農林業問題研究
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個別報告論文
JAグループの青果物営業担当人材開発の現状と課題
上田 賢悦清野 誠喜
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2015 年 51 巻 1 号 p. 26-31

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1. はじめに―課題の背景―

青果物流通を取り巻く環境の変化の下,一部の農業協同組合(以下,JA)では量販店や外食・中食企業に対する直販事業への取り組みがみられ,JAによる営業活動の必要性が高まっている.しかし,卸売市場での委託取引に依存してきた一般的なJAにとっては,出荷計画の提出や市場訪問等により有利な価格形成を引き出すための卸売市場に対する働きかけが営業活動の中心であった.そのため,小売企業や業務系実需者への営業活動を直接経験した人材は少なく,試行錯誤での営業活動となっている.

わが国における営業研究は,営業の機能に焦点を当てた営業機能論,顧客との関係や相互作用に焦点をあてた営業関係論,営業における戦略に焦点をあてた営業戦略論等,様々な視点から分析が進んでいる(石井ら,1995).しかし,営業研究の多くがマーケティング研究からのアプローチによるため,営業活動を担う人材に焦点をあてた研究は,少ない1

一方,農業経営分野においてJAを対象とした営業研究は,その研究蓄積がまだまだ少ないが,青果物を対象にJAと流通業者・小売業者・外食企業との企業間取引関係について営業管理の視点から接近した森江(2009)清野ら(2013)の研究があり,営業管理様式の変容や転換という営業改革の視点からの接近がみられている.しかし,JAの営業活動における人材開発の視点は乏しい2

2. 目的と方法

そこで本研究では,JAグループにおける人材育成活動施策を俯瞰し,営農・販売事業において営業活動を担う人材開発の現状と課題を明らかにすることを目的とする.具体的には,JAグループにおいて人材育成に関する事業を中心的に担う全国農業協同組合中央会(以下,JA全中)および都道府県農業協同組合中央会(以下,JA県中),経済事業を担う全国農業協同組合連合会(以下,JA全農)の県本部(以下,県経済連も含む)へのヒアリング調査により,課題に接近する.なお,営業活動の対象を青果物とし,JA県中およびJA全農県本部については,農業産出額構成比を考慮して,A県(東北地方),B県(甲信越地方),C県(甲信越地方),D県(東海地方)の4県を選定した3

3. 対象の限定と分析の視点

営業人材の育成において,Leach et al.(2003)は,営業人材の態度変容が「組織へのコミットメント」「販売効果」「顧客関係」に正の影響を与えており,その態度変容の条件が具体的なセールストレーニングによる知識獲得にあることを指摘している.一般的に,知識獲得のための職業能力・人材開発として,on-the-job training(以下,OJT)とoff-the-job training(以下,Off-JT)があげられる.OJTとは,「日常業務の中で,その仕事に必要な知識や技能を習得させるために,先輩上司が指導する教育訓練」である.一方,Off-JTとは,「仕事を離れて行われる教育訓練」であり,教室などで行われる集合研修が典型的な例である.

小池(2003)を参考に,JAグループにおける人材育成活動を,教育訓練の供給者という視点からみれば,図1のとおり整理できる.Off-JTは,単位JA自らが実施する「JA(組織内,外部機関)」,全国段階と県域段階での「JAグループ」,そして「自己(本人)」となる.一方,OJTは,指名された教え手による「structured OJT」と職場内での教え合いや支援による「unstructured OJT」,そして,「仕事経験の幅・深さ」である.

図1.

JAグループでのOJTとOff-JTの整理

資料:小池(2003)を参考に筆者作成.

わが国における人材育成施策の多くは,OJTが中心的に適用されてきた.しかし,その教育訓練の質は,教え手に追うところが大きい等の問題が指摘されている.営業人材の開発・育成において,Leigh(1987)は,OJT等の直接的な学習は,時間や資源,経験できる販売状況等の点で限定されたものとなりがちであり,OJT等の直接的な学習に頼っていては,営業人材は不完全でバイアスのかかった経験しかできない可能性を指摘している.また,中原ら(2009)は,経験や薫陶から内省する「場」としてOff-JTの重要性を指摘している.そこで,本研究では,Off-JTに対象を限定する.

