農林業問題研究
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大会講演
「地域連携型実践教育」の推進と研究への展開可能性
―高知大学・地域協働学部の試みから考える―
霜浦 森平
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2017 年 53 巻 1 号 p. 3-7

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1. 地域協働学部における実習科目の位置づけ

地域の再生と持続的発展には,多様で変化に富む複雑な地域の課題を発見・分析・統合し,産業の分野や領域の壁を越えて人や組織などの協働を創出し,課題を解決することのできる人材が求められている.より具体的には,第1次産業,第2次産業,第3次産業の協働により,地域資源を活かした新たな産業,ビジネス,組織などを創りだす「地域協働マネジメント力」を有する人材育成が必要である.高知大学・地域協働学部では,このような人材を「地域協働型産業人材」とし,6次産業化人,産業の地域協働リーダー,行政の地域協働リーダー,生活・文化の地域協働リーダーの4つの人材像(「地域協働型産業人材」の4類型)を設定している.そして,この4つのタイプの人材を育成することで高知県並びに全国の産業振興及び地域振興に貢献することを目的としている.

高知大学・地域協働学部では,平成27年度より,「地域協働型産業人材」育成のために,1年次から3年次において次の通りに実習を行なっている.まず,1年次第1学期に「課題探求実践セミナー」(初年次科目)において,サービスラーニング,および住民との交流を通じて,実習の基礎となる力を養成する.その上で,「地域理解実習」(1年次第2学期),「地域協働企画立案実習」(2年次第1学期),「事業企画プロジェクト実習」(2年次第2学期),「地域協働マネジメント実習」(3年次第1学期),「教えるプロジェクト実習」(3年次第2学期)を実施する.これらの実習科目に加え,地域協働に関連する専門分野の講義科目を実施し,それらの経験や知識を演習科目(地域協働研究Ⅰ・Ⅱ・Ⅲ,卒業研究・地域協働実践)を通じて統合することで「地域協働マネジメント力」の基盤を形成するとともに,社会が求める人間力や社会力といったコンピテンシー獲得を目指している.

本稿では,実習科目の実施初年度である平成27年度に行なった課題探求実践セミナー,および地域理解実習に関して,その概要と評価について紹介する.

2. 課題探求実践セミナー

(1) 到達目標

「課題探求実践セミナー」では,1年次第2学期から始まる本格的な実習授業の前段階として1年次1学期に実施される.実習では,実際に地域に入る経験を積み重ねながら,集合時間に遅れないなど実習に不可欠な基本姿勢を形成するとともに,地域の方々との関わりで必要となるコミュニケーション力や状況把握力を育成することを目指している.課題探求実践セミナー(地域協働学部)の到達目標は次の通りである.

(到達目標①:基本姿勢)

地域で活動するための基本マナー,自己管理習慣が身に付いている.

(到達目標②:コミュニケーション力の育成)

地域の人たちとコミュニケーションを取ることができる.

(到達目標③:状況把握力の育成)

地域の状況・地域の人たちの考えを知ることを通じて,状況を把握し,レポート等にまとめることができる.

(2) 実習内容

授業は,教員2名が1グループを担当し,①事前学習(地域の情報の下調べ,地域の実情の予測),②学外での実習(実際に地域を訪問し,観察及び住民・活動当事者とのコミュニケーションを通じて実態を把握する),③事後学習(実習で得た情報をもとに,地域の実情を検討し,実習での振る舞いを振り返り改善点を共有する)で構成され,基本的にこれを実習地ごとに繰り返す形で行われた.また,学外での実習を行う前に,実習地域に関連する行政機関・組織の関係者の方からの各地域の基本情報に関する事前説明と質疑応答を実施することで,事前学習の下準備を行なった.

実習では,1年生を4グループに分割の上,高知県内の地域(大豊町,仁淀川町,黒潮町,いの町,香南市,佐川町)を訪問し,五感を活用した観察とサービスラーニングを通じて地域の実情を把握する機会を提供した.現地では,農作業や草刈り,地域イベントの準備等様々なサービスラーニングや地元団体の案内によるまち歩き,住民との対話などが行われた.原則として,各地域にはそれぞれのグループが訪問するため,地域サイドとしては4回の受け入れを行なうことになったが,活動内容は毎回異なっているケースもあり,地域の実情に合わせた活動内容を設定した.

