農林業問題研究
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個別報告論文
高齢者の買物環境と生活満足度
―東京都多摩ニュータウン地域を対象として―
佐藤 龍一大江 靖雄
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2017 年 53 巻 4 号 p. 209-214

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1. はじめに

現在わが国は高齢化が進み,様々な高齢者問題が発生している.その中でも高齢者の日常生活を脅かす問題として近年注目されているのが買物弱者問題である.買物は食品や生活必需品を取得するための行動であり,日常の生活に少なからず影響を与えていると考えられる.つまり,買い物困難度が増すことで,高齢者の生活の満足度が低下する要因となることが考えられる.そこで,本稿では,日常の買物環境への満足度は,生活全般に関する満足度へ少なからず影響を与えていると想定して,その関連性を検証して,その両者に作用する要因を実証的に明らかにすることを目的とする.買物弱者問題は2008年に食料品や生活必需品の買物に困る人々という意味で買物難民問題として帯広畜産大学教授の杉田聡氏が取り上げたことをきっかけに議論が広まった(杉田,20082013).買物弱者に関する調査や先行研究はすでに様々な観点から行われている.事例分析としては,アンケートや聞き取りによる買物弱者問題の実態調査(経済産業省,2015農林水産省,2015),行政支援や民間支援の事例から見る事業採算性(赤坂・加藤,2012)などがある.また,地理学およびコミュニティやソーシャル・キャピタルの観点からのフードデザート問題の分析(岩間,2011,2017),フードデザートマップを用いた高齢者の買物環境の変化(中村・渡辺,2014)などがある.さらに流通の観点から買物難民を支援する新たな流通社会システム(多摩大学経営情報学部 移動流通共同研究プロジェクト,2012)などがある.薬師寺(2015)では,消費動向,交通アクセス,住民意識,健康問題など多面的な接近から高齢者のフードデザート問題の解決策を探っている.佐藤他(2015)では,埼玉県三郷市を調査地として都市近郊団地の高齢者単独世帯を対象にした生活課題を調査し,買物困難感と生活満足度を調査しているものの,両者の関係性までは明らかにしていない.

以上の買物弱者問題に関する既往の成果から,実際に現地住民が買物を困難に感じる要因の計量分析や,買物環境に対する主観的な満足度が生活満足度に与える影響やその要因を実証的に検証する研究は,これまで十分なされているとはいいがたい.

そこで本研究では,都市地域でありながら急速に高齢化の進む都営多摩ニュータウン鹿島団地周辺でのアンケート調査をもとに,買物を困難に感じる要因の計量的な分析や買物環境が生活満足度に影響を与えるのかの検証を行い,今後の買物弱者問題解決に向けた支援課題を展望する.

2. 買物弱者問題の現状

買物弱者の類似概念として食の砂漠(フードデザート)や食料品アクセス問題が存在する.また,買物弱者問題は単に買物に困るということだけでなく,新鮮な食材を得られないことから起こる健康被害など重大な事態を招く可能性もある.

買物弱者を生み出してしまった原因は多々あるが,主な原因としては,わが国のモータリゼーションの進展とバブル期の地価の高騰による大規模店・量販店の中心街から郊外への進出,1990年代の大規模小売店舗法(大店法)の規制緩和の影響を受けた地域商店街の衰退が挙げられる.

わが国での買物弱者の数は,2010年の約600万人から2015年には約700万人へと増加していると推計される.また,わが国における買物困難地域は,地方部や農村部だけでなく大都市圏内にも及んでいる.このように買物弱者問題は確実に全国各地で進行しており,早急に対策を行わなければならない重要な問題になっているといえる.

3. 調査概要

(1) 調査地域

今回調査地域として選んだ都営多摩ニュータウン鹿島団地(東京都八王子市)は,住民の多くが高齢者(図1),周辺500 m以内に生鮮食料品店がない1,立地場所が丘の上といった特徴があり,買物困難地域に該当すると考え,本研究の調査地域とした.

図1.

八王子市鹿島地区における高齢者人口と割合の推移

資料:八王子市町丁別年齢別人口統計,八王子市(2015)

1)棒グラフは高齢者(65歳以上)人口数〈人〉:左縦軸.

2)折れ線グラフは高齢者人口割合〈%〉:右縦軸.

(2) 調査方法

調査対象者は,高齢化が進む都市近郊の大規模な団地居住地である都営多摩ニュータウン鹿島団地居住者とし,鹿島団地での街頭アンケート調査と,NPO法人「すまいるカフェ」が鹿島団地にて行う月に一度の朝市へ来るお客に対して,買物の頻度や利用交通機関,日常の買物場所,買物不便の状況,家計の余裕,買物満足度,生活満足度および年齢,介護が必要な家族の有無,回答者属性などの26項目について対面によるアンケート調査を行った(回収数61件,調査期間2015年11月~12月).同団地居住者や来訪者に対する,スノーボーリング方式での調査のため配布数と回答者数および回収数は同じとなる.

