近年,ブランド米を生産する取り組みが増加している.その中でも特に注目されている取り組みとして,地域に固有な生物や生態系と関連付けた米のブランド化が挙げられる.例えば国は「生きものマーク」の取り組みを通じた農産物のブランド化を推進している1.この取り組みとして,地域と関係が深い生きもの,例えば兵庫県豊岡市のコウノトリ,宮城県大崎市のマガン,新潟県佐渡市のトキなどと関連付けた取り組みが紹介されている.
このように国は,農産物のブランド化の一つの手段として,地域と関係が深い生きものと関連付けた活動を推進している.これらの生きものは地域に固有であるため,他産地の米と差別化をはかりやすい.したがって,地域に固有な生きものと関連付けた米のブランド化の必要性は今後さらに増すと考えられる.
生きものと関連付けたブランド化では,生産方法を統一するため,環境保全や生物多様性と関係がある新たな農法が創設される事例が多い.この場合,行政やJAといった農法の推進主体は,販売量を確保してブランド化をはかるために,地域内で農法を普及する必要がある.
Rogers(1983: p. 358)は,イノベーションが登場した初期の段階では,「イノベーションについての高い度合の不確定性に対処できなければならない」としている.新農法はイノベーションと捉えることができ2,そのため初期の段階で新農法に転換しうる生産者は限定されると考えられる.つまり,農法の推進主体は,農法を地域内で普及するための効果的かつ効率的な方法を考えなければならない.
以上の問題意識に立つ本稿の課題は,生産者が農法転換するまでのプロセスの実態を明らかにすることである.課題への接近においては,とくに農法転換の先行者と後発者の取り組みに至る要因の違いに着目する3.
課題を明らかにした上で,農法の推進主体による効果的かつ効率的な農法の普及方法はどのようなものであるかを考察する.
分析を行うにあたり,生産者の中でも集落営農を対象とする.なぜなら集落営農は,小規模農家が多数を占めるような集落にあっては,集落内の農地の担い手として,農地を集積しやすい.そのため,集落営農で農法転換が実施されると,急速に集落内の農地が転換される可能性を秘めており,新農法の担い手として有望であると考えられるからである.
なお,本稿での集落営農の定義は,農林水産省(2013)による定義をふまえた上で,「集落内の大半の人間により構成されており,集落を単位として農業生産過程における全部についての共同化・統一化に関する合意の下に実施される作業の全面受託を行っている営農」とする.
本稿では,生きものと関連付けた農法により,米のブランド化を推進している兵庫県豊岡市を対象地域とする.同市は,かつて国内で野生コウノトリが最後まで生息していた地域である4.そのため,国内のコウノトリが絶滅して以降,人工飼育や人工繁殖などを行い,コウノトリを自然に再導入するための取り組みを積極的に行ってきた.豊岡市では,地域に固有の生きものであるコウノトリと関連付けた農法である「コウノトリ育む農法」(以下,「育む農法」)を2003年5より兵庫県と推進している.「育む農法」の要件には,早期湛水,中干しの延期や冬期湛水などが含まれる6.
「育む農法」で栽培されたお米は,JAたじまが集荷しており,「コウノトリ育むお米」(以下,「育むお米」)という商品名で販売している.慣行米と比較して高めの買い取り価格を設定している7という特徴がある.
「育む農法」は,すでに10年以上取り組みが行われていることに加え,取り組み面積は毎年増加し続けている8.そのため,生きものと関連付けた農法の中でも先進的な事例として捉えることができると考え,本稿での対象農法とした.
農法転換と関連する研究には山本(2006)がある.園芸や酪農経営における技術導入を対象としており,浅井他(1999)を発展させて新たに技術導入の「阻害要因」という概念を用いて,技術の導入メカニズムを検討している.図1は,山本(2006)を参考にして,本稿で用いる集落営農が農法転換するまでのプロセスを表したものである.農法転換するまでのプロセスを「①新農法を認知する」,「②導入効果を評価する」,「③阻害要因を低減・解消する」の3段階で捉える.

農法転換するまでのプロセス
資料:山本(2006)をもとに筆者作成.
②と③の段階は山本(2006)より援用する.②の段階では,農法転換することによって得られる導入効果を評価する.評価した結果,農法転換することが動機付けられる場合もあれば,動機付けられない場合もある.後者の場合,農法転換のプロセスから退出する.次に,③の段階では阻害要因を低減・解消するための意思決定や経営行動を行い,許容範囲にまで低減・解消できれば,意思決定を行い農法転換が実現する.表1は,山本(2006)による阻害要因の種類と内容を表している.阻害要因は,経営条件,技術条件,主体条件の三つに分類される.
| 経営条件 | 技術条件 | 主体条件 |
|---|---|---|
| 土地・労働力・ 資本の水準 |
・技術の高度化の程度 ・技術自体のもつ不確実性 |
既存の技術体系を変えることへの不安感・抵抗感・わずらわしさ |
資料:山本(2006)をもとに筆者作成.
