農林業問題研究
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個別報告論文
訪日客の持続的受入における農家民宿群の役割と課題
―石川県能登町「春蘭の里」を事例として―
張 明軍星野 敏
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2019 年 55 巻 1 号 p. 54-62

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1. はじめに

訪日客数が急増している中,訪日客の観光ニーズが変化し,従来の主要観光地以外の地域へ訪れ,文化的体験等を求め,農山漁村地域に足を運ぶ訪日客が増えている.石川県の場合,県観光戦略推進部は近年,里山里海の自然景観や歴史文化に関する場所を訪問する訪日客が増加し,2016年訪日客宿泊数が過去最多の52.9万人に達したと発表している(石川県,2016).訪日客による農林漁業体験等へのニーズが高まることに対して,2016年に策定された「明日の日本を支える観光ビジョン」では,「多言語対応による情報発信」,「宿泊施設不足の早急な解消及び多様なニーズに合わせた宿泊施設の提供」,「滞在型農山漁村確立・形成」が位置付けられ,農林水産省(2017)は農山漁村の所得向上を実現する上での重要な柱として農泊(農山漁村滞在型旅行)を位置づけ,訪日客及び日本人観光客を農山漁村にも呼び込み,活性化を図ることが重要であると提唱している.

井上ら(1999)は,グリーン・ツーリズムが地域活性化に繋がるためには,農村にある様々な地域資源を動員する受け皿の仕組みが必要であるとして「地域経営型グリーン・ツーリズム」の枠組みを先駆的に提唱した.

農泊の展開が地域にもたらす効果及び影響に関する研究は多く存在する.若林(2013)は,地域における農家民泊受入が経済的・社会的・教育的効果があり,地域経済や地域社会に影響を与えるため,地域特性を生かした農業形態別による農業・農村の展開可能性が生まれると指摘している.鈴村(2009)は農家民宿1による体験教育旅行2の受入が料金収入による直接的な経済効果もさることながら,定量的に計測困難な様々な非経済的効果が生じ,更に,受入地域側の組織化や体験教育旅行の企画・運営,旅行エージェントとの交渉を担う組織としてのコーディネート組織が,極めて重要な役割を負っていると示唆している.また,小椋(2008)は体験教育旅行受入事業の展開には,地域側の窓口となる受入組織の存在が必須であると主張している.以上の研究から,農山村地域における体験教育旅行生の受入にはコーディネート組織が重要な役割を果たすことで,農家民宿の経済等の効果を増進できると考えられる.

一方,筒井・澤端(2010)は訪日客を対象とするグリーン・ツーリズムの可能性と課題に関する研究で,訪日客の受入においても,渉外を担う窓口が必要であると指摘している.しかし,異なる文化,生活習慣をもつ訪日客への対応が日本人観光客と異なり,言語及びハラール等の課題があるため,客として彼らを受入れるためには,農家民宿側からみると,かなり「ハードル」が高い.よって,農家民宿による訪日客の受入には,農家民宿経営者の受入意欲にも注目すべきであり,渉外窓口組織と各農家民宿の関係性を解明する必要があると考えられる.

以上を踏まえて,本研究では,あらかじめ,「集客窓口となる受入組織が機能し,多数の農家民宿から構成される地域」を「農家民宿群」と定義し,体験教育旅行とインバウンドの受入に実績がある「春蘭の里」農家民宿群を研究対象にする.農家民宿群による訪日客受入の仕組を明らかにすると共に,地域内外において,インバウンドの受入における農家民宿群の役割(表1)を検証し,持続的な受入に向けた課題を明らかにすることを目的とする.

表1. 本研究のフレームワーク
農家民宿群の役割 地域外 地域内
仮説①
農家民宿群は訪日客の受入に有効である
仮説②
農家民宿経営者の多様な受入意識に対応できる

本研究は,地域経営型グリーン・ツーリズムで提案された概念フレームの実証的研究という捉え方ができるが,加えて,今後もインバウンド(訪日客)の増加が見込まれる中で,その組織的対応の有効性を明らかにしようとする点に特徴がある.

2. 研究方法

(1) 調査対象

「春蘭の里」農家民宿群は,47軒の農家民宿から構成され,春蘭の里事務局(以下は事務局と略記)を中心として,体験教育旅行の受入に力を入れると同時に,訪日団体客の受入にも力を注ぎ,2008年から2016年までに合計5512人の訪日客を受入れた.

