農林業問題研究
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個別報告論文
農業経営組織における雇用管理・人材育成の動向に関する考察
武藤 幸雄
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2017 年 53 巻 2 号 p. 99-107

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1. はじめに

農業経営では一般に経営規模の拡大と共に,家族労働力に専ら依存した経営から,雇用を導入した経営への移行が起こる.また,経営規模,雇用が拡大するにつれて農業経営者は個々の圃場の生産状況や個々の作業者の作業状況を把握することが難しくなるため,彼らは自分の意向を酌みながら生産管理や作業者の指揮監督などを担える人材を求める傾向がある.こうした経営段階に達した農業経営の中には,上記のような現場責任者役の人材を育成することを経営の成功へのカギとして位置づける例がみられる.例えば,香川県坂出市にある農業生産法人,有限会社木下農園は,現在44人の常雇を抱えながら約60 haの露地野菜作経営を進め,常雇の中に4人の現場責任者を確保している.同農園は継続的な事業拡大を経営目標として掲げ,近年,急速な経営規模拡大を達成している.その経営者は圃場での生産管理,現場の監督作業を一任できる人を増やすことが経営目標の達成と事業成功にとって要になると考えて,そのために従業員には機械作業,防除,除草等に関する経験と知識が得られるように取り計らう方針を採っている1あぐりナビ,2016).

農業経営が家族労働力に専ら依存した経営段階から,家族外から雇用労働力を導入し始める経営段階に移り,さらにその雇用労働力の中から現場責任者役を任せる人材を現場責任者役を任せる人材を確保する段階へ移るにしたがい,雇用管理,人材育成の取組みに関する農業経営者のニーズに変化が起こるだろう.農業経営の間にみられる雇用管理,人材育成等のマネジメントに関する取組みの差異は,こうした雇用の導入段階に応じた経営のニーズの違いに応じて説明することが望ましいのではないかと考えられる.農業経営学分野では,様々な雇用管理,人材育成等の組織マネジメントの取組みの差異の実態を説明する際,それらの取組みの度合いと農産物販売規模の相関関係を指摘し,その関係より経営規模拡大のためにある種の取組みが必要になると論じることが多い(例えば,木村(2004)鈴村(2008)を参照).これらの研究が推奨するような取組みがいかにして経営状況に応じて導入される傾向があるかという実態面に関して,組織の経済学の知見(例えば,Milgrom and Roberts(1992)Robbins(2005)を参照)を援用するなどしながら経済学的に説明する試みが進展しない状況が続いているように思われる2

本研究の課題は,農業経営の発展段階を農産物販売規模だけでなく,上述のような常雇の導入,現場責任者役の常雇の確保といった雇用利用形態の差異に応じてとらえるとき,それに応じて農業経営による雇用管理や人材育成の進め方にどのような違いがみられる傾向があるかについて,実態調査と組織の経済学の知見を基にして説明を与えることである.本研究は香川県の農業経営者を対象としたアンケート調査の結果に基づきこの課題の分析を進める.

2. 調査の概要と質問項目

本節では,本研究の課題に関わるアンケート調査の概要とそこで採用した質問項目の内容を説明する.

本研究では,香川県農地機構(香川県の農地中間管理機構)に農地借入を申請している農業経営者206名に対して,2015年9月に経営規模の動向や様々な経営改善の取組み状況を尋ねるアンケート質問票を郵送した.質問対象の農業経営者のうち,従業員(ここで言う「従業員」とは,自分以外の家族労働力と家族外から雇用した人から成るものとする)を経営内に持つ人に対して,従業員の管理や育成をいかに進めているかを問い尋ねた.その際,以下の①~⑩に述べられる行動が農業経営を進める際の自分の行動にあてはまるかどうかについて,(自分に)「あてはまる」,「ややあてはまる」,「どちらとも言えない」,「あまりあてはまらない」,「あてはまらない」の中から一つを選んで回答してもらった.

① 従業員に作業計画の手順や内容をよく理解してもらう.

② 作業現場で従業員が対処しにくい問題については,従業員に手際よく指示を与えることによって,手遅れになる前に適切に解決・処理する.

③ 適材適所になるように心がけて従業員間に各種の作業を割り当てる.

④ 従業員に適当な課題を与えて,現場での判断力を養う経験を積ませる.

