農林業問題研究
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個別報告論文
先進酒造好適米産地の維持・発展要因と課題
―兵庫みらい農協を事例として―
鈴木 淳髙田 理
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2017 年 53 巻 3 号 p. 139-147

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1. はじめに―課題と方法―

近年,清酒の中でも嗜好性の高い特定名称酒の増産を受け,全国で酒造好適米が増産され,中でも山田錦等の主要な銘柄の増産は著しい.酒造好適米の流通は,農協と酒造組合の両系統を経由する系統流通が主流であるが,米流通の自由化を背景に,系統外流通の増加等といった新たな課題が発生している.

小池(1995)は,清酒製造の動向の変化に伴う酒造好適米の需要の増加を予想し,産地と酒造業者との関係の強化による需給の安定の重要性と,計画的な供給のための流通構造の重要性を指摘した.また,小針(2013, 2016)は,特定名称酒の増産や米流通の自由化に伴い,変化する酒造好適米の生産や産地の動向を明らかにした.しかし,先行研究の多くは,生産や流通の動向を俯瞰的に分析したものや,産地の新たな取組を分析したものが中心である.管見の限り,近年の酒造好適米の生産や流通の変化と要因を分析し,また,このような変化が,従来からの産地に及ぼす影響について明らかにした研究はない.

そこで,本研究は,酒造好適米産地の農協や系統農協1に着目し,変化する酒造好適米の流通の動向を受けて,変化する生産の現状と課題を明らかにする.事例として,従来からの酒造好適米の主要な産地であり,農協組織を中心とする産地が形成されている,兵庫県三木市の兵庫みらい農協管内の山田錦産地を取り上げる.事例産地の分析を通じ,これまでの先進産地の維持・発展要因2を明らかにするとともに,産地や流通をとりまく環境変化と新たな課題に対応し,これからも産地を維持し生産を継続・拡大していくための,先進産地の展開方向を明らかにする.

2. 酒造好適米の特質と生産及び流通の動向

(1) 酒造好適米の特質と清酒製造の動向

酒造好適米は,清酒の原料として主に酛米や麹米に用いられるが,特定名称酒等の嗜好性の高い清酒を中心に,主原料である掛米に用いられることもある.酒造好適米は,一般に酒造以外に用途がなく,流通在庫を持たず,主食用米より高価で転用できないため,酒造業者の需要に基づく生産が原則である.

なお,特定名称酒とは,純米,吟醸,本醸造酒の総称であり,これら以外の清酒と比べて高度に精米を施すため,一般に原料米を一層多く使用する.

近年の清酒製造の動向は,2010年度以降の特定名称酒の増産が著しく,特定名称酒以外の清酒は横ばいである.図1は,全国の清酒製成数量の推移を,特定名称酒・特定名称酒以外の清酒別に示している.清酒製成数量に占める特定名称酒の割合は,2010年度の33.5%(147,579 kl)から2014年度の40.2%(181,383 kl)に上昇している.

図1.

全国の清酒製成数量の推移

資料:国税庁(2008-2016)より作成.

1)年度は酒造年度(7月初日から翌年6月末日まで).

(2) 酒造好適米の生産の動向

清酒製造の動向を受け,2010年度以降の酒造好適米の増産が著しい.図2は,全国の醸造用玄米検査数量(酒造好適米生産数量に相当)の推移を示している.醸造用玄米検査数量は,2010年度の65,283 tから2015年度の105,946 tに増加している.中でも山田錦は,2009年度に五百万石を抜き,全国で最も多く生産されており,醸造用玄米検査数量に占める山田錦の割合は,2010年度の29.7%(19,418 t)から2015年度の36.5%(38,685 t)に上昇している.

図2.

全国の醸造用玄米検査数量の推移

資料:農林水産省(2007-2016)より作成.

