農林業問題研究
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書評
山田伊澄著『農業体験学習の実証分析―教育的効果の向上と農村活性化をめざして―』
〈農林統計協会・2016年3月発行〉
髙田 晋史
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2017 年 53 巻 1 号 p. 43-45

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わが国において,農業・農村の多面的機能の重要性が語られて久しい.中でも,農業や農村が持つ教育的機能には以前から注目が集まり,多様な取り組みが全国各地で展開されてきた.こうした取り組みには,農業や農村への理解増進や食への興味・関心の向上といった効果の他に,農村地域活性化への期待も高まっている.しかしながら,これらの効果を実証的に解明することは難しく,現状では十分に解明されたとはいえない.本書は小学校の学校教育や地域が都市農村交流の一環として実施している小学生の農業体験学習に焦点を当て,教育的効果や地元農業者の協力意向とその要因を実証的に解明し,農村地域活性化への貢献について考察したものである.以下では,構成に従って本書の概要を説明する.

序章では,農業体験学習に関する既往研究から,教育的効果に関する研究の多くが,定性的研究及び事例報告にとどまっており,効果が調査者の主観的判断に委ねられていること,農業体験学習の取り組み方と教育的効果の関係についての研究は不十分であることが示されている.他方,既存研究から,農業体験学習の実施には地元農業者の協力と参画促進が重要であること,地域活性化効果を検証することの必要性が示されている.このことから本書は,①農業体験学習の取り組み方と教育的効果との関係について実証的に解明すること,②農業体験学習に協力する地元農業者の意向と地域が主体的に実施する農業体験学習の継続性を規定する要因をについて解明すること,③地域活性化への波及効果について考察することが課題とされている.

第1章「農業体験学習に関する施策の変遷」では,農業体験学習が教育施策と農業施策の中でどう位置付けられてきたのかを検討している.まず,教育施策においては,1970年代半ばに学校教育の中で美化・緑化活動の位置付けとして,農業体験学習が取り上げられて以降,勤労体験学習,生活科,環境教育,「生きる力」を身につける教育の一環として展開され,その位置付けは変化してきた.農業施策においては,1970年代半ばに農業教育の一環として位置付けられて以降,都市農村交流の一環として展開されるようになり,現在は都市農村交流に加え食育の一環として展開されていることが示されている.

第2章「農業体験学習の取り組み方と小学校教員からみた教育的効果」では,全国の小学校教員を対象としたアンケート調査から,農業体験学習の教育的効果を定量的に評価し,取り組み方と教育的効果の関連を分析している.分析の結果,宿泊を伴う場合は精神的側面の効果,農業者の協力がある場合は農業や地域への興味と知識を深める効果,環境と接点がある場合は自然への興味と知識を深める効果があることが明らかにされている.このことから,農業体験学習の目的を明確化し,期待する効果に応じた取り組み方を考える必要性が指摘されている.

第3章「小学校における農業体験学習の実施場所と教育的効果」では,宿泊の有無と教育的効果の関係性について掘り下げるため,東京都内3小学校において実施した小学生へのアンケート調査やヒアリング調査から,農業体験学習の実施場所の違いと教育的効果との関連を分析している.分析の結果,①学校内での実施は,子どもの積極性や自主性を育成する効果があること,②郊外での実施は,自然や生き物の観察力や知識向上,農業・農村への知識や理解の深化といった効果があること,③農村での実施は,農村居住への関心向上,精神的安定や幅広い価値観を養う効果があることが明らかにされている.これに関連して,農業体験学習の作業量,農作業の頻度,滞在時間などが教育的効果に影響を与えると考えられ,農業体験学習の目的に応じて,実施場所と取り組み内容を考慮する必要性が指摘されている.

第4章「農業体験学習に対する農業者の協力意向参画条件」では,長野県上田市において実施した農業者を対象としたアンケート調査とヒアリング調査から農業者の協力意向とその規定要因について分析している.分析の結果,①農業者の協力意向は比較的高いが実際の協力に結びついていないこと,②農業者にとっての明確なメリットがあるかどうかが協力意向を規定すること,③協力意向の高い農業者は,一定程度の規模で農業をしており,地域活性化への意識が高いということが明らかにされている.その一方で,協力する農業者の高齢化が課題として指摘されている.

