農林業問題研究
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個別報告論文
スカイツリー周辺地域における飲食店の集客要因分析
近藤 莉夏子大江 靖雄
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2017 年 53 巻 3 号 p. 131-138

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1. はじめに

2012年に東京都墨田区に開業したスカイツリーは,電波塔としての機能に加えて,観光・商業施設やオフィスビルが併設されており,ツリーも含め周辺施設は東京スカイツリータウンと呼ばれている.これまでのスカイツリーに関する研究成果は,以下のような特徴がみられる.一つ目は,スカイツリーの工学的な特徴から,自然科学的接近が多いことである.例えば,耐震・耐風設計に関する工学的研究成果(小西他,2011),高層タワーの景観色彩に関する論究(葛西・杉本,2011)など自然科学系からの接近が多く,スカイツリータウンに関しても,防災計画(福井,2013)や低炭素化の観点からの街づくり(塚原,2013)などについて研究が行われている.

これに対して,その集客による経済効果(以下,集客効果)に関しては,研究論文としては意外にも見当たらない.スカイツリー周辺地域では,様々な観光面での経済効果が期待されており,特に周辺地域に及ぼす集客効果は,大きいものであると考えられ,スカイツリー自体の集客に関する一般誌での調査論文などは存在する(永家,2012西山,2012日経消費インサイト,2013).高野(2014)は,スカイツリーの位置する墨田区の伝統工芸による振興について考察している.しかし,スカイツリーの周辺地域に及ぼす集客効果に対する先行研究は見当たらず,分析はまだ十分に進んでいない.

集客効果については,商学分野では,従来から商圏分析としてHuffモデルの適用がなされている.横山他(2000)は,新規店舗進出による販売額予測を,Huffモデルに加えて,コンジョイント分析を行っている.錦織(2011)では,広島新市民球場周辺の商圏モデル分析で,主観的距離を考慮したHuffモデルを適用している.このほか,農業観光の分野では,大江・脇田(2002)では,農道整備による観光もぎ取り果樹園への集客効果を農道からの距離で分析し,1,000 mが同効果の分岐点となることを明らかにしている.また,小西・大江(2016)では,農村レストランの経営者意識を条件付きロジットモデルにより分析しているが,距離の要因は考慮されていない.

そこで以上の既往研究成果を踏まえて,本研究では,スカイツリー周辺地域における飲食店経営者への訪問アンケート調査を行い,そのデータを基にして,集客にはどのような要因が関わっているのかを計量的に解析し,スカイツリー周辺地域の発展に向けた支援上の課題を展望する.

2. 調査方法

本研究では,スカイツリー周辺地域である墨田区内の押上・業平・向島・東向島・京島の飲食店を対象とした.設計したアンケート調査票は,外国人を含むスカイツリーの集客効果や回答者の属性,経営意識に関する設問を設けた.訪問聞き取りと一部留置法で調査を行い,45件の回答を得た(調査期間 土日祝日を除く2015年11月30日~2015年12月16日).本調査は,スノーボーリング方式のため,調査数と回収集は一致する.また,11月上旬に墨田区担当者への聞き取り調査を行った.スカイツリーからの距離データは,グーグルマップによる各飲食店までの直線距離により計測した.それら概要は,平均値440.4 m,標準偏差369.1 m,最大距離1,340 m,最小距離76.2 mであった.調査回答飲食店の地区分布は,表1のとおりである.

表1. 調査回答飲食店の地区分布
地区 回答数 構成比(%)
東向島 7 15.6
押上 8 17.8
業平 17 37.8
吾妻橋 5 11.1
向島 7 15.6
その他 1 2.2
45 100.0

3. スカイツリーの集客効果に関する議論

墨田区(2014)のまち歩きガイドツアー事業実績によると,スカイツリーが開業した2012年は前年に比べてツアー回数は約1.5倍,参加者数は約2倍に増加していることがわかる(表2).

