2016 年 52 巻 3 号 p. 105-110
近年,田園回帰が注目を集めている.移住に関する先行研究は数多く存在し,都市部の若者を対象とした意識分析(中川,1998)や,ライフスタイルの変化の観点からの接近(相川,2006),移住者(移住希望を含む)や受入側の意識に関する研究(小森,2007,2008;中西・桂,2007;皆川,2009),移住者の起業の観点からの接近(筒井他,2014)などがある.また,中西(2008a)では,新規定住者と農村住民の共住という観点からの分析がなされている.さらに,田園回帰の現代的特徴として,山間部や離島での子供の増加(藤山,2014)や若い世代の増加が指摘されている(小田切,2014).つまり,田園回帰は定年帰農から若い世代にも広がりつつあるといえる.近年,地方の各自治体では人口を維持するべく,都市部住民や若者の移住を推進している.その一方で,移住しても地域になじめないことで転出するケースが後を絶たず,定着率をいかに高めるかが重要な課題となっている(日本農業新聞,2014).したがって,移住後の定住という長期的な視野に立った実証的な検証が必要といえるが,移住者の定着要因を対象とした研究成果は十分な研究蓄積がされているとはいいがたい.その中で,斉藤他(2014)は,都市郊外団地への若年層の定着要因として,緑地・子育て環境の重要性を指摘している.特に,農村部への移住者の定着に仕事が重要であることは言うまでもないが,生活環境の重要性もまた高いといえる.その場合,移住者が地域になじむまでの時間的な経過も考慮する必要があると考える.しかし,この点に関してこれまでほとんど解明されていない.この点は,実証的に検証すべき課題と考える.そこで本研究では,移住時期コントロールし,定住志向の要因について検証することを目的とする.調査対象地は,2014年の人口調査の結果,新潟県内において新潟市以外で,離島であるにも関わらず唯一人口が増加した粟島浦村(あわしまうらむら)を選択した.また,離島であるため,移住者の定住化の課題がより明確に表れると想定されることも調査対象地として選定した理由である.粟島への移住者を対象として実施したアンケート調査をもとに,移住時期の違いを明示的に考慮して,定住志向の要因を計量的に分析することで,それらのエビデンスを解明して,定住化に必要な支援策とその課題を展望する.
新潟県の粟島は日本海に位置する離島で,新潟県村上市の岩船港からフェリーで1時間30分,高速船で55分の位置にある(図1).一部の離島愛好家にその存在は知られてきた(椎名,1997).粟島浦村が島内唯一の自治体で,主力産業は観光業と漁業である.人口は350人程で,2010年頃までは一貫して減少傾向がみられたものの,最近では減少幅が鈍化し,一転して増加の兆しもみられるようになっている(図2).
粟島の位置
出所:Google Mapより編集・作成.
粟島の人口と転出入者数の推移
出所:総務省統計局 住民基本台帳に基づく人口データより作成.
粟島における移住者1は,役場からの聞き取りによると57名在住しており(2014年8月現在),全島民の6人に1人が移住者である.また,粟島における転入者数は,近年増加傾向にある(図2).2014年住民基本台帳に基づく人口調査によると,新潟県内では,粟島浦村は新潟市以外で唯一人口が増加している自治体となっている(日本経済新聞,2014).移住推進と銘打った支援は特に行われていないが,シェアハウスの新設などの住宅整備,役場職員や飲食店での雇用拡大,粟島しおかぜ留学2などが増加の要因として考えられる.しかし,転入者数の増加の一方で,転出者数も多いため移住後の定住化が課題となっている.この点は,他の農村地域と共通する課題といえる.
粟島浦村役場や島民の協力のもと,調査の時間的・予算的制約を考慮して,調査可能な新潟県粟島浦村の移住者50名を対象に,訪問面接法および留置法(一部郵送回収を含む)によるアンケート調査と聞き取り調査を実施した.移住後の良い点・不満な点,定住志向,よそ者感の有無について質問した(有効回答数48件,訪問調査期間:2014年11月7日~12日).
