抄録
近年、「レジリエンス(resilience)」という言葉がリスクマネジメントの様々な政策領域において頻繁に使用されている。レジリエンスは各国政府、国際機関、シンクタンクによって、危機を乗り越えてより強くなるための概念として重宝されている。本論ではレジリエンス概念に関する先行研究を参照しながら、なぜ近年レジリエンスが社会における脅威やリスクをめぐる政策領域で頻繁に言及されるようになっているのか、そしてレジリエンスという概念を掲げる統治はどのような実践によって、どのような個人・コミュニティの主体をつくりあげようとしているのか、を考察する。
レジリエンス概念流行の背景には、自然科学と社会理論において「複雑性的転回」と呼ばれる言説が支配的になっていることがある。複雑性的転回は、自然および社会における脅威が、非線形の創発として到来すると論じる。非線形性は統計的なリスク思考では捉えきれないラディカルな不確実性を危機管理の言説にもたらす。レジリエンスの言説は、複雑性理論が危機管理の言説を支配する時代における脅威の統治のための概念として動員さ
れたのである。非線形的複雑性は、予測や予防によって事前に対処することが不可能であるため、危機管理概念としてのレジリエンスは、個々人やコミュニティを逆境に晒し、適応させることによって、困難を乗り越えさせようとする。それゆえ先行研究では、レジリエンス概念はネオリベラルな統治性、すなわち危機管理の責任を政府から個人やコミュニティへ置き換える企てとして批判されている。しかし、英国の「コミュニティ・レジリエンス・プログラム」において確認できるように、レジリエンスにはネオリベラルな統治性には収まらない、人々に対する予行訓練を通した統治を行う側面がある。