本稿では各段階の実態を明らかにし,結果に対する考察を行う.「①新農法を認知する」に関しては,農法を認知した年,紹介機関,情報の入手方法を明らかにする.「②導入効果を評価する」に関しては,農法転換によって得られる効果のうち,どのような効果が動機付けに影響を及ぼしたのかを明らかにする.最後に「③阻害要因を低減・解消する」に関しては,農法転換にともなう阻害要因を低減・解消した要因を明らかにする.さらに,「後発の集落営農」が阻害要因を低減・解消するにあたり,「先行の集落営農」がどのような影響を与えたのかを考察する.
ただし,山本(2006)がいうところの三つの阻害要因の全てが農法転換に影響するか否かは,農法の特徴に規定されると考えられる.この点で,「育む農法」は経営規模に関係なく導入でき,また追加投資をほとんど必要としないことから,表1の経営条件の「土地の水準」,「資本の水準」は阻害要因としての影響は軽微であると考えられる.一方で,農法転換することで労働時間は増加するため,「労働力の水準」は阻害要因になり得る9.
技術条件のうち「技術の高度化の程度」に関して山本(2006: p. 22)は,「技術の固有値であり,これら技術のもつ特性自体が阻害要因となりうるものの,その確認・検証は多数の技術の比較によってのみ可能となる」とし,単一の技術のみを扱っているため,検証を行うことはできず対象としていない.本稿においても単一の農法を対象とするため,この条件は扱わないこととする.ただし,「技術自体のもつ不確実性」に関しては,技術操作と導入効果の不確実性に対して不安感,抵抗感をもつため,阻害要因になるとされている.このことは,新たに取り組む全ての農法において,「技術自体のもつ不確実性」が阻害要因になり得ることを意味する.
主体条件に関しては,「技術操作と導入効果が不確実,または未確立の場合においてのみ,阻害要因となりうる」(山本,2006: p. 62)とされている.そのため,本稿では主体条件をその原因となる「不確実性」として捉える.つまり,主体条件を技術条件の「技術自体のもつ不確実性」と一体的なものとして位置付け,広義の「不確実性」として分析する.
以上より,本稿では阻害要因として「労働力の水準」と「不確実性」に着目し,これらを低減・解消した要因を明らかにすることを試みることとする.とくに「不確実性」に関する分析に重点を置く.
Rogers(2003)は,極めて初期の段階に新農法や新技術といったイノベーションを導入する生産者をイノベーターと呼び,イノベーターの前提条件として,十分な金銭的資産,複雑な技術的知識を理解し活用する能力,高度の不確実性に対処できるだけの能力が必要であると指摘している.さらに,「イノベーションの相対的優位性に関する不確実性を減少させるために,人々は情報を求めるように動機づけられる」(Rogers, 2003: p. 168)とも述べている.つまり,「不確実性」を低減するものとして情報があり,農法転換にあたり情報収集が重要な役割を果たすと考えられる.そのため,「不確実性」に関しては情報に着目し,誰から得た情報が農法転換に影響を及ぼしたのかを明らかにする.その上で,「後発の集落営農」が「不確実性」を低減するにあたり,「先行の集落営農」がどのような影響を及ぼしたのかを考察する.
(2) 分析方法調査は5つの集落営農を対象とし,現組合長と,集落によっては農法転換した当時の状況をよく知る集落営農の役員にアンケートと,聞き取りを行った.調査時期は,2014年2月から9月である.農法転換に関するアンケートと農法転換するまでの経緯について説明してもらうことで課題を明らかにする.図1の①に関してはアンケート結果,②と③は主に聞き取り結果を用いる.
2014年度に,「育む農法」により水稲を栽培している集落営農は10組織10である.豊岡農業改良普及センター(以下,普及センター)によると,「育む農法」の技術と要件を確立するために,コウノトリの野生復帰施設に土地を提供している2つの集落営農にまず試験的に農法に取り組んでもらったという.そのため,これら2つの集落営農を「先行の集落営農」(以下,先行集落営農)として位置付け,調査を行った.
また,先行集落営農以外を「後発の集落営農」(以下,後発集落営農)とする.後発集落営農は,市内で地域的な偏りが生じないように3つ選定し,調査を行った.
