2018 年 55 巻 1 号 p. 21-25
経済学において需要を測定,推定することは理論の実証という面においても,実経済のマーケティング戦略の意味でも非常に重要なことである.マーケットにおいて観測されたデータを用いて推定された需要を顕示選好といい,もっとも信頼される値となる.しかし,実際のマーケットに観測されていない財やそもそも存在しない財などは観測データが手に入らず,需要の測定が困難である.その場合,McFadden(1974)などによって盛んに実施されるようになった仮想評価法(Contingent Valuation Method, CVM)や選択実験などが使われる.仮想評価法は消費者にその財の価値を表明してもらったり,いくつかの選択肢の中から選択してもらうことで財の需要(選好)を測定するため,表明選好と呼ばれる.この手法は市場に存在しない財を開発する時や,環境財などの非利用価値(Non-use value)を測定する時に非常に役に立つといえる(Freeman et al., 2014).しかし,評価する側がその財に馴染みがない場合,CVMは支払い義務がないために仮想バイアスと呼ばれる消費者の真実の評価額から推定値が離れるバイアスが生まれる(Murphy et al., 2005).
オークション実験は支払い義務を発生させ,実験的な環境で仮想マーケットを生成し,その中で取引を行ったデータを使用するため,顕示選好を測定することができる.近年実験経済学が多く用いられるようになるにつれて,オークション実験による消費者選好の研究も多くなってきている.図1はWeb of Scienceで検索したオークション実験の論文数であるが,1990年代以降急激に発表される論文数が増えていることを示している.日本国内でのオークション実験を消費者選好に応用した研究は少ない.今回はオークションを使用した地域振興のマーケティング戦略に応用した国内先行事例を使って紹介する(Wakamatsu and Miyata, 2015)1.

オークション実験の論文数
資料:Web of Science(2018年8月時点)
1)Auction Experimentの検索語で抽出
岩手県のワカメ養殖業は岩手の漁家の主な収入源となっている.2011年3月,東日本大震災でほぼ100%のワカメ養殖施設が被災し,大きな被害を受けた.行政当局は被害関係分野において早急に復旧策を打ち出した.ワカメ養殖業も岩手県水産業における重要性を鑑みて復旧のための公的資金が投入された.しかし,近年のワカメ産業は安価な海外産のワカメに押され,利益構造が悪化している状況にあった.この中で利益率が悪い状態に復旧するだけでなく,地域振興につながる養殖業にまで発展させることを目的として行政当局主導による研究開発(農林水産技術会議先端プロジェクト研究)が行われた.
ワカメ養殖は労働集約産業と言われる.ワカメは延縄(ロープ)に吊るされた状態で養殖され,養殖漁家は収穫時期の3月になると,船上で延縄を海上に引き上げて刈り取り作業を行う.そして,陸揚げしたワカメを茹で,水気を切った後に塩蔵(塩漬け)する.その後,図2のように茎部等を1 mm残して切り離し,ワカメを梱包し出荷する.この一連の作業において,その労働時間のほとんどがワカメの芯(茎部)を取り除く芯抜き作業に労働が使われている.芯は茎ワカメとして市場で販売されることもあるが,単価が低いためそのほとんどは廃棄される.

ワカメの部位と芯抜き基準
ワカメ生産にかかる年間総労働時間は2,765時間と推定されているが,その40%の1,106時間が芯抜き作業に割かれている(宮田・婁,2004).また,芯付ワカメの需要は少なく,買い手がいないため,ワカメを多く生産しても芯抜き過程がボトルネックとなって生産総量が制限される状態となっている.担い手不足により生産者が高齢者に限られ,体力的な制限から総労働時間を増やせない状況となっている.
このような状況の中で,震災復興,地域再興には生産性の改善が必須となる.ワカメの生産性向上のためには,芯抜き過程においてより生産効率の高い手法,規格の導入による生産性向上の可能性を調査することが必要である.
従来規格のワカメの芯抜き規格は1 mmの芯抜き基準で生産されており,岩手産のワカメのほぼ全てがこの規格(1等品)で流通していた.しかし,精緻な芯抜き作業が必要となるため,生産性は低かった.対して,2 mm以上の規格のワカメは劣等ワカメとされ,買受人の間では低く評価されるため,採算が合わず生産されていない.しかし,聞き取り調査によると,劣等品に分類される理由は誰も知らず,エンドユーザーである消費者が本当に低く評価しているかどうかは誰も検証してこなかった(Wakamatsu and Miyata, 2015).
当該研究事例の目的は,次の2点である.1.消費者は新規格ワカメを従来規格よりも低く評価するのかどうかを検証する,2.新規格による生産で生産性がどの程度改善されるのかを検証する.これによって消費者と生産者の両方の視点から総合的に分析を行い,新規格の導入がワカメ漁家の生産効率を高め,利益率を上げ,もしくは生産拡大につながるかどうかを検証することにある(Wakamatsu and Miyata, 2015).
オークション実験により,1,4,7,10 mm芯のワカメの支払い意思額を測定し,本当に消費者は違う規格のワカメを差別するのかを検証した.実験では試食を挟んで岩手県産と中国産の塩蔵と乾燥ワカメを上述の4つの芯の規格で無作為にオークションに出品し,入札させた.試食は味噌汁とワカメサラダを順不同で出した(図3参照).また,試食後にアンケートによる試食評価を行い,味噌汁,サラダ,各規格,産地の評価データを入手し,参加者の嗜好の違いをコントロールした.

