農林業問題研究
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書評
朴紅著『中国国有農場の変貌―巨大ジャポニカ米産地の形成―』
〈筑波書房・2015年発行〉
大島 一二
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2017 年 53 巻 1 号 p. 46-47

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1. 中国の国有農場

本書は,中国農業のなかで特異な地位を占める国有農場を研究対象とし,とくに経営規模が大きく,中国のジャポニカ米生産において先進的な役割を果たしている東北地方の黒竜江省の国有農場を研究対象としている点が大きな特徴である.

本書の構成は以下の通りである.まず序章で「課題と構成」を述べた後,大別して,第1編「国営農場の展開と再編」,第2編「三江平原の水田開発と稲作経営の展開」,第3編「国有農場による米の商品化」,第4編「一般農村における米商品化と稲作経営」と続き,終章において「巨大ジャポニカ米産地の構造と特質」を論じている.

本書では,黒竜江省の巨大な米産地を形成してきた3つの主体を,国有農場本体,職工農家1,さらに国有農場を母体として形成された米流通企業(「北大荒米業」)とし,三者の関係を総合的に明らかにしている.そして,その比較研究として一般農村の先進米産地における米業とその展開,およびその基盤である農民組織ならびに稲作経営の到達点を明らかにしている.ここでは,水田開発,基盤整備,稲作経営の機械化の側面において,一般農村に対して国有農場が圧倒的優位であることが分析されている.

現実に,中国の農業経済・農村社会における国有農場の人口,生産面での位置は必ずしも小さくない‍2.しかし,それだけでなく,もっとも重要なのは,中国農業再編の一つのモデルとしての役割を果たしている点である.つまり,中国の国有農場の平均経営規模(3,490 ‍ha)は,中国に広範に存在する零細個別経営(平均経営規模0.5 ‍ha程度)とは際だった対照をみせている3

このように,中国農業における国有農場の位置づけは重要であるが,本書の分析対象である中国東北部の黒竜江省には,多くの国有農場が集中している点で,とくにその役割が大きい.また,本書の副題にもあるように,黒竜江省の国有農場は,大規模な農場でジャポニカ米生産が盛んなことで知られている4.とくに黒竜江省を中核とする中国東北部のジャポニカ生産量は,すでに日本の米生産総量の数倍の規模に達しており,世界最大のジャポニカ米産地が形成されている.この点からも日本農業研究者も無関心でいられない地域でもある.

2. 中国農業の零細経営問題と国有農場

中国では,1978年の改革開放政策実施以降,農業においては個別農家による経営請負制が広範に実施され,零細分散経営が普遍化した.しかし,零細分散経営は当初は農業発展に大きな貢献を果たしたものの,零細経営に起因する低収益性により,徐々に中国農業全般の行き詰まりを招来した.収益性の低い農業からは膨大な規模の農業後継者が農外に流出し,農業生産構造の弱体化が深化している.そして今日,中国政府は農地耕作権の流動化による大規模経営への農地集積など,中国農業の構造再編を急速に推し進めつつある5

こうした構造再編が進むなか,本書の記述の中での注目点は以下の2点である.これは,現在の中国農業研究における大きな研究テーマともいえるだろ‍う.

つまり,第1点は,個別零細農家は自らが生産した農産物の流通・販売局面において,農業協同組合などの公的な流通組織の欠落により一般に大きな困難を抱えているが,こうした状況を企業経営あるいは農民専業合作社等の集団経済がいかにして互助・再編を進めていくのか,そこにおける公的組織の創設と機能が大きな課題である.

また,第2点は,零細分散経営の再編のために,農地集積による農業経営規模の拡大がどのように進展しており,その課題は何かという点である.

この二つの課題を明らかにするために,本書は実に有益な事例分析を実施している.つまり,前者については,前述の米流通企業(「北大荒米業」)の米流通における役割を明らかにしたこと,後者においては,調査対象地域において中核的な国有農場の職工農家,一般農家において活発な農地集積がおこり,大規模経営による再編が進展している実態を明らかにしたことである.

とくに前者については,調査対象農村において米流通企業が米の集荷・加工・販売に至る一貫体系を構築し,米の産地形成にも大きな役割を果たしている.こうした動向は,中国の零細分散経営の流通面からの再編について有益なモデルを提示できたといえよう.

さらに後者では,国有農場のみならず,一般農村においても,農地集積によって大規模経営が形成されつつある現状を,現地調査に基づいて活写してい‍る.

このように,貴重な調査事例をもとにまとめられた本書であるが,今後の期待も込めて,さらに研究すべき課題を最後に指摘しておこう.

評者がもっとも気になった点は,後者の論点との関係では,農地集積(=構造再編)の成否に関わる借地料水準が近年高騰している問題である(316ページ他).この問題は中国各地の現地調査結果からよく聞かれる問題であるが,本書の調査対象地域においても顕著な問題となっていることはやや意外であった.というのは,この地域は韓国や中国国内の大都市などへの著しい労働力流出によって,耕作放棄される農地が増加しているとの印象があったためである.本書の調査結果のように,不在地主が不当に高額の借地料を得ている現状では,長期的な農地集積への大きな障害となることは明らかであろう.この現象の要因分析と,今後の対策についての研究が待たれる.この点を今後の検討課題として,さらなる研究の深化を希望いたしたい.

1  国有農場では,国有農地を構成員である「職工」(職員)農家に配分し,一般農家における経営請負制に類似した農業経営が行われている.

2  中国の国有農場の農業生産に注目すると,穀物生産量(3,336.2万トン)は全国の5.5%を占めている.さらに,国有農場の有力作物として,大豆,綿花があげられる.大豆生産量(149.5万トン)は全国の12.3%,さらに新疆ウイグル自治区の国有農場で集中的に生産されている綿花生産に至っては全国の34.2%と,全国の3分の1を生産している.

3  『中国農村統計年鑑2015』中国統計出版社,2015年,によれば,2014年時点で,全国には1,789の国有農場が存在し,その人口は1,352万人,職員数は299万人に達する(1農場当たりでは人口7,557人,職員数1,671人).また耕地面積は624.3万ha(全国の総耕地面積1.35億haの4.6%)で,1農場当たり3,490 ‍haとなる.

4  黒竜江省には113の国有農場が存在し,平均耕地面積規模は25,257 ‍ha(全国国有農場平均の7.4倍),平均職員数も2,858人(同1.7倍)と,経営規模が格段に大きいことが統計数値から窺える.

5  大島一二「第3章 三農問題の深化と農村の新たな担い手の形成」佐々木智弘編著『中国「調和社会」構築の現段階』アジア経済研究所 2011年

 
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