(3) 酒造好適米の流通の動向

酒造好適米の流通は,前述の特性ゆえに厳密な需給管理が重要であることから,系統農協と酒造組合系統との連携による系統流通が主流である.中でも全国段階(全農と日本酒造組合中央会)を経由する場合,一般に「契約栽培方式3」と呼ばれる取引形態をとる.これは,酒造組合系統が取りまとめた全国の酒造業者からの希望数量に対し,系統農協が供給可能な数量を提示して,両者の折衝により産地・品種別の供給数量を決定した後,都道府県段階を経て,産地の単位農協に生産数量を割り当てるものである.

しかし,近年,系統流通によらない流通形態(以下,系統外流通)が増加している.この多くは,米穀商等の商系業者らによる商系流通であり,他に,生産者や産地と酒造業者との相対取引がある.図3は,全国の酒造好適米流通数量の推移を,系統・系統外流通別に示している.2010年度以降,系統・系統外流通ともに増加しているが,流通数量に占める系統流通の割合(以下,系統流通率)は,2010年度の73.8%(48千t)から2015年度の58.3%(60千t)に低下している.

図3.

全国の酒造好適米流通数量の推移

資料:全農兵庫県本部提供資料より作成.

3. 兵庫県の酒造好適米の生産及び流通の動向

(1) 兵庫県の酒造好適米の生産の動向

兵庫県は,酒造好適米の主要な産地の1つであり,2015年度の全国に占める兵庫県の生産数量は,27.2%(28,868 t)と最も高い.中でも山田錦の生産数量は,全国の62.7%(24,287 t)を占めている.

清酒製造の動向を受け,兵庫県においても2010年度以降の酒造好適米の増産が著しい.図4は,兵庫県のうるち米作付面積の推移を,醸造用うるち米(酒造好適米に相当)・主食用うるち米別に示している.山田錦を含む醸造用うるち米の作付面積は,2010年度の3,860 haから2015年度の6,123 haに増加しており,中でも2015年度の山田錦作付面積は,過去最高の5,330 haに達している.

図4.

兵庫県のうるち米作付面積の推移

資料:兵庫県庁提供資料より作成.

山田錦は,兵庫県の定める奨励品種のうち,特定奨励品種に指定されている.特定奨励品種とは,栽培特性に優れるが広域適応性に劣るため,適応地帯(以下,適地)を限定して普及するものである.山田錦の適地は,三木市や加東市を中心とする主に7市2町よりなり4,県による種子供給や普及指導は,適地内に対してのみなされるのが原則である.適地は,従来からの山田錦の主要な産地であり,農協を中心とした産地が形成され,系統流通に支えられた生産や流通体制が構築されてきた先進産地である.

しかし,近年,適地以外における生産(以下,適地外生産)が増加している.図5は,兵庫県の山田錦作付面積の推移を,適地・適地外別に示している.2010年度以降,適地・適地外生産ともに増加しているが,作付面積に占める適地の割合は,2010年度の99.3%(3,336 ha)から2015年度の95.1%(5,073 ha)に低下している.

図5.

兵庫県の山田錦作付面積の推移

資料:兵庫県庁提供資料より作成.

(2) 兵庫県の酒造好適米の流通の動向

全国の動向と同様に,兵庫県においても系統外流通が増加しており,中でも山田錦の増加は著しい.図6は,兵庫県の山田錦流通数量の推移を,系統・系統外流通別に示している.このうち系統流通は,酒造業者から系統流通に対する申込数量と,実際の供給数量とに分けて示している.系統流通率は,2007年度の84.6%(12,604 t)から2011年度の68.2%(10,388 t)に低下し,この後は横ばいである.

図6.

兵庫県の山田錦流通数量の推移

資料:全農兵庫県本部提供資料より作成.

そこで,系統流通率の低下の要因を検討する.

第1の要因は,酒造業者の動向によるものである.2008年度から2010年度にかけて,酒造業者から系統流通に対する申込数量は減少傾向であった中,豊作のため申込数量以上の供給がなされた.これを受けた酒造業者らは,2009年度以降,系統流通による調達を抑制し,系統外からの調達を志向するようになった.系統流通による調達と併用する形で,商系業者からの調達や,生産者や産地との相対取引が開始ないし拡大され,2010年度以降にみられる需要の増加に際しては,このような取引関係が,調達先として重要な位置づけとなったものと考えられる.

