する後者のタイプの取引へと軸足を移した(インタビュー19,28)。台湾系ODMメーカーにSoCの選定権が移動したことは,早くからこれらのメーカーに食い込んでいた台湾のSoCベンダーに有利に働いた。ODMメーカーが両M社の製品の有力なマーケッターとなった様子は,以下の証言から見て取れる。

「初期にはSoCの選定にはブランド企業の影響力があった。しかし2007年頃からはODMメーカーがブランド企業に向かって『ここの(製品)がいい,これ(特定の製品)がいい』ということを説得するようになった」(インタビュー31)

「TPVは,顧客をつかまえるのが非常にうまい。そしてうち(M1社)のチップを使うことのメリットを顧客に説明するのも巧みだ。彼らのマーケティングチームは大変実力がある」(インタビュー18)

やがて,両M社は,台湾のODMメーカーを介さず,委託生産の発注元である日本メーカーと直接取引をするようになっていった。その具体的な例として,日本のJ社とM1社(両M社のひとつ)の事例を紹介しよう(インタビュー20)。

J社は元々,台湾のODMメーカーT社に製品の開発・生産を委託しており,テレビの製品開発にかかわる技術協業は,おもにT社とのあいだで行っていた。しかし,J社の目には,T社のシステムLSIに関する知識は不十分であると映った。J社は2000年代後半を通じて,技術問題の解決にあたって,T社を交えつつもM1社と直接やりとりをするようになっていった。やがて,2011~12年頃から,J社はT社に委託する製品のみならず,自社で開発する製品にもM1社のチップを採用するようになった。これに応えてM1社は,J社にエンジニアを常駐させ,J社向けのファームウェアのカスタム化に取り組むようになった。M1社はこのような経緯を経て,J社のサプライチェーンに直接食い込むことができた。

以上のようなプロセスを経て,エムスターとメディアテックは,2008年以降のわずか数年のあいだに市場のロウエンドからハイエンドへと攻め上がり,米系ベンダーのシェアを逆転していった(注28)。2009年には,テレビ用コントローラチップ市場においてエムスターが世界シェア1位(23パーセント),メディアテックが2位(16パーセント)を占めるにいたった[拓墣業研究所 2011,62-63]。次節以降では,両M社のこの急激な興隆の背後で働いた知識獲得メカニズムを検討していく。

Ⅳ 両M社のキャッチアップ成長と部品・製品知識の獲得

本節および次節では,メディアテックおよびエムスターによる知識獲得メカニズムを分析する。本節では,両M社がテレビ用SoC市場に参入した2005年頃からのおおよそ5年ほどの時期を考察し,両社が先発ベンダーへの技術的なキャッチアップを遂げた過程を,コンポーネント知識,製品知識の獲得過程に焦点をあてて明らかにする。

1. 両M社によるコンポーネント知識の獲得経路

市場参入を遂げてから間もないこの時期,両M社の最大の課題は,技術面,販路面で優位な立場にある米国,欧州,日本のベンダーへのキャッチアップであった。

「顧客は,ソニーやパナソニックのチップを持ってきて,『これをベースにしてここの画質をこう改善しろ』といった要求をした」(インタビュー27)

「顧客はいつもピクセルワークス等のチップを持ってきて,ここを改善しろ,もっと安くしろ,と要求した」(インタビュー26)

台湾SoCベンダーのこの証言からわかるように,その追い上げのプロセスは,明確なターゲットへの技術的な追いつきを目的とする典型的なキャッチアップのプロセスであった。

以下ではまず,この時期の両M社が,競争力をもつSoCを開発するための前提条件となるコンポーネント知識を獲得し,先発企業への技術的な追い上げを遂げたプロセスを見る。筆者のインタビュー調査の成果を総合すれば,両社のコンポーネント知識の獲得は,おもに以下の5つの経路を通じて行われた。

第1の経路は,既存事業からの技術の転用である。メディアテックが光学ディスクドライブ用SoC事業で蓄積したMPEG関連技術,エムスターが液晶モニター用SoCで蓄積したアナログ・デジタル・コンバータ技術や画像処理技術は,いずれもテレビ用SoCの開発にあたり,重要な要素技術となった[拓墣業研究所 2006, 100]。また,両社が液晶テレビ用SoCで発揮したチップの統合の手腕も,これに先立つ時期に光学ディスクドライブ用,モニター用SoC事業で経験したチップの統合競争のなかで蓄積したノウハウに根ざすものであったと考えられる。例えばエムスターは,モニター用SoCの分野で,HDMI機能やUSBインターフェースの統合を米系ベンダーに先駆けて実現した(インタビュー14)。製品サイクルの短いパソコン関連産業で培ったこの「スピード感」は,製品のライフサイクルの相対的に長いテレビ産業でも重要な経営資源となった。

第2の経路は,外部のIPベンダーからの要素技術の購入である。エレクトロニクス産業では,製品のデジタル化の進展とともに,システムLSIを構成する特定の機能ブロックをIPとして供給するベンダーが興隆した。これにより外部から回路情報を有償で獲得することが可能になり,キャッチアップが容易になった(インタビュー7, 16)[岸本 2017, 12]。例えばメディアテックは,米系企業から技術特許を積極的に購入したほか,企業買収を通じた技術取得にも力を入れた[大槻 2007b, 96; 朝元 2014]。このような技術獲得のショートカットの活用は,両M社が享受しえた後発性の利益であった。