表2. まち歩きガイドツアー事業実績
項目 2010年 2011年 2012年 2013年
コース数 23 37 22 22
回数 219 214 324 588
参加者数 2,146 1,638 3,321 3,519

また墨田区(2014)の担当者への聞き取り調査の結果によると,墨田区の入込客数がスカイツリーに大きく影響を受けているとのことであった.このようにスカイツリーが開業してから墨田区へ訪れる人の数は増えている.しかし,今回対象とした飲食店では,スカイツリーの効果についての設問に対して,「大きい」(6.7%),「やや大きい」(8.9%),「期待通り」(13.3%)と答えた回答者は全体の半数を下回る結果となり,意外にもスカイツリーの効果についてプラスの評価は高くない(表3).この点は,意外にも感じるが,その理由として,開業直後の来客で混雑するスカイツリー内部のスカイツリータウンのみにマスコミの関心が高く寄せられる傾向があったため,その周辺部の既存の飲食店にとっては,スカイツリータウンとの比較という点で,それほどの効果ではないとの認識が働いたためと考えられる.つまり,暗黙的に比較対象を新設のスカイツリータウンに置いていることがその原因と考えられる.この点は,調査中の経営者の応答からも確認できる.

表3. スカイツリーの集客効果・経営者年代・扱っている料理 単位:%
区分 項目 構成比(回答数)
スカイツリーの
集客効果
大きい 6.7(3)
やや大きい 8.9(4)
期待通り 13.3(6)
やや少ない 22.2(10)
少ない 35.6(16)
期待せず 13.3(6)
100.0(45)
経営者年代 30代 11.1(5)
40代 20.0(9)
50代 24.4(11)
60代 22.2(10)
70代 20.0(9)
80代 2.2(1)
100.0(45)
扱っている
料理
和食 57.8(12)
洋食 17.8(19)
中華 4.4(13)
その他 20.0(1)
100.0(0)

このことから,スカイツリーが開業したことで増加した観光客を,スカイツリータウン内での観光で終わらせるのではなく,周辺地域への観光へもつなげるための示唆を得るためには,周辺地域の飲食店の集客要因を分析することが重要であると考える.

4. 分析結果

(1) 単純集計

回答者の年齢構成は,60代以上が4割を占めており,全体に年齢層が高い(表3).扱っている料理では,和食が約6割を占めており,次いで洋食が2割近くで全体の4分の3を占めている(表3).

次に,スカイツリーにより,新規客が増加したかという設問(5段階評価)に対して,「増加」(13.3%),「やや増加」(46.7%)の2回答で全体の6割を占め,先ほど述べたスカイツリーの効果の評価とは対照的な結果となった(表4).つまり,実質的には,過半数の飲食店で新規客の増加を経験しているということができる.

表4. 新規客増減・外国人客増減 単位:%
区分 項目 構成比(回答数)
新規客 増加 13.3(6)
やや増加 46.7(21)
変化なし 33.3(15)
やや減少 0.0(0)
減少 6.7(3)
100.0(45)
外国人客 増加 26.7(12)
やや増加 42.2(19)
変化なし 28.9(13)
やや減少 2.2(1)
減少 0.0(0)
100.0(45)

同様に外国人客が増えたかという設問(5段階評価)に対しても,「増加」(26.7%)と「やや増加」(42.2%)を合わせて3分の2を上回る結果となった(表4).

このことから,スカイツリーの効果はスカイツリータウンの盛況と比べると,思ったよりも感じられなかったものの,スカイツリー開業前にはみられなかった新規客の獲得をしている飲食店が6割に達し,過半数で集客効果が実感されている.

以上,新規客の増減と外国人客の増減の構成比をみると,「増加」,「やや増加」,「変わらない・減少」のほぼ3つに区分できることが分かった.

同様に,外国人客の増減に対しても,「増加」,「やや増加」,「変わらない・減少」の3つに区分できることがわかる.

