農林業問題研究
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大会講演
地域連携における実践・教育・研究
中塚 雅也
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2017 年 53 巻 1 号 p. 15-19

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1. はじめに

大学の地域連携に対する内外からの期待は改めて述べるまでもない.しかし,その一方で,研究者として,どのように地域連携に携わりながら研究をすすめていくのか,とりわけ,若い研究者がどのように研究者キャリアを重ねていくことができるのかが課題となっている.そもそも地域連携に関する業務は,現場での調整,事業の企画や実行など,“研究者”の専門外の能力が求められる.また,業務内容が決まっており,マニュアル化がしやすい業務ではなく,地域のニーズや要請に応じた不定型なものが多い.よく言えば自由度が高く,自ら望むならば,面白みがある業務ともいえるが,反面,際限のない,“ブラック”な業務ともなってしまう1.時間についても,地域でのイベントや打合せは夜間や休日に行われることが多く2,結果的に,地域連携に関する業務も満足にできない,研究も出来ないという状況に陥る.こうした状況でおこなわれる地域連携は,必然的に地域の期待に応えないものになり,大学と地域,双方にとって不幸な連携となる.例え,無理を押してすすめても,一過性のものとなってしまい,継続的な連携に繋がらないことは自明である.

こうした問題に対して,筆者らは,これまで地域連携活動のタイプを,①交流型,②価値発見型,③課題解決型,④知識共有型の4つに分け,それらが大学と地域における専門性と課題の関係性(シーズとニーズ),距離やコストといった地勢的な関係性を考慮して,限定的,選択的に行われるべきであることを指摘してきた(内平・中塚,2014).さらに,このような活動をフロー活動と位置づけ,地域のエンパワメントに繋がり,地域の資源(ストック)を増やすように留意すること,そのためには,連携促進の「場」づくりや制度の整備が求められ,コーディネーターの果たす役割が重要であることなどを示してきた(中塚他,2014; 中塚・小田切,2016).

しかしながら,これら一連の研究は,あくまで地域連携活動の実践や学生の教育に焦点をあてたものばかりであった.地域に携わる大学教員・研究者が,どのように研究を行うのか,また,研究キャリアをどのように積み重ねていくのか,といった研究者の視点に立った議論はほとんどされていないのが現状である.そうした中,本報告では,神戸大学農学部と篠山市の連携事業の展開を概観し,その過程で実施してきた調査研究を内省しながら,地域連携における実践と教育と研究のあり方の再考を試みたい.また,あわせて,地域連携における農業経済学分野の研究者の役割や強みについて考察するとともに,若手研究者のキャリアパスを考えた際の“地域連携”との付き合い方や課題について整理したい.

2. 大学と地域の連結の試み

(1) 篠山市と神戸大学の地域連携活動

最初に,神戸大学と篠山市の地域連携の展開を振り返る3.両者間で,地域連携協定が締結され,連携活動が公式に始められたのは2006年のことである.篠山市は,神戸大学の農学部の前身である兵庫農科大学が1966年まで所在した地である.失われつつあったとはいえ,篠山在住の卒業生の存在,篠山での研究・教育経験をもつ教員の在職など,個人的な繋がりが残っていたことが円滑な協定締結の背景にあった.この時,時期を同じくして,市の施設を無償で借り受け,開設されたのが「篠山フィールドステーション」である.ここを拠点にして,市と大学ですすめる主な事業を,共同研究,地域支援,現地実習の3つとした.具体的な活動内容は毎年協議により決定するものの,おおよその活動は,協定締結時に作成された連携計画に沿っておこなわれている4

連携活動の中心となるのは,篠山市をフィールドにした体験学習プログラム「食農コープ教育プログラム」である.月に1回,農家を訪れ,その指導のもとで農業農村を学ぶ「実践農学入門」(1年生配当)と,その発展版として,具体的な地域課題解決のための実践をおこなう「実践農学」(3年生配当)が設けられた.また,文科省・教育GPに採択されたことにより(2008年~2010年度),これらの科目を担当し,地域連携のコーディネートをおこなう駐在研究員を篠山フィールドステーションに配置できた.このことは,後々の展開においても大きかった.教育GP終了後も,この費用を篠山市が負担することが認められ,大学の研究員が継続的に駐在する研究教育体制が維持できている.

