2018 年 55 巻 1 号 p. 13-20
近年,財政状況が厳しさを増す中で,効率的な行政運営が求められている.このような問題意識に立ち,公共政策の効果の科学的な根拠(エビデンス)に基づいて実際の政策を形成しようという試みが欧米で広がっており,日本でも始まっている.これはエビデンスに基づく政策形成(Evidence-Based Policy Making: EBPM)のアプローチと呼ばれる.例えば,科学技術,教育,医療,経済産業政策の分野においてEBPMの試みが始まっている.農業政策分野でもアメリカ合衆国農務省(USDA)は,2017年夏に「政策分析と制度デザインのための経済実験―農業政策立案へのガイド」を出した(Higgins, Hellerstein, Wallander, & Lynch, 2017).
このEBPMのアプローチにおいて,政策の効果を最も正確に評価できる手法とされるのが現実世界でのランダム化比較試験(Randomized Controlled Trial:RCT)である.RCTとは,医療の臨床治験では標準化した手法であり,データの偏り(バイアス)を軽減するため,効果を知りたい介入以外,全ての条件が同一となるように,処置群と介入を行わない対照群とに無作為(ランダム)に被験者を割り付け,介入の効果を統計的に検討する手法である(図1参照).
政策研究におけるRCTを用いたフィールド実験のイメージ
近年では,公共政策や開発政策に応用されている.また,医療の分野では,治療法や投入される医薬が介入として用いられるのに対し,政策研究分野におけるRCTの場合では,図1にあるように社会的介入と呼ばれるものが用いられる.社会的介入では,情報の提供,教育の提供,熟議,研修などを提供し,社会的な基準や行動を提示することにより,対象者の行動変容を促す.
それらの社会的介入をナッジ(nudge:肘で軽く小突くこと)として提示したのがリチャード・セイラーとキャス・サンスティーンである.ナッジとは,深層心理を利用し,介入を行い,誘導的に意思決定を操作して行動変容を促すことである.近年,伝統的な規制や財政的な手段といった政策ツールを補完し,介入によって市民活動などの集団行動を促し,よりよい政策の結果を生み出すための政策ツールとして,ナッジが普及しつつある(Thaler & Sunstein, 2008).
私たちの行動は,合理的な行動から,一定のパターンで偏り(バイアス)がある.そして,ナッジは,そのバイアス特性を生かした「選択構造」を用い,科学的分析に基づいて人間の行動変容を促す.リチャード・セイラー教授は,これらバイアス特性を見つけて,それを体系的に経済学に取り入れるという行動経済学を確立し,2017年にノーベル経済学賞を受賞したが,行動経済学を実際の政策に取入れ,一定の成果をもたらした,あるいは今後にもたらすであろう可能性を評価されたことが受賞の大きな理由であろう.
行動経済学だけでなく心理学などにも基づいたナッジを政策の効果を高める社会介入として用いたフィールドにおけるRCT実験が多く行われており,省エネなどの環境行動促進のナッジは実際の政策に生かされている.よって,ナッジは,一般に良い行動だとわかっていても煩雑な作業や手間などでなかなか実行できない人間の心理を逆手にとって実行しやすい形で情報提供し,社会にとって善い行ないや協働といった行動を後押しするために有効である.そして,ナッジも含めた社会的介入を用いてフィールドにおいてRCT実験を行い,イビデンスに基づく結果を制度に反映するという試みが広がりつつある.
また,農林業分野においては,政策としての介入のみでなく,農家が新技術を導入する,あるいは何らかの新しい取組を行うといった場合に,それらが収量や,生産効率性などへ与える効果,ひいては経営に与える影響を見るということなどにも応用が出来る.まとめると,フィールド実験は以下のような場合に有効と考える.