(2) クロス集計

飲食店にとって,スカイツリーからの距離は,立地上の条件として重要な要因といえる.そこで,スカイツリーからの距離と新規客の増減との間に相関があるかを確認するために,200 mから1,000 m以上の範囲を100 m間隔で9区分して新規客の増減状況に関してカイ二乗検定を行ったところ,スカイツリーから半径400 m以内に対して,1%水準で有意な差が見られた(表5).半径400 m以内とは,通常スカイツリーから歩いて5分程度の距離であると考えられ,スカイツリーからの直線距離平均値とほぼ一致している.具体的には,半径400 m以内の飲食店では,新規客が「増加」「やや増加」の割合が75.0%であるのに対して,それより外側の飲食店では,35.3%と大きな差が生じている.この効果は,500 m以内と600 m以内まで,有意水準は低下するが確認される(10%有意).しかし,700 m以降では,有意差は確認されなかった.

表5. スカイツリーからの距離と新規客の増減の比較(カイ二乗検定)単位:%
項目 スカイツリーからの距離 有意水準
半径400 mより内(28) 半径400 mより外(17)
新規客の
増減
増加・やや増加(27) 75.0(21) 35.3(6) ***
変化なし・やや減少・減少(18) 25.0(7) 64.7(11)

1)***は1%で統計的に有意であることを示す.

2)( )内はサンプル数を表す.

次に,同様のスカイツリーからの距離区分と外国人客の増減との関連性についての検定結果をみると(Fisherの正確確率検定),200 m以内では有意差はなかったが,300 m以内からそれ以降のどの距離区分においても,有意な差(1%~5%水準)が見られたことから,スカイツリー開業後,外国人客は1,000 m程度までの周辺地域にほぼ一様に増加したと考えられる.このことは,外国人の場合は散策範囲がより広いことを示唆している.表6は,表5と対比するために半径400 m圏内外での外国人客の増減を示している.

表6. スカイツリーからの距離と外国人客の増減の比較(カイ二乗検定)単位:%
項目 スカイツリーからの距離 有意水準
半径400 mより内(28) 半径400 mより外(17)
外国人客の
増減
増加・やや増加(31) 85.7(24) 41.2(7) ***
変化なし・やや減少・減少(14) 14.3(4) 58.8(10)

1)***は1%で統計的に有意であることを示す.回答数が5未満のためFisherの正確確率検定を用いた.

2)( )内はサンプル数を表す.

このように,新規客の集客効果に関して国内客と外国人客で違いがみられる結果となったが,両者に共通するスカイツリーからの最短範囲は400 mであることが判明した.しかし,その増加のパタンは両者で異なっており,新規客ではその範囲が限定的であるのに対して,外国人客では1,000 m範囲までで,その増加が確認される.この経営外の要因である距離の影響に関する以上のパタンが,果たして経営的な要因などの作用を考慮してコントロールした場合に,同様な結果となるのかについては,以下のモデル分析でさらに検証することにする.

5. 分析モデル

(1) 新規客の増減

上記の考察から5段階での評価を3段階に統合し,順序変数として被説明変数とした(増加=3,やや増加=2,減少・やや減少・変わらない=1).それぞれに対応する要因を明らかにするために,ランク変数を半径400 mより内=1(1位),半径400 mより外=0(2位)として,距離の違いが属性として選択肢評価に作用するバイアス(以下,固定効果)を明示的に考慮できるランク順序ロジット(rank ordered logit=ROL)モデルを用いて解析する.これは,前段での分析で,距離による新規客増加の違いが検出されたためである.通常の順序ロジット(ordered logit=OL)モデルにより,距離の違いを考慮するダミー変数(400 mより内=1,同外=0)を説明変数に用いてもその効果は評価できるが,回答者が距離のランクを条件(固定効果)として,被説明変数の順序づけの選択を行う場合が,ROLであり(Long and Freese, 2014: pp. 475–479),ROLモデルとOLモデルの違いは,その固定効果が明示的に考慮されるか否かの違いにある.言い換えれば,距離の違いを考慮した選択肢の条件付き確率を想定している点にROLの特徴がある.

