2023 年 64 巻 3 号 p. 2-30
特定の人物の選出が目的にもかかわらず,多くの独裁者は競争的選挙を実施する。しかし選挙は不確実であり,目的達成には操作が必要となる。とはいえ過度な操作は選挙だけでなく体制の正当性を低下させる。つまり独裁者は,操作による目的達成と正当性維持のあいだでジレンマに直面する。本稿はラオスの村長選挙を事例に,ラオス人民革命党が選挙を巧妙に操作することで目的を達成する一方,候補者選出過程に有権者の声を反映させるなど「民主的」選挙の外形を頑なに守り,ジレンマ解消に努めていることを明らかにする。選挙は茶番かもしれないが,党にとっては「民主主義」を演出する重要な舞台であり,体制が「民主主義」の価値を国民と共有しているとの認識を創り出す場となっている。本稿からは,「民主主義」へのコミットメントを示すことが,選挙ジレンマの解消だけでなく,独裁体制の正当化にとっても重要であることが示唆される。
Despite a desire to remain in power, many dictators hold competitive elections. However, elections are uncertain and manipulation is necessary to ensure the desired outcome. Nevertheless, excessive manipulation can reduce not only the legitimacy of the election itself but also the legitimacy of the regime. In other words, dictators face a dilemma between achieving their goals through manipulation and maintaining legitimacy. This article highlights the case of village chief elections in Laos, in which the Lao People’s Revolutionary Party achieves its goals by skillfully manipulating the elections while firmly maintaining the appearance of “democratic” elections. The party strives to resolve this dilemma by reflecting the voices of voters in the candidate selection process. Although the elections may be a farce, they are an important means for the party to create the perception of democracy and share the values of democracy with the people. This article suggests that demonstrating a commitment to democracy is important to both resolving the electoral dilemma and legitimizing the dictatorial regime.
はじめに
Ⅰ ラオスにおける「民主的」選挙の重要性と問題の所在
Ⅱ 独裁体制における「選挙のジレンマ」と解消手段
Ⅲ ラオスの村長選挙と選挙過程における操作
おわりに
独裁者(注1)は本来,選挙を行う必要がない。特定の人物の選出が目的ならばなおさらである。それでも多くの独裁者は競争的選挙を実施する。しかし選挙には常に不確実性が伴うため[Schedler 2013],目的を確実に達成するには操作が必要となる。とはいえ競争性や公平性を歪めれば,選挙の信頼性は低下する。体制の正当性にも傷がつく。つまり独裁者は選挙でジレンマに直面する[Higashijima 2022]。それにもかかわらず,なぜ独裁者は競争的選挙を実施し,そしてどのようにジレンマを解消しているのだろうか。
権威主義体制(注2)下の競争的選挙では,独裁者がさまざまな手段を駆使して勝利を確実にしたり,特定の人物を選出したりする。票の積み増しや改竄,買収,有権者への脅し,野党候補者への抑圧などの露骨なものから,現職に有利な制度構築など有権者にみえにくい方法まで,選挙の操作手段は多様である[Cheeseman and Klaas 2018; Norris 2004; Schedler 2002, 2013; Szakonyi 2022]。また,単に勝利を目指すのではなく,あえて過度で露骨な操作を行うことで潜在的反体制派の行動や選択に影響を及ぼし,独裁者の政治権力を強化することもできる[Harvey 2016; Simpser 2013]。しかし過度な不正に依存すれば,国民の不満が抗議行動へとつながり,体制が崩壊する可能性も高まる[Bunce and Wolchik 2011; Higashijima 2022, 16, 39; Tucker 2007]。そして暴力への依存は体制の正当性を低下させる。そのため独裁者は選挙の操作ではなく,経済資源を活用し有権者の自発的支持を動員することもある[Higashijima 2022]。
なによりも,ほとんどの支配者は国民に恐れられるより尊敬されることを望む[Gilley 2009,140]。そうであれば政治体制に関係なく,支配者は自らの支配を正当化する必要がある[Thyen and Gerschewski 2018, 40]。したがって権威主義体制であっても,市民の支持を調達する制度は欠かせず,なかでも競争的選挙の実施は必要不可欠となっている[Levitsky and Way 2020, 57]。そして自らの強さを示し体制を安定させるには,独裁者は選挙で圧勝しなければならない[Higashijima 2022, 4; Magaloni 2006, 8-9; Schuler 2021, 24]。
しかしHigashijima[2022]が指摘するように,操作を通じて選挙に大勝することと選挙結果の信頼性はトレードオフの関係にあり,独裁者はジレンマに直面する。そのため独裁者は目的に応じて制度を選択し[Malesky and Schuler 2011],操作と有権者の支持を動員する自らの能力とのバランスを図りながらジレンマの解消を目指す[Higashijima 2022, 32]。
