山菜は,山村における貴重な食料として,山村の食文化を形成してきたものであるが,近年その消費状況は大きく変わりつつある.自ら採取することでしか口にすることが出来なかった山菜は,流通技術の発展等によって,手軽に購入することが出来るようになってきている.食の均一化が進行する一方,クセやアクのある食材を求める消費者も少なからず増えつつある.
一方,生産の現場では,山村の過疎化や,担い手の高齢化による労働力不足,無秩序な山菜採りによる資源の劣化等の要因により,天然の山菜の生産量は減少している(表1).特に天然のワラビやゼンマイ,フキは減少しており,タラノメも60 t以下で推移している.山菜は,山野に自生するものを採取するもの,山や休耕地に山菜を移殖して収穫するもの,そして畑やハウスなどで栽培するものがある.とくに最近は,栽培される山菜が増えてきている.それは畑やハウスで栽培するものであれば,収穫も楽であり,収量も安定し,山菜自体は軽量であるため,女性や高齢労働力に適した品目だからである.そのため,中山間地域を抱える地域で山菜栽培が取り組まれてきている.
| 天然 | 栽培 | |||
|---|---|---|---|---|
| 2005年 | 2013年 | 2005年 | 2013年 | |
| ワラビ | 810 | 663 | 450 | 232 |
| フキ | 2,622 | 2,015 | 7,864 | 12,400 |
| タラノメ | 61 | 50 | 243 | 144 |
資料:林野庁特用林産基礎資料.
しかし,山菜栽培は,山菜が育つ自然条件である山や山菜に関する豊富な知識が不可欠であるとともに,種根の移植や挿し木による育成の技やコツなど,山菜栽培に固有の「技能」が求められる.
近年,こうした山菜に関する既存研究の蓄積は,その関心の高まりとともに進みつつある.天然山菜の採取に密着し,そのテリトリー制について論じた池谷(2003)や,岩手県沢内村における山菜・キノコ資源充足度の変動を生態的側面と社会的側面から明らかにした齋藤(2006)など,山菜採取に関する既存研究は少なくない.また札幌市中央卸売市場を事例として,市場における山菜取引の実態について明らかにした高橋(2011)など山菜に関する研究領域も拡大してきている.もちろん山菜栽培に関しては,金森他(1992),金森・新毛(1994)や長谷川他(1997),阿部清(2002)など栽培方法や山菜個別経営に関する既存調査研究は蓄積されてきている.しかし,山菜栽培に不可欠な技能や,あるいは山菜産地の体制を対象とした既存研究は皆無に近い状況にある.
(2) 課題と方法山菜の促成栽培発祥の地といわれる山形県真室川町は,わが国のタラノメ生産量の1割のシェアを持つ促成山菜の産地である.産地形成には,先人たちから山や山菜に関する知識やその栽培の技やコツなどの技能を真室川町農協の部会組織が中心となって集団的に引き継ぐとともに,部会員自らが数多くの失敗を経ながら,山菜栽培の固有の技能を組織的に普及してきたことにあると考えられる.
本論文では,こうした真室川町農協の山菜部会組織を対象として,山菜栽培の技能がどのようなものであるのか,他の野菜との技術的特徴に着目しながら明確化しその技能の普及システムを「普及論」に依拠しつつ実証的に明らかにすることを課題とする.
本節につづく第2節では,山菜栽培の技能とその普及システムに関する予備的考察を行う.第3節では,山菜の栽培技能の特徴とそれがどのように部会組織内で普及してきたのか事例分析を進め,そして第4節において考察を行う.最後の第5節では,本論文の要約と今後の残された研究課題を示そう.
南石ら(2015)は,技能を「意図する成果を生み出す技に関する人間の能力であり,訓練や経験によって獲得された人間の自動化された能力である.このため,属人的であり,それを人間と切り離して記録することは困難である」としている.すなわち,技能は生得的なものではなく,練習や経験によって獲得される能力であり,これら技能の多くは,言語化が難しく,特定の人に属人化され,暗黙知といわれる感覚的要素を持つものといえる.また,特定の人に属人化された栽培技能は,たとえば家族や親族内などで囲い込みがされやすく,総じて秘匿性が高くなるという特質を有している1.
