農林業問題研究
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書評
申 錬鐵著『養豚経営の展開と生産者出資型インテグレーション』
〈農林統計出版・2017年2月28日〉
横溝 功
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2017 年 53 巻 4 号 p. 235-236

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農業生産者が共同で出資・設立した共同組織が統合主体となり,フードチェーンの川上・川下部門に進出する動きを,本書では,生産者出資型インテグレーション(以下,当インテグレーション)と定義づけている.すなわち,フードチェーンにおいて,一方で,家族農業経営が水平的に統合し,他方で,家族農業経営の共同組織が垂直的に統合することになる.そして,著者は,当インテグレーションが,農業生産部門への利益配分を優先し,農業生産者の経済的地位を高めることになるとしている.

当インテグレーションの代表事例として,本書は,養豚のグローバルピッグファーム株式会社(以下,GPF社)を取り上げている.

以下,補章を除く,各章毎に,筆者が感銘を受けた点を中心にまとめてみる.

序章では,「取引費用の経済学」の理論を援用し,資産特殊性に注目する.当インテグレーションの場合,水平的統合部分は,主に契約に基づいた弱い統合であるが,後述のように,飼料,種豚,出荷先が統一されている.各養豚経営は,これに合わせた経営資源の投入が求められ,資産特殊性が高くなり,取引費用が大きくなる.しかし,垂直的統合部分によって,統合主体は豚肉の川上や川下の最新情報や技術を得やすくなり,豚肉のブランド化を通じて,前者のデメリットを,後者のメリットが凌駕することになるとしている.

以下の章では,家族養豚経営(農業法人)―東北畜研(有限会社)―GPF社(株式会社)の組織形成過程に焦点を当てて,分析の深化を図っている.

第1章では,2011年現在の養豚産出額上位20道県で,鹿児島,宮崎,青森,秋田の南九州と北東北で,順位上昇が目立っていることを明らかにしている.

第2章では,農協による養豚部門への事業展開を整序している点が興味深い.東北畜研にかかわる旧米山町(現,登米市)の旧吉田農協(現,みやぎ亘理農協)の養豚振興を預託等のソフト面,離乳子豚肥育センター等のハード面から整序している.

しかし,離乳子豚肥育センターにおける環境問題,豚価の下落,養豚経営戸数の減少,農協合併が,農協による養豚事業の縮小につながった.また,農協は,稲作を中心とする副業的養豚経営を対象としており,融資額が限られ,大規模養豚専業経営は.農協から離れていくことになる.このことが,東北畜研の設立要因になったとしている.

第3章では,GPF社の本社機能の特徴として,独自の養豚経営管理プログラム(以下,管理プログラム)の運用をあげている.これによって,養豚経営の規模拡大の要望があれば,養豚の財務シミュレーションが容易にできる.

さらに,GPF社には,8カ所のファームサービスという組織がある.全国的に分布し,東北畜研も,ファームサービスの一つである.業務は,本社と各養豚経営をつなぐ,飼料共同購入,種豚供給,肥育豚の共同出荷を担当している.

著者は,養豚経営の成果を左右する要因として,①育種,②栄養(飼料),③飼養管理,④豚舎設備,⑤衛生・疾病予防,⑥財務をあげている.①・②は,GPF社が統一しており,③~⑤は,獣医師による農場コンサルティングが対応し,⑥は,管理プログラムが対応するとしている.

全国養豚経営者会議(現,(一社)日本養豚協会)の掲げた当初の理念をビジネス化したのが,GPF社である.現代表取締役会長の赤地勝美氏の「農業経営は家族経営主体が一番理想的」という理念の下,水平・垂直的インテグレーションが展開されている.ただし,GPF社の家族養豚経営は,大規模専業養豚経営であり,農協から離反してきた経営でもある.

第4章では,宮城県,岩手県の養豚経営が集まった東北畜研の設立,その後のGPF社設立への参加の状況が述べられている.

本書では,東北畜研9経営のうち,5経営を取り上げ,規模拡大過程を整序している.当経営は,20~40年かけて規模拡大した種雌豚300頭以上の大規模家族養豚経営である.立地条件が,水田地帯と山間地の境界にあり,後背地である林地への移転および分場設置という方法がとられている.既存の集落や農協とのしがらみが無く,非連続的な経営展開をしている.規模拡大に当たっては,GPF社の管理プログラムによって,政策金融公庫や地銀からの融資を容易にしている.また,旧吉田農協のかつての養豚振興後における多数の廃業養豚場の出現や,農協の有機センター設立も,規模拡大に有利に働いている.

第5章では,東北畜研9経営のうち,5経営の経営実態を取り上げている.マルチサイト方式,オールイン・オールアウト方式,種雌豚の自家更新,SEW(早期離乳隔離方式)のいずれかを採用し,種雌豚規模が320頭~1,740頭である.

1社(320頭規模)を除いて,複数の家族労働力を確保し,雇用労働力の確保と定着にも尽力している.家族労働力は,主に,緻密な管理が求められる種付けと分娩に従事し,雇用労働力は,感染症対策で,1社を除いて農場毎に配置されていることを明らかにしている.

終章では,我が国の養豚経営は,急速な規模拡大によって密飼いになり,感染症のリスクが増加していることに鑑み,緊張感の高い飼養管理が必要となり,家族労働力による緻密な飼養管理が求められるとしている.ここに,家族経営の競争力が存在する.

東北畜研の事例では,規模やハード面で異なるが,自主性が強い.多様な経営を内包しつつ,家族養豚経営の同士的な結合を基礎としている.

以上のように,本書は,家族養豚経営―東北畜研―GPF社という生産者出資型インテグレーションを対象に,GPF社の垂直的統合と,家族養豚経営―東北畜研の水平的統合のメカニズム解明に向けて,深く取り組んでいる.特に,後者では詳細な実態調査を下に,家族養豚経営の動態的な展開を切り取っているところは極めて高く評価できる.

今後,新進気鋭の著者に期待したいことは,なぜ,GPF社が現在の優れた本社機能を構築できたのかということに対するアプローチである.前述のように,GPF社は,①育種から⑥財務までの様々な機能を発揮している.このことによって,家族養豚経営は,生産部門に特化するだけで,安定した経営を構築できている.豚価や飼料の価格変動というビジネス・リスク,感染症等の衛生リスクが,養豚経営に降り注ぐのに対して,本社機能が傘の役割を果たしている.赤池氏の類い希なるリーダーシップがあることは確かである.このリーダーシップの下,人材をいかに本社に集め,現在の事業を構築してきたのかについての解明である.

具体例として,筆者は,GPF社独自の養豚経営管理プログラムに興味がわいた.このプログラムを誰が発想し,企画したのか? また,開発者は誰か? プログラムのインプットデータとアウトプットデータはどのようになっているのか? これを用いた財務シミュレーションとはどのようなものなのか? マイクロソフト社によるWindows 95発売の衝撃に似た感を,筆者は,この管理プログラムから受けた.

最後に,本書の中心的課題は,家族養豚経営の競争力と生産者出資型インテグレーションの関係を明らかにするということにあり,独創的かつ意欲的な力作に仕上がっている.農業経営の若手研究者や院生だけではなく,実務家や行政マンにとっても必読の書といえる.

 
© 2017 地域農林経済学会
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