2018 年 54 巻 4 号 p. 192-193
本書は,2009年改正農地法の施行と2015年農地法改正により,建設企業や食品企業以外の幅広い業種・規模の企業による農業参入が行われるようになった,今日的な企業の農業参入の新たな姿を,地域農業構造の再編の可能性を問いながら実証的に明らかにしようとしたものである.2009年以前の構造改革特区や旧農地リース制度を利用した企業の農業参入については,地域農業・経済・社会に対する波及効果が大きいこともあり,数多くの研究がなされ成果が蓄積されてきた.しかし,八木宏典他編『農業経営への異業種参入とその意義』(日本農業経営年報第9号,農林統計協会,2013年)で包括的な研究成果が出版されて以降,当該分野の研究報告は次第に少なくなってきている.
そのような中でも,建設企業以外の様々な業種の企業参入が現場段階で起こっているという情報がメディア等を通じて伝えられる現状にあり,評者もかねてより「2009年以降に農業参入を行った企業の参入動機とその展開の研究」を行い,業種の変容による参入方法とその背景の差異を分析する必要性を認識していた.本書はその論点に農業部門の運営体制や組織運営の分析を加えたうえに,農業参入が脚光を浴び参入が相次いだ時期から約10年が経過した経営体の経営展開についても分析対象としており,本書で得られた知見によって,一般企業の農業参入の研究領域に新しい端緒が開かれるであろう.
本書は評者の読み取った限りにおいて3つの課題を設定しており,第1に「一般企業の農業参入の全国的な展開について,その最新の状況を明らかにする」,第2に「一般企業の農業参入が進展している今日的な要因を明らかにする」,第3に「一定期間を経た経営体の運営体制や経営の展開を明らかにする」ことである.これら3つの課題にアプローチすることで,「現行の制度下における一般企業の農業参入の目的・展開方向を明らかにするとともに,参入地域において自治体等の関連主体の役割や施策を明らかにする」ことが,本書の狙いであるといえる.
一方,評者はこれまでこの領域に関する問題意識として,「参入した経営体が持つ内部・外部環境の変化に適合した組織管理のあり方」「効率的かつ効果的な農業参入を果たすための自治体・JA等の関連主体の役割」「参入企業の経営者・従業員が有するキャリア形成のあり方」を有してきたが,これら3つは複雑に絡み合う事象であり,統括的な研究を行うことは困難であると捉えてきた.しかし本書は,評者の持つ前者2つの問題意識に応えているだけでなく,3つ目についても示唆的な言及を数多く記している.そこで,評者の問題意識に基づき,本書の内容紹介に代えて本書の構成を示していこう.
第1章では,既存研究の整理を行ったうえで,前述した本書の3つの課題を提示している.続く第2章の前半では,課題1に対する接近が行われている.農林水産省経営局が公表しているデータ等を分析し,食品産業や建設業以外に小売業や製造業などの多様な業種の参入が起きていること,取り組む作目は野菜が中心であること,大規模な農地集積を行っている企業は現段階では少ないことなどを見出した上で,農業参入が行われている地域の全国的な偏りがなくなっていることを明らかにしている.筆者はこれまでセンサス等の統計分析でも数多くの研究業績を挙げており,本書における統計データ分析は企業参入の今日的な姿を,説得力を持って読者に示すものであり,興味・関心をもたらすものとなっている.
第2章の後半と第3章では,課題2に対する接近が行われている.農地リース制度による参入例として静岡県,自治体誘致の好事例として熊本県,農業生産法人への出資・設立例として大分県を事例として,一般企業の農業参入の実態と進展の要因,つづいて経営上の課題とその対応方法について分析している.今日的な要因としては,自治体などの関連主体による幅広くきめ細やかな支援施策により多業種の農業参入が相次いでいることが示されており,企業参入を円滑に進めるうえで有用である.しかし,参入企業は効率的な生産体制,収量や品質の安定化を依然として確立できていないことが指摘されており,次の課題3につながっている.
第4章,第5章,第6章では,課題3に対する接近を行い,第7章でその分析結果をまとめている.事業体制,生産・加工・流通の特徴,販売戦略,今後の展開等で差がみられる7つの参入企業の事例から,農業事業の位置づけと今後の展開について比較分析を試みている.紙幅の関係で全ての分析結果を示すことはできないため,第7章を参照されたいが,特に,本業の変化と発展方向に対する言及は極めて示唆的である.一方で,分析において参入企業の農業経営体としての力量もしくは代表者の経営者能力として評価すべきなのか,親元企業の能力もしくは支援の賜物なのか判然としない部分がある.敢えてその二つを区別しないことこそが,企業参入を分析する分析枠組みとして有効であるという捉え方もできるが,筆者はどのように捉えているだろうか.
最後に,本書では評者の第3の問題意識である「経営者・従業員のキャリア形成のあり方」については,分析対象としていないが,重要な分析視点を本書は提示していることを指摘したい.評者は2008年に農業に参入した親元企業から出向し,農業部門の代表となった人のキャリア形成について分析を行ったことがある.当時,親元企業で形成してきたキャリアが農業経営者として活用され,成功の基礎をなしていると分析を行った.しかし,農業経営者としてのキャリアがその後どのように蓄積され,個人のキャリア・アップにつながっているのかに関する研究は行えておらず,類似する研究成果も見当たらない.そのため,農業部門の代表もしくは従業員として意欲的に日々の仕事に取り組み,経営体としての経営発展を支えていくのかの動機づけがどのようになされているのかが明らかとされていない現状にある.筆者の問題意識からすれば,この視点からの研究を付加すれば参入企業の経営発展の原動力を分析する一助になると評者は考えるが,どのように筆者は捉えるだろうか.是非この側面からの更なる研究も期待したい.
実際,本書において,農業参入を通じて「自分たちの農産物を認知してほしいという思いを伝える」「商品の背景にある自らの強みや価値を再確認する」「自分たちが知らなかったことを知る」等の場が,参入企業とその経営者に提供されていると事例中で紹介されている.これらの視点は,農業参入に取り組む参入企業の経営者・従業員に対するキャリア形成のあり方を今後研究する上で,重要な手がかりとなるキャリア・アップのエッセンスを含んでいる.我が国における企業の農業参入に関する研究は,体系的な理論の構築が必要な段階に来ており,本書の事例を経営者・従業員のキャリア形成の枠組みから捉えなおすことが著者,評者を含めた農業経営研究者に課せられた課題であろう.