農林業問題研究
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個別報告論文
養蜂業者における初期技術形成に関する一考察
―山形県の養蜂業者を事例として―
米澤 大真宮部 和幸
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2017 年 53 巻 4 号 p. 203-208

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1. はじめに―問題意識と課題―

(1) 問題意識

養蜂業は近年,その実態に大きな変化が起きつつある.これまで利用されてきたナタネやレンゲといった草本性の蜜源の激減や,ダニによる病的被害,農薬による被害など,養蜂業を取り巻く環境は厳しい.一方で近年,都市部を中心として,ビルの屋上などでミツバチを飼養する「都市養蜂」や,蜜の生産に注力を行わない「趣味の養蜂」が注目を集めている.

また,果樹農家の高齢化に伴う花粉交配作業の省力化や,自然条件の変化による訪花性昆虫減少の影響を受け,ハチのポリネーターとしての需要は高まってきている.さらに,国内におけるハチミツの消費量は横ばいで推移しているものの,国内流通量の7割を占める中国産ハチミツへの不安を背景に,国産ハチミツの自給率は上昇してきている1.その結果,1979年の11,785戸をピークに2005年に4,790戸まで減少を続けていた養蜂業戸数は,2014年の9,306戸まで回復を遂げてきている2.しかし,1980年と2014年の飼養規模別分布をみると(表1),1980年では全体の27%を占めていた50群以上の本格的な養蜂業者が2014年には14%まで縮小しているのに対して,1980年全体の32%を占めていた10群未満の小規模な養蜂業者が2014年には60%に拡大している.したがって,現在の養蜂業は趣味的な小規模養蜂業者が多くを占め,本格的な養蜂業者の育成やその規模拡大は進んでいない状況にある.増加する国産ハチミツ需要に対し,新規養蜂業者の趣味的養蜂から本格的養蜂業者への育成が要請されてきている.

表1. 飼養規模別にみた蜜蜂飼養戸数 単位:戸,%
10群未満 10–49 50–99 100–199 200–499 500以上 合計
1980年 実数 2,219 2,869 863 762 259 19 6,991
構成比 31.7 41.0 12.3 10.9 3.7 0.3 100
2014年 実数 4,249 1,934 458 313 193 26 7,173
構成比 59.2 27.0 6.4 4.4 2.7 0.4 100

資料:農林水産省畜産振興課「養蜂関係参考資料」.

一般に,養蜂業はハチの餌となる花粉と花蜜を自然資源に依存している.新規に養蜂業をスタートする場合,後述する養蜂固有の技術習得に加えて,蜜源植物が多く存在する場所にいかにして巣箱を置くか,すなわち,豊富な蜜源の探索・確保がポイントである.蜜源の多くは既存養蜂業者によってナワバリ化されている.以前はナワバリを持つ養蜂業者との師弟関係を結ぶことによって蜜源を手配してもらうことが可能だった.しかし,蜜源が減少し,蜜源の確保が困難な現状では,弟子になりたい者がいたとしても蜜源の面倒をみることが出来ないため,新規の養蜂業者の育成・指導に消極的な既存養蜂業者も少なくない(柚洞,2006).このため,新規養蜂業者は,蜜源の探索・確保に加え,既存養蜂業者からの最低限の指導の下で養蜂技術を自らの経験を通して学習(経験学習)しながら,効果的に初期技術形成を図らなくてはならない.

ところで,養蜂に関する研究は,特定分野においてその蓄積が進展している.たとえば,佐々木(1998)のミツバチの学習能力や行動などのハチの生態分野や,田中(2014)の国産ハチミツが免疫機能に及ぼす影響などの栄養・医療分野において,研究蓄積は急速に進んでいる.しかし,ハチを飼養し,ハチミツを生産・出荷する養蜂業者を対象とした既存研究では,養蜂の移動空間・生産形態の変化を解明した柚洞(2006)宇野(2000)などが挙げられる程度であり,養蜂業者に不可欠なその技術や蜜源確保に関する既存研究は皆無に近い状況にある.