「春蘭の里」農家民宿群は石川県能登半島の能登町に位置する.能登半島は能登空港の開港,日本初の世界農業遺産への登録,高速自動車道「のと里山海道」の無料化等により,世界からの注目を集め,交通の利便性が改善されたことで,今後も入込客数が増加すると予測される.1996年,地元有志7人(農業,林業,建設業,会社員等)を加え,T氏が牽引役となる春蘭の里実行委員会が設立された.翌年,実質的リーダーであるT氏が春蘭の里で農家民宿第一号「春蘭の宿」を開業した.また,「春蘭の宿」の運営に協力した方々により4軒の農家民宿が開業し,組織的な受け入れ体制が形成された.更に2006年に小学校跡に大型宿泊施設である宮地交流宿泊所「こぶし」が開業することにより,団体客の受け入れを可能にした.一定の受入規模を確保するため,T氏は周辺の住民に対し,開業勧誘を行い,2007年には15軒,2009年には30軒と数を増やした.

農家民宿経営者の経営負担を軽減することを考慮し,各農家民宿や「こぶし」宿泊施設等を一括で管理するため,T氏を中心となる事務局が構成された.事務局が地域外部とのやり取り,地域内部の農家民宿に対する運営指導,イベント計画等を行う.事務局の斡旋で宿泊者がいる場合,宿泊料の8%を事務局運営費として徴収する仕組みとなっている(図1).

図1.

春蘭の里農家民宿群の組織運営体制

資料:ヒアリング調査に基づき筆者作成.

(2) ヒアリング調査とアンケート調査

受入現状を把握するため,2016年8月に春蘭の里の隣にある穴水町のインバウンド観光モニターツアーに参加し,「春蘭の里」農家民宿群への予備調査を行った.それを踏まえて,以下の通りに,ヒアリング調査とアンケート調査を実施した.

1)事務局へのヒアリング調査:2016年8月~2017年1月に複数回にわたり,事務局リーダーのT氏や事務員のA氏と面談し,事務局の機能,訪日客の受入経緯,運営状況等について,ヒアリングを行った.

2)訪日客へのアンケート調査:2017年1月に春蘭の里事務局の協力を得て,団体訪日客(表2)へのアンケート調査を実施した.事務局経由の個人訪日客が極めて少ないため,調査対象を団体訪日客とした.調査項目は,個人属性,料理,室内案内,体験活動,情報発信などのサービス内容に関するものである.受け入れた各農家民宿を訪問し,観察調査を含めて,アンケート用紙を配布し,計25人の有効回答が得られた.尚,回答者の中,22人は20代の大学生で,3人は30代の社会人である.回答者は,フィジー6人,ツバル2人,キリバス1人,パプアニューギニア1人,ナウル1人,サモア7人,クック島2人,ソロモン諸島2人,トンガ3人で,5人がハラール対応を要求していた.

表2. 訪日ツアーの受入概要
全31人,訪日団引率2人(外国籍),団員27人,通訳1人とコーディネーター1人(日本人)
民宿① 男3人 13品夕食,雪かき,祭参加
民宿② 男3人 13品夕食,仏具掃除,雪かき
民宿③ 男3人 13品夕食,雪かき,雪合戦
民宿④ 男2人 13品夕食,祭参加
民宿⑤ 男2人 13品夕食,施設見学,祭参加
民宿⑥ 女3人 13品夕食,雪かき,御萩作り
民宿⑦ 女3人 13品夕食,雪かき,刺繍体験
民宿⑧ 女3人 13品夕食,ピザ作り,雪かき
民宿⑨ 女3人 13品夕食,巻き寿司作り
民宿⑩ 女2人 13品夕食,日本料理作り
コブシ 団員
以外
コブシでは,入村式,分宿,離村式等の全体行事を行う

資料:ヒアリング調査の結果に基づき筆者作成.