一党制を50年近く続けるラオス人民革命党も,複数候補者による「競争的」(注3)な村長選挙でジレンマに直面している。党の最高意思決定機関である政治局は2013年に非党員の村長を認めていた方針を転換し,原則的には村の党単位書記(以下,村党書記)に兼任させることを決議した[PPPLKKMSKP 2013](注4)。だが党は,非党員候補者を含む「競争的」な選挙制度を維持している。そのため,村党書記を確実に当選させるには操作が必要になるが,それが有権者に明らかになれば,選挙結果だけでなく党の正当性が損なわれる。ひとつの村の選挙が体制崩壊につながる可能性は低い。とはいえ党の正当性低下が全国の村々に広がれば,致命的な問題となる。
本稿は,党が「民主的」な村長選挙を「演出」しながら目的を達成し,ジレンマの解消に努めていると論じる。有権者の声に基づき候補者が選ばれ,複数候補者による「競争的」選挙が行われるなど「民主主義」の外形は頑なに保たれる。一方で,党は選挙過程を管理下におき,数ある手段のなかから有権者にはみえにくい操作を選び取り,自らの意思を結果に反映させる。ターゲット(注5)が当選できなかった場合,「民意」に沿って事後的に目的を達成することもある。ラオスの事例からは,独裁者が選挙を通じて「民主主義」の価値を国民と共有しているとの認識を創り出すことが,ジレンマ解消と独裁体制の正当化にとって重要であることが示唆される。
構成は以下のようになっている。第Ⅰ節では,党にとっての村長選挙の位置づけを示した上で,党書記と村長の兼任制が導入され,ジレンマが生み出された背景を明らかにする。第Ⅱ節では,Higashijima[2022]で提示された選挙ジレンマ解消メカニズムや選挙不正に関する先行研究の議論をラオスの文脈に照らし合わせ,支持動員能力が低く正当性を重視する党には可視化されにくい選挙操作しか選択肢がないことを導き出す。第Ⅲ節では,全国36村での調査に基づき操作の実態を明らかにし,独裁体制の正当化について論じる。そして最後に本稿の貢献と課題を示して結びとする。
ラオスにおける「民主的」選挙の歴史は,1975年の人民革命党体制成立以前にさかのぼる。ラオス王国がフランスから独立を果たす過程の1946年,男子普通選挙による制憲議会選挙が,翌年には複数政党による第1回国民議会選挙が行われた[Stuart-Fox 1997, 66-67]。1956年には女性の選挙権が認められ[KTKLKHPAL 1957],複数政党制による「民主的」な選挙は革命勢力パテート・ラオ(PL)との内戦により王政が崩壊するまで続いた。
村では伝統的に複数候補者による村長選挙が実施されており,1950年代後半にはそれが確認されている[綾部 1959, 94](注6)。1965年には国王勅令が公布され,全国統一的な村長選挙規則が定められた[Phra rasa anachak lao 1965]。選挙は行政を司る村会議(現村委員会)委員を選ぶ形で行われる。候補者資格は30歳以上の男性に限定され,読み書きができ,当該村に5年以上居住などの条件がある。有権者は適任と思う候補者の後ろに並んで票を投じ,最大得票者が村長となる。そして残りの候補者に対して再度投票が行われ,最大得票者を村会議委員に選出する。投票は人口数に応じて定められた委員数に達するまで繰り返される。村長選挙で同時に村委員会メンバーを選ぶ形式は現在も変わらない(注7)。ただし投票は1回のみで秘密裏に行われる。
PLを指揮していた人民革命党は権力掌握とその維持において,当初から「民主的」選挙を重視していた。1950年代後半から続いた内戦時代,PL支配地域の一部でも村長選挙は行われた[Phongsavath 2002, 68](注8)。そしてPLが1975年5月から徐々に地方で行政権力を奪取すると,党政治局は6月から7月にかけて,直接選挙実施に関する命令を公布した[KKMSP 1975a; 1975b]。10月には政党設立,立候補,言論や集会の自由を認め,人々に能力ある人物を選出する機会を与えるとの方針が示された[KDKAKPP 1975]。PLはすでに各地で権力を掌握していたため,選挙を実施する必要はなかった。しかし党は11月,王国政府下で導入されていなかった地方議会選挙をわざわざ行った上で,革命勢力を構成員とする人民行政委員会(地方政府)を構築したのである[瀬戸 2015]。選挙は党傘下のラオス愛国戦線管理下で実施されており,党の意向が反映された(注9)。選挙の際に公布された党書記局命令では,革命に反対する者や王国政府行政機関に所属した者は選出してはならず,候補者は党委員会が決定すると定められた [PPPLSKLTS 1975]。いずれにしろ党は選挙を通じて権力を獲得し,各地で正当性を得たのである。そして12月に開催された全国人民代表者大会にて一部の県議会代表などが参加するなか(注10),王政の廃止とラオス人民民主共和国の樹立が承認された。つまり党は,体制転換を正当化するために地方と中央で二段階の「民主的」手続きを踏んだことになる。
村長についても党は,1975年7月に公布した政治局命令第7号において,任命制ではなく人民の直接民主選挙によって選出するとし,支配下の村での早々の実施を定めた[KKMSP 1975b]。地方議会選挙と同様に党の意思を反映させるため,愛国戦線が候補者を推薦した。ただし当時は現在のように党組織が全国の村々まで整備されておらず,党員も少なく,いたとしてもその存在は秘密であった(注11)。したがって愛国戦線は,非党員でも党の路線に沿う人物を候補者に選んでいたようである(注12)。
大衆を基盤に人民民主主義を掲げる党にとって,末端での民主的選挙の実施は重要である。それは「人民が我々の行政権力の民主主義的な本質および人民主権を直視すること」[KKMSP 1975b],という政治局命令第7号で記された村長選挙の目的からも裏づけられる。伝統的に民主的な村長選挙が実施され,王国政府が国民議会選挙を制度化し,多くの国民が民主的選挙を経験していたこともその背景にあろう(注13)。そして村レベルにおける「民主的」選挙は1975年以降も維持された(注14)。
党にとって村レベルの「民主主義」が重要であることは,ソ連・東欧の民主化を機に始まった1980年代後半の政治制度改革議論でも確認できる。党は形骸化していた地方議会を廃止する一方で(注15),人口500人以上の村に新たに議会を設置する方針を示した [Kaysone 1997, 492-494](注16)。カイソーン党書記長(当時)によれば,その理由は人民が主権を行使するとともに自らの代表を認識し,基層民主主義を促進するためである。しかし1991年に憲法が制定された際,地方議会は廃止されたものの,村議会の導入は最終的に見送られた。