第2の要因は,商系業者や生産者の動向によるものである.2001年度以降,民間の登録検査機関による農産物検査が認められ,商系業者は,集荷した米に自ら品質表示ができるようになった.これを受けた商系業者らは,従来の庭先集荷に加え,事前予約や栽培契約等による,積極的な集荷をするようになった.また,2008年度以降,系統流通に対する申込数量の減少に伴い,産地の農協が生産者に配分する生産数量を減少させたことは,生産者に対し,系統外への出荷を助長させる要因となったと考えられる.

第3の要因は,適地外生産の増加である.適地外生産に対し,農協組織による生産支援や系統流通はなされないため,適地外生産された山田錦のほぼ全量が,商系業者や酒造業者との相対取引により流通されているとみられる.したがって,適地外生産の増加は,生産者や産地と商系業者や酒造業者との相対取引が,開始ないし拡大されたものと考えられる.

(3) 兵庫県の酒造好適米の生産及び流通の課題

前掲の図6に示すように,2011年度以降,系統流通に対する兵庫県産山田錦の申込数量は,実際の供給数量を著しく超過し,酒造業者らの旺盛な需要を充足できていない.このような状況にも関わらず,商系業者や酒造業者との相対取引等による系統外流通が増加し,さらに,適地外生産の増加が系統外流通の増加を一層進行させている.すなわち,流通数量に占める系統流通の割合や,作付面積に占める適地内生産の割合を,一層低下させているのである.

このような事態は,農協組織が支えてきた先進産地の維持・発展を脅かすものである.そこで,産地の農協や系統農協は,これまでどのように生産や流通を支えてきたのか,また,先進産地は,産地や流通の環境変化と新たな課題に対し,どのように対応すべきなのかを,以降の分析を通じて明らかにする.

4. 先進産地の取組と維持・発展要因

本節では,先進産地の事例として,兵庫県三木市の兵庫みらい農協管内の山田錦産地を取り上げる.事例産地の分析を通じ,特に,産地の農協の取組や系統農協の役割に着目して,これまでの先進産地の維持・発展要因を明らかにする.

(1) 兵庫みらい農協管内の山田錦産地の概況

兵庫みらい農協は,加西市,小野市,及び三木市の中央部を管轄する.三木市は,兵庫県南部,播磨地域の中央部に位置し,2005年に合併した旧吉川町及び周辺地域は,山田錦の重要な産地である.2014年の三木市の耕地面積(3,120 ha)のうち,水田(2,970 ha)の占める割合は95.2%であり,稲作を中心とする経営が多い.水稲作付面積(2,030 ha)に占める山田錦(1,417 ha)の割合は69.8%である.

このうち事例産地に着目すると,2014年度の山田錦作付面積(780 ha)は県内の16.7%を占め,兵庫みらい農協による山田錦集荷数量(2,881 t)は,県内で系統流通する山田錦流通数量の19.7%を占めている.また,事例産地は,口吉川,細川,志染,久留美の4地区よりなる.表1は,事例産地の山田錦の生産状況を,各地区別に示している.

表1. 三木市の兵庫みらい農協管内の山田錦の生産状況(2014年度)
集荷数量
(t)
作付面積
(ha)
経営体数
(経営体)
単収
(kg/10 a)
平均面積
(ha/経営体)
三木市すべての水稲 9,580 2,030 2,0931) 471.92 0.97
 うち山田錦 1,417
  兵庫みらい農協 2,881 780 1,009 369.25 0.77
   口吉川地区 927 228 223 405.01 1.03
   細 川 〃 869 239 292 362.13 0.82
   志 染 〃 664 193 309 343.66 0.63
   久留美 〃 420 117 185 356.26 0.64

資料:兵庫みらい農協提供資料,農林水産省(2016)より作成.

1)三木市のすべての水稲の[経営体数(経営体)]は,農林水産省(2016)に基づく2015年の値.

2)[平均面積(ha/経営体)]は,1経営体あたりの平均作付面積.

3)各地区の指標は,兵庫みらい農協への聞き取りに基づくため,兵庫みらい農協に出荷しない経営体は含まれない.

