農林業問題研究
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大会報告
実験室実験
―意義と方法―
佐々木 俊一郎
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2018 年 54 巻 1 号 p. 3-10

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1. はじめに

2002年にダニエル・カーネマンとヴァーノン・スミスが,2017年にリチャード・セイラーがノーベル経済学賞を受賞し,経済学における実証研究としての実験的手法は,近年大きく注目を集めている.

経済学にとって,新たな学問的知見を得るためには,理論と実証のインタラクションが不可欠である.理論が現実社会における経済現象について正確に記述できているかについてデータを使って実証的に検証し,もし理論の現実妥当性が不十分な部分があれば,データから得られた知見をもとに理論を修正することができる.

データによる理論の検証の方法の一つは,集計された観測データを計量経済学的手法によって分析することである.しかし,現実の経済においては,精巧な計量経済学的手法を使用してもなお統制できない変数も存在するため,理論の現実妥当性を検証することが困難である場合も少なくない.

理論の検証のもう一つの方法は,実験を実施して被験者の意思決定データを分析することである.実験室内に再現された経済的な制度の下では,検証しようとする諸要因をあらかじめ特定したうえで,それらを直接統制することができる.従って,観察された被験者の行動と理論による予測を比較することによって,理論の現実妥当性を検証することができる.

本稿では,実験室実験の意義とその方法について概観するとともに,いくつかの代表的な実験を紹介する.また,実験室実験の方法論を地域農経分野に応用するとしたら,どのような方向性が考えられるかについて検討する.

2. 実験室実験の方法

(1) 実験室実験とは

実験室実験とは,ある経済的な制度を実験室内に再現し,被験者がその制度の下で意思決定を行い,その意思決定データを収集する手法を指す.実験を実施する研究者は,実験で収集した被験者の意思決定のデータを分析し,被験者の意思決定のパターンがその制度についての経済理論の予測と整合的であるか,あるいは制度の一部を変更した場合に結果がどのように変化するか,などについて検証を行う.

では,どのようにして実験室に経済的制度を再現するのだろうか?ここでは,公共財供給に関する実験を例にして考える.

典型的な公共財供給実験では,各被験者は,ある人数からなるグループの中で自分に与えられた初期賦存額を公共財に投資する.ここでは,被験者は4人1組のグループを作り,自分に与えられた1000円を公共財にいくら投資するかについての意思決定を行うとする.また,各被験者の公共財への投資額をxiとし,被験者iの利得は, πi=1000-xi+0.5× i=14xi とする.

この公共財供給実験における「経済的な制度」は,4人1組のグループ内で各被験者が公共財への投資額xiを決め,その結果として各被験者が利得πiを受け取るという一連の流れである.この実験で特徴的なのは,被験者iの利得関数の中に被験者iが所属するグループにおける各被験者の投資額合計 i=14xi が入っていることであり,これは公共財の非排除性を表している.被験者iは自分の投資額を0にしても,この被験者が所属するグループの別の被験者が投資をする限り,全員の投資額合計の半分を受け取ることができるため,被験者iは,自分は公共財に投資せずに他の被験者の公共財にフリーライドする誘因を持つことになる.この推論がグループの各被験者について成り立つため,全員がフリーライドすることになり,全てのiについてxi=0となる均衡が達成されることが予測される.

実験実施者は,上記のように予測される均衡をベンチマークとして被験者の行動がどのように特徴づけられるかについて検討する.

(2) 金銭報酬の必要性

ある経済的制度を実験で再現するためには,その制度で定められた利得関数の通りに被験者の金銭報酬が配分されなければならない.したがって,被験者が実験中に選択した行動(投資額xiをいくらにするか)によって定まった利得πiに応じて金銭報酬を支払う必要がある.

実験において被験者に金銭報酬を支払うことによって,被験者の持つ選好を統制する基礎的な理論は価値誘発理論(Smith, 1976)と呼ばれるが,Friedman and Sunder(1994)によれば,価値誘発理論が成立するためには以下の条件が満たされなければならない.

