農林業問題研究
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個別報告論文
植物品種開発技術の動向に関する研究
―特許公開公報の分析を通して―
岡田 ちから
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2018 年 54 巻 3 号 p. 103-110

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1. 研究背景と課題

近年育種技術は,米国・欧州を中心に目覚ましく発展し,DNAマーカー選抜に加え,慣行育種の一部過程に遺伝子組換え技術を適用することによって,農業生産上の有用な形質を精確かつ効率よく導入することができる,「新たな育種技術(New Plant Breeding Technology;以下NPBT)」1の実用化が進められている(新たな育種研究会,2015).その動きを受け,農林水産省では,育種技術開発の促進や種苗産業における競争力の強化を掲げている.また,経済産業省の特許庁では,国内外の技術動向や日本企業が今後目指すべき研究・技術開発の方向性を示すべく,ゲノム技術に関する特許出願動向調査が行われた(特許庁,2017).さらに,NPBTのコア技術とも呼べる「ゲノム編集技術」を対象とし,近年主に生物工学,育種学,農業経済学の分野で多数の文献が出ている(山崎・加藤,2014並河,2017).

NPBTはこれからの品種開発に大きく貢献すると思われるが,農業経済学や農村社会学の分野では,ゲノム技術の進展に対し,その開発主体であるバイオメジャーと称される大手種苗会社が,知的財産権による植物遺伝資源や関連技術(以下 知財)の囲い込みを促進し,農業者の当該知財へのアクセスを制限しているとの議論がある(Claire et al., 2015Glenna and Cahoy, 2009池上,2017).Phillip(2009)によると,バイオメジャーは品種開発技術に対して特許権を取得し,バイオメジャー間でライセンスすることで知財の囲い込みを強め,種子市場の寡占化を実現しているという.また,ゲノム編集技術の発展により,バイオテクノロジー部門が強化され,バイオメジャーによる技術の独占許諾や合併による遺伝資源の獲得が進むと指摘されている(大塚,2017).

したがって,農業者が自家採種や育種過程で利用する可能性のある品種や植物形質などの知財へのアクセスを保障する制度構築に関して検討する必要がある.しかし,先行研究ではバイオメジャーが特許権を取得してきた知財の詳細を時系列的に分析した研究は少なく,現在バイオメジャーが保有する知的財産権の詳細や今後の知的財産権取得の方向性は示されていない.その結果,どの知財へのアクセスが制限されているのか,そしてどのような知的財産権の使用に対し規制を設ければ農業者の知財へのアクセスが保障されるのかの議論には至っていない.以上の背景に立脚し,NBPTの推進に伴う新たな知財制度のあり方を検討するための判断材料に資するべく,最新の技術文献である特許公開公報を用い,大手種苗会社の植物品種開発に関する知財の内容と開発動向を明らかにすることを本稿の課題とする.

2. 分析対象と方法

(1) 分析対象

本稿では,バイオテクノロジーの利用により,植物品種開発に関する多様な技術内容を出願しているバイオメジャーのMonsantoとSyngentaの特許公開公報を分析する(表1参照).5社あるバイオメジャーは,総合化学企業として米国で展開してきた企業と,医薬品企業として欧州で展開してきた企業とに分類される(大塚,2017).本稿では,前者に分類されるMonsantoと後者に分類されるSyngentaの特許公開公報を分析対象とすることにより,品種開発に関する技術開発の成果を網羅的に把握できると考える.

表1. MonsantoとSyngentaの概要
Monsanto Syngenta
設立 1901年 2000年
本社 米国 スイス
種子
売上高
9988 m$(2016)1)
穀物(86%)
園芸(14%)
2657 m$(2016)
穀物(52%)
園芸(48%)
研究
開発費
2833 m$(2016) 1291 m$(2016)

資料:Monsanto Company(2016)Syngenta International AG(2016)より著者作成.

1)種子販売に加え,形質のライセンス収入を含む.

Monsantoは1901年に創業され,農薬などの化学製品販売を中心に事業展開をしてきた.1981年に分子生物学部門を創設し,バイオテクノロジーを自社の研究のコアとして位置づけ,植物細胞の遺伝子組換え技術開発に着手した.その後,カーギルの種子部門,Agracetusの植物バイオテクノロジー部門,米国中小穀物種苗メーカーの買収により,ダイズ,トウモロコシをはじめとする多数の穀物遺伝資源とゲノム技術の獲得,および種子供給基盤を整備してきた.2005年には,野菜および果物種子産業大手のSeminisを買収し園芸作物の品種開発にも本格的に着手した2.2016年には,ブロード研究所からゲノム編集技術のライセンスを受け,育種への応用化を進めている(大塚,2017).