1)期待される成果に対する有効な政策またはプロジェクトを知りたい
2)すでに存在する政策あるいは制度,あるいは状況に対して,促進や改善の効果を測りたい
フィールドにおけるRCT実験の論文が増えている一方で,RCT実験手法の利点と欠点も指摘されつつある.この論文では,第2節で手法の利点と欠点を整理したうえで,第3節ではRCT実験のデザインについて説明し,第4節で事例を紹介したい.
フィールドにおけるRCT実験研究の利点として,次のことが挙げられよう.まず,政策の効果を定量的に評価する統計学的な手法が複数提案されている中で,RCTは,因果関係を確立し,介入による効果(イビデンス)が明示化できることから,最も正確に介入の効果を検証できるツールとされている.その他にも,主体の行動変容を介入の効果として可視化できるため,政策立案者や企業の経営者を説得しやすく,立案につながる可能性が高くなるという点が挙げられる.また,自然フィールド実験は,サーベイによる選択実験,ラボにおける経済実験やラボ実験を農家などの実際の主体者に行ってもらうフィールドにおける経済実験などと補完的な関係にある.諸手法によって理論実証された事象について,フィールド実験によって実社会で検証を行うことでより堅固な結果を得ることが出来る.さらに,統計的利点としては,自己選抜バイアスの回避や因果関係の特定が挙げられよう.
(1) 欠点他方,欠点としては,主に以下の4つが挙げられよう.
① 公平性(被験者 v.s. 非被験者)
公共政策を扱うRCTあるいは,エネルギーなどの半公共財を扱うRCTでは,ほぼ必ずといってよいほど問われる質問として,市民が制度やプログラムから公平に恩恵を預かれないのはいかがなものかという倫理的観点がある.
対処法として,パイロット事業としてRCTを行い,そのあと制度を全体に普及することで公平性を確保することが可能であり,これはしばしば教育分野ではすでに行われている処置である.
② コスト
政策評価あるいはプロジェクトの効果を見るRCTには,時間とお金がかかる.また,介入がお金である場合,誰が払うのか,という問題がある.
対処法として,コスト面についてはカウンターパートと負担分を折衝するなど.カウンターパートとの連携が不可欠といえよう.
③ 効果量が小さいのでは?
介入による効果量が小さい場合,介入メリットはあるといえるのか,ということが指摘されている(Allcott et al., 2012).
対処法として,RCTを行う前に過去の研究から類似の介入による効果量を探すこと,自己選抜バイアスを取り除くこと,そして,介入による効果が期待できるかまずベースラインデータから判断することなどが必要であろう.また,②のコスト面からも費用対効果分析が必要ではないかという指摘がある.
④ Long term effectあるのか?
同じ介入が行われても介入への慣れから効果が逓減することが確認されている(Kerr, Lapinski, Liu, & Zhao, 2017).あるいは,介入がなくなれば効果が期待できないという指摘がされている(Allcott, 2011).
対処法として,これといった答えはまだ確立されていない.リバウンドなく効果が持続するか,効果の持続,効果の上乗せには如何すればよいか,長期的な検証が必要である.
以上,フィールドにおけるRCT実験を行う際に指摘されている欠点は同時にデザインを組み立てる際に気をつけておかなければならない留意点として捉えておきたい.
一方で,日ごろ地域に根差した地域農林研究を行っている研究者の場合には,コストについては,パイロット試験の規模により調整することが可能であったり,あるいはRCT実験を行う以前の行政との調整に時間がかかることについては,すでに現場と信頼構築が出来上がっていたりすることから,地域農林研究を行っている研究者は,フィールド実験を行い易い利点を持つのではないかと考える.
それでは実際にRCTの研究をどのようにデザインすればよいのかと思われている方もおられると思う.そのような研究者には,今回挙げた文献を参考にしていただくと同時に,CONSORTを紹介したい.CONSORTはランダム化比較試験のガイドラインである.また,2010年にCONSORTチェックリストとフローチャートが作成されているが,その最新版チェックリストが日本語に訳されている(Schulz, Altman, & Moher, 2010).これらのチェックリストやフローチャートはRCT実験を組み立てる際に参考になるのみでなく,別添資料としてRCT論文発表の際に要求されることから,RCT研究デザイン段階から利用されることをお勧めする.
