農林業問題研究
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個別報告論文
農業集落排水施設の汚泥利用によるバイオマス発電の費用便益分析
伊藤 寛幸澤内 大輔赤堀 弘和山本 康貴
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2018 年 54 巻 3 号 p. 111-116

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1. はじめに

農村には,再生可能エネルギーに利用可能な資源が豊富に賦存している.具体的には,太陽光発電や風力発電に利用可能な耕作放棄地,水力発電に利用可能な農業用水,バイオマス発電に利用される家畜排せつ物等がそれである.これらの地域資源を最大限に活用した再生可能エネルギーの利用促進が期待されており,今日の農業政策の重要施策のひとつとなっている.2012年7月に導入された「再生可能エネルギー特別措置法」の固定価格買取制度(Feed-in Tariff: FIT)により,太陽光,風力,水力,バイオマスなどの再生可能エネルギーの利用拡大への期待はさらに高まった.FITにおいてバイオマスは,メタン発酵ガス,木質バイオマス,建設資材廃棄物,一般廃棄物などに分類される.なかでも,汚泥や家畜排せつ物などを原料とするメタン発酵ガス発電は,天候等に左右されず安定的な発電が可能であるという特徴を有する.わが国では以前より,バイオマスニッポン総合戦略(2002年閣議決定)や新たな土地改良長期計画(2016年閣議決定)など諸施策によって,地球温暖化防止および循環型社会形成などの観点からバイオマスの利活用を推進してきた経緯がある.

本稿で分析対象とする農業集落排水施設は,農業集落における生活排水などを処理し,農村地域の資源循環の促進や生活環境の改善などに資する施設で,浄化槽法による集合処理に位置づけられる1

農業集落排水施設から排出される汚泥は,肥料など農地還元資材や建設資材として再生利用されるなど農村における地域資源として注目されている.さらに,農業集落排水施設から発生する汚泥を用いたバイオマス発電は,農村地域における分散型エネルギーの供給源として期待される.しかし,農業集落排水施設から排出される汚泥の3割が未利用のまま処分されているばかりか,エネルギーとしての利用は1割にも満たないのが現状である2.これは,汚泥の再生利用に要する費用が維持管理費を圧迫して農業集落排水施設の管理者に大きな負荷となっている点,農業集落排水施設などの小規模分散型施設では発電においてスケールメリットがはたらかず経済性が成立しにくい点などによるものといわれている3

はたして,農業集落排水施設から発生する汚泥を利用すると想定したバイオマス発電では,どれほどの発電量が見込め,FITが導入された今日の状況下でどれほどの費用対効果を有するのであろうか.

汚泥のみならず,広くバイオマスを原材料としたバイオマス発電の経済性分析を試みた既存研究は多数存在する(堂脇他,2003Mukhopadhyay, 2004Qaseem et al., 2007石田他,2011浜坂,2013柳田他,2015).バイオマスの種類および分類4は多岐にわたり,これらの既存研究でも様々なバイオマスが分析対象となっている.しかしながら,農業集落排水施設から発生する汚泥は,浜坂(2013)において他のバイオマスと混合して発電利用した際の経済性が分析されているものの,農業集落排水施設から発生する汚泥単体によるバイオマス発電の経済性分析を見出すことはできなかった5

そこで,本稿では,北海道における農業集落排水施設から発生する汚泥を利用したバイオマス発電の発電量および経済性を費用便益分析により明らかにすることを目的とする.分析対象は,2017年度時点で供用が開始されている北海道の農業集落排水施設とし,農業集落排水施設から発生する汚泥を原料とするメタン発酵ガスによる発電を想定する.具体的には,以下の手順で分析する.はじめに,北海道における農業集落排水施設から発生する汚泥量を推計し,推計された汚泥量をバイオマス発電に用いた場合の電力量を算定する.次に,算定された電力量とFITで設定されている調達価格からバイオマス発電の便益を推計する.続いて,既存資料を用いてバイオマス発電の建設費用,設備費用,および維持管理費用を推計する.推計された費用および便益をもとに,農業集落排水施設から発生する汚泥を利用したバイオマス発電の経済性を,費用便益比率,内部収益率,回収期間の指標により明らかにする.なお,設備設置に必要な用地の確保をはじめ,「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」などの法令の適用の影響を受けない状況を仮定した推計とする6

2. 分析方法とデータ

(1) バイオマス発電の発電量の分析方法とデータ

バイオマス発電の発電量は,北海道において供用が開始されている農業集落排水施設7から発生すると想定される年間発生固形物量を算出し,年間発生固形物量に有機物割合,消化ガス中のメタン割合などの諸係数を乗じて推計する.2017年8月時点で北海道において供用が開始されている農業集落排水施設は94箇所あり,処理計画人口は11万870人,処理計画戸数は3万3,416戸となっている.

