抄録
雌犬乳房特に乳頭及び乳輪の組織構造は人の場合と多少趣を異にする. 即ち表皮及び真皮乳頭層内にメラニン色素を欲き, 乳頭根部から乳輪への移行部に毛髮の群族的発生を見, エックリン腺は存在せず人乳輪腺に相当するアポクリン腺の発達は甚だ強力である.
乳腺実質内には多数の植物神経線維の分布を見, 其終末なる終網は腺末端部の周囲に拡散する. 乳腺内には知覚線維の分布を見ない。
乳頭及び乳輪に分布する植物線維の終末も経網で表わされ, 之は特に乳輪腺, 乳管及乳管洞, 真皮内平滑筋内等に著明に形成される.
乳頭及び乳輪に対する知覚線維の発達は比較的強力である. 其終末様式を見るに, Martynov に依る上皮内線維或は Merkel 氏触細胞, 触盤等の存在は認みられず, 又 Pacini 氏小体も発見されなかった. そして乳頭及び乳輪の乳頭層内たは専ら尖鋭状に終る非分岐性及び甚だ単純な分岐性終末が少量に発見される. 又平滑筋内には特異性状の単純性及び複雑性分岐性終末が比較的多量に認められる. 本終末に於ける各分枝の多くは特有な太さの変化とヂクザク状走行とを示し, 主として尖鋭状に終る. 尚お本終末は何等一定の形状を示さず, 各分枝は屡々筋線維に接触的走行を示す.
乳頭の網状層の表層部内に唯一の小体様終末として陰部神経小体が少量に発見される. 之は甚だ劣勢な規模のもので, 陰部神経小体第II型 (山田) に属し且つ其最単純型を示す.
乳頭から乳輪にかけて存する毛嚢に対する知覚性毛髮神経線維の終末領は単純な毛髮神経楯 (瀬戸) で表わされる. 従て此部に終る知覚線維の終末状態も甚だ劣勢, 其終末は人稚毛に於けると略ぼ同様, 甚だ単純な不定型終末又は単純な叢状終末で表わされている.