第3の経路は,日本や欧米のシステムLSIベンダーとの商取引を通じた知識の吸収である。日本や欧米のベンダーはしばしば,補完的な製品を販売している台湾ベンダーに対して,自社の製品を推奨設計に採用してもらうことを狙って,自社製品と相手方製品のインテグレーションのノウハウを供与した。先発ベンダーが,自社のデモジュレータ,デコーダ等と台湾ベンダーの製品を統合したソリューションを提供するなかから,前者がもつ部品技術知識や部品間統合のノウハウが後者へと移転し,溜まっていった(インタビュー12)。台湾ベンダーはやがて,日本ベンダーの製品を,自社開発したデモジュレータ,デコーダで代替するようになっていった(インタビュー13)。

第4の経路は,台湾のODMメーカーを経由した先発SoCベンダーの技術のインフォーマルな移転である。これはしばしば,米国や日本の業界では「あってはならない」とされる技術資料の共有を通じて行われた。例えばM1社の元エンジニアは,次のように語る。

「(開発にあたっては)米系のG社やT社のデータシートやサポートガイドラインを大いに参考にした。技術マニュアルのほか,顧客(ODMメーカー)からもらってきた回路図を見て,『なぜここの足は残しているんだろう』『どうやってこの問題を解決しているんだろう』といったことを研究した。そして顧客と一緒に『これってどうしているのだろう』『ああ,それはね……』といった議論をしながら学んでいった」(インタビュー27)

台湾のハイテク業界に広がる,同級生や元同僚といったつながりを通じた人的ネットワークは,しばしばこのような技術資料の共有を媒介する役割を果たした。また,技術資料の現物を入手できなくても,特定の技術課題に取り組んでいるエンジニアにとり,テレビメーカーとのやりとりを通じて知る日本や欧米のベンダーの製品の内部構造に関する情報は,問題解決の有益な手がかりになることが多かったという(インタビュー34)。

第5の経路は,テレビメーカーとの協業である。なかでも,テレビメーカーと共同で行う「画づくり」作業は,台湾のSoCベンダーにとって色彩調整技術の重要な学習源となったという(インタビュー19)。

以上を整理すると,この時期の両M社は,既存の保有技術の利用(経路1),対価の支払いをともなうフォーマルな技術獲得(経路2),企業間での情報の流れを利用したインフォーマルな技術の獲得(経路3~5)を通じて,競争力を備えたシステムLSIを開発するための部品レベルの要素技術を獲得していった。

2. 製品知識の獲得経路としての「解決すべき問題」の出現

以上の5つの経路を通じたコンポーネント知識の獲得は,欧米,日本のSoCベンダーへの技術的キャッチアップを遂げるうえで不可欠なものであった。しかしこれは,両M社が「問題解決型コア部品」の供給者として市場を席巻するまでに成長を遂げることができた前提条件に過ぎない。

SoCベンダーとして市場を拡大していくうえでより重要な課題となったのは,製品レベルの知識の獲得であった。また,ASSPタイプのSoC事業では,多くの顧客のニーズを聞いたうえで,適切な仕様を抽出して汎用化すること,すなわち「売れる仕様」を策定することがきわめて重要である[中屋 2012]。そのためには製品知識が欠かせない。それでは,台湾系ベンダーはいかにして,製品レベルの知識を獲得したのか。

結論を先取りすれば,この時期の台湾企業は,ロウエンドからLSI市場に参入したのち,販路を徐々に広げる過程で,顧客から製品知識を吸収していった。このような販路の上方拡大を可能にしたのは,両M社が顧客に対して提供した技術サポートとトータルソリューションであった。両M社は,「顧客のための問題解決を通じて,さらなる問題解決に必要な知識を獲得する→問題解決能力を高めることで新たな顧客を獲得する→その顧客からさらに知識を獲得する」というループの繰り返しを通じて,製品知識の漸進的な獲得を実現したのである。その際,鍵となったのは,両社が初期の顧客――すなわち技術蓄積の浅い台湾のODMメーカーや中国系テレビメーカー――のために行った問題解決であった。

筆者が行ったインタビューを総合すれば,液晶デジタルテレビ産業において,図1の下位に位置する技術蓄積の浅い後発のテレビメーカーが直面していた問題は以下のようなものであった。

第1に,ブラウン管アナログテレビの時代から続く,テレビの製品開発の著しい「煩雑さ」である(問題①)。テレビは,国ごとに,消費者の好みや操作習慣,チャンネル方式や音声多重方式等の組み合わせが異なる。接続端子や操作性に関する要求も市場ごとに異なる。このような地域特性へのきめ細かな対応の必要性は,特に複数市場向けの事業を営む受託生産企業にとって大きな負担となった(インタビュー4)。

第2に,液晶テレビへの移行にともなってテレビメーカーが新たに直面することになったのが,表示装置の激しい価格変動であり,これにともなって生じた製品開発のリードタイム短縮の必要性であった(問題②)。液晶パネルは,テレビの製品原価の7割強を占める基幹部品であるが,その製品サイクルは短く,価格変化の速度は速い。例えば32インチパネルの場合,2005年には600米ドル強であった価格が,2007年には300米ドル程度にまで下落した[津村 2011, 80](原データはディスプレイサーチ)。パネル価格変動への対応速度が事業の収益性を強く規定するようになるにしたがい,テレビメーカーの側では,製品開発期間の短縮への強いプレッシャーが生まれた。また,テレビメーカーが,パネル市況に応じて同一モデルに複数メーカーの製品を混載することが増えるにしたがい,異なるメーカーのパネルに対して同じ色調を実現する開発作業を迅速かつ容易に行う必要性が高まった。