本稿では,社会規範に基づく協力行動や集団帰属意識が集団行動を扱う社会心理学を応用した,生ゴミリサイクルの普及促進を研究目的とした研究事例を紹介する(Nomura, John, & Cotterill, 2011).リサイクルの協力行動は,Schwartz(1968)の規範活性化理論(Norm activation theory)や,社会的アイデンティティ理論(Tajfel & Turner, 1979)によれば,所属集団への帰属意識が強いほど,地域のボランティア活動といった集団全体の利益に貢献するような集団行動への傾向が高くなるとされる(Kelly & Kelly, 1994).また,集団間の対抗意識が強まると同時に集団内の協同意識が高まることも知られている(Ellemers, Kortekaas, & Ouwerkerk, 1999).これらの行動心理が,規範活性化につながり,リサイクリング普及を誘導できる可能性がある.
制度的背景としては,EUの廃棄物枠組み指令(2008/98/EC)により,家庭廃棄物のリサイクル率を2020年までに50%まで引き上げる目標に対し,英国の達成値は2010年時点で40.3%であり,家庭廃棄物の中のリサイクル可能な資源をさらに分別化する必要があった.英国における一般家庭の廃棄物に含まれる食材・食品からの有機性廃棄物は17%であり,これらを分別,循環利用して,家庭廃棄物のリサイクル率を引き上げる余地があることも判明した.
また,Schultzの行ったRCT研究により,一般ごみの分別に有効な促進方法は,グループ単位の参加状況情報提供であることが分かっていた(図2).よって,本研究では,英国マンチェスター市にあるいオーダム地区のそれぞれの道レベルの有機性廃棄物リサイクル普及率を各世帯へのフィードバックとしてポストカードで世帯に送付することを介入とし,リサイクリング参加を促進する効果を検証した.そして,被験対象群に2度カードを送付し,複数のフィードックの処置効果を測る.
一般ごみの分別に有効な促進方法
資料:(Schultz, 1999)
ランダム化比較試験のための試験計画デザインは,CONSORT(Consolidated Standards of Reporting. Trials:臨床試験報告に関する統合基準)に準じた.
層化任意抽出は,①回収ルート,②道の長さ(平均値であった18世帯以上は長い道とした)が偏らないようにした.また,③ベースラインで平均値を境に1/0をとり,スマイルの顔と泣き顔の顔が均等に50%ずつ配布されるように層化抽出した.
同じ「道」に住む世帯で,規範が活性化して帰属意識を刺激し,集団間の対抗意識ならびに集団内のリサイクリング協同意識が高まることが制度普及へ与える効果検証を行った.その際,「地域」の社会経済水準が参加に与える影響があると仮定,また,帰属意識は,「道」の長さが影響すると仮定して,これらが参加に与える影響を推定する.また,被説明変数は,個人参加を二値変数とした.生ごみ容器を3週間のうち1回でも出すと参加しているとみなす.仕事などで不在の場合もあることも考慮に入れており,これは英国の環境・食料・農村地域省のガイドラインに準じた参加の定義となっている(WRAP, 2006).そして,各世帯の生ゴミリサイクリング行動の有無については,Emerge Recycling(NPO)によって世帯の参加についてモニタリングを行う.
最後に,実験期間は,ベースラインを8月の前半3週間,1回目のポストカードを9月上旬に送付,1回目の処置後のデータを9月の2週目から4週目に取り,2回目のポストカードを10月上旬に送付,そして,10月の2週目から4週目に2回目の処置後のデータについてモニタリングを行う.
