農林業問題研究
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個別報告論文
日系ビールメーカーの中国国内販売戦略に関する事例分析
―中国特有の商慣習問題への対応を中心に―
金子 あき子大島 一二
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2016 年 52 巻 3 号 p. 172-177

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1. 課題の設定

2000年代後半以降,中国では頻発する食品安全問題を背景に,安全・安心・高品質な日本食品が中国消費者に人気を博してきた.多くの日系食品企業は,少子高齢化等により日本国内の市場拡大が期待できないなか,「日本に由来する安全・安心・高品質な食品」の生産・販売を全面に掲げ,中国を舞台に市場開拓を推進している.

しかしながら,日系企業は「安全,安心」を標榜するだけで,中国市場において成功を得られるのであろうか.例えば,石塚(2015)は,日系食品企業の中国戦略として中国系企業への販路開拓の必要性が高まっているが,中国特有の商慣習問題への適応という課題の克服が必要であると指摘している.

この中国特有の商慣習問題の実態とはいかなるものであるのか.具体的には,取引先が代金支払いを遅延させる「代金回収問題」,商品の新規納入時に小売店側へ支払う「入店料」,「販売促進費」などが挙げられている(佐藤・大島,2015).また,間山(2014)は,中国特有の商慣習を研究するなかで,販売先の小売店の入店料等の経費負担により食品企業は利益の出にくい構造になっていると指摘しているものの,その経費負担の実態と対応策は十分に明らかになっていない.このほか,筆者グループが2014年に行った食品メーカーN社の調査の際にもこの問題が明確になった.N社でのヒアリングによれば,N社は中国特有の商慣習により,取引先との商取引で発生する経費負担が拡大し,経営を圧迫したため,販路の転換を余儀なくされたという.

このように,日系食品企業と取引先との商取引で発生する中国特有の商慣習の存在は,日系食品企業の市場販売の際に徐々に大きな問題となっており,これへの適切な対応が必要であろう.

筆者グループは,これまで中国特有の商慣習を研究するなかで,中国国内販売を推進する企業のなかでもメーカー向けに食品素材の販売を行う日系食用油脂企業FC社を事例に,その取組みについて述べた.そこでは,FC社はメーカー向け販売取引で発生する代金回収問題への対応について,台湾系企業との協力により解決していることが明らになった(金子・大島,2015).

そこで本論文では,中国において小売店向けの販売を行う日系食品企業に注目する.ここでは,中国特有の商慣習のなかでも特に多額の経費負担が課題となっている小売店の入店料制度1等の実態と企業の対応を明らかにする.

具体的には,日系ビールメーカーA社を事例として取り上げる.A社は1999年設立以降,入店料制度等によるコスト問題に直面した.そのため,小売店への販売から一時撤退したものの,対応策の構築により現在は小売店への販売を活発化させている.

ここでは,A社が直面した中国特有の商慣習問題の実態と対応を明らかにする.そして,A社の事例をもとに中国特有の商慣習問題への対応と,中国における販路獲得のための戦略を分析する2

2. A社の概要と中国ビール市場の動向

(1) A社の概要

A社の日本の親会社(以下,A社グループとする)は,酒類を中心とした事業を展開するグループ企業である.周知のように,日本国内におけるビール市場規模は縮小傾向にあるため,A社グループは海外事業を強化しつつある3

A社グループは,中国の関連ビール企業の生産技術・品質の向上と,A社ブランドビールの製造・販売を拡大する目的で,1994年以降,日系商社と共同で北京市,山東省煙台市のローカルビール企業(以下,Bビール社,Yビール社)への経営参加を図り,Yビール社でA社ブランドビールの製造を開始した.さらに,1997年には日系商社,中国系大手ビール企業C社との合弁で広東省にDビール社を設立し,A社ブランドビールの販売を開始した.1990年代末までにA社グループの生産拠点網の基盤が形成されたが,流通・販売面では整備が遅れていた(李,2006).

そのため,販売強化を図る目的で,A社グループは1999年に上海市に販売会社であるA社を設立した.2007年以降,中国大手ビール企業によるローカルブランドの買収が進んだ影響により,A社はC社との合弁を進め,さらに2009年に,A社グループはC社の一部株式を取得し,C社と戦略的パートナーシップを締結した4西野,2011).

(2) 中国のビール市場の動向

中国におけるビール生産は,改革開放以降,飛躍的な成長を遂げ,2003年にはアメリカを抜いて世界一のビール生産国となった.1980年代,中国におけるビール生産企業数は,800社を超えていたが,その後,C社をはじめとする現地資本の大手メーカー3社による中小メーカーのM&Aが相次ぎ,急速に集約化されつつある(高橋,2007).