Syngentaは医薬品企業のノルバティスとアストラゼネカが農業部門を統合し,2000年に設立された企業である.ノバルティスはLand O’LakeskaraからWilson Seedsの株式取得やZimmerman Hybridの取得により,園芸作物品種開発を進めてきた(Phillips, 2009).現在,園芸作物の品種開発は,オランダエンクホイゼンのシードバレイに拠点を置き,同じ場所に拠点を置く他の種苗会社と共同で研究を進めている.また,遺伝子組み換え穀物の品種開発は,米国に研究拠点を設け,バイオメジャー間でのクロスライセンスやジョイントベンチャーにより,ゲノム技術の獲得に努めている3

なお,両社とも2000年に本社から農業部門が独立し,現在の会社が設立されたことにより,品種開発研究が強化されたことが推察可能である.また,Syngentaでは2000年以前の特許公開公報が入手できなかったこともあり,本稿では2000年以降の研究動向に着眼する.対象とする公報は米国に出願された植物品種開発に関する特許公開公報4であり,世界各国の特許庁に出願された書類が閲覧可能な欧州特許庁のデータベース“Espacenet”からダウンロードし入手した.

(2) 分析方法

本稿では,テキストマイニングを用いて分析を行う.なお,頻出語の抽出に加え,共起分析や対応分析など,幅広い分析が可能なフリーソフトの“KHCoder”を使用する.

テキストマイニングは,大量のテキストデータから必要かつ有用な情報を取り出す際に効果的であり,KHCoderを用い,調査アンケートの自由記述の解析(山口・吉田,2016)や,先行研究の動向調査(後藤他,2011)など多岐にわたる分析がなされている.企業の知財戦略策定や製品動向把握を目的とする特許分析においても,情報量が膨大な特許公開公報の記載から必要な情報を取得し,技術内容を類型化するために頻繁に用いられている手法である(豊田・菰田,2011).特許公開公報を分析対象とし,課題への接近を図る本研究においても同様の手法を用いることで,個々の特許公開公報間に技術的な関連性を見出すことにより,長期にわたる技術動向を明らかにすることが可能であると考える.

ダウンロードした特許公開公報から,技術内容の要約が記載されている要約書の記述を対象にデータセットを作成した.具体的には,植物特許と品種に関する特許公開公報(Monsanto 4,453件,Syngenta 1,256件)を除いた公報のうち,要約書(Monsanto 1,022件,Syngenta 437件)の記述を対象に,年ごとの特許公開件数が増加傾向にある2000~2005年を期間Ⅰ,公開件数が急増した2006~2011年を期間Ⅱ,公開件数の増加が停滞傾向にある2012~2017年を期間Ⅲと区分して作成した5.また,データセットの作成にあたり,要約書の文章に大文字と小文字が混在していたため,DNAとRNAを除くすべての語を小文字に変換した.加えて,各要約書に共通する書き出し部分の語(invention, present, disclose, methods)を不要語として除外した.

次に,区分した期間ごとに品種開発技術に関する用語が多数を占める普通名詞,固有名詞及び形容詞のみに限定して用語を抽出した.そして,上位頻出語(150位まで)の集計と,抽出用語間の関係性を把握するために,共起ネットワークを作成した.なお,共起ネットワークの作成では,テキスト量と抽出用語数に合わせ,Monsantoは単語の最小出現数30・描画数60に,Syngentaは単語の最小出現数20・描画数60にそれぞれ設定した6

さらに,ゲノム技術と作出品種に着眼し,Ⅰ期からⅢ期までの上位頻出語と共起ネットワークの比較を行った.併せて,抽出語検索と関連語検索により,ネットワークを構成する語の要約書上での使われ方を確認し,分析結果を解釈した.なお,Monsantoでは1990~1999年の特許公開公報の入手が可能であったため,この期間の分析を踏まえてⅠ期の結果の解釈をしている.分析結果の表2と表3には,共起ネットワーク図に表記され,抽出語分析と関連語分析から各期の技術的特徴を示す語に加え,各期間で出現回数が著しく増減した語をⅠ~Ⅲ期に分け,各期アルファベット順に記載している.また,図1と図2の共起ネットワーク図は,各期の技術的特徴が表れている箇所のみを取り出し,強い共起関係ほど太い線で,かつ出現数の多い語ほど大きい円で描画した.

