Value-added rice products associated with ecological protection have attracted significant research attention in recent times. However, farming methods related to the production of these products are not diffusing rapidly. This study analyzes the factors affecting the diffusion of conservation-oriented farming methods, or, in other words, the farming formula to nurture oriental stork and Japanese crested ibis. We focused on three parameters that impact the shape of diffusion curves—time required to reach an acceptance of 5%; rate of acceptance; and ceiling value. The case study showed that the diffusion curve of each farming method had a different shape. Rapid diffusion of the formula at an early stage can be ensured by conducting seminars on new farming technologies. In addition, the ceiling value can be increased by purchasing rice at higher prices, promoting awareness of the factors that prevent farmers from introducing these methods, and regularly conducting seminars for farmers.
戦後の日本は食料増産が喫緊の課題であり,1950年代頃から生産性を向上させるために化学合成農薬や化学肥料を多投する農業が広く普及した.しかしその結果として,水田内や水田周辺の生物が死滅するなど生態系に大きな影響を及ぼすこととなり,中には国内で個体数が大きく減少した生物や絶滅した生物もあった.
このような事態に対して,国や地方自治体の主導により,国内で絶滅した生物の野生復帰や個体数の維持・増加に関する取り組みが増加しており,そこでは,環境保全や生物多様性の維持に貢献するような栽培技術(栽培体系)を普及し,特定の生物の生息環境や餌場を創出していこうとする取り組みが多くなされている(田中,2015).また,近年は環境保全や生物多様性に配慮した農産物に対する消費者ニーズが高まっていることもあり,特定の生物の野生復帰の実現という観点からも,このような生物多様性の維持につながる新技術が地域内で速やかに普及することが求められる.しかし,実態としてこれら技術は必ずしも順調に普及せず,また技術間で普及状況に違いも生じている.この点で,新たな栽培方法といった技術の普及可能性を明らかにしていくことが,生物多様性を維持する取り組みを広げていくという観点からも重要となっている.
このような新技術の普及に関わる研究は,上西・梅本(2018)がその研究動向を整理したように,これまでも多くの取り組みが蓄積されており,そこでは主に広範に普及した新品種や新技術が対象とされている(崎浦,1974;稲本,1973等).しかし,これらの研究では環境保全や生物多様性に配慮した栽培技術は対象とされておらず,そこでの議論が上記の栽培技術の普及過程に適用できるかは十分明らかとなっていない.
以上の問題意識から本稿では,環境保全や生物多様性に配慮した栽培技術(以下,「生物多様性保全型技術」と呼ぶ)を対象とし,比較的順調な普及経過をたどっている技術と,当初は順調な広がりを見せながらも,その後普及が停滞している技術を取り上げ,その普及過程の特徴として普及曲線の形状に着目し,各技術における普及曲線の特徴を整理するとともに(課題1),課題1で明らかとなった普及曲線の形状の違いに影響を及ぼした要因を摘出する(課題2).これらの課題の解明を通して,生物多様性保全型技術の普及を規定している要因を明らかにし,生物多様性保全型技術の普及が停滞している地域や,今後取り組みを開始しようとする地域に対して,効果的な普及方法に関する知見の提供を図る.
本稿では,技術の普及過程を示すものとして「普及曲線の形状」に注目するが,そのような普及曲線の形状に注目した研究としてGriliches(1957)では,アメリカの各州における1代交雑種トウモロコシの普及過程をロジスティック曲線にあてはめて普及と関係するパラメータを推定しており,その際には「始発点」,「普及速度」,「最終普及率」に注目している.「始発点」は特定の普及率に到達するまでに要した年数であり,いわば早期導入者の存在を示す指標と言えよう.また,「普及速度」は普及曲線の各時点における傾きとして示されるが,これは早期導入者が新技術を採用した後,どの程度の早さで技術が普及していくかを意味する.さらに,「最終普及率」は,一定年数が経った以降に到達する普及水準であり,これは,想定される技術の受容者の中で,どの程度の割合で技術が採用されるかを示すものと言えよう.通常,新技術の普及過程はS字型の曲線を示すことから,技術の普及促進という観点からは,まずは早期導入者によって新技術が短期間に採用され(始発点が短く),その後,より早いテンポで普及が進み(普及速度が速く),より広範な普及を示す(最終普及率が高い)ことが望まれる.