第一に,被験者はより高い金銭報酬を好むと想定しなければならない.

第二に,金銭報酬は実験中の被験者の行動によって決まらなければならず,そのことを各被験者が理解していなければならない.この条件は,実験において各被験者が与えられた実験の制度の下で最善の結果を得ようという動機を保証するものである.同時に,各被験者が金銭報酬について理解する必要があるということは,実験の説明は全員が理解できるまで十分丁寧になされなければならないことを要請している.

第三に,被験者の行動は,実験における金銭報酬以外の要素に影響を受けてはならない.例えば,被験者が他の被験者の行動や金銭報酬額を考慮する場合,それらの情報は実験中の当該被験者の行動に影響を与えるかもしれない.だとすれば,実験中の他人の行動やその時点での金銭報酬の額などの情報は,(それが実験条件である場合を除いて)秘匿されなければならない.この条件は,実験中の行動が(パーティションなどによって)他人に見えないようにする必要があること,被験者が獲得した金銭報酬に関する情報を他の被験者に教えてはならないこと,謝金支払いは一人ずつ行う必要があること等を要請している.

(3) 要因効果の分析とコントロールできない要因のランダム化

実験では一般に,実験で再現する経済的制度の下で検証しようとする要因をあらかじめ特定する.そのうえで,その要因が変化した場合に,実験結果がどのように変化するかを検証することによって,その要因の効果を評価する.

ここでは,公共財供給実験を例に,要因効果の分析について考えよう.公共財供給実験では通常,各グループの被験者は他の被験者とインタラクションが全くない状況で投資額xiの水準を決める.ここで実験実施者が,「投資額xiの水準を決める前に,各被験者が同グループの他の被験者に対して自分が選ぶ投資額xiを宣言したらどのような結果になるか?」という疑問を持ったとする.そのうえで,各被験者の投資額xiについてのメッセージの有無が実際の投資額にどのような影響を与えるかについて検証する実験計画を立てたとしよう.この場合,投資額のメッセージがある実験(実験群)とそれがない実験(統制群)の2つを実施し,それら2つの実験で被験者の投資額の水準が異なるかどうかを比べればよい.

しかし,実験で焦点を当てる要因以外に結果に影響を与える要因が存在する場合,得られた結果は誤差を含んでいる可能性がある.例えば,被験者の公共財投資額は性別と有意な相関があり,女性は男性よりも投資額が高くなる傾向があるとしよう.さらに,何らかの理由によって,被験者のうち多くの女性が実験群に割り当てられ,多くの男性が統制群に割り当てられたとする.

その場合,実験結果において,実験群の被験者の投資額が統制群の被験者の投資額よりも多くなることが観察されたとしても,その結果が実験で焦点を当てた投資額のメッセージの効果なのか性別の特性による効果なのか,正確に測定することが困難となる.このような要因と結果の交絡を未然に防いで,観察されない被験者間の諸要因を間接的にコントロールするためには,ランダム化を行う必要がある.

ランダム化とは,実験結果に影響を与えるかもしれないが実験実施者が明示的にコントロールできない被験者の様々な特性(性別,年齢,所得等)を実験計画における各群の各役割や各被験者グループに無作為に割り当てることによって,実験で焦点を当てている要因と被験者の様々な特性を互いに独立にする方法である.上記の公共財供給実験の例では,抽選によって,実験群と統制群の各グループに被験者の様々な特性がランダムに割り当てられるようにすればよいと考えられる.

(4) Between-subjectsデザインとWithin-subjectsデザイン

異なる実験に異なる被験者が参加する実験計画はbetween-subjectsデザインと呼ばれ,異なる実験に同じ被験者が参加する実験計画はwithin-subjectsデザインと呼ばれる.