中国のビール市場は価格による多層構造が形成されており,高価格帯(プレミアム),中価格帯(スタンダード),低価格帯(エコノミー)と3つの価格帯が存在する.A社によると2013年,低価格帯ビールは市場全体の約81%,中価格帯は約14%,高価格帯は約5%であった.大手ビールメーカー3社は主に低価格帯に属すのに対して,外資系企業のビールは中価格帯,高価格帯の商品を販売するのが一般的である.

(3) 中国消費者の嗜好変化とA社商品

中国系ビールの麦汁濃度は平均約8度であり,欧米系・日系ビール(約11~12度)に比べ低い.一般に,麦汁濃度が低いほど常温で飲みやすく,逆に高いほど冷やして飲むと美味しく感じるといわれている.中国では,以前からビールを冷蔵して飲む習慣が根付いておらず,常温でも飲みやすい麦汁濃度の低い低価格帯の中国系ビールが好まれてきた.こうしたなかで,A社ビールの麦汁濃度は約11度と高く,販売当初は,飲み慣れている中国系ビールに比べ美味しく感じないという消費者の判断から,これまで十分な販売拡大ができなかった経緯がある.

しかしながら,近年,生活習慣の洋風化と,冷蔵庫の普及により,中国の消費者が徐々に冷えたビールを選好するようになり,麦汁濃度が高いA社ビールやドイツビール等が受け入れられつつある.このように,中国の経済発展に伴う所得増,冷蔵庫の普及および食生活の多様化により,中国消費者の嗜好が変化しつつあり,その結果,中国ビール市場は,これまでの低価格帯の中国系ビール中心から,欧米系・日系等の高価格帯ビールの消費も増大するという消費構造の多様化が進展している5

3. A社の中国国内販売の展開と課題

(1) 消費者向け販売でA社が直面した課題

A社は2000年代初頭からA社ブランド商品の販売を開始した.当初,販売先は主にスーパーマーケットチェーン(以下,スーパーとする)・コンビニエンスストアチェーン(以下,コンビニとする)等の小売店への消費者向け販売と日本料理店等への外食産業向け業務用販売であり,その販売金額比率は,消費者向け販売が約45%,外食産業向けが約55%であった.

しかしながら,前者の消費者向け販売は,中国系・外資系スーパーにおける入店料,協賛金,販促員の設置等の様々な中国特有の商慣習問題に直面し,販路を拡大するほど赤字になるという事態が発生した.中国系・外資系スーパー・コンビニにおいて,入店料,バーコード登録料は商品納入時に発生する初回経費であり,催事の協賛金や販促員の設置は商品の販売継続の際に発生するコストである(表1).これらの経費負担から以下の問題が発生した.

表1. 中国系・外資系スーパー・コンビニ販売の主要経費
入店料 チェーン展開する中国系・外資系のスーパー・コンビニの店舗に商品を納入する場合,入店料を支払う必要がある.入店料は様々な形態があるが,1SKUにつきいくら,全店こみでいくら,店舗数×入店料などのパターン1)が挙げられる.メーカーは規格やフレーバー変更の都度,入店料を支払わなければならない.
バーコード登録料 商品の納入段階で1SKUごとに各店舗に支払う経費である.バーコード登録料は,中国系・外資系スーパー・コンビニの他に,日系スーパー・コンビニでも求められる.入店料と同様,商品の規格変更の都度,支払わなければならない.
協賛金 春節等の催事の際に,小売店側から請求される経費である.催事セール期間中に小売店側は特別な催事売場を設置するが,その売場費用をメーカー側に請求する.
販促員の設置 商品PRのために,中国系・外資系スーパーでは,メーカー側の費用負担での販促員の雇用を常態化しており,店舗によって販促員の設置を義務づける場合もある.

資料:A社のヒアリング結果から筆者作成.

1)入店料はスーパーよりコンビニが安い.コンビニは店舗数が多く数千店舗に至るため結果的に高額になる.A社の場合,中国系コンビニ1店舗約50元×店舗数,スーパー1SKU1000元,また1店舗150元×店舗数等,条件が大きく異なる.

①基準販売量制による経費負担の増大

中国系・外資系スーパー・コンビニにおいて,A社は入店料およびバーコード登録費をいったん支払っているにもかかわらず,A社ビールの販売数量が小売店側の設置した一定基準数量に達しないため,販売棚から除外され,返品されてしまう事態がしばしば発生した.当該小売店に再度納品を希望する場合は,入店料・バーコード登録料を改めて支払わなければならず,経費負担が増大した.