(2) 課題と方法

山形県は,林野面積が約67万ha(全国第8位)であり,森林資源とともに,アカシア,トチ,シナなどの木本性の蜜源が多く残っている.また,生産量日本一である桜桃をはじめ,メロンやスイカ,リンゴなど果実生産が盛んであり,ポリネーションによる恩恵も受けやすい.そのため,近年,果樹農家を中心として養蜂業への新規参入者は増えつつある.

そこで本論文では,養蜂業の技術的特徴を,畜産(特に酪農)との比較を通して明らかにし,養蜂業者の初期技術の形成過程を経験学習プロセスに依拠しつつ,山形県内の養蜂業者を事例として,実証的に明らかにすることを課題とする.

本節につづく第2節では,養蜂業者をめぐる技術的特徴とその経験学習に関する予備的考察を行う.第3節では,養蜂業者における初期技術はどのような経験学習を通じて形成されてきたのか事例分析・考察を行う.最後の第4節では,養蜂業者の初期技術形成の特徴とともに,今後の残された研究課題を示す.

なお,本課題を解明することは,これから養蜂を始める養蜂業者や,趣味養蜂から本格的業者への移行を目指す養蜂業者などに対する効率的な技術形成に貢献できるものと考えられる.

2. 予備的考察

(1) 技術と経験学習

南石(2015)は,技術を「科学を応用して人間生活に役立てる方法・手段・工夫であり,記録できるため,開発改良した人間から切り離されて,別の人間が知識として学習することが可能なもの」としている.すなわち,技術は蓄積性と拡散性を有しており,ヒトとヒトとの関係性のなかで蓄積されるものとなる.また南石(2015)は,農業技術の特徴に関して「工業技術と比較し,再現性が低くなり,状況依存性が高くなる特徴を持つ」と指摘しており,農業技術には,生産現場で多様な状況を経験し,学習することで,その不確実性を低減することが求められる.したがって,農業技術の初期技術の形成には,経験を通して学習する経験学習(Learning by Doing)が有効であると考えられる.

本論文では,多くの経験学習理論のなかでも学習プロセスに注目したKolb(1984: pp. 39–60)の経験学習モデルを援用する.Kolbの経験学習モデルは(松尾,2011:pp. 56–65),「具体的体験」を受け,その内容を「内省」し,そこから「教訓」を引き出して,その教訓を「新しい状況に適用する」動態的な学習プロセスである.通常,養蜂業者には,繁殖,飼養過程の各過程において,固有な段階的な技術形成が求められている.こうした経験学習プロセスに着目することで,養蜂業者の初期技術形成を動態的に把握することができると考えられる.

(2) 養蜂の技術的特徴

2は,養蜂(ハチ)の技術的特徴に関して,①繁殖過程と②飼養過程,これらの過程での③病気処置・対策及び④外敵駆除の4つの視点から,酪農(乳牛)との比較から整理したものである.

表2. 養蜂の繁殖・飼養過程における特徴と技術-酪農と比較して-
養蜂 畜産(酪農)
①繁殖過程
(特徴) ・繁殖期間が短期(受精から出産3日)
・性成熟まで短期(7日)
・繁殖期間が長期(受精から出産280日)
・性成熟まで長期(15カ月)
(技術) ・女王バチの産卵促進の給餌や管理技術
・女王バチの育成管理技術
・人工授精技術
・雌牛の飼養技術
②飼養過程
(特徴) ・開放的飼養環境(ハチは巣箱から2~4 km移動)
・飼料:花粉と花蜜の自然資源
・観察:1週間に1回程度
・貯蜜が少ないとミツバチによる盗蜜も発生
・牛舎や放牧地などの閉鎖的飼養環境
・飼料は乾草,濃厚飼料,代用乳など
・観察:1日2~3回程度
(技術) ・内検技術(ハチにストレスを与えないように迅速に
行う,強群は攻撃的になるため内検が難しい)
・砂糖水の補助給餌技術
・採蜜技術(ハチの生育を考慮した採蜜が必要)
・飼料等の給餌技術
・搾乳技術
③病気処置・対策
(特徴) ・腐蛸病,チョーク病,バロア病などの発生は養蜂群
の崩壊に直結する
・殺菌・消毒の徹底
(技術) ・養蜂業者が処置・対策を行う ・獣医師等が処置・対策を行う
④外敵駆除
(特徴) ・スズメバチと熊による被害が大きい ・ハエ,アブ・シラミ等の発生
(技術) ・スズメバチ等の外敵駆除技術 ・畜舎内殺菌・消毒技術