第3に,デジタルテレビへの移行にともなって生じたソフトウェア開発の工程数の飛躍的増大である(インタビュー2, 3)(問題③)。テレビのファームウェアの工程数は,2000年代後半の時点で400万ステップを越えていた[小川 2009, 23]。テレビメーカーが関与するのはその一部とはいえ,その負担は非常に大きなものであった。

以上の3つの問題は,技術蓄積のレベルを問わず,すべてのテレビメーカーが共通して直面する問題であったが,これに加えて,後発の台湾や中国のテレビメーカーは,以下のような問題にも直面することとなった。

第4に,チップ入手の困難である(問題④)。液晶テレビ市場の急速な拡大の過程では,しばしば,基幹部品であるシステムLSIや液晶パネルの供給不足が起きた。その際にチップの入手に苦労するのは,新興のテレビメーカーであった。ある台湾のODMメーカーは,2000年代半ば頃の状況を次のように語った。

「あの頃は,新しくテレビ生産に参入したDellやHPといった企業も,誰もがみなジェネシス等のチップを必要としていた。チップが手に入らなければ出荷できないと,みなが焦っていた。しかしわれわれのような白ネズミは購買量も限られており,(台湾系システムLSIベンダーの製品のような)安物を買うほかなかった」(インタビュー15)

第5に,後発テレビメーカーは,システムLSIベンダーによる技術サポートを十分に受けられない[堀切 2005, 53]ことに悩まされた(問題⑤)。欧米,日本のSoCベンダーは,長らく,図1の上部に位置する技術蓄積のある顧客と取引をしてきた。そのため,技術力が不足している後発のテレビメーカーに対しては「わからないほうが悪いというスタンス」(インタビュー32)で接することが多かったという。

「米系ベンダーは顧客に対して分厚い技術資料を渡して『それで自分でよく勉強しなさい』というやり方だ。さらなるサポートが必要な場合には費用を請求する」(インタビュー26)

「外資系ベンダーの場合,ローカルサポートの拠点は台湾にあっても,チップの設計は本社で行っているから,アメリカに問い合わせねばならない。時間がかかる」(インタビュー2)

これらの悩みは,台湾のODMメーカー,中国の地場系メーカーに共通するものであった。そして,このような問題の出現が,台湾のSoCベンダーに顧客の獲得,さらには顧客からの製品知識の吸収の機会を開くことになったのである。

3. 問題解決のプロセスと製品知識の獲得

以上で挙げた問題のうち,①国ごとに異なる仕様のもたらす煩雑さ,②表示装置の価格変動への迅速な対応,③ソフトウェア開発工程の負担は,先発・後発を問わずテレビメーカーが共通して直面する問題であったが,なかでも,テレビ生産の歴史が浅く,技術蓄積と経営資源に乏しい台湾・中国のメーカーにとってはより深刻な問題であった。加えて,これらの後発メーカーは,固有の問題として,④チップ入手の困難,⑤技術サポートの不足,といった問題に直面していた。

両M社を含むSoCベンダーは,上述の問題のうち,問題①~③に対して,自社が提供するシステムLSIを通じて以下のような解決を図った。

まず,チップの側で,パネル機種,対応放送信号,入力端子の数や種類,ユーザーインターフェースといったテレビ製品の様々な機能への対応を行うようになった[長内 2014, 161]。その結果,例えばパネル・モジュールの差異に対する対応は,SoCベンダーが個々のパネルのモデルに対応して用意したパラメーター・リストのなかから最適値を見つけることで行えるようになった[新宅ほか 2007; 新宅・善本 2009]。これは,低価格帯向けモデルを中心に,異なるメーカーのパネルを同一型番に混載させるテレビメーカーにとって,開発リードタイムの短縮というメリットをもたらした(インタビュー6)。また,台湾のSoCベンダーが率先して,世界の主要なデジタル放送規格に対応した「グローバルチップ」を提供するようになったことで,テレビメーカーは,デコーダを仕向地ごとに異なるデモジュレータと組み合わせる作業の煩雑さから解放された(インタビュー29, 32)。

さらに,ソフトウェアの階層化が進み,OS,ミドルウェア,アプリケーションといったレイヤー分化が進むのと軌を一にして,SoCベンダーがより多くのソフトウェア開発を手がけるようになったことも,テレビメーカーの負担軽減と製品開発のリードタイムの短縮につながった。

「かつてはソフトウェアを書くというのはわれわれシステムメーカーの仕事だったが,今はSoCベンダーの側の仕事になった。ミドルウェアまで踏み込むとなると,もうテレビメーカーの側では手に負えなくて,SoCベンダーの仕事になるからだ。特にスマートテレビの流れがこの傾向を加速している」(インタビュー29)

「以前に比べて(われわれが)ケアする範囲が狭くなった。今はUI関連のごく一部のアプリケーション,HDMIのポートのレイアウト,そのくらいをケアすればよくなった」(インタビュー13)

「テレビのアプリケーションの知財の管理というのはテレビメーカーにとっては面倒な作業だったのだが,最近ではSoCベンダーの側が処理してくれるようになっている。テレビメーカーの側は,量産とコストの引き下げにリソースを集中できるようになった。ありがたい」(インタビュー19)

以上のような試みは,すべてのテレビメーカーが共通して直面する問題への対応策であり,米系を含む多くのSoCベンダーが共通して追求した方策であった。しかし台湾の後発SoCベンダーは,以上の試みに加えて,台湾のODMメーカーや中国の地場メーカーが抱える固有の困難である問題④,⑤に焦点をあて,さらに踏み込んだ問題解決を行った。