ただし党は一貫して「競争的」村長選挙を維持し,非党員の村長を認めた。1993年5月には村長資格を定めた首相令第102号が公布されたが,党員規定はなかった[SNL 1993]。実際に2003~2006年にかけて筆者が実施した1都・6県の調査でも,非党員の村長を確認している(注17)。また後述の図1にあるように,2010年代前半までは多くの県で党書記と村長は別々の人物が務めていた。
(出所)KAPP [2014; 2016], KBPP [2013; 2017], KBXPP [2013; 2017], KCPP [2013; 2015], KHPP[2014; 2018], KKPP [2014; 2017], KLPP [2016; 2020], KLNPP [2017; 2019], KOPP [2013; 2017], KPPP [2013; 2017], KSPP[2015], KSKPP [2013; 2017], KSVPP [2013; 2017], KVPP[2013; 2017], KXPP [2015; 2016], KXBPP [2013; 2015], KXKPP [2013; 2017], NVPP [2013; 2016]を基に筆者作成。
(注) 1)記号の時系列は■が古く,×が新しい年である。2)統計不備のためポンサリー県ブンタイ郡,ウドムサイ県ナーモー郡,ガー郡,ベーン郡,サイニャブリー県ホンサー郡,フアパン県フアムアン郡,サムヌア郡,エート郡,ビエンチャン県ヒンフープ郡,サラワン県コーンセードーン郡,ラコーンペーン郡,アッタプー県サマッキーサイ郡は含まれない。またビエンチャン県のサイソムブーン郡とホム郡は2013年12月に新設されたサイソムブーン県に編入されたためサイソムブーン県としてカウントしたが,2013年の同県の数値には統計が未入手のためシェンクアン県から編入されたタートム郡が含まれておらず,対象村は58村である。2017年の同県の数値は96村を対象としている。
2010年代に入り党は,村党書記と村長を別々の人物が務める2人体制から,1人による兼任体制への転換を図った。そのきっかけとなったのが,2004年から始まったクムバーン政策である。これは貧困削減を目的に5~7村をひとつのグループ(クムバーン)にまとめ,グループごとに開発を行うことを目的としている[PPPLKKMSKP 2004b]。つまり,これまで各村単位で行ってきた開発を,より大きな規模で効率的に実施するねらいといえる。
そこで問題となったのが村党書記と村長の関係である。政策全体は郡の管理下でクムバーンに設置された党組織が村を指導しながら実施する。通常,村の党書記は村長より上位に立つが,2人のあいだの意見が一致せず物事が進まないことがある。限られた党員によって選ばれる党書記とは異なり,村民選挙によって選出される村長は代表性を有している。そのため,党書記と村長の関係性がときにこじれる(注18)。
党政治局は2004年3月5日に指導命令第04号を公布し,村党書記を村長にする条件を整えるとの方針を示した[PPPLKKMSKP 2004a]。翌年には,長期的に村長を党書記または党員にすると定めた党事務局指導書第38号が公布された[PPPLHASKP 2005]。前者は選挙を通じて村党書記を村長に選出する直接的手段,後者は村長に選出された党員を村党書記に,非党員であれば党員にリクルートする間接的手段と捉えられる。
本格的に兼任体制が導入されるのは,2012年に「3建」政策が始まって以降である。これは「県を戦略単位に,郡を全分野における強力な単位に,村を開発単位に建設する」というクムバーン政策を拡大発展させた政策であり,地方分権を目的としている[PPPL 2011, 37]。開発を進め貧困削減を達成するという基本方針は変わらないが,下級への権限移譲と効率的な行政がより重要と位置づけられた。
まず,全国の109村が「3建」のパイロット村となった。対象となった村は郡党執行委員の管轄におかれ,上級による管理が強まった。また,政府が優先的に開発プロジェクトを実施し,政府系金融機関も村民に積極的に融資を行うなど,経済的優遇措置がとられた。つまり,これまで以上に村と上級党組織が密接な関係となるだけでなく,村の管理業務が重要な意味をもつようになったのである。そのため村の組織改革が課題となり,兼任体制もその一環として位置づけられた。
党政治局は2013年9月6日,全国の村を対象に「村行政機構の改善および月給を付与されない村級の職員への手当体制の実施に関する決議第08号」を公布し,先の直接的および間接的な2つの方針を再度規定した[PPPLKKMSKP 2013]。関接的手段については勤勉で村民の信頼の厚い人物を候補にするとのみ記され,後に村党書記に就任させるとの記述はない。しかし党は引き続き村長選挙での非党員候補を許容しており,党事務局指導書第38号の内容を踏襲したと考えられる。まず党は,「競争的」選挙を通じて党書記を当選させることを目指し,失敗した場合は当選者が党員であれば党書記に就け,非党員であれば党員にリクルートするという二段階の方法を準備したのである。そして,2016年に同内容を反映した「村行政組織と活動に関する決定第649号」が内務省から公布され,全国統一的な村長選挙実施方法が定められた[KPN 2016b]。
実際に2013年以降,ほとんどの県で党書記と村長の兼任割合が上昇している。図1は内務省が保管する村レベルの統計を基にした,全18都・県の兼任割合の変化である。統計の整備・管理状況が悪く,入手できた数値の対象年にばらつきはあるものの,3県を除きすべての都・県で兼任割合が増加していることがわかる。3県の低下ポイントもそれぞれ0.28(ルアンナムター県),0.39(ルアンパバーン県),1.21(ボリカムサイ県)と微減であり,2010年代に進んだ村の統廃合などが原因と考えられる。
党が特定人物の選出という目的をもつにもかかわらず,「競争的」選挙を維持したのは,権力獲得時に民主的手続きを踏み,建国から一貫して末端における「民主主義」を重視しているからであろう。村民の意思に反して村党書記を村長に任命すれば,彼らの不満は高まり人民主権を掲げる党の正当性は低下する。ひとつの村の出来事が体制全体に影響することはないが,不満が全国で広がれば体制にとって大きな脅威となる。
