我が国では,2012年7月に「再生可能エネルギー特別措置法」の固定価格買取制度(Feed-in Tariff: FIT)が導入された.FITの下では,再生可能エネルギーを用いて発電された電力について,定められた期間(調達期間),定められた価格(調達価格)で電力会社が購入する義務が課せられる.これにより,エネルギー自給率の向上や地球温暖化対策の進展とともに,再生可能エネルギーの一層の普及が意図されている.
耕作放棄地などの低・未利用地の有効活用方策として,FITを利用した太陽光発電設備や風力発電設備の導入は有望なオプションとも考えられよう.この問題意識の下,伊藤他(2016)は,太陽光発電設備を北海道のすべての耕作放棄地に導入することにより,北海道合計の一般電気事業者販売電力量の3割強の発電量が得られる点,および耕作放棄地への太陽光発電設備導入による便益は費用を上回る経済性を有している点の示唆を得ている.
一方で,風力発電は良好な風況が整えば,晴天,雨天,昼夜を問わず24時間発電が可能であるなど太陽光発電にはない特徴を有する.しかしながら,耕作放棄地などへの導入が見込まれる20 kW未満規模の風力発電については,FITでの調達価格が最も高く設定されていることから,設備導入の経済性は太陽光発電等と比べて低いことも推察される.はたして耕作放棄地への風力発電設備導入についても,太陽光発電を事例とした伊藤他(2016)と同様に,費用を上回る便益が得られるのであろうか?
風力発電ポテンシャルに関する調査研究には,株式会社ドーコン(2015)や高木・福田(2010)などがある.また,風力発電の経済評価研究には,谷川(2006),植田他(2008),Kumar and Nair(2013),Oliveira and Fernandes(2012)などがある.株式会社ドーコン(2015)は,一定規模以上のまとまった耕作放棄地面積を有する農業集落を抽出したうえで,風力発電設備導入を仮定した場合の発電量を推計している.植田他(2008)は,気象官署が設置されている152市町村における気象条件と社会特性から年間発電量と発電売り上げを算出したうえで事業性を評価している.Kumar and Nair(2013)は,フィジーエネルギー省の風速データを用いた風力発電の賦存量による風力発電の経済性を評価している.Oliveira and Fernandes(2012)は,ポルトガルにおける風力発電の技術的,経済的な側面から風力発電導入の実現可能性を提示している.
以上のように,風力発電の発電量推計や風力発電導入可能性の経済評価に関する調査研究は存在する.しかし,耕作放棄地に風力発電設備を導入すると仮定して,農業集落単位レベルで発電量を推計のうえで,風力発電の設備導入による経済評価までを試みた研究を見出すことはできなかった.
そこで本稿では,北海道の全耕作放棄地に風力発電設備を導入すると仮定して,まず農業集落単位レベルで発電量を推計し,次にこの推計発電量を用いて風力発電の設備導入による経済性評価を試みる.さらに,これら風力発電設備を導入すると仮定した結果を,太陽光発電設備を導入すると仮定した結果(伊藤他,2016)と比較したい.
分析対象地域の北海道は,風力発電所の出力で全国の1割を占め,都道府県別出力では2014年度時点で青森県に次いで2位である(経済産業省北海道産業保安監督部,2015).さらに,北海道は風力発電の賦存量もかなり高い地域である(高木・福田,2010).
現実には,耕作放棄地面積や風況以外にも,発電設備の設置条件や送電条件などの集落立地条件の違いが存在し,また農地法などの法令適用を受け,直ちに全ての耕作放棄地に風力発電設備を導入することも困難である.しかし本稿では,利用可能な資料データ制約から,耕作放棄地面積や風況以外の集落立地条件の違い1や法令適用の影響などは無いものと仮定し,北海道の全ての耕作放棄地に対し,直ちに風力発電の設備導入が可能と仮定して推計した.
まず本稿における分析の方針と手順を説明したい.はじめに,農業集落単位の耕作放棄地面積および風況を把握する.次に,耕作放棄地面積および風況を用い,北海道の耕作放棄地利用を想定した風力発電の利用可能量を推計する.続いて経済評価のために,風力発電の利用可能量とFITで設定されている調達価格から風力発電の便益を算定する.加えて,既存資料を用いて風力発電設備の費用を概算する.便益および費用から,総便益および総費用を算定し,費用便益比率,内部収益率,回収期間を求め,北海道の耕作放棄地利用を想定した風力発電設備導入について太陽光発電設備導入との比較の上で経済評価を試みる.
