農林業問題研究
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地域農林業政策の評価と実験研究の可能性
栗山 浩一
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2019 年 55 巻 1 号 p. 5-12

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Abstract

1. はじめに

少子高齢化や財政悪化により地域農林業政策においても効率性が重視されるようになり,地域農林業を対象とした政策評価が求められている.しかし,地域農林業は天候などの影響を受けやすく,政策効果とそれ以外の要因とを識別することが難しい.

そこで政策評価の新たな手法として実験的手法が注目されている.実験研究では政策を実施する「処置群」と政策を実施しない「対照群」に被験者をランダムに振り分け,両者を比較することで政策効果を分析する.ランダム化によって政策の有無以外はすべて両者で均等化されることから,両者の違いは政策の効果と判断することができる.このため,海外では農業経済学,環境経済学,開発経済学などでも実験研究に対する注目が集まっている1

本論では,地域農林業政策の評価において実験研究の可能性を検討する.第一に,政策評価における実験研究の役割について検討する.第二に,原発事故による食品買い控え行動対策の効果について選択型実験による分析を取り上げる.第三に,環境保全型農業の支援対策を対象にラボ実験による分析を検討する.そして,以上の分析結果をもとに,実験研究の可能性と今後の課題を示す.

2. 政策評価と実験研究

(1) 実験研究とランダム化

実験研究は,被験者を対象に何らかの操作を行うことでその影響を分析する研究アプローチのことである.表1は政策評価の観点から代表的な実験研究を分類したものである.実験研究において最も重要なことはランダム化が行われていることである.ランダム化が必要な理由を見るために,まずは従来のアプローチと実験研究の違いについて考える.

表1. 政策評価における実験研究の分類
名称 概要 母集団の
反映
インセン
ティブ
ランダム化
フィールド実験 農林業の現場で生産者や消費者等を対象に政策を実施して分析
疑似実験 現実の経済行動を観測して政策の効果を分析 ×
選択型実験 複数の政策代替案から最も好ましいものを選択して分析 ×
ラボ実験 実験室で学生等を対象に仮想的な政策を実施して分析 ×

地域農林業政策の評価においては,従来は市場データなどの観測データをもとに分析が行われてきた.しかし,観測データには政策以外の効果も含まれるため,政策効果のみを抽出することが難しい.また,新規の政策を実施する場合,政策の影響を事前に観測できないため,観測データだけでは政策の効果を事前に予測することは容易ではない.

たとえば,環境支払制度の政策効果を評価する場合を考えてみよう.環境支払制度により環境対策が実施されることで野鳥数が回復することが予想されるだろう.そこで,環境支払制度が農地周辺の野鳥数の回復にどれだけ貢献したかを推定することで政策評価を行うことが考えられる.

環境支払制度を実施する前の野鳥数と実施後の野鳥数を比較し,野鳥数が増えている場合,この増加数を政策効果として評価することは可能だろうか.もしかしたら,天候などの外的要因によって,野鳥数が増加しただけかもしれない.

では,環境支払制度を実施している地域と実施していない地域で野鳥数を比較し,両地域の野鳥数の差を政策効果として評価することは可能だろうか.もしも,もともと野鳥の数が多い地域ほど環境支払制度に取り組んでいるのであれば,両地域の野鳥数の差は,環境支払制度の政策効果とはいえないであろう.

このように,観測データでは,天候や地理条件など政策以外の要因が影響するため,政策効果を評価することは容易ではない.一方,実験研究では,政策を実施する地域と実施しない地域をランダムに振り分けることで,政策効果を抽出することができる.政策を実施する地域は処置群,実施しない地域は対照群と呼ばれる.政策対象となる地域をランダムに選ぶことで,天候や地理条件などの外的要因は政策対象地域と非対象地域では平均すると均等化される.したがって,実験研究では,政策対象地域と非対象地域とを比較するだけで政策の効果を評価することが可能となる.このように政策対象地域をランダムに選定して非対象地域と比較する実験研究は,ランダム化比較実験(Randomized Controlled Trial: RCT)と呼ばれている.

実験研究によって政策を評価する場合,政策対象地域がランダムに選ばれることが必要である.単に試行的に政策を実施するだけでは,政策の効果を評価することはできない.国内では,試行的に期間限定で政策を実施することを社会実験と呼ぶことが多い.たとえば,2010年に特定の高速道路料金を期間限定で無料とする社会実験が実施された.しかし,対象路線はランダムに選ばれていないため,無料化した路線と有料路線を比較するだけでは無料化の効果を分析することは容易ではない.