とくに2010年代に入り,党は自らの正当性低下に危機感を示してきた。ラオスは2000年代中頃から年率8パーセント前後の経済成長を遂げてきた一方で,汚職や経済格差などの問題が拡大した。2011年の第9回ラオス人民革命党代表者大会(以下,党大会)で党指導部は,研究すべき理論・実践問題のひとつに「党内や社会における民主の拡大」を掲げた[PPPL 2011, 43]。そして党内の人材選抜や選挙制度を改善し,大衆や大衆組織が参加できるメカニズムを構築するとした[PPPL 2011, 49, 54-55]。2016年の第10回党大会では党員の政治的資質の退行が党に悪影響を与えているとの認識が示され,民意の重要性が強調された[Pasaxon, January 19, 2016; 山田 2016, 29, 33-34]。以上の党の認識は,村の党書記に「代表性」を付与し,村民の信頼の厚い人物を村長に選出するとの方針とも合致する。つまり民意を重視する党にとって,「競争的」な村長選挙はより重要な意味をもつようになったといえる。
したがって問題解決の最適解は,村党書記が「民主的」選挙によって「正当」に村長に選出されることとなる。しかし競争的選挙は不確実性を伴うため,目的を確実に達成するには操作が必要になるが,それでは選挙と党の正当性は低下する。つまり党はジレンマに直面する。
このような選挙のジレンマは何もラオス特有のものではない。選挙を実施する独裁体制における共通の問題である。
Higashijima[2022, 7, 36]が「選挙のジレンマ」というように,独裁者は操作を通じて選挙に大勝することと,選挙結果の信頼性や選挙で得られる利益のあいだで選択を迫られる(注19)。大勝のみを目的とするならば,独裁者は選挙を操作すればよい。しかし単に操作をすればよいというものではなく,コストとベネフィットを考慮する必要がある。
選挙操作は大きく2つに分けることができる[Higashijima 2022, 47-52]。ひとつは,身体的危害などを含む野党候補者への抑圧,有権者に対する脅迫,票の買収や積み増しなどの露骨な不正である[Harvey 2016; Harvey and Mukherjee 2020; Simpser 2013](注20)。このような操作戦術は,とくに競争が激しく体制への脅威が大きい場合に採用されると考えられる[Harvey 2016, 106; Schedler 2013, 273-275]。そして,独裁者の組織的および財政的な強さに関する情報を反体制派に送るため,抗議行動を抑制する利点がある[Harvey and Mukherjee 2020; Simpser 2013]。ただしコストが高い。潜在的な反体制派と支持者を特定するには広範なネットワークが不可欠であり,ねらいどおりに投票が行われたかどうかモニタリングも必要となる[Harvey 2016, 116]。また,そのような可視化された操作は体制や選挙の正当性を低下させる。Reuter and Szakonyi [2021]はロシアでのサーベイ実験から,選挙不正の発覚に対してとくに体制支持者が否定的に反応することを明らかにしている。
もうひとつは,制度を通じた有権者にはみえにくい操作である[Sjoberg 2016]。投票前の制度設計における操作は可視化されにくく,正当性を低下させずに目的を達成できる[Schedler 2013, 275]。独裁者は議会選挙において,小選挙区制を導入し得票率以上の議席率をもたらす議席プレミアムを得ようとするかもしれない[東島 2015; Higashijima and Chang 2016; Higashijima 2022, 48]。支配政党が自らに有利になる選挙区割りを行うゲリマンダリングも[鷲田 2017],有権者にはわかりにくい操作のひとつである。Szakonyi [2022]はロシアでのサーベイ実験から,制度の操作は大衆の不満を高めずに選挙において最大の効果をもたらすことを実証した。反対に,体制の強さを伝達しない操作は野党や活動家の抗議行動を誘発するとの指摘もある[Harvey and Mukherjee 2020, 535]。
いずれにしろ独裁者であっても自由に制度を構築することはできず,さまざまな制約の下で制度選択を行う[Gandhi and Heller 2018, 390-394]。たとえば選挙の諸機能はトレードオフの関係にあるため[Malesky and Schuler 2011; 豊田 2013; Schuler 2021],独裁者は自らがおかれた状況や目的に応じてどの機能を重視するのか選択を迫られる。選挙での大勝を通じて体制の強靭性を示すデモンストレーション効果[Higashijima 2022, 14]やシグナリング効果[Schuler 2021]を重視すれば,過度な選挙操作が行われる。しかし,それでは反体制派による抗議行動を引き起し[Higashijima 2022, 39],選挙の正当性も低下する。一方で競争性を高めれば国民の選好や不満に関する情報を収集でき[Magaloni 2006; Malesky and Schuler 2011; Miller 2015],野党の取り込みや分断を行えるが[Magaloni 2006; Lust-Okar 2005; Gandhi and Lust-Okar 2009],選挙に敗れるリスクが上昇する[Rozenas 2016, 234]。とはいえ選挙で大勝できなければ独裁者の弱さを露呈し,体制内エリートの離脱や反体制派による脅威が高まる。
一方Higashijima[2022]は,独裁者が経済的および組織的資源を通じて大衆の支持獲得を得られれば,選挙操作に依存することなくジレンマが解消されることを実証する。つまり,選挙前に財・サービスを提供するポークバレルや,利益供与を行うクライアンテリズム/パトロネージにより市民の自発的支持を動員することで,操作や不正なしに選挙に大勝し,かつ選挙機能に付随する利益も享受できる[Higashijima 2022, 47-61](注21)。そうすれば選挙結果の信頼性も損なわれない。一方で,経済的資源が活用できなければ選挙操作に依存するしかなく,選挙結果の正当性も低下する。利益も得られない。
したがって独裁者は自らの支持動員能力と選挙操作のバランスを考慮し,戦略を決定する。支持動員能力とは,任意に利用できる財政資源の規模,エリートを統制し大衆に合理的な財政資源の分配を行える支配政党などの組織,および野党による市民の支持調達能力によって決まる[Higashijima 2022, 53]。独裁者が自由に活用できる財源が大きければ,利益を分配することで有権者の支持を獲得できる。その際,凝集力が高く全国規模の組織力をもつ政党などがあれば,より効果的かつ広範に分配を行える。また経済資源が活用できない場合でも,このような組織は選挙操作に利用できる。そして独裁者がどのような操作を行うかは,野党がどの程度市民の支持を調達できるかによる。野党に対して独裁者の支持動員能力が高ければ経済的工作が選択され,低ければ選挙操作に頼るしかない[Higashijima 2022, 53-61]。独裁者が情報の不確実性や見込み違いから選挙操作の度合いを誤ったり,過度に自由で公正な選挙を実施したりすれば,体制は不安定になる[Higashijima 2022, 61-64]。
