農林業問題研究
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個別報告論文
特産品開発における地域固有性の獲得プロセス
國吉 賢吾中塚 雅也
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2016 年 52 巻 3 号 p. 111-117

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1. 背景と目的

近年,農村地域の過疎化や住民の高齢化による担い手の減少により,地域の産業が衰退し,雇用や所得の減少がみられる.対策として,農村の豊かな地域資源を最大限活用した新たな価値創出の促進が進められている.

特産品開発は,一村一品運動をはじめとして,さまざまな形で展開されてきた.近年では,地域ブランド化や地域マーケティングとして,理論的及び実践的な展開もみられる.各地域が「その地域ならでは」の商品開発に注力しており,自然,歴史,文化などの「地域固有」のものを取り上げ,他地域との商品差別化を図ろうとする動きも活発であり,固有資源の機能性や成分的特性等を明らかにする研究が行われている(佐藤他,2012).

一方,それぞれの地域は固有の自然,歴史,文化をもつと一般に言われているが,厳密な意味で特定の地域にしかない資源をもつ地域は稀である.実際,他の地域にも存在する資源を活用しつつ,資源が地域固有性を有しているとみられる例も多い.鬼頭(2008)は,伝統的京野菜という特産品開発の過程においては,種別的品質が製品属性だけでなく伝統や生産・流通における関係性により評価されると指摘している.つまり特産品開発に関する場合,ここでいう「地域固有性」は,他地域と差別化しやすい複数の資源により形成されていくと考えられる.

しかしながら,これまで特産品開発において地域固有性が複数の資源によって形成されるプロセスにアプローチした研究はほとんどない.その開発プロセスを明らかにすることは,地域経済の発展に資する多様な商品開発を促す一助になると考える.そこで本研究では,どのように地域固有の特産品として形作られていくかについて,その取り上げられた資源と地域のステークホルダー等の関係性に注目して分析し,そのプロセスを明らかにすることを目的とした.

2. 研究方法

本研究では,特産品開発を行っていることが前提であり,「地域固有性の獲得プロセス」を研究の目的としていることから,地域資源を活用していること,及び獲得段階として活動初期にあることが分析事例の選定条件となる.また先行研究より,「地域固有性」には,特定の地域にしかない「地域固有性」と,様々な関係を明らかにする,あるいは創り出すことで誕生する「地域固有性」のように,同じ「地域固有性」と呼ばれていても,異なるタイプのあることが示唆されていることから,これらの異なるタイプがそれぞれ「特産品の地域固有性」を獲得するまでのプロセスを明らかにすることを第一の研究目的とし,異なる両タイプを比較することで,特産品開発における地域固有性を獲得するまでのプロセスの特徴を明らかにすることを第二の研究目的とする.

したがって,これらの条件を満たす取組事例として,様々な関係性と共に誕生する地域固有性を特産品開発に生かしている奈良県大和郡山市の「なら橘プロジェクト」を研究対象とする.橘は日本固有の柑橘類であるが,国内では静岡県以西に分布していることが確認されている.従って,特定の地域にしかない地域固有のものではない.一方,比較事例として,滋賀県東近江市の奥永源寺地域の「政所茶レン茶゛ー」を取り上げる.奥永源寺地域は,人口453人の小規模な中山間地域であるが,臨済宗奥永源寺派の本山永源寺の奥地にあり,歴史的資源が多数あり,特に政所茶と木地師の里として有名な地域である.政所茶は「宇治は茶処,茶は政所」と茶摘み歌にも歌われるほどである.本取組における政所茶には在来種が活用されており,奥永源寺地域にのみ存在するとされている.つまり,本事例では,特定の地域にしかない地域固有性を活かした特産品開発が行なわれている.

研究方法は,各取組の主要メンバーへの聞き取り調査および資料収集により,取組過程,各プロジェクトとステークホルダーとの関わりを明らかにした.調査期間は2015年6月~10月である.

3. なら橘プロジェクトの発展経緯(事例1)

発展経緯における主な出来事を表1,形成された主体関係を図1に示す.奈良県大和郡山市で創業400年余りの歴史を持つ老舗菓子屋を営むK氏が菓子をテーマとした講演を行っていた際,菓子の祖と言われる橘を取り上げていた.K氏は,奈良時代の書物「古事記」に記されている田道間守と橘に関する伝説を把握していた.2010年,地元の大和郡山市商工会で,広域で地域の土産品をつくる取り組みが行われた.K氏は,古事記の橘に関する記述を紹介し,橘を題材にした菓子の製作を提案した.一方,J氏は地域の金融機関退職後,大和郡山市商工会において審議委員を務めており,K氏を通じて橘を知る.また,J氏は,2008年に大和郡山市で実施されていた耕作放棄地を活用し,菜種を生産する菜の花プロジェクトに参加していたが,菜種価格の低迷により菜種による特産品開発は困難であるという認識があった.こうした中,J氏は古事記に記された橘の伝説の存在と橘を活用した特産品開発に可能性を感じ,K氏と共に活動を開始する.

