農林業問題研究
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大会報告
実験手法による地域農林業研究の応用と展望
松下 秀介
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2019 年 55 巻 1 号 p. 1-4

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1. 座長解題

第67回大会では,『実験・行動経済学による地域農林業研究の革新』というテーマにより,シンポジウムが開催された.このシンポジウムでは,まず,栗山浩一座長による解題よって,観察データによる因果関係の分析に存在する実証的な限界が位置づけられ,「経済学分野における実験手法」の適用の有効性が示された.次に,第1報告「実験室実験―意義と方法―」(佐々木俊一郎氏)では,経済学における新たな学問的知見の発見の一形態として,実験室実験の理論と実証分析の課題が整理された.また,第2報告「環境経済学における実験研究の動向」(三谷洋平氏)では,非市場財を分析対象とする環境評価や制度設計等の研究領域における実験研究の位置づけが示された.最後に,第3報告「途上国農村研究におけるフィールド実験の課題―国内農村研究への応用に向けて―」(高篠仁奈氏)では,市場への介入をアウトカムとする開発学研究の方法論としてのフィールド実験の課題が議論された.いずれの報告も,経済実験である「ラボ実験」,「フィールド実験」等に関する理論的な背景から実験方法の詳細,及び,実証研究の事例までが包括的に紹介され,農林経済学,環境経済学,開発経済学,及び,制度分析の領域におけるこれらの研究方法の備える分析力への期待が丁寧に報告されていたと考える.

ところが,実験・行動経済学アプローチが世界的に注目されているという研究動向の一方で,国内における農林経済学,農業経営学,農村社会学等を専攻分野とする地域農林業研究の立場からは,これらのアプローチが容易に受け入れがたいという実態も指摘できる.具体的には,実証研究の対象となる具体的な研究課題を自らフィールドで発見し,その課題解決に必要な情報(データ)について現地を踏査するなどの実態調査により蓄積し,統計データを利用する場合にもその定量的な知見の背景事情をできる限り定性的に理解するように努め,最終的な分析結果をフィールド(研究課題に関連する経済主体)に還元することを基本的な研究姿勢としてきた会員が多くを占める当学会の学問的背景からは,仮想的な環境設定に基づいて経済主体が表明する情報の分析力が俄に受け入れがたいということもまた事実であろう.すなわち,実験という分析枠組みの地域農林業研究における現実妥当性について,説得的な議論が求められているのである.つまり,具体的な実証分析では,実験手法はどのように応用され,いかに有効な成果が得られているのかという疑問である.

具体的に,前回大会で議論された論点について,ここでは以下の3点に注目したい.

まず,実験として設定された有限な実験参加者の代表性についてである.もちろん,「ランダマイズ」の考え方には,セレクションバイアスへの入念な配慮が伺える.しかし,地理的,文化的,歴史的に限定された特定の時点における農村地域において,ランダマイズに耐えうる十分な大きさの標本が確保できるのか,また,その作業自体の倫理的な問題点はないのかなど,疑問は絶えない.

次に,実験のデザインの客観性についてである.実験の種類にもよるが,何らかの条件設定のもとでいくつかの質問が行われ,それらに対する被験者の意思決定が実験の結果としての分析データとなる.この場合の条件設定や質問内容について,その妥当性を客観的に判断するための理論的・実証的な方法論の提示が求められている.

更に,分析方法の統計学的な理解についてである.因果推論に言及するまでもなく,実証経済学における統計学的な分析手法の近年の発展は甚だしい.しかし反実仮想の考え方を因果関係の発見に用いるという因果モデルの利用には,統計学的に精確な理解が欠かせない.そして,これらのモデルを正確に適用した結果こそが,科学的なエビデンスとなり得るのである.

以上の3点に加えて,本シンポジウムでは以下の論点にも考慮したい.すなわち,実験における顕示選好データの取り扱いについてである.具体的に,実験によらない(統計による情報などの)顕示選好データを用いた分析からは,経済主体の意思決定に基づく経済合理性が析出される.一方で,実験から得られたデータにおける経済合理性の反映についても,方法論としての広がりを確認しておきたい.

以上のような議論を前提として,今大会のシンポジウムでは,実験手法の具体的な適用場面に焦点を当て,「経済学分野における実験手法」を地域農林業研究に応用する場面について,実践的な側面からの情報交換と総合討論を企画した(表1).