風力発電では,発電設備の設置場所の風速が低い場合,十分な発電量を得ることができず,事業の経済性が著しく低下すると考えられる.そこで,本研究では,一定以上の風速がある集落の耕作放棄地のみに風力発電設備を設置すると仮定した感度分析も試みる.
分析対象の設備容量については,分類基準より小型風力発電とする.風力発電は定格容量によって,大型風力発電,中型風力発電,小型風力発電,マイクロ風力発電に分類される(新エネルギー・産業技術総合開発機構 エネルギー対策推進部,2008).小型風力発電は,定格容量からみた風車の分類基準において,1 kW以上50 kW未満と定義されている.耕作放棄地に設置される風力発電が必ずしも小型風力発電に限定されるものではない.しかし,耕作が放棄される農地は,分散錯圃の状態の場合が多く,一定規模以上の用地を必要とする大型風車,中型風車の,耕作放棄地への設置は困難である.したがって,本稿では,風力発電設置の実現可能性の観点から小型風力発電を分析の対象とする.
以下では,より具体的な推計方法とデータについて詳述したい.
(2) 風力発電の利用可能量の推計方法風力発電の利用可能量2は,北海道における各農業集落の耕作放棄地面積を算出し,耕作放棄地面積と風況(年平均風速),またローター半径と風車1台当たりの占有面積(株式会社ライフコミュニケーション,2016)などの諸係数により,中口・青木(2006)などを参考に下式によりもとめる.
利用可能量
=風車の発電可能量原単位×風車設置台数
風車の発電可能量原単位(kWh/年・台)
=1.9×0.5×ρ×V3×π×R2×Cp×8,760×10–3
ただし,
1.9:レイレ分布の3乗根係数
ρ:空気密度(1.225 kg/m3)
V:平均風速(集落別データ)
π:円周率(3.14)
R:ローター半径(3.9 m)
Cp:風車の総合効率(0.25)
8,760:年間時間数(24時間×365日)
風車設置台数(台)
=耕作放棄地面積/風車1台当たりの占有面積
ただし,
風車1台当たりの占有面積:32.5 m×32.5 m
具体的には以下の手順で推計する.はじめに,環境省(2015)の風況マップデータより各農業集落の風況(年平均風速)を把握する.次に,風況(年平均風速)および風車の総合効率などの諸係数より風車の発電可能量原単位をもとめる.一方,耕作放棄地面積を風車1台当たりの占有面積で除することによって,風車設置台数をもとめる.そのうえで,風車の発電可能量原単位および風車設置台数より利用可能量をもとめる.
(3) 風力発電の利用可能量の推計データ本稿では,農林統計協会(2012)を利用し,農業集落単位で耕作放棄地面積を算出する.北海道の耕作放棄地全てを対象とする.各農業集落の耕作放棄地面積は,農業経営体が所有する耕作放棄地面積と土地持ち非農家が所有する耕作放棄地面積の合計値とする.以上の方法で求めた北海道における耕作放棄地面積を合計すると12,977 haとなった3.
風況(平均風速)は,環境省(2015)による500 mメッシュの平均風速4と農林統計協会(2010)を用いて決定する5.
(4) 風力発電導入の費用便益分析費用便益分析は,便益と費用による投資効率性を評価する手法であり,本稿で用いる評価指標は,費用便益比率,内部収益率,回収期間とする.
費用便益比率は,割引率,評価期間,基準年度など前提条件を定めたうえで,推計から得られる便益と費用を現在価値に変換し,プロジェクトの総便益を総費用で除して導き出される.総便益の算定においては,初年度の4ヶ月を施工期間とし,初年度についてのみ,この施工期間4ヶ月分の便益を控除して総便益を算定する.維持管理費についても,便益同様に,初年度についてのみ,この施工期間4ヶ月分の維持管理費を控除する.便益と費用の現在価値化に用いる割引率は,公共事業評価の費用便益分析に適用されている社会的割引率の4.00%とする(上月他,2001;吉川他,2011).風力発電設備の法定耐用年数は17年であるが,風車の操業期間の実態(20年)(経済産業省資源エネルギー庁,2012)およびFITの買取価格の調達期間(20年)を反映して,本稿においても評価期間を20年と設定する.耕作放棄地面積などは,評価期間(20年)中,不変と仮定する.