表1. なら橘プロジェクト発展経緯の主な出来事
2010年 大和郡山市商工会にて地域特産品開発チームが発足
2012年 なら橘プロジェクト推進協議会設立
2013年 補助金「なら農商工連携ファンド」に採択
2014年 K氏により橘の和菓子4種類が完成
橘街道プロジェクトが地域活性化モデルケースに選定

資料:聞き取り調査により筆者作成.

図1.

なら橘プロジェクトの主体関係

資料:聞き取り調査により筆者作成.

大和郡山市には,奈良県明日香にある橘寺と平城京(現在の奈良市)を結ぶ橘街道と呼ばれる道があり,地域の人々は街道名を認識していること,また奈良時代の書物「万葉集」にも橘を含む和歌の存在を把握する.一方ですでに橘がない当地では,特産品開発を開始するために,橘の果実を入手する必要があった.橘は全国的にも生産量が極めて少なく,市場にはほとんど流通していない.そのため,橘寺及び奈良県北葛城郡の廣瀬大社の橘から実を採取し,K氏によって菓子の試作品が作られた.J氏は橘を世間に広めてゆくプロジェクトの立ち上げを提案し,2012年に「なら橘プロジェクト推進協議会(代表J氏.以下,協議会とする)」を設立する.協議会は,K氏を含めて活動に共感する地域住民が中心となって構成された.この頃から協議会に参加したメンバーにより橘の調査が行われ,橘にはヤマトタチバナという通名があることが分かり,橘は大和橘と呼称されるようになる.2012年9月より隔月発行紙「橘だより」が発行され始め,様々な機関や専門家,関係者,文献等を通じて得られた情報を共有している.

協議会の始動時には,大和橘の果実も苗木すらない状態だったため,農園業を営むJ氏は,大和橘を自身で量産化してゆくことにした.J氏は,以前参加していた菜の花プロジェクトの経験から耕作放棄地を活用し,大和橘を植樹していく方向性を決める.2012年から,田道間守の墓があると言われている奈良市尼ヶ辻西町にある宝来山古墳付近,また橘街道沿いへの植樹が開始された.橘街道への植樹時には,大和郡山市職員や地元自治会を巻き込み,大和橘の植樹式が総勢約80名で実施された.2013年3月には,「橘樹の会」による茶会が宝来山古墳付近の植樹場所で行われ,田道間守の塚への献茶等も行われる.

協議会は,奈良県環境県民フォーラムの自然環境分科会に参加し,地域行政との関係づくりを開始する.大和橘の苗木の本格生産のため2013年,奈良県総合農業センターの指導で桜井市穴師のミカン園で台木に大和橘を接ぐ方法を指導員より学んだ.穴師は,奈良で最初にミカンの栽培が始められたとされる場所であり,ミカン園が多い.ミカン生産の衰退に伴って柑橘栽培の今後のあり方を探す地元のミカン農家と協議会とが共同で奈良県に依頼して,指導が実施された.またJ氏は,関西を中心とする異分野のコミュニティとして活動する関西ネットワークシステム(KNS)に参加し,関西圏に広くネットワークを築いていた.協議会として橘街道沿いに大和橘を植樹する橘街道プロジェクトを進めていたが,KNSと連携する形で関西圏という広域で新たな橘街道プロジェクトを同時に進めた.

