2024 年 3 巻 2 号 p. 326-330
混合研究法は新たな研究方法として発展途上にあり、研究者が利用しやすくなる方法についての議論を深めるためには、研究実践の事例を基に検討することは重要であると考える。本稿は、筆者自身の看護分野における研究について、混合研究法を選択した理由や研究デザインの概要などを紹介するとともに、研究実践を通して浮かび上がった混合研究法を活用する意義と課題をまとめたものである。意義としては【信頼性を高める】【解釈に役立つ】【視座を明確にする】【潜在的な課題を探る】ことが見出され、課題としては【混合研究法への周囲の理解】【研究期間の長期化】【論文の文章量・情報量の制約】が挙げられた。これらは一事例で得られた限られた視点に過ぎないが、今後、量的・質的アプローチの統合で期待できる意義を明確化し、課題への対応策を検討・提示できれば、研究者が混合研究法を積極的に選択することが可能になると考える。
Mixed methods research (MMR) is in the process of becoming an accepted new research approach. In order to deepen the discussion on how to make it easier for researchers to use MMR, it is important to consider cases based on actual research projects which have used MMR. This article introduces the author's own research in the field of nursing, including the reasons for choosing MMR and an overview of the research design, as well as summarizing the significance and challenges of using MMR which emerged during the study. The significance was found to be “improving reliability,” “helping with interpretation,” “clarifying perspectives,” and “exploring potential issues.” The following challenges were raised: “the level of understanding of MMR in the community” “longer research period,” and “limitations on the amount of text and information in papers.” These are only limited perspectives derived from one case study. If the expected significance of integrating quantitative and qualitative approaches is clarified, and also countermeasures to the various challenges are considered and presented, it would encourage more researchers to actively choose MMR.
近年の研究方法論において、量的・質的データの両方を扱うハイブリッドな研究アプローチである「混合研究法(mixed methods research)」が世界的に注目を集めている。2000年以降は学術誌の創刊や図書の出版、ガイドライン(NIH,2018)の作成などにより理論や手法の確立が進められ、本邦においても2015年に日本混合研究法学会が立ち上がるなど普及・活用促進が図られている。
混合研究法は、量的・質的アプローチのどちらか一方だけを用いるよりも研究課題に対してより良い理解を生む(Creswell & Plano Clark,2007/2010)ことを目指した方法論であり、複雑な事象の解明や総合的な理解への活用が期待されている。しかし、様々な学術分野で利用が増えているとはいえ、まだ研究方法の第一選択になるにはハードルが高いとの声も耳にする。混合研究法のあり方をより多面的に議論するためには、混合研究法による研究実践者の目線から振り返りを重ねることが重要であると考える。そこで本稿では、筆者が行った混合研究法による看護分野の臨床研究(以下、研究事例)の一事例を通して得られた体験や気づきに基づいて、混合研究法を活用する意義と課題について考察したい。