異なる実験間でランダム化が適切に行われていれば,between-subjectsデザインにおける各実験結果は独立とみなすことができる.between-subjectsデザインでランダム化が行われた公共財供給実験の場合,統制群と実験群における公共財投資額を比較することによって,投資額のメッセージの有無の効果を検証することができる.しかし,between-subjectsデザインの場合,統制群と実験群に異なる被験者が参加するため,2つの被験者グループを使って実験を実施することが必要となる.そのため,被験者へ支払う報酬費用が余分にかかるというデメリットがある.

Within-subjectsデザインの場合,同じ被験者が異なる実験に参加する.それにより,被験者グループは1つで済むために,報酬費用を節約できるメリットがある.しかし,公共財供給実験において,始めに統制群の実験を行って,後に実験群の実験を行った場合,被験者は実験について何らかの学習をする可能性がある.従って,もし統制群と実験群で被験者の公共財投資額に差があった場合,その差は投資額のメッセージの有無によるものなのか,被験者が2つの実験で学習をした効果を反映しているのかについて正確な判定ができない.このような場合,ある被験者グループについては,始めに統制群,次に実験群の順で2実験を行い,別の被験者グループについては,始めに実験群,次に統制群の順で2つの実験を行うなどの工夫をすればよい.その上で統制群と実験群それぞれの被験者の投資額の平均を見ることによって,学習の効果を相殺することができる.

(5) 実験実施の手順

以上の実験室実験の方法論を踏まえた上で,経済実験実施には,以下のような手順を取る.

(a) 被験者の募集

実験室実験は,実験実施者が所属する大学で行われるケースが多い.そのため,被験者は大学生となることが一般的である.実験実施の日時・会場,募集定員,および実験における平均謝金を明記したうえで,学生用電子掲示板などを利用して実験参加希望者を募集する.実験参加希望者は,メールを実験実施者に送信することによって,実験参加の意思表示をする.実験参加希望者が定員に達したら,被験者リストを作成する.また,実験実施直前に全員に対して実験の集合時間,会場,持ち物についてのリマインドメールを送信する.

(b) 実験実施までの手順

実験実施当日に,被験者を会場に集合させる.確実に被験者に来てもらうために,会場に来た被験者には一定額の「参加費」を渡す場合もある.定員を厳密に守る必要がある実験の場合,当日キャンセルする被験者を見越して,多めに被験者を募集しておくことも有効である.ただし,定員よりも多くの被験者が会場に集合した場合,定員超過後に集合した者には「参加費」のみを渡して帰ってもらう必要がある.

被験者の特性についてのランダム化を適正に行う必要があるため,被験者が会場に到着した時点で抽選を行って無作為に被験者IDを割り当てる.このIDによって各被験者が参加するグループ(あるいは群)が割り当てられる.また,被験者が使用する座席にあらかじめIDを書いた紙を貼っておき,各被験者は自分のIDが貼られている座席に着席する.被験者の意思決定は他人に見られてはならないため,あらかじめ各被験者の机をパーティション等で囲んでおく必要がある.また,他人とのコミュニケーションの実験結果への影響の可能性を排除するために,実験室入室後には,他人との会話やスマートフォンの使用を禁止する.

全被験者着席後,会場では,実験ルール,実験の流れ,報酬支払についての説明を行う.被験者に実験のルールを完全に理解してもらうためには,実験ルールについてのクイズを行うことも有効である.クイズに全員が正解したことを確認した後,実験を行う.

図1.

パーティションを使用した実験の例

(c) 実験の実施

実験にはPCを用いる実験,または紙とペンを用いる実験がある.PCを用いる実験の場合,各被験者につき1台のPCが必要となるうえ,あらかじめz-Tree(Fischbacher, 2007)などの実験専用プログラムを用いて,実験を自動化するプログラムを作成しておく必要がある.しかし,PCを用いれば,被験者の意思決定データの集計や報酬の計算を自動化できるため,これらにかかる時間を大幅に節約することができる.

