アジア経済
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書評
書評:Yukyung Yeo, Varieties of State Regulation: How China Regulates Its Socialist Market Economy.
Cambridge: Harvard University Asia Center, 2020, xiv+202 pp.
大原 盛樹
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2022 年 63 巻 3 号 p. 87-91

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中国が公式に目指す「社会主義市場経済」とはどのようなものなのだろうか。中国は「国家資本主義」(state-capitalism)といわれるような国家/政府が市場と産業界をコントロールするタイプの政治経済体制にあるといわれてきた。一方,豊かさの実現とグローバル経済との統合が進めば,中国も自由主義的(liberal)な市場経済に近づいてゆくという議論も少なくなかった(たとえば,Stainfeld [2010])。しかし,それらがおおむね実現したにも関わらず,習近平政権に入った2010年代以降,中国はますます西側諸国と異質な体制になってゆく感がある。中国政府によるナショナリスティックな自国産業支援とアグレッシブな先端技術の獲得が米中摩擦を激化させ,先端技術と情報の漏洩を恐れて華為技術有限公司やZTEのような中国企業が先進国市場から閉め出されるなど,海外で中国の産業界に対する警戒感が強まっている。また世界最大級の電子商取引プラットフォーマーであるアリババ集団のトップ経営者(ジャック・マー)が政府に交代させられるなど,不可解で強い政治性を感じさせる出来事も頻繁にある。

中国が向かう「国の形」とはどのようなもので,その背後にはどのような原理とメカニズムが働いているのだろうか。本書は,国家が戦略的産業を規制(regulate)する方法の多様性と変化を観察することで,中国がめざす社会主義市場経済の姿と「内なる論理」を明らかにしようとする試みである。

Ⅰ 本書の構成と要約

本書の構成は,以下のとおりである。

  •  第1章 中国は社会主義市場経済をどう規制するのか(How Does China Regulate a Socialist Market Economy?)

     第2章 中国の多面的な産業規制の進化(The Evolution of China’s Multifaced Industrial Regulation)

     第3章 自動車産業―ソフトな規制(The Auto Industry: Soft Regulation)

     第4章 通信サービス産業―ハードな規制(The Telecommunications Service Industry: Hard Regulation)

     第5章 中国を越えて―社会主義市場経済の国家規制(Beyond China: State Regulation in a Socialist Market Economy)

以下に,各章の内容を要約する。

第1章は,本書の問題意識と鍵となる概念を紹介する。

中国は共産党と国家が一体化した党国家(注1)(party-state)というべき状態にある。党がその目的を国家機構を通じて追求する体制である。党国家が市場社会(産業界,労働者,消費者等)を規制する目的は,従来の国家主義的アプローチに立つ研究が想定したような「産業のキャッチアップ」にとどまらない。軍事的応用を視野に入れた先端技術を西側に頼らず国内で自給すること,敏感な情報の統制,資本のコントロール等を含み,それらは最終的には社会の安定,より直截には,国家体制と政権の安定を維持することが重要な目的となっている。

その目的を遂行するための組織・制度として,国有企業(国有資産)と党組織が核心的な役割を担っている。情報/交通/資源等の戦略的に最重要な産業部門は国有企業が担っており,党と政府によるさまざまなコントロールがなされている。

中国では,党国家の規制の仕方からみると,さまざまなタイプの産業/企業が階層化している。大きく3層に分けることができ,①党国家が直接関与する戦略部門(国有大企業が中心),②重要だが直接関与の程度が低い部門(大中規模の民間企業,外資企業が中心),③市場競争に任せる非戦略部門(中小企業が中心)に分かれている。そのような階層的産業構造のなかで,経済全体に占める大規模国有部門のシェアは近年むしろ増大している。

産業規制の重要な対象は党国家の戦略部門である国有部門だが,そのなかでも産業によって規制のあり方は大きく異なる。自動車産業はソフトな規制の下にあり,通信サービス産業は政府直轄のハードな規制が行われている。その実態とそうなった経緯を詳細に検討するのが本書の目的となっている。