2013年には,公益財団法人奈良県地域産業振興センターの「なら農商工連携ファンド」に「大和橘の栽培技術の確立とそれを活用した健康食品の開発及びブランド化」として採択された.この補助金を活用して,なら橘プロジェクトや橘街道等のロゴマークの商標登録や商品開発が進められた.2014年初め,桜井市穴師に近い天理市柳本町の歴史的風土特別保存地区内の県有地である耕作放棄地に大和橘の植樹を実施した.また2月には,薬膳研究家のO氏と協力し,大和橘を活用した薬膳料理への取り組みが開始される.同時期にK氏によって,大和橘を使った和菓子の試作品4種類が完成する.また県内の茶農家とも協力し,大和茶と大和橘をブレンドした「橘のお茶」も完成している.5月には,橘寺と橘街道プロジェクト推進会議が協力し,橘祭が開催された.この頃より,法華寺を初め,大安寺や薬園八幡神社等の奈良県内の社寺において大和橘の植樹活動が広がっていった.そして2014年5月,橘街道プロジェクトが内閣官房地域活性化統合事務局により地域活性化モデルケースに選定される.尚,選定された橘街道プロジェクトは,菓祖として祀られている田道間守にまつわる近畿各地の伝承を基に,神社仏閣と菓子文化をつなぎ合わせて世界的な観光ルート(橘街道)を形成することで各地域の活性化を図る取り組みである.近畿経済産業局がリードし,近畿圏内を中心に農商工業者が参画して各地の代表的な菓子や地域資源の活用を目指している.

橘オーナー制として,試験的にオーナー制度を運営してきたものを,「大和橘オーナーズクラブ」として2014年に会費や報酬等の制度を再設計し,一口年間4,500円で募集し,2015年7月時には地域内外者を含め,223名が参加している.植樹された大和橘は一本ずつオーナーズクラブの会員に割り当てられている.また小中学校には,大和橘を校章や校歌に取り入れられている例が少なくない.こうした大和橘に関係する小中学校にも出向き,植樹活動を行っている.2015年には,境内への植樹によって関わる社寺とO氏と共に連携し,社寺における薬膳料理のイベント等も開催している.こうした一連の活動による資源への働きかけと資源に付加された性質を表2に示す.

表2. なら橘プロジェクトにおける資源に対する働きかけと資源の性質の変化
活動内容 新たに加わる
主体
資源への
働きかけ
新たに加わる
資源の性質
開始前 古事記に記された不老長寿の薬効を持つ橘の伝説を把握. K氏 発見 歴史的な史実を
想起させる
2010 商工会の活動で橘の存在と伝説を把握. J氏 共有
万葉集に記された橘の和歌69首の把握. 調査 歴史的な史実を
想起させる
地域の廣瀬大社の橘の伝説と実在を把握. 社寺 調査 古い時代から
継承されてきた
橘寺と平城京を結ぶ橘街道を把握. 社寺 調査 地域の原風景として
想起させる
2012 なら橘プロジェクト推進協議会設立. 地域住民 共有
橘の通名ヤマトタチバナを把握. 調査 他の地域にはない
橘街道沿いへの植樹活動. 地域住民 現実化
古事記の伝説が関係する宝来山古墳周辺への植樹活動. 地域住民 現実化
奈良県環境県民フォーラム分科会に参加. 行政/他団体 共有
関西の異分野コミュニティ「KNS」に参加. 広域団体 共有
2014 観光地・柑橘類産地である山辺の道周辺への植樹活動. 地域内外住民 共有
薬膳料理研究家O氏との連携による薬膳料理の創出. O氏 現実化
県内の他の社寺への橘の植樹活動. 社寺 現実化
オーナー会員を募り,植樹した橘を会員に割り当てる. 地域内外住民 共有
橘の校章・校歌を持つ小中学校への植樹活動. 小中学校 調査/共有/現実化 地域の人々に
親しまれる

資料:聞き取り調査により筆者作成.

4. 政所茶レン茶゛ーの発展経緯(事例2)

奥永源寺地域は,寒暖差が激しく朝霧が発生しやすい気象条件が茶栽培に適し,古くから歴史ある茶として広く認識されている.しかし近年,担い手減少に伴う茶畑の山林化,耕作放棄地の増大により,表3にあるように茶の生産量は全盛期の約30分の1程度にまで大幅に減少し,耕作面積も同様の規模で減少しているとされている.

表3. 政所茶の生産量
製茶量
1880年 27,514 kg
1995年 2,049 kg
1997年 1,239 kg
2013年 1,019 kg

資料:JA提供資料により筆者作成.