2010年度以降の清酒製造の動向を受け,事例産地においても山田錦の増産が著しい.図7は,兵庫みらい農協による山田錦集荷数量の推移を,各地区別に示している.山田錦集荷数量は,2010年度の2,368 tから2015年度の3,374 tに増加している.

図7.

三木市兵庫みらい農協管内の山田錦集荷数量の推移

資料:兵庫みらい農協提供資料より作成.

(2) 事例産地の取組と維持・発展要因

1) 安定した取引を支える取組

事例産地の維持・発展要因の第1は,農協組織による産地と酒造業者との関係性に着目した取組が,両者の安定した取引関係を支えていることである.兵庫みらい農協は,全農兵庫県本部と連携し,両者の相互訪問や意見交換等による信頼関係の形成を推進して,取引の継続や申込数量の安定を図っている.

また,村米・準村米制度は,事例産地に特徴的な取組である.兵庫県の瀬戸内海沿岸,神戸市から西宮市にかけて酒造業が集積する地域を灘・五郷と呼び,灘・五郷の酒造業者と播磨地域の酒造好適米産地との,明治時代から続く取引慣行が村米制度である.これは,特定の集落の米が特定の酒造業者へ仕向けられるものであり,現在は系統流通する他の酒造好適米と同様に契約栽培方式をとり,主に県段階の系統農協と酒造組合系統との連携により運用されている.また,県外の酒造業者とも村米に準じる関係が形成されており,これは準村米と呼ばれている.

2015年度,事例産地内の3地区と県内の6酒造業者,また,4地区と県外の9酒造業者がこの関係にあり,流通数量に占める村米・準村米の数量は,各地区の集荷数量の約半数を占める.現在の村米・準村米制度の主な目的は,産地と酒造業者との人的交流や栽培技術の研鑽であり,両者の信頼関係の形成による申込数量の安定や,作況に伴う供給数量の調整にも寄与している.表2は,各地区の村米・準村米関係にある酒造業者数と,山田錦流通数量の変動係数との関係を示している.村米・準村米関係が多い程,流通数量の変動係数は小さく,したがって,両者の取引が数量的に安定していることがわかる.

表2. 村米・準村米関係にある酒造業者数と山田錦流通数量の変動係数(1998~2015年度)
村米 準村米 地区計 流通数量の
変動係数
兵庫みらい農協 6 9 15
 口吉川地区 5 4 9 0.138
 細 川 〃 3 3 6 0.144
 志 染 〃 2 2 4 0.212
 久留美 〃 0 2 2 0.258

資料:兵庫みらい農協,全農兵庫県本部提供資料より作成.

1)村米・準村米関係にある酒造業者数は2015年度の値.

2)ある酒造業者が,複数の集落と村米・準村米関係にある場合があるため,[地区計]は単純に合計したものではない.

3)変動係数は期間内の[標準偏差/単純平均]より算出.値が0に近い程,推移の変動幅が小さいことを示している.

さらに,農協組織は,新たな村米・準村米関係の形成も推進している.近年は増産傾向であるが,これ以前の減産傾向であった時期において,村米・準村米関係は生産を下支えしてきた経緯から,両者の取引関係の強化を重視5しているのである.

2) 質的・量的に優れた生産を支える取組

第2の維持・発展要因は,優れた品質の確保と酒造業者からの申込数量の確実な充足のため,各者が連携した組織的・継続的な生産支援をしていることである.産地では,兵庫みらい農協や生産者部会を中心に,所管する農業改良普及センター等とも連携して,質的・量的に優れた生産を支援している.

1つ目に,兵庫みらい農協は,産地内の品質や生産性の高位平準化に取り組んでいる.表1に示すように,口吉川,細川地区と志染,久留美地区との間には,単収に明らかな違いがある.前者は,美嚢川の両岸に位置し,気候や土壌に恵まれた明治時代からの好適地であり,営農組合等による大規模な経営もみられる.後者は,前者より生産条件や生産者の熟練で劣り,酒造好適米から主食用米等の他の品目へと,相場に応じて作目を切り替えることもある.そこで,環境条件に応じた栽培暦の微調整や,圃場わきに栽培適期を記した看板を立て,生産者に適期作業を促す等の取組がなされており,営農指導員らを中心とした細やかな指導が取組を支えている.また,産地を所管する加西農業改良普及センター等の行政機関とも連携し,普及員らによる高度な指導に加えて,新技術の実証試験等にも協力している.