なお,販売が商談の現場を焦点とした活動であるのに対して,営業は時間軸的にも活動範囲のうえでも商談の現場を越えた活動の広がりをもっている.営業は,販売を実現・継続させるために顧客を対象とした「対外」的活動とともに,生産部門を中心とした各部門への調整・働きかけを行う「対内」的活動をも含む(小林ら,2004).JAの営業活動を考えた場合,「対内」的活動には産地を構成する組合員や生産組織に対する調整・働きかけが該当する.先進事例にみられる「対内」的活動では,栽培指導等の従来の営農指導に止まらず,組合員や生産組織の抱えている課題を把握・分析し,その解決策を提案するなかで,生産組織の編成・再編をも含めた各種施策を展開しながら生産振興を実現していた.また,「対内」的活動の強化は,「対外」的活動との有機的な連動において実行されている点に4,その革新性がある(清野,2013).そこで,営業人材を育成・開発するOff-JTに対して,「対外」的活動と「対内」的活動における知識獲得,そして2つの側面の連動を図るための知識獲得,という視点から接近する.

4. 結果

(1) JAグループの人材育成活動施策の概要

JAグループでは,第26回JA全国大会決議(2012)の人づくりに関する取り組み事項を具体化するため,単位JA毎に「人材育成基本方針(職員を対象)」の策定を進めている.「人材育成基本方針(職員を対象)」は,「能力を発揮できる職場環境づくり」,「能力を高める総合的な職員教育研修」,「意欲と能力を引き出す人事管理」から構成され,長期的視点からの人材育成の方針である.「能力を高める総合的な職員教育研修」におけるOff-JTは,職能資格等級に応じた基本教育としての職員階層別マネジメント研修,職種ごとに習熟度に応じた専門教育としての事業別専門研修,事業戦略の策定や企画立案を中核的に担う人材の選抜教育としての戦略型中核人材育成研修が体系化されている(図2).

青果物営業について,JAグループが展開する教育訓練は,事業別専門研修に位置づけられており,全国段階と県域段階でそれぞれ実施されるOff-JTが確認された.一方,調査対象とした4県では,単位JAが独自に青果物営業に関するOff-JTを実施している例は,一部を除いてみられなかった5

図2.

JAグループにおける職員の教育研修体系

資料:JA全中『「人材育成基本方針(職員を対象)」の策定にあたっての基本的考え方』を参考に筆者作図.

(2) 全国段階でJA全中・JA全農が実施するOff-JT

事業別専門研修においてJA全中・JA全農が実施するOff-JTには,11事業部門で体系化されているJA全農講習会がある.その中で,青果物営業に関係するOff-JTを整理する.栽培技術等の営農指導を中心とした「対内」的活動のOff-JTを初任者段階から行い,営農指導現場を経験した主任級以降に「対外」的活動のOff-JTが組み立てられている(図3).

図3.

JA全中・JA全農(営農・園芸農産事業および肥料農薬事業)が実施するOff-JT

資料:図2に同じ.

「対外」的活動における知識獲得を目的としたOff-JTには,JA全農とJA全中の共催により年2回実施される,生産販売企画初任者を対象とした「生産販売企画初任者マーケティング講習会」,現担当者を対象とした「生産販売担当者マーケティング講習会」がある.その内容は,「対外」的活動としての知識・スキル習得を図る事を目的にし,マーケティング理論の講義の他に,実店舗での店頭リサーチやグループ討議によるフィールドワーク,量販店バイヤーに対する販売企画書の作成およびプレゼンテーションの演習が行われる.「生産販売担当者マーケティング講習会」では,特に演習に力点を置いており,店頭でのフェース確保を強化するために流通・小売業者に対して自社商品の取り扱いを促す「プッシュ戦略」と,最終消費者に対して直接的に製品訴求をすることで商品に引き寄せる「プル戦略」の両者から接近する内容となっている6.本研修は,「対外」的活動の知識を獲得するには非常に有効だが.一般マーケティング論をそのまま適用させたり,一般加工食品を対象素材としたり,卸売市場流通の実状を省いたりする研修内容の場合もあり,実際の青果物流通に即したカリキュラム構築が必要となっている.

(3) 県域段階でJA県中・JA全農県本部が実施するOff-JT

調査対象とした4県のJA県中およびJA全農県本部が実施するOff-JTについて,上田ら(2014a)を参考に,「対内」的活動および「対外」的活動の知識体系の位置づけを整理する(表1).