飲食店の様な集客を必要とする経営活動にとって,距離の問題はその集客に作用することで経営成果を規定する要因と考えられるので,こうした想定は,妥当と考える.

ランク順序ロジットモデルの適用事例として,澤田・佐藤(2008)は,仮想順位付け実験による国際牛肉に関する消費者評価に適用している.また,霜島・大江(2016)では,移住時期を明示的に区別したモデルにより,定住意向の要因分析で良好な結果を得ている.本稿では,具体的な要因として,「経営活動の内容」,「メディアの活用」,「行政への期待」の3つの観点から説明変数を作成した.説明変数の設定は,既往の成果もないため,探索的に事前の統計的検定の結果および事前の予備的計測結果で良好なものを選定した.

経営活動の内容については,英語対応有り(yes=1, no=0),売りが料理である(yes=1, no=0),土日に営業している(yes=1, no=0),値段は近隣を考慮(yes=1, no=0)を用いた.

メディアの活用については,マスメディアとしてのテレビでの紹介(yes=1, no=0),SNSとしての食べログへの掲載(yes=1, no=0)を用いた.これは,eWOM(electric word of mouth)と呼ばれる,ネット上の口コミを示す変数でもある.

行政への期待については,海外へのPRを期待(yes=1, no=0)を用いた.OLモデルで用いる距離変数は,先述したとおりである.このほか,経営者の属性要因や扱う料理のタイプなどの点も事前の計測で考慮したものの,結果的に有意ではなかったので本モデルでは考慮していない.ROLモデルとOLモデルの計測結果を比較して,いずれのモデルが良好であるのかを判断する.これにより,距離の要因の作用をより,明確に把握できると考える.計測は,Stata14のROLモデルはrologitコマンド,OLモデルはologitコマンドを用いた.

(2) 外国人客の増減

外国人客の増減に対しても新規客の増減と同様に3段階に統合し,順序変数として被説明変数とした上で,それぞれに対応する要因を明らかにするために,上記の新規客の計測モデルと同様の想定で,距離を2区分したROLモデルとOLモデルの二つを計測して,結果を比較する.説明変数選択の方法は,新規客モデルと同様に探索的に行った.具体的には,「経営活動の内容」,「メディアの活用」の2つの観点から説明変数を作成した.

経営活動の内容については,英語対応有り(yes=1, no=0),和食がメイン(yes=1, no=0)を用いた.メディアの活用については,ネット系としてHP,SNSの利用(yes=1, no=0),既存マスメデイアとしての雑誌への掲載(yes=1, no=0)を用いた.距離変数は,新規客モデルと同様である.このほか,インバウンド観光振興でしばしば提起されるフリーwi-fiサービスの提供についても考慮するべきであったが,アンケート調査でこの点の質問を設定していなかったため,この点は考慮していない.使用した計測ソフトウエアおよび使用コマンドは,新規客モデルと同一である.

6. 分析結果

新規客および外国人客増加に関する分析モデルの計測結果(表7,表8)は,距離変数に関して対照的な結果を示している.他の要因に関しては,ほぼ良好な結果を得ている.以下,各モデルの計測結果の詳細を検討してみよう.