山菜栽培には,一般野菜と共通する技能に加え,山菜栽培固有の技能を指摘することができる.その1つに山菜栽培は,例えば株養成,株の掘り起こし,穂木の切出しと伏せ込みといったように一般野菜の栽培と比べてその作業工程が多く,それぞれの工程には独自の技やコツを使う局面が多い特徴を有する.その2つに山菜栽培は,少量・高価格な商品であり,姿や形を生かした調理が施されることが多いため,総じて品質の高さが商品価値に直結する.一方で,一般野菜と比較し品種や農薬の開発,作業の機械化が遅れている.このため,品質をそろえることが困難な傾向にある.よって剪定,水分調整,菌の繁殖防止,品質劣化防止などの,品質を高めるための多様な技能が不可欠となることである.その3つは,山菜栽培を栽培する生産者数は総じて少なく,加えて栽培自体の歴史も浅く,一般野菜に比べて栽培体系が十分に確立されていない状況にある.そのため,一般野菜に比べてこれらの技能の蓄積は進んでおらず,特定の人に属人化されている傾向がみられることである.
このように,山菜栽培をめぐる技能は,一般野菜に比べて普及の困難性を有していると考えられる.そのため,山菜栽培の産地形成においては,こうした技能をいかにしてより多くの生産者に組織的に普及していくかがポイントとなると同時に,産地間競争が進むなか,他産地に比べていかに速く,効率的にその技能を集団的に普及するかが重要となる.
(2) 技能の普及と改善多くの実証的,理論的研究が蓄積されている普及論におけるロジスティクス型の普及曲線を踏まえるならば,図1のような普及モデルを示すことができる.「小改善」が加えられた時点から,普及曲線E1よりも普及曲線E2,また普及曲線E2よりも普及曲線E3の普及スピードが速まることを示すとともに,普及率も高まることを示している2.

小改善と普及曲線
資料:稲本(2005:p. 12)を基本として作成.
通常,こうした技術や技能といわれるものが集団内に導入され,普及していく過程では,種々の修正,それは変革といわれるものと比べると小さな改善,すなわち「小改善」が加えられる.その結果,小改善が加えられた時点から普及曲線の傾きが大きくなり,普及の速度も,普及率も上昇する.したがって,山菜栽培の技能の普及には,その固有の技能が集団内に導入されたのちに,どのような小改善が施されたのかを動態的に捉える必要がある.
ただ,単に集団内で小改善が施されているのかを把握するだけではなく,産地形成には,その小改善が山菜の商品づくりと密接に関連しなければならない.特に山菜の栽培は,生産者間での品質格差が生じやすい商品的特質を有している.部会組織は,個々の部会員が栽培する山菜の品質を高めつつ,部会組織全体での商品づくりの効率性を高めるもの,すなわち,農産物の集合性を高めなければならない3.
したがって,本論文では,山菜促成栽培において,全国に先駆けて産地形成を行った真室川町農協の山菜部会組織に注目し,その技能が部会組織内(集団内)にどのよう導入され,種々の小改善が施されてきたのかを時系列的に把握するとともに,その技能をめぐる小改善が農産物の集合性とどのように関連しているのかを明らかにする.
真室川町は山形県北部の最上地方の中で,さらに北部の地域に位置している.冬季は日本海からの北西の季節風の影響が大きく,積雪寒冷地帯となっている.更に盆地特有の霧の発生が多く,日照時間が短いことと相まって農作物の生育に大きな影響を与えている.農産物は,コメが農協の年間販売額の6割以上を占める稲作地帯であると同時に,ネギやニラ等の園芸作物の栽培も盛んであり,これらの園芸農家における冬期間の収入源として,タラノメ,ネミツバ,ウド,ウルイ等の山菜の促成栽培が導入されてきた.タラノメは,ネミツバ,ウド,ウルイに比べて,最も部会員が多く,栽培面積も大きい.タラノメは,市場での品質評価は高く,真室川町農協の基幹品目となっている.