資料:長野県畜産試験場(2013:p. 22),山形県養蜂協会,養蜂業者に対するヒアリング調査結果を基本として作成.

①繁殖過程:養蜂,酪農も雌を主体とした生産業であり,それらの繁殖能力を高めるための繁殖技術は重要である.酪農は性成熟までの期間が長く,繁殖のリスクは相対的に高いのに対して,養蜂は性成熟までの期間が短く,繁殖のリスクが相対的に低い.ミツバチは群の増減が激しく,養蜂群をいかにして維持・拡大していくのか,特に女王バチの産卵のため,貯蜜や巣脾(餌と産卵の空間)の追加や奨励給餌(花の無い早春期に砂糖水などを与え,蜂群の活性化)や,巣脾の追加,女王バチの計画的育成・管理などの固有な繁殖技術がポイントとなる.

②飼養過程:酪農は牛舎や放牧地などの閉鎖的な飼養環境であるのに対して,養蜂は巣箱が設置可能なわずかなスペースと蜜源を含む自然空間を必要とし,自らが所有する農地及び空間だけではなく,地域の農地や空間も必要とする,外部環境の影響を受けやすい開放的な飼養環境にある.

そして酪農は1日に最低3回と頻繁に観察を行うのに対し,養蜂は1週間に1回程度の観察でよいとされる(みつばち協議会,2013:p. 31).しかし,開放的な飼養環境であることに加え,ハチの行動は天候などの自然条件の影響にも大きく左右されるため,内検(巣箱を開けて蜂の様子や餌の有無を確かめる作業)や給餌などの迅速的,突発的な飼養技術が求められる.また酪農は,育成ステージに合わせ,数種類の飼料を使い分けながら,その生産量や品質の調整を行うことが可能であるのに対して,養蜂は,飼料を自然資源に依存する.さらに,ハチの生育にはハチミツも必要であり,ハチの生育状況を考慮した計画的な採蜜技術も求められる.

③病気処置・対策:酪農では殺菌・消毒の徹底が主となり,病気の対策の多くは獣医師等などの外部の専門家が担う.養蜂では,腐蛆病,バロア病,チョーク病など多くの病気は伝染する性質を持っているため,養蜂群の壊滅につながるリスクは大きく,複数の病気に複合感染するケースも多くみられる.また,現在,認可されている薬品は少なく,その処置・対策は養蜂業者自らの経験と実践,その状況判断に依拠する対策技術となる.

④外敵駆除:養蜂群はスズメバチや熊などによって容易に壊滅に至るケースが発生する.養蜂群を維持するためには外敵駆除技術は重要な技術となる.

新規養蜂業者にとって,酪農などの他の畜種に比べて,養蜂は開放的飼養環境にあることから,病気や外敵のリスクが高い.そのため病気処置・対策や外敵駆除に関する技術を初期段階から習得しておく必要がある.また繁殖・飼養過程においては,女王バチの育成・管理や,素早い内検で適宜観察しながら,養蜂群というミツバチの群れの維持・拡大を図る繁殖技術や,迅速的・突発的な対応を含めた飼養管理技術も不可欠となる.こうした初期技術の多くは,外的環境の変化で発生するリスク低減を含む問題解決型の性格が強く,繁殖・飼養過程での養蜂業者自らの実践・経験を通して習得する.すなわち,経験学習として形成されるものであると考えられる.さらに,こうした初期技術形成に加えて,ミツバチが半径2~4 kmの範囲を飛び回るため,土地所有者はもちろんのこと,空間に居住・往来する不特定多数の関係者との人的なネットワークづくりも,豊富な蜜源の探索・確保3から重要である.