これらの点と関連して,稲本(2005:p. 12)は普及曲線の形状に影響を及ぼす要因として,普及する技術に関する要因,技術の普及主体に関する要因,技術を採択する主体に関する要因を挙げた.このうち,技術を採択する主体に関する要因については,農業者による新技術の導入意思決定や,農業者間で技術導入に時間差があることに注目しそれを規定する要因を分析するものである.そのため,特定の一つの技術に絞った分析が有効であるといえる1.本稿では,異なる栽培技術を分析対象として比較するため,普及曲線の形状に直接影響を及ぼす要因として,「普及主体に関する要因」と「普及する技術に関する要因」に注目し,分析することとした.なお,「普及する技術に関する要因」については,普及する栽培技術を導入することによって農業者が得られる効果や技術的特質を考えることとする.
これらは全体的に,また,相互に関連しつつ普及曲線の形状に影響を与えるが,特に中心となる要因を上記の普及曲線の形状に関わる3つの指標と関連付けると,「始発点」に影響を及ぼす要因としては,「普及主体に関する要因」である,対象技術の導入が開始されるより以前の普及活動(技術導入前の普及活動)と,農業者が技術導入を試行しようとする際の支援や,導入に当たっての阻害要因の解決等の普及活動(技術導入後の普及活動)を考える.次に,「普及速度」を規定する要因としては,「始発点」に到達した以降の普及主体による普及活動(技術導入後の普及活動)を考える.効果的な普及活動を実施できれば,始発点は短くなり,普及速度は速くなると考えられる.最後に,「最終普及率」に関しては,「普及する技術に関する要因」として,その技術の経済的メリットや技術適用の難易度といった要素が影響すると考える.経済的メリットが大きい,あるいは技術適用の難易度が低ければ,「最終普及率」は高くなると考えられる.これらを踏まえて,本稿における分析モデルを表したのが図1である.

普及曲線の形状を表す指標と影響する要因
資料:筆者作成.
本稿では,以上のように普及曲線の形状を表す3つの指標と,それらに影響を与える2つの要素の観点から,2つの生物多様性保全型技術の普及過程を考察することとしたい.
(2) 対象技術の概要本稿では生物多様性保全型技術を対象とするが,普及過程そのものを分析するという観点から,普及開始から10年以上経過しており,かつ国または地方自治体がそれぞれ保護すべき対象として措定している生物(以下,「シンボル」と呼ぶ)に関して野生復帰,あるいは保護増殖の取り組みに関与している事例に対象を絞った.その中で,普及開始から10年が経過した以降も普及率が継続的に高くなっている「コウノトリ育むお米」(以下,コウノトリ米とする)と,普及開始から数年が経過した以降は普及率が頭打ちの状態となっている「朱鷺と暮らす郷米」(以下,トキ米とする)の2事例を対象とした.表1は各事例の概要を整理したものである.
| コウノトリ米 | トキ米 | |
|---|---|---|
| 普及対象地域 | 兵庫県豊岡市 | 新潟県佐渡市 |
| 普及開始年度 | 2003 | 2008 |
| 普及面積と生産人数 | 407 ha,318名 | 1,180 ha,488名 |
| 栽培方法の種類 | 減農薬(7.5割減),無農薬 | 5割減減,8割減減,無無栽培 |
| 化学農薬の成分数 | 3成分以下 | 9成分以下(5割減減) |
| 化学肥料 (窒素成分量) |
不使用(有機由来で無2.8 kg,減4.2 kg/10 a以下) | 3 kg/10 a以下(5割減減) |
| 栽培要件 | 冬期湛水,早期湛水,深水管理,中干し延期, 生き物調査,認証取得等 |
「生きものを育む農法」を実施, 生き物調査,畦畔除草剤の禁止 |
| 栽培者や品質に関する 認証要件 |
なし | エコファーマーの認定取得,一等米, タンパク含有率6%以下 |
| 関係主体 | 兵庫県,豊岡市,JAたじま | 佐渡市,JA佐渡 |
資料:各技術の関係者への聞き取り調査結果と収集資料を元に筆者作成.