まとめれば,独裁者は自身がおかれた状況,保有資源,選挙を通じて達成したい目的,そのための操作に伴うコストとベネフィットなどを考慮し,手段を選択する。
2. 党にとっての選択肢Higashijima[2022]や選挙操作に関する先行研究が示した枠組みをラオスの文脈に照らし合わせると,可視化されにくい選挙制度の操作しかジレンマ解消の道がないことがわかる。
まず,過度で露骨な選挙操作は選択肢から外れる。ターゲットを「正当」に村長に選出するとの目的を考慮すれば,Simpser[2013]やHarvey[2016]が指摘する政治権力を独占し,体制が強靭であるとするシグナルを送るための過度な操作は逆効果である。それはターゲットを確実に当選させる反面,体制と選挙の正当性を低下させる。また,野党がおらず反体制派が対抗馬として候補者となるわけでもないため,露骨で可視化された不正を通じて体制の強靭性を示し,脅威を取り除く必要もない。さらに一党制であるため,市民は支配政党が暴力装置を含め国家のあらゆる資源を活用できることを理解しており,可視化されにくい操作が独裁者の脆弱性を露呈することにもならない。
したがって,有権者にはみえにくい制度の操作か経済的手段が選択されると考えられる。実際に一党制下の選挙でも,Higashiijma [2022]が指摘する経済工作が行われている。中国の地方人民代表大会選挙では,共産党や大衆組織の推薦を受けた候補者が,小学校の修繕など公共材の提供を公約に掲げることがある[Wang 2017, 878]。
しかし,ラオスの村党・行政組織の保有資源を考えると,財政を活用した支持動員は難しい。村の収入は村が徴収し郡と折半する各種税,行政文書発行などのサービス料金,村調停委員会の手続き料金(注22),村民の寄付などが財源となっている[KKG 2014]。たとえば,筆者が調査を行った北部ウドムサイ県X郡VH村の2015/16年度の収入は,約8280万キープ(約1万ドル)であり,支出は約5940万キープ(約7200ドル)だった(注23)。首都の中心地や観光地の村では年間収入が数万ドル以上に達する村もあるが,その多くは人件費や諸経費で消え,余剰財源はほとんどない(注24)。各世帯から現金を募る村や(注25),各世帯が拠出したコメを市場で売却し予算を調達する村もある(注26)。村には大衆組織(注27)のひとつである女性同盟などが運営する財源豊富な基金や村民の互助会なども設立されているが(注28),党組織が選挙目的に活用できる資金ではない。
経済状況は政府優遇措置がある3建村でも同じである。一例を挙げると,ボリカムサイ県PS郡S村では,総額2億1300万キープ(約2万6000ドル)で5つの開発プロジェクトが行われていたが(注29),1件あたり4260万キープ(約5200ドル)と規模が小さい。またプロジェクト内容は県や郡などの上級で決定されるため,タイミングも含めて村党組織が選挙目的で活用することは難しい。党書記や村長への手当も一般村より高く設定されているが(注30),書記兼村長で付与される額は50万キープ(約60ドル)/月であり所得も低い(注31)。
したがって党に残された道は,可視化されにくい制度の操作しかない。選挙は党の管理下で実施されるため,党による操作が可能となる。村レベルの党員数はさほど多くないが,彼らを通じて有権者を動員できる。しかし選挙と党の正当性を確保しつつ,特定のターゲットを当選させるような操作は可能なのだろうか。
本節では2016年10月から2018年6月にかけて,内務省の協力の下で筆者が行ったラオスの全18都・県36村での調査に基づき,選挙過程と操作の実態を明らかにする。調査はまず,都・県内務局が選定した郡・市において,村長選挙を管轄する内務事務所で選挙過程や郡の方針について聞き取りを行った(注32)。その上で,基本的には同郡・市内の2つの村を対象に,村委員会から選挙メカニズムについて話を聞いた(注33)。ひとつは3建村,もうひとつは一般村である。先述のように2種類の村の間に経済資源の違いはないが,念のため異なる選挙メカニズムが観察できるのかを検証する。調査村は内務事務所が選定した。
表1は36村の概要である。そのなかで2村(番号1,36)だけ村長は郡による任命であった。前者は郡内の開発重点村であるため,2013年に郡党執行委員が村長に任命された。後者は複数の民族間同士で村長について折り合いがつかず,2014年に郡が村党書記を村長に任命したという。以上の2村については前村長時代の選挙実施方法を聞いた。また独裁体制下の政治的調査は大きな制約を伴うため,一部の郡や村では質問に対する明確な回答が得られない場合もあった。とはいえ,選挙の実態を示すだけの十分な材料は入手できたと考えられる。なお,36村の調査日は表1を参照してほしい。内務事務所での聞き取り日は各都・県の1村目の調査日と同じである。そのほかの聞き取り調査については適宜注釈で示すことにする。
(出所)2016年から2018年までラオスで実施した筆者による聞き取り調査に基づく。
(注)括弧内の数値は選ばれる人数である。また,?は不明,―は該当せずを意味する。
2016年に内務省が定めた規定や18郡・市の内務事務所での聞き取りからは,村長選挙過程は以下のように整理できる。
選挙全体を指導するのは上級の党組織である。まず郡長が,郡党副書記,党常務委員・執行委員などにより構成される選挙委員会を任命する。メンバーは郡党指導幹部であるため,選挙は実質的に党の管理下で行われる。村でも党副書記,党員,大衆組織の長,長老などからなる選挙委員会が任命される。
選挙権は18歳以上,被選挙権は21歳以上から55歳までとなっている。しかし村によっては世帯代表者のみ票を投じるなど,独自の制度を設けるところもある(表1参照)。候補者はラオス人であり,当該村に2年以上居住し党・国家に対して忠誠であることなど,いくつかの資格要件が定められているが,党員規定はなく非党員でも候補者となれる。
候補者については,まず村選挙委員会が上級選挙委員会の指導の下で村党単位と協力してターゲットを決定する。これは党が当選を望む人材の確定を意味する。通常は現職の党書記や党書記就任予定者が対象となる。また,選挙では村長だけでなく副村長(=村委員会メンバー)も選出するため,複数のターゲットが選ばれる。