このように試行的に政策を実施する社会実験は,ランダム化が行われていないため,厳密には実験とは言えない点に注意する必要がある.

(2) 地域農林業を対象とした実験研究の難点

実験研究によって政策を評価するためには,ランダム化によって政策以外の要因を排除し,そのうえで政策を実施する処置群と実施しない対照群を比較することが不可欠である.ただし,地域農林業政策の場合,対象地域をランダムに選定して非対象地域と比較することが可能とは限らない.

現実の農家や消費者を対象とした実験研究は「フィールド実験」と呼ばれる2.たとえば,環境支払制度の政策効果をフィールド実験で評価する場合,環境支払制度の対象地域をランダムに選び,対象地域と非対象地域で野鳥数を観測することで政策の効果を評価することが可能となる.しかし,対象地域をランダムに選ぶと,対象地域のみに環境支払が行われるため,選ばれなかった地域の農家が不満を感じるかもしれない.政策実施において政策担当者は農家の公平性を考慮する必要があり,実験研究に不可欠なランダム化は結果として特定の農家を優遇することになるため難色を示すであろう.

このため,国内では地域農林業を対象にフィールド実験が実施されることは極めて少ない.ランダム化が行われない場合は,天候などの政策以外の要因が影響するため,その影響を排除する必要が生じる.ランダム化が行われていない観測データから政策効果以外の要因を統計的に排除することで政策効果を評価する研究は疑似実験と呼ばれている.

疑似実験の代表的な手法としては,制度参加の傾向を均等化したうえで参加者と非参加者の政策効果を比較する傾向スコアマッチング(Propensity Score Matching: PSM),政策対象地域と非対象地域で政策実施の前後を比較する差分の差分法(Difference in Differences: DiD),政策の及ぶ範囲に着目して範囲内と範囲外の境界線上で政策効果の差を評価する回帰不連続デザイン(Regression Discontinuity Design: RDD)がある3

疑似実験は,ランダム化が行われていないため実験研究とは性質が異なる.だが,政策以外の要因を統計分析によって排除することで,あたかも観測データを実験データのように解釈することが可能となり,観測データから政策の効果を評価できるという利点がある.地域農林業政策では農家や消費者を対象にランダム化を行うことが難しいため,疑似実験アプローチは有効と考えられる.ただし,政策以外の要因を適切に排除できない場合は,評価結果にバイアスが生じる可能性がある.また,新たな政策を導入する場合は,既存の観測データだけでは政策効果を予測することには限界があるだろう.

(3) 選択型実験とラボ実験による政策評価

そこで,実際の農家や消費者を対象に政策を実施して実験を行うのではなく,仮想的状況にて実験を行う方法が用いられている.代表的な方法は,アンケートで仮想的な実験を行う「選択型実験」と経済実験室内で仮想的な政策を導入する実験を行う「ラボ実験」である.

選択型実験は,複数の対策(もしくは製品)を回答者に示し,最も好ましいものを選択してもらう(栗山,1998).提示された内容と回答との関係を統計的に分析することで,農家や消費者の選好を推定することが可能となる.

たとえば,環境保全型農作物に対する消費者の選好を分析する場合を考えてみよう.農作物には価格,産地,品質,環境対策など様々な属性が含まれる.観測データの場合,これらの農作物属性に相関が生じるため,どの属性を重視して消費者が農作物を選択したのかを推定することが困難となることが多い.たとえば,産地と品質が相関していると,消費者がどちらを理由に選んだのかを識別できない.

一方,選択型実験では,様々な属性を組み合わせて架空の農作物を設計する.そして複数の農作物を回答者に提示し,回答者は最も好ましいものを選択する.回答者に提示する農作物を設計する際に,属異性間に相関が生じないように設計することで,消費者がどの属性を重視して農作物を選んでいるのかを識別可能となる.選択型実験の名称に「実験」が入っているのは,この属性の組み合わせでランダム化が行われていることに由来している4.選択型実験は,アンケートを用いて農家や消費者の選好を分析できることから,地域農林経済学においても多くの実証研究が存在する(吉田,2003合崎,2005).

選択型実験ではランダムサンプリングを用いた大規模な調査を行うことで母集団を反映することが可能である.ただし,選択型実験ではアンケートで仮想的に対策や製品を選択するだけであり,実際に対策を実行したり製品を購入するわけではないので,経済的インセンティブが欠けているという問題がある.実際にお金を支払うわけではないので,過大評価となる可能性が指摘されており,このような現象は仮想バイアスとして知られている(栗山,2008Mitani and Flores, 2014).選択型実験は回答者に提示される選択肢がランダム化されているため実験研究の一種に分類されるが,経済的インセンティブが保たれていないため厳密には経済実験とは異なる点に注意が必要である.