2つ目に,兵庫みらい農協は,数値による栽培管理に取り組んでいる.生産者の多くは,零細・兼業農家6であり,高齢化やリタイアに伴う生産能力や品質の低下が懸念されている.そこで,土壌診断に基づく施肥や生産記録の記帳等により,科学的な栽培管理を推進するとともに,担い手の育成や知識の世代間移転を促している.また,大学と連携した地理情報システムによる圃場管理の実証試験7等,先端の情報技術を応用した栽培管理も試行されている.

3つ目に,兵庫みらい農協は,産地の担い手の支援に取り組んでいる.質的・量的に優れた生産には生産者の鼓舞が重要であることから,生産者部会や現地検討会(先進圃場の巡回研修)に酒造業者を招き,生産者との人的交流や品質に関するフィードバックを推進している.また,兵庫みらい農協が出資する(株)兵庫みらいアグリサポートは,農作業の受託や仲介を業務とし,産地における農業機械や農地の遊休をなくすとともに,意欲ある担い手の収益向上と,高齢・零細農家の営農継続を支援している.

4つ目に,全農兵庫県本部は,2011年産米以降の系統流通する兵庫県産山田錦に,「グレードアップ兵庫県産山田錦8」と呼ばれる新基準を適用した.これは,一層の整粒と高品質化により,系統外流通や適地外ないし県外産地と差別化を図るものである.

3) 流通数量の安定と確実な取引を支える系統流通

第3の維持・発展要因は,安定した生産数量と確実な取引の確保により,質的・量的に優れた生産を支援する系統流通の役割である.

酒造好適米の取引には,酒造業者の需要を確実な供給に結び付けるための流通構造が重要である.系統農協は,全国域の流通と需給の調整を担う系統流通を運用し,需給の一致と流通数量の安定に寄与してきた.表3は,山田錦流通数量の変動係数を,流通経路別に示している.系統流通を中心とする兵庫県の流通数量の変動係数は全国に対して小さく,さらに兵庫県内において,系統流通は系統外流通に対して小さい.したがって,系統流通は,他の流通経路に対して数量的な変動が小さいことがわかる.

表3. 山田錦流通数量の流通経路別の変動係数(1998~2015年度)
流通数量の変動係数
全国 0.211
 兵庫県 0.159
  系統流通 0.187
  系統外流通 0.400

資料:全農兵庫県本部提供資料より作成.

1)変動係数は期間内の[標準偏差/単純平均]より算出.

(3) 小括

事例産地では,兵庫みらい農協が中心となり,産地と酒造業者との関係性の強化のための取組や,優れた品質の確保と申込数量の確実な充足のための取組がなされてきた.また,系統流通は,取引の数量的な安定に寄与し,産地と酒造業者に安定した生産数量と確実な供給を確保してきた.さらに,このような農協組織を中心とした取組は,生産・供給の安定と産地の維持を継続的に支援し,生産者や酒造業者の信頼を獲得してきた.これらは,系統外流通や実績の浅い適地外産地ないし県外産地には模倣できない,先進産地の優位性であると考えられる.

5. 先進産地をめぐる環境変化と新たな課題

本節では,産地や流通の環境変化が,先進産地とこれを支える農協組織にどのような影響を与え,どのような課題を引き起こしているかを明らかにする.

1つ目に,系統外流通や適地外生産の増加は,系統流通の維持を困難にする恐れがある.系統流通は,酒造業者の申込数量と産地が供給可能な数量とを,作付前に一致させるよう調整し,安定した生産数量と確実な供給を確保してきた.しかし,系統外流通や適地外生産の増加は,系統農協による酒造業者の動向の把握を不確実にするとともに,系統流通のこのような調整機能の低下を引き起こしている.