3. 事例分析・考察

(1) 地域概況

山形県西村山郡は朝日連峰のそびえる山間地と,寒河江市を中心とした盆地で形成されている.盆地では,桜桃や洋ナシが栽培され,山間部ではリンゴやブドウの栽培が盛んであることから,総じてポリネーション需要の高い地域である.また,養蜂協会西村山支部は,後継者不足が他地域よりも深刻化していることから,他の支部と比較すると,新規養蜂業者に対する指導は積極的である.また,40年以上前より県の養蜂協会を中心に蜜源植物の育樹が盛んとなっている.なかでも西村山支部ではこれまでに3万本以上のトチの植樹が行われてきており,当地域の養蜂を支えている.ただ,植樹されたトチの蜜源を含め,蜜源は複数の有力養蜂業者内で分配されており,他の地域同様,新規養蜂業者に対する蜜源の手配はできない現状にある.

(2) 新規養蜂業者K氏の初期技術形成

本論文の事例対象となるK氏は,年齢28歳(2015年時点),飼養群数は5群となっており,年間50kgの採蜜を行っている.研修先は西村山郡のA養蜂場であり,この養蜂場は最大飼養数が200群を越す大規模養蜂業者である.K氏がA養蜂場で研修を行った2013年~2014年の初期技術形成に限定して分析・考察を行う.

K氏は2013年の4月中旬からA養蜂場で,給餌用の砂糖水づくりと給餌器への注入作業を手伝うことから開始した.特に,他の群が蜜を求めて群を襲う「盗蜜被害」にあわないよう,強群から給餌を行うことを学ぶ.5月から採蜜がスタートし,A養蜂場の主要な蜜であるトチは11日ほど流密(花の蜜の分泌)が続き,回転式採蜜機の操作方法や採蜜用の巣の編成論理,増加する蜂群に適合した巣脾の追加や,女王バチの育成方法などの繁殖技術に関する指導も受ける.6月は採蜜作業に加え,スズメバチの早期駆除を手伝う.7月は内検方法や流蜜のチェック方法などを詳しく学習する.8月にダニによるバロア病の発生で250群が50群までに激減する.感染した群の焼却処分やダニのチェックを手伝うこととなり,K氏は自身が手をかけてきた蜂が死んでゆく光景に大きな衝撃を受ける一方で,症状をみて病気の見分けがつかない自身の知識不足を痛感する.そのため,自らが病気に関する知識と対策に関して書籍やインターネットを通して学習し,被害の把握に役立てることを学ぶ.9月はスズメバチ駆除対策方法を具体的に体験する.網の大きさでスズメバチだけを捕殺する捕殺機を巣の前に設置したが,穴が小さく雄のミツバチが捕殺され,弱群化することもあった.10月は越冬のための群の合流と,それに伴う巣脾の保存作業を体験する.2年目となる2014年の4月には,「健勢」を本格的に学ぶこととなる.健勢は,自然条件が不安定な早春に,巣内の女王蜂や働きバチの動きや,貯蜜・産卵・流蜜状況などから蜂群の増加と不足物資を推測し,給餌,巣枠の追加を行い,計画的に群を繁殖させる技術である.越冬を終えた春先の巣箱は約30箱の弱群(約6,000匹)しか存在しない.この群を採蜜が始まる5月までに100群以上の強群(約40,000匹)に仕立てることが健勢である.女王バチは1日最大で約2,000個の産卵を行い,産卵から21日で新たな働き蜂が巣から出る.通常の飼養時よりも群のコントロールが困難であり,迅速でかつ突発的な対応が求められる.また,健勢の成否によってその年の採蜜量が大きく変動することから,新規養蜂業者にとっては必要不可欠な初期技術である.