また,選択型実験はアンケートの一種であり回答者の情報は入手できるが,回答者間の相互作用を分析することは容易ではない.このため,複数の農家の協力行動のような相互作用効果を評価することは難しいという欠点もある.

ラボ実験は,実験室内で被験者を対象に実験を行うものである.ラボ実験では,実験室内にて仮想的な政策を実施し,その結果を観測することで政策の効果を分析できる.フィールド実験と異なり,仮想的な政策にすぎないので,実施は容易である.さらにラボ実験は,適切にコントロールされた実験室の環境下で実験を行うため,ランダム化が容易であり,そのため政策効果を評価することが可能である.

ラボ実験では被験者の報酬を実験成果に連動させることで経済的インセンティブを与えることができる.「価値誘発理論」によれば,被験者報酬を利用することで,被験者の利得を実験者が自由にコントロールすることができるため,被験者自身の選好の影響を受けずに政策評価を行うことができる.さらに,実験室内であれば,被験者間の相互作用を分析することも容易である.

例えば,地域の農家が協力して環境保全型農業に取り組む場合に環境支払の補助額を加算する制度の効果を分析する場合を考えよう.この場合,地域で協力した場合の加算額の有無が環境保全行動に及ぼす影響を評価する必要があるが,実際の農家を対象とした場合,協力時の補助金を加算する農家と加算しない農家をランダムに区分することは公平性の観点から困難であろう.だが,ラボ実験であれば,あくまでも実験室内の仮想的な政策にすぎないので,被験者をランダムに区分することは容易である.さらには補助金額を変化させることで,協力行動がどのように変化するかを見ることも可能である.現実の農業政策において補助金額を上下させて政策効果を見ることは難しいが,ラボ実験の場合は架空の政策のため,このような操作が容易である.

一方,ラボ実験では被験者は一般に学生であり,農家や消費者とは異なる.このため,ラボ実験では母集団を反映することは難しく,学生を対象とした実験の結果をそのまま政策評価に使うことはできないだろう.そこで,農家の収入や費用をもとに被験者の利得を設定し,農家の経済的インセンティブ構造をラボ実験で再現することで政策評価を行う研究も進められている.たとえば,アメリカの農家を対象に実施されている水質取引制度では,この制度の効果を分析するためにラボ実験による研究が行われているが,実際の農家の費用をもとに被験者の利得が決められており,現実の水質取引制度の効果を分析できるような工夫が行われている(Cason and L. Gangadharan, 2005).

3. 選択型実験による政策評価

(1) 原発事故と食品買い控え行動

次に選択型実験によって地域農林業政策を評価した実証研究をもとに実験研究の可能性について検討しよう.

2011年に発生した東日本大震災では原発事故による放射線汚染が発生し,被災地域の農作物に対する買い控え行動が生じた.これに対して,政府や自治体は放射線汚染の検査を実施し,農作物の安全性を消費者に示すことで買い控え対策を行った.だが,こうした放射線検査による対策はどれだけ有効だったのだろうか.

この対策効果を評価するには,消費者が農作物を選択するときに検査結果をどれだけ重視しているかを分析する必要がある.だが,農作物の選択に及ぼす要因には価格や産地など様々なものがあり,観測された販売データから検査結果の効果を識別することは容易ではない5

そこで選択型実験によって放射線検査による対策の効果を分析する実証研究が行われた(Ito and Kuriyama, 2017).図1は選択型実験の設問例を示したものである.価格や産地などの要因をランダムに組み合わせた仮想的な農作物を複数提示し,その中から最も好ましいものを選択してもらう.提示された農作物と回答結果の関係を統計的に分析することで,農作物の選択要因を明らかにすることが可能となる.ここで重要なことは,農作物の属性がランダマイズされている点である.市場で観測されるデータでは産地と価格など属性間に相関が発生し,どの属性が影響しているのかを識別することが困難となることが多いが,選択型実験ではランダマイズされているため識別可能となる.

図1.

選択型実験の設問例

資料:Ito and Kuriyama(2017)をもとに作成

(2) 選択型実験の分析結果

2011年6月から2015年1月にかけて関東および関西地域の一般市民を対象としたインターネット調査を8回実施し,選択型実験の調査を行った.被ばく量は出荷規制の対象となる政府の暫定基準値を下回る値を設定した.