表7. 集客要因に関する分析モデルの計測結果(新規客)
被説明変数yi:新規客の増減(増加=3,やや増加=2,変わらない・やや減少・減少=1)
ランク変数:半径400 mより内=1,半径400 mより外=0
変数区分 説明変数 ROL OL VIF
パラメータ z値 パラメータ z値
①経営活動の内容 英語対応有り(yes=1, no=0) 1.977** 2.53 2.4674*** 2.62 1.26
売りが料理である(yes=1, no=0) 2.3290** 2.58 3.4955*** 2.87 1.51
土日に営業している(yes=1, no=0) 1.7225** 2.39 2.0016** 2.26 1.16
値段は近隣を考慮(yes=1,n o=0) 1.1878+ 1.59 1.8471* 1.80 1.13
②メディアの活用 テレビでの紹介(yes=1, no=0) 1.4646* 1.90 2.0988** 2.17 1.43
食べログへの掲載(yes=1, no=0) 1.2590** 2.01 1.9867** 2.39 1.13
③行政への期待 海外へのPRを期待(yes=1, no=0) 1.7827*** 2.73 2.5338*** 2.90 1.13
④距離変数 STからの距離(400 m内=1,外=0) 0.3075 0.36 1.21
サンプル数 45 45
対数尤度 –21.8106 –27.1928
尤度比カイ二乗 26.00*** 34.79***
疑似決定係数 0.3901

1)***は1%,**は5%,*は10%,+は20%(参考値)の水準で係数が統計的に有意であることを示す.

2)VIFは最小二乗法の計測結果から算出した値(参考値).

3)ROLはランク順序ロジットモデル,OLは順序ロジットモデルを示す.

4)ROLモデルの計測結果から推計された閾値:Pr(yi=1)=8.3896,Pr(yi=2)=12.8035.

表8. 集客要因に関する分析モデルの計測結果(外国人客)
被説明変数yi:外国人客の増減(増加=3,やや増加=2,変わらない・やや減少・減少=1)
ランク変数:半径 400 mより内=1,半径400 mより外=0
変数区分 説明変数 ROLモデル OLモデル VIF
パラメータ z値 パラメータ z値
①経営活動の
内容
英語対応有り(yes=1, no=0) 0.9501** 2.10 1.3922** 2.06 1.12
和食がメイン(yes=1, no=0) 0.6918+ 1.48 0.8106 1.20 1.06
②メディアの
活用
HP・SNSの利用(yes=1, no=0) 0.9475* 1.94 1.0962+ 1.59 1.09
雑誌への掲載(yes=1, no=0) 1.2107** 2.50 1.5913** 2.39 1.06
③距離変数 STからの距離(400 m内=1,外=0) 1.9232*** 2.77 1.04
サンプル数 45 45
対数尤度 –29.3796 –36.5643
尤度比カイ二乗 15.91*** 24.05***
疑似決定係数 0.2475

1)***は1%,**は5%,*は10%,+は20%(参考値)の水準で係数が統計的に有意であることを示す.

2)VIFは最小二乗法の計測結果から算出した値(参考値).

3)ROLはランク順序ロジットモデル,OLは順序ロジットモデルを示す.

4)ROLモデルの計測結果から推計された閾値:Pr(yi=1)=2.2447,Pr(yi=2)=4.9465.

(1) 新規客の増減

計測結果(表7)から,ROLモデルとOLモデルを比較すると,全体としてOLモデルの方がパラメータの有意水準は高い.参考として計測した最小二乗法によるVIFによる多重共線性や分散不均一性も検出されなかった(Breusch-Pagan/Cook-Weisbergテスト).パラメータの解釈を行うと,OLモデルで距離変数が有意ではない.OLモデルの計測結果がより良いことを考慮すると,他の要因をコントロールした場合には,新規客の増加への寄与は検証できないといえる.経営的な要因の作用をより考慮するべきといえる.以上の理由から,OLモデルを中心にそれらの要因の解釈を行ってみよう.

経営活動の内容の要因については,「英語対応有り」と「売りが料理である」が1%有意で正の値,「土日に営業をしている」が5%有意で正の値であった.「値段は近隣を考慮」が正の値であるが,有意水準は10%水準で高くはない.メディアの活用の要因については,「テレビでの紹介」と「食べログへの掲載」が5%有意で正の値となり,マスメデイアおよびSNSいずれにおいてもメディアの有効性を確認できる.行政への期待の要因については,「海外へのPRを期待」が1%有意で正の値となった.