⑤ 従業員の技能や判断力が養われているかどうかをよく確認する.

⑥ 行政機関などが開催する農業関連の研修に従業員をよく参加させる.

⑦ 自分の考える中長期的な経営目標を従業員に理解してもらう.

⑧ 従業員に自分が果たす役割を自覚してもらい,仕事に責任感を持たせる.

⑨ 仕事を特に頑張った従業員には,給与アップや昇進の機会を用意する.

⑩ 仕事を特に頑張った従業員を,皆の前で誉めたり表彰したりする.

①から③では,農作業の指揮や配分に関する取組み状況が問われる.沼上(2003)は,企業経営者が経営組織を設計する際の基本原則の第一に,経営者が日常的に繰り返される仕事の大部分をプログラム化して現場の従業員がそれに従いながら大部分の作業を進められるようにすること,また,そのプログラムでは従業員が対処し切れない事案が発生したらその都度上司が状況を判断してその事案を的確に処理できるようにすることを挙げている.雇用労働力を抱える農業経営では,従業員がそこで雇われてから初めて各種の作業に触れることが多く,彼らにとって経営者が期待する作業内容を直ちに理解してこなすことが難しい場合が多いことが考えられる3.そうした農業経営では,沼上(2003)の議論が該当しやすく,経営者にとって,①,②で問うような作業に関する指示の徹底や,臨機応変的な問題処理を図る必要性が高まるだろう.他方で,③で問うような適材適所に従った仕事の配分は,従業員の能力の差異によって作業の効率が影響を受けやすい場合に農業経営にとって意味を持ちやすい.農業経営において従業員が多いほど,従業員間の能力の差異が顕在化し,③で問われるように適材適所に従って仕事を配分する必要性が高まることが考えられる.

一方,④から⑥では,従業員の知的能力向上に向けた取組みの実行状況が尋ねられる.沼上(2003)は,企業経営者が従業員に細かな指示を与えなければならない場合が過度に多くなると,経営者が事業全体を見渡してその改変について検討する余裕がなくなり経営が停滞しやすくなること,それを防ぐ上で従業員の知的能力を向上させて彼らが自主的に状況を判断して問題を処理できる能力を養うことが重要になることを指摘している.経営規模が比較的大きくて雇用労働力を抱える農業経営でも,作業量が多いためにこうした指摘が該当しやすくなって④~⑥のような形で従業員の知的能力の向上を促す必要が高まることが考えられる.また,そうした農業経営の中には,多くの従業員を雇用して大量の作業をこなすためにそれを統括する現場責任者役の従業員を確保する必要に直面し,④~⑥のような取組みを通じて現場責任者役の従業員を積極的に育成しようと図る場合がよくみられることが考えられる.

次に,⑦,⑧では,従業員への内発的動機付けの実施状況が問われる.「中長期的な経営目標を従業員に理解してもらう」ことと「従業員に自分が果たす役割を自覚してもらい,仕事に責任感を持たせる」ことは,従業員に対して仕事自体への関心や仕事のやりがい感を持つことを促し,それを通じて彼らに仕事へのインセンティブを与える効果を持ち得るだろう.これに対して,⑨,⑩では,従業員への外発的動機付けの実施状況が問われる.⑨のように仕事を頑張った従業員に待遇改善を提示する制度は,組織の経済学で言う「インセンティブ契約」(Milgrom and Roberts, 1992)に該当し,従業員の就業インセンティブを補強する手段に位置づけられる.⑩は,マズローの欲求階層説で挙げられる承認・尊厳欲求が従業員に備わることを想定し,頑張った従業員を「誉める」形でその承認・尊厳欲求に訴えながら,彼らの就業インセンティブを強めようとすることを指す.沼上(2003)は,⑨で述べるような待遇改善機会の提供は一般に雇用費の増大を伴うので,金銭的余裕が乏しい場合は代わりに⑩のように承認・尊厳欲求に訴える形で従業員の動機付けを図ることも検討すべきことを論じている.雇用労働力を抱える農業経営の場合,経営者が農業の面白さを感じていたり,確固とした農業観を持っていたりしたとしても,それらが雇用した従業員に自然に伝わることは難しくなりがちである(佛田,2014).そのために,雇用労働力を抱える農業経営者の場合,⑦,⑧のような内発的動機付けを熱心に行って仕事への関心を促しながら従業員の意欲を引き出そうとすることが考えられる.また,⑦,⑧のような内発的動機付けの実行を難しく感じるか,その効果をあまり期待しない農業経営者の場合,代わりに⑨,⑩のような外発的動機付けをより強く重視して実施することが考えられる.このほか,雇用労働力を抱えるだけでなく,その中から現場責任者役を選抜することを重視する農業経営者は,従業員に対して技能習得のための努力を重ねて現場責任者役に就かせる意欲を与えるために,内発的,外発的を問わず上記の動機付けを積極的に行おうとすることが考えられる4