紙とペンを用いる実験の場合,記録用紙を配布して,被験者の意思決定は直接記録用紙に記入してもらう.実験実施者が1度の意思決定のたびに記録用紙を回収してデータの集計や報酬の計算を行う必要があるため,これらの作業に時間がかかるデメリットがある.ただし,実験プログラムの事前の準備が必要なく,各被験者用のPCも必要とならないため,実験の実施自体のハードル自体は比較的低い.

決められたラウンド数の実験が終了したら,実験実施者は被験者に対して実験が終了したことを告げる.実験によっては,結果を分析する上で被験者属性等(被験者の性別,年齢,所得等)が有用となる場合がある.その場合,実験終了後にアンケートを行って,それらを尋ねる質問に回答してもらう.

(d) 報酬支払い

被験者への金銭報酬は実験中の被験者の行動によって決まらなければならない.従って,実験における被験者の行動および利得の計算式から被験者への金銭報酬が決定する.実験実施者は,実験終了後に被験者への報酬額を計算し(PCを使用した実験の場合は自動的に計算される),それを被験者に提示する.

また,被験者の賞金は他の要素(他の被験者の行動や他の被験者の報酬額など)に影響されてはならないため,被験者への報酬支払いは,個別に行う必要がある.報酬支払の準備ができたら,実験を実施した会場とは別の部屋で一人ずつ報酬を支払う.

(6) 実験室実験の類型

実験室実験は,研究の目的によっていくつかの類型に分けられる.

実験室実験の第一のタイプは,経済理論の現実妥当性を検証するための実験である.これは,標準的経済理論で記述されている制度を実験室に忠実に再現するタイプの実験であり,経済理論の想定によって,どのような結果(均衡)が得られるかについての予測があらかじめ明確であるような実験である.例えば,被験者がグループで公共財を供給する実験や,被験者が売り手と買い手に分かれた上で,ある財についてダブルオークション(買い手が買値を宣言し,売り手が売値を宣言し,両者が一致したら取引が成立する取引)のルールで取引を行う実験などでは,経済理論の想定とあらかじめ定められたパラメータから均衡が計算される.計算された均衡をベンチマークとして,被験者の行動がどのように特徴づけられるか分析し,被験者の行動と均衡が整合的であるかについて検証する.

実験室実験の第二のタイプは,標準的経済理論では想定されていない現実の人間行動の意思決定のパターンを検証するタイプの実験である.これは,標準的経済理論の想定を使っても,どのような結果(あるいは均衡)が得られるかについての予測が困難であるような実験である.例えば,不確実性下の意思決定における現実の人間のリスク選好,異時点間の選択における現実の人間の時間選好などについて現実の人間の選好パラメータを検証するための実験はこれに該当する.

実験室実験の第三のタイプは,経済政策の有効性を検証するタイプの実験である.経済理論に基づいて考案されたある経済政策を実験室内に再現して,その経済政策が理論の予測通り有効に機能するかについて検証するタイプの実験である.温室効果ガスの排出権取引に関する実験やマッチング理論に基づく学校選択制に関する実験などはこれに該当する.

実験室実験の類型は大まかに上記の3つに分けることができるが,純粋に単一の目的のために実施される実験は比較的少数であり,多くの実験は上記のうちの複数の類型に及ぶと思われる.

3. 実験室実験の例

実験室実験は実際にどのように実施されているだろうか?ここでは,代表的な実験の例として,最後通牒ゲーム実験,不確実性下における意思決定に関する実験,および賦存効果と現状維持バイアスに関する実験を紹介するとともに,これらの実験の結果の示唆するものについて概観する.

(1) 最後通牒ゲーム

最後通牒ゲーム実験は,「配分者」役の被験者と「受益者」役の被験者の2人1組で実験が行われる.配分者には,実験開始時に現金(例えば)1000円が実験実施者から初期賦存として支払われる.配分者はこの初期賦存額の1000円を自分と受益者とで配分することができる.配分者が1000円の配分額を決めたら,その配分額を受益者に提案する.受益者がその提案を受け入れるならば,配分者の提案通りに1000円が2人の間で配分されるが,受益者がその提案を拒否したら,賞金は2人とも0円となる.