当初に計画した活動が定着する一方で,想定外の活動も展開されていった.その一つで特筆すべきことは,地域における学生団体の活動である.「実践農学入門」の受け入れ地区は,市内における面的な広がりを狙い,毎年変えていくように設計されているが,それぞれの地区において,授業を終えた学生らを中心とした団体が立ち上げられ,自主的な地域連携活動が展開されていった.各団体の規模や活動内容は様々であるが,なかには,西紀南地区を拠点にする「にしき恋」という団体のように,農学部以外の学生も含め,100名以上が在籍し,毎週末,農業ボランティアをおこなう,大規模な団体も生まれている.

もう一つの新たな展開は,「地域おこし協力隊」との連結である.篠山市内で活動を継続してきた学生らの更に活動を深めたいというニーズに応えようとしたものであり,学生が移住して,地域おこし協力隊となり,給与を得ながら地域活動をおこなえるようなっている.地域おこし協力隊は,総務省が都市部からの移住定住促進と地域づくり活動への人的支援を目的に設置した制度であるが,週5日,フルタイムでの勤務が一般的である.篠山市では,それを分けて,半分は地域おこし協力隊,半分は学生として活動する,いわば「半学半域」の制度として運用することより,学生と地域との繋がりを深化させる仕組みを構築している.神戸大学からは,これまで3名の学生(学部生1,大学院生2)が協力隊員となっているが,大学は限定されたものでなく,現在はいくつかの大学からの協力隊員が活動している.

(2) 地域での起業と人材育成への展開

篠山市での学生への教育活動が充実する過程で,必要性が高まってきたのが地域の人材育成である.大学に所属する学生だけでなく,地域の人々が学習する機会をつくる試みが始められた.その具体的な取り組みの一つが「農の学び場:Rural Learning Network」というセミナーである.住民,企業,NPO,行政など多様な立場の人々が会し,学習とネットワークを広げるプログラムとして行われており,その登録者は200人近くになっている.

これらの活動をベースにしつつ,「地方創生」事業を受けて新たに展開されたのが,地域の人材育成事業である.2016年10月,農村地域における新しい仕事や仕組みを生み出す場,人材育成や人材交流の場として,JR篠山口駅構内に「神戸大学・篠山市農村イノベーションラボ」が開設された.ここでは特に,若者の起業・継業支援や,移住・定住促進を目的とした事業に重点が置かれている.その具体的なプログラムが「篠山イノベーターズスクール」である.主催は篠山市,企画や講師等として神戸大学教員が協力するという形で,市の予算と受講料を基に運営されている.受講生は,地域ビジネスの先駆者とともにプロジェクトに取り組みながら,その技術やノウハウ,理念などを学ぶ「CBL(Community Based Learning)」と,神戸大学教員等からビジネスに必要な基礎理論を学ぶ「セミナー」の2タイプの学習を通して,ビジネスプランを明確にしていくことができる.さらにその後,起業へむけて進む場合は,資金計画や法律面での専門的なサポートや地域との橋渡しなどの各種サポートを受けられる.2016年10月からのスタートで未だ途についたばかりであるが,第一期生19名が新しい地域ビジネス創出にチャレンジしている.

(3) 地域での研究の実際と課題

では,篠山市でおこなわれてきた研究について整理してみたい.これまでの研究をその主体からみると,コーディネーターとして駐在する研究員等によるものと,大学の研究者によるもの,さらに学生によるものの3タイプに分けられる.一つ目にあげた駐在研究員による研究では,その専門性や関心に依存した研究と,担当する地域連携業務に関連する研究の双方が行われてきた.後者の方が業務内で取り組みやすく,地域連携上も有用である.しかし,研究員個人レベルでは,これまでの専門性が活かしにくく,その個人的な応用力に依存するという問題,さらには,専門分野での直接的な実績蓄積につながらないという問題があることがわかってきた.他方,大学研究者による研究は,駐在研究員が地域からの要望を,その内容に応じた学内の研究者に繋ぐことにより行われてきた.うまくマッチングされた場合は望ましい形で研究がすすみ,いくつかの研究実績もある.しかし,自然科学的なテーマなどでは,内容,時間,費用などの面で折り合わず,研究に至らないことも多い.地域からの依頼内容が,研究でなく,コンサルタント的,検査的なものが多いのも実態である.一方,実際,最も数多くおこなわれているのが,学生による研究である.卒業研究,修士論文,博士課程生の学術論文など,農業経済分野に限らず,篠山市をフィールドとした多くの論文が執筆されている.このような篠山市をフィールドとした学術研究は格段に多く出されており,地域連携は,研究上も一定の成果をあげうると言っても差し支えない.しかしながら,その研究成果が地域に課題解決や価値創出に直接繋がっているかどうか,他方,駐在研究員の研究促進,キャリアアップに繋がっているかというと,改善の余地があるのが実情である5

3. 地域連携における研究と研究者

(1) 地域連携研究のタイプ

そこで,これまでの篠山市と神戸大学の連携事業をすすめてきた経験をもとに,地域連携における研究の進め方や課題について内省的に考えていきたい.