1)表中の数値は2017年度のものである.
2)トキ米の栽培方法における「5割減減」とは農薬と化学肥料を地域慣行比で5割削減した栽培方法,「8割減減」は地域慣行比で8割削減した栽培方法,「無無栽培」とは農薬と化学肥料を使用しない栽培方法である.
3)トキ米の「生きものを育む農法」とは,江の設置,冬期湛水,水田魚道の設置,ビオトープの設置,無農薬無化学肥料栽培のことであり,このうち1つ以上を実施することが要件である.
コウノトリ米は,コウノトリの餌となる生物(カエルやバッタ,ドジョウ等)を水田内あるいは水田周辺で育むことを目的とした環境に配慮した栽培技術によって生産された米であり,豊岡農業改良普及センター(以下,普及センターとする)と豊岡市,JAたじまが中心となり,普及活動や販促活動を行っている.トキ米もコウノトリ米と同様に,トキの餌となる生物を水田内あるいは水田周辺で確保することを目的とした技術によって生産された米であり,佐渡市とJA佐渡が中心となって普及活動や販促活動を行っている.
(3) データの収集・分析方法本稿では,分析データを収集するに当たって,各事例の技術普及に関わる機関と,当該技術の導入者と非導入者を対象とする聞き取り調査を実施した.具体的には,コウノトリ米に関しては普及センター,豊岡市役所,JAたじまに,トキ米に関しては佐渡市役所,JA佐渡に調査を実施した.
普及曲線を描く上では普及率の設定が必要になるが,この普及率に関しては,水稲の全作付面積に占める対象技術の栽培面積の割合(面積普及率)を見ることとした2.なお,普及率については,地域の農業者の中で当該技術を導入した者の割合(導入者普及率)の観点から整理することも考えられるが,今回の事例では,生物多様性保全型技術に取り組みつつ,その中で更に実施面積を拡大するという農業者も見られるため,その両者を併せて考慮するという観点から,面積普及率を用いることとした.そして,コウノトリ米とトキ米に関する各年データを関係機関から入手し,普及率を計算した.
これらのデータをもとに普及曲線を描くとともに,「始発点」として「5%普及点」3を,「普及速度」に関しては,一年ごとに普及率の変化分を計算し,「始発点」に到達した以降の特徴を比較した.「最終普及率」については,観測できている最終年次(2017年度)の普及率を示した.「最終普及率」は,本来は長い年数を経過した後の普及率として捉える必要があるが,ここでの事例においては既に10年以上の年数が経過しており,この点では,かなりの年数を経過していることから「最終普及率」の代替指標として用いることとした.これら3つの指標ごとに,技術の普及過程に違いをもたらした要因を整理する.
図2は各技術の面積普及率の推移について,表2は「普及速度」と関連して各技術の一年ごとの普及率の変化分を表したものである.これらを踏まえて,各技術の普及曲線の形状を表す3つの指標について整理したものが表3である.

面積普及率の推移
資料:関係機関からの提供資料をもとに筆者作成.
| Δ1 | Δ2 | Δ3 | Δ4 | Δ5 | Δ6 | Δ7 | Δ8 | Δ9 | Δ10 | Δ11 | Δ12 | Δ13 | Δ14 | |
|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
| コウノトリ米 | 0.5 | 0.8 | 1.8 | 2.0 | 1.1 | 1.0 | 0.0 | 0.6 | 0.6 | 0.6 | 0.8 | 1.3 | 1.4 | 0.7 |
| トキ米 | 7.1 | 5.7 | 2.2 | 1.3 | −1.6 | −1.7 | 0.8 | 1.2 | −1.2 |
資料:筆者作成.
1)表中のΔXは,((X+1)年目の普及率)−(X年目の普及率)を計算して算出した.
| コウノトリ米 | トキ米 | |
|---|---|---|
| 始発点 | 5年 | 1年 |
| 普及速度 | 5→15年目:ほぼ一定の速さ | 1→3年目:極めて速い 3→5年目:徐々に減速 5→7年目:マイナス 5年目以降:頭打ち |
| 最終普及率 | 13% | 20% |
資料:筆者作成.