表2. Monsantoのテキストマイニングの結果
Ⅰ期
933文
Ⅱ期
1,371文
Ⅲ期
1,374文
単語2) 数(順位)1) 数(順位) 数(順位)
B(bacillus) 34(39) 30(73) 5
corn 47(23) 72(27) 80(25)
crystal 42(30) 32(67) 13
promoter 65(16) 59(30) 41(103)
thuringiensis 33(42) 0 0
vector 40(33) 24(89) 20(99)
dicamba 0 15(136) 8
element 8 46(41) 32(67)
fatty 45(27) 54(32) 11
hybrid 4 15(136) 24(91)
marker 9 51(35) 36(60)
oil 16(74) 50(36) 36(60)
QTL 0 18(120) 22(94)
regulatory 19(63) 49(38) 35(65)
mRNA 12(106) 0 2
miRNA 0 34(64) 33(66)
soybean 16(74) 130(14) 125(19)
hybrid 4 15(136) 24(91)
cold 2 13 31(72)
nitrogen 0 12 36(60)
RNAi 0 0 4
water 2 13 32(67)

資料:分析結果をもとに著者作成.

1)「数」は単語の出現回数を,「順位」は単語の頻出順を示している.なお,順位は150位までに該当する単語のみ記載している.

2)B(bacillus)からvectorがⅠ期の特徴を示す語,dicambaからhybridがⅡ期の特徴を示す語,coldからwaterがⅢ期の特徴を示す語である.

 

表3. Syngentaのテキストマイニングの結果
Ⅰ期
520文
Ⅱ期
630文
Ⅲ期
457文
単語2) 数(順位)1) 数(順位) 数(/順位)
 promoter 64(8) 31(24) 14(53)
 tomato 15(47) 28(36) 11(75)
 vector 12(66) 10(126) 6
 watermelon 25(34) 31(34) 10(83)
B(bacillus) 7 18(57) 15(51)
 corn 15(47) 37(21) 14(53)
 hybrid 19(42) 27(38) 7(135)
 line 7(129) 35(22) 8(147)
 marker 3 32(23) 27(24)
modification 1 3 8(120)
 mRNA 0 0 16(45)
 nematode 3 2 12(69)
 QTL 0 4 10(83)
 sugarcane 0 0 17(43)

資料:分析結果をもとに著者作成.

1)「数」は単語の出現回数を,「順位」は単語の頻出順を示している.なお,順位は150位までに該当する単語のみ記載している.

2)promoterからwatermelonがⅠ期の特徴を示す語,B(bacillus)からmarkerがⅡ期の特徴を示す語,modificationからsugarcaneがⅢ期の特徴を示す語である.

図1.

Monsantoの共起ネットワーク

資料:分析結果をもとに著者作成.

図2.

Syngentaの共起ネットワーク

資料:分析結果をもとに著者作成.

3. 分析結果

以下,2社ごとにⅠ期からⅢ期の技術内容の特徴を記載する.

(1) テキストマイニングの結果―Monsanto―

Ⅰ期では,共起ネットワーク分析からproteinの語を中心に,transgenic,acid,nucleic間で強い共起関係が形成されていた.抽出語検索から,「特定タンパク質をエンコードする配列とその利用方法に関する発明」などタンパク質発現に着眼した研究や,外来遺伝子の挿入と発現に関する技術開発が主流であったことが明らかになった.加えて,proteinの語に対し関連語検索を行うと,promoterの語が上位に出現し,「転写開始部分の配列とその使用方法」に関する発明が多く確認された.また品種については,insectとcornの語間で強い関連性があり,B(bacillus)の語が頻出していることから,殺虫作用を有するタンパク質(毒素)を産出するBt遺伝子を挿入した遺伝子組換えトウモロコシ品種開発に注力していたと言える.具体的には,「Bt菌が産出するタンパク質結晶(crystal)とその利用」や「Bt菌由来のDNAを含む培養された細胞小器官」について出願されている.なお,1999年の特許公開公報(全97件)では,除草剤抵抗性遺伝子組み換えダイズ品種とその作出方法に関するものが多く(53件),害虫抵抗性遺伝子組み換えトウモロコシ品種とその作出方法に関する出願は少なかった(6件)ことから,Ⅰ期で研究開発の中心が,害虫抵抗性遺伝子組み換えトウモロコシ開発へと移行したと言える.