本節の最後に上述のアンケートの実施状況について述べる.調査対象者からは102件の回答返送があり,経営者のみが農業従事者であるために上記の項目に回答できないケースや,記入漏れが多いケースを除いて,63件の有効回答が得られた.その内訳を述べる.法人化状況別では,法人化していない経営が49件,株式会社が12件,有限会社が2件となっている.作目選択別では,ⅰ)販売額第一位が米または麦類で,それらの販売額合計が農産物総販売額に占める割合が6割を超える経営(いわば,米麦作主体の経営)が20件となり,ⅱ)販売額第一位が野菜作か果樹作か花き・花木類で,それら全体の販売額合計が農産物総販売額に占める割合が6割を超える経営(いわば,園芸作主体の経営)が37件となり,ⅲ)その他の経営が6件,となった.最後の内訳は,米・麦類の販売額と園芸作の販売額の割合が共に4~5割である経営が5件,畜産部門の販売額が9割を占める経営が1件であった.有効回答における2014年の経営耕地面積は,平均が10.1 haであり,香川県全体の農業経営の経営耕地面積の分布に比べて大きく上方に偏って分布していた.

3. 農産物販売規模に応じた雇用管理・人材育成の取組み

回答結果の集計分析において本研究はまず,木村(2004)鈴村(2008)と同じように,農業者の取組み状況がその農産物販売規模にいかに関わる傾向があるかを検討した.本節ではその結果を紹介する.

前掲の各設問に対する回答の集計分析では,「あてはまる」,「ややあてはまる」,「どちらとも言えない」,「あまりあてはまらない」,「あてはまらない」とした回答にそれぞれ,5点,4点,3点,2点,1点を割り当てることとした.以下ではこれを回答スコアと呼ぶ.アンケートでは2014年の農産物販売額規模を12段階に分けて尋ねている.集計分析では,販売規模が最小(400万円未満)から最大(3億円以上)まで上がるに従ってその規模指標として1から順に12までを割り当てることとした.具体的には,400万円未満に1を,400~700万円未満に2を,700~1000万円未満に3を,1000~1500万円未満に4を,1500~2000万円未満に5を,2~3千万円未満に6を,3~5千万円未満に7を,5~7千万円未満に8を,7千万~1億円未満に9を,1~2億円未満に10を,2~3億円未満に11を,3億円以上に12を割り当てた.設問ごとにKendallのτ-Bを用いることによって,上記の回答スコアとこの販売規模指標の順位相関係数を算出した.この他,回答者の農産物販売額規模を1千万円未満,1~5千万円未満,5千万円以上の三つに分け,階層ごとに各設問の回答スコアの平均を算出した.ここで,有効回答の販売階層別の内訳は,販売額1千万円未満が27件,販売額1~5千万円未満が23件,販売額5千万円以上が13件となっている5.それぞれに関する算出結果が表1に掲げてある.

表1. 農産物販売額規模に応じた回答スコア
質問項目 回答スコアの平均 回答スコアと
販売規模指標の
順位相関係数
販売額一千万円
未満の層
販売額一~五千
万円未満の層
販売額五千万円
以上の層
有効回答全体
3.19 4.17 4.62 3.84 0.39***
3 4.17 4.62 3.76 0.35***
3.04 3.78 4.15 3.54 0.19*
2.52 3.35 4.38 3.21 0.40***
2.88 4 4.15 3.56 0.30***
2.07 2.96 3.46 2.68 0.31***
3.11 3.70 4.08 3.52 0.21**
3 4.17 3.92 3.48 0.26***
2.33 3.70 4.77 3.33 0.51***
2.33 3.17 2.85 2.75 0.14

1)***は1%水準で有意,**は5%水準で有意,*は10%水準で有意を表す.