3)農家民宿への聴き取り調査:ツアーの訪問期間に受入予定のない農家民宿4軒,受入を行った農家民宿10軒の内の9軒,合計13軒を対象にし,農家民宿経営者へのヒアリング調査を行った.残りの1軒の民宿④(表2)と2名の訪日客に関しては,移動手段が調達できず,ヒアリング及びアンケートを行わなかった.2017年9月に再訪問をし,民宿④を含め,民宿⑮と民宿⑯(表2)を追加し,受入組織に属する農家民宿の計16軒へのヒアリング調査を実施した.調査の内容は,経営者属性,開業動機,室内設備,食事案内,受入後の感想などである.

3. 調査結果

(1) 訪日客受入の仕組み

事務局のT氏,A氏及び各農家民宿へのヒアリングの結果を纏め,春蘭の里農家民宿群の訪日客受入のプロセスを明らかにした(図2).2003年に能登空港が開港し,都市圏との交通の利便性が確保され,2011年に能登半島が世界農業遺産に認定された.知名度が高まり,2012年から能登半島の農村・自然資源等を対象とする視察訪問団が増えた.それをきっかけに春蘭の里農家民宿群が受け入れる訪日客数は増えるようになった.受入初期では,国内旅行会社からの海外研修ツアーの受入依頼が多かった.

図2.

春蘭の里農家民宿群の訪日客受入の仕組み

資料:坊(2015)を参考にし,事務局,各農家民宿,訪日観光客への調査結果に基づき筆者作成.

受入回数が増えると共に,受入のノウハウが蓄積された後, 事務局は国内旅行会社への営業活動を通じて,訪日団体客を獲得するようになった.事務局が旅行会社とのやり取りの中で,受け入れのノウハウを教わった.地域内において,事務局は各農家民宿に訪日客の受入を要請すると共に,受入時の注意点等の指導を行っている.具体的に訪日客のニーズに合わせ,地域資源の特徴をアピールする滞在サービスをマニュアル化し,各農家民宿に受入マニュアルの通り,接客するように要請する(例えば,夕食は,輪島塗の食器で地元産食材の料理を13品で提供することなど).更に,料理研修会,語学学習会,接客意見交換会などを定期的に開催し,各農家民宿のサービス向上を図った.受入客数の増加につれ,事務局は地域内の団体客の受入キャパシティの維持と拡大を図り,家庭事情や高齢等の原因で休業・廃業した農家民宿の分を補うため,新規開業者の開拓に力を注ぐようになった.また,訪日客に対して,入退村式をあげ,共通な体験プランを提供した.

事務局が主体で,行政の補助(地域おこし協力隊等)を受けて,国内の旅行会社に対して,農業体験などを含む宿泊プランをアピールし,統括的に情報発信,受注交渉などを行い,対外的機能を果たしている.ヒアリング調査で事務局リーダーT氏が「外国語を話せないから,直接外国とのやり取りができない.事務局が一括に国内旅行会社等とやり取りをすれば,各農家民宿の集客作業とコストが軽減され,受入れる客数が徐々に増えている.」と述べていた.

一方,要請された各農家民宿は事務局が定めた規則(13品料理等)の通りに宿泊サービスを提供し,オリジナル体験プランを通じて,訪日客をもてなした.殆どの農家民宿は「月毎の受入回数が段々増え,受入の時に,事務局が定めた規定の通りに料理,寝具などの準備を行い,オリジナルの体験プランを提供し,意思疎通に多少問題があるが,身振り手振りで何とかなり,外国人客が非常に喜んでいた.最初の頃,受入に躊躇したが,今は慣れた.」と述べ,また,開業に関して,「勧誘を受けて,必要な書類を揃えて,あとは事務局に任せた.」と述べていた.殆どの民宿が事務局の支援を受けていたとわかった.

25人の訪日客へのヒアリング調査から,全ての訪日客が地域全体の印象に関して,主に地域住民及び自然環境について,高く評価し,「是非母国の友人,親戚達に伝えたい」と述べていた.一方,多くの農家民宿の接客スペースに今まで訪れた訪日客からの自国の御土産を飾り,農家民宿の経営者達が宿泊客メッセージブックで受入時の様子を説明しながら,訪日客の滞在時の喜びと賑やかさを語っていたことから,訪日客が宿泊サービスに大変満足し,農家民宿経営者も精神的満足を得られたと考えられる.

事務局,各農家民宿及び訪日客へのヒアリング調査から得られた結果として,事務局の働きによって,外部とつながる窓口を一本化したことで,集客業務(公式予約サイトの登録,情報発信等の作業)が軽減された.又それにより,各農家民宿は接客だけに集中でき,訪日客の高評を得られ,より効率的な受入が可能となったと言える.