標準的経済学では,全ての経済主体は自分の利益を常に最大化しようと行動すると想定しているが,もし被験者がそのような想定通りに自分の利益を最大化することのみを考えてこのゲームをプレーしたらどのような結果が生じるだろうか?受益者側から考えよう.受益者は拒否をしたら0円であるので,1円以上の配分額を提案されたら,必ず受け入れる.それを知っている配分者は自分の利益を最大にするためには,受益者に1円より多くの額を与える理由はない.従って,配分者は自分に999円,受益者に1円という提案をするだろう.受益者はこの提案を必ず受け入れるので,(配分者,受益者)=(999,1)というのがこのゲームにおける均衡(サブゲーム完全なナッシュ均衡)となる.

では,実際の被験者がこのゲームをプレーするとどのような結果になるだろうか?Camerer(2003)が要約したHoffman et al.(1996)によると,受益者に全く配分しないか10%以下しか配分しない配分者は非常に少なく,全体の10%以下である.また,半分以上を受益者に配分する配分者もほとんどいない.最も多いのは,31%~40%を配分した人であり,その次に多い41%~50%を配分した人を合わせると初期賦存額の31%~50%を配分した人は全体の65%程度になる.

次に受益者の行動を見てみよう.受益者に20%以下の配分額の提案をした場合,その提案は50%以上の割合で拒否される.一方,41%以上の提案をされた場合,受益者が拒否することはなかった.

このような結果は,実験における配分者および受益者の行動は,標準的経済学の想定と違い,自分の利益のみを追求しているわけではないことを示している.行動経済学では,自分だけでなく他人の利益を考慮する選好を「社会的選好」と呼んでおり,その重要な要素として「利他性」,「不平等回避性」および「互酬性」があるとしている.では,最後通牒ゲーム実験の結果は,これら3つの社会的選好の要素と整合的だろうか?

第一の要素である利他性とは,ある経済主体の効用は,相手の効用水準が高いほど高くなるという選好である.最後通牒ゲーム実験では,多くの配分者が1円よりも多い額を受益者に提案した.この行動は,配分者の効用水準の高さは受益者が得る利得に依存している可能性があるという意味で,利他性の想定と整合的である.しかし,ある一定割合の受益者が配分者の提案を拒否することによって配分者の利得を0にするという行動は,利他性の想定とは整合的でない.

第二の要素の不平等回避性とは,ある経済主体の効用は,自分と相手との利得額の差が大きいほど低下するという選好である.ほとんどの配分者が正の金額を受益者に提案するという行動は,利得額の差を縮小させるという意味で不平等回避性と整合的である.また,ある一定割合の受益者が配分者の提案を拒否することによって自分と配分者の利得を0にするという行動は,利得額の差をゼロにするという意味で不平等回避性の想定と整合的である.

第三の要素の互酬性とは,経済主体は相手が自分に対して好意的に接する場合には好意で返すが,相手が自分に敵意をもって接する場合には自分も敵意を持って返すという行動様式である.配分者が初期賦存額の少ない割合を受益者に提案した場合,高い割合で拒否されるという受益者の行動は,負の互酬性(相手が敵意を持って接した場合に自分も敵意で返す)の想定と整合的である.一方,配分者がある一定の金額を受益者に提案するという行動は,配分者は受益者が互酬性を持つということを知っており,拒否されて利得が0になることを避けるためと解釈すれば,配分者の行動は負の互酬性に基づいていると考えることができる.

このように,最後通牒ゲーム実験の結果は,利他性,不平等回避性,互酬性と一定程度整合的であり,実際の人間は社会的選好を持っていることを示唆している.

(2) 不確実性下における意思決定

Tversky and Kahneman(1986)は,不確実性下において実際の被験者がリスクに対してどのような態度で行動するかについて実験を用いて検証した.彼らは被験者に以下の2つの質問をしている.

i)次のどちらかを選んでください.

A 確実に240ドルもらえる

B 25%の確率で1000ドルもらえ,75%の確率で何ももらえない

ii)次のどちらかを選んでください.