このうち④こそは,両M社の市場参入と初期の成長を後押しした要因であった。2000年代後半のテレビ産業では,参入障壁が下がり,多数の新興企業が市場に参入するなかで,後発メーカーを中心に「チップが入手できない」という事態に直面するテレビメーカーが出現した。このことが,台湾系SoCベンダーの初期の顧客の獲得と成長を可能にした。

⑤に対して両M社が提示したのは,手厚い技術サポートと,完成度の高い参照設計を中心としたトータルソリューションの提供という問題解決策であった。技術サポートを通じた顧客との関係の深まりは,台湾系ベンダーにとって顧客獲得の手段となったのみならず,顧客のもつ製品知識を吸収する経路となった。

SoCベンダーがセットメーカーに手厚い技術サポートを提供するためには,その近くにいなければならない。後発の両M社は,重要な顧客にエンジニアを常駐させてその製品開発過程をサポートし(注29)岸本 2017, 72-74],ODMメーカーが顧客であるブランド企業と行う打ち合わせにも自社のエンジニアを出席させた。台湾のODMメーカーは語る。

「台湾のSoCベンダーはon siteで顧客と一緒にいるから,顧客がなにを必要としているかをすぐに知り,対応することができる。『どんな問題,技術的な困難でも私たちが解決します』というのが彼らの(われわれに対する)やり方だ」(インタビュー6)

「台湾のチップベンダーのありがたみはサポートだ。バグが見つかったら彼らからもtechnical dataを出してもらって一緒に考える。ICベンダーの側で把握しきれないfine tuningの問題,例えば他の機能を犠牲にせずにシャープネスを高めるといったものを実現するためにどのパラメータに手をつければいいのか,といった問題は,彼らとなら共同で解決できる」(インタビュー2)

またエムスターは,2003年に中国に拠点を構えると,大手の中国企業にチームを送り込み,製品開発を終えるところまで徹底的にサポートし,協業する体制を作った(注30)。ある中国系テレビ用SoCベンダーの幹部はこう語る。

「顧客が製品の差別化をしたいといえば,エムスターはそこまで一緒にやってあげていた。彼らがお客さんをすっかり甘やかしてしまったので,われわれ(競合ベンダー)は実に困っている(笑)」(インタビュー26)

こうした顧客企業との密接なやりとりこそが,両M社が,自社のもつコンポーネント知識を組み合わせ,一貫性をもったテレビシステムを開発するうえでの基盤となるSoCの開発に必要な知識を吸収していくうえでの重要なチャネルとなった。なかでもこの過程を通じてテレビの製品開発の要である「画づくり」に関するテレビメーカー側のノウハウや個々のメーカーの嗜好に関する情報がSoCベンダー側に流入し,蓄積されるようになったことは重要であった。両M社は,個々の顧客の「うちの青はこういう色合いでなければならない」「赤はこんなでなければならない」という声に耳を傾け,画像プロセッサのチューニングを行うなかで,これらの知識を吸収していった(インタビュー18)。それはしばしば,日本のテレビメーカーが台湾の生産委託先に移転した知識やノウハウが,台湾のSoCベンダーへと伝播していく過程でもあった(インタビュー20)。

「(受託生産の顧客である日系の)J社やH社のエンジニアは自社製品と,うちと共同開発中のモデルを2つ横に並べて,その違いを一緒に検討した。われわれは,その違いの背後にどのようなパラメータ設定上の問題が潜んでいるかを理解しなければならない。彼らの技術の蓄積から(画づくりについて)多くを学んだ。……台湾のICベンダーはうちとの取引から,さらにそれを学習した」(インタビュー2)

放送規格に関する明文化されていない技術情報も,この時期に台湾系ベンダーがテレビメーカーを通じて入手した重要な製品レベルの知識であった。長内[2014]は,台湾の新興テレビメーカーである新視代科技の事例分析のなかで,台湾のテレビメーカーとSoCベンダーのあいだで行われる情報共有の姿を具体的に描き出している。例えば,新視代科技と取引をしているSoCベンダーは,画像処理エンジンの開発に際して必要となった技術情報のうち,公式な規格書ではわからない仕様の情報や,米国連邦通信委員会(FCC)のルールに適合する最低限のATSC方式仕様の策定をめぐって必要な情報をテレビメーカーから入手していた[長内 2014, 164-165]。筆者のインタビューでもSoCベンダーが大手のODMメーカーを通じて,公式な規格書では明文化されていない新興国市場の通信技術情報を入手し,いちはやく製品開発に活かしたというエピソードが得られた(インタビュー27)。

参照設計の提供も,SoCベンダーによる顧客サポートの重要な一部であるとともに,SoCベンダーが部品知識間のリンケージについての知識や市場に関する知識としての製品知識[楠木 1998, 19]を獲得していくうえで重要な経路となった。前述のように,テレビ産業には,2000年代後半を通じて,技術蓄積の浅い新興メーカーが活発に参入した。これにより,システムLSIとソフトウェア,周辺部品を統合した完成度の高い参照設計の重要性が高まった。また,トータルソリューションの提供は,製品開発期間を大きく縮める効果をもった(インタビュー2)。

しかし,量産品適用を前提にした参照設計の開発に必要な「バグ退治にはとんでもない工数がかかる」[大槻 2007b, 92]。またそれは,「みなが必要としているものでなければ意味がない」(インタビュー20)。台湾系SoCベンダーは,米系ベンダーに比べて賃金水準が低く,スピーディな製品開発に求められる長時間労働をいとわず,高いモチベーションをもつエンジニア集団を擁するがゆえ[ 2009(曾 2009)],この開発競争に投じられるだけの十分な人的資源があった。