事前学習では,上記の活動に向けて,当日スケジュールシートを教員が作成し,実習地域の概要を説明した上で,実習内容,実習の留意事項,準備物などを確認した.また,チームの活動目標や個人の活動目標を設定することで,現地の実情を予測し,そこでの行動の意味や目的を改めて考察した.事後学習では,活動内容に関してグループワーク形式で振り返りを実施した.振り返りでは,地域で見たこと,聞いたこと,感じたことをベースに,自分たちが行ったコミュニケーションの内容について考え,活動を通じて把握した様々な状況や情報をふまえて,現地の実情を整理した.また,担当教員は,地域からの連絡事項,学生の状況,留意事項などを記載した実習実施報告書を提出することで,別のグループが次に当該地域を訪問する際の引き継ぎをするとともに,活動内容,地域の状況などのデータの蓄積を行った.7月には,地域関係者を招いた実習報告会を開催し,学生がグループごとに,各地域で体験したことや考えたこと,地域が抱える課題などを報告した.

3. 地域理解実習

(1) 到達目標

「地域理解実習」は,1年次2学期に実施され,サービスラーニング,および実習先や地域関係者へのヒアリング等の調査活動を通した情報収集,地域の特性や課題の分析の2つを行ない,3つの能力(共感力,情報収集・分析力,関係性理解力)の習得を目指す.地域理解実習の到達目標は,次の通りである.

(到達目標①:共感力の育成)

地域主体の活動を知ることを通じて,地域社会に関心・共感を持つことができる.

(到達目標②:情報収集・分析力の育成)

ヒアリングを行って必要な情報を収集することができる.

(到達目標③:関係性理解力の育成)

地域の特性や課題について,ヒアリングを基に,その関係性を理解し,レポート等にまとめることができる.

(2) 実習地域の編成

「地域理解実習」では,「地域協働型産業人材」の4類型(6次産業化人,産業の地域協働リーダー,行政の地域協働リーダー,生活・文化の地域協働リーダー)に対応する実習先を設定した.実習先は,高知県の地域・団体であり,大豊町のゆとりすとパークおおとよ(産業・6次・生活文化),仁淀川町の長者だんだんくらぶ(行政・6次),黒潮町のMAPROK(産業・6次),いの町の是友奥名地区会(生活文化),香南市の西川地区集落活動センター(行政・6次),高知市のてんこす(産業・6次),高知県立文学館(生活文化・行政)の5地域6ヶ所で編成された.各実習地域には2名(てんこすと文学館は1名)の教員が配置され,教員全員で学年共通の地域理解実習プログラムを策定し,担当教員はそれを基にそれぞれの専門的視点を活かして実習指導を行うとともに成績評価を行なった.

(3) 学内実習と学外実習の概要

地域理解実習は,学内実習29時限と学外実習(現地実習)32時限から構成され,合計61時限分の実習が行われた.学内実習は,事前学習/事後学習,中間報告会,最終報告会から構成され,地域の特性と課題,およびその関係性を理解・分析し,グループワークによって共有を行なった.学外実習では,主に実習先で地域の特性理解を目的としたサービスラーニング及び関係者へのヒアリング調査を行なった.具体的には,地域住民またはステークホルダー(行政,諸団体,企業,NPO等)への聞き書き,現地観察フィールドワーク,現地での地域住民を集めたワークショップ,現地の活動のサポート(サービスラーニング)などを実施した.中間報告会と最終報告会は,学内で学びの成果を報告する場所として設定した.また,最終報告会は,学内に加えて実習先でも実施した(現地最終報告会).現地最終報告会には,実習先の地域住民やステークホルダーが参加し,学びの成果が報告されると同時に,地域との意見交換を通じて今後の地域の将来像や課題などが議論された.

4. 評価体制と評価の観点

2つの実習授業では,レポートやプレゼンテーションなどのほか,ルーブリックによる評価を行なった.

1年次では地域理解力を身に付けることを目標としており,これはコミュニケーション力,状況把握力,共感力,情報収集・分析力,関係性理解力の5つの能力から構成される.各能力の達成度を測定するために,ルーブリック評価の指標を開発した.能力ごとに達成目標を明確化した上で,その目標に対してレベル1から4までの4段階で評価水準を設定し,1年生次においては,各能力でレベル1の基準を満たしていれば,基本的な能力が修得できていると判定した.なお,最終段階であるレベル4は,卒業時までに身についていることが望ましい水準としている.地域理解実習では,共感力,情報収集・分析力,関係性理解力について,ルーブリック評価を行なった.レベル1の評価基準は次に示す通りである.

評価基準(レベル1)

共感力:

①地域の人々がもつ思いや関心について,自分から行動して,情報を得ることができる.

