農林業問題研究
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研究論文
貯蓄を基礎としたマイクロ・ファイナンス事業参加の決定要因と影響評価
―カンボジア農村の事例―
三輪 加奈福井 清一
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電子付録

2019 年 55 巻 3 号 p. 107-118

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Abstract

The number of households that borrow money from micro-finance institutions have been increasing. However, recent study finds that the average well-being of those households has declined due to loan default. To cope with such problems, setting up Savings-led microcredit association (SLMA) has been increasingly widespread intervention aimed at improving the above-mentioned situation. We examined the determinants of participation in SLMA and the impacts of it on household well-being in Cambodia, applying an endogenous treatment effect model for the data which we collected in rural Cambodia. We find evidence that the participation in SLMA has had a positive impact on household well-being such as education and health as well as household assets, and that time preferences has an effect on the decision of participation in SLMA.

1. はじめに

マイクロ・ファイナンスの利用者は増加し続けているが,マイクロ・ファイナンス事業が,それを利用する家計の経済厚生(所得,消費,資産,コミュニティー活動への参加,女性のエンパワメント等々)におよぼす効果に関しては,すでに多くの研究があるものの,必ずしも見解が一致しているわけではない(最近の研究としては,以下のものがある.Akotey and Adjasi, 2016Banerjee et al., 2015aBanerjee et al., 2015bMazumder and Liu, 2015Ganle et al., 2015).

本稿の調査対象地であるカンボジアでは,マイクロ・クレジットの利用が家計の厚生の典型的な指標である家計支出にマイナスの影響を及ぼすという研究が報告されている(Seng, 2018).これは,高利子率と資金の非生産的利用により,融資を受けた貧困家計が借入金を返済できなくなることが主な要因だと指摘されている.

近年では,このような返済不履行の問題を回避したり,コミュニティー内部の余剰資金の活用を促しコミュニティーの活動を活発にすることを目的に,貯蓄組合によるマイクロ・ファイナンス事業が拡大しつつある(Burlando and Canidio, 2017).

これら貯蓄組合方式によるマイクロ・ファイナンスの家計の厚生への効果についての研究は未だ少なく,かつ,見解が一致しているわけではない.

多くの研究は,ランダム化比較実験(Randomized Control Trials: RCT)の手法を用いて,CAREやOXFAM AmericaなどのNGOが支援した,村を基盤とした貯蓄組合方式のマイクロ・ファイナンス事業を対象に,処置効果(Treatment Effect)を推計している.調査対象地の多くはサハラ以南のアフリカ諸国で,用いられた分析手法もRCTによる家計の厚生への影響を処置群に含まれた村とそうでない村とを比較(村の平均値を比較)したものであり,事業が実施された村における参加家計と非参加家計を比べた本稿の結果と単純な比較はできないが,主な分析結果は以下のとおりである.

消費と食料消費,資産について,Annan et al.(2013)Ksoll et al.(2016)Beaman et al.(2014)は正の効果を見出しているが,Karlan et al.(2017)は効果が見いだせないとしている.また,Gash and Odell(2013)は,サハラ以南のアフリカ7ヵ国における同様の手法を用いた分析結果をレビューし,国によって影響が異なることを報告している.女性のエンパワメントについては,Karlan et al.(2017)が,効果があるとしているのに対し,Gash and Odell(2013)Ksoll et al.(2016),および,Beaman et al.(2014)は効果がないとしている.コミュニティーへの参加等の社会関係資本蓄積については,Ban et al.(2015)Karlan et al.(2017)が効果がないという分析結果を示しているのに対して,Gash and Odell(2013)はウガンダ,マラウイ,ケニア,タンザニアにおける正の効果を紹介している.Family businessへの投資については,Karlan et al.(2017)が正の効果があるとしているのに対し,Gash and Odell(2013)はガーナ,マリ,マラウイにおいては効果が認められなかったと述べている.教育については,RCTによる分析手法によるものではないがCameron and Abanga(2015)が,また,Gash and Odell(2013)もウガンダ,ガーナ,マラウイにおいては,児童の就学と教育支出について正の効果があったとしているが,Beaman et al.(2014)は,効果が認められなかったという結果を紹介している.家計員の健康については,Gash and Odell(2013)が,ウガンダとマラウイにおいては医療支出に正の効果がある一方,マリにおいてはそれが認められなかったと報告している.