(2) 農家民宿の多様な受入意識と事務局の対応

各民宿経営者へのヒアリング結果は以下の通り.ヒアリング結果を表3に示す.調査した16軒の農家民宿の内に,15軒の民宿は,開業時に事務局の勧誘と指導を受け,開業手続き,修繕等を行ったが,民宿⑤は人々との交流を求め,既に自らオープンしたが,実質運営に至らず,事務局の勧誘に応じて再開業した.4軒の民宿(⑦,⑨,⑫,⑭)は交流志向が既にあったため,事務局の開業勧誘と指導を機に開業した.訪日客受入後に各農家民宿が自己の現状及びニーズに合わせて,訪日客受入のメリットとデメリットを分別し,受入意識が明確となった.民宿経営者の受入意識の全体像を捉えるために,開業理由,受入感想,今後の受入意識への転換過程を分析し,受入意識上の特徴を把握し,受入後の農家民宿の類型化を試みたところ,大きくは異文化交流型,経済重視型,受動的協力型の3種類があり,複合型として積極複合型(異文化交流型+経済重視型)と消極複合型(受動的協力型+経済重視型)の2種類がある(図3).

表3. 春蘭の里農家民宿群各農家民宿の受入実態
農家
民宿名
経営者属性 開業
理由1)
開業投資
(修繕等)
情報発信2) Wi-Fi3)環境 研修会参加4) 料理説明5) 情報伝達6) 受入感想7) 今後の受入意識8)
世帯主 配偶者
民宿① 50代 50代 50万円程度 × × ×
民宿② 70代 70代 5万円程度 ×
民宿③ 70代 70代 20万円程度 × ×
民宿④ 60代 60代 20万円程度
民宿⑤ 70代 60代 〇△ 500万円程度 ×
民宿⑥ 80代 80代 10万程度 × × ×
民宿⑦ 60代 60代 〇△ 50万程度 ×
民宿⑧ 60代 60代 5万円程度 × ×
民宿⑨ 60代 60代 〇△ 物件の購入修繕
400万円程度
× ×
民宿⑩ 60代 60代 3万円程度 ×
民宿⑪ 70代 70代 15万円程度 ×
民宿⑫ 60代 〇△ 5万円程度 ×
民宿⑬ 70代 70代 5万円程度 × ×
民宿⑭ 70代 〇△ 30万円程度 × ×
民宿⑮ 60代 物件の購入修繕
1000万円程度
民宿⑯ 60代 50万程度 ×

資料:ヒアリング調査の結果に基づき筆者作成.

1)開業理由:〇春蘭の里事務局による勧誘,△交流のため.

2)情報発信:〇自主的な情報発信,△事務局依頼.

3)Wi-Fi環境:〇有,×無,△有るが,活用していない.

4)サービス研修会:〇参加したことがある,×参加したことがない.

5)料理の説明:〇有(片言葉,手振り身振り),×無(言語的困難).

6)情報伝達:〇片言葉,手振り身振りで説明に努力している,×言語的に困難のため,諦めている.

7)受入感想:〇よかった,×よくなかった.

8)今後の受入:〇積極的,△条件付き(言語の課題解決,受入要請).

図3.

各農家民宿の開業意識と受入後の意識分類

資料:ヒアリング調査結果に基づき筆者作成.

1) 異文化交流型(民宿④,⑤,⑦,⑧,⑨,⑫,⑬,⑭)

民宿⑤,⑦,⑫,⑭は受入時に言語的な限界がある中で,積極的に地域文化を紹介し,グローバル的な交流を満喫し,肯定的な受入感想だった.今後の受入意識に関して,積極的に受入れたいと表明している.交流を求める「生きがい」が多大な意義を果たし,国際交流や異文化理解への追求意識も持続的受入に影響を及ぼしている.そういった異文化交流を目指す農家民宿を異文化交流型として纏める.