まず,作業の指揮,配分に関する設問(①~③)の結果を考察する.①~③の回答スコアと販売規模指標の順位相関係数を見ると,①,②では1%有意水準で正で,③は10%有意水準で正となった.これらで問われる取組みの強化と販売規模の間に正の相関があることが示唆される.①,②の回答スコアの平均は,1千万円未満の販売階層から1~5千万円未満の販売階層に移る際に1ポイント程度上昇し,後者で4点台に達した.①,②で問うような作業指揮体系の整備は,販売規模が中程度(1~5千万円未満)であるときでもかなり強化されやすいと考えられる.他方で,③の回答スコアの平均は,5千万円以上の階層に移ってから4点台に達し,販売規模に応じた上昇のペースが遅かった.③で問うような適材適所による仕事の配分が販売規模の拡大と共に強化される傾向はやや弱く見出される.

次に,従業員の知的能力向上に向けた取組み(④~⑥)に関する設問の回答結果を見る.④~⑥の回答スコアと販売規模指標の順位相関係数からは,これらの取組み強化と販売規模の間に正の相関があることが示唆される.⑤の回答スコアの平均は,1~5千万円の販売階層でも4点台に達し,④の回答スコアの平均は5千万円以上の販売階層に移ってから4点台に達した.一方,⑥の回答スコアの平均は販売規模階層によらず4点台を大きく下回った.従業員に課題を与えて経験を積ませたり,従業員の技能や判断力を確認したりするといった現場での従業員教育は,販売額が比較的大きい経営でよく取組まれやすいが,公的機関等の研修を通じた従業員の技能向上は販売額が比較的大きい経営であってもよく取組まれていない.公的機関等の研修では汎用性の高い農業技術や農業経営の知識が授けられやすいため,経営者がその知識を従業員に既に習得させている場合や,経営者が従業員に求める知識がその研修で授けられる知識にあまりよく合致しないケースが多くあることが予想される.こうしたミスマッチより上記の傾向が引き起こされていることが考えられる.

最後に,従業員の動機付けに関する回答結果を見る.⑦~⑩の回答スコアと販売規模指標の順位相関係数を見ると,⑦~⑨で問われる取組みの強化と販売規模の間には正の相関があることが認められるが,⑩で問われる取組みの強化と販売規模の間には正の相関が認められなかった.⑧の回答スコアの平均は,1~5千万円未満の販売階層で既に4点台に達し,⑦と⑨の回答スコアの平均は,販売規模が5千万円以上の階層に移ってから4点台に達していた.他方で,⑩のスコア平均は販売階層の高低によらず3点前後以下にとどまった.⑧で問うような自覚と責任感を促すことによる動機付けは,販売規模が中程度である段階から比較的よく取組まれるが,⑦のような経営目標の理解を通じた動機づけと⑨のような待遇改善機会の提供による動機付けは,販売額が大規模になってからようやく本格化する傾向があった.他方で,⑩のような従業員の承認・尊厳欲求に訴える動機付けは,販売額が大規模である経営であってもあまり取組まれない傾向がみられる.承認・尊厳欲求に訴えた動機付けは,経営者の間でその意義や必要性があまり認められていないことが予想される.

以上のように販売規模と結びつけて雇用管理,人材育成の取組みの変化を概況的に説明することが可能である.しかし,これらの取組みの強化は,雇用の導入・利用の段階に応じてなされるのが自然だと考えられ,経営者がその段階にいかに応じながらそうした取組みを変えるかを説明するほうが,その強化についてより明確な説明を与えやすいと思われる.そうした説明を十分に行うことができないままで,農業者を相手に,雇用管理,人材育成に関する様々な取組みの強化を推奨するとしたら,農業者がその必要性をやや受け入れにくく感じるかもしれない.次節では,同じ調査結果を用いながら,雇用の導入,利用の段階に応じて上記の取組みの度合いがいかに変化するかについて検討・考察を進めたい.

4. 雇用利用形態に応じた経営動向と雇用管理・人材育成の取組み

本節では,調査回答の雇用利用形態を農業経営の発展段階に対応するように分類し,その形態ごとに経営規模拡大の動向や,雇用管理と人材育成の取組みがいかに変わるかについて検討・考察を行う.