第2章は,戦略部門でのレーニン主義的な統制とその他の部門の市場競争主義的な管理の併存をもたらした産業規制の階層構造(tiered structure)を明示し,それが毛沢東時代から現在までにどのように形成されたかをまとめている。本書によれば,この体制のもととなる考えは,国民経済と安全保障に関わるライフライン部門(金融,エネルギー,交通,情報,その他重化学工業)は国家が国有企業を通じて堅く握り,それ以外の部門では多様な管理方式を採用するという「選別的アプローチ」によりもたらされた。それは毛沢東が対日戦争および国共内戦期の経験をふまえてもつようになったものである。その上に,ソ連式の国有企業での中央集権的管理,大躍進前の地方分権化と国有企業の管轄権の地方政府への移管,改革開放期の鄧小平による政府の管理概念の転換(個別企業に対する指令的計画から市場とマクロ経済を重視した指示的計画への転換)の経験が加わり,現在のような多段階の経済管理体制になったという。習近平の時代に入って,戦略産業の国有企業に対する計画主義的運営制度はさらに洗練された。その鍵になるのは共産党組織の政府や主要企業とのつながりである。

続く2つの章は,2つの戦略的重要産業のケーススタディである。先行研究や各種メディアの記事情報に,筆者独自の訪問調査で得た情報を加えて,規制の仕組みを詳細に描き出す。

第3章はソフトな規制が展開される自動車産業である。

中国にとって自動車産業は数次にわたる産業政策で発展が図られてきたとおり,政府にとって非常に戦略的な産業である。国有企業,外資系企業,民間企業が入り交じり,100社以上の生産企業が競争を繰り広げている。外資系企業の市場占有率は高いが,それらのほとんどは国有企業との間の合弁企業であり,外資側の出資比率が中国側を超えないように抑えられているため,資本的には政府の影響力のもとにある。国有企業と外資企業の生産台数をあわせると全体の7割に上り,業界全体では公的部門が中心的な勢力となっている。

党国家がこの業界の主要企業を規制する方法を,中央直轄の国有企業(中国第一汽車集団),地方政府(上海市)管轄の国有企業(上海汽車集団),そして民間企業(浙江吉利控股集団)の3社について具体的に描き出している。その方法は,企業の資本構成(中央政府vs.地方政府),規制組織(行政機関や党組織との関係),そして業界内の競争と統治のあり方の3つの側面を比較することである。その仕組みは以下のようなものである。

資本面では,国有企業の資本の国家出資分については,国有資産監督管理委員会(SASAC)が,出資者として企業の運営と収益性を監督する。地方レベルのSASACは,中央政府のSASACと地方政府の両方が管轄するが,実際には地方政府の影響力が大きい。中央直轄の第一汽車は中央のSASACが,上海汽車は上海市のSASACが監視をするため,第一汽車は中央政府の直接的なコントロール下にあるが,上海汽車に対しては,中央政府は間接的にしか監視ができない。

基本的に,政府が企業の経営に影響力を及ぼす機会は,投資の許認可と幹部の人事を通じてである。投資には土地の取得や重要技術の輸入,そして外国企業との合弁契約の許可が含まれる。それらの決定に際しては,発展計画委員会(DRC)が重要な役割を果たす。中央レベルのDRCが主体となって自動車産業政策を打ち出し,それを基準にして投資の許認可が行われる。加えて,企業のトップ人事の際には,政策に忠実であったかどうかが評価される。中央政府を構成する国家レベルのDRCは,第一汽車の投資や人事に直接影響力を及ぼすが,一方,上海汽車については(上海市のDRCが評価を行うため),中央のDRCは間接的に影響を及ぼすにとどまる。

SASACやDRCに加え,各レベルの共産党組織の影響力が大きい。共産党の影響はインフォーマルな形での企業規制と考えてよい。SASACやDRCなどの行政組織はもちろん,主要な企業内にも党の支部が存在し,経営に影響を与える。とくに経営者の人事には党の意思が大きく反映される。共産党中央の意思は,第一汽車の経営に直接的に反映されるが,上海汽車に対しては(地方の共産党組織を介することになるので)やはり影響は間接的になる。

興味深いのは民間企業である吉利集団への規制である。吉利集団はもともと純粋な個人所有の企業であったが,規模拡大と技術導入の過程で,地方政府からさまざまな便宜供与を受けてきた。自動車生産と土地取得の許可を得るために地元政府の多大な支持を受け,とくにスウェーデンのボルボ社と合弁企業を設立するにあたっては,政府に許可を得るだけでなく,地方政府から35パーセントの出資を受け入れた。民間企業でありながら,上海汽車と同じような仕組みで地方政府の統治を受け入れる体制になっている。