以上の文献レビューから,貯蓄組合方式のマイクロ・ファイナンス事業がおよぼす効果については分析が行われているが,組合への参加を促進する要因についての分析が行われていないこと,家計員の教育や健康への影響については,アウトカム変数として間接的な指標を用いた分析がほとんどで,健康については,一例のみと限られていることがわかる.

カンボジアにおける貯蓄組合方式のマイクロ・ファイナンスは,すでに,CARE,OXFAM,PACTSなどのNGO主導で普及が図られているが,約半数の組合が解散しているか活動が停滞しており(Emerging Markets Consulting, 2012),事業の持続性を規定する要因についても分析が必要である.

一般に,信頼でき事業の運営に優れたリーダーの存在は事業の持続性を高めるであろうし(大野 and Lapanun,2009),極貧層の参加は組合崩壊の要因となるであろう(Burlando and Canidio, 2017).返済不履行のリスクが大きく貯蓄額も小さいため,事業の持続性にマイナスの影響を与えると予想される極貧層は組合から除外される傾向にある(藤田・佐藤,2014).

本稿では,OXFAMが資金を提供し,農村開発を目的として設立されたカンボジアのNGOの“Center for Study and Development in Agriculture: CEDAC”が実施主体となり普及が図られた村落貯蓄組合を基礎としたマイクロ・ファイナンスを対象に,筆者たちが農村調査により収集した家計データを用い,家計の参加決定因と家計の厚生への効果に関する実証分析を行う.その際,本稿では,貯蓄組合への参加・不参加の代理変数による内生性の問題を回避し,家計員の厚生を規定する要素である家計員の健康,子供の教育と,厚生に影響すると考えられる資産,ビジネス投資への処置効果を推計する.なお,調査地では貯蓄組合以外にも,他の金融機関(主にマイクロ・ファイナンス機関,以下MFI)の利用も広く観察されることから,それらの金融機関を利用することの効果も同時に検証する.他の金融機関の利用についても内生性の問題が生じることから,この問題を回避するために,2変量離散選択と内生的処置効果モデル(bivariate discrete choice and endogenous treatment effects model:BDC-ETEモデル)を用いる.BDC-ETEモデルを用いるのは,内生変数である貯蓄組合への参加と他の金融機関の利用の意思決定に,同時性があると考えられるためである.なお,他に処置効果を推計する方法として広く知られている内生的処置効果モデルは,処置変数が1つの場合にのみ適用できる方法であり,傾向スコアマッチング法(PSM法)は,処置が複数あっても重複しない場合には適用できる方法である.本稿の分析対象の中には,貯蓄組合に参加しかつ他の金融機関も利用している(2つの処置を重複して受けている)家計も含まれるため,PSM法では貯蓄組合と他の金融機関それぞれの効果を正確に推計することは困難といえ,本稿の場合は,BDC-ETEモデルが適切であると考える.

また,本稿では,従来の研究でほとんど考慮されず,その必要性が指摘されている,家計員の教育と健康への直接的効果について,より適切な指標を用いて分析すること(Cameron and Abanga, 2015),および,村の社会関係資本の蓄積度や時間選好,リスク選好,貧困度など,参加に影響すると予想される要素を考慮に入れて,貯蓄を基礎としたマイクロ・ファイナンスへの参加の決定因についても分析を行うことに独自性がある.

論文の構成は以下のとおりである.次節では,調査地における貯蓄組合方式のマイクロ・ファイナンス事業,および,調査家計の概況について説明する.次に,分析に用いるデータ,および,分析の枠組みについて解説し,分析結果の説明を行う.最後に,主要な分析結果の要約とその政策論的含意について述べる.

2. 貯蓄組合方式のマイクロ・ファイナンスの概況

調査地のタケオ州は,首都プノンペンの南70~80 kmに位置する.この地域は,低地稲作地帯で,農業国カンボジアの典型的な農村社会であった.