(1) 雇用利用形態の分類と経営動向

本節の集計分析では,有効回答を雇用利用形態に応じて以下の三つに分けることとした6

A)「常雇なし」:これは2014年に家族の農業従事者がいたが常雇がいなかった回答を指す.

B)「常雇あり,うち現場責任従事なし」:これは2014年に常雇がいたが,そのうち農作業の現場責任者役に従事している者がいなかった回答を指す.

C)「常雇あり,うち現場責任従事あり」:これは2014年に常雇がいて,そのうち農作業の現場責任者役に従事している者がいた回答を指す.

農業経営は,その成長が進むにつれて,家族労働力に専ら依存して経営を進める段階から常雇を導入する段階へ移り,さらに一部では現場責任者役の常雇を置く段階への移行が起こるだろう.A)とB)の間,また,B)とC)の間での回答傾向の違いを見ることによって,こうした経営発展に応じた雇用管理と人材育成の取組みの変化をとらえることができるだろう.有効回答を以上の区分で分けると,A),B),C)に該当するものがそれぞれ,28件,14件,21件となった.以下では,この区分どうしで近年の経営動向の差異がいかに現れているかを述べたい.

まず,経営耕地面積の変化について見ると,2010年から2014年にかけて,A)では経営耕地面積の平均が4.9 haから6.2 haへ増え,B)ではその平均が7.1 haから8.9 haへ増え,C)ではその平均が8.9 haから16.2 haに増えていた.A),B)では経営耕地面積平均の増加幅が1 ha台にとどまっていたのに対して,C)ではその増加幅が7.3 haとなり,A),B)のそれを著しく上回っていた.労働力に関しては,2010年から2014年にかけてB)では常雇の平均人数が0.9人から1.7人に増えたのに対して,C)ではその平均人数が4.4人から8.4人に増え,増加幅がB)の約5倍に達していた.この他,2010年から2014年にかけて,B)では外国人研修生・技能実習生の平均人数が 0.2人から0.7人に増えていたのに対して,C)ではその平均人数が3.1人から5.1人に増え,増加幅がB)のそれを大きく上回っていた.以上の結果からは,C)に属する経営が,従業員を現場責任者役に就けることで生産管理能力を高めながら,農地,労働力の投入を積極的に伸ばして生産拡張を図る傾向を持っていたことが示唆されるだろう7

(2) 雇用利用形態と雇用管理・人材育成の取組み

次に,三つの雇用利用形態の間で雇用管理,人材育成の取組み状況を比較し,農業経営では雇用利用段階の移行と共に雇用管理,人材育成の取組みがいかに変化する傾向があるかについて考察したい.

雇用利用形態ごとに各質問項目の回答スコアの平均を算出した結果と,形態間でその平均に関して有意差検定を行った結果が表2に掲げてある.A),B)の回答間で各設問の回答スコアの平均に関してt検定により有意差検定を行うと,①,②,⑤,⑧,⑨では1%水準の有意差が認められ,⑥では5%水準の有意差が認められ,④では10%水準の有意差が認められた.これらの項目ではB)がA)よりも回答スコア平均が高いと解釈し得る.他方で,B),C)の回答間で同じように各設問の回答スコアの平均に関する有意差検定を行うと,④では1%水準の有意差が認められ,②,⑨では5%水準の有意差が認められ,⑦では10%水準の有意差が認められた.これらではC)がB)よりも回答スコア平均が高いと解釈し得る.残りの③,⑩の回答スコア平均では,A)とB)の間,また,B)とC)の間で有意差が確認されなかった.特に⑩では,A)~C)の雇用利用形態によらず,回答スコアの平均が2点台から3点台前半にとどまり,取組み度が低いままだった.経営の成長に伴う雇用利用形態の変化が,適材適所に応じた仕事配分の強化や,従業員の研修参加の促進に結びつく程度は弱いことがこれより示唆される.この点では前節で述べた③,⑩の取組み度と販売規模の関係に類似した結果が得られる.以下では,その他の8項目で問われる取組みの度合いが雇用利用形態に応じていかに変わるかについて,集計結果から考察を進めることにしたい.