以上,中央管轄の第一汽車が中央政府の直接的な監視と評価を受け,経営を規制される体制にあるのに対し,上海市管轄の上海汽車は,国有企業ではあっても,中央政府および党中央から受ける規制は間接的でインフォーマルなものとなる。吉利集団は民間企業ではあるが,自動車業界の主要企業であるため,上海汽車と同じような仕組みで中央の規制を受ける。自動車業界全体では,直接的で厳しい規制を受ける中央管轄の国有企業よりも,地方管轄の国有企業や外資系企業,民間企業のシェアがはるかに高い。そのため,筆者は,この業界の中央政府の規制は「ソフト」なものだと述べている。

第4章は,通信サービス産業の事例である。前章と同じ方法で,この業界を独占する3つの中央直轄国有企業(中国電信,中国移動通信,中国聯合網絡通信)の規制のあり方をみる。3社は,前章の自動車産業における中央直轄の第一汽車集団と同様,中央のSASACとDRC,そして業界を管轄する情報産業省(MIT)から厳しく直接的な監督を受けながら経営を行っている。資本がすべて中央資本であることもあり,地方のSASACにも影響されない。さらにこの産業は,計画経済時代から一貫して軍の関与を受けている。

インターネットの発展で情報サービスの需要が急拡大し,同時に国家の安全保障に直結する情報監視の必要性が高まっている。近年になるほど大規模な新しい投資と技術導入が進んでいるが,3社による独占状態にあるため,中央が莫大な利益を手にする状態にある。党国家(中央)が直接的に管理する「ハード」な規制が貫徹する体制ができあがっている。

第5章は,まとめである。本章では,前2章での分析方法を他の戦略的産業に当てはめ,多様な戦略部門の党国家による規制の全体像を描き出す。さらに,分析をベトナムの国有部門にも向ける。それらを通じて,現代の国家資本主義をめぐる,より一般的な議論を展開している。

自動車と通信サービス以外の戦略的産業として,銀行,証券,石油,電力,航空,鉄鋼の6つの産業での規制を検討する。銀行,石油,航空が通信サービスのような党国家(中央)がハードに管理する産業,証券,電力,鉄鋼は地方管轄国有企業が中心のソフトな規制産業だとまとめている。中国の戦略部門の規制体系の全体像が提示され,非常に興味深い。

ベトナムについては,中国の「選別的アプローチ」に倣って戦略産業とそれ以外を区別し,戦略産業について国有部門を中心に堅くコントロールしていることがわかる。ただしベトナムの計画部門と共産党組織の統制力は中国ほど強くないという。歴史的に同国南部の社会が共産圏になかったことを理由として挙げている。

最後にまとめとして,経済発展とグローバル経済との統合が,中国の政治経済体制を西側の自由主義的なものに転換させるという見通しが誤っていたこと,中国は党国家が重要戦略部門を国有企業と規制組織を通じて堅く握る仕組みを,時代に応じて洗練させてきていること,そして,それは習政権になってさらに明確になり,今後もその傾向が強まるであろうことを示している。

Ⅱ コメント

多方面にわたる独自のインタビューを交えて得た膨大な情報を整理した労作であり,中国の政治経済体制についての優れたモノグラフである。タイトルが示すように,本書は産業規制を事例に,中国の制度的多様性を描くことを目的としているようにみえる。しかし重要なのは単に内部に「いろいろある」ことを示すことではない。多様で複雑にみえる諸制度のなかに,従来的な方法で堅く握った戦略部門が背骨として存在し,洗練されつつあることを,中国という国家の本質として提示しているところが本書の成功しているところである。

本書が伝えようとする中国の政治経済体制の本質に関する見方―中国が国有企業と計画的な規制制度を使って戦略的産業を堅く統制することが社会主義市場経済の根幹である。それは建国以来一貫した共産党の方針の延長上にある。共産党の目的は社会および政権の安定であり,大衆のためというより,現在の体制で既得権益を得ている人々のためである―は,われわれが今後の中国をどうみるかを考えるとき,大いに参考にできるものである。