我々の調査地である,タケオ州トラムカック郡を選択した理由は,タケオ州の貧困者比率(20%,2012年)が,カンボジア全体のそれ(18%,同年)におおよそ近似していること,および,トラムカック郡では,1990年代から多くの貧困削減プロジェクトが実施されてきており,住民が家計調査に慣れていることである.

家計調査の方法は,トラムカック郡の34農村から無作為に12村選択し,そのうえで,各農村から,村全体の世帯数に比例して標本数を決め,無作為に413世帯を選んだ.調査は2014年9月に実施し,このうち,必要なデータがすべて得られた世帯のみの361世帯のデータを分析に用いた.調査世帯の概要は,表1のとおりである.

表1. 調査地標本世帯の概要
世帯員数(人/世帯) 4.52
世帯主の教育年数(年) 6.13
世帯主の主な職業(人)
 農業 177
 農業以外の自営業 42
 運転手・大工・左官・修理工 51
 恒常的賃金労働 47
 日雇い賃金労働 40
 その他 4
出稼ぎ者からの送金(千リエル1)/年) 1,965
農地所有面積(m2 6,690
農用資産(千リエル) 936
家畜(千リエル) 6,369
総資産(千リエル) 30,558
過去5年間の合計借入額(千リエル)
 フォーマル 3,600
 インフォーマル 149
標本世帯数 361

出所:2014年9月の家計調査より筆者作成.

1)カンボジアの通貨で,4100リエル=1US$.

これによると,この地域の世帯主の主な職業は農業で,経済発展が目覚ましく非農業部門の雇用機会が増加しているこの地域においても,依然として,人々の生活の中で農業の占める比重が大きい.農地所有面積は平均0.7 haに満たず,この地域が天水田地帯でコメの収量も低いため,農業だけでは生計を維持することが困難で,自営業,バイク・タクシーの運転手,日雇い賃金労働などの非農業就業機会も活用している.また,工場労働者や公務員などの恒常的賃金労働に就業している世帯主も少なからず存在する.

多くの世帯は農家世帯であり,農地,家畜,農機具などの資産に占める農業関連資産の割合が大きい.また,調査地は,プノンペンに比較的近く,プノンペン周辺の工場に出稼ぎに出ている家計員も少なからずおり,彼らからの仕送りも家計を維持していくうえで重要である.

この地域では,近年,商業的なMFIが増加し,多くの住民がこれらの機関から融資を受けるようになってきている.調査地では,MFIと商業銀行,農村開発銀行,および貯蓄組合などのフォーマル金融からの融資を利用する世帯は多く,調査世帯の63.4%が過去5年間に一度は融資を受けており,その合計借入額は過去5年間で世帯当たり360万リエルに上っている.なお361の標本世帯のうち貯蓄組合員世帯は103世帯である.親戚・友人・隣人と金貸し業者からの借入などインフォーマル金融の利用は15.5%で,その借入合計額は約15万リエルと,フォーマル金融に比べると少額であることがわかる.

次に,2015年に貯蓄組合長を対象に行った聞き取り調査にもとづき,調査地域における貯蓄組合方式のマイクロ・ファイナンスの実態について説明する.

この地域では,2002年から2013年にかけて,CEDACが主導し,村人の生活水準の向上を目的に,原則として村単位で設立される貯蓄組合方式のマイクロ・ファイナンス事業のプロジェクトが実施された.CEDACは,経理や運営方法,初期の設立資金の供与などに関して支援を行い,現在でも,支援を受けている組合もある.

12ヵ村のうち5ヵ村は組合員の返済不履行が原因で解散している.このうち,1ヵ村では,2013年に再度設立され,計8ヵ村で貯蓄組合が活動している.これらの貯蓄組合の組合長は,1村を除き選挙で選出されているが,村長が兼ねることは少ない.また,組合員の7割は女性で,連帯責任制によるグループ貸付の場合と似ている.

2は,貯蓄組合が活動している8ヵ村での概況を示したものである.