表2. 雇用利用形態に応じた回答スコア
質問項目 回答スコアの平均 A・B間での平均の有意差検定 B・C間での平均の有意差検定
常雇なし(A) 常雇あり,うち現場責任従事なし(B) 常雇あり,うち現場責任従事あり(C)
3.11 4.29 4.52 ***
2.96 4.07 4.62 *** **
2.89 3.64 4.33
2.43 3.21 4.24 * ***
2.67 4.29 4.24 ***
2.18 3.14 3.04 **
3.14 3.36 4.14 *
2.96 3.93 4.29 ***
2.18 3.71 4.62 *** **
2.29 2.79 3.33

1)***はt検定で1%水準の有意差,**はt検定で5%水準の有意差,*はt検定で10%水準の有意差を表す.

A)からB)に移るとき①,②,⑤のスコア平均は2点台もしくは3点前後から4点台に高まる.⑧のスコア平均も,B)の段階で4点弱まで伸び,これとかなり近い傾向を示している.B)のように現場責任者役の常雇を置かずに常雇を導入する段階から既に,①,②で問われる作業指揮体系の整備や,⑤で問われる従業員の技能・判断力の確認や,⑧で問われる役割・責任の自覚促進の取組みが強まりやすい.雇用を導入した農業経営では,雇用した従業員が経営者の与える作業指示の内容を直ちに理解して実行することが難しい場合が比較的多く,その結果,経営者にとって作業指揮体系を整備することや従業員の技能・判断力を確認することが,自分の期待する作業内容を従業員がこなすことを保障するために最低限必要な取組みとして位置づけられやすいことが考えられる.この他,農作業従事経験が浅い従業員が自分の仕事の実行に注意を十分に注がなければ生産管理が失敗する可能性が高まるため,経営者は,常雇の従業員を導入し始める段階から,彼らに自分の役割や責任の自覚を促して生産管理に注意を向けさせる必要性を強く感じやすいことが考えられる.

他方で,④で問われる現場での判断力育成に向けた取組みや,⑦,⑨で問われる経営目標の理解促進と待遇改善機会の提示を通じた動機付けの場合,B)の段階では回答スコアの平均が3点台半ば程度にとどまり,取組み度はさほど高くない.その段階からC)の段階に移るとき,ようやくそれらの平均が4点台に上昇して取組み度が高い水準になっていた.

これらの取組み度がB)からC)の段階に移るとき上述のように高まる背景については,以下の解釈が考えられる.B)「常雇あり,うち現場責任従事なし」の段階にある経営の場合,従業員に対して経営者から直接に作業に関する指示が与えられる傾向が強く,経営者は従業員に対して,現場で生産状況を判断する能力や,作業を指揮・監督するだけの責任能力をさほど求めない場合が多いことが予想される.これより経営者は,主体的に現場での判断を行える能力を従業員に獲得させることも強くは重視せず,④の取組み度をあまり高くない水準に抑えやすいと考えられる.その段階からC)「常雇あり,うち現場責任従事あり」の段階に移るにつれて,経営者は現場での判断力を備えた現場責任者役の従業員を確保する必要を強く感じ,従業員に判断力養成のための学習機会を提供することを重視するようになり,④の取組み度を高水準に引き上げることが考えられる.

⑦の取組み度の上昇に関しては以下の解釈が可能だろう.B)の段階では,農業生産に関する現場での意思決定権限を持つ常雇が存在せず,従業員に対する作業の指揮・監督は一般に経営者によって直接に行われる.その状況では,経営者が経営目標を理解してもらう形で常雇の従業員を動機付けようとしても,従業員が「自分は経営者に指示されてから動くべき存在である」という意識を多く残し,経営目標の実現に主体的に貢献する意思を持ちにくいと考えられる.しかし,そこからC)の段階に移れば,生産に関する意思決定権限を持つ常雇が存在し,経営者は,経営成長の機会を実現するためにそうした意思決定能力を有する常雇の従業員をさらに追加して確保する必要性も感じやすくなるだろう.この段階で経営者は,現場責任者役に就き得る従業員に対して,経営目標を理解してもらった上で,「自分の意思決定権限を活かしながら経営目標の達成に自分がいかに貢献すべきか」を意識することを望みやすくなると考えられる.B)とC)の間ではこうした事情の違いがあることが予想され,そのために,B)の段階では現場責任者役の常雇を確保する必要に強く迫られない限り,経営者にとって経営目標の理解促進を本格化させるのを見合わせることが望ましく,やがてC)の段階へ進むにつれて,その取組みを本格化させることが望ましくなるのではないかと考えられる.