(2) 分析手法―多階層ロジスティックモデルこの研究では,t検定ならびに多階層混合効果ロジスティックモデルを用いて「地域」と「道」を階層として分析を行う.同一世帯から繰り返し測定を行う際,正の相関関係があるため,いくつかの変量効果を持つ混合モデルが適切となる.そして,地域の社会経済水準や世帯構成が参加に与える影響があると仮定していることから,地域に係わる地域変数として,センサスデータから地域ごとの貧困値(Index of Multiple Deprivation)と単身世帯数をとった.なお,ここで言う地域はセンサスの区画で示された地域であり,回収日の同じ地域とは異なる.また,同じ道でも3キロ近い長い道は,異なるセンサス区画,すなわち異なる貧困値である可能性がある.この貧困値は高ければ,貧困レベルが高いことを示している(2007 index, Office for National Statistics).また,帰属意識は,「道」の長さが影響すると仮定することから,道の長さに関連して各世帯が住む道の世帯数を説明変数とした.当該制度がアパート世帯には未導入のため,戸建ての世帯を対象としている.次にモデルを示す.世帯iの参加(Yi(jk))は,分類変数,道jと地域kで示されたとき,変量効果項(jk)は定数項β0(jk),すなわちランダム切片(random-intercept)を想定し,ei(jk)は個々の世帯の誤差値として(1)のように表すことができる.
(1) |
そして,β0(jk)は,道の残差値u0jと,地域の残差値v0kであることから(2),モデル(3)に置き換えることが出来る.
(2) |
(3) |
よって,被説明変数は,道jの残差値u0jと地域kの残差値v0k,そして,交差分類である道jと地域kの中の個々の世帯iの残差ei(jk)として示される.次に,ランダム化比較試験を行うため,サンプルは,ベースラインのデータを基に処置群とコントロール群を無作為に抽出した.その際,2群に偏りがでないように,道の長さ,笑顔と泣き顔,そして回収日(月から金)についてそれぞれ層化し,各層から無作為に系統抽出を行った.また,住む道によって類似があると想定されることからそれぞれの道に世帯がネスト化しているクラスターとして道を扱う.既存研究より5%から10%の分散が考えられる(Cotterill, John, Liu and Nomura, 2009).まず,有意水準を5%としたときに,対立仮説が正しい(2群の比率は等しくない)ときは80%の検出力(power)で有意判定を行えるようnを求めた場合,必要な道の数は,道の平均世帯数を60とすると,各群93である.そして,測定値の分散に占める真の値の分散の比率,すなわち信頼性の級内相関係数(intraclass correlation coefficient (ICC) of reliability)の値で,必要なサンプルサイズの計算式で得られたnを割り,新たに求めたn’をサンプルサイズをとして実験計画を組むことにより,測定の誤差による信頼性の低下を補う.必要サンプル数の算出のためのICCは既存研究の0.017を用いた(Cotterill, John, Liu, & Nomura, 2009).有意差が0.01以下であるとした場合の必要サンプル数は,8580世帯となり,実際のサンプル数nは9082であるから,クラスターランダム化比較試験に必要なサンプル数を満たしている.
多階層混合効果ロジスティックモデルを用いて「地域」と「道」を階層として分析した結果を表1に示す.まず,M0では切片のみ,M1では世帯レベルの変数のみ,そしてM3世帯レベルの変数,道レベルの変数,そして地域レベルの共分散それぞれが参加率に与える影響を調べた.
