抄録
ムササビの心房に見られる Gerlach 氏神経叢は肺静脈と大動脈の起始を取巻く発達最良の心外膜内で, 最も顕著に形成され, 中に大小の神経節を含み, 其発達は針鼠の場合 (松尾) よりも良好である. 又心筋層内にも人 (瀬戸) 及び犬 (佐藤)に於けると同様小神経節の散在を見る.
Gerlach 氏神経叢に由来する心筋層内の第2次及び第3次神経叢も針鼠に於けるよりは遙かに著明に作られる. 尚発達良好な心房心内膜の中にも之等神経叢に由来する小神経束の走行を見る.
Gerlach 氏神経叢は無髄性の交感及び迷走神経性副交感線維から成るが, 尚お太い有髄性知覚線維をも可成り多量に含む. 神経節内神経細胞は針鼠の場合と同様, 人及び犬に於けるよりは発達遙かに劣勢, 恰も人胎生後期に於ける幼若型交感神経細胞に類似する. 植物線維はこゝでも Stöhr 氏終網で表わされる.
ムササビの心臓内知覚線維の分布は人及び他動物に於けると同様, 心房特に心筋層と心内膜内に見られ, 心室には及ばない.
心筋層内に見られる知覚終末は人の場合よりは遙かに単純, 然し犬及び針鼠に於けるよりは複雑に構成される. 即ち非分岐性のものは甚だ少く, 多くは分岐性終末で表わされ, 中には可なり複雑性を示すものもある. この知覚終末は線維の走行状態から略ぼ3型に区別される. 1. 余り迂曲走行を示さない線維から成るもの, 2. 迂曲走行を著明にするもの, 3. 特殊係蹄状又は, 撚糸状走行を示すもの. そして後2者は屡々複雑に構成され, 而も人心筋層内に見られるものに類似性を示す. 尚お終末枝は屡々著明な太さの変化を示す.
心内膜に見られる知覚終末は犬や針鼠の場合に比し, 量的にも, 規模の点でも, より優勢を示す事は興味深い. 知覚終末は非分岐性及び単純性分岐終末に分けられ, 後者に於ては前述の心筋層内の終末に類似して, 終末枝が余り迂曲を示さないもの, 著明な迂りを示すもの及び特殊係蹄状又は撚糸状走行を示すもの等に類別されるが, 然しその規模はより単純である.