参照設計は,推奨部品リストとともに提供することが多い。これを作成するには「もちろんテレビの製品知識が必要だ」(インタビュー13)。その一部は,両M社がテレビメーカーから引き抜いたテレビ技術者のもつ製品知識に依存することとなったが(注31),同時に,顧客からのニーズに応えて参照設計を作成する過程そのものが,テレビメーカーのもつ製品レベルの知識の両M社への流入を促した。

以上からわかるように,この時期の台湾SoCベンダーは,台湾系ODMメーカーや中国企業が直面する問題の解決に取り組む過程で,製品レベルの知識を顧客から引き出し,蓄積していった。そして,この時期に台湾SoCベンダーが行った問題解決は,新興テレビメーカーにとり,ものづくりのハードルを押し下げ,その成長を後押しする効果をもった。

2010年以降,これらの新興テレビメーカーが製品市場でのシェアを高めるにしたがい,両M社の市場での存在感は急速に高まった(図2)。こうして液晶テレビ産業では,後発のSoCベンダーによる問題解決が,新興テレビメーカーの成長を加速し,その急速な成長が台湾SoCベンダーの市場シェアの急速な上昇を牽引するというループが働き,この後発企業どうしの「弱者連合」が,産業の主役へと発展していったのである。

Ⅴ 両M社の支配的地位の確立と製品知識のさらなる流入

本節では,おおよそ2010年以降のメディアテックとエムスターの知識獲得メカニズムを考察する。この時期までに,両M社は高い市場シェアを占めるようになった。これにともない,テレビメーカーから両M社には製品レベルの知識が持続的に流入するようになり,前者は次第に後者の製品ロードマップに依存するようになっていった。本節ではこのプロセスを分析する。

1. 両M社の市場シェアの加速的上昇

両M社のデジタルテレビ用SoC事業は,おおよそ2010年頃から新たな発展段階に入った。図2で見たように,液晶テレビの生産の主役は日本企業から韓国,台湾,中国の企業へと交代し,これと軌を一にして,両M社の市場シェアは持続的に上昇した。

2011年には,エムスターが39パーセント,メディアテックが18パーセントと,合わせて6割近い市場シェアに達した(テレビ用SoCの販売額ベース)[IHS Technology 2012]。第3位,4位はかつての市場リーダーであった米・トライデント(6パーセント)と米・ブロードコム(3パーセント)であったが,両社を合わせても1割にも満たず,両M社との差は大きく開いた。

両M社の市場シェアの急上昇は,テレビ用SoCビジネスの特性と関係しているものと考えられる。前述のように,テレビは,他のエレクトロニクス製品とは異なり,国別に放送規格が異なるほか,消費者の操作習慣や視聴習慣にも地域性があり,製品開発にあたっては市場ごとの差異に応じたきめ細かな対応が必要になる。SoCも,国別,放送形態別に細分化された市場ごとに開発する必要がある。それゆえ,テレビ用SoCビジネスは,規模の経済が働きにくく,収益が上がりづらい構造をもつ(インタビュー29, 33)。

これは,以下のような経路を通じて両M社の市場シェアを押し上げる方向に働いたと考えられる。第1に,上述したテレビ用SoC事業のもつ煩雑さは,高コスト体質をもつ欧米系,日系のベンダーの市場退出を後押しした。2012年頃までには,テキサス・インスツルメンツ(Texas Instruments Inc.),ゾラン(Zoran Corporation),STマイクロエレクトロニクス(STMicroelectronics)といった先発ベンダーが市場から退出した。トライデントも2012年に破産申請をした。

第2に,テレビのコモディティ化が進んで収益性が低下し,テレビメーカーが新製品の開発に投入する人的リソースを節約するようになるにしたがい,テレビメーカーは,市場や機種ごとに異なるSoCベンダーのチップを採用することで生じるコストを回避するため,チップの調達先を,エムスターのように北米,欧州,アジアの主要市場向けの幅広い製品ラインナップをもつ上位ベンダーへと絞りこむようになった(インタビュー28)。こうして,高い市場シェアをもち,幅広いラインナップを提供する上位ベンダーのシェアはさらに上昇した(注32)

テレビ市場における価格競争の強まりもまた,コスト優位性をもつ台湾系ベンダー(インタビュー8, 19)(注33)の市場シェアを押し上げた。台湾系ベンダーの価格競争力の高さの背景としては,バックワード・エンジニアリングによる開発コストの節約効果に加えて,欧米,日本のベンダーと比べた際のエンジニアの人件費や間接費の相対的な低さ,ウェファー加工委託先である台湾のファウンドリとの密接な関係を活用したコスト低減ノウハウ(インタビュー10, 14)等の要因が複合的に働いているものと考えられる。

2. 顧客からの製品知識流入の拡大

両M社の市場シェアの上昇とともに,テレビメーカーは,次第に自社の製品ロードマップに関する情報を台湾のSoCベンダーに積極的に提供して,自社のニーズへの対応を求めたり,対応可能性について問い合わせたりするようになっていった。こうしてこの時期の両M社には,テレビメーカーの求める製品仕様や,個々のメーカーの長期的な開発取り組みに関する情報が持続的に流入するようになった。テレビメーカーは以下のように語る。

「われわれは……チップベンダーに対して様々な要望,意見を伝える。それが新たなチップの開発に反映されていく。そのようなやりとりを通じてテレビメーカーのノウハウがチップベンダーの側に取り込まれていく」(インタビュー8)