(2) 聞き取り調査移住生活や意識の変化等の詳細について,移住者5名に聞き取り調査を行った(2014年8月).また,粟島浦村役場総務課を対象に,移住者数の推移や受け入れ体制について聞き取り調査を行った.
先述した調査対象の移住者50名にアンケート調査を行い,有効回答数は48名であった(回答率96%).男女比は男性52.0%,女性が48.0%であった.年齢は20~50代が約90%を占めた.移住時期の分布をみると,移住者の約6割が移住後3年以内に集中している(図3).「定住・永住するつもりはあるか」との定住志向についての質問に対して「はい」と答えた移住者は36.4%,「未定・わからない」が31.3%,「いいえ」が33.3%と,ほぼ3分された(図4).
移住時期の分布と区分
出所:アンケート調査結果より作成.
定住志向の分布
出所:アンケート調結果より作成.
単純集計の結果より,移住後3年以内にサンプル数が集中していた.移住時期別に属性や定住志向,生活面の意識を比較するため,図3のとおり移住時期を前期(1977~2011年)と後期(2012~2014年)に分けて2区間を比較した.表1からカイ二乗検定による比較結果をみると,移住者の属性として,性別と世帯人数に有意な差がみられた(1%).つまり,前期では,移住者のうち女性が8割を占め,世帯人数も2人以上と家族の形態を有している割合が9割近い.そこで,次に移住の要因についてみると,前期では「結婚」が6割近くを占めているのに対して,後期では「仕事」と回答した移住者の割合はほぼ7割と,移住時期により,統計的に有意に対照的な結果が示されている(1%).また,予想したとおり在住年数の長い前期の移住者の方が,定住志向は高かった(1%).しかし,その反面で,生活面の意識に関する質問として設けた「粟島は子育てに適するか」,「ありがたかった支援:相談に乗ってもらう」,「よそ者と感じたことはあるか」の回答では,有意な差は見られなかった.
項目 | 移住時期 | |||
---|---|---|---|---|
前期[1977~2011](19) | 後期[2012~2014](29) | 有意水準 | ||
性別 | 女性 | 79.0(15) | 27.6(8) | *** |
世帯人数 | 2人以上 | 89.5(17) | 31.0(9) | *** |
移住要因 | 仕事 | 21.1(4) | 69.0(20) | *** |
結婚 | 57.9(11) | 6.9(2) | *** | |
定住するつもりはあるか | はい | 73.7(14) | 10.3(3) | |
未定・わからない | 21.1(4) | 37.9(11) | *** | |
いいえ | 5.3(1) | 51.7(15) | ||
粟島は子育てに適するか | はい | 47.4(9) | 37.9(11) | ― |
ありがたかった支援 | 相談乗ってもらう | 31.6(6) | 13.8(4) | ― |
よそ者感の有無 | はい | 68.4(13) | 72.4(21) | ― |
出所:データはアンケート調査結果.
1)***は1%で統計的に有意であることを示す.―は,有意ではないことを示す.
2)( )内はサンプル数を示す.
以上の結果をまとめると,移住時期は,性別と移住要因との関連性を有しており,仕事と結婚の違いを示す指標としての意味も有しているといえる.また,クロス集計で有意とはいえない生活面の意識は,複合的な要素が含まれているため,他の要因をコントロールしたモデル計測で検討することにする.