発展経緯における主な出来事を表4,形成された主体関係を図2に示す.2012年8月,滋賀県立大学の学生を中心に地域再生をテーマとするフィールドワーク実習が奥永源寺地域で行われた.この授業の参加経験を通じて,参加した一部の学生が,授業終了後も茶畑の管理等を通じて地域と関わることを地域住民に提案した.この授業を通じた経験から,政所茶の茶樹は実生から栽培されたものが多く,それらは長年奥永源寺地域で受け継がれてきた在来種であること,集落内に刈敷用ススキの栽培が行われ,土壌被覆用に落葉等も活用されていることから,農薬や化学肥料を使用しないという伝統的な栽培方法の存在が把握されていた.この要因として,冬季は厳寒地となり積雪量の多い奥永源寺地域では,ヤブキタの様な改良品種では積雪重量に茶樹が耐えることができず,枝が折れてしまうことが多いことが挙げられる.過去大学に在籍し,当時授業のティーチングアシスタント(TA)として参加していたY氏らも巻き込み,2012年9月に奥永源寺地域において地域活性化を目指すグループ「政所茶レン茶゛ー」を立ち上げた.発足時のメンバーは学生8名,社会人2名,東近江市職員3名の計13名である.

表4. 政所茶レン茶゛ー発展経緯の主な出来事
2012年8月 滋賀県立大学の夏季集中講座を実施
2012年9月 政所茶レン茶゛―発足
2013年6月 政所茶レン茶゛―として茶販売開始
2014年10月 茶づくり塾開始
2014年11月 八日市南高校との連携開始
2015年4月 就労支援組織との連携開始
滋賀県立大学との連携により茶器デザイン
2015年 煎茶10種,番茶2種を商品化

資料:聞き取り調査により筆者作成.

図2.

政所茶レン茶゛ーの主体関係

資料:聞き取り調査により筆者作成.

地域内の茶農家S氏の協力で,茶畑550平方メートルを借り,手入れや加工など,一から地域住民を通じて学び,月に二,三度管理作業を実施し,2013年6月に初めて商品化し,販売を開始した.しかし,活動を継続していく中で資金不足に陥ったため,2013年度に滋賀県立大学の地域貢献を目的とする学生主体プロジェクトを支援する「近江楽座」に応募したところ,プログラムとして選定された.この頃より,月に一度活動内容を共有するため,地域内に全戸配布する情報誌「茶レン茶゛ーナル」の発行を行っている.

2014年4月,奥永源寺地域に2人の地域おこし協力隊が導入され,その内の一人に発足当時から活動に関わっていたY氏が採用される.その後は,Y氏が中心となって活動し,2014年10月には茶の栽培・管理・収穫を体験できる「無農薬・在来種の茶づくり塾」を年会費26,000円,定員10名で募集し,開始した.年間6回のスケジュールで除草や手摘み等の作業が東近江市君ケ畑町で実施される.Y氏は後に「政所茶レン茶゛ー」を脱退し,地域おこし協力隊として「政所茶レン茶゛ー」と地域とを仲介する役割を果たしている.

2014年冬には,政所茶のパンフレットを東近江市博物館グループと連携して作成した.この時,政所茶の歴史に関して以前から認識していた内容と共に,更に追加的に文献等を通じて調査し,地域内外者で共有する.2014年11月,県立八日市南高校の食品流通班が実施する八南カフェで販売する茶を栽培することを目的に,3年生の約10名と共に地域内の耕作放棄地を再生した.その後の2015年4月,東近江働き暮らし応援センターと連携し,茶畑での作業を通じた就労支援を開始した.同4月,滋賀県立大学の生活デザイン学科と連携し,政所茶に合う茶器のデザインを授業の課題として取り上げ,改めて地域特有の茶樹形を把握し,24名の学生が制作した.2015年6月,将来的にも政所茶が継続してゆくために地域内外をつなぐ役割として政所茶縁の会を発足させ,情報交換をしている.また,伝統的な地域内の社会関係から生産者毎に異なる品質の茶が生まれる環境が存在していることを地域住民との関わりの中から発見する.これらを商品に反映するため,地域内の生産者毎にパッケージを変え,消費者がその社会関係を消費という形を通して共有できる.こうした一連の活動による資源への働きかけと資源に付加された性質を表5に示す.表2及び表5の新たに加わる資源の性質は,調査対象者の資源に対する評価内容とその時期に関する調査より導出した.