内部収益率は,便益の現在価値が費用の現在価値と等しくなる割引率としてもとめられる.
回収期間は,投資額の回収期間として計算される.その値があらかじめ決められている期間内であれば投資を採択する方針となる.
(5) 風力発電導入の経済性評価データ 1) 風力発電によりえられる便益風力発電によりえられる便益の貨幣評価額は,FITにおける風力発電(20 kW未満)の2016年度調達価格59.4円/kWh(税込み)に,風力発電の利用可能量を乗じて求める6.
2) 風力発電設備にかかる費用本稿では,固定価格買取制度における調達価格等の検討に向けた経済産業省(2016)における資本費を用いることとする7.風力発電設備の建設については,kW当たり1,250千円(税込)に定格出力9.8 kWを乗じて,風力発電機1基あたり1,225万円とする.維持管理費用は建設費等の2.28%相当分を計上する8.
表1に,北海道の全ての耕作放棄地に風力発電設備を導入した場合および一定以上の風力が得られる集落のみに風力発電設備を導入した場合の利用可能量の推計結果を示す.一定以上の風力は,平均風速で3.0 m/s以上,4.0 m/s以上,5.0 m/s以上,5.5 m/s以上,6.0 m/s以上と設定する(飯野他,2010;野方他,2013)9.
| 区分 | 利用可能量 | 利用可能量/販売電力量 |
|---|---|---|
| 百万kWh/年 | % | |
| 全集落 | 924 | 3.23 |
| 平均3.0 m/s以上の集落 | 881 | 3.08 |
| 平均4.0 m/s以上の集落 | 610 | 2.13 |
| 平均5.0 m/s以上の集落 | 97 | 0.34 |
| 平均5.5 m/s以上の集落 | 12 | 0.04 |
| 平均6.0 m/s以上の集落 | 2 | 0.01 |
1)販売電力量(28,592百万kWh/年)は2015年度の値(北海道電力,2016).
まず,全ての耕作放棄地に風力発電設備を導入した場合の風力発電の利用可能量は,924百万kWh/年と推計された.一定以上の風力が得られる集落のみで風力発電施設を導入すると仮定した感度分析結果における風力発電の利用可能量は,881百万kWh/年(3.0 m/s以上),610百万kWh/年(4.0 m/s以上),97百万kWh/年(5.0 m/s以上),12百万kWh/年(5.5 m/s以上),2百万kWh/年(6.0 m/s以上)と推計された.
本稿における計測結果に基づけば,北海道内の全耕作放棄地に風力発電設備を導入したとしても,その利用可能量は2015年度における北海道合計の一般電気事業者販売電力量28,592百万kWh/年(北海道電力,2016)の3.23%にとどまっている.北海道の全耕作放棄地において太陽光発電を行なった場合の利用可能量10,342百万kWh/年(伊藤他,2016)と比較しても9%程度の水準である.北海道の全ての耕作放棄地を利用するとの共通の前提の下で,風力発電の利用可能量が太陽光発電の利用可能量を大幅に下回ったことは,風力発電における面積あたりの発電量が太陽光発電に比べ小さいことを示している.
(2) 風力発電の費用便益分析結果表2に,北海道の全ての耕作放棄地に風力発電設備を導入した場合および一定以上の風力(3.0 m/s以上,4.0 m/s以上,5.0 m/s以上,5.5 m/s以上,6.0 m/s以上)が得られる集落のみに風力発電設備を導入した場合での費用便益分析の結果を示す.