表1. 営農・園芸農産事業を対象とした主なOff-JTと営業活動知識体系の位置づけ
          営業活動の知識体系2)







 研修名1)
「対内」的活動 「対外」的活動 「対内」と「対外」
の連動
生産振興戦略の策定 生産提案 営農指導 集荷促進 顧客・市場理解 面談・引き合いづくり 商品・サービスの提案 受注納品の推進
A県 JA農業経営アドバイザー養成研修会
JA農業経営アドバイザーフォロー研修会
JA営農指導・担い手支援総合研修
営農指導員園芸担当者研修会*)
B県 営農指導員養成コース
営農指導員ステップアップコースⅠ
営農指導員ステップアップコースⅡ
営農指導員ステップアップコースⅢ
営農企画力向上研修(JA別研修)
販売事業実践研修(JA別研修)
営農・販売企画業務関係研修*)
C県 農業経営指導専門研修
営農指導者会議野菜専門部野菜類現地研修会
営農指導者会議野菜専門部全体研修会
野菜生産振興研修会*)
D県 営農経済事業新任新人研修会
営農指導員栽培技術研修会
営農経済事業担当者研修会(販売事業強化)
農協技術員研修会*)
産地指導員マーケティング研修会*)

資料:各県JA中央会およびJA全農県本部(経済連を含む)資料,ヒアリング調査結果より筆者作成.

1)営業活動の知識体系の位置づけが確認できないもの,購買および資材関係(肥料・農薬等)の研修は除いた.*印は,JA全農県本部(経済連を含む)が単独で主催する研修を示す.

2)営業活動の知識体系は,上田ら(2014a)を参考とした.○印は,営業活動の知識体系が研修内容に位置づけられていることを示す.◎印は,「対内」的活動と「対外」的活動を連動させる視点がみられたものを示す.

Off-JTの多くが,「対外」的活動よりも「対内」的活動に関するものに偏っている.「対内」的活動で求められる知識体系を,生産振興戦略の策定,生産提案,営農指導,集荷促進とした場合,Off-JTの内容として最も多かったが集荷促進であり,次いで生産提案と営農指導である.それらは,系統販売を前提として,既存生産部会への対応スキル向上を目的として実施されている.

一方,「対外」的活動で求められる知識体系を,顧客・市場理解,面談・引き合いづくり,商品・サービスの提案,受注納品とした場合,最も多かったのが顧客・市場理解である.その大半は,マーケティングの総論や卸売市場流通の概況に関する知識習得に止まり,実務面で求められる知識・スキルの習得を目的としていない.その理由として,取扱商品が統一され,知識・スキルを定型化しやすい「信用・共済事業」と比較して,取扱商品が多岐にわたり,単位JA間でもその構成が異なる青果物の営業活動においては,知識・スキルの定型化が難しいという指摘が共通してみられる.また,JA全農県本部の系統販売力が強いC県及びD県においては,その販売力の強さ故に,単位JAが営業活動やマーケティングに関する研修の必要性を認識していないというジレンマも指摘された.

しかし,各県とも,「対外」的活動の対象である小売企業や業務系実需者と商談を行い,一方で「対内」的活動の対象である生産者へ生産提案から,商品化のための営農サービス・営農指導,集荷を実行する一連の仕組みを理解できる人材の必要性を強く認識している.そこで,「対外」的活動と「対内」的活動を連動させる知識獲得のためのOff-JTに着目してみ‍る.

A県では,業務系実需者への対応能力の向上を目的に,2013年度よりJA全農県本部主催による「営農指導員園芸担当者研修」を新設している.本研修は,種苗メーカー,試験研究機関,流通業者,業務系実需者,農林行政を講師とし,業務用加工用野菜の顧客・市場理解を基点に,「対内的」活動を連動させ,その連動を推進する行政施策や県連事業の活用を単位JAの担当者へ意識づける内容となっている.

B県では,2011年から販売チャネルやマーケティング段階の違いに応じた販売事業実践に係る課題解決型演習として,単位JA別に実施する「販売事業実践研修」を新設している.その内容は,交渉ロールプレイ研修等により,実践的な「対外」的活動のスキル向上を図り,一方で,生産誘導方策などをグループ討議することで「対内」的活動のスキル向上を図るものである(表2).営業活動の2つの側面からアプローチする効果的な研修内容だが,県下25JAのうち2JAでの実施に止まっている.

表2. 販売事業実践研修(B県)の内容例
・マーケティング基礎講義
・産地,小売店への視察研修
・視察先と自産地との比較,自産地の方向性検討
・営業スキル(バイヤーとの交渉ロールプレイ)研修
・ニーズを捉えた生産誘導方策に関するグループ討議

資料:B県JA中央会資料より.

C県では,生産から販売,経営指導に至るまでの総合的なコーディネート人材を育成するために「農業経営指導専門研修」を新設し,研修の一部が「対外」的活動と「対内」的活動を連動させる戦略構築を学ぶ内容となっている.