C 確実に750ドル失う

D 75%の確率で1000ドル失い,25%の確率で何も失わない

150人の被験者にこれらの質問をしたところ,i)の質問でAを選んだのは84%,Bを選んだのは16%であった.一方,ii)の質問でAを選んだのは13%,Bを選んだのは87%であった.こうした被験者の行動は,利得を得られる局面においては危険回避的に行動し,損失を被るかもしれない局面では危険愛好的に行動するということを示唆している.標準的経済学では,経済主体は危険回避的に行動すると想定している.しかし,実際の人間は局面によって危険に対する態度が異なることを示唆している.

Kahneman and Tversky(1979)は,プロスペクト理論を提案する中で,実際の人間は損失回避的に行動すると主張した.損失回避性とは,人間は利得よりも損失を重大に受け止めるという性質である.こうした損失回避性は,被験者に次のような質問をすることによって確かめることができる.

iii)50%の確率で1000円を得ることができるが,50%の確率で1000円を失うかもしれないくじがあるとする.あなたはこのくじをもらうことももらわないこともできる.あなたはこのくじをもらうだろうか?

多くの人は,このくじをもらわないだろう.そのような人は,1000円を得ることによって生じる効用水準の上昇分よりも,1000円を失うことによって被る効用水準の減少分の方が大きいと解釈できる.であるならば,そのような人は,利得よりも損失を重大に受け止めるという意味で損失回避的であると言える.

Kahneman and Tversky(1979)は,上記のような不確実性下における意思決定に関わる実験結果より,富の水準に対応する価値水準を表す価値関数を図2のように提案した.ここで横軸は富の水準(w),縦軸は価値水準(v(w))である.wが正の領域では,価値関数は危険回避を表す凹関数となり,負の領域では危険愛好を表す凸関数となっている.また,価値関数の傾きは正の領域よりも負の領域で大きくなっている.これは,同じ金額でも利得よりも損失を重大に受け止める損失回避性を表している.

図2.

価値関数

(3) 賦存効果,現状維持バイアスとナッジ

Kahneman et al.(1990)は,次のような賦存効果と現状維持バイアスについての実験を行った.彼らは,大学生の被験者の半分には,$6相当のマグカップを与え,残りの半分には何も与えない条件で実験を始めた.マグカップを与えなかった被験者に対しては,いくら支払ってマグカップを手に入れたいか(willingness to pay, WTP)を聞いた.一方,マグカップを与えた被験者に対しては,いくら受け取ったら自分のマグカップを手放してもよいか(willingness to accept, WTA)を尋ねた.それぞれの額の中央値は,WTPが$2.5であったのに対し,WTAは$5.3であった.同じ価値のマグカップに対して付与する価格に2倍以上の開きがあるというこの結果の背景には,賦存効果と現状維持バイアスがあると解釈されている.賦存効果とは,ある物を保有している人は,その物を保有していない人よりもその物を高く評価するという効果であり,現状維持バイアスとは,人は現在の状況からの変更を好まないという特性である.マグカップを与えられた被験者は,そのマグカップを高く評価するとともに,マグカップを保有している状態からの変更を好まず,マグカップを与えられない被験者は,マグカップをそれほど高くは評価せず,マグカップを保有していない状況を積極的に変更したいとは思わないために,マグカップのWTPとWTAに大きな乖離ができたと考えられる.

Thaler and Sunstein(2008)は,こうした現状維持バイアスを利用するとともに,デフォルト(初期設定)や選択肢を巧妙に設計することによって,人々の選択をより社会的に望ましいように誘導する方法として「ナッジ」を提唱している.その一例が臓器移植プログラムへの参加の意思表示の方法である.