2は被ばく量に対する支払意思額の推移を示している.震災直後は被ばく量に対する支払意思額はマイナス33円程度であり,暫定基準値以下の被ばく量であっても消費者は敬遠する傾向にあることが示された.しかし,事故後7ヶ月を経過すると支払意思額はマイナス5円程度まで回復し,消費者は暫定基準値以下の微少な被ばく量では消費者の買い控えの理由にはならないことが示された.一方,福島県産に対する支払意思額は事故後35ヶ月を経過しても元の状態に回復せず,消費者は被ばく量よりも産地のみで判断する傾向があることを示している.つまり,放射線検査を徹底して安全性を示しても,消費者の買い控えの回避は困難であったといえる.

表2. コメ5 kgあたりの支払意思額の推移
調査時期 被ばく量 福島県産
事故後 円/マイクロシーベルト
1 3ヶ月 −33.2 −492.2
2 7ヶ月 −4.4 −822.8
3 11ヶ月 −3.8 −968.9
4 19ヶ月 −0.4 −628.3
5 23ヶ月 −0.3 −437.9
6 31ヶ月 −2.2 −576.2
7 35ヶ月 1.0 −597.3
8 46ヶ月 −1.2 −443.8

資料:Ito and Kuriyama(2017)およびその後の調査結果をもとに作成

このように選択型実験を用いることで消費者の農作物選択行動の要因を識別し,政策評価に用いることが可能となる.ただし,選択型実験では実際に農作物を購入するわけではないので,経済的インセンティブに欠けるため,仮想バイアスの影響を受けやすいという欠点があることに注意が必要である.

4. ラボ実験による農家支援政策の評価

(1) 環境保全型農業の支援政策

次にラボ実験によって地域農林業政策を評価した実証研究である栗山他(2018)をもとに実験研究の可能性について検討しよう.

環境保全型農業に対しては環境支払などの補助金による支援が行われてきた.しかし,政府の財政状況を考えると,補助金による支援を拡大することは困難である.そこで,経済的インセンティブを用いずに環境保全型農業を促進する非貨幣型支援策が注目されている.

非貨幣型支援策の一つ例として2014年に栃木県で開始された「エコ農業とちぎ」がある.「エコ農業とちぎ」を実践する生産者は「実践宣言」を自ら宣言し,一方でそれを応援する消費者は「応援宣言」を行う.自己宣言のみで認証を必要としないことから急速に普及しているが,はたして非貨幣型支援策は補助金と同等の効果を持っているのだろうか.

(2) ラボ実験の実験計画

そこで,学生を対象としたラボ実験により補助金と非貨幣型支援策を比較することで非貨幣型支援策の効果を分析した.選択型実験と異なり,ラボ実験では実験成果に応じて報酬を支払うことで経済的インセンティブを与えることが可能である.また,学生を被験者としているものの,利得関数を実際の生産者が直面する利得関数と近いものに設定することで,被験者の行動を実際の生産者の経済行動であると解釈することが可能となる.

被験者はまず実践宣言を宣言するか否かを意思決定する.実践宣言をした場合は消費者から応援メッセージが提示される.その後,実際に保全活動を実施するか否かを意思決定する.補助金と非貨幣型支援の効果を比較するために被験者を「T1:補助金なし,応援なし」,「T2:補助金なし,応援あり」「T3:補助金あり,応援なし」の3つのグループにランダムに振り分けた.ランダム化が行われているので,補助金と非貨幣型支援の効果を比較することで政策効果を分析できる.表3は補助金がない場合の被験者の利得を示しているが,実践宣言を行って保全は実施しないのが最適となっている.

図2.

保全実施率の推移

資料:栗山他(2018)をもとに作成

表3. 利得表(補助金なしの場合)
自分の選択 自分以外の保全実施人数
宣言 保全 0人 1人 2人
なし しない 950 950 950
なし する 150 275 400
あり しない 1270 1530 1790
あり する 910 1130 1350

資料:栗山他(2018)をもとに作成

(3) 実験結果と政策評価

2は経済実験の結果を示したものである.補助金のみのT3では補助金として10 aあたり27,000円を設定したが,保全実施率は高い水準が維持された.これに対して応援宣言のみのT2では実験開始時は高い水準で保全が実施されたが,すぐに保全実施率はT1と同水準まで低下した.応援宣言の効果は初期には10 aあたり14,404円の補助金に相当する効果をもたらしていたが,その効果は継続できないことが示された.