「エムスターは今や,各ブランドが実現していきたいと考えるハードウェア,ソフトウェアのフィーチャーについての情報を詳細に拾い上げ,それをもとにSoCを開発し,新製品の開発を主導するようになっている。ブランド企業が台湾のSoCベンダーに製品機能への要求を告げ,SoCベンダーがこれをもとに製品を作っていく,というビジネスモデルになってきた」(インタビュー19)

「エムスターは顧客が多いから,どのブランドがどういうことをやろうとしているか,どんな『秘密兵器』をもっているか,実によく知っている」(インタビュー15)

こうして,2010年以降,両M社が策定するシステムLSIのロードマップは,主要テレビメーカーがこれから実現を計画している機能の「サマリー」(インタビュー19)となり,テレビメーカーはこれをもとに製品開発を進めるようになった。テレビメーカーの側が新製品の開発にあたって,両M社の製品ロードマップに大きく依存するようになったのである。

中屋[2012, 37-38]が論じたように,ASSPビジネスでは,複数の顧客のニーズや改善要求を入手し,よりよい製品づくりへと活かせること,すなわち多くのシステムメーカーから「衆知を集められるポジション」に立つことが,優れた仕様を策定するうえで重要である。2010年以降の両M社は,顧客の数の増大とともに,この「衆知を集められる」ポジションに立ち,市場競争やそのなかでの個々の製品の位置づけについての知識を蓄積するようになった。2014年にはメディアテックによるエムスターの買収が完了し,合計6割の市場シェアをもつ新生メディアテックが誕生して,同社の突出した地位が確立した。

以上で見てきた両M社の知識獲得のあり方には,川上[2012] が分析した台湾ノート型パソコン受託生産企業の学習メカニズムと共通する点がある。台湾のノート型パソコンメーカーは,互いに競争関係にある複数のブランド企業から生産委託を受けるための工夫を行い,それぞれの顧客とのあいだに,技術的な情報のみならず,個々の顧客の市場戦略や製品開発に関するアイディア,市場動向についての観察といった多様な情報を共有する仕組みを築いた。そして,多数の顧客から流れ込む情報を活用して,顧客に対して価値ある提案を行うようになり,この過程で急速な成長を遂げた。この2つのセクターの事例分析からは,「問題解決型コア部品」(テレビ用SoC)と,「問題解決型コア部品」を搭載したシステム製品(ノート型パソコン)という違いを越えて,台湾企業が「顧客から知識や情報を効果的に吸収し,これを利用して顧客の抱える問題やニーズへの積極的な対応を図り,市場シェアを高め,さらなる情報や知識の流入を引き起こす」という漸進的な道筋をたどって興隆を遂げてきたことが見て取れる。

 むすび

本稿では,台湾の半導体ファブレス企業であるエムスターとメディアテック(両M社)が,液晶デジタルテレビ用SoCのベンダーとして市場を席巻するにいたった過程を分析した。「問題解決型コア部品」である液晶テレビ用SoCのベンダーには,コンポーネント知識のみならず,部品間の相互依存関係や製品市場の趨勢に関する知識といった製品知識までもが求められる。分析にあたっては,この点に着目して,両M社がこの高いハードルを乗り越えて急速な成長を遂げた過程を考察した。

東アジアのエレクトロニクス企業の急成長の過程を分析した先行研究では,これらの企業が自社の設計・製造する財に関する知識を獲得する過程に光があてられてきた。これに対して本稿では,後発工業国・台湾のSoCベンダーが,自社が設計する部品に関する知識のみならず,これが搭載されるシステム製品に関する知識をも獲得するにいたった過程を解明した。

本稿ではまず,両M社によるコンポーネント知識の獲得チャネルとして,5つの主要経路を見出し,これが,既存の保有技術の利用,対価の支払いをともなうフォーマルな技術獲得,企業間での情報の流れを活用したインフォーマルな技術の獲得に大別できることを示した。また,両M社が,米国や日本のSoCベンダーから十分なサポートを受けられず,技術力も低かったアジアのテレビメーカーを初期の顧客として市場のロウエンドに参入したこと,その後「顧客の直面する問題を解決する過程で,顧客のもつ製品知識を吸収する→問題解決を通じて新たな顧客を獲得する→その顧客からさらなる製品知識を獲得する」というループの繰り返しを通じて,製品知識の獲得と市場の上方移動を実現してきたことを明らかにした。両M社は,技術サポートや参照設計の作成にともなって生じる顧客企業との密接なやりとりを通じて,「画づくり」のノウハウ,市場の趨勢,放送規格に関する明文化されていない知識といった重要な製品知識を獲得した。さらに,2010年以降になると,両M社が高い市場シェアを確立し,多くのテレビメーカーが両M社の製品ロードマップに依存するようになった。その結果,上位のテレビメーカーから両M社への知識や情報の持続的流入が生じるようになった。

このように両M社は,製品コモディティ化が引き起こした液晶テレビの生産の主役の交代と軌を一にして,ロウエンド市場からハイエンド市場への販路拡大を「芋づる式」に遂げた。同時にこの過程で,時々の顧客とのインタラクションのなかから,コンポーネント知識のみならず,コンポーネント知識の結びつけ方や市場に関する情報までを含む製品知識を漸進的に獲得してきた。この過程は,初期時点ではともに技術面,販路面で不利な立場にあった台湾の新興SoCベンダーが韓国,台湾,中国のテレビメーカーと,相携えて世界的な興隆を遂げていく過程でもあった。

