2015 年 51 巻 3 号 p. 203-208
昨今,「強い農業」の実現に向けて,農業簿記・会計に注目が集まっている.農業簿記・会計が,強い農業の実現のためにどのような貢献ができるのか,さらにはどのような役割を果たすことが出来るのか,これらが喫緊の課題となっているのである.日本簿記学会・簿記実務研究部会においても,2010年から3年間において同課題に対する研究が取り組まれ,「地域振興のための簿記の役割―農業・地場産業を対象として―〈最終報告〉」1として纏められている.ここでは,「非効率性が指摘される日本の農業に対して,簿記は何らかの役割を果たせるのかどうか」といった問題意識の下,分析が行われている.「実はこれまでにも,農業簿記という名称のもと,同様の問題意識に基づく研究や実践が行われてきており,その中には注目に値する研究や教育,また実践もあったのである.しかしそれにもかかわらず,従来の農業簿記は,日本の農業の発展・効率化に役立ってきたと言い切ることは難しいと思われる.それはなぜなのか.」(戸田,2014:p. 242)といった課題に対し,制度,理論,教育,実務の観点からのアプローチを試み,「難しく特殊な記録形式である複式簿記が,暗黙裡のうちに農業簿記の基礎に据えられてしまったこと,このことが従来の農業簿記の理論的問題だ」(戸田,2014:p. 29)と結論づけている.
そこで,本論文で注目したいのが大槻正男の自計式農家経済簿(以下自計式簿記と略す)である.複式簿記は,明治初期に西洋より輸入され,大店を中心に一気に浸透していった.一方で,それ以前より日本には独自の簿記が発達しており,中小店には西洋式複式簿記はなかなか普及せず,和式簿記は昭和初期まで命脈を保った.農業においても明治期以降,いくつかの農業簿記・会計の事務的な手引書が発刊され,西洋式複式簿記の摘要が試みられたが同様の結果であった.そういった中で,1933年,大槻によって単記による複式簿記である自計式簿記が創案された2.この略式簿記は,農業者が専門的な簿記知識を有しなくとも記帳ができることに軸足が置かれており,かつ複式簿記の原理に基づいて記帳の照合試算が可能になるように考案されている.
本論文では,大槻正男の農業簿記・会計に係る研究成果3を,企業会計学の歴史的文脈の中で体系的に捉え,その会計思想の整理を行う.そして最後に,日本の農業簿記・会計史における自計式簿記の現代的意義にも言及したい.今日まで自計式簿記に関しては相当の研究蓄積が存在する.しかしそれらはその簿記様式に焦点を当てたものが大部分であり,その根底にある簿記・会計思想の視点から行われたものは無きに等しい4.
大槻正男(1895–1980)は,1921年に東京帝国大学農学部を卒業後,農商務省に就職する.翌年,東京帝国大学の助手に,1925年に京都帝国大学助教授となり,「農業計算学」講座を担当することとなる.そして,1927年と1930年のドイツとアメリカ留学を経た1933年,39歳の時に創案したのが,自計式簿記(京大式農家経済簿から改称)である.大槻はその後,京都大学を1958年に定年退官し,1971年まで東京農業大学の教授を務めている.
表1は,大槻の簿記・会計学に関する業績をまとめたものである.業績の大部分は京都大学時代に刊行されたものであり,自計式簿記の骨格は1930年半ばの創案当初からほとんど変化していないといっていい5.大槻は,その後生涯に渡り,農家への簿記実務の普及に努めている.
| 1926 | 「世界各国に於ける農業簿記例〔1〕」1) |
| 1934 | 『京大式農家経済簿』全2巻 |
| 「経済更生と農業簿記」 | |
| 1935 | 「農家経済簿記」全4回2) |
| 1938 | 『農家経済簿記―その原理と京大式簿記詳説』 |
| 『農家経済簿記要説』 | |
| 「講座農業簿記」全20回 | |
| 1940 | 「京大式簿記の経済的構造」全4回 |
| 1941 | 『農業簿記原理』 |
| 1949 | 『農業簿記』 |
| 1956 | 「生産費構成要素の認識の仕方と算定方法」 |
| 1958 | 『改著・農業簿記』 |
| 『農業簿記教本』 | |
| Book-keeping System for Family Farm | |
| Theoretical Investigation on General Accounting and Farm Accounting | |
| Conceptions of Farm Size and Intensity of Farming | |
| 1962 | 『改訂・補足 農家簿記教本』 |
| 「農業の近代化と簿記の重要性」 | |
| 1963 | 『改著農業簿記』 |
| 1965 | 「農業簿記の理論的研究」 |
| 1972 | 『農業簿記精説』3) |
| 1978 | 『大槻正男著作集 第三巻農業簿記論Ⅰ』 |
| 『大槻正男著作集 第四巻農業簿記論Ⅱ』 | |
| 1979 | 『昭和前期農政経済名著集16「農業簿記原理」』 |
1)横山周次との共著.