蜂数は大幅に増加し,増えた蜂の数だけ餌と巣脾を追加する必要がある.貯蜜量を確認し,増加する蜂数を予想しながら,各巣箱の群に合った給餌と巣脾の追加を行い,蜂群をコントロールする健勢技術が重要となる.K氏はこの作業過程で,餌を切らしてしまい,一部の蜂群を餓死させてしまう.花が咲き始めたことから給餌を減らしたが,予想以上に蜂数が増えたことと,気温の低い日が続いたため,集蜜活動が行われなかったことなどの原因を探った.事前に天候を調べ,悪天候が続きそうな場合にあらかじめ多めに給餌するなどの健勢技術を習得した.

5月中旬から採蜜はスタートしたが,この年は5月初旬に連続して夏日が続いたため,A養蜂場の主力蜜であるトチの流蜜期間が3日間と短く,蜜が昨年の10分の1程度しか採蜜できなかった.計画的な採蜜が容易に出来ないことを学ぶ.さらにK氏は蜜源がトチに依存していることが問題であると把握し,他の花の蜜源を確保することがリスク分散につながることを学習する.6月はハチのチェックを行う.昨年のダニによる壊滅が花粉交配用に貸出していたものが多かったことを活かして,培った経験や知識を駆使し,花粉交配群を念入りに観察した.その結果,ダニの発生が確認できたため,指導を受けながら治療薬を蜂群に投与するなどの処置を行った.また,捕殺機を網の広い捕殺機に改良し巣に設置したところ雄バチの捕殺が減少した.7月には作業にも慣れ,学ぶことも少なくなってきたことから養蜂場に通う頻度を抑える.2015年4月からは独立し,3群から養蜂を始める.A養蜂場の紹介により,自宅から60 km離れた場所の蜜源に巣箱を設置したが,頻繁に内検ができず,春の健勢が遅れ蜂群の活動は低下した.同年5月に地元の若手農業者の集会を通じて仲良くなったM農園から,農園の保有する山を貸してもらえることになる.K氏の自宅から3 kmほどの場所で,流蜜量は少ないものの,複数種類の花の蜜が確保出来るようになった.このことにより蜜源のリスクが分散した安定的な採蜜と定期的な内検が可能となった.そのためダニの発生や外敵による被害は軽減された.蜜源が比較的住宅地に近い場所にあるため,周辺住民や農家には,挨拶まわりを行うなどのきめ細かな対応も進めた.お世話になっているM農園や近隣の農家には,積極的に農作業の手伝いやスズメバチの巣の駆除,リンゴ栽培農家の花粉交配用蜂の世話を行うなど,良好な人的関係を維持するよう取り組んでいる.

(3) 経験学習に基づく初期技術の形成

3は,こうした新規養蜂業者K氏の経験学習の「経験」,「内省」,「教訓」,「適用」の4つのプロセスから,繁殖技術,飼養技術,病気処置・対策技術,外敵駆除技術を整理したものである.

表3. 新規養蜂業者K氏の経験学習―初期技術の形成―
繁殖技術 飼養技術 病気処置・対策技術 外敵駆除技術
経験 ・健勢作業中に蜂群が餓死したこと(2014/04) ・計画的な採蜜が困難(2014/06) ・ダニ被害に対し,何もできなかったこと(2013/08) ・捕殺機の設計ミスが発覚したこと(2013/06)
内省 ・悪天候で集蜜活動が行われなかったこと ・蜜源がトチに依存していることが原因 ・自身の病気に対する知識不足が原因 ・網の大きさが原因
教訓 ・事前に天候を調べ,好天時に給餌しておくこと ・蜜源リスクを分散させること ・書籍やインターネットを通じて学習を行うこと ・網目の小さい網を張り付けることで改良
適用 ・その後の健勢の成功(2014/04) ・安定的な採蜜が可能に(2015/06) ・ダニの早期発見・対策(2014/08) ・雄バチの捕殺が減少(2014/06)

資料:筆者がヒアリング調査に基づき作成.