次にⅡ期では,regulatory,element,expressionの語間で強い共起関係が形成されていた.抽出語検索を行うと,「植物遺伝子発現を抑制する配列,制御配列を含む発現ベクター,制御配列を含む合成物」など,遺伝子発現・抑制に関する技術が多くみられた.頻出語RNAについて抽出語検索を行うと,Ⅰ期ではm(messenger)RNAのみ抽出されたが,Ⅱ期ではmi(micro)RNAの語が頻出した.miRNAの語が出現する公報を確認したところ,情報の格納機能を果たすDNAに関する研究に加え,遺伝情報の転写,アミノ酸の収集,タンパク質合成機能の情報伝達に関するものへと研究内容の変化が見られた.具体的には,「二本鎖RNA分子を発現する形質転換植物の作出・使用方法」,「ターゲットRNAの発現パターンの改良方法とターゲットRNAの選択的発現を有する植物の作出方法」について出願されている.また,Ⅰ期から「目的形質を発現させる配列の特定」に関する出願が行われていたが,Ⅱ期になると特定される配列の長さが短くなる傾向が見られ,数塩基単位で遺伝子の機能解明が進んだことが明らかになった.さらに,QTL(量的形質遺伝子座)やmarkerの語が頻出しており,抽出語検索を行うと,量的形質をもたらす遺伝子座の特定により,選抜過程で分子マーカー(molecule marker)や多型マーカー(polymorphic marker)利用が非遺伝子組み換えのハイブリッド品種開発でも進んでいることが明らかになった.

品種に関しては,fatty,oilの語間で共起関係が形成されており,抽出語検索と関連語検索からⅠ期から開始された高収量や高含油量の特性を付与した遺伝子組換えダイズ開発の成果がⅡ期にかけて得られたことが確認された.また,遺伝子組換えダイズについては,近年グリホサート耐性雑草の出現により,米国を中心に急速に普及している除草剤ジカンバ(dicamba)耐性品種の開発が行われている.さらに要約書の記載に着眼すると,遺伝子組換え品種に加え,「遺伝子組換え農産物や遺伝子組換え種子(ハイブリット種子を含む)の作出方法」にまで請求する特許権の範囲を拡大しているのが読み取れる.

Ⅲ期では,transgenic,expression,DNAの語に対して抽出語検索を行うと,DNA配列の除去やゲノム修正,さらには植物中に人工的なRNAを産出することにより,任意の遺伝子発現を抑制する手法であるRNA干渉(RNAi)技術に関する出願が確認された.なお,これら発明の大半は,「形質転換部位を特定するためのターゲット遺伝子」などⅠ期やⅡ期で開発されてきた技術を基礎としている.また,人工制限酵素を用いて内在する遺伝子を切断し,新たな変異を生み出す「ゲノム編集技術」を植物体へ応用する技術に対する出願も行われていた.

品種に関しては,water,cold,nitrogenの出現頻度が急増し,強い共起関係が形成されていることから,干ばつや窒素欠乏などの生育環境へ耐性を持つ遺伝子組換え品種の作出が進んでいることが明らかになった.

(2) テキストマイニングの結果―Syngenta―

まずⅠ期は promoter,expression,sequence,transgenicの語を中心に共起関係が形成され,抽出語検索を行うと,Monsantoと同様にタンパク質発現と,外来遺伝子の挿入と発現に関する出願が多く確認された.expressionとreceptor間の共起関係を調べると,園芸品目(tomato)の遺伝子発現機構に関する研究が行われていたことが明らかになった.具体的には,「フラボノイド生合成遺伝子発現のためのトマトの分析方法」や「野生トマトに栽培トマト特有の形質を発現させる遺伝配列の挿入方法」についての出願がなされている.また,Monsantoと同様にpromoterとvectorの語が上位に頻出し,「転写開始部分の配列とその使用方法」に関する出願が相対的に多く見られる.

品種に関しては,Ⅱ期にかけてwatermelonの語が頻出し,「交雑育種法を用いた倍数体育種により果実の大小や種の有無などの目的形質を発現させた品種」についての出願が数件確認された.なお品種作出にあたり,従来技術の交雑育種法を利用しており,一見すると特許登録要件の一つである「進歩性」を満たしていないと思われるが,交雑させ染色体を倍加させ得られた多数の品種の中から,目的形質を発現させる雌雄ラインの組み合わせを特定することにより,進歩性が評価されている.