表2. 調査地域における貯蓄組合方式マイクロ・ファイナンスの概況
A村 B村 C村 D村 E村 F村 G村 H村
組合世帯数(戸) 17 17 79 58 57 75 70 2051)
総世帯数(戸) 116 130 185 313 127 180 92 148
預金金利(%/月) 2.0 2.0 1.5 2.5 2.5 2.5 2.5 2.0
貸出金利(%/月) 3.0 3.0 3.0 3.0 3.0 3.0 3.0 2.7
平均預金額(千リエル) 65 176 380 1,086 789 1,133 2,714 2,098
一件当たり平均貸出額(1人当たり/千リエル) 150 120 50~400 1000 400~500 500 800~20000 1000
1年間の貸付件数(件) 3 12 12 20 12 95 60 150
返済期間(月) 6 3 12 6 or 12 6 12 12 12
担保 2)
収益の配分方法 非配分 非配分 非配分 非配分 配分3) 非配分 非配分 配分3)
運営委員会の報酬

出所:2015年9月における聞き取り調査より筆者作成.

1)H村については,村外の住民の加入をルールとして認めている.

2)ただし,50万リエル以上融資を受ける場合.

3)配分は可能ではあるが,実際には非配分(預金口座に入ったまま)となっている.

組合への加入率(全世帯に占める貯蓄組合員世帯の割合)は村によって様々であり,コミュニティーの社会関係資本の蓄積やリーダーへの信頼,借入条件などの差が反映されているものと考えられる.また,組合加入率が高いほど年間の借入回数も多くなる傾向があり,加入率の高さが組合活動の活発さに影響していることがわかる1

貯蓄組合員は少なくとも5,000リエル(約1.2ドル)の預金が義務付けられている.一人当たり平均預金額は,村によって異なり,6万5千リエルから271万4千リエルと大きな差がある.この差は,貯蓄組合加入率と正の関係があるようで,預金額が組合員の組合に対する信頼の大小を反映したものだとすれば,信頼の大きさと組合加入率との間には正の関係があると考えられる2

預金金利も村によって異なり,月1.5%から2.5%で,貸出金利よりやや低い.これを預金業務を行っている他の金融機関と比較すると,商業銀行(年4~6%),MFI(6か月で5.75%,9か月で7%,3年で7.25%など)より高い.貸出金利は,月2.7%~3%となっているが,この水準は,商業的なMFIのそれと同水準で,商業銀行(年16~18%)より高い(National Bank of Cambodia, 2014).

商業銀行の場合,融資を受けるには,担保の有無,融資の目的,返済履行が可能かどうかについての厳しい審査が必要であるうえ,一定額以上の融資(1000ドル以上)を受ける必要があり,貧困層が融資を受けるのは容易でない.これに対して,MFIの場合は,担保を取るものの,仮に担保が不足している場合でも,村長等の保証があれば借入可能であるため,貧困層でも容易に借入できる.

貯蓄組合の場合には,預金と貸出に際しては,組合の定期的なミーティングの際に承認が必要であるが,承認されないことは稀である.また,貸出額の上限は,個々の組合員の貯蓄額に依存するので(組合ごとにルールは異なる),MFIに比べると,より強い資金供給制約があるといえる.

貸し出した場合の返済期間は,3ヵ月から12ヵ月,担保を要求する村もあれば取らない村もある.一回当たり平均貸出額は,5万リエルと少額のものから2000万リエルという高額のケースまで,借入者の所得水準,貸し出しの目的などによって様々である.年間の貸出件数は,3~150回と,先に述べたように,村による差が大きい.このことは,貯蓄組合の金融機関としての資金の運用力に差があることを示唆している.

収益の配当については,組合員に配当として配分している村もあれば,していない村もある.この数字だけから,収益配当の方法が組合参加率に関係しているかは判断できない.

組合の運営委員会に対して報酬が支払われている村はH村のみである.H村は借入の頻度が年間150回と多く,この制度が,この村の運営委員会のスタッフへの経営努力のインセンティブとなっていると考えることもできる.

3. データと分析の枠組み

(1) 概念的枠組み

貯蓄組合参加と家計の厚生の関係を推計するための計量モデルの背景にある概念的枠組みは,以下のとおりである.

消費のみならず,教育水準と家計員の健康も,現在の家計の厚生水準を規定する構成要素の一つと考え,ビジネスへの投資は将来の所得・消費水準を増加し家計の厚生水準を高めるための手段と考える.さらに,家屋の改修・増築,耐久消費財の購入は,生活環境を改善するので,家計の厚生水準を高めることになると同時に,トイレの設置や井戸の建設も含まれる場合には,将来の家計員の健康にも正の影響を与える可能性があると想定する.