2014年4月健勢中での蜂群の餓死は,集蜜活動が行われない中で,給餌を減らしたことが原因であると内省し,健勢作業前に天候を調査し,悪天候が続きそうな際は,好天時にあらかじめ多めに給餌しておくことを教訓として,その後の健勢作業に活かしている.2014年6月の採蜜では,計画的に採蜜が出来ない経験から,蜜源のトチへの依存が原因であると内省し,他の花の蜜源を確保しリスクの分散が必要だという教訓を得る.この教訓は翌年5月の蜜源の探索・確保に活かされている.また2013年8月のダニ大量発生時には,症状の判別がつかなかった経験から,自身の知識不足が原因であることを内省し,書籍などを通じて知識を深め,同年の病気の把握に努め,それは2014年6月のダニのチェック時での早期の発見・対策に繋がっている.2013年6月のスズメバチの駆除では,捕殺機で雄のミツバチが捕殺されるトラブルに対し,網目の大きさが原因であることを突き止め改良を施し,これも翌年6月の外敵駆除に生かされている.

こうして繁殖技術,飼養技術などの初期技術形成において,初年度に経験した内容を新たな状況に適応するまでの経験学習プロセスを確認することが出来る.このことは,養蜂の初期技術形成には経験学習による複数年の経験が有効であることを意味している.

4. おわりに

本稿では,山形県の新規養蜂業者を対象に初期技術の形成に関して実証分析を試みた.

こうした養蜂の初期技術形成を,特に畜産(酪農)との比較を通して指摘すれば,1つは養蜂における多様な初期技術形成の必要性が挙げられる.酪農では繁殖技術や病気処置技術等を外部の専門家が担う.すなわち技術の外部化が進み,飼養技術に特化した初期技術の形成が可能であるのに対して,養蜂は技術が内製化され,初期段階から繁殖,飼養,外敵駆除等の多様な技術形成が必要となる.2つは飼養数の多い既存養蜂業者のもとでの経験学習を通した初期技術形成の重要性である.養蜂は酪農とは異なり,飼養環境が自然に左右されやすく,迅速的,突発的な対応が求められ,自らの経験学習を通して技術形成がされやすい.養蜂の場合,多様でかつ固有な技術の可視化は進んでおらず,人に体化されやすい傾向にある.このため初期の技術形成には指導者となるメンターの元での経験学習がより効果的となると考えられる.

最後に今後に残された研究課題として,1つは,本論文では養蜂群数や経験年数の少ない事例を通して,新規養蜂業者の技術形成を考察してきたが,より本格的な養蜂業者としての規模拡大のためにはどのような技術が不可欠なのかを明らかにする必要がある.もう1つは,養蜂業者の初期技術形成と人的ネットワークづくりの関係である.新規養蜂業者の蜜源の探索・確保は,地域の農家や近隣住民との人的ネットワークづくりが深く関わっており,そのネットワークづくりには,スズメバチ駆除技術やミツバチの飼養技術とも密接に関連している.新規養蜂業者の初期技術形成と人的ネットワークづくりの関係を明らかにする必要がある.

2  2013年1月1日より養蜂振興法が改正され,趣味養蜂家であっても届け出が義務付けられている.

3  蜂を飼養する場所の登録は都道府県庁に行う.過去に空間を利用していた養蜂業者にその飼養場所の優先的利用権が発生している.新しく巣箱の設置場所を登録する場合,①現在・過去において他の養蜂業者の飼養場所が無いこと.②土地所有者から利用の承諾を受けていることが条件となる.ただし,都道府県庁は養蜂家の飼養場所があるかの情報は個人情報保護の観点から公開することはできない.そのため養蜂業者個人が地域住民から地域の情報収集を行うことが求められる.

引用文献
 
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