表1. 「経済学分野における実験手法」の区分による各報告の位置づけ
第1報告 第2報告 第3報告
選択型実験
ラボ実験 ○:オークション実験
フィールド実験

第1報告では,前回大会でも座長をお務めいただいた栗山浩一氏(京都大学大学院農学研究科)に「地域農林業政策の評価と実験研究の可能性」というテーマでのご報告をお願いした.特に,選択型実験,ラボ実験に関する実証分析事例をもとに,それぞれの実験の利点と限界,フィールド実験との関係について,議論をいただいた.第2報告では,野村久子氏(九州大学大学院農学研究院)に「自然実験研究の動向と国内農林業問題への応用(原稿段階ではタイトルを「フィールドにおけるRCT実験研究の動向と国内農林業問題への応用」に変更)」というテーマでのご報告をお願いした.第3報告では,若松宏樹氏(中央水研経営経済研究センター)に「オークション実験を用いた地域振興事例」というテーマでのご報告をお願いした.また,コメンテーターには,河村能夫氏(龍谷大学名誉教授)と胡柏氏(愛媛大学)に総括的なコメントをお願いした.

2. 総合討論

各報告の詳細は次項に譲るが,以下,コメンテーターからの質問・確認項目とそれらに対する報告者のリジョインダー,参加者からの発言を紹介する.

コメンテーターである河村氏からは,まず,Rubinのアプローチに代表される因果効果の推定作業では反事実を現実的に観察できないという技術的な困難性を指摘した上で,データ収集・分析の場面において実験研究が従来の地域農林業研究に付加し得る信頼性が概念的に整理された.他方,実験研究における倫理的側面に対する手当ての必要性と,実践性を重視する限りにおいて統計的な過誤への配慮が不可欠であることが指摘された.これに対して,栗山氏からは,従来の顕示選好データに依拠した政策評価では,政策が実行されやすい地域においてデータ収集が行われるなどの選択バイアスが頻出することを事例として,実験手法におけるランダマイズの有効性を確認しながら,学術的な信頼性を担保すべき研究者としての立場と,行政的なニーズに応じた実践性を追求する実務家の立場からの精確な統計的手続きの適用の重要性が示された.

加えて,河村氏からは,社会の変化に対応した地域農林業研究の時代的意義について,社会発展諸理論との対比から従来の構造的・マクロ的な研究アプローチを位置付け,より行動主義的・ミクロ的な研究アプローチとして実験手法の役割を位置付ける枠組みが示された.具体的には,近代化の中で情報技術を駆使した新たな産業群が台頭することに直面し,実験手法が社会に果たすべき役割の具体化が求められた.この問いに対し,野村氏からは,政策的なフレームづくりを行政官が担当し,地域住民の行動をモニタリング・分析・評価する役割において研究者のサポートが活かされるというフィールド実験の意義が説明され,その発展可能性が強調された.

続いて,コメンテーターである胡氏からは,まず,被験者に金銭報酬を支払うことが統制された実験環境(単調性・感応性条件等の具備)を成立させる条件であるという価値誘発理論に基づき,野村氏の報告されたフィールド実験の限界が質された.これに対して,野村氏からは,非金銭的価値の誘発による被験者へのインセンティブの付与を応用する研究枠組みの有効性が説明された.

加えて,胡氏からは,オークション実験における実験バイアスの生じる可能性とそれらを回避する必要性が指摘された.これに対して,若松氏からは,実験バイアスが完全には避けられない事実であることを前提としたうえで,採算性を度外視した選好の結果等を外れ値として統計的に処理することや,ランダマイズによる実験デザインの工夫において各種のバイアスの最小化が図られるべきであることが説明された.

さらに,胡氏からは,オークション実験において実験参加者に支払うべき報酬額の決定方法について,研究者の費用負担がこの領域の研究発展を妨げる要因の一つにならないかという視点からの質問があった.これに対して,若松氏は,質の良い被験者を集めるために平均的な賃金水準に応じた機会費用を償う程度の報酬を支払う必要性があることが論じられ,費用面で相対的に安価であるアンケート調査との併用についても,研究成果の質とのトレードオフの関係の中で検討されるべきであることが示された.

一方で,胡氏からは,栗山氏の報告に対し,以下の2つの視点から分析技術的に詳細な解説が要求された.具体的には,まず,原爆事故と買い控え行動の分析事例を振り返ることから,より安価に実施可能と思われる仮想市場評価法(CVM等)あるいは,ヘドニック法と実験研究の方法論としての差別化の理解についてである.次に,因果関係の分析力について,観察データと実験データとの間での比較の視点である.

これらの要求に対し,栗山氏は,仮想市場評価法については,たとえば農産物の産地と価格水準の間には一定の相関関係が認められることなど,これらの方法論では相互に独立した属性変数を集めることが難しいこと,すなわち仮想市場評価法ではランダマイズされていない観察データが得られる場合が多いことが事例的に紹介され,因果関係を解明する手法としての限界が示された,次に,観察データと実験データの比較について,両者が完全に差別された区分に属するデータではなく,たとえばハリケーンの被害とその被災前後における地域住民のリスク認識の変化に関する研究の場合のように,自然現象に依拠した場合でもランダマイズされた観察データを得られる可能性(自然実験)もあることが詳細に示された.