第5章「学校以外の農業体験学習による教育的効果」では,岐阜県で実施されている地域の農業者が主体となって実施している農業小学校の教育的効果を参加者の卒業論文の記述から分析している.分析の結果,参加年数の増加や学年が上がるにつれて,自身の成長や社会性の向上を実感する傾向にあり,取り組み内容から見ると,農作業の苦労や達成感を味わうことで自身の成長を実感すること,人との交流から刺激を受けて社会性を身につける傾向にあることが明らかにされている.

第6章「学校以外の農業体験学習の継続性と農村地域への波及効果」では,5章で取り上げた農業小学校に関わる農業者などへのアンケート調査やヒアリング調査,参与観察をもとに,この取り組みが長年継続した要因を分析している.また,これまでの分析から,都市農村交流の再評価と農業体験学習による地域活性化の可能性を考察している.農業小学校の継続要因に関しては,参加回数とお昼ご飯の有無が参加者の満足度に影響を与え,継続の重要なキーワードになることが明らかにされている.都市農村交流の再評価の部分では,都市農村交流が都市部の参加者と地元農業者双方に意義をもたらすが,継続性が課題であることが指摘されている.また,農業体験学習は地元住民の意欲向上などの精神的側面,地域内外との連携強化・拡大といった社会的側面,宿泊料や体験料といった経済的側面で地域活性化効果があるとしている.中でも,対象者が都市住民か地域住民かで効果は異なるとされている.

以上,終章でもまとめられているように,本書はこれまで経験値として捉えられていた農業体験学習の教育的効果を具体的なデータを裏付け定量的・実証的に明らかにしたものとして大きな意義がある.また,その過程における分析は非常に丁寧であり,この課題に対する筆者の強い情熱が感じられる.また,アンケート,ヒアリング,参与観察など多様な手法を駆使して得た豊富なデータに基づいて分析がされていることも本書の魅力であり,長年に渡り地道に研究を積み重ねてこられた筆者に敬意を表したい.このような研究成果に対して,評者は十分な論評を行う力を持ち合わせていないが,以下では特に気になった点を述べる.

一つ目として,地域の農業者が主体となって実施している農業体験学習の分析に関して,ここで分析対象は1事例のみであり,ここで明らかになった教育的効果や農業者の協力の継続性を規定する要因がどれだけ普遍性を持つのか疑問が残る.特に,継続性を規定する要因として,地域や農業者の属性によって異なる可能性があり,さらなる研究の積み重ねが必要であると思われる.

二つ目として,前半部分の農業体験学習の教育的効果の分析が詳細なだけに,後半部分の地域活性化の分析が少し粗く感じ,議論の余地が残る.地域活性化の分析は,本書のタイトルにもあるように,重要なキーワードであるだけに,尻すぼみな印象を受けてしまう.特に,終章でも述べられていたが,本研究の分析から農業体験学習による地域への波及効果が明らかになったのかという点で議論の余地がある.例えば,農業体験学習の実施により,当該地域にどのようなナレッジが蓄積され,これらのナレッジが地域活性化にどう結びついているのかなど,もう少し詳細な実証分析が必要であったと思われる.

三つ目として,農業体験学習の継続性という課題に対して明確な対応策を提議できておらず,この点を丁寧に議論することができれば,都市農村交流の再評価や地域活性化への貢献の部分で,より深い考察が可能になったのではないかと考える.都市農村交流の議論においては,往々にして交流そのものが目的化してしまい,それをいかに継続すべきかという議論になりがちである.例えば,農業体験学習が地域課題解決のどの部分に強みを持っているのかという点に着目し,地域視点おいては活性化の手法として戦略的な位置付けを行うべきではなかろうか.こうした長期的な視点から継続性について議論ができれば,さらに奥深い書になったと思われる.

以上,評者なりに不足と感じた点を指摘したが,これらの指摘は,本書の価値を減じるものではない.本書での豊富なデータに基づいた分析は,農業体験学習だけでなく,都市農村交流の研究においても重要な示唆に満ちたものである.その意味では,都市農村交流に関心のある方に,ぜひ一読をすすめたい書である.農村教育学習の研究においては,本書を機会に,今後より一層,学際的な議論が行われ成熟していくことが期待される.

 
© 2017 地域農林経済学会
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