2)永友繁雄との共著.
3)桑原正信・菊地泰次との共著.
自計式簿記が考案された1933年当時の社会経済的背景を3点あげておきたい.
まず第1点目は,中小店では,西洋式複式簿記は普及していなかったことがあげられる.複式簿記が日本に浸透していくのは明治初期のことであり,それは大店を中心に一気に浸透していった.日本には独自の和式簿記が発達していたこともあり,中小店には複式簿記はなかなか普及しなかったのである6.農業経営においても明治期以降,西洋式複式簿記の摘要が試みられるものの,その導入は困難を極めた.
第2点目は,明治初期より,日本会計学にドイツ会計学が大きな影響を与えていたことがあげられる.中でも,カメラール簿記の収支的簿記体系やシューマレンバッハ,ワルプ,コジオールといった収支計算的会計思考論者,そしてテーアの簿記思考7等に注目したい.欧米諸国の会計学に範を求めた時代において,大槻はこれらの動向に関する造詣が深かった8.
第3点目は,農業経営の大部分は小規模・零細の家族労作経営であったことがあげられる.地主小作関係のもと,簿記に関する意識やその記帳能力も著しく低いものであった.また,農業・農村も1929年の大恐慌のあおりを受けた直後でもあった.
このように,大槻の自計式簿記の創案には,1933年当時の①単式簿記である和式簿記の定着,②欧米諸国の会計学を師と仰いだ時代,③小規模・零細の家族労作経営が大部分を占める日本農業の現状といった社会経済的背景が影響を与えている.
続いて,自計式簿記の特徴を3点あげておく.
(1) 単記による複式簿記まず1つ目は,単記による複式簿記を採用している点である.自計式簿記は,小規模・零細の家業という当時の農業経営の現状を鑑み,可能な限り専門知識を不問とするために,記帳の簡便化を試み,単記式を採用している9.
図1は,自計式簿記の仕組みを表したものである.このように,取引の記入の段階は単記だが,全体の計算システムは複式簿記となっている.固定資産及び流動資産については年度初と年度末に財産台帳(棚卸帳)に記入する.日々の外部取引はすべて現金取引として多桁式現金現物日記帳(現金出納帳)に記帳していく.収入の原因別計算は帳簿内において所得的収入と財産的収入に振り分けられる.同じく支出の原因別計算は所得的支出,家計支出,財産的支出の3つに振り分けられる.そして最終的に,財産台帳より結果計算として農家財産純増加額を年度末財産より年度始財産を差し引いて求める.さらに,現金現物日記帳における上述したフロー勘定系統より農家経済余剰を農家所得から家族負担家計費を差し引いて算出する.

自計式農家経済簿の仕組み
資料:大槻(1979: p. 87)を基に作成.
2つ目は,家計簿記としての役割があげられる.自計式簿記は,農家経済全体を記帳対象とする.農家の内部構造には所得経済部面と消費経済部面の2つが存在するとし,自計式簿記ではこれをそのまま1つの会計主体として捉える.つまり,外部取引のみならず内部取引も記帳していく.これについて大槻は,「農家経済簿記は,農家経済全体の生活関係を把握するために,便宜上,記録・計算の組織として,所得経済簿記組織を採用したのであって,その目的とするところは農家経済全体の正当な関係の把握にあるのである.したがって農家経済全体の関係はもちろん,消費経済までをも記録・計算する任務をもつ」(大槻,1978a:p. 319)と述べている.
日々の内部取引は,農家が自家栽培した農産物を庭先価格で外部販売し所得経済部面に収入が計上され,同時に消費経済部面がその収入でそれを購入したものと擬制する.具体的には,内部取引は農家庭先価格で生産及収得現物家計仕向欄に記入し,その合計額を所得的収入に加算し,同時に家計支出にも加算する処理を行う.なお,自計式簿記では,消費経済部面は消費のみを行う主体として擬制するため,家計収入は考慮されない.