一般に,資金の借入は,家計の厚生水準を高めるための資金需要と自己資金の差を埋めるために行われる.教育水準の向上のための教育支出,家計員の健康状態改善のための食料・医療支出,将来所得増加のための投資,および,生活環境の改善のための住宅等耐久消費財購入に必要な資金が不足したときに借入が行われ,借り入れた資金の支出により,以上の厚生指標にプラスの影響をおよぼすと考えられる.

また,病気やケガは予期できないショックという面があり,主たる稼ぎ手がこれらのショックに直面した場合には,所得の減少という損失を被ることになるし,子どもが病気やけがをした場合には,教育にも支障をきたす可能性がある.このように,ショックに直面し,それに対応するための自己資金が不足した場合,治療費を借入することによって賄うことにより,疾病による健康や教育への負の影響を軽減することが可能である.

貯蓄組合への参加は,MFIに比べると借入の容易さと,借入額の制約という面で劣るものの,預金金利を差し引いた純貸出金利が低くなる分,調達コストが低くなることから,各家計がいずれを選好するかを先見的に断定することは困難である.しかし,少なくとも,従来から存在するMFIや親戚・友人等からのインフォーマルな借入以外の選択肢を拡大し,借り入れしやすくすることにより,子どもの教育,家計員の健康,ビジネス投資,家屋など生活関連耐久消費財の購入にプラスの影響をおよぼす可能性があると考える.

(2) 計量分析の枠組み

貯蓄組合参加が家計員の厚生に与える影響を,貯蓄組合への参加の内生性の問題に対処しつつ推計する.また調査地では貯蓄組合以外にも,他の金融機関(主にMFI)の利用も広く観察されることから,それらの金融機関を利用することの効果も同時に検証する必要があるだろう.そのために,本稿ではSeng(2018)を援用し,2変量離散選択と内生的処置効果モデル(BDC-ETEモデル)を用いて回帰方程式を推計する.

BDC-ETEモデルでは,貯蓄組合への参加と他の金融機関の利用に対する意思決定の同時性を考慮し,第一段階で2変量プロビット・モデル(bivariate probit model)を用いて,貯蓄組合への参加と他の金融機関の利用決定関数を推計する.そして,そこから得られた一般化逆ミルズ比を,第二段階での家計の厚生を測る各指標の方程式の説明変数に加え,貯蓄組合への参加が家計厚生におよぼす効果について推計する.

はじめに,第一段階の2変量プロビット・モデルは次のように定式化する.

  
SGi*=α1Zi+e1i;    SGi=1SGi*>0 (1)
  
MFi*=α2Zi+e2i;    MFi=1MFi*>0 (2)

ここで,SG*は「貯蓄組合への参加」,MF*は「その他の金融機関の利用(借入・完済経験)」の潜在変数を示している.SGiは,家計iが貯蓄組合に参加している場合には1,参加していない場合には0をとり,MFiは家計が貯蓄組合以外の金融機関からの利用経験(過去5年間)がある場合には1,利用経験がない場合には0をとる.Ziは,貯蓄組合に参加するか/他の金融機関を利用するかどうかを決定する説明変数ベクトルで,α1α2はパラメータのベクトル,e1ie2iは2変量正規分布に従う誤差項をそれぞれ示している.e1ie2iの相関関係(共分散)は,Cov(e1i, e2i)=ρとする.

これらの(1)・(2)式の推計の際には,貯蓄組合への参加とその他の金融機関の利用には影響を与え,以下で説明をする家計の厚生を測るアウトカム変数には影響を与えない操作変数(IVs)が必要である.本稿では,村の社会関係資本の蓄積度の代理変数として参加した「(村での共同)作業・行事」の種類,「貯蓄組合の解散」(2=2013年以前に村の貯蓄組合が解散,1=2013~2014年の間に解散,0=それ以外)と,「村の貯蓄組合の運営委員会に対する報酬」の有無を示すダミー変数を操作変数として用いる.