2) 経済重視型(民宿①,④,⑧,⑨,⑬,⑮,⑯)

民宿①は,訪日客を受け入れてから,訪日客が壊した設備の修繕に投資を続け,更に意思疎通に言語的課題があり,訪日客の受け入れに難色を示されたが,民宿経営による収入は家計の一部であるため,受入を継続している.民宿④,⑧,⑨,⑬,⑮,⑯は事務局による集客効果(集客コスト削減,収益の増加)を期待し,接客を工夫し,体験プランを充実しつつ,訪日客の受入に活発に取り組んでいる.又,民宿⑮はIターン者で,移住による投資金の回収を目指して,受入に協力している.経営投資金の回収及び収益増加,組織化による集客広報業務の軽減を狙っている民宿を経済重視型として分類する.

3) 受動的協力型(民宿①,②,③,⑥,⑩,⑪)

民宿①は,収入を得ること,事務局の要請に配慮することが継続受入の要因である.民宿②,③,⑥は訪日客との言語的なコミュニケーションができず,意思疎通に課題があるため,対応に自信がなく,事務局の受入依頼に受動的に協力している.民宿⑩,⑪は訪日客の受入に対して,「どちらでもよい」との意見で,消極的ではないが,積極的でもない姿勢をとっている.事務局リーダーT氏と付合いで,訪日客の受入を遂行している一面がある.訪日客と言語的なコミュニケーションができず,春蘭の里事務局の要請に応じて,「受動的に協力」していることから,受動的協力型に分類できる.

4) 積極複合型(④,⑧,⑨,⑬)

民宿④,⑧,⑨,⑬は民宿を開業してから,訪日客の受入回数が増え,経済的な所得を保てると同時に,訪日客との触れ合いで得られた喜びから,益々好感度が高まっている.そして,事務局が設けた語学と料理の研修会に参加し,自らも訪日客の対応力を強めている.経済と交流の両立を目指しているため,このタイプの民宿を積極複合型として纏める.

5) 消極複合型(①)

民宿①は訪日客利用時に英語による設備案内ができず,設備の破損を受けた.事務局の要請或いは収入の保証がなければ,受入れたくないと述べた.民宿①は経済重視型と受動的協力型の両側面を持つため,このタイプを消極複合型として纏める.

一方,T氏(事務局)へのヒアリングによると,多様な受入意識を持つ農家民宿に対して,事務局側では,これまでの実績をもとに,各民宿に緩やかなランキングを付けており,それに従って分宿先手配の優先順位を決めているとのことであった.経済重視型,積極複合型,異文化交流型の農家民宿が,訪日客の受入に比較的熱心であり,宿泊サービスの質を保証できる上に,訪日客のニーズに対応でき,優先的に宿泊を依頼されていると考えられる.受動協力型,消極複合型の農家民宿に対して,訪日客の受入を要請する回数を増やすと,要請に抵抗を感じ,宿泊サービスの質に影響する恐れがあり,農家民宿群内部のトラブルを招く可能性もある.

以上のように,農家民宿群の内部には,それぞれ受入意向にばらつきがあるが,事務局は,各農家の意向や実績を勘案して細かい対応を行っていると推察される.

(3) 訪日客の受入に関する課題

1) 意思疎通

事務局へのヒアリング結果によると,訪日客受入の仕組みを構成しつつ,現れた課題に対して,事務局は料理研修会,英語・中国語の学習会等を不定期に開催している.また,ハラール対応を強化するため,旅行会社に確認すると同時に,受入反省会などを開催することを通じて関連知識の普及を推進している.しかし,実際に接客している各農家民宿へ行ったヒアリング調査の結果から見ると,多数の民宿に13品の料理の良さや食材のこだわりを伝える多言語案内文書が置かれていない.民宿経営者達は料理の説明を行わずに,料理を出した後に訪日客の居場所(囲炉裏,客室)から離れている.言葉が通じないため,屋敷の構造,地域文化,体験活動などに関する説明には限界がある.絵描き,片言の英語,ジェスチャー,電子辞書,翻訳アプリ,パンフレットなどで意思疎通を行っている.以上の様に,言語的コミュニケーションよりも非言語的コミュニケーションが圧倒的に多いことがわかる.民宿⑤,⑩,⑪,⑫はパンフレット,辞書,片言葉,ジェスチャーなどで,訪日客に説明し,交流を楽しんでいるが,多くの民宿経営者は言語的に課題があるため,意思伝達及び受入を諦めている(表3).例えば,民宿②,⑥は「言葉が通じない,文化も理解できないから,訪日客と比べ,修学旅行生のほうがよい」と述べた.岩崎他(2017)の研究では,訪日客の受入経験の有無が食事提供等の不安への解消につながると示唆しているが,本研究では,言語及び異文化に関する課題への解決策のないままで継続に訪日客を受け入れると,受入意欲が低くなるとわかった.