(3) 多帳簿制自計式システム3つ目は,多帳簿制自計式システムである.自計式簿記は現金現物日記帳,財産台帳の主要簿と現金現物日記帳種目別分類集計表等の補助簿からなる.補助簿及び補助計算表が主要簿を補う役割を担っており,様々な拡張加工計算が装備されている.例えば,「農業簿記は銀行簿記や商業簿記と異なって,経営内部に於ける現物及び労働の流動(即ち生産費及び消耗)関係を明確にすることが要請せられる」(大槻,1979:p. 98)ことから,主要簿に加えて,補助簿として貸借整理帳,労働日記帳,現物整理帳などが設けられている.その他,表には労働分類集計表,経営地略図,作付表,家畜飼養表等がある.また,拡張加工計算により,農業経営計算,原価計算や予算及びその実績を算出する管理会的計機能も備わっている.
このように,自計式簿記は現金現物日記帳を要とする多帳簿制により,記帳から経営分析までの一貫した仕組みを農業者自らが実現できる仕組みを構築している.同簿記は,実務的には複式簿記の略式簿記(単記式による複式簿記)である.しかしながら一方で,記録媒体が紙の時代においてはその対応は困難であり,厳密な仕組が「大槻簿記にある煩雑感と理解のしにくさ」(小家,1983:p. 261)につながったともいえる.後に大槻はこれらの問題を踏まえて,自計式簿記の進化形として,1955年に「自計式簡易農家経済簿」を,1961年に「自計式協業経営簿記」をそれぞれ考案している.
大槻正男の会計思想は,自計式簿記において展開されている.その会計思想の本質は当時の企業会計学と同じ潮流の中にあったといえる.大槻の会計思想の特徴を4点あげる.
(1) 会計主体論における所有主理論1点目は農家経済全体を会計単位とした会計主体である.大槻は農家経済のストックは区分しないものの,フローは所得経済と消費経済の2つに区分する.常秋は,農家の会計主体を内部構造において生産と消費が一体化している「場所的会計実体」と「経営経済的会計実体」の2つに分類する.前者は一体した農家をそのまま一つの会計主体として,後者は一体ではあるが両者が分離したものとして捉える.常秋は大槻の会計主体論を,場所的会計実体は明確であるが,経営経済的会計実体は曖昧であるとし,「生産要素を所有し,かつ農家所得を追求する母体経済そのものであろう」と評している(常秋,1992:pp. 11–12).このように,大槻の会計主体論は所有主(企業主)理論である10.なお,大槻は会計主体の具体的な意思決定主体や基準については明記していない.
(2) 自家労働力の労務出資2点目は自家労働力を労務出資ととらえることである.自家労働力の会計処理には,資本元入か雇用かの2つが想定される.大槻は農家経済が所有する労働力,土地,資本等の生産要素より流出する労働,土地用役,資本用役の諸用役を自ら結合して生産を営むことにより,所得経済部面から消費経済部面に農家所得を充当するものととらえる(大槻,1978b:pp. 8–11).農家経済の所得の把握を求めるに際し,自家労働力を所得経済と消費経済の間の元入資本関係にあると捉えるのである.
(3) 収支計算的会計思考3点目は,収支計算的会計思考である.大槻の会計思想は,ドイツ会計思想を流れに汲む収支計算的会計思考である.自計式簿記は,農家の業績を所得で把握し,農家所得から家計費を,期末財産から期首財産をそれぞれ差し引いて算出する収支計算的会計思考に基づく所得計算簿記である.
大槻が収支理論を中核とする会計思想を有する背景として,①欧米諸国の会計学に範を求めたこと,②簿記・会計学の対象として小規模・零細規模の家族労作経営を想定していること,③実務動向として,日本においては,単式簿記が戦前の農家経済調査における生産費等の調査簿として普及・確立していったという特殊事情が存在していたこと(新井,1983)等があげられる.
(4) 静態論会計による資産負債観4点目は,静態論会計による資産負債観である.大槻は,簿記・会計学の対象は農家の財産の在高及び増減変化とし,静態論会計思想を有し,同会計を軸とした財産計算重視の資産負債観を有している.静態論会計は,自計式簿記創案当時の企業会計学の潮流である.故に,自計式簿記においては期間損益計算,具体的には経過勘定の計上は重視されず,固定資産の減価償却思考が見られるのみとなっている.
