2017 年 53 巻 4 号 p. 221-226
東アジア諸国の食品安全問題は2000年代に入って顕在化し,とくに中国において深刻な食品安全問題が発生してきた.台湾でも食品安全問題はその深刻度を増している.
近年の台湾において,国内の加工食品における安全問題として,「可塑剤事件」(2011年),「廃油原料の食用油が大量流通した事件」(2014年,以下,「廃油事件」とする)が発生している.このほか,輸入食品においても,「韓国産カキの食中毒」(2012年)が発生し,社会問題となった.このうち,とくに廃油事件が台湾社会に与えた影響は大きく,マスコミ等で大きく取り上げられ,逮捕者も発生している.廃油事件発生以降,消費者の食品安全や健康に対する意識は格段に高まったとされる.このため,台湾政府や関連企業は食品安全を重要な課題として掲げざるを得なくなっている.
近年,台湾政府は抜本的な取り組みとして,「農場から食卓までの農産物・食品の一貫管理」を標榜し,関係する省庁間の協力体制の強化,「食品クラウド」の構築,企業管理の強化等を進めている1(衛生福利部,2016).
こうした情勢の中で,海外において安全で高品質な食品の供給を標榜している日系外食企業は,当然のことながら食品安全問題への機敏な対応が求められ,それへの良好な対応が,企業の認知度やブランドを高める重要な手段となると考えられよう.
川端(2013)は,日系外食チェーン企業の海外展開について,オペレーションシステムの構築が重要なファクターであるとしている.オペレーションシステムとは,①食材調達・加工・配送,②店舗開発,③人材育成,である.日系外食企業は日本と同じ品質とメニューをすべての店舗で安定的に提供することが基本となっている.とくに,①食材調達・加工・配送において,食材を安定的に調達し,衛生的に加工し,効率的に各店舗へ配送する食材調達システムをいかに構築するかが課題となっていると指摘している(川端,2014).
茂木(2013)は,日系外食企業のアジア進出のなかで,現地での食材調達について業務用食材卸企業の進出は遅れていることを指摘している.
農林水産省(2007)は,台湾へ進出する日系外食企業はコスト削減のため食材を極力現地調達しているとして,以下の調達ルートとその特徴を挙げている.①地元の卸売市場は,青果物専門,畜産物専門といった専門卸売市場であり,すべての品目が揃う総合卸売市場ではない.そのため,必要な食材を一括で調達できない.また,食材の品質・鮮度・価格にばらつきがある.②地元の卸売業者は従業員5~6人体制の零細専門業者が多いという特徴から,店舗で使用する食材を全て揃えるには多くの卸売業者との取引が必要である.③現地食品加工企業による加工済み食品は少なく,現地食品加工企業に加工を依頼する場合は詳細な仕様を説明する必要がある.④現地日系食品企業について,その多くは生産工場を中国にシフトしており台湾国内では希少である.⑤自社工場(セントラルキッチン)を設立した場合,品質面には問題ないが,一定の店舗展開がされていないとスケールメリットが働かず採算に合わない.
このように,先行研究では日系外食企業が海外展開する場合,食材調達システムの重要性が指摘され,課題があげられている.しかし,具体的な日系外食企業の取り組みは明らかにされていない.日系外食企業が台湾進出を促進するためにも,独自の安全・安心を確保した食材調達システムを構築している企業に注目し,その安全・安心戦略を明らかにする必要がある.
そこで,本論文では,現在,台湾で店舗展開をすすめるA社に注目する.A社は,1990年の進出以降,台湾において独自の安全・安心な食材調達システムを構築し,「おいしさ」「安心」「安全」「健康」にこだわった商品の提供を目指した結果,台湾ファストフード業界で第2位,日系外食企業の海外店舗数としては第3位の店舗数を誇る.ここでは,A社のヒアリング調査2を通じて,台湾での食品安全確保について,主に食材調達システムを中心に明らかにする.この事例調査から,日系外食企業の台湾での安全・安心戦略の確立のための諸施策について考察する.
A社は1990年に,日本のファストフードチェーンM社と,台湾の大手電機メーカーT社の合弁企業として設立された.出資比率はM社が30%,T社が70%である.