(2) タラノメの栽培技能タラノメの栽培は長期的なものであり,多段階的な工程を必要とし,剪定,伏せ込み時の技やコツなど,多様な栽培技能を必要としている.初年の4月頃には,掘り起こした根を7 cmごとに切り取り種根を作り,殺菌処理後にphの低い土壌に植え苗を育成して,畑に定植する.種根の作り方は,特に切断面からの菌の侵入を防ぐ工夫を要する.11月頃には芽を残すための剪定を行う.この際,芽を多く残せば多くの穂木が取れるため全体の収量は増えるが,芽のサイズは小さくなる.逆に芽を少なくすれば収量は減るが,1個単位の芽は大きくなる.どの芽をどれ程残すかが,剪定工程のポイントとなる.加えて圃場の土壌環境を考慮しつつ,翌年の生育過程を予想して仕立てなければならず,剪定工程は経験則による技能が求められる.翌年の4月頃には芽掻きや防除を適期に行い.11月頃,葉が落ち始めるタイミングをみて,穂木を切り取り,芽の節の部分で切断し,駒木を作る.この時,「芽が成長したときに隣の駒の棘にぶつからないようピラミッド型に並べる」ということを想定しながら,一本一本の長さの比率を考えた切断が必要となる.切断した駒木は,カビ対策のために洗浄し,ベッドに伏せ込むが,この場合,駒木同士の間隔が狭いと収穫時に作業効率が悪化し,逆に間隔が緩いと駒木が倒れ,芽が傷つくリスクは高まる.駒木が水を吸うことで膨張することも考慮して,伏せ込みを行わなければならず,伏せ込み工程においても固有なコツ(技能)が求められる.当該部会ではベッドに水を張り,保温シートをかぶせ,空中に設置した電熱線による加温栽培方式(水中加温方式)を採用しており,温度調整なども栽培での経験則にそった技能が重要となる.
(3) 栽培技能の普及システム図2は,真室川町農協のタラノメの部会員数・出荷量の推移とタラノメ部会におけるその栽培をめぐる主要な取り組みを整理したものである.1980年に2戸の農家で始まったタラノメ栽培は,1987年にネギ・ニラ生産者を中心とした15名の部会組織としてスタートした.その後2004年まで部会員は一貫して増加し続け,2007年の76名をピークに減少に転じている.部会員は,いずれもネギ・ニラなど園芸栽培を行っていた生産者であり,栽培条件を比較的同じくする生産者であった.出荷量に関しても,部会員の増加と同様の傾向を示し,2008年の17トンをピークとしてその後減少に転じている.農協にタラノメ部会が設立された1985年から2000年までは,部会員や出荷量が増加する山菜栽培の産地形成期間と位置づけられ,新たな栽培方式の導入などの部会組織での集団的な取り組みが顕著にみられる.

真室川町農協タラノメ部会の会員数,出荷量の推移および主要な取り組み
資料:聞き取り調査及び真室川町農協タラノメ部会資料より作成.
図3は,新たな栽培方式の導入に伴う技能とその普及がみられた1985年から2000年までの産地形成期間に限定し,栽培技能の普及システムを整理したものである.1990年以前,タラノメ栽培は,ベッドに水を含ませた木くずに駒木を差し込み,空中を電熱線で加温する栽培方法(「木くず栽培方式」)を採用していた.この方法は,駒木を立てやすく,駒木を多少長めに切ってしまっても深く挿せば芽に当たらない長さに調節することができる利点がある一方,木くずでのカビの発生率を高め(駒木ロス率の30%程度),木くずから水分が蒸発しやすく,水分をこまめに補給する必要があるといった栽培上の困難性を有していた.

タラノメの栽培技能の普及システム1985~2000年
資料:聞き取り調査及び真室川町農協タラノメ部会資料より作成.