4. 集計結果

(1) 単純集計

今回調査に回答した61人の属性を見ると,男女比で約9割が女性で,年齢は60歳以上が9割近くを占めた(図2).1週間の買物回数の平均は約4回で,買物環境に「不満を感じている」,「少し感じている」が44.1%で今回の調査では約半数を占めた(図3).

図2.

アンケート回答者属性

資料:アンケート調査結果より作成.

1)( )内はサンプル数.

図3.

買物満足度

資料:アンケート調査結果より作成.

1)( )内はサンプル数.

2)無回答を除く.

買物環境に不満を感じる理由は,「近くにお店がない」が63.9%,「好みのお店がない」が11.1%となり,店までの距離と近隣の店の多様性のなさが目立つ結果になった(図4).

図4.

買物を困難に感じる理由

資料:アンケート調査結果より作成.

1)( )内はサンプル数.

2)無回答を除く.

今後の買物環境改善に期待することでは,「近くにお店ができる」が60.0%,「NPOや地域コミュニティによる買物補助活動の充実」が20.0%となり,NPOや地域コミュニティによる活動への期待も高いことが注目すべき点と言える(図5).

図5.

買物環境改善に期待すること

資料:アンケート調査結果より作成.

1)( )内はサンプル数.

2)無回答を除く.

(2) クロス集計(カイ2乗検定)

買物満足度と生活満足度の関係を見るためにクロス集計を行ったところ,集計結果は表1の通りになり,5%での有意な差が見られた.このことから,買物満足度と生活満足度が統計的に関連性を有していることが明らかとなった.

表1. 買物満足度と生活満足度のクロス集計(カイ2乗検定)
項目 生活に満足しているか 有意水準
不満(18) 満足(41)
買い物環境に満足しているか 不満(26) 46.2(12) 53.9(14) **
満足(33) 18.2(6) 81.2(27)

1)**は5%で統計的に有意であることを示す.Pearsonのカイ2乗値=5.3670

2)単位は%.

3)( )内はサンプル数.

5. 分析モデル

以上の分析結果から,買物満足度を決定する要因と生活満足度を決定する要因を解明することを目的とし,買物満足度と生活満足度の関係性を想定して二方程式プロビットモデルを用いた.今回のモデルでは,生活満足度を規定する一要因として買い物満足度を想定している.したがって,買物満足度を規定する要因は,買物満足度を経て生活満足度に作用していると想定している.その想定の下で,どのような具体的な要因が作用しているのかについては,モデルの計測結果より明らかとなる.

まず,買物満足度を決定する要因を探る一つ目の式では,被説明変数に買物満足度をおき,満足・やや満足=1,不満・やや不満=0とした.説明変数には経済的要因,交通インフラ要因,生活要因の三つを考え,経済的要因として,家計に余裕あり(yes=1, no=0),交通インフラ要因として,買物先までの移動に公共交通機関を使用(yes=1, no=0),生活要因として,地域社会との繋がり等を考慮して現在の住居に26年以上居住(yes=1, no=0),階段を昇り降りする上での,肉体的な負担を考慮して現在の居住フロアが3階以上(yes=1, no=0)を設定した.説明変数の中には,被説明変数と双方向に影響を与えると考えられるものもあるが,本研究では買物満足度を規定する変数を探ることを目的としているため,このような想定で説明変数を設定した.

次に生活満足度を決定する要因を探る二つ目の式では,被説明変数に生活満足度をおき,満足・やや満足=1,不満・やや不満・どちらでもない=0とした.説明変数には買物満足度,回答者属性として健康要因,年齢要因の三つを考え,現在の買い物環境に満足(yes=1, no=0),健康状態が良好(yes=1, no=0),年齢(30~50代=1,60代=2,70代=3,80~90代=4)を設定した.このほか,健康状態,年齢は属性として買物満足度を規定する要因と考えられたが,事前の計測で有意性が得られなかったので,本研究では生活満足度を規定する説明変数に設定した.さらに,自転車や自動車の保有状況という交通手段の保有状況,要介護者の存在の有無などの要因も両満足度に作用する要因と考えられるが,事前の計測で有意な結果が得られなかったため,変数としての使用は行わなかった.

6. 分析結果と考察

(1) 分析結果

対数尤度比が1%水準で有意になり,誤差項の共分散に関するρ=0の尤度比検定が1%水準で有意に棄却された.このことから今回用いた2方程式モデルが有効であると言える.まず,一つ目の式の買物満足度を決定する要因についてのパラメータを吟味してみよう.経済的要因については「家計に余裕あり(1%)」が正の値で,交通インフラ要因については「買物先までの移動に公共交通機関を使用(5%)」が正の値で有意になった.生活要因では「現在の住居に26年以上居住(5%)」が正の値で,「現在の居住フロアが3階以上(10%)」が,負の値でそれぞれ有意となった.