表5. 政所茶レン茶゛ーの資源に対する働きかけと資源の性質の変化
活動内容 新たに加わる
主体
資源への
働きかけ
新たに加わる
資源の性質
開始前 政所茶が歴史ある茶であることを把握. 発見 古い時代から
継承されてきた
2012 茶樹の多くが在来種であることを把握. 地域住民
県立大学
地域行政
地域外住民
発見/共有 他の地域にはない
農薬や化学肥料を使用しない伝統的な栽培を把握. 発見/共有 古い時代から
継承されてきた
政所茶レン茶゛―の発足. 共有
地域内全戸配布の定期情報誌を発行. 地域住民 共有
2014 「無農薬・在来種の茶づくり塾」を開始. 地域外住民 共有
紹介パンフレット作成を通じて,政所茶の歴史を把握. 調査 古い時代から
継承されてきた
県立八日市南高校食品流通班と連携し,茶の生産開始. 高校 共有
2015 東近江働き暮らし応援センターと連携し,就労支援開始. 就労支援組織 共有
茶器デザインを契機に,地域特有の茶樹形を把握. 県立大学 共有/現実化 地域の原風景として
想起させる
地域の社会関係による生産者毎の品質差を把握. 共有/現実化 古い時代から
継承されてきた

資料:聞き取り調査により筆者作成.

5. 考察

二つの事例において取り上げられた地域資源が,活用される過程において獲得した性質を表6に一覧として示す.資源に付加された地域との関係を持つ性質を地域固有性とし,要素としてまとめた.「歴史的な史実を想起させる」性質と「古い時代から継承されてきた」性質は,共に地域の歴史と深い関係があることから歴史性としてまとめた.また「地域の原風景として想起させる」性質は郷土性,「他の地域にはない」性質を限定性,「地域の人々に親しまれる」性質を親近性とした.次に,両事例において獲得される地域固有性の要素とそれらに関係する主体を,時系列に列挙したものを図3に示す.両事例に共通するプロセスとして,3つのフェーズに分割できると考えられる.

表6. 獲得された地域固有性の要素(事例1,2)
地域との関係 新たに加わる資源の性質 地域固有性の要素
事例1 古事記に記された橘の伝説 歴史的な史実を想起させる 歴史性
万葉集に記された橘の和歌
地域の社寺における橘の伝説 古い時代から継承されてきた
事例2 伝統的な栽培方法
政所茶の歴史
地域の社会関係
地域特有の茶樹形 地域の原風景として想起させる 郷土性
事例1 橘寺と平城京を結ぶ橘街道
橘の通名ヤマトタチバナ 他の地域にはない 限定性
事例2 在来種
事例1 橘の校章・校歌 地域の人々に親しまれる 親近性

資料:聞き取り調査により筆者作成.

図3.

地域固有性の獲得プロセス

どちらの事例においても,資源活用を開始する以前から,資源が歴史性を有する点で共通している.事例1では,橘と地域の歴史性との関係性は発見されていたが,その状態から展開することはなかった.事例2においては,従来から政所茶が歴史性を持っていることが,広く認知され,その状態から展開している.このように二事例の起点様態は異なるものの,どちらも資源の活用は,歴史性を起点として開始されていることがわかった.このような状態を第1フェーズ「歴史への紐づけ」とまとめることができる.

第1フェーズにおいて保持する資源の歴史性の共有を通じて,中心主体は様々な主体と連携を開始する.資源を活用しようとする主体は,資源に対して主に調査という形で働きかけを行い,多くの資源と地域との関係性を多数発見することが特徴である.事例1においては調査を繰り返す度に,新たな性質を獲得し,ある段階で橘にヤマトタチバナという地域と関係があり,他の地域には存在しない通名を発見することができた.また事例2では中心主体が地域を調査した,比較的初期の段階で在来種の存在を把握することができた.第1フェーズで既に,歴史性を有していた資源が,更に限定性を獲得する段階を第2フェーズ「他との差別化」とみることができる.その後,獲得した地域固有性は資源への働きかけ,つまり特産品開発やオリジナリティのある活動を通じて,さらに多様な固有性を獲得することができる.こうして,より多様な固有性を獲得する段階を第3フェーズ「性質の多様化」とすることができる.また関係主体については,資源に対して働きかけること,及びフェーズを重ねる段階で多様な主体を獲得してゆくことが明らかとなった.結果として,上記のフェーズ全体を通じて,取り上げられた資源が地域固有性を帯びてゆくことが示唆された.

事例1のように他地域にも存在する資源を活用する事例では,発見された地域との関係性を地域内で具現化させること,事例2のように他にはない資源を活用する事例では,どのフェーズでも歴史性を中心に行動することが必要であるとも示唆された.

しかし,本稿のような質的研究では分析対象が恣意的選択となる可能性がある.両事例においても当初から歴史性が把握されていたことから,歴史性を有する事例としてみることもできるため,今後より多くのタイプを分析することが課題である.

引用文献
 
© 2016 地域農林経済学会
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