なお,本稿では,小規模分散型エネルギー供給体制の強化を目指す農村を想定し,一農業集落排水施設に一発電施設が付設していると仮定した分析を試みる8

バイオマス発電の発電量9は,国土交通省水管理・国土保全局下水道部(2015)より下式を用いる.また,年間消化ガス発電量の具体的な算定方法は表1に示した.

表1. 年間消化ガス発電量の算定方法
項目 算定内容 単位
年間発生固形物量 =固形物除去量 t-ds/年
年間発生消化ガス量 =①×有機物割合(80%)×汚泥有機物量当たりのガス発生量(550 Nm3/t-VS) Nm3/年
年間発生メタンガス量 =②×消化ガス中のメタン割合(60%) Nm3/年
時間当たりメタンガス量 =③/365(日)/24(時間) Nm3/h
メタンガスの発熱量 =③×発熱効率(35.8 MJ/Nm3 MJ/年
年間消化ガス発電量 =⑤×発電効率(32%) kWh
1日当たり消化ガス発電量 =⑥/365(日) kWh
24時間運転とした場合 =⑦/24(時間) kW

年間消化ガス発電量(kWh)

=年間発生固形物量(t-ds/年)×有機物割合(%)×汚泥有機物量当たりのガス発生量(Nm3/t-VS)×消化ガス中のメタン割合(%)×発熱効率(MJ/Nm3)×発電効率(%)/3.6

バイオマス発電の原料となる年間発生固形物量は,国土交通省水管理・国土保全局下水道部(2015)より,固形物除去量として,農業集落排水施設ごとに求めた.具体的な算定方法は表2に示したとおりである.

表2. 年間発生固形物量の算定方法
項目 算定内容 単位
日最大処理水量 =計画処理人口×日最大処理水量(m3/日・人) m3/日
年間処理水量 =①×0.8×365(日) m3/年
固形物濃度 200 mg/ℓ
除去率 95
固形物放流水質 =③×((100-④)/100) mg/ℓ
固形物除去量 =((③-⑤)×②)/1,000,000 t-ds/年

(2) バイオマス発電導入の費用便益分析

1) 費用便益分析の方法

費用便益分析は,便益と費用による投資効率性を評価する手法であり,本稿で用いる評価指標は,費用便益比率,内部収益率,回収期間とする.

費用便益比率は,割引率,評価期間,基準年度など前提条件を定めたうえで,推計から得られる便益と費用を現在価値に変換し,プロジェクトの総便益を総費用で除して導き出される10

バイオマス発電施設(小型バイオガス発電)の耐用年数は15年である11.しかし,バイオマス発電施設の稼働期間は,おおむね20年以上であり12,FITの下でのバイオマス発電の調達期間も20年間と定められている.このような実態およびFITの調達期間を踏まえ,本稿における評価期間を20年とする.

農業集落排水施設当たりの処理人口については,国立社会保障・人口問題研究所(2013)を参考に,将来変動することが想定される市町村の人口動態を考慮し算定した13

内部収益率は,投資に対する将来のキャッシュフローの現在価値と,投資額の現在価値がちょうど等しくなる割引率としてもとめる.

回収期間は,投資額の回収期間として計算される.その値があらかじめ決められている期間内であれば投資を採択する方針となる.

2) バイオマス発電の便益データ

バイオマス発電によりえられる便益の貨幣評価額は,2012年度より開始されたFITの2017年度調達価格42.12円/kWh(税込み)14に,バイオマス発電の発電量を乗じて求める15

3) バイオマス発電の費用データ

バイオマス発電設備の設置については,施工現場の地域指定状況や地質状況などの確認検討が必要であり,それらの費用も土地条件により異なる.しかし,本稿では,地域の土地条件は一定と仮定した施工条件のもと推計する.