表2は,各集落営農の概要と図1の「①新農法を認知する」に関する結果をまとめたものである.
| 先行集落営農 | 後発集落営農 | |||||
|---|---|---|---|---|---|---|
| A | B | C | D | E | ||
| 設立(法人化年) | 2002 | 2001(2007) | 2007(2010) | 1987 | 2002(2012) | |
| 参加戸数(総戸数) | 20(23) | 39(39) | 53(76) | 39(56) | 45(216) | |
| 集落内農地面積 | 8 ha | 30 ha | 23 ha | 22 ha | 25 ha | |
| 経営面積 | 6 ha | 24 ha | 5.4 ha | 7.5 ha | 11.4 ha | |
| 「育む農法」(水稲)の面積 | 減4.2 ha 無0.7 ha |
減10.7 ha 無3.4 ha |
減2.1 ha 無0.3 ha |
減0.7 ha 無0.3 ha |
減6.1 ha 無1.2 ha | |
| 作付品目 | 水稲,野菜 | 水稲,大豆,小麦 | 水稲,大豆 | 水稲,そば | 水稲 | |
| 集落営農の設立目的 | 集落内の農地保全 | |||||
| ①新農法を 認知する |
農法を認知した年 (農法開始年) |
2003(2003) | 2003以降(2004) | 2007(2008) | 2007(2008) | 2006(2007) |
| 農法の紹介機関 | 普及センター | 普及センター | 普及センター | 豊岡市 | 豊岡市 | |
| 情報の入手方法 | 個別 | 個別 | 研修会,個別 | 研修会 | 研修会,個別 | |
資料:調査結果をもとに筆者作成.
1)経営に関するデータは,2014年のものである.
2)「育む農法」(水稲)の面積には,うるち米と酒米を含む.減:減農薬タイプ,無:無農薬タイプを表す.
全ての集落営農(A~E)が「育む農法」を認知した翌年には,農法転換していることがわかる.農法の紹介機関は,いずれの集落営農でも農法の推進主体である普及センターまたは豊岡市である.しかし,情報の入手方法に違いが見られる.先行集落営農(A, B)では,推進主体から個別に情報を提供される形で入手していた.一方で,後発集落営農(C, D, E)では,全ての集落営農が生産者を対象としたJA主催の研修会などの場で情報を得ていた.また,C,Eは,個別にも情報を得ていた.
次に「②導入効果を評価する」に関しては,聞き取りの結果,Aは「コウノトリの野生復帰に貢献できる」,Bでは「コウノトリの野生復帰に貢献できる」,「補助事業を受けられる」という導入効果によって動機付けられていた.つまり,先行集落営農は両方とも,コウノトリに関する導入効果が動機付けに影響を及ぼしていた.
一方,後発集落営農では,Cは「環境保全型農法である」,「新しい農法である」,「推進主体に勧められたため」,Dは「ブランド米である」,「コウノトリの野生復帰に貢献できる」,Eは「環境保全型農法である」,「推進主体に勧められたため」を動機付けの要因として挙げていた.しかし一方で,全ての後発集落営農において,動機付けに最も大きな影響を及ぼした導入効果は,高価格での買い取りによる「集落営農の収益向上」であった.
最後に「③阻害要因を低減・解消する」に関して,「不確実性」の有り様を確認する.A,Bが「育む農法」に取り組んだ当時は,「育む農法」の技術確立がなされておらず,これらの集落営農が農法に取り組むことで,情報を蓄積していくという段階であった11.そのため,農法に関する情報は十分ではなく,より高い「不確実性」の下での取り組みであったと考えられる.
ヒアリングの結果,Aの現組合長から「コウノトリ野生復帰のための施設を建設することを合意形成したことで,これからはコウノトリと共生できる農業をやっていかなければならないという思いが共有されていた」ため,特に反対もなく取り組むことができたというコメントを得た.また,Bがある集落では,かつてコウノトリが営巣していたことから,「この地域で「育む農法」を始めなければ,誰が取り組むんだ,という思いがあった」と,農法転換当時の組合長からコメントを得た.つまり,先行集落営農は,農法に関する十分な情報がないにも関わらず,コウノトリと関係が深いことが影響して,農法転換が実現したことがわかる.
一方,後発集落営農では,表2の①より全ての集落営農が研修会の時に農法の情報を得ていたことに加え,CとEは個別にも情報を得ていた.ヒアリングの結果,「農法に取り組むために,推進主体に足を運んで農法に関する情報を得た」(C),「研修会に参加した時に農法を初めて知り,説明を受けたため取り組んでみようと思った」(D),「研修会に出席した時に,「育む農法」の栽培暦をわたされ,何回も(農法の)説明を受けたため,個別の技術指導を必要とせずに取り組んだ」(E)というコメントを各組合長から得た.これらより,研修会に参加,また推進主体に足を運んで情報を得たことが,農法転換に影響を及ぼしたことがわかる.
