抄録
従来マウス副腎皮質のX帯 (X-zone) については, 特殊な機能はもたず予備的な層であるとするもの, あるいは何等かの機能をもち特に男性ホルモン様物質と関係があるとする報告があって, 見解は一致していない. 果してX帯から男性ホルモン様物質が分泌されるかどうかを, ラットの副精巣, 精管, 腹前立腺, 精嚢, 鶏冠試験などを指標として生物学的検定を行なった結果に関して報告する.
予備実験として, 鈴木ら (1955) の方法に従って, 幼若ラットの一側精巣内に去勢マウス副腎 (X帯をもつ) ペレットを移植し, 非移植側を対照として, 副精巣, 精管の重量を比較した. またコレステロール-ペレットを移植した対照動物との間で腹前立腺, 精嚢の重量を比較した. その結果, 副腎ペレット移植動物の副精巣, 精管重量において, 移植側と対照側との間に有意の差を認めた. 次に去勢幼若ラットを用い, 腹部筋肉内に移植したが, その結果重量的には差は認められなかった. 再び正常幼若ラットを使用し, 種々の量のペレットの移植実験を行なった. この実験においても, 重量的には差は認められなかった.
以上の実験材料について, 腹前立腺, 精嚢の組織学的検査を行なった. 腹前立腺においては, 去勢ラット実験では対照との間に明らかな差は認められなかったが, その他の実験では, 去勢マウス副腎ペレット投与動物において, 腹前立腺の上皮細胞の高さは対照に比し有意の差を示して高く, また Moore ら (1930) のいう明野 (light area) の出現も明らかに認められ, 腺腔も大となり, コロイド物質の蓄積されたものも認められた.
精嚢においても, 同じ動物で上皮細胞の発育, 粘膜皺襞の発達が認められたが, その変化は腹前立腺におけるものほど明瞭ではなかった. 分泌顆粒およびハロー様野 (halo-like area) の出現は陽性対照 (アンドロジェン・ペレット移植) 以外では認められなかった.
以上の組織学的変化は男性ホルモンの影響とみなされる変化であるが, 本実験の結果のみから考えれば, X帯は精巣剌激作用をもち, ラットの精巣からの男性ホルモン分泌を促進したともいえるであろう. また正常ラットにおいてのみ陽性であったことから, X帯の影響ではなく, ラット自身の発育によるものとの疑問も起こる. しかし前者については著者ら (1955) のマウスにおける副腎除去実験の結果を併せ考えると, X帯の精巣剌激作用と考えるよりも, むしろ男性ホルモン様物質の存在を考える方が妥当である. 後者は各群の動物がそれぞれ同腹兄弟であることによって否定される.
鶏冠テストの結果も陰性であったが, 使用量の不足のためと考えられる.
以上の結果を綜合すれば, X帯投与によって, まだ重量的変化を示さない前に組織学的変化を生じたものであって, X帯からは男性ホルモン様物質が分泌されるが, その量は微量であると考えられる.