次に,(1)・(2)式の推計から得られた一般化逆ミルズ比(GIMR)を,以下の家計の厚生に関する方程式の説明変数として加え,第二段階の推計を行う.

  
Yi=β0+β1Xi+β2SGi+β3MFi+μ1GIMRSG+μ2GIMRMF+ui (3)

ここで,Yiは家計iの厚生を測るアウトカム変数で,本稿では,(A)「家計構成員の健康状態」,(B)「教育達成度」,(C)「家計が保有する農用資産額」(ビジネス投資の代理変数),(D)「家計が保有する家屋・耐久消費財の額」(資産の代理変数)3の4つについて,2013年3月時点の値と,2014年9月調査時との各指標の変化を考察する.

具体的に,(A)は大人の家計構成員の自己評価による健康状態(1=とても悪い~5=とても良い)の平均値の差を用いる.(B)は世帯主の学齢期(2013年調査時に6~17歳)の子どもを選び,その子どもの年齢と現在の学年(子どもが複数いる場合は平均年齢と平均学年)4の数値から計算した「SAGE=年齢−公式の就学年齢−学年」の差により測る.(C)・(D)については,2013年3月調査時に家計が保有していた農用資産(農機具と家畜)と家屋・耐久消費財の現在価値額と,2014年9月調査時のそれとの差額を用いることとする.

Xiはアウトカム変数の推計に用いる説明変数ベクトル,β0, β2, β3はパラメータ,β1はパラメータのベクトル,uiは誤差項をそれぞれ示している.また,GIMRSGGIMRMFは第一段階の推計から得た一般化逆ミルズ比を表しており,帰無仮説H0: μ1=μ2=0が棄却される場合には,内生的セレクション・バイアスが存在することを意味する.

なお本稿では,(1)~(3)式の推計の際に,家計のリスク選好の指標であるリスク回避変数(risk aversion)と時間選好の指標である時間割引率(time preference)の変数をXi(またはZi)に含める.これらリスク選好と時間選好の指標は,被験者にリスク・ゲームと時間選好ゲームに参加してもらい,その結果を適用している(詳しくは電子付録を参照)5.また,他の農村開発プログラムへの参加が健康や教育におよぼす影響を考慮するため,小口医療保険に加入しているか否かを示すダミー変数を説明変数として用いる6.(3)式の(B)教育達成度の推計時には,世帯主の子どもの平均年齢(とその2乗項)と男児比率をXiに含めることとする.その他,推計に用いた変数の定義と基本統計量は表3のとおりで,説明変数は,注書きがある場合を除いて,すべて2013年調査のそれを用いる.