「始発点」に関しては,トキ米は1年であったのに対して,コウノトリ米は5年を要した.次に,「始発点」に到達した以降の「普及速度」に注目すると,トキ米は5年目から7年目にかけて普及率が低下するなど,5年目以降は頭打ちの状態が続いているが,コウノトリ米は,「始発点」に到達した5年目以降は普及速度がほぼ一定であり地域内で着実に普及し続けている.最後に,「最終普及率」に関してはトキ米の方がコウノトリ米より高いという結果が得られた.
(2) 普及曲線の形状に影響を及ぼす要因(課題2)表3を踏まえて,技術間で各指標に違いが見られた要因を考察する.表4は,図1の分析枠組みにそって技術ごとに特徴を整理した結果である.
| コウノトリ米 | トキ米 | |
|---|---|---|
| 技術導入前の普及活動 | 1996年: 農業者グループで合鴨稲作の取組開始. 1997年: 合鴨稲作の取組拡大(15名,5 ha). 2002年: ・農業者グループで発酵鶏糞を使った減農薬栽培開始(4名). ・コウノトリと関係が深い集落や農業者を中心に,コウノトリ米の普及活動を実施. |
2000年: 「トキひかり」(無農薬)の生産開始. 2007年: JAが3割減減栽培の普及開始. 島内10地区でトキ米の説明会を実施. 2008年: JA管内のほぼ100%の農業者が3割減減栽培を実施. |
| 技術導入後の普及活動 | ・普及開始4年目にコウノトリ育むお米生産部会を設立(事務局はJA). ・数集落を対象としたコウノトリ米の説明会を現在まで実施. |
・普及開始3年目頃まで地区毎で説明会を実施. |
| 経済的メリット | 精算金: 地域慣行米と比較して,無農薬タイプで約5割,減農薬タイプで約2割高い精算金を維持. |
精算金: 地域の一般JA米と比較して,一俵当たりの精算金はプラス約500円で推移. |
| 技術適用の難易度 | ・技術適用の難易度は相対的に高い. ・普及開始12年目に無農薬タイプの技術確立に関する実証事業を開始し,難易度の低減化を図った. |
・技術適用の難易度は相対的に低い. ・農業者がトキ米生産から離脱する一因が,エコファーマー認定の再取得となっている. |
資料:収集資料と農業者(対象技術の取組農業者,非取組農業者)への聞き取り調査結果を元に筆者作成.
まず,「始発点」に関してトキ米は1年であったのに対し,コウノトリ米は5年であった.この違いには,対象技術と栽培要件等が近い技術の普及活動と,普及主体による対象技術の普及活動が影響を及ぼしたと考えられる.
佐渡市では,トキと関係が深い地域の農業者が集まってグループを作り,2000年から「トキひかり」という無農薬栽培の取り組みを開始した.また,トキ米の普及開始の前年に,JA佐渡が管内で3割減減栽培4の普及を開始した.このような経緯があり,トキ米の普及開始年にはほぼ100%の農業者が3割減減栽培に取り組んでいた.既に減農薬減化学肥料栽培が広範に普及しており,農業者が環境に配慮した栽培技術に多少なりとも知識を持っていたため,5割減減のトキ米を生産することに対する不安感・抵抗感等を下げることが可能であったと考えられる.さらに,トキ米の具体的な普及活動に関しては,普及開始の前年に佐渡市が中心となり,島内10地区でトキ米の説明会を実施した.この説明会では,トキ米の認証制度の内容や,一般米より価格を上乗せして取引するという買取条件,補助事業などに関して説明がなされた.この説明会を通して,多くの農業者が取り組みそのものや支援制度などに関して認知していた.以上のような背景から,トキ米は一年目から急速に普及したと考えられる.
その一方で豊岡市では,先進的な一部の農業者により,合鴨農法や減農薬栽培の取り組みがなされていたが,取組人数と面積は限定的であった.また,コウノトリ米の普及活動に関しては,コウノトリがかつて生息していた集落やコウノトリの飼育施設などがあり,コウノトリと関係が深い地域の農業者に絞って普及センターが普及活動を行った.以上のような背景のため,コウノトリ米は普及初期の段階においてトキ米よりも緩やかに普及が進んだと考えられる.