ある国では,臓器移植プログラムに参加したいと思っている人は,明示的に参加の意思を表明しなければならない(オプトイン).しかし,別の国では,臓器移植プログラムに参加することがデフォルトとなっているため,参加したくないと思う人は,明示的に不参加を表明しなければならない(オプトアウト).Johnson and Goldstein(2004)によれば,オプトインを採用しているイギリス,ドイツ,オランダなどの国では臓器移植参加率が12~27%である一方,オプトアウトを採用しているオーストリア,ベルギー,フランスなどの国では,臓器移植参加率が98~99%となっている.臓器移植プログラムの参加がデフォルトになっている国の方がなっていない国よりも参加率が大きく高くなっているこの事実は,多くの人は現状維持バイアスのためにデフォルトからの変更に抵抗を感じていることを物語っている.

4. 地域農経分野に実験をどう活かすか

前節でみたように,実験室実験を実施することによって,経済理論の現実妥当性の検証や経済理論で想定していない人間行動のパターンの解明が可能となる.

では,そのような実験室実験は,地域農経の分野にどのように応用可能だろうか?それを考える上で参考となる研究の一つにHenrich et al.(2005)がある.Henrich et al.(2005)は,アジア,アフリカ,南アメリカに居住する民族を対象に最後通牒ゲームを行い,文化と社会的選好について分析を行った.その結果によると,ペルーのマチゲンガ族の農民を対象とした実験では,配分者が受益者に提案した配分額の平均は26%だった.26%という低い割合にも関わらず,その提案を拒否した受益者の割合は4.7%に過ぎなかった.一方,パラグアイのアチェ族の配分額の平均は48%,インドネシアのラマレラ族の配分額の平均は57%と,非常に高い割合だった.民族によって配分者の提案に大きな差が見られた実験結果はどのように考えればよいだろうか.Henrich et al.(2005)は,その要因として,各民族の日常の生産活動においてどの程度個人間の協調的作業が行われるかに関係があると指摘した.高い割合の提案を行ったアチェ族は狩猟採集民族,ラマレラ族は集団で捕鯨を行う民族であり,彼らは日常的に社会的活動を行うという点が共通している.低い割合の提案を行ったマチゲンガ族にとって,最も重要な社会集団は家族であり,家族以外と社会的な活動をすることはまれであるとしている.そう考えると,社会的選好は日常生活においてどの程度他人と社会的なインタラクションを行うかということと密接に関係している可能性がある.

Putnam et al.(1993)は,地域社会のソーシャル・キャピタル(社会関係資本)を人々の協調行動を活発にすることによって社会の効率性を改善できる社会組織の特徴と定義し,ソーシャル・キャピタルの豊かさは,地域経済の発展や治安の改善など経済的・社会的に好ましい影響を与えるとしている.そうしたソーシャル・キャピタルを支えるものは,地域社会の住民一人一人の社会的選好であるとするならば,日本の地域社会や農村において,Henrich et al.(2005)が採用した実験手法に準じて住民の社会的選好を測定したうえで,彼らの社会的選好に影響を与える要因を検証する試みは実験室実験の地域農経分野へ応用する手法として有効であると思われる.

具体的には,地域社会の住民を対象とした最後通牒ゲームの実験を各地域で行って各地域住民の社会的選好の程度を測定し,それらを地域ごとに比較する.各地域で社会的選好の程度が異なる場合,それは地域特性や地域住民が従事している産業等に影響を受けている可能性がある.従って,地域特性や地域の産業のどのような特徴が社会的選好の程度に影響を与えるのかについて検証することができれば,地域住民の社会的選好を向上させる要因を見出すことが可能になるかもしれない.

現在の日本の地域社会や農村は,地域間格差の拡大に伴い,様々な問題に直面している.実験によって特定された地域住民の社会的選好を向上させる要因を政策的に適切にコントロールすることができれば,当該地域のソーシャル・キャピタルを豊かにすることによって,地域経済の発展と地域間格差の是正に一定の貢献ができるのではないかと考えられる.こうした意味で日本各地の地域住民を対象に社会的選好を測定し,その要因分析を行う研究プログラムは,地域農経分野においても重要な課題になり得ると考えられる.

引用文献
 
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