まず,地域連携の研究には,2つのタイプがあると捉えて議論をすすめる.一つは,地域連携“を”研究する,というもの,もう一つは,地域連携“で”研究するというものである.前者は,地域連携のあり方やシステム,手法,評価指標開発などを,文献や理論の整理,データ分析,事例分析を通しておこなう研究である.“地域連携”が社会的な課題となることによって生まれた“新しい”研究分野であるが,農業経済分野では,都市農村交流や食農教育・環境教育に関する研究蓄積が参考となるところも大きい.自身の研究を振り返って当てはめてみると,事業立案のために資料や他事例を分析する,終了した活動をまとめておく,といったように「進みながら,前にあるものを食べていく」というような感覚,いうなれば,80年代のパックマンゲームのような感覚で取り組んできたテーマである.一方,後者の地域連携“で”研究するというのは,農業経済研究,地域農林業研究でおこなわれてきた従来からの対象,手法と同一のものといえる.しかし,難しく,重要な点は,総合的で連続的な地域連携事業のなかで,いかに研究課題を“切り出す”のか,または現場課題に,どのように研究課題をあわせるのか,という点である.デザイン能力や調整能力が問われる.

そうした一方で,考えておかなければならないのは,それがどちらのタイプであっても,一般的な,仮説検証型の研究,実証主義的な研究だけでは,カバーできる範囲が狭いということである.地域連携のなかで,現場の問題や悩みに,具体的な答えを提供するためには,仮説探索型の研究,エスノグラフィーなど記述的な研究,さらには実験経済学的な研究など,さまざまなアプローチによる研究がおこなわれることが望ましい.また,地域連携においては,従来から言われてきた「地域(現場)から学ぶ」というスタンスの研究だけでも不十分であり,「地域(現場)を創る」というスタンスの研究も必要であろう.そうした中で,改めて注目しておきたいのは,アクションリサーチというアプローチである.

(2) 地域連携研究におけるアクションリサーチの可能性

説明するまでもなく,アクションリサーチは,1940年代にクルト・レビンによって提唱された研究アプローチであり,その最も大きな特徴は,調査者が研究対象への観察者にとどまらず,アクションによる変化の担い手となる点である.同じく対象へ深く関わる参与観察が,程度の差はあれ対象に調査の影響を及ばさないことを原則として,対象の外からの客観的な記述を志向するのとは関与の仕方が大きく異なる.現在に至るまでアクションリサーチは,様々な学問領域で用いられ,その定義も多様であるが,共通した特徴をいくつかあげるならば,1)現実問題の理解・解決・改善を重視すること,2)課題設定を起点にその解決を直線的にとらえる一般的な実証研究とは異なり,循環的な過程を重視すること,そして,3)当事者の内省を重視する,という点などである.その典型的な研究手順は,Plan(計画)―Action(行動)―Observation(観察)―Reflection(内省)―Plan(再計画)…,を回すというものである.これは,事業活動の管理,改善フレームとして,近年一般に用いられるPDCAサイクルと軌を一にする.そのため,事業を回しながら,その外側で研究をまわすというイメージで組み合わせて用いることができる.こうした点からも地域連携“を”研究する場合はもとより,地域連携“で”研究する場合でも,地域での実践に関わることを必須とする限り,アクションリサーチは有用なオプションになりうる.

再び,自身のこれまでの地域連携研究を振り返ってみると,個別の研究においては,このアクションリサーチの手法をほとんど取り入れてこなかった.しかし,取り組み方としては常にその考え方を根底に意識してきた.その意味では篠山市と神戸大学の連携に関連する一連の研究は,広義のアクションリサーチといえるものであったのかもしれない6