次に,二つ目の式の生活満足度を決定する要因についてのパラメータを吟味してみよう.買物満足度を示す「現在の買物環境に満足(1%)」が正の値で,健康要因である「健康状態が良好(5%)」が正の値で,年齢要因として「年齢(5%)」が負の値で,それぞれ有意となった(表2).

表2. 2方程式プロビットモデルの計測結果
説明変数 買い物満足度決定係数 生活満足度決定係数
パラメータ パラメータ
家計に余裕あり(Yes=1, No=0) 2.7855***
買い物先までの移動に公共交通機関を使用(Yes=1, No=0) 1.1575**
現在の住居に26年以上居住(Yes=1, No=0) 1.0538**
現在の居住フロアが3階以上(Yes=1, No=0) –0.8737*
現在の買い物環境に満足(Yes=1, No=0) 1.7473***
健康状態が良好(Yes=1, No=0) 0.8095**
年齢(30~50代=1,60代=2,70代=3,80~90代=4) –0.5207**
サンプル数 40
対数尤度比 –31.3482***
ρ=0の尤度比検定 8.1554***

1)***は1%,**は5%,*は10%水準で係数が統計的に有意であることを示す.

(2) 考察

まず,買物満足度を向上させる要因は,経済的余裕,買物先までの移動手段が公共交通機関,同じ場所に長期間居住,居住フロアが1・2階であると考えられる.

詳しく吟味すると,買い物先までの移動手段が公共交通機関については,特に高齢者にとっては自家用車や自転車を使用するよりも安全であるという点と,買物は外に出る・人と話すことも目的としているという高齢者の意見から,社会と接する機会を得られる点が理由と考えられる.さらに,公共交通機関を使用した外出による買物の楽しさという点も考えられる.また,同じ場所に長期間居住することについては,地域への愛着や近隣の人々との「つながり」の形成といった理由があると考えられる.岩間(2011)が指摘する都市郊外ベッドタウンにおける高齢者の孤立化と栄養状態の悪化との相関関係や,岩間(2017)が指摘するソーシャル・キャピタルの低下は,こうした地域住民間におけるつながりの重要性を物語っている.つまり,本モデルの計測結果から地域のつながりのレベルは,買い物時の知り合いとの会話などを通じて買物満足度を規定する要因の一つと考えられ,買物満足度を通して生活満足に作用しているといえる.

このように買物満足度には,経済的要因と交通インフラ要因と生活要因が影響を与えていることが明らかとなった.

次に生活満足度では,買物満足度が正の値で有意になっていることから,買物満足度の向上が生活満足度向上の要因になっている.健康状態の向上は,生活満足度向上に繋がっているものの,年齢では高齢になるにつれて生活満足度が低下することが示されている.

以上,2方程式モデルの計測結果から,買物満足度が生活満足度を規定するという関係性を検証した.したがって,買物満足度を規定する要因は,買物満足度を高めることで,間接的に生活満足度を高めることに貢献しているということができる.

7. おわりに

本稿での分析結果から,買物満足度が生活満足度に影響を与えることと,買物満足度を決定する要因として経済的要因,交通インフラ要因,生活要因が明らかになった.具体的には,経済的余裕,公共交通機関の運行状況,および居住年数が長くなることによる地域社会とのつながり,そして肉体的負担の点から下層階での居住などが,買物満足度を通じて高齢者の生活の満足度を規定する要因であることが判明した.

したがって,買物弱者問題への対応として本稿での分析結果から,経済的要因,交通インフラ要因,生活要因の三つに注目して支援を行うことが効果的と考えられる.本稿の分析結果から導かれる具体的な有効な支援策としては,高齢者の生活満足度が低下するため,この対応策として行政による買い物先までの公共交通機関の充実化や高齢者が下層フロアに入居できるように配慮することなどが考えられる.

最後に,本研究の課題を述べると,多摩ニュータウンという団地形式の居住が一般的である地域を調査地としたため,得られた知見も,当地域の状況を反映したものである点は留意する必要がある.買物を困難にする要因は地域ごとに違いがあると考えられるため,今後他の地域においても同様な要因分析を行うとともに,これまでの先行研究を踏まえつつ知見の蓄積を図ることが必要と考える.

また,各要因に関連する可能性がある年収や必要なときに買物を支援してくれる家族や知人等の有無やNPOの機能,地域巡回販売システム,地域の公共交通システムのあり方などの点については,今回の分析では十分に解明することができなかったので,これらの点については,今後に向けた残された課題としたい.

謝辞

現地での聞き取り調査にご協力いただいた回答者の方々,本論文の作成にご協力いただいた方々に感謝申し上げます.本研究は,科学研究費補助金No. 26283017およびNo. K1614996による支援を受けた.

1  農林水産省が定めた「生鮮食料品店までの距離が500 m以上かつ自動車を持たない人を買い物困難者とする」という定義から距離の目安として使用した.

引用文献
 
© 2017 地域農林経済学会
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