②地域に暮らす人々の思いや関心を,自分なりに理解して,説明することができる.

③地域の人々の思いや関心について,自分なりに真摯に受け止めている.

情報収集・分析力:

①調査に関連する情報(統計・学術論文・図書など)を収集・整理・分析・共有,ヒアリング調査で必要な事前準備や当日の段取りを理解しており,これを実行できる.

②フィールドノートを用いた聞き取りメモの作成,メモ内容の分析目的に応じた整理ができる.

③整理したメモの適切なファイリング,聞き取った情報を活用した分析ができる.

関係性理解力:

①受入組織の地域における役割について,地域の現状をふまえた上で,把握できる.

②受入組織の組織や活動の変遷について,地域の変化をふまえた上で,把握できる.

③受入組織と外部組織との繋がりの存在を把握できる.

ルーブリック評価では,能力ごとに複数の設問を用意し,学生は各学期末にその設問に対して,事前学習,現地研修,事後学習で得た経験や知識を基に,それぞれ400字以内で回答する.例えば,地域理解実習における共感力については,下記の設問を用意した.

実習中の活動を振り返り,以下の問いに対して指定された文字数で記述してください(それぞれ400字).

①実習中に,地域の人々が生活していくなかでもつ関心や思いについて,どのような情報を得ましたか.情報を得た人物とその内容を具体的に記述してください.

② ①の情報によって,地域の人々がどのような思いや考えをもっていると思いますか.

③そのような地域の人々の思いや考えをふまえたうえで,あなたがもった考えや,行った行動について具体的に記述してください.

設問の記述内容は指導教員が確認し,記述不足や表現が不十分な場合,修正・再提出させた.教員は学生の記述を基に能力を正確に評価する必要があるが,記述内容自体が不十分であるが故に,学生の能力が求められる水準に達成していないと判断されることを避けるため,評価可能な記述内容になるまで学生に修正を求めた.その上で,教員による実習時の行動に対する観察評価と合わせて評価を行なった.

上記の手順に従いながら,課題探求実践セミナー(地域協働学部)では,以下の観点で最終的に評価を実施した.

評価観点①:

決められた時間を守る等,自分の行動を管理する能力が身に付いていることを出席状況,実習先での活動観察を通じて評価する.

評価観点②:

地域の人たちとのコミュニケーションをとる(会話できる,相手の意図を理解できる,自分の意思を伝えることができる,相手に共感できる)ことができることを実習先での活動観察によって評価する.

評価観点③:

地域の状況・地域の人たちの考えを知ることを通じて,状況を把握し,その状況を,自分の言葉及び文章で他者に伝えることができることを活動振り返りレポート,プレゼンテーション,最終レポートによって評価する.

地域理解実習では,以下の観点で最終的に評価を行なった.

評価観点①:

地域や活動について知ることを通じて,地域社会に関心・共感を持っていることを実習先での活動観察,活動振り返りレポート,プレゼンテーション,最終レポートによって評価する.

評価観点②:

ヒアリングを通じて必要な情報が収集できることを活動振り返りレポート,プレゼンテーション,最終レポートによって評価する.

評価観点③:

地域の特性や課題について,ヒアリングを基に,その関係性を理解し,レポート等にまとめることができることを活動振り返りレポート及びプレゼンテーション,最終レポートによって評価する.

5. 今後の実習の展開に向けて

平成27年度は,実習科目の実施初年度であったこともあり,授業内容,実施方式,評価方法などに関して課題が指摘された.特に評価方法に関しては,より精緻,かつ実習内容に即した評価軸の開発(実習地ごとの多様性をいかに考慮するか),汎用性の高いルーブリック評価軸の開発(評価軸の多様性を認めつつ,運用面での簡便性,共通フォーマットの追求は可能か),地域パートナーとの「協働」によるルーブリック評価軸の作成などについて,今後主に議論を重ねていく必要があると考える.

これらの諸課題は次年度以降に改善が必要であるが,2つの実習科目において,学生の大半は到達目標を満たしたことから,授業自体はうまく運営されていたと考えることができる.今後は,新たな実習地域が加わり,また2学年が同時に実習に関わる地域が出てくることから,前年度までの経験をふまえたより精緻な実習の組み立て方が求められる.加えて,実習が地域の課題解決に向けて本格的な段階に入ることから,地域パートナーとのより密な対話を通じた実習内容の構築が不可欠である.

 
© 2017 地域農林経済学会
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