M社が運営するファストフード店は,日本国内に1,372店,海外店舗はアジアを中心に324店である.そのなかでも台湾が243店(海外店舗全体の75%)を占める3.台湾におけるA社は,業界最大手のアメリカ系B社370店余に次ぐ,ファストフード業界第2位の店舗規模となっている.
台湾事業は台北市を中心に全国に展開している.2020年までに,台東や雲林などの未進出地域への出店を推進し,400店を目指している.現在,地域別販売額の比率は,北部地区75%,中部・南部地区25%である.A社の従業員は,2016年で約1,000名(日本人従業員2名),このほかに各店舗には30~50名のアルバイトスタッフが雇用されている.
2014年A社の主要メニューの販売額構成比は,中心メニューが52%,サイドメニューが19%,ドリンク,スープ類が25%,その他(記念品等)が4%であった.1990年A社台湾進出当初は,台湾において日本のM社ブランド価値はまったく認知されなかった.当時の台湾消費者は,ファストフードはジャンクフードであり,A社はB社のコピーと認識していた4.こうした中,A社は安全・安心にこだわる姿勢を貫き,1990年代が約40店に対し,次の2000年代では180店を開店し,同業他社と異なるマーケットポジションを得た.
(2) A社の理念と直営店による店舗経営M社は企業の経営理念として,「食を通じて人を幸せにすること」をポリシーにしており,A社はM社の理念を堅持すべく取組んでいる.具体的には以下の通りである.
①安全・安心な食材の追求
「おいしさ」「安心」「安全」「健康」をコンセプトに,体に良い高品質,本物の食材を選択し,こだわりのある商品を提供すること.
②アフターオーダー方式の導入
美味しさを堅持するため,熱い物は熱く,冷たい物は冷たいまま提供するために,作り置きをできる限りしない.大部分の商品は顧客の注文を受けてから調理し,できたてを提供すること.
M社では日本の全店舗1,372店のうち,直営店が56店舗(4.1%),フランチャイズ(以下FC)店が1,316店舗(95.9%)である.一方で,台湾のA社では現在すべての店舗が直営店である.直営店である理由としては,安全・安心な高品質製品の提供には直営店での品質保証が不可欠であるとの判断による.店舗展開の効率・コスト面としてはFCの方が有利であるが,合弁相手のT社は,日本と違い,台湾でのFCは商品や店舗運営の質を担保できないと主張した.最終的に,企業理念として「おいしさ」「安心」「安全」「健康」を掲げる以上,高品質製品の提供は必須であり,そのためには直営店での品質保証が不可欠という結論に達した.この方針は海外他地域でも踏襲されている.このように,T社との合弁は,M社理念の台湾の実情への適合という点で,非常に重要であったと考えられる.
(3) A社の商品開発戦略A社は上述した「おいしさ」「安心」「安全」「健康」についてマーケットポジションを得るまで多くの時間を費やしたが,台湾消費者に自社商品の認識を広めるためにも多くの時間を費やしている.A社の商品開発戦略として以下の2点が考えられる.
①味の現地化
当初,日本での売れ筋商品が台湾において十分に販売できず,苦戦が続いた.そのため,日本のメニュー,味覚をそのまま持ち込むのではなく,核心的な部分は残しながらも,その他は現地化する方針を進めてきた.特に,ソースやタレ等の味については,日本人に比べ台湾人は塩気に敏感であり,健康意識も高いため,総じて塩分を控えた味つけにしているという5.
②売れ筋商品の開発
台湾進出当初,日本の人気商品の拡充をはかろうとしたが,食習慣や嗜好の違いにより受け入れられなかった.しかしながら,日本では人気が薄いメニュー(Zメニュー)を売り出したところ逆に台湾消費者には高評価であり,現在に至るまでこの商品はA社の看板商品となっている.このように,日本での経験に拘泥しない,現地での独自の商品開発が必要となるという.
台湾での商品構成の特徴としては,このZメニュー関連の充実があげられる.日本ではZメニューは3種類しか販売されておらず,売上全体に占める比率も4%程度であるが,台湾では6種類を販売しており,売上全体の約23%を占める.
それではつぎに,A社の安全・安心確保の取り組みについてみてみよう.A社の主力メニューを構成する食材として,大きく分けて主菜類,副菜類,穀物類,野菜類,ソース類があげられる.これらの食材はA社の衛生検査室で検査される体制がとられている.さらに,A社商品の主菜類,穀物類,ソース類を製造しているS社とその他食品メーカーが製造する食品に対する安全・安心の確保について述べる.