次にⅡ期では,markerの語が頻出し,hybrid,lineの語間で共起関係が形成されており,これは交雑育種法を用いた品種開発時に,選抜期間の短縮化を目的とする「DNAマーカー選抜技術の利用方法」や「選抜時に利用するマーカーの改良」が行われていたことを示している.またその対象は,トマトやメロンなどの園芸品目である.その他,「マーカー選抜による系統の特定」や「遺伝子の同定によるマーカーの開発」に関する出願が確認された.一方,Ⅱ期のMonsantoの出願で確認された遺伝子発現・抑制に関する技術やRNAに着眼した出願はなかった.

Ⅱ期になると品種は,遺伝子組換えダイズ品種と遺伝子組換えトウモロコシ品種に関する出願が急増する.組換えトウモロコシ品種については,Ⅰ期でMonsantoが挿入していた毒素とは異なる「毒素の発現方法」や,害虫に対して従来品種より「高い毒性を発現させる遺伝子配列」に関する出願がなされていた.また組換えダイズは,植物のカロテノイド合成の阻害作用を有する除草剤に耐性を持つ品種が開発されていた.

Ⅲ期もⅠ・Ⅱ期と同様に,expression,sequenceの語が頻出し共起関係が形成されているが,抽出語検索と関連語検索を行うと,Ⅰ・Ⅱ期とは異なる技術内容が確認された.遺伝子発現・抑制に関する出願が増加し,具体的には「発現調節コントロールをもたらす配列の特定とその利用」や「ターゲット遺伝子の調節配列」に関する発明が多く見られる.とくに,RNAの出現頻度の増加が顕著であり,「RNA干渉技術の利用」や,利用促進のため「RNA配列断片の特定」や「RNAライブラリーの作成」の出願がなされている.また,MonsantoではⅡ期からQTL(量的形質遺伝子座)の育種への利用が行われていたが,SyngentaはⅢ期から利用が開始されている点が相違する.品種が多様化し,新たに「鉄欠乏による白化とダイズシスト線虫に対して耐性を持つ遺伝子組換えダイズ」や,「遺伝子組換えサトウキビ品種作出に向けた発現調節機構の解明」に関する出願が数件確認された.

4. まとめ

(1) 分析結果のまとめ

以下では分析結果を,①既存研究が示す技術動向の実証,②テキストマイニングにより得られた技術内容と動向に関する新たな知見,③バイオメジャー間での品種開発の相違,の3点から整理する.

まず,出願全体からは,MonsantoとSyngentaともに,遺伝子組換えに不可欠な「基盤技術」と呼ばれる,遺伝子断片を分子量や構造により分離する電気泳動や,人工制限酵素の設計に関する出願は行われておらず,「応用技術」と呼ばれる,基盤技術を育種に適用するための技術に関する出願が主であった.この結果は,ライフバイオサイエンス分野などの他業界から「基盤技術」のライセンスを受けていること(特許庁,2017)を示している.ゲノム技術の開発段階は,大塚(2017)が指摘するように,ややMonsantoが先行しているが,その動向は2社で共通する.Ⅰ期は,外来遺伝子の挿入とタンパク質発現に関する技術が中心であり,Ⅱ期になると,遺伝子発現機構の詳細が解明され,得られた知見をもとに遺伝子の発現・抑制に関する研究がなされている.加えて,DNAマーカー技術が発達し,ゲノム技術が非遺伝子組み換え品種の育種にも利用されるようになった.そしてⅢ期では,Ⅰ期とⅡ期での技術開発をベースに,人工的に作出したRNAを植物体に挿入し遺伝子発現を抑制する技術や,人工制限酵素を利用し,外来遺伝子を挿入せずに,植物体に内在する遺伝子に人為的操作を加え,新たな形質を作り出す技術が出願されている.品種に関しては,両社ともにⅡ期にかけて遺伝子組換えダイズ品種と遺伝子組み換えトウモロコシ品種の出願が急増しており,この背景には耐性雑草やBt抵抗性害虫の発生がある.