その後,選挙委員会が政治会議を実施し,どのような人物が村長に相応しいかを有権者に説明した上で,候補者に関する第1回意見聴取が世帯代表や単位(複数の世帯によって構成される班)長,またはすべての有権者を対象に行われる。ここで有権者は村長候補者に相応しい人物を推薦する。つまり候補者は他薦で決められる。推薦人数に関する規定はない。選挙委員会は結果を検討し,必要であれば第2回目の政治会議を行い再度意見を聴取する。選挙委員会が設定した「目標」が達成されれば郡長・市長に結果を報告し,そうでない場合は指導を仰ぐ。「目標」の達成とは,選挙委員会が定めたターゲットと有権者が推薦した人物がおおむね一致していることを指す。最終候補者リストは郡長・市長の承認を得て決定される。
投票は,基本的に有権者が一堂に参加する村長選出会議で直接かつ秘密裏に行われる。会議では投票前に候補者が自身や政策などについて紹介し,投票管理委員会が任命される。各候補者は取り組むべき村の問題など候補者独自の考えを述べることもあるが,基本的に党路線から外れることはない。またこの機会に郡の代表や選挙委員会が党の政策を普及するため,民主主義体制における候補者間の政策論争とは大きく異なる。その後投票となり,開票は同委員会が公開で行い結果を発表する。結果は郡長・市長に報告され,選挙後15日以内に新規村委員会が任命される。
以上の過程からは,いくつかの段階で操作が可能だと考えられる。ひとつは政治会議である。内務省規程ではこの政治会議で「政治教育を行う」(スックサーオップホム・カンムアン)と記されている。そうであれば,有権者の候補者推薦行動に影響を与える働きかけが行われる可能性が高い。もうひとつは候補者選定である。有権者の推薦した候補者と党のターゲットが一致しない場合,選挙委員会はターゲットを最終候補者に加えることができる。これは,郡長・市長による候補者決定過程でも可能である。開票は村民に公開で行われるため結果の改竄は考えられない。
では,実際にどのような選挙メカニズムにより,党の目的とジレンマ解消が達成されているのだろうか。
2. 実際の選挙メカニズムと操作まず村の種類にかかわらず,候補者資格を党員に限定している村があった(表1参照)。それらの村の多くは,党中央の方針が変化した2000年代後半から2010年代初頭にかけてルールを変更したという(注34)。資格を党員に限定すれば当然,ターゲットが当選する可能性は高まる。しかし,同じ郡内でも郡の方針と村の実態が一致していないところもある。たとえば,チャンパーサック県PX郡では候補者を党員に限定する方針だが,NS村では有権者に意見聴取を行う際,非党員の名前を挙げることを認めている。一方その逆もある。ルアンナムター県LN郡は非党員の候補者を認めているものの,NT村は党員に限定している。後述する選挙実施方法を含め,選挙は村党組織の裁量に任されている部分が多い。だからこそ表1にあるように,選挙過程や実施方法の詳細が村ごとに多様なのだろう。村の党組織は村の状況や村民の志向,また過去の投票行動から戦略や実施方法を選択していると推測される。
有権者への意見聴取前に行われる政治会議では,選挙実施方法や規則の説明とともに村党書記を当選させるための「政治教育」が行われる。その詳細は不明だが,フアパン県VX郡MP村では,党路線を人民に説明でき,人民を動員・指導・教育し,政治的理論を有する者が村長に相応しいと有権者に説いている。このような人物に該当するのは自ずと村の党書記など党のターゲットに限られる。カムアン県TK郡も同様の説明を有権者に行っている。ポンサリー県PS郡MC村の党書記兼村長は,「政治教育」を通じて有権者の多くが党書記(就任予定者を含む)に票を投じるようになるため,これまでターゲットが当選しなかったことはないと述べた。またサイニャブリー県XB郡内務事務所長は,政治会議ではターゲットに投票するよう「奨励」し,村人もその方針を理解していると語った。同様のことは首都ビエンチャンST郡,ボリカムサイ県PS郡,カムアン県TK郡内務事務所などでも聞かれた。政治教育は誰に投票すべきか直接的に指示しないにしろ,有権者の候補者推薦や投票行動に間接的に影響を与えているといってよいだろう。このような操作は非常にみえにくく,選挙の競争性や公正性は一応確保される。
有権者への意見聴取過程は村の数だけ多様であるものの,村の種類や候補者資格にかかわらず,大きく2つのパターンに整理できる。
第1のパターンは,第1回意見聴取を党員・村委員会・大衆組織幹部などに限定している村である。そこでは当然,党のターゲットが候補者として推薦される。ただし,番号10,17,22の村では非党員の名前を挙げることもできる。その後は,推薦過程で有権者がかかわることなく選挙が行われる村と(番号3,17,36),第2回意見聴取以降に有権者が関与し候補者が絞られる村に分かれる(番号2,5,9,10,14,22,33,34)。後者は村民の声が一応は反映されるが,すでに党組織が決めた選択肢しか残されていない。仮に村民が党のターゲットを選ばなかったとしても,郡レベルで操作の余地は残る。7村では郡長・市長の決定前に郡レベルの党組織が関与することが確認できた。いずれにしろ,候補者選定には党の意思が確実に反映される。
しかし番号2の村では党副書記が,番号33の村ではラオス国家建設戦線(注35)の長が村長に選ばれた。ただし両者とも村委員会のターゲットではある。前者ではもともと党書記が副村長を,党副書記が村長を務める慣習であった。2人体制でもとくに問題がないため郡が承認しているという。一方番号33の村はもともと別々だった4つの村を統合しており,それぞれの旧村から候補者が出されるため票が割れてしまうという事情がある。
第2のパターンは,第1回目の意見聴取を村民(各有権者,各班,各世帯代表のいずれか)に行い,その後に党員や村の党単位,また郡党常務委員会で候補者が絞られていく村である。ただし村によって意見聴取方法が異なり,大きく3つに分類できる。ひとつは,有権者が適任と思われる人物の氏名を配布された白紙に自由に記入する方法である。村によっては記入可能人数を1~3人に限定しているが(番号7,11,12,13,20,21,23,24,27,28),4村は無制限だった(番号4,6,31,32)。もうひとつは白紙に記入できる氏名を党員に限定している村である(番号18,19)。前者は意見聴取対象を各有権者とし,後者は世帯代表に限っている。そして最後は,現職の村委員会リストが書かれている紙を渡され(注36),そのなかから不適格と思われる人物の名前に線を引き,新たに適切な人物の名前を加える方法である。ここでも村によって記入人数を定めている村と(番号15,16,29,30),そうでない村に分かれる(番号8,25,26)。また村によっては記入対象に非党員を認める一方で(番号8,25,26),党員に限定している村もある(番号15,16,29,30)。