最後に,阻害要因と考えられた「労働力の水準」に関しては,全ての先行,後発集落営農において「問題とならなかった」という回答を得た.そのため,阻害要因とならなかったことが明らかになった.
(2) 考察「①新農法を認知する」に関しては,表2に示したように先行か後発かによって情報の入手方法が異なる.後発集落営農は,いずれも研修会で「育む農法」の情報を入手しているが,これは2006年にコウノトリ育むお米生産部会ができたためである.
次に「②導入効果を評価する」に関して,先行集落営農では,両方とも影響を受けていた「コウノトリの野生復帰に貢献できる」,後発集落営農では,全ての集落営農に最も大きな影響を及ぼした「集落営農の収益向上」という導入効果について考察を行う.
Aでは,土地を野生復帰施設として提供することを決定する際に,コウノトリと共生できる農業を行おうという合意形成が集落内でなされた.Bは,かつてコウノトリが営巣していたことから,野生復帰事業を支えて成功させたいという思いが共有されていた.以上から,先行集落営農は,「コウノトリの野生復帰に貢献できる」という効果によって動機付けられたと考えられる.このような考えや思いが共有されていた背景には,両集落ともコウノトリと深い関係にあることが影響していると考えられる.
一方,全ての後発集落営農が,経営を維持でき,集落内の農地を保全できる最低限の収益は追求しなければならないと考えていた.そのため,「集落営農の収益向上」が動機付けに最も大きな影響を及ぼしたと考えられる.
最後に「③阻害要因を低減・解消する」に関しては,後発集落営農が農法に関する情報を得て「不確実性」を低減するにあたり,先行集落営農がどのような影響を与えたのかを考察する.
全ての後発集落営農が,研修会で農法に関する情報を得ていた.さらに,C,Eの組合長は,普及センターの担当者から個別に情報を得ていた.すなわち,後発集落営農は様々な経路によって農法の情報を収集することが可能となり,先行集落営農に比して,「不確実性」を低減しやすい状況にあったと考えられる.なお,このことは,先行集落営農が試験的に「育む農法」に取り組むことで得られた情報が,推進主体によって蓄積・整理され,農法に関する情報として研修会等で提供されるようになった結果といえる.この点で,先行集落営農は,集落営農に限らず後発の生産者の農法転換を促進する重要な機能を担っていると評価できる.
阻害要因と考えられた「労働力の水準」は,全ての先行,後発集落営農が,定年退職者が中心の組織であり,追加的に投入できる時間に余裕があったために,阻害要因とはならなかったと考えられる.
(3) まとめ推進主体である普及センターは,「育む農法」の栽培要件を確立するにあたり,コウノトリと関係が深い集落営農にまず話を持って行き,取り組んでもらった.先行集落営農は,実際にコウノトリに関する効果によって動機付けられており,コウノトリと深い関係にあったことが影響していると考えられた.
また,普及センターは,地域内での普及を目的として,JAに生産部会を作るように働きかけを行った結果,2006年にコウノトリ育むお米生産部会が設立された.当時すでに普及センターには,「育む農法」に関する情報が十分蓄積・整理されていたと考えられる.このことに加え,その情報を提供する機会ができたために,生産者は農法に関する情報を入手しやすくなった.その結果,情報を得ることで「不確実性」を低減しやすくなり,農法が地域内で一気に普及したと考えられる12.
今後各地で,地域に固有な生きものと関連付けた新農法による米のブランド化をはかる動きがさらに活発になると考えられる.その際,本事例のように推進主体が,特定の生きものと関係がある集落営農でまず農法に取り組んでもらい,農法を確立させる方法が有効であると考えられる.
農法が確立し,ある程度情報が蓄積された段階では,生産者が集まる研修会などの場を設けて,農法に関する情報を提供することで,効果的かつ効率的に農法を普及できると考えられる.なぜなら,生産者はそのような場で農法に関する十分な情報を得ることができるからである.ただし,本事例のように生きものと関連付けること等によってブランド化をはかり,生産者価格を向上させることが前提条件として望まれる.
さらに,今回調査を行った全ての集落営農が,「育む農法」の面積の維持・拡大の意向を持っていた.よって,今後の研究では,これらの集落営農が規模を維持・拡大するにあたり推進主体に求められる支援や,地域内での取り組み面積を増やすために,どのような特性を持つ集落営農であれば,規模拡大の可能性を持っているのかを明らかにする必要があると考えられる.
本稿は,「平成26年度 豊岡市コウノトリ野生復帰学術研究奨励制度」による研究の一部である.