1991年に部会長が代わり,部会員の圃場の相互巡回や会合が頻繁に行われるようになり,部会員相互で問題点を抽出するとともに,部会員自身が栽培技能などを積極的に開示するようになる.また同年には,タラノメ栽培の先進地である山形県尾花沢地域の,ベッドに水を張り,そこに駒木を並べ,水を電熱線で加温する水中加温方式(「尾花沢方式」)の視察調査を部会で実施する.尾花沢方式は,それまでの木くず栽培方式に比べて育成期間が短期化するなどの利点はあるが,水中の温度の上昇によりカビの発生率を低減させえない方式でもあった.そこで,尾花沢方式を導入した部会員が,カビの発生を抑える新たな方法(「空中加温方式」)を考案し,特定少数の部会員において空中加温方式によるタラノメ栽培が開始された.ただ,伏せ込み技能の困難性から,新方式の導入に踏み切る部会員は少なかった.その後,空中加温方式に関する温度,電熱線の本数,水の交換の目安など,部会長が中心となって部会内においてその方式の導入に伴う技能をめぐる種々の変化(小改善)が図られた.こうした小改善を契機として,「プラスチックの衝立てで仕切った方が伏せ込み易い」,「苗箱を使って伏せ込めば,立てやすく,排水も行い易い」などの伏せ込みの困難性を軽減する方式も部会員から提案され,大幅に導入障壁が低減し,それに伴う技能の変化(小改善)が部会活動のなかで展開した.部会組織における新たな栽培方式の導入に伴う技能は,部会員が相互に指導・相談するなかで共有され,同時に部会内の品種の統一化も図られたことから,部会員間での品質格差は徐々にではあるが縮小した.こうした技能の普及範囲をみると,特定少数の栽培方法やその経験が同質的な部会員から,タラノメ栽培を始めたばかりの部会員にも拡大している.新方式の導入に伴う技能は,まず新しい栽培方式の試作を通して栽培技能を形成し,それを保有する部会員から,他の部会員に,そして農協での部会組織活動のなかで普及している.
以上の事例分析を踏まえると,山菜の栽培技能の普及システムに関して,次の諸点を指摘することができる.
第1は,技能の普及範囲と技能の普及システムである.山菜の栽培技能は,普及困難性の高い技能である.しかし,部会の設立段階から,ニラ・ネギ栽培等の園芸生産者を中心とし,類似な栽培条件や栽培経験を持つ,同質的な部会員間での技能普及を通して,部会組織内における技能普及の効率化が図られてきた.そして,新方式の導入に伴う技能は,まず新しい栽培方式の試作を通して栽培技能を形成し,それを保有する部会員から,他の部会員に普及している.
第2に,栽培技能の小改善と技能の普及システムである.新たな栽培方法や,それに関わる技やコツ等の多様な技能は,1985年から2000年までの産地形成期間だけをみても,多くの小改善(変化)が施されている.そしてその小改善が部会長を中心としてタラノメ部会組織のなかで展開されることによって,新たな栽培方法と,それに伴う技能が普及してきていることである.
第3に,商品づくり(農産物の集合性)と技能の普及システムである.新たな栽培方法や,それにかかわる技やコツ等の技能は,特定の部会員個人に留めるのではなく,部会内でオープンにされていることである.特に,1991年以降,部会長が積極的に技能の開示を行ったことにより,新方式の導入の困難性を軽減するような技やコツが生まれ,より品質の高いタラノメ栽培を可能とした.このように,農産物の集合性を高めるには,秘匿性の高い技能を部会内で共有することが重要であることを意味している.
本稿では,山形県真室川農協のタラノメ部会組織を対象に栽培技能の普及システムに関しての実証分析を試みた.分析結果から,以下の諸点を指摘することができる.第1は,山菜の促成栽培の技能は,一般野菜と共通する技能に加え,固有な技能が多く存在していることである.特にタラノメ栽培は,作業工程が多段的であり,具体的には事例でみたような適期作業を感覚的に読むような技やコツの技能が特に求められ,その技能は特定の生産者に属人化され,その普及には困難性を有するものである.第2は,タラノメの栽培技能は,普及困難性の高い技能でありながらも,部会内における技能普及の効率化を図るため,類似な栽培条件を持ち,同質的な部会員間で,その技能が共有され,普及していることである.第3は,新しい栽培方法に伴う技能は,その小改善が部会組織内で展開されることよって普及していることである.
最後に,今後に残された研究課題として,次の点を指摘しておきたい.1つは,タラノメ栽培の場合,2005年以降,部会員や出荷量が減少している.山菜産地の維持・存続という視点から,現在のタラノメ部会組織の技能の普及システムの現状を分析し,その問題点と改善方向を導出したい.2つに,現在,部会員の高齢化や部会員による部会離れ,部会員間での生産物の品質格差の拡大など,多くの問題を抱えている農協の部会組織も少なくない.技能の普及システムという視点から,農協の部会組織の活性化のあり方を検討したい.