次に,テキストマイニングを用いた分析により新たに得られた知見として,2010年頃にはすでに遺伝子の伝達機能を有するRNAの遺伝情報が数塩基単位で解読され,その発現調節が穀物と園芸品目(トマト)で可能となっていたことが挙げられる.2010年以降,人工的な形質の発現調節を可能とするゲノム編集技術が飛躍的に進歩したことを考慮すると,現時点で,育種家が望む形質を人工的かつ高精度で発現させる育種が,トウモロコシやダイズなどの主要穀物ですでに確立されていると推察される.また,今後は植物種により異なる発現調節機構の解明が進む(山崎・加藤,2014)ことが予想され,対象とする農作物の数が飛躍的に増加する.仮にゲノム技術に対する規制が緩和され,NPBTを用いて作出された品種が非遺伝子組み換え品種と認識されるのであれば,バイオメジャーはこれらの技術力を活かし,効率的に目的とする形質を発現する品種を作出できるため,種子市場での支配力がさらに強まることになる.加えて,ゲノム技術を用いて作出された品種に着眼すると,各バイオメジャーでⅡ期からⅢ期にかけて,環境ストレス耐性,線虫耐性,イオン欠乏耐性など,先行研究が示す以上に多様な耐性を有するものが開発されている.またその品目も,ダイズとトウモロコシに限ったものではない.この結果と,バイオメジャー間でスタック品種開発のためのクロスライセンスが締結されていること(Phillips, 2009),および多数遺伝子の同時発現調節を目的とした技術開発が進んでいることを踏まえると,将来的には除草剤・害虫抵抗性に加え,上記で示した形質を併せ持つ品種が発売され,耐性品種を導入する農業者が増加することが予想される.

3つ目に,技術内容と技術動向を2社間で比較すると,Monsantoはゲノム技術をダイズとトウモロコシを主とする穀物品種開発へ,Syngentaは穀物および園芸作物品種開発へと応用することに注力していた.とくに,Syngentaでは,野菜と花きを対象に,ゲノム技術(QTLやマーカー選抜)を利用した交雑育種法や,その手法により得られた品種に関する出願が数多くなされており,園芸が盛んな欧州に本拠地を置く企業ならではの特徴が見出された.

(2) 結語

最後に,本稿での分析結果に基づき,知的財産権による植物遺伝資源を含めた知財の囲い込みに関する議論に対する見解を示す.従来の交雑育種法を用いた品種であっても,遺伝子の選抜過程で特許権が付与されたゲノム技術が使用されていること,および主要作物で数塩基単位での形質発現調節が可能となっていることから,バイオメジャーの品種開発に関する知財への支配力は強まっていると言える.また,将来NPBTに対する規制が緩和され,より短時間・低コストで商業的に有用な形質を有する品種が開発・発売されることで,バイオメジャーによる種子市場の寡占化が強まることも予想される.

一方で,ゲノム技術の発展は,研究開発の分業をもたらし,バイオメジャーは特許技術を積極的に第三者へ公開するようになった事実もある.例えば,登録すれば何人も利用できるライセンスプラットホームの設置や,無償での技術ライセンスを提供するクラウドの設置がある.ゆえに,“バイオメジャーによる特許権の取得=知財の囲い込み”と安易に捉えるべきではない.しかし,それでもアクセス不可能な知財は存在するわけであり,中でも特許権が付与されている品種や植物形質については,ゲノム技術と異なり農業者が自家採種や育種過程で利用する可能が高い.したがって,当該知財に対して農業者がアクセス可能な部分と不可能な部分を整理し,不可能であるがゆえにもたらされる弊害を検討していくことが,知的財産権の取得が進む品種開発下におけるアクセス問題を回避する制度構築に寄与するであろう.

1  新たな育種技術研究会(2015)によると,DNAマーカー選抜育種法に加え,慣行の交雑育種法や突然変異育種法による育種の一部過程に遺伝子組換え技術を適用することによって,農業生産上の有用な形質を精確かつ効率よく導入することができる技術を指す.塩基配列を自由に選んで設計できる部位特異的ヌクレアーゼに標的遺伝子に様々なタイプの変異を加えるゲノム編集技術も含まれる.

2  Monsantoへの聞き取り調査に基づく(2016年3月9日および2016年8月17日実施).

3  Syngentaへの聞き取り調査に基づく(2017年6月21日実施).

4  発明を整理するための国際統一された技術区分である国際特許分類の「A01H」と「C12N」に該当する.植物品種開発に関する技術は,最初に米国特許庁に出願され,その後優先権主張を伴い他国の特許庁に出願される傾向がある.

5  2000年から2017年7月31日の特許公開公報を用いて分析している.植物特許と品種に関する特許公開公報の要約書には,技術的事項が記載されておらず,作出方法は従来通りの栄養生殖や交雑育種によるものであるために分析対象外とした.

6  描画数とは,語と語を結ぶ線の数のことであり,Jaccard係数を用いて計算される.描画数を指定するとJaccard係数の大きい順に指定された共起関係が選択・削除される.なお,共起ネットワークは,多次元尺度構成法とは異なり,単に語がお互い近くに布置されているというだけでは,それらの語の間に強い共起関係があることを意味しない(樋口,2014).

引用文献
 
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