2) 普及速度次に,「普及速度」に関しては,トキ米は1年目から3年目までの普及速度が極めて速かったが,それ以降は減速し,5年目から7年目にかけてはマイナスになっている.5年目以降は普及率がほぼ20%で推移しており頭打ちの状態が続いている.その一方で,コウノトリ米は「始発点」に到達した5年目以降もほぼ一定の速さで着実に普及し続けている.
コウノトリ米が着実に普及し続けている要因としては,生産部会の設立と,継続的な普及活動が影響していると考えられる.普及開始から4年目にJAたじまが事務局となりコウノトリ米の生産部会を設立したことで,本格的な普及体制が整った.そのため,導入を検討している農業者は部会を通じて技術に関する情報を入手することができ,導入にあたっての不安感・抵抗感等を低減・解消することが可能となっている.また,普及センターと豊岡市,JAたじまが連携して,毎年数集落ではあるが普及対象を絞った上で,新規導入を促進するための普及活動を現在も行っている.このような背景から,コウノトリ米は現在も着実に普及し続けていると考えられる.
その一方でトキ米は,佐渡市が中心となり,普及開始3年目頃までは地区を絞った上で新規導入を促進するための普及活動を行っていたが,それ以降は特に普及活動は実施しておらず,また,コウノトリ米のような生産部会がないため,栽培技術に関して情報を入手できる機会は限定的であるといえる.そのため,短期間で急速に普及した後に普及率が停滞していると考えられる.
3) 最終普及率最後に,「最終普及率」に関しては,トキ米の方がコウノトリ米よりも高いが,これには「技術適用の難易度」が影響していると考えられる.コウノトリ米は冬期湛水や早期湛水など年間を通じた水管理が要件として定められており,栽培体系が慣行栽培と大きく異なる.その一方,トキ米は5割減減栽培に加え,「生きものを育む農法」から一つ以上を実施することが要件であるため,栽培体系は慣行栽培と大きくは異ならない.そのため,コウノトリ米の方が相対的に技術的な難易度が高いため,普及率がトキ米よりも低くなっていると考えられる.
しかし,コウノトリ米は普及開始から15年が経過しているが着実に普及し続けており,今後トキ米と普及率が逆転する可能性もある.この背景には,「経済的メリット」の大きさと実証試験による「技術適用の難易度」の低減化があると考えられる.コウノトリ米は普及開始当初から,地域慣行米と比較して無農薬タイプで約5割,減農薬タイプで約2割高い精算金を維持している5.コウノトリ米の販売は,主にJAたじまと豊岡市が担当しているが,近年は国内のみならず,海外でも積極的に販促活動を行っており,2016年から輸出を開始している.また,民間企業と連携してコウノトリ米を使った加工品の開発も行っている.以上のように,継続的に販路を開拓・拡大しているため,需給バランスにより高い精算金を維持できており,これが農業者の導入インセンティブの一つになり(上西,2018),普及し続けていると考えられる.このように,継続的に販路を拡大できているのは,コウノトリ米が持つストーリーが関係している.JAたじまへの聞き取り調査から,コウノトリ米はシンボルであるコウノトリの餌場作りに貢献する技術によって生産された米である,というストーリーが評価されて,新規取引につながる事例が多い.これは生物多様性保全型技術に特有の点である.
また,豊岡市が主導し2014年度(普及開始12年目)から農業機械メーカーと共同で専用除草機を用いてコウノトリ米の無農薬タイプの技術確立に関する実証事業を開始した.その翌年には除草機に関する技術的な支援事業を開始した.これは,豊岡市が普及開始10年目に市内の全農業者を対象としたアンケート調査を実施した結果,コウノトリ米の非導入者のうち約1/3が取り組みたいという意向を持っているが,導入にあたっての阻害要因が存在することが明らかになったためである.阻害要因は主に,雑草(抑草)対策への不安や労働時間の増加,冬期や早期の水管理ができないことであると特定したため,それらを解決するための事業を開始した.以上のように,コウノトリ米の場合,シンボルを活用したマーケティング戦略により「経済的メリット」を維持し,さらに,技術導入にあたっての阻害要因を特定して解決に向けた支援を実施するなどしているため,今後さらに普及率が高くなる可能性がある.