| 区分 | 単位 | 全集落 | 平均3.0 m/s 以上の集落 |
平均4.0 m/s 以上の集落 |
平均5.0 m/s 以上の集落 |
平均5.5 m/s 以上の集落 |
平均6.0 m/s 以上の集落 |
|
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| 総便益 | 百万円 | 757,696 | 721,960 | 500,001 | 79,145 | 10,006 | 1,269 | |
| 総費用 | 百万円 | 1,960,305 | 1,669,893 | 872,961 | 86,433 | 8,793 | 902 | |
| 評価 指標 |
費用便益比率 | 0.39 | 0.43 | 0.57 | 0.92 | 1.14 | 1.41 | |
| 内部収益率 | % | ― | ― | ― | ― | 6.17 | 10.08 | |
| 回収期間 | 年 | ― | ― | ― | ― | 13 | 10 | |
まず,全ての耕作放棄地に風力発電設備を導入した場合には,総便益757,696百万円,総費用1,960,305百万円,費用便益比率0.39と推計された.北海道の全耕作放棄地において太陽光発電設備を導入した場合(伊藤他,2016)には費用便益比率は1.00を上回っていたのに対し,風力発電設備の導入では費用を上回るほどの便益が見込めない結果となった.
続いて,一定以上の風力が得られる集落のみで風力発電施設を導入すると仮定した感度分析結果について見ると,平均風速3.0 m/s以上の場合で,総便益721,960百万円,総費用1,669,893百万円,費用便益比率0.43と推計された.平均風速4.0 m/s以上の場合で,総便益500,001百万円,総費用872,961百万円,費用便益比率0.57と推計された.平均風速5.0 m/s以上の場合で,総便益79,145百万円,総費用86,433百万円,費用便益比率0.92,平均風速5.5 m/s以上の場合で,総便益10,006百万円,総費用8,793百万円,費用便益比率1.14,内部収益率6.17%,回収期間13年,平均風速6.0 m/s以上の場合で,総便益1,269百万円,総費用902百万円,費用便益比率1.41,内部収益率10.08%,回収期間10年と推計された.耕作放棄地において風力発電の経済性が確保されるためには,平均風速が高くなければならないことが分かる.
以上の感度分析から,耕作放棄地への風力発電設備導入によって,太陽光発電設備導入を上回る経済性を見込める集落も存在することが示唆されたと考える.本稿における計測結果に基づけば,平均風速5.5 m/s以上の風速が得られる集落では,費用便益比率は1.00を上回り,事業採算性が確保される結果を得た.その際の費用便益比率(1.14)は,北海道の全耕作放棄地において太陽光発電を行なった場合の費用便益比率1.03(伊藤他,2016)を上回る水準であった.
本稿では,耕作放棄地面積や風力以外の集落立地条件の違いや法令適用の影響などは無いと仮定,また北海道の全耕作放棄地に風力発電設備を導入すると仮定して,まず農業集落単位レベルで発電量を推計,次にこの推計発電量を用いて風力発電の設備導入による経済性評価を試みた.伊藤他(2016)による耕作放棄地への太陽光発電設備導入との比較を通じた主な結果は以下の通りである.
第1に,北海道の全ての耕作放棄地に風力発電設備を導入した場合に得られる発電量は,北海道合計の一般電気事業者販売電力量の3.23%であり,伊藤他(2016)で推計された太陽光発電設備導入による発電量と比較しても9%程度でしかなかった.第2に,北海道の全ての耕作放棄地に風力発電設備を導入した場合の費用便益比率は0.39であり,費用を上回るほどの便益が見込めない結果となった.これは,伊藤他(2016)で推計された太陽光発電設備導入の費用便益比率1.03を大幅に下回る値であった.第3に,風力発電設備導入による経済性が,伊藤他(2016)で推計された太陽光発電設備導入による経済性を上回るためには,風力発電設備は,平均風速5.5 m/s以上を有する特定集落の耕作放棄地に設置される必要がある点が,感度分析の結果明らかとなった.
以上の前提条件に基づく分析結果から,北海道の全耕作放棄地に風力発電設備を導入した場合,見込まれる発電量とその発電設備導入による経済性は,太陽光発電を導入した場合に比べ,何れも極めて小さい点が示唆された.
本稿の草稿を第66回地域農林経済学会大会(2016年10月29日,近畿大学)で報告した際に,座長の飯國芳明先生(高知大学)をはじめ,フロアの先生方からは有益なコメントをいただいた.また,査読者からいただいたコメントにより,より精緻な推計となるなど内容を大幅に改善することができた.これらの方々に深く謝意を表する.本稿は,JSPS科研費JP25660175,JP16H06202の助成を受けた研究成果の一部である.