本稿の研究事例は、看護ケアが患者に対して必要不可欠であると同時に刺激にもなり得る行為であるという観点から、先天性心疾患(congenital heart disease;以下、CHD)の手術を控えて集中治療下にある新生児において、循環動態の変動と看護ケアの関連性の特徴および具体的に強く関連する看護ケアの種類を明らかにすることを目的とした筆者の博士論文研究(村田,2018)である。研究方法として混合研究法を選択した理由は「結果における有用性」にあった。研究事例は「循環動態の変動に看護ケアがどのように関連しているか」という明確な研究設問が存在し、それは「循環動態の変動に対して看護ケアがどのような場合にどの程度の割合で関連しているか」という量的アプローチでほぼ明らかになると思われた。しかし、その量的研究の結果には、看護ケアの実施にまつわる看護師の思考により調整された偏りというバイアスが考慮されていないと気づいた。例えば、看護師が看護ケアAについては循環動態の変動リスクが高いと捉えてタイミングや看護ケアの組み合わせを工夫する一方で、看護ケアBについてはリスクが低いと判断してルーティンで実施したとすると、看護ケアAと看護ケアBが同じ割合の結果であったとしても前提条件が異なるとともにその偏り自体が交絡因子となる可能性がある。その場合は量的結果の信頼性・妥当性が揺らいでしまう。ゆえに、量的研究のみでは不十分な研究設問だと筆者は考えた。
混合研究法は、プラグマティズム(pragmatism)を哲学的基盤に置くことで量的研究と質的研究は両立可能となる(Howe,1988)という立場を持つ研究方法であり、結果における「有用性」が何よりも重視される(抱井,2015)。機械的に測定される生体データと「看護」という人間行動との関連性を検討するのであれば、その行動の特性や基盤となる思考を考慮しない結果が有用であるとは考え難い。例えば「循環動態の変動と薬剤投与はどのように関連するのか」という研究設問であれば、量的研究のみで完結して科学的客観性を保つことは可能だろう。しかし、看護ケアは患者の状態を看護師自身がアセスメントし、患者に負担の少ないタイミングや内容を注意深く考えて行われる行為である。科学的客観性のみを重視して主観の存在を除外すると、結果として得られた量的データに組み込まれた看護師の判断や工夫については不明となり、そのデータの意味付けや解釈が妥当とは言い切れず、看護実践におけるエビデンスとしての有用性に疑問が残ってしまう。そこで研究事例では、量的・質的の異なるデータセットによる分析結果の統合により総合的な理解を得るメタ推論(Teddlie & Tashakkori,2009)が最も適していると考え、量的結果の臨床における有用性を確保するために質的研究を「補完」と位置付けて実施した。
研究事例の実施においては、混合研究法の研究デザインとして提唱されている3つの基本型デザイン(Creswell,2015)から収斂デザインを採用した。量的研究および質的研究を同時期に実施し、考察の段階で結果を比較・関連付けすることで統合した。量的研究では後ろ向き観察研究を行い、対象新生児77名について、心拍数(heart rate;以下、HR)および経皮的動脈血酸素飽和度(percutaneous arterial oxygen saturation;以下、SpO2)の1分単位の計測値、ならびに看護記録等から患者への直接的な看護ケア17項目を取得し、多変量解析を行った。質的研究では新生児12名および関わった看護師20名を対象とし、看護ケア場面の観察およびインタビューを行った。なお、当該研究は所属機関および協力2施設において倫理審査の承認を得て実施した。
量的研究からは、HR・SpO2ともに、看護ケアの実施後に変動する割合は肺血流増加型のCHDが肺血流低下型よりも有意に高いこと、経時的変化は見られないこと、看護ケアの種類によって変動への影響度が異なることなどが明らかになった。質的研究からは、看護師は看護ケアの選択において術前CHD新生児の病態の違いよりも傾向や状況に合わせることを重視して決定していること、通常は患者に触れる回数を減らすために複数の看護ケアをまとめて実施する一方で、重症度が高いと判断した場合は看護ケアの内容を減らす工夫をしていること、モニタリングデータから患者の基準値を見極めた上で看護ケア時の変化を把握しようとしていること、モニタリングデータの中ではSpO2を最も意識していることなどが示された(村田,2018)。
研究事例において、量的・質的結果の統合によりどのような意義や課題があったと考えられるか、統合された内容および筆者の体験や気づきに基づいてそれぞれ以下に述べる。
4. 1 混合研究法活用の意義第一に、術前CHD新生児への看護ケア後の循環動態の変動割合が肺血流の状態の違いで有意に異なるという量的結果は、看護師が肺血流の状態により意図的に看護ケアを統一して変えていなかったことから、看護ケアの偏りによるバイアスはない結果と考えられた。質的研究を行うことで、臨床現場ならではの環境下で得られた量的データの分析結果の【信頼性を高める】ことができた。
第二に、量的研究において看護ケア後の変動割合に経時的な変化が見られなかったことに対して、質的研究から重症度を意識した看護師による慎重な看護実践や工夫が一つの要因である可能性が導かれた。量的結果のみでは、経時的に患者の重症度が増していくにも関わらず刺激に対する反応性が変わらないという事象の解釈が難しく、意外性のある結果であった。しかしながら、質的研究において看護師が病態に関わらず重症度とともに看護ケアを変えて安定を図っていたことがわかり、その影響を考慮することができたため質的結果は量的結果の【解釈に役立つ】ものであった。