(2) 外国人客の増減

新規客分析モデルの結果とは対照的で,OLモデルでは,距離変数が1%有意となっている.各パラメータの有意水準からみるとROLモデルの方が全体として計測結果は良好である(表8).参考として計測した最小二乗法によるVIFや分散不均一性も検出されなかった.そこで,ROLモデルのパラメータの解釈をすると,経営活動の内容の要因については,「英語対応の有無」が5%有意で正の値,「和食がメイン」は正の値となったが10%までの有意水準はクリアしなかった(20%有意).メディアの活用の要因については,「HP・SNSの利用」が10%有意で正の値,「雑誌への掲載」が5%有意で正の値となった.

7. 考察

クロス集計による結果より,経営外の要因に当たるスカイツリーからの距離が400 m内で集客効果に影響することが確認された.しかし,経営的要因を考慮した分析モデルでは,その作用は新規客と外国人客では異なることが判明した.具体的には,新規客では,距離の要因よりも提供する料理自体の魅力という飲食業の基本的な条件の重要性や,土日営業などの観光客対応の重要性を指摘できる.提供する料理の重要性は,農村レストランの分析を行った小西・大江(2016)でも指摘されている.これに対して,外国人客に関しては,経営的要因よりも距離の要因が有意に確認できる.つまり,外国人客の集客に関しては,距離の要因の重要性はより高いと言うことができる.

次に,新規客・外国人客ともに共通した要因は,「英語対応有り」「メディアの活用」であった.英語対応を行っているということは,外国人客を受け入れる姿勢が整っていると考えられる.また,メディアの活用の要因については,従来のメディアだけではなく,ネット系の食べログやHP・SNSの活用も正の値で有意となった.これより,自ら情報発信の重要性と,従来のマスメデイアに加えて,eWOMと呼ばれるネット上での口コミ情報の重要性も指摘できる.

行政への期待については,「海外へのPRを期待」が唯一正の値となった.このことから「英語対応有り」の要因も踏まえて,スカイツリー開業後,日本人観光客だけではなく,新しい顧客として外国人観光客も視野にいれている経営が,客の増加率を高めていると考えられる.

8. おわりに

本研究では,スカイツリーの集客効果について,飲食店への聞き取り調査をもとにした計量的モデルで,要因解析を行った.その結果,飲食店にとって距離の要因は,外国人客の集客にとっては,重要な要因であるものの,全体としての新規客の集客には.基本的な経営内要因である提供する料理の魅力が重要であることを指摘できる.

共通する経営者側での対応要因として,外国人観光客を意識した英語対応の重要性を指摘できる.しかし,一個人で行うのは困難である場合もあるので,自治体で外国語講座の実施や英語表記のメニューの作成などの支援を行う必要があると考えられる.

また,ネット系の食べログやSNS等の利用の有効性が確認されたことから,これらの新しいメディアの活用も新規客獲得に有用であると考えられる.しかし,今回アンケートを行った飲食店ではあまり新しいメディアを活用しないと考えられる60代以上の経営者が4割以上を占めている.このことから,このようなあまりSNS等を利用しない世代でも活用できるような講座の実施やアドバイザーの活用などの支援策を充実させることも重要といえる.

最後に,今回の研究では,集客効果については,飲食店経営者の主観的な評価であったことは,データ上の制約として認識しておく必要がある.また,飲食店の継続的な経営に影響すると考えられるリピーターに関するeWOMなどを含めた要因の分析はできなかった.外国人客の集客効果に関しては,今回分析で考慮した要因の内生性を明示的に考慮した2段階推計モデルなどの検討も必要と考える.さらに,距離の要因については,空間経済学の適用などで,より詳細な分析による研究成果の蓄積も必要といえる.これらの点についての解明は,今後の課題としたい.

謝辞

現地での聞き取り調査にご協力いただいた回答者の方々に感謝申し上げます.

本研究には,科学研究費補助金No. 25450342,No. K1614996を受けた.

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