このように地域連携研究にて有用と思えるアクションリサーチであるが,その適用にはいくつかの壁がある.その一つは,時間がかかる,時間が読めない,という点である.実践活動は,数年をかけて続けられることも少なくなく,研究の都合にあわせてくれない.また,活動そのものが計画通りのスケジュールで進むものばかりでもない.不確実で連続的な活動の中で,アクションリサーチをどのように設計するのか,という点が課題となる.さらに,住民や行政などとの協働による実践には,その進捗や成果,人間関係などの面にて様々な精神的負担も伴うものである.これらの点は,安定した研究環境になく社会的な経験が少ない若手の研究者や学生が単独で取り組むことは特に困難である.また,そうした点も含め,アクションリーチが研究手法として,学びにくい(教えにくい),知られていないこと,さらには,研究における一般化や再現性の問題など,いわゆる科学観の違いから認められにくいこと,などの問題もある.このように,乗り越えるべき壁はあるものの,今後,農業経済学の分野でも積極的に取り入れ,使用事例を重ねることによって方法論的に発展させていくことが望まれる.あわせて,その際には,市民,行政,公共団体,企業,NPOなどと研究者が役割分担しながら,地域的,組織的に,研究と実践を組み合わせて,地域発展をすすめる体制づくりも重要である.その実現には,大学だけでなく,さまざまなセクターに,立場を異にする研究者が存在することが必要となる.遠回りではあるが,科学研究を理解し,協働をすすめることができる人材を育成することも,今,大学に求められる役割であろう7

(3) 現場での農業経済学研究者と研究キャリア

最後に,今後,農業経済学研究者が“地域連携”というフィールドで役割を果たし,研究キャリアをすすめる上での課題と展望についてまとめる.

まず,必要とされる能力についてであるが,地域連携の現場で求められるのは,第一に,地域に関連する特定分野の専門性であろう.しかし,同時に求められるのがコーディネートやファシリテーションの技能である8.この双方を持ち合わせないと連携業務は務まらない.加えて可能ならば,無から形をつくりだす,事業の構想力,デザイン力を求めたい.

これらの全てを一人でカバーすることは難しい.しかしながら,実際,地域課題への対応はチームでおこなうことが多い.その際に,農業経済学の研究者としての強みは,地域社会の基礎的な理解,ヒト・モノ・カネなどの流れの把握,データ収集・分析などであろう.一義的には,多様な関係者の利害調整を主導的に図りながら,そうした分野で,しっかりと役割を果たすことが肝要である.その上で,どちらかといえば弱みといえる構想やデザイン面での知識や技能を高め,少なくとも,それを専門とする者との共通言語をもち,協働できる能力は持ち合わせておきたい.

最後に,地域連携を通したキャリアを展望してみる.今後,昨今増加している地域連携関係のポストがそのまま定着するとは思えない.しかし,従来ポストにおいては,地域連携に対応できる人を望む傾向は強まるであろう.そうした需要を鑑みると,これからの世代は,実践を通した研究に対応する技能を持ち合わせることが求められるのではないか.もちろん,全ての農業経済研究者が実践(地域連携)に関わる必要はない.研究者の興味関心に沿うことを最優先としつつ,相互の理解を深めることが重要であり,その総体としての学会や研究分野では,地域連携・実践の方にもしっかりウィングを広げること,多様性を確保していくことが課題である.

1  この点においては,“研究”と基本的に変わらないともいえるが,望んで地域連携の業務にあたるのではなく,研究者として生きていくために否応無しに,“業務”として地域連携に携わるということも多いと考える.

2  地域連携が組織的に推進される反面,大学での労務管理が,事務的,制度的に,夜間や休日の勤務に対応していないことも問題である.

3  篠山市と神戸大学の取り組み,食農コープ教育プログラムの詳細については,内平他(2010)中塚他(2014)などの文献,ウェブページ(http://sasayamalab.jp)なども参照されたい.

4  計画書としてまとめたことが,その後の連携活動の実質化や継続性を担保したと考える.

5  実際のところ,これまでの駐在研究員の多くは,大学等の常勤研究職に就いている.経験学習の場として,篠山での地域連携のポテンシャルの高さを裏付けるともいえる.しかしながら,現場側に立つと,草刈り場になっているところもあり,安定的な雇用環境を整備することが課題である.

6  研究の計画性や評価などの面において,もちろん,アクションリサーチとはいえない.実践をともなう研究を,安易にアクションリサーチと表現することには反対である.ただし,一つの研究を,次のアクションのための“内省”とすることには意識的であり,そこに立脚して研究を蓄積してきた(内平他,200820092010; 内平・中塚,201120142016; 内平他,2013).なお一連の研究は,全て内平をはじめ,農学研究科地域連携センター関係者との共同研究である.

7  具体的で,分かりやすい例としては,行政職員など大学以外のセクターにおける,博士号学位取得者の育成などである.

8  コーディネートやファシリテーション能力は,個人の資質という考え方もあるが,経験と学習により身につけることが出来るという認識に立つ.その意味を込めて,ここでは“技能”と表現している.

引用文献
 
© 2017 地域農林経済学会
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