⑨の取組み度の上昇に関しては以下のような解釈が考えられる.C)の段階の経営では,現場責任者役の常雇が生産に関する意思決定権限を持つので,彼らが仕事に傾ける努力が経営全体の収益に比較的大きな影響を与えるケースが多いと予想される.この他,冒頭で述べた木下農園の事例にみられるように,C)の段階の経営では,学習努力を重ねて現場責任者役に就こうとする従業員を発掘・育成することを経営者が重視する場合が比較的多くなると考えられる.Milgrom and Roberts(1992)によれば,従業員の努力の追加的増加からもたらされる経営者の利潤の増加量(従業員の努力の限界便益)が大きいときほど,経営者にとって,従業員の報酬をその努力状況により弾力的に反応させて決める形でインセンティブの強度を高めることが望ましい.C)の段階の経営では,経営者が,現場責任者役に就き得る常雇の従業員の努力を引き出すことがその経営収支に与える効果を高く評価しやすく,その結果,Milgrom and Roberts(1992)の議論から示唆される通りに,⑨で問われるような就業インセンティブを採用する傾向を強めやすくなるのではないかと考えられる.

5. むすび

本研究では,香川県の農業経営者を対象にしたアンケート調査の結果を用いて,農業経営における雇用管理と人材育成の取組みの動向に関する分析・考察を行った.本研究の分析で得られた発見は以下のように要約できる.調査対象の農業経営を,「常雇なし」,「常雇あり,うち現場責任従事なし」,「常雇あり,うち現場責任従事あり」に区分したとき,「常雇あり,うち現場責任従事あり」の経営が他の二形態に比べて近年経営耕地を著しく大きく拡大させる傾向を持っていた.また,「常雇なし」の経営に比べて「常雇あり,うち現場責任従事なし」の経営では,従業員に対する作業指揮体系の整備や,従業員の技能・判断力の確認,役割や責任感の自覚促進がよく取組まれる傾向があった.この他,「常雇あり,うち現場責任従事なし」の経営に比べて「雇用あり,うち現場責任従事あり」の経営では,従業員の判断力育成や,経営目標の理解促進と待遇改善機会の提示を通じた従業員の動機付けがよく取組まれる傾向が見出された.本研究ではこうした傾向を示してから,組織の経済学の知見を応用することによって,雇用利用形態に応じて上記のような取組みの差異がいかに生じるかについて経済学的説明を与えた.これらの点は本研究の発見と貢献として挙げられる.

本研究の調査分析では雇用管理,人材育成に関する質問項目が10項目に限られたが,より細分化してその取組み状況を詳細に尋ねることが可能だろう.このように調査を精緻化することで,本研究で見出した統計的傾向の一般性や,その傾向に関する経済学的解釈に関して詳しい検証を進めることが今後期待される.本研究による調査の結果では,現在常雇を導入している経営者のうち,「今後常雇を増やしながら規模拡大したい」と回答する経営者の割合が比較的高いことも明らかになっている(35件のうち25件).上記のように質問項目を詳細化したり,対面調査で具体的な雇用管理や人材育成の手段について聞き取り調査を行ったりすることを通じて,こうした経営者の労務管理・人材育成に関する関心に応え得る調査分析結果を導き出すことも可能だろう.以上の点は今後の研究課題として挙げられる8

謝辞

本研究はJSPS科研費26450314の助成によって行われた.

1  このように規模拡大を図る農業経営での労務管理や人材育成に関する取組みを事例ごとに検討した文献としては,例えば,金沢他(2008)小笠原他(2011)迫田(2014)を参照.

2  木村(2004)鈴村(2008)は,農業経営体が農産物販売規模の増大と共に雇用管理や人材育成等の組織マネジメントに関する取組みを全般的に強める傾向を持つことをアンケート調査に基づき示している.ただし,彼らは,ここで述べるような雇用利用の段階に応じてそうした取組みがいかに変化を遂げるかという実態面に関して経済学的説明を行っていない.