この第2パターンではまず村民の声を反映させるため,選挙自体の正当性は高まり,かつ村民が信頼する人物に関する情報を収集できるが(番号18,19を除く),最終的に党の意向が優先されることに変わりはない。実際にサラワン県SL郡NL村では,候補者資格で非党員を認めているにもかかわらず,世帯代表による意見聴取後の党単位会議で村民から推薦された非党員候補者をリストから外すことがある。チャンパーサック県PX郡は郡党常務委員会会議で同様の措置をとるという。党組織が関与しないと回答した番号13,16,35の3村でも,最終候補者の決定権は郡長(=郡党書記)にあり,非党員が外される余地は残る。いずれにしろ,第2パターンでは後述する1村を除き,すべての村で党書記/就任予定者が最大得票者となり村長を兼任していた。
以上の操作に加え,多くの郡ではターゲットが当選しなかった場合の手段が準備されている。ひとつは,村人の「同意」を得た上で党書記を村長とし,得票者第1位を副村長に就任させる方法である。もちろん村の事情によって異なるが,首都ビエンチャンST郡,ルアンナムター県LN郡,ボケオ県HX郡,ウドムサイ県X郡,ボリカムサイ県PX郡,サワンナケート県KP郡,チャンパーサック県PS郡,ルアンパバーン県LP郡などが基本的にこの方針を採用していた(注37)。たとえば,第2パターンに属するウドムサイ県X郡LS村の2016年選挙では非党員が最終候補者となり,かつ最大得票者となった。村民の意思を尊重し郡が最終候補者として認めたのである。民主主義体制のような選挙キャンペーンはないものの,意見聴取過程において党が選んだターゲットへの村民の信頼が相当程度低く,多くの村民が非党員の人物を支持していることが判明した場合は,競争性が高い選挙が実施されるようである(注38)。ただし先述のように,村民が支持した人物が候補者リストから外されることもあり,その判断は村や郡の党組織に委ねられている。そしてLS村では,当該人物が年齢の若さと経験の浅さを理由に村長就任を「辞退」したため,村民の「同意」を得て副村長に就け,代わりに副村長に選出された村党書記を村長にしたという。村民の「同意」なしに最大得票者でない人物を村長に就けるという話はどの村でも聞かなかった。
もうひとつは,選挙結果を尊重し事後に最大得票者を党書記・党員にリクルートする方法である。ビエンチャン県VV郡PK村では,仮に非党員が最大得票者となった場合は結果どおりに村長に任命し,その後党員にリクルートするとのことだった。カムアン県TK郡も同じく最大得票者を村長にし,非党員であれば当該人物を党員にリクルートするか,党員であれば後に党書記にするとの方針であった(注39)。
そして党は,以上の操作を通じて「民主的」選挙の外形を整えるだけでなく,有権者に「民主主義」を実践しているとアピールする。サワンナケート県KP郡,ビエンチャン県VV郡,カムアン県TK郡内務事務所が作成した村長選出会議の開会・閉会演説のひな型には,「民主主義体制および憲法に沿って人々が自らの権利を行使し代表を選ぶ」「(村長)選出会議は人民民主主義を表している」「民主主義を拡大する」などの文言が並ぶ。党は選挙が「民主主義」そのものだと正当化しているのである。通常,会議では郡長または郡の代表が演説を行うため,同様の主張が各村でなされていると考えてよいだろう。
以上からは,郡・市や村の党組織がどのように目的を達成し,選挙のジレンマを解消しようとしているのかその実態が明らかになった。政治会議の開催,候補者資格の制限,候補者のスクリーニングという有権者にはわかりにくい操作が行われる一方で,候補者選出過程に村民の声を反映させて「民主的」選挙の外形を整えるだけでなく,党書記に「代表性」を付与することで党はできる限り選挙の「正当性」維持に努めている。そして党が「民主主義」を実践しているとの認識を創り出す。このようなことが可能となるのは,競争相手がおらず選挙を完全に管理下におき,党以外の主張が表明される余地がないからであろう。つまり,一党独裁体制だからこそのジレンマ解消方法といえる。
同様の手法は,中国の村民委員会選挙でも観察できる。中国では定数以上の候補者による「差額選挙」のほか,有権者が自由に候補者を推薦できる「海選」と呼ばれる制度があり,予備選挙も実施される[唐 2002; 鈴木 2013]。自薦も認められておりラオス以上に候補者選出過程の自由度が高いともいえる。これに対しては,党組織の介入と調整により候補者が決定され最終的には党員が当選するとの指摘もあれば[鈴木 2013],非党員が多く当選する「政党なき競争」「選択肢のある競争」との評価もある[Landry, Davis and Wang 2010]。いずれにしろラオスと中国の村レベルの選挙は民主性を装っているものの,場所によっては真に競争性の高い選挙が行われるという点で共通している。一方で,中国では経済利益が村長職に付随する場合,現金による露骨な票の買収も行われるが[Zhao 2018],ラオスでそのような手段はみられなかった(注40)。当然,地方幹部が直面する利益やインセンティブ,また外的制約によって,操作手段は異なるだろう。そして村の数は膨大であるため,自らの主張を裏づけるさまざまなパターンの選挙を見出せることにも留意が必要である[Manion 2009, 379-380]。
3. 村長選挙の位置づけ――支配の正当化ラオスの村長選挙からみえてくるのは,独裁者が民主主義の価値を国民と共有しているとの認識を創り出すことの重要性である。
政治体制に関係なく,支配者にとって正当性が重要なことに疑問の余地はない。独裁体制の安定にも大衆の支持が必要である[Dimitrov 2009; Gerschewski 2013; Higashijima 2022, 19; Kailitz and Stockemer 2017, 333]。したがって独裁者は,自らの支配を正当化し続けなければならない。
支配の正当性とは共有された規範や価値に基づき,支配者には命令を下す道徳的権利があるとする被支配者の信念であり内面によって支えられるものと整理できる[Easton 1965, 278; Lipset 1959, 1960, 77; ウェーバー 1960, 551; Alagappa 1995, 11]。支配者がこれを獲得しようとする過程が正当化である。
