2016 年 52 巻 3 号 p. 196-198
はじめに,書評という形で拙著について取り上げて下さった内平隆之氏に心より感謝申し上げたい.書評のなかで内平氏は,前半部分で拙著の内容について整理し,後半部分で,拙著に関する批評や発展課題の提示を行っている.特に前半部分では,拙著の要点を的確かつ簡潔に整理していただくとともに,筆者のあとがきの内容までも踏まえる形で評価していただいた.本稿では,本誌における書評リプライという機会を借りて,特に後半部分に記載されている拙著の限界点に関する批評や発展課題について,拙著を構成する一連の研究が実施された時期から3年ほどが経過した現在,筆者の考えをその後の状況等も踏まえて述べさせていただきたい.
最初に一つ断わっておきたいのが,内平氏により提示された批評や発展課題は,拙著執筆時点で筆者も強く認識しており,拙著のなかで既に限界点として述べられている内容も多い点である.ゆえに,内平氏による批評内容に対して強く反論すべきことはなく,この点を前提として,リプライを行いたい.
後半部分における内平氏の批評は大きく3点挙げられており,以降で順に検討する.
まず1点目は,「Facebookの普及率は1~2割に留まっている」とする普及上の課題である.拙著を構成する研究論文6報のうち5報は,総務省の助成を受けて2011年~2013年にかけて実施されたプロジェクト(通称SCOPEプロジェクト)によるものである.同プロジェクト開始当時(2011年)では,MixiやMySpaceの普及によりSNSそのものは若年層を中心に認知されつつあったが,本プロジェクトで採用したFacebookについては,国外では世界最大のSNSとして広く普及が進んでいたものの,国内ではほとんど普及していない状況であった.Facebookは実名や顔写真を公開して利用することが推奨されており,当時は,実名利用に対する抵抗感やプライバシー意識の強い我が国の風習には合わないとされていた.しかし筆者のビジョンでは,SNSを導入する際に,SNS上に留まらずにリアルな地域コミュニティの再構築にまで結び付けることを念頭に置いており,インターネット上での交流とリアルなコミュニティを相互に連動させることが必須であると考えた.そのためには,実名制やそれによって得られる信頼性こそが重要だと考え,Facebookを採用した.これは賭けでもあったが,その後我が国でもFacebookは急速に普及し,アクティブユーザー数は2,400万人(2014年11月時点)に達しており,企業や地域等でもFacebookを導入することがごく一般的となる状況に至っている.普及上の課題については,このような社会状況の変化により,現在は好転していると考えられる.例として,プロジェクト終了後に対象地域の状況を継続的に観察していると,SCOPEプロジェクトでFacebook利用を開始したユーザーの多くは今でも利用を継続しており,さらに利用者は特に高齢な層を除いて年々増加している.また,対象地域のFacebookページも継続的に活用されており,多い地域では1300以上ものファンがついている.農山村地域においては,高齢者への普及は依然として課題ではあるものの,世代交代とともに,近い将来,SNSのようなインターネットメディアは,農山村地域でもコミュニケーション手段の一つとしてごく一般的に使われるようになることが見込まれる.
このように,プロジェクト開始当初は大きかった普及上の課題は徐々に改善されつつあるなかで,次に大きな課題となるのは,SNSやスマートフォンのような情報機器が普及していくだけでは,農山村地域の課題を本質的に解決するには至らない点である.これは内平氏の批評の2点目に関連し,「SNSの活用が実際の地域コミュニティの機能を強化するアクションに結び付いたかどうかを検証するまで,踏み込んだ研究にはいたっていない」として,特に強く指摘されている点である.この点について,見解を述べたい.