バイオマス発電設備の費用は,国土交通省水管理・国土保全局下水道部(2015)における土木費用,機械・電気費用,維持管理費用として,それぞれ下式によりもとめる16

土木費用(百万円)

=0.0263×総発電施設規模(kW)+5.8284(百万円)

機械・電気費用17(百万円)

=1.3132×総発電施設規模(kW)

維持管理費用18(百万円)

=0.0579×総発電施設規模(kW)

ただし,総発電施設規模は,前述の表1で示した内容を用いる.

3. 分析結果

(1) バイオマス発電の発電量の推計結果

バイオマス発電の発電初年度(2018年)における発電量の推計結果を表3に示す.北海道における農業集落排水施設から排出される汚泥利用を想定したバイオマス発電の発電量は,1.52百万kWh/年と推計された19.この発電量は,北海道電力の販売電力量(2016年度,26,806百万kWh/年)などと比較すると極めて小さな値である20.またこの発電量は,552戸の年間発電量に相当し,農業集落排水事業地区における電力消費量に占めるバイオマス発電の発電量の割合は1.7%である.このように発電量が小さな値となったのは,発電原料が農業集落排水施設からの汚泥に限定され,確保可能な原料量もこれに限定されるという排水処理であるが故の制約に起因するものと推察される.

表3. バイオマス発電の発電量の推計結果
項目 数値 単位
バイオマス発電の発電量 1.52 百万kWh/年
農業集落排水事業の計画処理戸数 32,837
一戸当たりの使用電力量 ③=230 kWh/戸×12ヶ月 2,760.00 kWh/戸/年
農業集落排水事業地区における電力消費量 ④=②×③ 90.63 百万kWh/年
戸数相当 ⑤=①×1,000,000/③ 552
農業集落排水事業地区における電力消費量に占める
バイオマス発電の発電量の割合
⑥=①/④ 1.7

1)一戸当たりの使用電力量は,北海道電力(2017)を参考に,従量電灯B(契約電流30 A)のひと月あたりの使用電力量(230 kWh)に12ヶ月を乗じた値とした.

(2) 費用便益分析の分析結果

バイオマス発電の費用便益分析の分析結果を表4に示す.20年間の総便益は741百万円,総費用は920百万円で,費用便益比率は0.81であり1.00を下回る値となった21.この結果は,総費用の低下もしくは総便益の増加がなければ,投下資金の回収が困難であることを示している.現時点で農業集落排水施設の下水汚泥を利用したバイオマス発電が殆ど普及していない現状と整合的である.

表4. 費用便益分析の分析結果
項目 分析結果
総便益 741 百万円
総費用 920 百万円
評価指標 費用便益比率 0.81
内部収益率 0.95 %
回収期間 19 年

また,内部収益率は0.95%であり,公共事業評価の費用便益分析に適用されている社会的割引率の4.00%を大きく下回った.バイオマス発電施設(小型バイオガス発電)の耐用年数が15年である中,回収期間に19年を要する点も示された.

4. おわりに

本稿では,北海道における農業集落排水施設から発生する汚泥を利用したバイオマス発電の発電量および経済性を費用便益分析により明らかにした.主な結果は以下の通りである.

第1に,北海道における農業集落排水施設から発生する汚泥を利用したバイオマス発電の発電初年度(2018年)における発電量は,1.52百万kWh/年と推計された.これは,552戸の年間使用電力量に相当し,農業集落排水事業地区における電力消費量に占めるバイオマス発電の発電量の割合は1.7%であった.

第2に,バイオマス発電の費用便益分析の結果,20年間の総便益は741百万円,総費用は920百万円で,費用便益比率は0.81となり,1.00を下回った.

以上の分析結果から,北海道における農業集落排水施設から発生する汚泥を利用したバイオマス発電の発電量は極めて小さく,バイオマス発電設備導入による経済性も低い点が示唆された.