以上で見た両M社の成長の道筋には,他のエレクトロニクス製品分野の台湾企業にも共通する後発工業国的な特徴――すなわち,自らを取り巻く企業間関係のなかで生じる情報の流れを貪欲に取り込み,自社の知識に転化し,これを顧客のために活用することで顧客層を一歩一歩拡大していくという,漸進的で実際的な性格が見て取れる。システム製品よりさらに知識獲得のハードルの高い「問題解決型コア部品」の領域においても,台湾企業の成長メカニズムには,学習機会の活用と顧客からの知識吸収を中核とする,後発工業国型,キャッチアップ型の特性が見て取れるのである。

それでは,このような特性は,メディアテックやエムスターといった台湾のSoC企業に固有のものであろうか。それともこれは,後発工業国の「問題解決型コア部品」ベンダーにより広く見出せる特質なのであろうか。この点を論じるためには,台湾以外,そして液晶テレビ以外の分野での,後発工業国発の「問題解決型コア部品」ベンダーの興隆過程の分析へと事例研究の対象を広げていく必要がある。

 [付記]

本稿は,2015年度にアジア経済研究所が実施した「エレクトロニクス産業の『部品化』と東アジア企業」研究会の成果の一部である。また,筆者がアジア経済研究所海外調査員(2012年3月~2014年3月,台湾・中央研究院社会学研究所およびカリフォルニア大学バークレー校)として行った研究活動,および科学研究費補助金基盤研究(C)「後発国企業によるイノベーションのメカニズム:台湾IT機器産業の分析」(研究期間:2011~13年度,課題番号:23530355 研究代表者:川上桃子),同「後発工業国企業による産業プラットフォームの構築メカニズム」(研究期間:2014~17年度,課題番号26380353 研究代表者:川上桃子)による研究成果の一部でもある。本稿の執筆にあたっては,インタビューリストにあるように,多くの企業関係者の方々にご協力をいただいた。また本誌の2名の匿名レフェリーより貴重なご指摘をいただいた。心からの感謝の意を示したい。なお,本稿における誤りはすべて筆者に帰するものである。

(アジア経済研究所地域研究センター,2016年3月15日受領,2018年10月12日レフェリーの審査を経て掲載決定)

 インタビューリスト
インタビューリスト

(注1)  液晶テレビ市場の本格的な立ち上がりは,1999年頃より日本で始まった[新宅・善本 2009, 85]。その後,2005年半ばに日本で,2008年後半には世界で,ブラウン管テレビの出荷台数を液晶テレビが抜き[永井 2008, 36],液晶テレビによるブラウン管テレビの置き換えが急速に進んだ。

(注2)  ただし実際には,システムLSIとSoCの区別は機能の集積度に応じた相対的なものであり,この2つの言葉は互換的に用いられることが多い。本稿でもシステムLSIとSoCを厳密に区別することはせず,それぞれの発展局面に応じて使い分けたり,互換的に用いたりする。

(注3)  エムスターは,2002年に台湾で創業したのち,2007年にグローバル業務を統括する「開曼晨星半導体公司」を設立してケイマン諸島に設立・登記し,台湾法人をその子会社にした。ただしその実態は一貫して台湾企業であった。

(注4)  両社の合併後の市場シェアは,依然として高いものの,ピーク時の7割からは低下しているとみられる。その要因として,テレビメーカー側が,統合により巨大化したメディアテック社への過度の依存を避けるため,リアルテック(瑞昱半導体, Realtek Semiconductor Corp.),ノバテック(聯詠科技, Novatek Microelectronics Corp.)といった他の台湾系ベンダーへのセカンドソース発注を拡大したこと,スマートテレビの普及にともない米系ベンダーが市場シェアを再び高めていること,また中国の地場系ベンダーも成長しつつあること,といった変化が挙げられる。

(注5)  以上で見た吉岡,川上,赤羽の研究については,岸本[2017, 第1章]でもサーベイが行われている。

(注6)  プラットフォームをめぐる研究のレビューについては,立本[2017, 第2章]を参照。

(注7)  岸本はまた,ファブレス企業には自社製品が搭載されるシステム製品への理解が求められることを指摘し,製品メーカーからの転職者の活用や,エンジニアによる顧客への密着サポートが,これを支えていることを指摘している。本稿では岸本の指摘をさらに掘り下げ,ファブレス企業によるコンポーネント知識,製品知識の獲得メカニズムを明らかにする。

(注8)  産業プラットフォームをめぐる先行研究でも,分析の焦点は,企業戦略の考察に置かれ,知識の獲得過程の分析は十分に行われてこなかった。これは,事例分析の対象となったのが,米国のインテル,マイクロソフト,シスコ,欧州のノキア,日本のソニー[Gawer and Cusumano 2008; 2013; Iansiti and Levien 2004]といった先進国企業であったことと関係しているものと思われる。これらの研究では,プラットフォーム企業が豊富な技術知識をもつことを所与の前提としたうえで,そのプラットフォーム主導権の確立を支えた戦略の解明に主たる関心が向けられてきた。

(注9)  ブラウン管テレビでのワンチップ化の過程については,善本[2007, 12-13]が詳しい。

(注10)  南川[2007]によれば,2005年下半期の日本メーカーの製品には17個,合計約52米ドルのチップが搭載されていたのに対し,2006年下半期のある米国ファブレス企業の製品では6個,合計38米ドルのチップが搭載されていた。

(注11)  トライデント(1987年創業)とジェネシス(1987年創業)はそれぞれPCグラフィック・チップ,LCDモニターコントローラ・チップを主力事業とし,ブラウン管アナログテレビ用システムLSIも手がけていた比較的老舗のベンダーであった。