前掲の図6に示すように,系統流通に対する申込数量は,2010年度の10,041 tから2014年度の17,660 tに増加し,中でも2013年度以降の増加は著しい.これは,主に兵庫県外の酒造業者らから,供給実績を大きく上回る申込を受けたためであり,系統流通が,系統外流通による調達が不足した場合の代替として利用されたことが,この要因であると考えられる.系統農協は,ある酒造業者から供給可能な数量以上の申込を受けた場合,供給実績等を参考に協議の上,当年産米の供給数量を決定する.しかし,正味の需要量以上とみられるこのような申込数量の急増に伴い,2013年度の申込数量(16,498 t)に対する供給数量(11,649 t)の割合は70.6%に低下し,需給の不一致を引き起こしたものと考えられる.

2つ目に,系統外流通や適地外生産の増加は,産地の機能や,各者が連携した取組の効果を低下させる恐れがある.産地の農協は,種子供給,資材供給,農産物検査に加え,ライスセンター等の共同利用施設を提供してきた.また,各種の協議会や振興会は,行政機関や農協組織の関係者で構成され,生産者の地位向上や産地の振興に尽力してきた.事例産地の取組で取り上げたような生産支援も,農協組織や行政機関により提供される産地の機能のひとつである.酒造好適米を生産する以上,産地の機能は少なからず利用し,この多くは系統流通を前提とするものである.しかし,系統外流通や適地外生産の増加は,このような産地の機能を弱体化させる恐れがある.

3つ目に,系統外流通や適地外生産の増加は,産地の維持や生産の継続を不確実にする恐れがある.産地内の大勢を占める零細・兼業農家は,販売交渉力に乏しく系統出荷に依存せざるを得ない.しかし,系統出荷の見通しが不透明になれば,高齢な篤農家や零細・兼業農家のリタイアを進行させ,産地の生産能力や品質の低下を助長させる恐れがある.

6. これからの先進産地の展開方向

本節では,系統外流通や適地外生産の増加といった新たな課題に対し,先進産地が対応していくための展開方向を検討する.特に,農協組織を中心としたこれまでの取組は,先進産地の優位性を確立してきたことから,この維持・強化に着目する.

(1) 系統流通の競争力強化

系統外流通の増加は,生産者や酒造業者にとって,系統出荷・系統流通では得られないメリットがあることによるものと考えられることから,系統出荷・系統流通の競争力の強化が重要である.

生産者に対しては,価格や数量等の具体的な取引条件による結集力の強化が重要である.また,大口利用奨励の強化や無条件委託から買取への移行等,生産者の経営規模や農協への出荷実績に応じて,取引条件を見直すといったことも検討すべきである.

酒造業者に対しては,質的・量的に確実な供給はもちろん,取引条件に関する酒造業者の要請に細やかに対応するとともに,産地や農協組織との信頼関係の形成により,取引の継続や申込数量の安定を図ることが重要である.また,需給の変動を抑制するため,産地や品種を固定した複数年契約の締結を推進したり,申込数量や供給実績等に応じ,個別的に取引条件を見直すといったことも検討すべきである.

(2) 既存産地の積極的増産

適地外生産の増加は,適地内生産やこれを支える系統流通を弱体化させるものであると考えられることから,適地内の生産能力の強化が重要である.

2014年産米以降,酒造業者の要請による酒造好適米の増産分を,生産数量目標の枠外とする措置(以下,枠外措置)が開始され,事例産地を含む一部の先進産地は,これを活用して増産に取り組んでいる.

8は,三木市の水田利用状況の推移を,山田錦,山田錦をのぞく水稲,不作付地(転作地も含む)別に示している.水稲に占める山田錦の割合は,2010年度の56.4%(1,113 ha)から2015年度の71.5%(1,476 ha)に増加している.

図8.

三木市の水田利用状況の推移

資料:三木市役所提供資料より作成.

また,2015年産米の三木市の生産数量目標相当分9は,目標の1,810 haに対して実績は2,040 haであり,主食用水稲等からの転作と枠外措置の活用により,山田錦の増産に対応していることがわかる.さらに,不作付地にも枠外措置を適用することにより,一層の増産が可能であると考えられる.