オークション実験デザイン
実験にはインターネット調査会社と受託契約を結び,インターネットアンケートを通じてワカメをスーパーなどで普段購入している消費者を募集し,オークション実験を16回実施した.1実験12人で行い,3ラウンドのオークションを実施し,1ラウンド3種類のワカメを同時にオークションにかけた.合計1,720の入札額が集まった.
入手したデータはパネルデータとして以下のオークション理論(Lusk et al., 2007)に基づく回帰式によってランダムエフェクトモデルによって分析された(Wooldridge, 2010).
yit=xiβ+εit
それぞれの変数はyitが参加者iのt回目のオークションの入札額,xiがダミーの行列変数(芯の規格,産地,製品形態,芯の評価など),βがその係数ベクトル(価格プレミアム),εitが誤差項である.
(2) 生産性向上実験岩手県田老漁協に敷設されている自営加工場において,ワカメ芯抜き作業員2人にお願いしてワカメを1 mm芯で生産する時間と4 mm芯以上で生産する時間を測定し,どの程度生産性が向上するかを見た.芯抜き作業はそれぞれビデオ録画で保存され,後日1本あたりにかかる作業時間を計測した.またそれぞれのワカメを買い取り,ワカメの芯の幅の測定も行った.
表1は回帰結果を新規格(4,7,10 mm)と試食の評価(高評価と低評価のダミー)の交差項を従来規格(1 mm)と比較した推定値(β)の値を表している.1 mmと4 mmにおいて試食評価にかかわらず有意な価格差は認められず,消費者は4 mm規格のワカメを従来規格と同等に評価していた.7 mmは全体では有意な差はなかったが,分散が大きく,試食低評価ダミーと交差させて回帰した場合,有意に28円低く評価されていた.10 mmも試食評価の交差項では評価が低かったものが有意に58円低く評価された.つまり,7 mmと10 mmのワカメにおいては,その規格のワカメを好きな消費者は従来製品と評価額が変わらなかったが,嫌いな人は評価を著しく下げたと考えられる.しかし,4 mmの場合,評価に関係なく従来規格との価格の有意差は存在せず,4 mm規格を導入しても売上は減少しない可能性が高いということが判明した.
| 芯幅 | 試食評価ダミー | 1 mm芯との比較 | 試食の評価 |
|---|---|---|---|
| 4 mm | 高評価 | 0円(非有意) | 高評価 |
| 4 mm | 低評価 | 0円(非有意) | 低評価 |
| 7 mm | 高評価 | 0円(非有意) | 高評価 |
| 7 mm | 低評価 | −28.8円 | 低評価 |
| 10 mm | 高評価 | 0円(非有意) | 高評価 |
| 10 mm | 低評価 | −58.7円 | 低評価 |
| 1 mm規格 | 4 mm規格 | ||||
|---|---|---|---|---|---|
| 芯幅(mm) | 平均 | 標準偏差 | 平均 | 標準偏差 | |
| Worker A | 1.37 | 0.21 | 2.22 | 0.63 | |
| Worker B | 1.37 | 0.21 | 2.17 | 0.70 | |
| 時間(秒) | 平均 | 標準偏差 | 平均 | 標準偏差 | |
| Worker A | 24.22 | 13.47 | 16.82 | 9.11 | |
| Worker B | 24.46 | 11.37 | 19.01 | 9.16 | |
実験の結果,生産者は1 mm芯の生産を1本平均24秒で行い,その結果平均1.37 mmの芯のワカメが生産された.一方4 mmの場合,16秒と19秒と作業者によって差があるものの,26~31%早く生産することが判明した.そして,その芯幅は2.2 mmとなり,1 mm芯に近い生産となった.4 mmで生産した場合さらに生産効率が上がる可能性もある.現状で26%の芯抜き作業の生産効率改善が見込めると仮定して考えると,その他の生産工程も含めたワカメの総労働時間でも13%の効率改善が見込まれた.
全行程で13%の生産効率の改善を金額に換算すると1生産者あたり年間46万円の節約できる計算となった2.また,消費者は従来製品と新規格(4 mm)製品を差別しないため,同等の価格で売れるという知見がオークション実験から分かっている.そのため,生産費用削減の46万円はそのまま所得上昇につながることが判明した.
以上の実験結果から,地域振興策として新規格の生産方式を導入することにより,一定の効果が望めることが判明した.
本稿はオークション実験を通して地域振興政策の立案をするとともに学術的な貢献を果たすことができることを示した.オークション実験と同様に現在多く実施されている手法は選択実験であるが,オークションは上述の式からもわかるように単純な線形回帰式と計量経済学モデル,そして比較的単純な実験計画で実施可能である.選択実験は実験デザインもオークション実験のデザインと比べると複雑になり,また条件付きや多項ロジットなどの離散選択モデルを使って分析を行わなければならないため,分析も複雑になる.顕示選好のデータを入手できる有効な手段と言える.
本稿で紹介した論文は農林水産技術会議先端プロジェクト研究によって助成されている.また,地域農林経済学会シンポジウムで発表する機会を頂いたことを福井教授はじめ関係者に深くお礼申し上げる.