この考え自体は,本書が参照する先行研究,とくに著者の博士課程の指導教員であるMargaret Pearson等によりすでに議論されていることではある。日本でも「国進民退」論などとともに,議論されてきた。ただし,多くの先行研究がおもな根拠として注目したのは全体における所有制の比率(国有部門の相対的な規模)のような外形的な要素であった(たとえば,徐[2013]; 中屋[2013])。それに対して本書は,現実に国有部門がどのような制度で党国家に統制されているのかを,所有制に加えて,企業の規制機関とのやりとりや個々の産業の位置づけ等,市場制度の質的要素を多面的に描写することで,先行研究が必ずしも細部を十分に描くことなく示した全体像を,リアリティをもって説得的に提示しなおした。その点が高く評価できるところである。

本書は,規制の制度的な描写を綿密に行っている反面,ややスタティックで固定的な印象を与えている点を指摘したい。その理由として,本書の分析に制度の効果,パフォーマンスについての言及があまりないことが挙げられよう。それは本書のおもな目的ではないかもしれないが,しかし制度の効果,成果を意識して論述に加えることは,なぜある産業でそのような規制がとられるようになったのかを,つまり制度のダイナミックな変化を考える上で,重要であろう。たとえば,上述のように,最終的に本書は,通信サービス,銀行,石油,航空は「ハードな規制」の産業,自動車,証券,電力,鉄鋼は「ソフトな規制」の産業とまとめている。相互に多少の違いがあるにせよ,その違いを生んだおもな理由は,結局は,プレイヤーである国有企業の資産の所有と管轄が,中央と地方のどちらにあるかだという説明である。中央直轄の少数の企業に独占された産業だから企業は中央にハードに規制され,そうでない産業ではソフトな規制しか行うことしかできない。本書の制度と所有の関係に焦点を当てる説明の仕方からは,その結論は自明なことのようにみえる。

私見では,なぜある産業が中央直轄企業に独占され,なぜある産業でそうならなかったのかは,党国家がその産業を統制する目的と,目的を達成するための規制の効果に関連するように思われる。たとえば自動車や鉄鋼という産業では,生み出す製品の規格と質の点で種類が多く,また顧客も多様である。輸入品との競争にもさらされている。そして規制の目的は,かつては国産化と技術の移転であったが,その段階を終えた現在では,独自技術で国際競争力をつけることに変質している。自動車は経済的な波及効果が大きい産業として,雇用機会を増やすことも目的に入るだろう。そのような産業で少数の中央直轄企業に独占させると,目的を達成することが難しくなる。そもそもその点が市場経済的な改革を進めさせた主要因だったはずである。

一方,銀行や石油業の役割は安全保障に関する貴重な資源(マネーと石油)を,いざというとき必要な部門に安定的に供給することである。製品やサービスの単一性は高く,技術的な国際競争力を高める必要性も薄い。通信サービスになると,政治的な安定性を得るために,むしろ多様な情報,党国家への反対意見を制限できるよう,流通ルートが少なければ少ないほどよいだろう。少数の中央直轄企業による独占は,そのような目的に合致しているから選択されているといえるのではないか。

近年,各種の産業で規制の度合いがよりハードになっているのは,それらがおかれた環境と規制の目的の変化に促されている側面があるのではないだろうか。中国の政治経済体制の今後の変化をよりよく見通すためにも,中国を取り巻く国際社会・ビジネスと国内の社会・人々の変化の影響を,規制の分析に加える必要があるように思われる。今後の政治的な環境と人々の意識の変化,とくに共産党による一党独裁をこのまま受け入れ続けるのか,それとも変化を求め始めるのかは,中国社会の規制のあり方に直結する要素であろう。

国家による規制の強化に関して近年,より注目されているのは,それが市場主義的な管理を基本としてきた民間資本部門に,政治性を強める形で及び始めている点である。より端的にいえば,上記のアリババや吉利のような民間資本の企業に,党国家が政治的忠誠と「正しい」目的への貢献をあからさまに求めるようになっている点である(Pearson et al. 2021)。それはどのような規制制度によってなされているのか,市場社会の側の反応はどうか,その仕組みは持続性があるものなのか……本書の分析の続編として,著者がそれらの解明に向かい,貴重な成果を上げてくれることを期待したい。

(注1)  本書で使われるparty-stateという用語は,共産主義国におけるレーニン型の一党支配国家(one-party-state)と同義だと考えられる。日本では「党国体制」「党政一体型国家」などと訳されるようである[若林1992; 杜崎2011]。本稿では「党国家」と訳しておく。

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© 2022 日本貿易振興機構アジア経済研究所
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