②販促員にかかわる経費の増大

メーカー商品のPRのために,中国系・外資系スーパーでは,メーカー側費用負担での販促員の雇用が常態化している.店舗によっては,商品の納入の際に販促員の設置を義務づけている場合もあり,多額の経費負担をメーカー側に要求する場合があるという.

③小売店との力関係による入店料の増大

入店料は,中国系・外資系スーパーの各小売店とメーカーとの交渉により金額が決定される.生活必需品や,ブランドが確立している商品は入店料の条件が低額な場合があるが,逆に,中国市場での認知度が低く,販売数量の急増が見込めない商品の場合,もしくはメーカー側の営業交渉力が弱い場合,小売店側が入店料を他メーカーよりも高く設定することがある.A社についても不利な条件で契約せざるを得ないケースが多発した.

これらの要因で経費負担が増大し,消費者向け販売において赤字となる事態が発生したのである.

(2) 外食産業向け業務用ビールの販売

A社は,2000年代初頭から,外食産業の中でも主に日本料理店を対象とした業務用ビールの販売を推進してきた.その後,日本料理店での収益は消費者向け販売の赤字を補填してきたこともあり,A社は2010年に消費者向け販売から一時撤退し,本格的に外食産業向け業務用ビールの販売を拡大する戦略を開始した.この時期には主要都市の日本料理店にA社ブランド商品はほぼ普及していたため,A社は,他の韓国・中国料理店6等への販売を強化した.

さらに,2011年頃から,経済発展を背景に,バー等の飲酒業態の飲食店が急増したため,A社は積極的に多様な外食業態への販路拡大を開始した.この多業種に向けた営業活動により,2015年,業務用販売における日本料理店の比率は約55%,その他の中国・韓国料理店,バー等が約45%を占めるに至った.

(3) 消費者向けビール販売の再開

A社は一時撤退した小売店への消費者向け販売に再度取り組むため,2013年に小売店への販売と対策等を専門に行う広域販売部を新たに設置し,小売店への販売を再開した.

現在,A社の中国国内販売チャネルは,①外食向け業務用ビール(日本料理店等),②消費者向けビール(スーパー・コンビニ等)の二種であり,①が売上全体の約65%を占め,②が約35%である7

後者②の消費者向け販売において,A社は中国特有の商慣習問題を避けるために,日系スーパー・コンビニを中心に販売を推進している.この日系スーパー・コンビニの販売比率は後者②の販売金額の約7割を占め,外資系・中国系スーパー・コンビニは約2割,残りの約1割がインターネット販売である.

(4) インターネット販売

中国市場における近年の注目点として,インターネット通販の急速な発展があげられよう.2014年の中国全土のネット通販の売上成長率は約150%であった8.現在,大手ネット通販業者が3社あり,この3社で中国全体の売上比率の約8割を占める.A社は2013年からネット通販業者が運営するサイトに掲載する形態で販売を開始したが,売上は毎年約250%の伸び率であるという.中国の各通販サイトには最初に技術支援料9を支払う.また,通販サイトの販売手数料は約5%である.インターネット販売における口コミやSNSなどの普及により,A社商品は徐々に一般市民の間に定着してきたという.現在,A社は大手ネット通販業者3社を含む計6社に商品を掲載し,今後も更に他の通販サイトでの販売を展開する予定である.

インターネット販売の課題は以下の通りである.大手ネット通販業者は配送センターを保有している.しかし,物流センターを持たない中小ネット配信業者も数多くあり,A社は流通業者に委託または自社配送する必要がある.また,商品のクレームは直接A社に届く場合が多く,これへの対応も迫られる.A社は今後,売上が好調なネット販売を拡大するために,物流システムの改善と,クレーム処理を担当する代理店を設立する予定である.

4. A社の中国国内販売戦略

(1) 小売店販売対策部署の設置

A社は2013年に小売店販売対策専門の部署を設置した.ここでは,主に中国系・外資系スーパー・コンビニに対して営業活動を進めるだけではなく,中国系・外資系スーパー・コンビニで発生する入店料等の導入費や継続後に発生する諸経費を試算すると同時に,A社の予想売上金額を算出している.A社は,その採算性を中国系・外資系スーパー・コンビニとの契約時の重要な基準としている.つまり,中国系・外資系スーパー・コンビニ別の採算性を独自に分析する専門部署を設立することで優良顧客を選定している.

(2) 日系スーパー・コンビニにおける試飲販売活動による認知度の向上

現在A社は日系スーパー・コンビニにおける販売を主軸にしている.これは,日系スーパー・コンビニは入店料や協賛金等の支払いがなく,販売促進費も少額で過度な請求がないためである.また,A社にとって,特に日系スーパー・コンビニは宣伝効果が高いというメリットがあることも見逃せない.