一方,25人の訪日客への調査結果は,図4に示すように地域食材で作った13品の料理に対して,説明の必要性を示している.80%の訪日客が料理に関して「多言語案内を行う方が望ましい」と回答していた.多言語による料理案内のニーズがあることに加えて,多くの農家民宿から「外国人のお客さんは仏壇,神棚,囲炉裏等に関心があり,博物館に入ったような感じで,ずっと写真を撮っていた.」とのコメントがあったことから,多言語による宿泊施設,体験プランなどを含む滞在サービス全体の多言語化が必要である.しかし,この課題解決にあたり,高齢者の多い農家民宿だけでは困難であると考えられる.

図4.

食材,調理方法に関する多言語案内の必要性

資料:アンケート調査結果に基づき筆者作成.

2) 無線ネット環境

調査対象地は無線通信状況が不安定であり,有線ネットを基軸としたWI-FI環境が必要である.設備に関して,民宿①,④,⑦は自家用の有線ネットを引き,WI-FI設備を設け,訪日客に提供している.民宿②,⑩は,有線ネット環境があるが,WI-FI設備の付け方が分からないため,提供しておらず,ネット環境が活用されていない.残りの各民宿はネット環境を設けていない(表2).無線ネット環境の使用に関するアンケートに,訪日客の全員が「WI-FIを使って家族と連絡したい,SNSに投稿して近況を知人に知らせたい,無線ネット環境を設ける方が望ましい」と回答していた.

訪日客は,移動中にWI-FI環境が限られているため,宿泊施設のWI-FIを利用することが多い.訪日客に対する観察調査で,多くの訪日客が,「こぶし」で入退村式を行った際にWI-FIを利用して,滞在時の写真(自然,体験,食事等)をネットにアップしたことを確認できた.農家民宿に到着した後,位置情報及び経験したことをネット上で周知することが主な利用目的であると考えられる.又,民宿①と⑦を利用した6人の回答より,WI-FIによるコンテンツの利用については図5に示すように,「Skype等で家族友人と連絡する.及びSNSへの投稿」であり,リアルタイムに地域の情報を発信していた.

図5.

無線ネット環境の使用状況

資料:アンケート調査結果に基づき筆者作成.

4. 考察

以上の結果を踏まえ,春蘭の里農家民宿群における訪日客受入の仕組みを明らかにした.コーディネート組織となる事務局は対外的に農業体験プランをアピールし,国内旅行会社に向けて情報発信,新たな受注ルートを獲得するように広報活動を行う.更に,受注交渉等の営業機能を果たし,受入の契約を取り,地域に訪日客を誘致し,経済効果を生み出す.対内的に農家民宿群の規模を維持するように新規開業への勧誘,開業サポート,開業後の運営指導等を行い,農家民宿が提供した滞在サービスの質を保証できるように支援を与える.各農家民宿は集客の業務負荷の軽減が可能とされ,規定通りに接客し,体験活動を通じて訪日客をもてなすことで,経済的意欲と異文化交流意欲の両方が満たさせる.また,訪日客が滞在中に受けたサービスを高く評価し,日本の農山村地域の魅力を楽しみ,自分のSNSツールでリアルタイムな情報発信を行い,海外への情報発信ができたと考えられる.

事務局,農家民宿,訪日客,これら三つの側面から見ると,渉外コーディネート組織と各農家民宿で構成される農家民宿群が訪日客の受入に重要な役割を果たしていると考えられる.河村他(2017)は事務局リーダーの働きが農家民宿群の形成・継続の主な要因であり,今後の継続には,リーダーの果たしてきた多くの役割を事務局が組織的に担うこと,事務局員の世帯交代や定着が望ましいと指摘している.更に行政から補助を受けていることから,事務局の経済基盤の強化も求められる.よって,現在はT氏が中心となって事務局が運営されているが,今後も訪日客受入における事務局の役割を持続的に果たすためには,事務局自体の体制づくりが長期的な課題となっている.

