2024 年 65 巻 4 号 p. 125
現在の世界で生じているさまざまな問題を考える際に,植民地統治やそこからの解放のプロセスである脱植民地化は,どの程度,意味をもつのであろうか。本書は後者の脱植民地化に焦点を当て,脱植民地化がもつさまざまな影響について,要点を絞り簡潔に記述している概説書である。本書のなかで著者のデイン・ケネディが繰り返し強調しているのは,日本語版の副題で示唆されているように,脱植民地化は暴力によって特徴づけられているということと,独立後の国民国家建設が多くの国で困難なものであること,そして帝国的支配が継続していること,言い換えれば今後も脱植民地化のプロセスが継続するだろうということである。
まず,暴力についてである。ケネディは脱植民地化が,植民地国家から新たに誕生する独立国家への合意に基づく穏健な権力移譲であったとする見方に強く異議を唱える。とりわけ,フランスの植民地からの独立がベトナムやアルジェリアに代表されるような暴力闘争を伴っていたことが多いのに対して,イギリスは紛争を経ずに平和裏に植民地の独立を認めたとする見方は正しくないと主張する。脱植民地化のプロセスの多くは,それが植民地国家による弾圧や植民地解放をめざす武力闘争,独立後の国家の内側での権力闘争,内戦,民族紛争であったとしても,必然的に暴力を伴うものであり,この暴力はその後の国家の歩みに長い影を落としていることをさまざまな事例を挙げて,強調している。
次に国民国家建設の困難である。独立後の国家の多くは,植民統治期に植民地列強間で定められた国境線をそのまま引き継ぎ,その枠のなかで国家と国民を形作っていかねばならなかった。民族的にも言語的にも,そして宗教的にも多様な人々を対象に国家と国民を作り上げていくという試みは,当初から挫折することが定められているのではないかと考えたくなるような困難な道のりであり,この国家建設・国民形成のプロセスそのものが新たな紛争と暴力を生み出していることを事例を挙げながら描いている。
以上二つの点は,これまでもさまざまな論者によって繰り返し指摘されてきたことでもあり,重要ではあるが目新しいものではない。本書のユニークな点は,脱植民地化をより長い歴史的文脈のなかでとらえている点にある。ケネディは第二次世界大戦後にアジア・アフリカ地域で多くの国が植民地統治からの独立をはたしたプロセスを脱植民地化の第三波とし,それに先行して18世紀末から19世紀初頭の南北アメリカ大陸での植民地統治からの独立を第一波,第一次世界大戦後のオスマン,オーストリア・ハンガリー,ロシア諸帝国の崩壊に伴う国家の独立を第二波,さらに冷戦終結後のソ連の解体に伴う諸国家の独立を第四波として位置づけ,脱植民地化を18世紀末以降の約200年の間に繰り返し生じた現象として描き出している。本書の後半で,ケネディは第二次世界大戦後のアメリカの「覇権」を帝国的支配としてとらえ,近い将来,この帝国的支配が崩壊した際に脱植民地化の第五波が起こるのかどうかを注視する必要があると述べ,本書を結んでいる。
つまりケネディは帝国的支配とは現在に至るまで継続していると考えており,この視点は冷戦終結後の世界を考える上で,歴史的な帝国的支配がよみがえるという野田宣雄の指摘[野田 1998]を思い起こさせる。実際に現在のウクライナとロシアの紛争や,東アジアの政治的な不安定性は,この歴史的な帝国的支配の継続という文脈を抜きにして考えることはできない。脱植民地化について論じながらも,帝国的支配が継続しているという視点も提示している本書は,現在の世界を考える上で有益な視座を提供してくれる好著である。翻訳も非常によくできており,関心がある読者の一読を強く薦める。