(1) A社衛生検査室の設立A社は食品安全の取り組みとしてISO22000を取得,2007年から品質保証システムの構築に着手し,衛生検査室を設立した.品質管理人員として6名が従事している.衛生検査室では主に,食品・水質・微生物(一般生菌数,大腸菌群,大腸菌,黄色ブドウ球菌,サルモネラ菌等)等の衛生検査と,農薬,防腐剤,動物用医薬品,抗生物質等の残留検査を実施している.検査は,以下を実施している.
①自社店舗の総合衛生検査(商品・使用機器・備品類の衛生検査,従業員の衛生教育等)の実施.
②取引先食品メーカーから納入される食材検査の実施.
③メーカー商品以外の,食材(農畜水産物等)の品質・衛生管理.
このように,A社各店舗に到着する食品・農産物の衛生・残留物の検査と,店舗の衛生検査,従業員教育にいたるまで徹底している.ヒアリングによると,A社のように自社内で検査まで行うのは,台湾の大手外食チェーンでも大変稀少であるという.
(2) セントラルキッチンとしてのS社設立1991年A社店舗に食材を供給するために,製品製造部門を担うS社が設立された(出資比率,M社が85%,T社が15%6).S社の従業員数は約200名である.S社は,A社商品の中核となる主菜類,穀物類,ソース類を製造している.現在,S社には第1工場(ソース類,穀物類製造),第2工場(主菜類製造)がある.S社の売上の70%強はA社,3~5%は海外(香港,シンガポール等)で展開するM社系列店舗であり,主に穀物類を輸出している.残りの25%が台湾の日系外食店,コンビニ等に主菜類などを販売している.
S社は,一定水準の食品安全性を確保するために国際規格であるISO22000を取得し,工場内にはX線異物検査機2台と金属探知機13台を設置している.さらに,S社では,独自の品質管理センターを設置し,食材やS社製造食品の検査等,以下を実施している.
①工場内の総合衛生検査(原料・商品・使用機械・備品類の品質衛生検査,従業員の衛生教育)の実施.
②原料供給メーカーから納入される食材の品質衛生検査の実施.
③配送時の食材の品質管理・衛生管理.
(3) 信頼できる食品メーカーの選定A社の店舗で販売される商品のうち,約4割はS社が加工した主菜類,穀物類,ソース類であるが,約6割は農産物と台湾系食品メーカーが製造した食品である.A社は,独自の基準で品質管理が優れている食品メーカーを選定している.各食品メーカーはA社へ商品を納入する前に,品質検査を行うことを条件としている.
(4) 加工食品の配送センター設立2003年以前,S社や各食品メーカーは直接A社の店舗に配送する形態をとっていた.しかし,各食品メーカーが委託していた小規模物流企業が,A社の店舗数増加により,A社が求めるサービスや品質面で十分な対応がとれなくなった.また,大規模物流企業に委託した場合はコストが過大となるため,2003年にS社は工業区内に配送センターを設立した.配送センターは冷蔵庫,冷凍庫を完備している.配送車は19台あり,冷凍品を中心に冷蔵品,常温品も同時に配送することが可能である.
この配送センターで取り扱っている食品は,S社が製造した食品と,他社食品メーカーが製造したA社向けの副菜類(冷凍,冷蔵,常温)である7.つまり,配送センター設立により加工食品(飲料以外)は一括配送が可能となったのである.配送センターではA社全店舗に専用便で週3回配送を行っている.
(5) 各店舗での衛生・安全確保の取り組みA社各店舗での取り組みについては,先に述べた衛生検査室による検査の他に,店舗での1日4回の温度確認や什器等の殺菌により,衛生的な食品管理を徹底している.また,従業員の身だしなみ,手洗いの徹底をしており,新人スタッフへの教育を重視し衛生概念を植えつけることに注力している.消費者に対しては,野菜を中心とする食材の産地表示を店頭で行い,安全・安心な食材のアピールを行っている.また,消費者のために手を洗う専門コーナーを設けることで安全・安心な衛生環境と食中毒の防止に努めている.さらに,従業員が子供に対して食育活動を行ったり,契約農家の野菜を店頭販売するイベントを行ったりすることで,A社の農産品をはじめとする食材の安全性をアピールしている.以上の食材供給と品質検査の流れを図1に示している.