以上のクロス集計の結果を踏まえて,定住志向の要因分析を行う.ここでは,移住時期を明示的に考慮することを目的としているので,以下の二つのモデルの計測を行うことで接近する.定住志向は,3段階で区分した順序変数となるため(はい=3,未定・わからない=2,いいえ=1),2タイプの順序ロジットモデルを用いることにする.まず,通常の順序ロジットモデルで移住時期をダミー変数として扱い(前期=1,後期=0),次のランク順序ロジットモデルではグループ変数として扱うことで,移住時期の違いによる説明変数への影響を示すバイアス(以下,固定効果)を明示的に考慮した分析を行い,その影響力の違いを検証する.そうした想定をする理由は,移住時期の違いを移住者のランク付けによる選択と考えることによる.具体的には,移住者が移住の時期を前期と後期についてランク付けすることで,移住時期の選択を行うと想定する.そのため,移住時期の違いによる固定効果を,明示的に考慮するためランク順序ロジットモデルを適用する.ランク順序ロジットモデルは,これまで主に消費者の選択の順位付けの評価に適用されてきたが(樫尾,1992;児玉,2001),選択の順位付けが想定できる場面での適用の範囲は,さらに広いと考える.通常の順序ロジットモデルとランク順序ロジットモデルの違いは,この固定効果を明示的に考慮するかどうかの違いにある.
(1) 順序ロジットモデル被説明変数は,先述した3段階で評価した定住志向を用いた.説明変数は,クロス集計で検討し,有意な関連性がみられた変数を中心に,①生活面の意識,②経済面の意識,③来島前の人的ネットワーク,④属性の指標となる変数を組み込んだ.回答者に含まれる震災被災者や教師などの赴任者の意識についても,他の移住者と同様に上記の回答に反映される点で,データ上の違いはないと想定した.なお,最小二乗法での分散不均一性が見られないため,ロバスト推計は行わなかった.
表2の計測結果より,①生活面の意識では「粟島の魅力:自然が豊か」(10%有意),「粟島は子育てに適する」(1%),「ありがたかった支援:相談乗ってもらう」(5%),「移住後の良い点:仕事にやりがい感じる」(5%),「よそ者と感じたことがある」(5%)がそれぞれ正の値で有意となった.また,「移住後の良い点:余暇が充実した」が負の値で有意となった(5%).②経済面の意識では,「不満:仕事がない/収入が少ない」が負の値で有意であった(1%).③では,「情報入手先:家族・親戚・知人」が正の値で有意であった(5%).④の移住者属性では,「性別:女性」(5%),「世帯人数:2人以上」(5%),「移住時期:前期[1977~2011]」(10%)がそれぞれ正の値で有意であった.
被説明変数:定住志向(3段階:はい=3,未定・わからない=2,いいえ=1) | |||||
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説明変数 | OL係数 | オッズ比 | ROL係数 | VIF | |
①生活面の意識 | 粟島の魅力:自然が豊か(yes=1, no=0) | 1.683* | 5.381 | 1.442* | 1.09 |
粟島は子育てに適する(yes=1, no=0) | 3.205*** | 24.647 | 2.270** | 1.16 | |
ありがたかった支援:相談乗ってもらう(yes=1, no=0) | 3.914** | 50.117 | 2.667* | 1.21 | |
移住後の良い点:余暇が充実した(yes=1, no=0) | –4.735** | 0.009 | –2.787** | 1.11 | |
移住後の良い点:仕事にやりがい感じる(yes=1, no=0) | 2.563** | 12.968 | 1.603* | 1.09 | |
よそ者と感じたことがある(yes=1, no=0) | 3.733** | 41.824 | 2.186** | 1.27 | |
②経済面の意識 | 不満:仕事がない/収入が少ない(yes=1, no=0) | –3.620*** | 0.027 | –2.237** | 1.25 |
③来島前の人的ネットワーク | 情報入手先:家族・親戚・知人(yes=1, no=0) | 2.413** | 11.171 | 1.387* | 1.23 |
③属性 | 性別:女性(yes=1, no=0) | 2.348** | 10.461 | 1.519* | 1.81 |
世帯人数:2人以上(yes=1, no=0) | 2.531** | 12.567 | 1.874* | 1.71 | |
移住時期:前期[1977~2011](yes=1, n=0) | 2.650* | 14.147 | ― | 1.95 | |
サンプル数=48 | |||||
順序ロジットモデル:尤度比カイ二乗値=61.79*** 疑似決定係数=0.5866 | |||||
ランク順序ロジットモデル:尤度比カイ二乗値=36.37*** グループ数=2(移住時期) |
出所:データはアンケート調査結果.