3  佛田(2014)は,農業経営者が,雇用した従業員に対して,仕事のとらえ方や作物の飼養に関する微細な技術などを伝えるのに一般に大きな手間と時間がかかることを指摘している.

4  本研究は,①,②,④,⑤,⑩の質問内容を選ぶ際に経営組織の設計戦略に関する沼上(2003)の議論を参考にした.経営組織設計に関するより包括的で詳細な議論は,例えば,Robbins(2005)Robbins et al.(2013)から知ることができる.

5  12個の販売規模段階のうち,回答件数が数件にとどまるような段階が多く存在していたため,ここではその段階ごとに回答スコアの平均を算出して示すことを避けている.

6  本研究のアンケート質問票では,「常雇」を「あらかじめ年間7か月以上の契約で雇った人」として定義し(これは農林水産省の2010年世界農林業センサスの定義に従った),また,従業員が「現場責任者役に従事している」ことを「経営者から作業計画の実行や,配下の作業員の指導・監督を任される」こととして定義しながら,それらの導入状況について尋ねた.回答結果の集計分析もこの定義に従って行われている.

7  現場責任者役の常雇を持つ農業経営では,経営耕地面積の大きな伸びがあるときそれを経営者や現場責任者役の間で適当に割り当てて生産管理を行うことによって,経営耕地拡大に伴い生産管理が複雑化することに対処しやすくなるだろう.そこでは,この長所を活かして経営規模拡大を積極的に進めやすくなることが考えられる.

8  本研究の調査対象となった,現場責任者役の常雇を抱える農業経営者は,元より速やかな経営規模拡大を望む傾向が強かったことが考えられる.彼らは現場責任者役の育成によく取組むことによって,自らの望みに叶う形で速やかに経営規模を拡大する傾向を持っていたとも考えられる.このように本研究で見出される傾向に農業経営者の経営目標が大きく関わる可能性について実証分析を進めることが今後望まれる.他方で,実際の農業経営では臨時雇いが農作業の現場責任者役に就く事例がみられるが,本研究第4節のA),B),C)のような区分に基づく分析ではそうした事例の労務管理・人材育成の特徴を明らかにできない.この点は本研究の限界に挙げられる.農業経営における現場責任者役の従業員の確保状況を臨時雇いも対象に含めてより詳しく把握し,その状況と農業経営者の雇用管理・人材育成に関する取組みとの関係について計量経済学的手法を適用して分析を進めることも今後望まれる.

引用文献
  • あぐりナビ(2016)「木下農園グループ」(https://www.agri-navi.com/s/?post_type=fudo&p=513)[2016年10月11日参照].
  •  小笠原 慎一・ 坂上  隆・ 納口 るり子(2011)「農業法人における組織経営の構築に関する研究―大規模露地野菜作を対象に―」『農業経営研究』49(1),39–44.
  • 金沢夏樹・青柳 斉・秋山邦裕編(2008)『雇用と農業経営』農林統計協会.
  • 木村伸男(2004)『現代農業経営の成長理論』農林統計協会.
  •  迫田 登稔(2014)「法人による地域資源の結合と事業運営」『農業と経済』80(6),36–42.
  • 鈴村源太郎(2008)『現代農業経営者の経営者能力―わが国の認定農業者を対象として―』農山漁村文化協会.
  • 沼上 幹(2003)『組織戦略の考え方―企業経営の健全性のために―』筑摩書房.
  •  佛田 利弘(2014)「法人の強み・農家の強み」『農業と経済』80(6),51–56.
  • Milgrom, P. and Roberts, J. (1992) Economics, Organization, and Management.(奥野正寛・伊藤秀史・今井晴雄・西村理・八木甫訳『組織の経済学』NTT出版,1997).
  • Robbins, S. P. (2005) Essentials of Organization Behavior, 8th ed.(髙木晴夫訳『組織行動のマネジメント』ダイヤモンド社,2009).
  • Robbins, S. P., DeCenzo, D. A., and Coulter, M. (2013) Fundamentals of Management: Essential Concepts and Applications, 8th ed.(髙木晴夫監訳『マネジメント入門―グローバル経営のための理論と実践―』ダイヤモンド社,2014).
 
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