第三に、量的研究から看護ケアの種類によって変動割合が異なり、その背景に新生児の生理的な快・不快がある可能性が示唆されたが、質的結果では看護師がまとめて看護ケアを実施する際の組み合わせに特定のルールはなかった。このことから、快・不快の観点による臨床研究が進むことで、看護師の判断に役立つエビデンスに繋がると思われた。量的研究で看護ケアの種類による影響の違いが示されただけでは、臨床で追及すべき課題か否かは不明瞭であった。質的結果において、看護師が個人の経験的感覚を頼りに試行錯誤している様相が浮き彫りになったからこそ、新たな研究の必要性が認識された。混合研究法により研究結果を有用にするための【視座を明確にする】ことができた。
最後に、量的研究では術前CHD新生児から得たデータの比率はHRとSpO2でほぼ同じ傾向を示したが、質的研究では看護師が患者の状態変化の把握においてSpO2を重視していたことから、HRの活用が十分ではない実態が明らかになった。量的研究のみであればHRとSpO2に違いはないという結果しか得られなかった。しかし、量的・質的結果の統合により、循環動態の重要な指標の一つであるHRがなぜ活用されていないのか着目することができた。HRは百分率のSpO2に比べて状態変化が瞬時に捉え難い側面があるという仮説が導かれ、値のみでなく変化の分析データをモニター表示するなど開発への示唆が得られ、【潜在的な課題を探る】ことができた。
4. 2 混合研究法活用の課題【混合研究法への周囲の理解】:研究計画から論文発表に至るすべての研究過程において、多くの関係者(協力者、指導者、助言者、査読者等)から「量だけでよいのでは」「質だけでよいのでは」という意見があった。前者は発言者自身が量的研究者であり、後者は質的研究者であった。また、研究事例は後方視的な量的研究と前方視的な質的研究であったため対象者は異なっていたが、「統合するからこそ対象者は同一であるべきでは」との質問もあった。これらは印象的な体験であり、混合研究法の意義や技法をその都度説明する労力を要する場面であった。説明によって完全な理解を得られたかも定かではなく、方法論自体を否定する根拠がないがゆえの消極的な受け入れであったようにも感じられた。なお、研究事例は看護分野の中でも新生児看護と循環器看護の2つの専門性を有するため、両方を専門的に経験した臨床家が少ない狭い領域であり、必然的に研究者も少ない。混合研究法の普及において学習・教育方法の検討が進められている現状はある(髙木他,2021)が、多分野かつ細分化された研究領域で量的・質的両方が可能な研究者を育成することが重要になると考える。
【研究期間の長期化】:混合研究法は量的・質的アプローチの両方を行うことが前提になるからこそ、必然的に倍近くの時間と労力が必要になる現実がある。さらに、昨今は二重投稿の問題もあり、また混合研究法自体が一つの研究課題かつ統合に意義があるため、研究デザインや統合のフェーズによっては量的・質的を分けた発表などが難しい場合も想定される。そのため、研究者からは時間と労力のわりに効率が悪い研究方法と捉えられてしまう可能性は否めない。例えば順次的デザインの研究であれば実施時期に融通が利きやすく部分的発表も容易になるだろう。しかし、研究事例のようにバイアスを見極める補完の意味がある場合や研究期間に期限がある場合、順次的デザインは現実的ではない。研究期間の長期化に対する解決策の一つとしてはチーム・アプローチが提唱されている(抱井,2015)が、例えばチームで取り組めない学位論文には適用できないなど条件付きとなる。研究デザインごとに実施条件や発表方法などが整理された具体的なハンドブックがあると研究者が混合研究法を検討しやすくなると思われる。
【論文の文章量・情報量の制約】:混合研究法は論文執筆時に構成や書きぶりを工夫しなければ文章量が倍増してしまう。論文発表は一般的に文字数や頁数の上限規定があり、条件を満たすためには情報量の削減や記述を簡素化する必要が生じる。その結果、重要な論点が表面的な論述になりかねず、論文としての完成度が劣る可能性もある。実際に筆者の場合は、研究事例において質的研究を補完の位置付けと明記した上で記述を極力減らした。しかし、得られた貴重な情報を補完目的のみに限定して省略したことで、看護師が語った教本となり得るような技術論や思考の深みを文章化することが叶わず罪悪感すら覚えた。前項の課題とも連動しているが、混合研究法の普及においては、論文執筆の観点でも議論を重ねていく必要があると考える。
研究事例で明らかになった内容は、量的研究のみで得られるものではなく、質的研究により看護師の技術と思考を深堀りし言語化できたからこそ量的結果の意味付けが可能になった。混合研究法は人や社会の複雑な事象を複眼的に捉えるための優れた研究方法であり、高度化・多様化する社会課題の解決には必要不可欠だと筆者は信じる。本稿はあくまで一事例の個人的な体験や気づきに基づく視点に過ぎないが、数多くの混合研究法による研究実践の振り返りを通して議論を深めることで、研究者が混合研究法を積極的に選択するための具体的な手法が導かれると考える。