なお,産地が増産に取り組むにあたっては,農協による生産支援に加え,系統農協は,これを支える系統流通を強化するとともに,酒造組合等と連携して酒造業者への販売促進を強化する等といった,生産・流通が一体となった組織的な取組が重要である.

7. むすび

本研究では,兵庫みらい農協管内の山田錦産地の事例分析を通じ,安定した生産数量と確実な供給を確保してきた系統流通と,農協を中心とした生産支援が,先進酒造好適米産地のこれまでの維持・発展を支えていることを明らかにした.また,村米・準村米制度をはじめとする,産地と酒造業者との関係性に着目した取組において,農協組織は重要な役割を担っていることを明らかにした.さらに,系統外流通や適地外生産といった課題を指摘し,このような課題に対応するための展開方向を明らかにした.

これからの先進産地の維持・発展には,産地内の大勢を占める高齢・零細農家に対する生産支援や,次世代の担い手の育成が一層重要であり,彼らが将来を見据えて生産を維持・拡大できる,生産環境の整備が重要である.したがって,安定した生産数量と確実な供給を確保してきた系統出荷・系統流通や,農協を中心とした生産支援の意義は,一層増大していくと考えられる.農協組織は,これまでの取組を維持・強化していくためにも,系統出荷・系統流通の競争力強化に取り組んでいくことが重要である.

なお,系統外流通や適地外生産の増加は,生産者や酒造業者にとって,系統出荷・系統流通では得られないメリットがあることによるものと考えられる.しかし,本研究では,系統外流通や適地外生産の実態や,これらを増加させている要因を十分明らかにできていない.したがって,流通形態の比較分析や,生産者や酒造業者からみた流通形態の選択要因の分析等を通じ,系統出荷・系統流通に対する系統外流通のメリット・デメリットを明らかにするとともに,系統流通が相対的に競争力を低下させている要因を明らかにすることは,本研究の残された課題である.

1  本稿における「系統農協」とは,全国段階の全国農業協同組合連合会及び道県段階の経済農業協同組合連合会ないし全農都府県本部を指す.「農協組織」とは,これらに単位農協を含む.

2  本稿における「産地の維持・発展」とは,「産地と酒造業者との持続的・安定的な取引が確立し,長期的な見通しを持って,生産の継続・拡大が可能な状態にあること.」と定義する.

3  「契約栽培方式」は次の手順をとる.まず酒造組合系統は,作付前年度に全国の酒造業者の希望数量を集約し,日本酒造組合中央会が代表して全農に申し込む.折衝により申込数量を決定し,系統農協は,都道府県段階を経て,産地の単位農協に生産数量を割り当てる.収穫された当年産米は,産地から酒造業者に直送される.全国段階を経由するが,実務上の調整は都道府県段階においてなされる.また,類似の形態に,都道府県段階で取引が完結する「計画栽培方式」がある.

4  2015年度の山田錦の適応地帯(適地)は,三木市,加東市,加西市,小野市,西脇市,多可町,神戸市北区,三田市,猪名川町に相当する地域である.なお,これらの市町の地域は,みのり農協,兵庫みらい農協,兵庫六甲農協が管轄している.

5  村米・準村米関係は,口吉川,細川地区が中心であるが,最近では久留美地区において,新たに準村米関係が形成された.

6  2010年の三木市の基幹的農業従事者に占める65歳以上の割合は64.8%,販売農家に占める専業農家の割合は15.3%.

7  (株)兵庫みらいアグリサポートと,兵庫県立大学大学院応用情報科学研究科の川向肇氏の研究室を中心とする取組である.

8  これまでとの主な変更点として,統一ふるい目の拡大(2 mmから2.05 mm),「山田錦GAP」の実施,種子更新の徹底等.

9  生産数量目標相当分とは,数量配分された生産数量目標を面積相当に換算したもの.2015年産米の三木市の生産数量目標は8,764 t(面積相当1,810 ha),実績は9,950 t(同,2,040 ha).

引用文献
 
© 2017 地域農林経済学会
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