(注12)  この時期のワンチップ化の経緯については,朝元[2014, 第2章]も参照。

(注13)  聯華電子の沿革および同社のファウンドリ転換の経緯については,佐藤[2007, 第4-5章]張如心・潘文淵文教基會[2006]を参照。

(注14)  メディアテックの成功を受けて,米・クアルコム等の先発企業もトータルソリューションの提供を開始した。しかし,後発企業にとっての利用のしやすさ,顧客へのサポート力においてメディアテックには及ばなかったという[許・今井2010, 218; 岸本 2017, 114, 脚注16]。

(注15)  アメリカでは,デジタル放送への移行の加速策の一環として,連邦通信委員会(FCC)の規制により,2005年夏までに36インチ以上のテレビセットのすべてに,また2007年夏までに13インチ以上のテレビセットのすべてに,デジタルチューナーの内蔵が義務づけられた。

(注16)  ブラウン管アナログテレビの時期,テレビメーカーは,長年にわたって蓄積してきた部品のすり合わせノウハウを通じて,ノイズ消去や暗いシーンでの動きの再現といった技術力,「乾いた画」「濡れた画」といった各社の個性を競い合った[小笠原・松本 2006, 167; 小川 2015, 48](インタビュー8)。なお,ブラウン管アナログテレビでも,システムLSIの統合や,ブラウン管と偏向ヨークを一体成形したモジュール(ITC)の登場により,製品のモジュラー化は段階的に進んでいた[善本 2007; 西澤 2014]。

(注17)  もっとも,これらの企業も,基幹部品をすべて内製していたわけではなく,他社からの調達も行うことで,その安定調達とコスト低減に努めていた。

(注18)  ただし,サムスン電子とは異なり,LG電子は2010年頃から生産委託も積極的に活用するようになった[李 2011, 1, 図1]。

(注19)  「垂直分裂」概念については,丸川[2007]を参照。

(注20)  ODM (original design manufacturing)とは,委託元ブランド・製造元設計による委託生産を指す。EMS (electronics manufacturing service) とは,電子機器の受託製造を指す。両者の境界線は相対的なものであるが,ODMメーカーは少数の製品分野に特化した事業を営むタイプの企業を指し,EMSメーカーはより広範な製品の受託製造を請け負う企業を指すことが多い。

(注21)  この時期の米国では,90を超えるテレビ・ブランドが叢生していたという[南川 2008, 95]。

(注22)  このほか,ノート型パソコン等のODMメーカーのクアンタ(広達電脳),コンパル(仁宝電脳工業),ウィストロン(緯創)等がテレビの受託生産に参入した。

(注23)  同社は2016年に中国企業により買収された。

(注24)  南川[2008]は,買い手調査の結果をもとに,ビジオ製品の購入者が,保証や安心感,ブランドといった付加価値に反応せず,価格・機能比を重視する割り切った意思決定をしていることを指摘している。

(注25)  Lee, Lim and Song[2005]では,韓国企業がデジタル放送への移行によって開かれた「機会の窓」を巧みにとらえて興隆した経緯を論じている。

(注26)  これらの企業は,台湾SoCベンダーの製品を中低価格帯向けに採用する一方,高価格帯向けには,台湾ベンダーの製品と自社開発のチップの組み合わせを通じて高画質を実現する戦略をとった。

(注27)  メディアテック会長の蔡明介は,「私たちは台湾のEMS企業にASSPを納入することで,世界シェアを高められます」と発言している[大槻 2007a, 41]。

(注28)  メディアテックは,1990年代末から2000年代初頭にかけて,光学ドライブ用チップの分野で,台湾や中国の顧客との取引でまず実績を作り,次第に市場の階梯を上っていく戦略(「農村から都市を包囲する」戦略)をとって成功をおさめた経験があった。以後,これが同社の成功の基本パターンとなる[岸本 2017, 109-111]。ただし,同社は液晶テレビ用SoCでは,ミドルエンド市場に参入したのち,ロウエンド市場への製品普及とハイエンド市場への上方拡大を同時に行うこととなった(インタビュー18)。これに対してエムスターはロウエンド市場から上方展開を遂げていった。

(注29)  例えば2010年代初頭にエムスターは,サムスンに約20人,LG電子に10~20人の韓国人エンジニアをFAE(field application engineer)として張り付けていた[大槻・呉 2012, 22]。

(注30)  同社は,トップダウンで特定顧客の特定プロジェクトに人的資源を集中投入する“war room”体制でも知られる。また,メディアテックが,トータルソリューションの完成度を高める代わりに,大口の顧客を除き,個別の顧客からのカスタム化要求には応じない方針をとったのに対して,後発のエムスターは顧客の差別化ニーズにより柔軟に対応したという(インタビュー4, 6)。

(注31)  メディアテック会長の蔡明介は,台湾BenQ社のテレビ部門からの転職組を例に挙げ,台湾の技術系人材の流動性の高さが同社の成長を支えていると述べている[大槻 2007a, 42]。

(注32)  広州視源電子のようなメインボードベンダーの発展も,中国市場での両M社のチップの普及を後押しした。

(注33)  システムLSIは製品ごとに仕様が異なるため,その価格を比較することは容易ではないが,例えば簡・黄・黄[2009, 5-1]によれば,「エムスターは当初より低価格戦略で中国市場に参入し,その価格はグローバル企業の半分程度であり,中国の液晶モニターおよび液晶テレビのコントローラ市場の首位企業になった」という。

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