A社によると日系コンビニは都心における店舗数が多く,集客力が高いため商品の高い宣伝効果が期待できる.また,日系コンビニは高品質・高付加価値のものを陳列する傾向にあり,商品単価も高く設定されているため,高価格帯のA社商品の販売も好調であるという.

また,A社は日系スーパーでのビールの試飲に注力している.特に,生ビール什器を売場に設置しての試飲は消費者に好評であり宣伝効果が高いという.A社が日系スーパーで試飲活動を実施するのは,消費者に商品のアピールをするだけではなく,日系スーパー店舗周辺の中国系・外資系スーパーに対するA社商品のアピールにもつながるためである.中国系・外資系スーパーにとってA社ビールの認知度は低い.そのため,日系スーパーにおいて積極的に試飲等のプロモーション活動をすることで,周辺の中国系・外資系スーパーにA社商品を認知させることがねらいである.実際に,A社に対し,中国系・外資系スーパー側から店舗での試飲実施の打診が増加しているとのことであった.このように,A社は日系スーパーを起点に,周辺の地元スーパーへの販路拡大を企図しているのである.

現在,日系スーパーは内陸地域を中心に店舗を拡大する傾向にあり,A社も消費者向けビール販売を内陸地域で強化する方針である10.今後は,日系を含めた中国系・外資系スーパーへの新規参入を拡大し,小売店販売の比率を約35%から約45%に引き上げる計画であるという.

(3) 問屋を利用した流通経路

代金回収リスクが高いことも中国特有の商慣習問題の一つである.これについてA社は,代金回収のリスクの高まりを回避するために,問屋を経由した小売店および外食産業への販売を常態化させている.また,小売店・外食店側にとっても様々な商品を一括して発注,納品できる問屋経由が好まれているという.一般に問屋の手数料は約15~20%と高額であるが,販路拡大による回収リスクの拡大を踏まえるとやむを得ない判断であるという.この例外として,一部の日系スーパーについては直売を実施している.

また,多くの食品企業が返品を受け付ける中で,A社は直売取引店舗以外の小売店と問屋からの返品を受け付けていない.A社商品が売れ残った場合,問屋や小売店が廃棄責任を負うことを原則としている.これは,現在の小売店の多くが,発注の精度が低く(現実の販売量に比して過大な発注を行うことが常態化),返品を可能にした場合,返品率が約20~30%に達すると予想されるためであるという.

(4) 生ビール販売による外食企業でのシェア拡大

業務用ビールにおいて,A社は設立当初から生ビールの販売に注力してきた.これは,生ビールが外食店舗のビール販売を独占できるメリットがあるためである.例えば,通常,外食店舗においては2~3社の瓶ビールを併置するが,生ビールはスペースの関係から基本的に1メーカーのみを置く.このように外食店舗との生ビールの契約は,販売の独占を可能とするため,A社は生ビールの営業販売を積極的に行ってきたのである.

しかしながら販売当初は,中国での生ビールの安全性への不信で販売に苦戦し,ごく一部の日本料理店のみの販売に限られていた.そのため,A社は外食店舗へ生ビールの営業だけでなく,生ビールの注ぎ方の指導および生ビール什器のメンテナンス,洗浄の技術指導のために定期的な営業員の店舗巡回に注力してきた.

このような努力から,2011年頃から,中国人消費者のA社の生ビールに対する安全性の認識が育つと同時に,バーなどの業態が増加し,生ビールが中国人消費者に受け入れはじめてきた.また外食店舗も生ビールの人気と,瓶ビールより生ビールの利益率および販売数量が高いという観点から導入に積極的になり,中国料理店等の多様な業態におけるA社生ビールの取扱い数も増加している.A社設立当初,生ビールの売上はほとんどなかったが,現在,外食向け業務用ビール売上のうち生ビールは約4割を占め,売上全体の約2割に達している.A社は中国に進出する他のビール企業よりも早期に業務用販売に参入したため,中国国内における日系ビール企業の生ビールのシェアは約8割にのぼる.

5. まとめ

前述したように,A社は当初,中国特有の商慣習問題によるコスト増大により,消費者向け販売から一時撤退し,外食産業への販売強化,販売先小売店の厳選などの販売戦略変更を余儀なくされた.しかし,その後,再度販売体制を整え,現在では徐々に小売店への販売を強化している.

中国特有の商慣習問題への具体的な対応として,特にA社は商慣習に関する問題が少ない業界での販売に注力しており,主に以下の点が挙げられる.