M0: | M1: 世帯レベルの 変数のみ |
M2: 世帯変数,道の変数, 地域の共分散値 |
|||
---|---|---|---|---|---|
切片 | 0.023 (0.092) |
−1.384 (0.113) |
** | −1.484 (0.183) |
** |
処置 | 0.251 (0.082) |
** | 0.110 (0.196) |
||
基準値 | 2.772 (0.059) |
** | 2.719 (0.073) |
** | |
処置*基準値 | −0.235 (0.078) |
** | −0.164 (0.102) |
+ | |
道の長さ(各道の世帯数) | 0.002 (0.001) |
** | |||
処置*道の長さ | −0.004 (0.001) |
** | |||
(笑顔-笑顔) | 0.438 (0.109) |
** | |||
(悲しい顔-笑顔) | 0.805 (0.132) |
** | |||
(悲しい-悲しい顔) | −0.029 (0.114) |
||||
処置*(笑顔-笑顔) | 0.335 (0.190) |
+ | |||
処置*(悲しい顔-笑顔) | 0.040 (0.225) |
||||
処置*(悲しい顔-悲しい顔) | 0.315 (0.196) |
+ | |||
貧困値 | −1.920 (0.807) |
** | |||
単身世帯 | 0.460 (1.030) |
||||
Variance of area level residual errors(σ2 int/neighborho od) | 0.123 | 0.055 | 0.008 | ||
Variance of street level residual errors(σ2 int/street) | 0.444 | 0.233 | 0.182 | ||
地域の級内相関係数 | 0.036 | 0.016 | 0.003 | ||
道の級内相関係数 | 0.118 | 0.066 | 0.052 |
資料:著者のデータによる
1)+: p<0.1, *: p<0.05, **: p<0.01
まず,切片のみのM0モデルを見ていく.交差分類モデルは2層以上の多階層が存在するため一層のネストではない.よって,道の分散は,道レベルの切片の分散に対応し,地域の分散は,地域レベルの切片の分散と呼応する(Hox, 2017).また,各世帯は道と地域というクラスターの中に構成されていると考えられるが,級内相関係数は,道と地域それぞれのクラスター内で類似があるかを示している.級内相関係数は,2つ推計の仕方があるが,多階層ロジスティックモデルに適した推計を行う.(Tom and Bosker, 1999).
まず,第一層の路地スティック分布は,π2/3=3.29の分散があることを示唆している.切片の分散
よって,道レベルの級内相関は,ρ=0.118,そして地域レベルの級内相関はρ=0.036と推計される.このことから,全体の分散の12パーセントは道レベル,そして4パーセントは地域レベルの分散であることがわかる.
切片の推計係数は,処置がない場合の対数オッズを示している.母集団のリサイクル参加の対数オッズは0.023であり,これを確率に換算すると0.506となり,処置なしの平均参加率は50.6%であることがわかる.次に,M1では,世帯レベルの説明変数である処置,基準値,そして処置と基準値の相互作用項の参加に与える影響を見る.まず,処置は,参加率に0.01の有意差で正の効果を示した.これは,ポストカードによるリサイクル参加状況の情報提供を行った処置群はコントロール群に比べ,参加に正の効果があったことが言える.また,ベースラインの時点で参加している世帯は,そのまま参加を維持した処置と基準値の相互作用項により,処置群とコントロール群でロジスティック回帰方程式が異なる.処置群の回帰方程式は,以下のようになる.
また,コントロール群の回帰方程式は,以下のようになる.
ベースラインの係数は,コントロール群のベースラインが参加に与える効果である.コントロール群のベースラインで参加していた世帯の参加への対数オッズは,4.006となり,処置群のベースラインで参加していた世帯の参加への対数オッズは4.071となる.これをオッズ比で示すと,コントロール群と処置群のオッズ比の比率は,累乗係数であり,処置群のベースラインで参加があった世帯の継続したリサイクル参加は1.016であった.これは,コントロール群のオッズよりも処置群のオッズのほうが1.6パーセント高いとことを意味している.一方で,コントロール群では,ベースラインから参加している世帯は継続して参加したが,処置群の中でベースライン時に参加をしていた世帯は,ポストカードを受けた後,参加しなくなり,全体の参加率に負の影響を与えたことを示している.ポストカードは,参加をしていなかった世帯にもっとも効果があり,すでに参加を行っていた世帯は,すでに十分リサイクルに貢献していると安心させてしまい,参加をする努力を怠ってもよいという印象を与えた可能性がある.