正当化には経済成長による実績,イデオロギー,ガバナンスの質などさまざまな要素があり,選挙による民主的手続きもそのひとつである[Cho 2021; Debre and Morgenbesser 2017; Dukalskis and Gerschewski 2017; Mazepus 2017]。権威主義体制下での「民主的選挙」が,支配の正当化や市民の支持調達にとって重要なことは実証されている。たとえばReuter and Szakonyi [2021]はロシアでのサーベイ実験により,有権者の多くは選挙が公平に行われていると信じているため,不正を行った候補者への支持を取り下げ,その効果はとくに体制支持者で大きいことを示した。またWilliamson [2021]は中東諸国の権威主義体制を事例に,アラブおよびアフロバロメーターのデータとサーベイ実験から,選挙が自由で公平だと認識している者は体制の支配する権利を承認し,抗議行動をためらうことを明らかにした。Debre and Morgenbesser [2017]によれば,カンボジア,ジンバブエ,エジプトは民主主義の国際的基準に沿って選挙を実施していると装うため,体制の主張に沿う選挙監視団を活用しているという。さらに中国の村民委員会選挙研究では,多くの先行研究が競争的選挙により体制の正当性が高まるとし,「民主的な」選挙制度を体制による支配の正当化の一手段と捉えている(注41)。
Reuter and Szakonyi [2021, 290, Table F1]が第6回世界価値観調査(World Value Survey:2010~2014年)の指標に基づき示したように,権威主義体制下の人々の多くは自分たちの国が民主主義であり,選挙が自由で公平であると信じている。Letsa and Wilfahrt [2018]も同調査に基づき,権威主義体制下の市民が民主主義を好んでいることを明らかにした。ラオスはアジアンバロメーターや世界価値観調査の対象国ではなく,国内世論調査もないため,民主主義や選挙に対する人々の意識は明らかでない。そこで参考として,2017~2020年に実施された第7回世界価値観調査から,ラオスと同じ一党制である中国(2018年)とベトナム(2020年)の指標をみよう。1~10まで10段階(1が完全に非民主的,10が完全に民主的)の基準で示された民主的統治に対する指標は中国が7.13,ベトナムが7.81,自国の民主的政治制度は「よい」「まあまあよい」と回答した人の割合は中国が90.3パーセント,ベトナムが86.2パーセントと高い(注42)。選挙への信頼は中国が59.1パーセント,ベトナムは84.9パーセントであった。またベトナムのみのデータだが,76.2パーセントが選挙で反体制派の立候補が妨げられていない(注43),74.1パーセントが有権者は真の選択肢を与えられている(注44),と回答している。一党制にもかかわらず自国の民主主義と選挙への評価が高い。
中国とベトナムでの限定的な調査結果を安易に援用することはできないが,ラオスの党指導部がわざわざ複雑なメカニズムで「民主的」選挙の外形を頑なに守っているのは,支配の正当性の低下を恐れているからではないだろうか。村長選挙は茶番かもしれないが,党にとっては「民主主義」を演出する重要な舞台であり,有権者をそこに参加させることに意味がある。そうすることで党は,体制が「民主主義」の価値を国民と共有しているとの認識を創り出しているのだろう。それは選挙ジレンマの解消だけでなく,国民の支持調達にとっても重要な機能を果たしていると考えられる。
ラオス人民革命党は村長選挙において,選挙や自らの正当性を低下させずに特定の候補者を当選させるというジレンマに直面する。そして本稿はHigashijima [2022]や選挙操作に関する先行研究の枠組みに依拠しながら,経済的保有資源が脆弱で「民主的」選挙の実施を重視する党には選挙制度の操作しか選択肢がないことを示し,36村の調査からジレンマ解消メカニズムを明らかにした。党は頑なに「民主的」選挙の外形を保ちつつ,有権者にはみえづらい操作を行うことで目的を達成している。これはSjoberg[2016]がいう末端党組織による「スマートな操作」であり,政治教育や候補者に関する意見聴取はその新たなレパートリーと位置づけられる。そしてラオスは権威主義体制研究でもっとも情報収集や研究が難しい国のひとつに挙げられており[Frantz 2018, 4-5],村長選挙の実態を解明したことの意義は大きい。
さらにラオスの事例は,「民主主義」の外形を保つことが一党独裁体制の正当化にとって,考えられている以上に重要な意味をもっていることを示唆している。これは,近年の権威主義体制研究の潮流とも合致する(注45)。Von Soest and Grauvogel [2017]によれば,政党間の競争的選挙がない閉鎖的権威主義体制は,イデオロギーなどのアイデンティティに基づく支配の正当化に多くを依存する。ラオス,中国,ベトナムの共産党にとってもイデオロギーはいまだに重要な要素である。しかし近年の研究では,権威主義体制下の人々が民主主義の価値を重視し,「民主的」選挙の実施が国民の支持調達にとって重要であることが明らかにされている。中国の村民委員会選挙について統計分析を行ったSun[2014]は,自由で公平な選挙は体制への信頼とともに人々の民主主義への支持度合いを同時に高めることを実証し,体制にジレンマをもたらすと指摘した。したがって独裁者が国民の支持を得るには,なおさら体制が「民主主義」の価値を国民と共有していると示さなければならない。正当性は人々の信念という内面に支えられているため,選挙が「民主的」であるとの認識を国民のあいだに創り出すことが重要となる[Cho 2021, 803; Williamson 2021, 1484; Levi, Sacks and Tyler 2009]。そうであれば,ラオス人民革命党が頑なに「民主的」選挙の外形を装い,「民主主義」を主張することも理解できる。
本稿では関係者への聞き取りを中心に党の選挙ジレンマ解消メカニズムを解明したが,いくつかの課題もある。まず,直接選挙で選出されたターゲットと事後的に党書記に任命された村長の割合が不明なため,党の操作がどの程度成功しているかは示していない。また,党による「上からの」正当化作業に焦点を当てたため,村長選挙により党の正当性が実際に向上し,体制への支持が高まったかどうかも明らかでない。さらに,実施方法や村長資格を含めさまざまな違いが村ごとに観察できるが,それが何に起因し,そして選挙操作にどう作用しているのか,その分析も行う必要があろう。このような課題は残されているものの,一党独裁体制にとって「民主主義」へのコミットが選挙のジレンマ解消だけでなく,支配体制の正当化にとっても重要な意味をもつことは示せたと考えられる。
(アジア経済研究所地域研究センター,2022年9月12日受領,2023年3月10日レフェリーの審査を経て掲載決定)