資産分類に関しては,いくつかの試みを行っているが,おおまかには資産を大きく財産(または積極財産)と負債(または消極財産)の2つに分類し,前者は固定資産,流動資産,流通資産の3つに分かれるとする.流通資産とは現金や準現金を指す.流通資産は,企業会計学では流動資産に含まれる内容だが,大槻はあえてこのような分類を行っている.財についても分類を行っており,供用財と結果財の2つに分類する.供用財とは生産・経営・所得用に供用された財であり,結果財とは生産・経営・所得行為の結果として生じた,あるいは獲得された財をいう.また,資産の評価方法は,原則,原価評価,例外として時価評価とする(大槻,1978b:pp. 34–41).
最後に,自計式簿記の現代的意義を3点にまとめたい.大槻正男が創案した自計式簿記,及び彼の会計思想の現代的意義を考察するに当たり,当時の社会・経済的状況を念頭に置く必要があることはいうまでもない.
1つ目は,大槻が日本における農業簿記・会計学理論化の嚆矢である点である.大槻以前の農業簿記・会計書は,いずれも事務的な手引書である.日本においては,大槻から農業簿記・会計学に係る理論構築の取り組みが本格的にスタートしたといっていい.
2つ目は,簿記記帳の簡便化への取り組みである.大槻は,本論文の冒頭で取りあげた日本簿記学会・簿記実務研究部会の問題意識と同様に,複式簿記を農業経営に導入することを追求した.そして,自計式簿記はその課題に対する理論的な1つの解答を提示しているといえる.つまり,大槻が創案した自計式簿記は,取引仕訳の段階では単記を採用することにより可能な限り記帳者の専門的知識不足を補い,かつ記帳の手間を減らそうと努め,その一方,全体の計算システムは複式簿記となっている. 今日では簿記利用農業者のほとんどが複式簿記を採用している11.しかしながら,この複式簿記の「難しさ」は十分に解消されておらず,特に小規模・零細規模の家族農業経営において自計式簿記の複式簿記簡便化へのアプローチは今日も有効であるといえる.
3つ目は,小規模・零細規模の家族経営への適用の可能性である.大槻が自計式簿記を考案した時代の農業経営は,大部分が小規模・零細規模の家業であった.大槻は基本的にはこの層を対象に農業簿記・会計学の理論化を図ったのである.したがって,今日においても,大規模農業経営が複式簿記を適用する一方で,日本農業の大部分を占める小規模・零細規模の家族経営はこの所得計算簿記を活用し,経営発展に繋げていく可能性を有する.今日のIT技術の発達は,仕訳取引の記録媒体を紙からコンピュータへと変化させた.このIT技術は,自計式簿記の煩雑さや難しさを克服することが期待できるのである12.一方で,自計式簿記に関しては,会計単位に消費経済部面を含め,経営と家計が未分離になっている点や,その会計主体を夫婦の共同的意思決定によるものと明確に論述していない点(常秋,1992)等が指摘されている.今日,大槻の会計思想は,多くの門下生を中心に引き継がれ,発展している.そして,今後の展開に関しても大きな可能性を有していると考えられる13.
本論文では,自計式簿記の社会経済背景,及びその特徴を把握した上で,大槻正男の会計思想を紐解いた.大槻の自計式簿記の考案には,1933年当時の①単式簿記である和式簿記の定着,②欧米諸国の会計学を師と仰いだ時代,③小規模・零細の家族労作経営が大部分を占める日本農業の現状,といった社会経済的背景が影響を与えている.また,自計式簿記の特徴として,①単記式複計算簿記,②農家経済全体の生活関係の把握,③多帳簿制自計式システムをあげた.そして,大槻の会計思想は,①会計主体論における所有主理論,②自家労働力の労務出資,③収支計算的会計思考,④静態論会計による資産負債観の4点の特徴があることを明らかにした.大槻の会計思想は,当時の日本の中小店に関する会計学と同じ会計思想を根底に持ち,その上に農業特有の事情等を考慮していった.さらに,自計式簿記の現代的意義として,①農業簿記・会計学理論化の嚆矢,②簿記記帳の簡便化,③小規模・零細規模の家族経営への適用の可能性をあげた.