以上の実験結果より非貨幣型支援制度は,制度導入直後は高い効果を持っているものの,その効果は継続できないことが示された.したがって,初期の普及段階では非貨幣型支援制度は有効と考えられるが,普及後にも継続するためには補助金などの経済的インセンティブを考慮した政策を併用することが重要といえるだろう.

5. 結論と今後の課題

本報告では,地域農林業の政策評価に対して実験研究の適用可能性を検討した.

第一に,政策評価における実験研究の役割について展望した.地域農林経済学分野では,観測データを用いた政策評価が一般的であるが,観測データでは天候や地理条件などの要因が影響するため,政策効果を評価することは容易ではない.

一方,実験研究ではランダム化によって政策以外の要因は均等化されるため,政策の対象地域と非対象地域を比較するだけで政策の効果を評価できる.ただし,地域農林業を対象とする場合,ランダム化は特定の農家や消費者を優遇することになるため,公平性の観点から実施が困難となることが多い.

このため,地域農林業政策の評価においては,アンケート上で仮想的に政策を実施する選択型実験,および実験室内で仮想的な政策を実施するラボ実験が有効と考えられる.

第二に,選択型実験を用いた研究では,原発事故による農作物の買い控え対策の効果を分析した.その結果,被ばく量を示すことは事故直後では効果があったものの,その後,消費者は被ばく量では判断せず,産地で判断するようになったことが分かった.このため,放射線検査で安全性を示しても買い控え対策にはならないことが示唆された.

このように選択型実験を用いることで消費者の買い控え行動の要因を識別することが可能となり,政策評価が可能となることが示された.ただし,選択型実験では実際に商品を購入するわけではないので,仮想バイアスが生じている可能性は否定できない点には注意が必要であろう.

第三に,ラボ実験を用いた研究では,農業環境政策の効果として補助金と非貨幣型支援の効果を分析した.その結果,補助金では保全実施率が高い水準で維持したのに対して,非貨幣型支援では導入直後は高い効果を示したが,その効果は維持されなかった.このため,非貨幣型支援は政策導入時には有効と考えられるが,効果を維持するためには補助金と併用が不可欠と考えられる.

このようにラボ実験では政策の対象者と非対象者をランダムに振り分けることで,地域農林業政策の効果を識別することが可能である.また,ラボ実験は学生が被験者ではあるが,農家の収入や費用をもとに利得を設計することで,政策評価に応用可能であることが示された.

以上のことから,実験研究は,地域農林業を対象とした政策評価において有効な分析手法といえるだろう.しかし,残された課題も多い.

第一の課題は,多数のラボ実験による検証である.地域農林業を対象としたラボ実験は海外も含めて研究事例が少なく,今回の実験結果の是非を先行研究から判断することは困難である.今後は,本報告のラボ実験の検証実験を行うとともに,地域農林業を対象としたラボ実験の研究を蓄積することが必要であろう.

第二の課題は,農家を対象としたフィールド実験による検証である.学生と農家では行動が異なることが予想されるため,学生を対象としたラボ実験の結果をもとに政策を評価した場合,評価結果の信頼性には限界があるだろう.今後は,農家を対象にフィールド実験を実施し,学生を対象としたラボ実験と比較することが重要であろう.

謝辞

本研究は,新山陽子氏(立命館大学),三谷羊平氏(京都大学),伊藤伸幸氏(新潟大学),中塚耀介氏(アクセンチュア),藤野正也氏(山梨県富士山科学研究所),福冨雅夫氏(京都大学),嶌田栄樹氏(京都大学)との共同研究の成果である.本研究は科学研究費補助金22228003,17KT0076)および農林水産省政策研究所の研究助成を受けた.

1  例えばアメリカ農業応用経済学会(AAEA)では2017年大会後ワークショップのテーマが「実験経済学の最近の発展」であった.また環境資源経済学会(AERE)では2016年大会前ワークショップのテーマが「フィールド実験:実験デザイン,手法,そして応用」であった.環境経済学における実験研究の動向については三谷(2018),開発経済学に関しては高篠(2018)を参照されたい.

2  フィールド実験については野村(2018)を参照されたい.

3  傾向スコアマッチングを用いて環境支払制度の効果を分析した研究としては,高山・中谷(2014)小宮山・伊藤(2017)がある.

4  ランダムに属性の組み合わせを作ると選択肢の数が膨大となるため,少ない設問数で推定に影響しないような設計方法として属性間の相関を排除した直交デザインや事前調査の結果を利用したD効率性デザインが提案されている(栗山,2000).

5  観測データをもとに原発事故による食品選択を分析した研究としては吉野(2013)がある.

引用文献
 
© 2019 地域農林経済学会
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