また,農家民宿の受入実態に関する調査の結果により,各農家民宿の受入意識を図6のように考察できる.訪日客の受入に関して,多様な受入意識が共存し,訪日客受入後の農家民宿を経済重視型,異文化交流型,受動的協力型,(積極,消極)複合型,五つに分類できた.各農家民宿の経済面及び精神面の受入意識に対して,事務局の機能(対内的,対外的)で需要に対応すると共に,農家民宿に対して,事務局が訪日客の受入要請を継続的に行い,それぞれの受入意識に合わせて,受入要請を順番に調整し,組織内部のバランスを保つ役割があると考えられる.更に,周辺住民(収入源を求める;異文化交流を求める)への民宿開業勧誘を行うことにより,農家民宿群の受入キャパシティが拡大できると考えられる.受動的協力型の民宿の受入意識を改善することを目指して,事務局は定期的に語学,料理,異文化理解などの研修会開催の必要性があると言える.また,訪日客の受入に対して,事務局の付き合いを配慮し,要請を拒否しないため,最大限の受入規模を保つことができると考えられる.

図6.

組織的集客型農家民宿群の受入意識

資料:本研究に基づき筆者作成.

一方,訪日客へのアンケート調査の結果では,多言語的案内・無線ネット環境に関する指摘があった.これは,観光庁が2017年2月に発表した「訪日外国人旅行者の国内における受入環境整備に関するアンケート」の結果(訪日外国人観光客が感じる訪日旅行で困ったことは1位,施設等のスタッフとのコミュニケーション;2位,無料ネット環境;3位,多言語表記)と同様である.また,農家民宿を利用する訪日客は「家族,友人等に訪問地域について知らせたい」との需要があるとわかる.この結果から,訪日客によるリアルタイムの情報発信ができるように,事務局が農家民宿の課題解決(例えば,多言語案内指さしブックを作成する;無線WI-FI設備の設置方法の指導等)に取り組むべきだと考えられる.

最後に,組織的な訪日客の受入を可能にした農家民宿群は,コーディネート組織を通じて,訪日客受入回数の増加に伴い,各農家民宿の経済的収入が増え,受入ノウハウの蓄積も実現できた.農家民宿群の訪日客の受入は地域活性化への貢献につながると考えられる.又,農家民宿の中,経済的受入意識及び精神的受入意識が共存している.事務局は農家民宿群内の多様な受入意識に合わせて,受入の要請の優先順位に沿って,内部調整を行う.受入体制を保つように,周辺住民に対して,開業への勧誘をし続け,新規開業によって,農家民宿群の受入規模を維持・拡大できる.多言語的対応等の課題があるが,訪日客は農家民宿が提供した宿泊サービスに満足し,再訪問意向がある.農家民宿群が訪日客の持続的な受入に有効であると考えられる.

5. おわりに

農家民宿はインバウンド観光への適応力という面ではもっとも遠い位置にある.個々の零細な農家民宿が単独でインバウンド観光に対応することは極めて困難である.本研究では,農家民宿群「春蘭の里」を取り上げ,農家民宿群のインバウンド観光への適用可能性を検討したものである.農家民宿群における訪日客の持続的受入に関して,受入渉外組織,農家民宿経営者,訪日客を研究対象とし,民宿群の仕組み,農家民宿の経営者の受入意識,現存の課題を明らかにした.コーディネート機能が適切に発揮されることにより,農家民宿を利用するリピーターや訪日客数は増加する可能性がある.農山村地域において,農家民宿群が構築されることによって,持続的な訪日客の受入が定着できると考えられる.

謝辞

本研究は,公益財団法人損保ジャパン日本興亜環境財団より助成を受けて実施した.調査に当たり,多大な協力をいただいた石川県能登町春蘭の里農家民宿群の皆様に記して,深謝を申し上げる.

1  農林水産省(2016)では農家民宿を「農業を営む者が,旅館業法に基づき都道府県知事の許可を得て,観光客等の第三者を宿泊させ,自ら生産した農産物や地域の食材をその使用割合の多寡にかかわらず用いた料理を提供し料金を得ている事業をいう」と定義している.

2  鈴村(2009)によれば,小中学生を対象とした農家民泊を含む一連の農林漁業体験プログラムと位置付けている.

引用文献
 
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