表3. 変数の定義と基本統計量
変数名 定義 平均 標準偏差
家計員の健康1) 大人の家計員の自己評価による健康状態の平均値の差 −0.232 0.791
教育達成度1) SAGEの差(2013年に6~17歳の子ども) 0.354 1.139
農用資産1) 農用資産額(農機具と家畜の価値)の差(各年の対数値の差) 6.564 6.359
家屋・消費財1) 家屋と耐久消費財(の現在価値)の差(各年の対数値の差) 0.374 0.967
貯蓄組合 1=2013~2014年で家計が継続的に貯蓄組合に参加,0=それ以外 0.230
その他の金融 1=過去5年間に貯蓄組合以外の金融機関から借入し完済した経験あり,0=それ以外 0.404
世帯主性別 世帯主の性別(1=男性,0=女性) 0.772
世帯主年齢 世帯主の年齢(歳)【世帯年齢2:世帯主年齢の2乗項】 49.003 12.290
世帯主教育 世帯主の教育年数(年)【世帯主教育2:世帯主教育の2乗項】 5.950 3.351
世帯主職業:農業 1=世帯主の主な職業が農業,0=それ以外 0.609
 非農業自営 1=世帯主の主な職業が非農業部門での自営業,0=それ以外 0.064
 運転手など 1=世帯主の主な職業が運転手・大工・左官・修理工,0=それ以外 0.147
 恒常的賃金 1=家業の主な職業が恒常的賃金労働,0=それ以外 0.097
 日雇い賃金 1=世帯主の主な職業が日雇い賃金労働,0=それ以外 0.072
農地面積 1人あたり農地所有面積(ha)【農地面積2:農地面積の2乗項】 0.203 0.166
家計資産 家計資産額に基づき5階層に分類(階層が高いほど家計資産額が高く,第1階層を最下層とする4つのダミー変数)
送金 1=過去1年間に送金の受け取りあり,0=それ以外 0.632
高齢家計員数 60歳以上の家計構成員数(人) 0.476 0.719
乳幼児数 5歳未満の家計構成員数(人) 0.452 0.657
就労者数 就労している家計構成員数(人) 2.338 1.026
リスク選好2) リスク・ゲームでの掛け金(対数値) 7.635 0.512
時間割引率2) 時間選好ゲームのスイッチング・ポイント 6.205 2.555
小口医療保険 1=家計が小口医療保険に加入している,0=それ以外 0.313
家計員の病気 1=2013年以前に家計員が病気・けがを経験,0=それ以外 0.465
不測ショック 1=2013年以前に家計員の死亡・失業,不作,家畜・資産の盗難被害を経験,0=それ以外 0.114
結婚・出産 1=2013年以前に家計員が結婚・出産を経験,0=それ以外 0.202
貯蓄組合*病気 貯蓄組合と家計員の病気の交差項 0.111
貯蓄組合*ショック 貯蓄組合と不測のショックの交差項 0.028
貯蓄組合*結婚 貯蓄組合と結婚・出産の交差項 0.070
他金融*病気 その他の金融と家計員の病気の交差項 0.192
他金融*ショック その他の金融と不測のショックの交差項 0.064
他金融*結婚 その他の金融と結婚・出産の交差項 0.072
(B)教育達成度の推計のみに用いる変数
 子ども年齢 分析対象の世帯主の子どもの平均年齢(歳)【子ども年齢2:子ども年齢の2乗項】 11.803 2.885
 男児比率 分析対象の子どもの男児比率(%) 0.482 0.413
操作変数
 作業・行事 過去1年間に参加した共同作業や行事(道路・橋・池・寺院などの建設・整備,祭り,葬儀組合)の種類(資金供与を含む) 1.327 0.630
 貯蓄組合解散 2=村の貯蓄組合が2013年以前に解散,1=2013年~2014年の間に解散,0=それ以外 0.717 0.881
 運営報酬 1=貯蓄組合の運営組織委員会に対する報酬あり,0=それ以外 0.083

出所:家計調査より筆者作成.

1)いずれも「2014年の値−2013年の値」で差を算出している.

2)2014年調査による(定義について詳しくは電子付録を参照).

(3) 分析結果

4は,第一段階の貯蓄組合への参加とその他の金融機関の利用の意思決定関数の推計について,2変量プロビット・モデルによる結果を示している7

表4. 貯蓄組合参加と他の金融利用の推定結果 (2変量プロビット・モデル)
被説明変数 貯蓄組合 その他の金融
世帯主性別 0.207(0.247) −0.043(0.190)
世帯主年齢 −0.000(0.057) 0.020(0.047)
世帯主年齢2 0.000(0.001) −0.000(0.005)
世帯主教育 0.124(0.087) 0.150(0.071) **
世帯主教育2 −0.012(0.007) * −0.009(0.006) *
世帯主の職業
 農業 −0.233(0.705) 4.909(0.474) ***
 非農業自営 −0.628(0.831) 5.338(0.473) ***
 運転手など −0.177(0.729) 5.135(0.473)
 恒常的賃金 −0.031(0.746) 5.221(0.480) ***
 日雇い賃金 −0.628(0.805) 5.719(0.547) ***
農地面積 −0.547(1.203) −1.159(0.996)
農地面積2 1.365(0.963) 0.996(0.817)
家計資産
 第2階層 0.179(0.327) 0.090(0.235)
 第3階層 −0.073(0.326) 0.034(0.235)
 第4階層 0.114(0.339) −0.162(0.248)
 第5階層 0.066(0.363) −0.024(0.266)
送金 0.114(0.231) 0.329(0.180) *
高齢家計員数 −0.094(0.150) −0.356(0.135) ***
乳幼児数 0.163(0.150) 0.364(0.125) ***
就労者数 0.143(0.110) 0.034(0.084)
リスク選好 0.118(0.174) 0.185(0.147)
時間割引率 −0.126(0.034) *** −0.016(0.029)
小口医療保険 0.280(0.188) −0.056(0.162)
家計員の病気 0.036(0.187) 0.031(0.147)
不測ショック 0.123(0.306) 0.551(0.230) **
結婚・出産 0.189(0.238) −0.213(0.191)
作業・行事 −0.062(0.155) 0.126(0.117)
貯蓄組合解散 −0.931(0.135) *** 0.070(0.086)
運営報酬 1.449(0.318) *** −1.069(0.361) ***
観測数 361
rho(ρ) 0.066(0.120)
対数尤度 −336.621
IVsのF検定 80.24(p=0.00)