D県では,単位JAの独自性が強く,営農・経済事業職員の教育方針もJA 間で大きく異なっていたが,JA全農県本部が中心となり,営農・経済事業独自の教育・研修体制の構築を進めている.その中で新設された「営農経済事業担当者研修会」は,営農経済事業経験が3年から5年目の職員を主な対象とし,「対内」的活動と「対外」的活動を連動させるマーケティングやブランディングを中心に,理論や考え方を学ぶ内容となっている.

以上,Off-JTの新設による新たな取り組みがみられるが,単位JAの多くは営業活動に対する意識が集荷業務に止まっているとの指摘もあり,Off-JTを通じた現場の意識改革が課題となっている.

そうした中で,教育研修体系の中で制度化されてはいないが,C県およびD県では,JA全農県本部が単位JAの営農・販売事業担当者を出向者として受け入れ,東京・大阪・名古屋等の県外事務所に数年間配置し,営業活動を実践させる取り組みが10~15年前から行われている.C県では県下20JAのうち7JAから,D県では県下20JAのうち3JAからの出向があり,出向者はJA全農県本部の販路開拓やルート営業等に同行し,営業活動を経験することで「対外」的活動のノウハウを蓄積させている.また,JA全農県本部の担当者にとっても,農業生産に関する知識を持つ出向者から「対内」的活動について学ぶ点は多く,出向システムが営業活動の実践のもとに相互作用を通じながら学習を行なう「実践共同体」となっている.つまり,この出向システムは,単位JA職員が「対外」的活動の経験を通じて知識を獲得し,一方で,営農指導部門を持たないJA全農県本部が「対内」的活動のための知識を獲得するという,unstructured OJTとなっている.

5. まとめ

本研究では,青果物営業におけるJAグループの人材開発について,Off-JTに限定し,その現状と課題を確認した.営業活動の知識獲得を目的としたOff-JTは,全国段階(JA全中・JA全農が実施)と県域段階(JA県中・JA全農県本部が実施)がある.その内容は,「対内」的活動に関するものが多く,生産部会への技術指導等の対応力向上を目的としたものである.一方,「対外」的活動に関するものは,マーケティングに関する総論的なものや卸売市場流通の知識習得がほとんどで,より実践的な内容には至っていない.このような中で,各県とも「実需者確保を基本とした営業力の強化」のために,「対外」的活動の強化とそれに連動した「対内」的活動を充実させることを目的としたOff-JTの新設がみられるが,その取り組みはまだ緒についたばかりである.

多くのJAにおいて営業活動に対する関心が高まっているが,営業活動における人材開発に対する取り組みが不十分であることは否めない.今後とも,Off-JTの充実を図る事が必要であり,そこでは「対内」的活動だけに力点を置くのではなく,「対内」的活動と「対外」的活動の2つの側面を有機的に連動させるための知識獲得という視点が求められる.また,もう一つの人材育成活動施策であるOJTについても,検討が必要である.調査対象の4県では,OJTの実施を単位JAに任せているが,営業担当者の個別・偶発的な経験主義にとどまっていた.単位JAに営業活動のノウハウの蓄積が少なく,体系的なOJTが望めない現状では,JA全農県本部等の県域の連合組織が単位JAと連携し,計画的・継続的に「対外」的活動の経験を供給するOJTの制度化が求められる.そのためには,Off-JTによる習得が適した知識体系とOJTによる習得が適した知識体系の分類や営業担当者がその営業活動に熟達してく過程を解明していくことが,今後の研究課題となる.

1  松尾(2006)松浦(2012)を参照のこと.

2  西井(2008)は,JA営農指導員の人材育成についてキャリア形成の視点から接近しているが,JAにおける営業活動を担う人材に対する検討は行われていない.

3  2012年都道府県別農業産出額構成比における第1位は,A県およびB県が「米」であり,C県およびD県が「野菜」である.

4  「対外」的活動と「対内」的活動の両者を同一の職員が担当する場合,さらには同一組織内で異なる職員がそれぞれ担当する場合など,組織により様々なケースがあるが,いずれにおいても「対外」的活動と「対内」的活動の両者の機能を連動させることが求められる.

5  商品提案力等を強化するためにベジタブル-フルーツマイスターに関する研修を独自に実施しているD県のX農協の事例があるが,その他3県については,今回のヒアリングからは確認されなかった.

6  上田ら(2014b)は,ブランド力が弱い農産物では,量販店の店頭におけるフェース確保という「店頭プッシュ」だけでは不十分であり,非計画購買が高いという消費者購買行動の特性からも「店頭プル」と連動させた営業活動の重要性を指摘している.

引用文献
 
© 2015 地域農林経済学会
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