バイオマス発電には,地球温暖化防止や循環型社会形成など正の外部効果も見込まれる.こうした正の外部効果も含めた分析を実施すれば,バイオマス発電設備導入による経済性は,より高く評価される可能性がある.こうした外部効果を含めた分析は,今後の課題である22

謝辞

本稿の草稿を第67回地域農林経済学会大会(2017年10月29日,高知大学)で報告した際に,座長の駄田井久先生(岡山大学)をはじめ,フロアの先生方からは有益なコメントをいただいた.また,改稿にあたっては,編集委員会および2名の査読者にいただいたコメントにより内容を大幅に改善することができた.深く謝意を表する.本稿は,JSPS科研費JP25660175,JP26252036,JP16H06202の助成を受けた研究成果の一部である.

1  農業集落排水事業および農業集落排水施設に関しては,谷山(2000)亀本(2005)農林水産省農村振興局整備部地域整備課(2017)などが詳しい.

4  バイオマスの種類は,木質系,草本系,下水汚泥などがあり,バイオマスの分類は,廃棄物系(農林水産系,産業系,生活系など)と栽培作物系に大別されるなど,種類と分類は多岐にわたる.本稿が分析の対象とする下水汚泥由来のメタン発酵ガスによるバイオガス発電についても,FITにおいてはバイオマス発電と称している.

5  農林水産省農村振興局整備部地域整備課(2017)では,農業集落排水施設に小規模メタン発酵システムを併設した際のコスト試算をしているものの,FITを利用した際の便益の推定や特定地域(本稿の北海道など)の発電量評価は実施されていない.

6  本稿と同様の仮定を用いた研究例に伊藤他(2017)がある.また,先に挙げた既存研究(堂脇他,2003Mukhopadhyay, 2004Qaseem et al., 2007石田他,2011浜坂,2013柳田他,2015)においても,設備設置に必要な用地の確保や,「廃棄物の処理及び清掃に関する法律」などの法令の適用を考慮した経済性評価研究を見出すことはできなかった.

7  分析対象とした農業集落排水施設の諸元は,北海道建設部まちづくり局都市環境課(2017)を用いた.

8  農業集落排水施設からの汚泥を広域的に集約し発電する点,施設ごとの処理量の違いで技術や費用等が異なる点は,考慮されていない.

9  本稿の発電量は,国土交通省水管理・国土保全局下水道部(2015)の年間消化ガス発電量とする.

10  本稿の割引率は,公共事業評価の費用便益分析に適用されている社会的割引率の4.00%とする.上月他(2001)吉川他(2011)も,4.00%の社会的割引率を採用している.

12  三菱UFJリサーチ&コンサルティング(2016)でも,バイオマス発電所の稼働期間は,20年以上に設定されている.

13  まず,国立社会保障・人口問題研究所(2013)より2020年から2040年の20年間の市町村別人口の年平均変化率を求める.次に,農業集落排水施設の所在市町村に対応する人口の年平均変化率を計画人口に乗じて,評価期間(20年)の市町村別計画人口を推計する.この市町村別推計計画人口を用いて発電量を推計することなどで,人口動態を考慮した便益算定とした.

15  初年度の1ヶ年を施工期間とし初年度のみ,1ヶ年分の便益を控除して総便益を算定する.また,初年度の維持管理費用も見込まない.

16  バイオマス発電の残渣として発生する消化液の処理費用.また汚泥をバイオマス発電に利用することによる汚泥処理費用(農林水産省農村振興局整備部地域整備課,2017)の低減効果は,考慮されていない.

17  機械・電気費用は,発電機本体の費用を含む.

18  自治体から委託を受けた保守点検会社による維持管理を想定し,この維持管理費用は費用便益分析に算入するが,北海道特有の地理的条件による厳冬期対策費用は,考慮しない.

19  人口減少の影響を受け,評価期間最終年の2036年には,バイオマス発電の発電量は1.13百万kWh/年まで減少する.

20  北海道電力の販売電力量は北海道電力(2017)による.

21  伊藤他(2017)は,北海道における耕作放棄地利用を想定した風力発電の費用便益比率が0.39であることを明らかにした.

22  どの程度の処理人口があればバイオマス発電施設導入による便益が費用を上回るのかについても,今後の課題である.

引用文献
 
© 2018 地域農林経済学会
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