A社の食材供給と品質検査の流れ
資料:ヒアリングより筆者作成.
それでは,消費者への適切な情報提供と商品に対する信頼性確保のための取り組みについてみてみよう.A社で使用される野菜類,穀物類,主菜類について,暑い時期に栽培できない食材以外は,極力,台湾産の食材を使用している.2015年,農産品購入金額のうち台湾産は66.8%であった.A社商品を構成するうえで重要なトマト,サニーレタス,レタス,キャベツ,玉ネギ,レモン,鶏卵は台湾の契約農場で生産されている.これら契約農場で生産された農産物は政府のTAP生産履歴認証8を得ており,政府のクラウドシステムに登録されている.A社の契約農場は,品目ごとに異なるが,①複数の優良農家と契約する農産物取引企業,もしくは②大規模農業企業である.これら企業は農薬や肥料散布等の農畜産物生産履歴をすべてデータ化し,管理している.各店舗で提供される農畜産物について,消費者は店内における掲示板やA社ホームページで産地や生産履歴を確認することが可能である.
A社は,契約農場で生産された野菜類を安定した価格で買い取っている.生産物の買取り価格が安定しているため,農家は安全・安心で高品質な農産物を安定的に生産することが可能となっている.
また,売り上げの高い穀物類については,消費者が店舗での注文時に有機米もしくは普通米を選択できるようにしている(有機米を選択した場合5元ほど高い).有機米・普通米は生産組合を選定しており,信頼のおける精米業者と契約している.品種は短・長粒種を使用しており,残留農薬検査も実施している.普通米も,破砕米の比率が5%以下の1等米を使用している.
さらに,主菜類を構成する肉類について,豚肉と鶏肉は主に台湾産を使用している.一方,牛肉はニュージーランド産およびオーストラリア産を使用しているが,ニュージーランド産はホルモン剤不使用の牛肉を使用,オーストラリアからは味・品質が高いオーストラリア産和牛を輸入している.A社と契約する牛肉輸入業者は,牛肉の輸入証明書,輸入時期等を管理しており,A社も定期的に確認をしている.輸入農畜産物は輸入業者が基本的に品質管理することを前提としているが,A社衛生検査室で検査も行っている.
A社の食材調達システムを中心とする,食品安全確保のための取り組みとして,以下の6点が挙げられる.
①全店舗を直営店とすることによって,安全・安心な高品質製品の提供を可能にした.これは,品質保証には直営店制が不可欠であるとの判断による.
②社内に衛生検査室を併設し管理を強化,生産履歴の明確化と遡及を確実にしている.
③S社がセントラルキッチンの役割を果たし,A社商品の味の中核となる主菜類・穀物類・ソース類を生産している.さらに,食材や食品加工段階の衛生・品質管理をするためにS社内にも品質管理センターを設営している.
④店舗拡大に伴い,自社配送システムを構築し,食材を一括納品することでコスト削減と安全・安心を担保している.
⑤各店舗において,従業員への衛生管理教育を徹底すると同時に,消費者に対しイベント等を通じて安全・安心食材の発信を行っている.
⑥安全・安心が特にアピールできる主要農産物に関しては,台湾での契約農場における生産を前提としている.他食材についても,台湾の食材を使用することを前提としている.
このように,A社理念である「おいしさ」,「安心」,「安全」,「健康」は絶対に守らなければならない核心的価値であり,A社はこの理念に沿うべく,台湾において独自の安全・安心な食材調達システムを構築してきた.具体的にはセントラルキッチン・配送センター・衛生検査室の設立,従業員教育,契約農場制度,食品検査の手法等があげられ,一括配送システムを取り入れると同時に検査システムを強化することで,店舗を拡大しつつも安全性と信頼性を担保することに成功している.現在,台湾における日系外食企業にとって安全・安心の確保が大きな命題であるため,A社が実施する食材調達システムの諸施策を一つの方策として検討すべきであろう.
今回の調査ではA社契約農場での調査ができなかったため,今後の課題としてゆきたい.さらに,台湾へ進出する日系外食企業ごとにその安全・安心戦略はある程度異なると考えられるが,台湾においてどういった共通点と相違点があるのか,他社の研究によって明らかにしていきたい.
本稿はJSPS 科研費 JP15K07626,JP17K15335による研究成果の一部である.