1)***は1%,**は5%,*は10%水準で係数が統計的に有意であることを示す.
2)VIFは最小二乗法の計測結果から算出した値(参考値).
3)OL係数:順序ロジットの係数,ROL係数:ランク順序ロジットモデルの係数.
被説明変数と移住時期以外の各説明変数は順序ロジットモデルと同様で,移住時期をグループ変数としてモデルを構築した.表2より,順序ロジットモデルに比べると有意水準が甘くなる変数も見られたが,全ての説明変数で統計的に有意となった.
まず,順序ロジットモデルでは,①生活面の意識で有意になった変数から,自然や子育ての環境が移住者の理想と合致していることが定住志向を高めているといえる.また,気軽に相談できる人が身近にいることが,オッズ比より定住志向に最も大きな正の影響を及ぼしているといえる.説明変数として扱わなかったが参考に挙げると,粟島の子育て環境は地域全体で子どもを見守る点(12件),自然の中でのびのびと遊べる点(11件)が支持されている.よって,粟島の特徴である地域のつながりの強さや自然の豊かさが移住者自身の生活や子育て環境を充実させ,定住志向に良い影響を与えていると考えられる.
予想と異なり,「移住後の良い点:余暇が充実した」が負の値で有意になったことから,余暇の充実が定住化の促進につながってはいないことがわかった.また,「よそ者感」は正で有意となりオッズ比も大きいことから,負の要因としての疎外感ではないといえる.「どのような場面でよそ者と感じたか」という質問でも,「地域活動・行事に参加するとき」という回答が最も多く(17件),よそ者感が,地域のコミュニティに統合化されていく重要なプロセスを示す正の指標となっていると解釈できる.この点は,中西(2008b)によっても指摘されており,その点で整合的な結果といえる.
仕事にやりがいを感じていることや,生活面の意識以外の指標である②経済面の安定性,③来島前の人的ネットワークを有すことが定住志向を高めていることについては,予想通りの結果が得られた.④の属性では,男性よりも女性の方が,単身世帯よりも世帯人数が複数の方が,定住志向が高いといえる.女性は結婚をきっかけに島に移住した場合が多く,世帯人数が多いほど地域への定着性が高いと考えられる.移住時期については,クロス集計と同じく在住年数が長いほど定住志向は高いことが確認された.
次に,ランク順序ロジットモデルでは,順序ロジットモデルで用いた移住時期以外の説明変数が全て有意となり,移住時期を考慮しても定住志向の要因として生活面の意識が関与することが検証された.
本分析結果から,定住志向は移住後の生活面の意識の要因が大きく影響しており,移住時期を考慮しても同様のことがいえるということが判明した.特に,気軽に相談できる近隣関係や子育て環境の部分で定住志向が高められることから,これらを重点にPRすることが効果的である.また,引き続き自然環境の維持や地域行事の運営を行っていくことが重要である.近年の移住者は仕事による移住や単身者が多いことから,より地域特有の密な人間関係に入りにくいと考えられる.多くの移住者が感じる「よそ者感」を疎外感やなじめないという方向に向かわせないためにも,地域住民や移住者同士で意見を交わせる場の設定などが必要ではないだろうか.調査地が離島であるため他の過疎地域と移住条件が異なる場合があるが,生活面の意識においては他地域でも共通点があると考えられ,上記の知見は定住化促進に貢献できる要因と考えられる.本研究では移住者を対象にした一方向のアプローチであったため,地域住民の意識と照らし合わせる双方向の分析は今後の課題としたい.また,本稿では高齢者の移住については対象としていなかったので,この点も本稿の限界として,今後の課題としたい.
現地調査にご協力頂いた方々,京都府の中西宏彰氏,京都大学秋津元輝氏,坂本清彦氏から文献・資料の提供を頂いたことに感謝いたします.また,科学研究費補助金No. 24658191,No. 26283017,No. 25450342,およびNo. 16K14996を受けた.