ただし,この論点については,栗山氏自身も実験手法によるデータ収集にのみ依存した研究活動を展開しているわけではなく,トラベルコスト法等の観察データにより非市場価値を評価する研究活動を重点的に行うなど,それぞれの方法の分析力を組み合わせた対応が現実的であるとのコメントも印象的であった.

一方で,フロアからの質問として,ノートルダム清心女子大学の二階堂裕子氏からは,因果関係の分析における仮説の必要性を再確認した上で,このような仮説を立てることにも実験手法は有効であるのか,また,その際に求められるサンプルサイズの程度の目安について確認したいとする質問があった.

これらの質問に対し,栗山氏は,従来の経済学においては既設の仮説を検証するために実験手法が利用される傾向にあったが,近年では,行動経済学等でのアプローチのように,検証すべき仮説の選択プロセスにおいても実験手法が適用される事例が詳説された.また,そのためには適切な実験手法の選択と組み合わせが重要であり,その際に求められるサンプルサイズは自ずとある程度の大きさ以上となってしまうことが指摘された,

以上の総合討論における質疑応答に引き続き,コメンテーターである胡氏から学会長に対する「2大会連続で実験手法をテーマにシンポジウムを企画した意図をお示しいただきたい」との質問に対し,福井清一会長からコメントを頂戴した.その主な論点は以下の2点であった.

まず,学会活動の国際化を推進するという目的の存在である.具体的に,学会活動の国際化を実現する一つの方策は,研究成果の世界への発信であるとの導きである.そして,現状の世界的な学術雑誌の編集方針を見る限り,従来の観察データを用いた分析よりも,実験手法により構築されたデータ分析のほうが,因果関係の客観的な評価の視点から研究成果として評価される場合のアドバンテージが高いとの理解が示された.ただし,実験経済学に偏った方法論だけを推奨する意図ではなく,あくまで実験手法の実証研究への適用を広く普及させるという意図から,この2年間のシンポジウムを企画したとの補足もいただいた.

そして,農林経済学,農業経営学,農村社会学,ならびに,農業史学,地理学等にもおよぶ地域農林業研究の学問領域を考慮した場合,行動経済学から開発経済学や医療経済学,政治学等にも至る実験手法の適用範囲の広汎性からは,これらの研究手法こそがまさに当学会の活動領域が備えるべき知の領域の一つであるとの理解が示された.加えて,2年間のシンポジウム企画に引き続き,次年度の大会以降においても,特別セッションなどでの議論の継続と深化を期待する学会活動の方向性が示された.

3. 座長総括

シンポジウムを総括する立場から,当初の疑問に立ち戻り,実験手法を取り巻く因果関係分析の技術的課題と展望を整理しておきたい.

まず,実験のデザインの客観性についてである.実験手法であれども,実証分析である限りはデータの性質と分析の精度が問われることは言うまでもない.つまり,仮想バイアスなど,各種のバイアスが存在する可能性への配慮が必要となる.たとえば,実証研究から得られる客観的理解を担保するためには,出版バイアス,パートナーシップバイアスなどの存在に配慮しなければならない.また,実証研究の蓄積によるメタアナリシスの可能性も展望しなければならない.

次に,実験として設定された有限な実験参加者の代表性についてである.この視点には,観察データから得られる情報の限界と実験データの有効性に関する議論だけではなく,実験手法の有効性(分析結果の内的妥当性,外的妥当性)の判断としても,慎重な議論を要する.すなわち,ここで求められているのは,統計学の精確な理解に基づいたより一般化可能な知見の蓄積を追求する研究姿勢であろう.

最後に,地域農林業研究における実験研究の展望について,2つの協働を提案したい.ひとつは,実験手法間の協働である.たとえば,フィールド実験から得られた表明選好データについて,オークション実験等のラボ実験により収集した顕示選好データによって経済合理性の反映を補足するなど,実験手法の組み合わせが総合的な分析力を充実させる場面が想定できよう.もうひとつは,定性的な事例研究の蓄積への実験研究の分析力の積み重ねなどの新しい研究展開である.現実の事例では観察(設定)できないランダマイズされた実験計画による経済主体の行動把握は,従来の事例研究間の相互理解を飛躍的に深める可能性を有するものと考えられる.本シンポジウムでの議論が,このような協働の興隆への布石になることを期待してやまない.

 
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