①業務用製品の販路開拓

A社は外食産業への業務用ビールの販売を重要なチャネルと位置づけ,さらに生ビールの販売拡大によって,業務用販売を強化し,シェア拡大を進めている.中国市場では生ビールの普及が遅れていたが,A社は収益性が高く,市場を独占しやすい生ビール販売を重視し,これを営業員の店舗巡回と指導により達成しつつある.

②日系小売店への販売

日系スーパー・コンビニは入店料や販促員の設置等の中国特有の商慣習は少なく,中国国内において店舗が拡大傾向にある.A社はまず日系小売店への販売を強化し,物流網を整備しつつ周辺の中国系・外資系小売店を新規開拓する方針をとっている.

さらに,中国特有の商慣習に関わる問題が多い業界への販売については,以下のような取り組みを行っている.

①取引先の選別

A社は消費者向け販売専門の部署を設置し,個別の中国系・外資系スーパー・コンビニの厳密な採算性の試算を進めている.この小売店の選別により,中国特有の商慣習問題に対応している.

②認知度の向上

日系スーパー・コンビニにおける販売と試飲等のプロモーション活動の活発化,さらにネット通販の強化により,消費者および小売店からみたA社認知度の向上に努力している.この認知度の向上は中国系・外資系スーパーとの交渉力アップに帰結しつつある.

このように,A社は中国特有の商慣習問題への対応について,業務用販売や日系小売店といった商慣習の問題が少ない業界への販売強化に加え,中国特有の商慣習の問題が多い業界においては採算性を試算する営業部署設立による取引先の選定や,企業認知度の向上等に取り組んでいることが明らかになった.今後の課題としては,小売店販売を活発に行う他業種の日系食品企業及び販売が好調な外資系ビールメーカーにも注目し,中国特有の商慣習問題への対応や販路拡大等を多角的に分析する必要があると考えられる.

謝辞

国立民族学博物館の特別共同利用研究員として研究会等に参加し,この研究の有益な知見を得た.

1  外資系スーパーが中国に持ち込み定着したとされている.

2  戦略構築にはマーケティングミックスが重要であるが,本稿では特に中国特有の商慣習問題の対応戦略を中心に言及する.

3  海外のA社ビールの販売量は2014年約752万ケースであり中国は約105万ケース(全体の約14%).

4  Bビール社(A社持分比率90%)はローカルブランドとA社ビールの生産・販売,Yビール社(A社持分比率40%)はローカルブランドとC社ビールの生産・販売,Dビール社(A社持分比率29%)はA社・C社ビールの生産・販売を行う.

5  2011年頃よりバー等の新しい飲食形態が上海等で展開.14年中国ビール生産量は前年比0.96%減少だが中・高価格帯ビール伸び率は約120%と高く,趨勢的には発展が見込まれる.

6  一部の中国料理店は入店料がある場合があり,A社は採算性がとれるかの見定めを行い契約している.

7  中国の業態別販売数量構成比は,2014年時点で業務用が51%,市販用が49%であった(A社配布資料より).

8  流通過程での商品破損が絶えなかったが,近年,消費者のネット上での口コミ等により運送業者のサービス等が改善された.

9  通販サイトが定めた売上に到達できない場合,没収される.

10  現在,A社の営業事務所は北京,大連,上海,深セン,成都の5ヵ所.営業員数は業務用が約40名,市販用が15名.

引用文献
  • 石塚哉史(2015)「日系食品企業における中国国内での製品・販売戦略の展開―Y有限公司およびX有限公司による1次原料加工品の事例を中心に―」大島一二編『日系食品産業における中国内販戦略の転換』筑波書房,72–82.
  •  金子 あき子・ 大島 一二(2015)「食用油脂企業の中国国内販売戦略―江蘇省FC社の事例―」『農林業問題研究』51(2),140–145.
  • 佐藤敦信・大島一二(2015)「中国の日系食品加工企業における対日輸出から中国内販へのシフト―山東省NI社の事例―」大島一二編『日系食品産業における中国内販戦略の転換』筑波書房,83–97.
  •  高橋 宏幸(2007)「中国ビール産業の成長と産業政策」『現代中国研究』21,74–91.
  •  西野 昌男(2011)「アサヒビールの中国ビール事業の取り組みについて―中国への進出から現在までの取り組みについて紹介―」『AIBSジャーナル』5,59–60.
  •  間山 憲一(2014)「食品市場開拓は長い目で」『ジェトロセンサー』64(762),66–67.
  •  李  瑞雪(2006)「アサヒビール社の中国市場におけるロジスティックス機能整備―「現地化」の取り組みに着目して―」『富山大学紀要』51(3),373–405.
 
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