最後に,M2モデルの分析結果を説明する.ここでは,無帰仮説4と5の検証をおこなっていく.すなわち,処置ならびに笑顔あるいは悲しい顔のイメージが参加に与えた相互作用項の参加への影響(H4)と地域の貧困値と地域における単身世帯割合の参加への影響(H5),をみていく.処置*(悲しい顔-笑顔)をベースとする際の,処置*(笑顔-笑顔),処置*(悲しい顔-笑顔),処置*(悲しい顔-悲しい顔)それぞれの参加への影響をみていく.結果をみると,それぞれのカードに印刷された顔の表情によって参加に与える効果が異なった.個々にみると,処置*(笑顔のカード(1回目)-笑顔のカード(2回目))と,処置*(悲しい顔のカード(一回目)-悲しい顔のカード(2回目))の場合,すなわち2回続けて同じ顔のイメージのメッセージを受けた世帯は,参加に正の効果を示し,p<0.1で統計的に有意差があった.次に,地域の共分散変数の貧困値と,地域における単身世帯割合をみていく.モデルの結果をみると,貧困値が1単位高ければ,参加率にp<0.05の有意差で負の効果をもたらすことが示された.一方で,単身世帯割合が参加へ与える影響は統計的に有意差がなかった.
ここでは,分析結果から政策的含意を含めた考察を行っていく.まず,t検定より,1回の処置よりも2回継続してポストカードで情報提供を行った場合のほうがより効果が高いことがわかった.つぎに,フィードバックであるカード送付の処置は,正の普及効果があった.また,最初の初期値が不参加であった場合には,処置は正の効果をもたらした.しかしながら,処置群において,ベースラインでリサイクルをすでに行っている世帯には,処置は負の効果があった.これは,環境に良いことを他人よりも行っているという安心感から来るShultzの言う逆効果が現れた可能性もある.実際,笑顔あるいは悲しい顔のイメージが世帯参加に与えた効果は,同じメッセージが2回送られた世帯には正の効果をもたらしたが,1回目の処置と2回目の処置で笑顔と悲しい顔異なったイメージが届いた世帯には効果がなかった.
また,帰属意識を刺激することが制度普及に与える可能性については,多階層混合効果ロジスティックモデルを用いて「地域」と「道」を階層として分析した結果,全体の分散の12パーセントは道レベル,そして4パーセントは地域レベルの分散であることがわかった.このことは,地域よりも道間でより世帯間の間に類似性があったことを示しており,この結果は,同じ「道」に住む世帯間で,世帯数の少ない道に住む世帯間において規範がより活性化して帰属意識を刺激し,集団間の対抗意識ならびに集団内のリサイクリング協同意識が高まったことを示唆したといえる.すなわち,「道」レベルでの帰属意識を刺激することが制度普及に与える効果があることを示したといえよう.
最後に,農林業問題への応用について言及したい.
まだ,国内の農林業問題への応用はないが,現在行われている複数の研究者による研究があることから今後の発展が目覚ましい研究分野となる可能性がある.また,同時に,倫理的配慮などは行政と議論を重ねながら行う必要があるであろう.
第2に,規制するのではなく,RCT実験によって介入(例えば,研修,情報提供,心理への働きかけ,指導・モニタリングなど)を行った場合,対象の意思決定や合意形成がどのように変化するか科学的根拠によって効果を得られることは,イビデンスに基づく政策立案に資すると思われる.
第3に,最後に,何を効果として見るかであるが,生産性の向上,やりがいの向上,農業技術の導入,担い手普及といった側面から観測データとして測ることができるデータを用いることが可能であろう.今後,フィールドにおけるRCT実験の農林業問題への応用研究が発展することを期待し,結びとしたい.
本研究は,ESRC RES-177-25-0002(代表,マンチェスター大学 Peter John教授)の助成を受けたものである.ここに記して感謝の意を表する.
大会シンポジウムの報告時は,タイトルを「自然実験研究の動向と国内農林業問題への応用」としていたが,内容の適切性に鑑み,本稿のタイトルに変更した.