一方,トキ米は短期間で急速に普及した後に普及率が停滞している.これはコウノトリ米と比較して経済的メリットが小さいことと,「技術適用の難易度」が高くなっていることに対応できていないことが影響していると考えられた.この点について,導入者と非導入者に聞き取り調査を実施した結果,トキ米は佐渡市における一般JA米と比較して,精算金の上乗せ価格が一俵当たり約500円で推移しているため,新たに取り組む,あるいは継続して取り組むインセンティブとはなりにくい状況である.また,農業者がトキ米の生産を止める一因が,認証要件に含まれるエコファーマー認定の再取得である.取組開始時は導入にあたっての阻害要因とはならなかったが,5年間のエコファーマーの認定資格が切れた時に,再度申請するのを手間であると感じる,あるいは高齢などにより規模縮小を考えている場合はエコファーマーの再申請をせず,それにともないトキ米の生産を止める農業者が一定数存在している.そのため,今後さらにトキ米生産の離脱者を出さないようにするためには,経済的メリットを高めていくことや,認証要件の再検討が必要となると考えられる.
以上の分析結果から,生物多様性保全型技術は技術間で普及曲線の形状が異なること,また普及曲線の形状の違いには,技術に関する要因や普及主体に関する要因が影響を及ぼすことが明らかとなった.
本稿で対象とした生物多様性保全型技術は,シンボルの餌となる生物を水田内あるいは水田周辺で育むことを目的としているため,シンボルの野生復帰活動や個体数の増加を促進するという点において,普及初期の段階で速やかに普及し,かつその後,より広範に継続的に普及するのが望ましい.
分析結果を踏まえると,普及初期の段階で速やかに普及させるためには,農業者による技術導入前に対象地域における広範囲で説明会を実施し,取り組みそのものや栽培要件,買取条件,支援内容など技術に関する情報を農業者に広く認知してもらい,導入に際しての不安感・抵抗感等の低減を図ることが効果的であると考えられる.しかし,「技術適用の難易度」が高い技術の場合,農業者が感じる不安感・抵抗感等が大きくなるため普及しにくいと考えられる.その場合,まずはシンボルと関係がある集落や農業者に働きかけて導入を実現し早期導入者を確保することで,周囲の農業者の不安感・抵抗感等を低減することが可能であると考えられる.
また,普及率を着実に増加し,より広範に普及させるためには,農業者が導入または継続するためのインセンティブとなるように,地域の一般米と比較して高い精算金を維持するなど経済的メリットをもたらす必要があると考えられる.そのためには,販路を継続的に開拓・拡大していく必要があるが,その際にシンボルと関連付けたストーリーによって差別化を図るマーケティング戦略が有効であると考えられる.また,普及主体が技術の導入者と非導入者の対象技術に対する評価を明らかにし,導入にあたっての阻害要因を把握した上で,それを解決するために継続的に技術的・経済的支援を実施する方策が有効であると考えられる.さらに,普及活動を開始してから時間が経過した後も,普及活動を行う対象を絞って継続的に活動することも効果があると考えられる.
なお,本稿では技術の普及曲線の形状に影響を及ぼす要因として,普及する技術に関する要因と普及主体に関する要因に注目して分析したが,稲本(2005:p. 12)が挙げた技術を採択する主体に関する分析も必要である.具体的には,農業者の導入意思決定に影響を及ぼす要因や,導入時期の違いに影響を及ぼす要因を分析する研究である.しかし,生物多様性保全型技術の導入者よりも非導入者の割合の方が圧倒的に高い実態を踏まえると,技術の非導入者に対して調査を実施し,技術に対する評価や導入にあたっての阻害要因などを解明する研究が必要である.さらに,本稿では生物多様性保全型技術の2事例の比較にとどまったが,有機農業など「技術適用の難易度」がより高いと考えられる技術を対象とした分析も必要である.これらについては今後の課題としたい.
本稿は,日本学術振興会若手研究(B)(研究代表:上西良廣,課題番号:17K15336)の研究成果の一部である.