SNS活用が地域課題の解決に結びついていくためには,リアルとヴァーチャルでの交流が相互に連動しながら地域コミュニティが活性化,さらには再構築されていくようなしくみが開発される必要がある.拙著では,ワークショップでの実践導入を試みた内容を除いて,あくまでSNSの普及やSNS上での交流活性化を検証するに留まっている点は内平氏の指摘のとおりである.ただし,間接的ながらリアルなコミュニティへの反映を意識した分析は行われており,それはインターネットやSNS活用と地域意識との関連性を分析した2つの章で述べられている.すなわち,SNSが普及したと仮定して,地域意識の低い住民が個々に個人的な目的で地域外の友人・知人との交流や情報収集にSNSを利用するようになった場合,地域コミュニティに対する意識がさらに薄まってしまう懸念もあるという点である.この点は,今後,農山村地域においてもSNSの普及が見込まれるなか,より注意深くみていく必要がある.
インターネットが地域コミュニティや地域のソーシャル・キャピタルに対してポジティブな影響を与えるのか,ネガティブな影響を与えるのかという議論は,大きな社会変化が既存社会にどう影響するかといったCommunity Questionと呼ばれる古典的なテーマを情報化社会において捉えなおしたInternet Question(Hampton and Wellman, 2003)として,国外においては活発な研究がなされているテーマである.ネガティブな効果を挙げる代表的な研究として,Kraut et al.(1998)などが挙げられる.それに対して,ポジティブな効果を挙げる研究も多数公開されており,上述のHampton and Wellman(2003)などが代表的である.関連して,近年では,SNSの利用が,見知らぬ人との交流を広げる目的よりも,現実につながりのある人との交流を補完する目的で利用されている傾向も指摘されている(Wellman et al., 2001;総務省,2011).この実態は,ネット社会のタコツボ化などと批判的な文脈で語られることも多いが,住民の地域意識の高い地域コミュニティ内においてSNSの閉鎖性がうまく活用されれば,地域コミュニティにとってプラスに作用する可能性も示唆している.
内平氏の批評の3点目は,2点目の批評の具体例として挙げられている.すなわち,拙著でさとねっとの効果について批判的な結果を提示した内容に対して,SNSは利用されていないが現場でのむらづくりやコミュニティ強化のアクションは活況である点を踏まえて,「SNSの活用のみを持って評価するのではなく,地域づくりに精力的に取り組む現実の場を補強する一手段として評価されるべきではないか」とするものである.SNSでの交流と地域づくり実践の強化との関連性を分析するところまで踏み込めてない拙著の限界に起因する問題であるが,拙著で述べている結果はあくまでSNS上の話に限定されており,SNSが活況ではないから地域の取組が不足している等と述べているわけではない.ただし,地域づくりに関するアクションがそれほど活況な集落であってもSNSは効果的に用いられていないという事実は,集落や旧市区町村といった小範囲において,地域内交流を目的としたSNS活用が難しい(もしくは,意義が薄い)ことを示唆しているとも解釈できるのではないだろうか.
最後に,「農山村コミュニティ強化につながるアウトカムは具体的にどのようなものであるかはまだ見えてきていない」という指摘を踏まえて,本稿で検討した内容に基づき,今後の課題を整理したい.
まず,地域外との新たなネットワーク形成にはSNSの効果がみられたものの,地域内交流には活用されていないという結果を踏まえると,農山村地域において,地域内交流の目的で一般の地域住民がSNSを利用する必要があるのか?という点もより精査する必要がある.地域外との交流拡大は一部のみのリーダーやキーパーソン等によるSNS活用を通じて行われたとしても,得られた関係・情報・知識が地域内で地域の現実課題に活かされれば,SNSは十分に役割を果たしたとも考えられ,活用目的に適した活用範囲や活用主体が整理される必要がある.また,地域内交流におけるSNS活用を検討する際には,地域住民の地域意識に注意を払うとともに,未利用者が排除されないように他のメディア・機会を併用した複合的な交流環境を検討する必要がある.
SNSの普及が地域コミュニティにポジティブな影響をもたらすのか否かについても,本稿で取り上げたようなInternet Questionを例とする国外の既往研究の知見や理論をも手掛かりに,農山村地域でのより長期にわたる実証的な研究が求められる.筆者は現在,日本全国の農業集落・旧市区町村におけるFacebook活用事例を収集し,SNSの活用実態や効果をマクロ的に検証する研究に従事しており,改めて別の機会に成果を公表したいと考えている.