1)*は10%,**は5%,***は1%水準で統計的に有意.推計には切片を含み,括弧内はロバスト標準誤差を示す.

4左列の(1)式の貯蓄組合への参加決定関数の推定結果より,時間割引率の係数が負で有意となっている.これは,時間割引率が高い,つまり,現在の消費をより好み,将来のリスクを過少評価している世帯ほど,貯蓄組合へ参加しない傾向が強いということを示唆している.世帯主の職業や資産の違いによる有意な影響はみられない一方,村の貯蓄組合が解散した時期と貯蓄組合の運営委員会への報酬があることが有意な影響を与えていることがわかる.貯蓄組合以外の金融機関の利用(表4右列)については,世帯主職業の係数が(運転手などを除いて)正で有意であり,世帯主が何らかの仕事をしている場合には資金ニーズが高く,また借入が容易である可能性が示唆される.家計員の死亡や失業,不作,家畜・資産の盗難などの予期せぬショックに直面した場合にも,必要な資金をまかなうためや,ショックの影響を緩和するために融資を受けることが多いようである.なお,貯蓄組合の運営報酬の存在が,その他金融機関の利用にも影響を与えるようである.

5のパネルA~Dは,(3)式の家計厚生の決定関数の推定結果を示している.

表5. 家計の厚生の推定結果(OLS)
被説明変数 (A)家計員の健康 (B)教育達成度2) (C)農用資産 (D)家屋・消費財
貯蓄組合 0.475(0.239) ** −0.350(0.350) 1.751(1.980) 0.457(0.195) **
その他の金融 0.269(0.279) −1.267(0.499) ** 3.319(1.832) * 0.426(0.231) *
世帯主性別 0.259(0.114) ** −0.603(0.322) * −3.980(0.883) *** 0.052(0.130)
世帯主年齢 0.021(0.025) 0.020(0.064) 0.013(0.244) −0.054(0.030) *
世帯主年齢2 −0.000(0.000) −0.000(0.001) −0.000(0.003) 0.001(0.000)
世帯主教育 0.010(0.042) 0.049(0.105) −0.584(0.374) 0.022(0.049)
世帯主教育2 −0.001(0.003) −0.006(0.008) 0.063(0.028) ** 0.001(0.003)
世帯主の職業
 農業 −1.090(0.303) *** 1.216(0.643) * −1.453(2.150) −0.373(0.222) *
 非農業自営 −1.127(0.330) *** 1.252(0.722) * −4.444(2.296) −0.197(0.261)
 運転手など −1.208(0.326) *** 1.020(0.654) −2.128(2.331) −0.606(0.249) **
 恒常的賃金 −1.161(0.345) *** 0.972(0.692) −3.770(2.226) * −0.484(0.237) **
 日雇い賃金 −1.477(0.371) *** 1.254(0.698) * −1.451(2.510) −0.496(0.308)
農地面積 −0.408(0.589) −2.489(1.522) −5.674(5.037) −0.539(0.641)
農地面積2 0.394(0.461) 3.004(1.099) *** 3.749(4.124) 0.776(0.496)
家計資産
 第2階層 −0.203(0.139) 0.219(0.301) −1.617(1.102) −0.631(0.170) ***
 第3階層 −0.197(0.142) 0.202(0.302) −3.089(1.078) *** −1.149(0.167) ***
 第4階層 −0.227(0.161) 0.214(0.371) −1.806(1.174) −1.174(0.164) ***
 第5階層 −0.053(0.156) 0.054(0.316) −2.824(1.170) ** −1.379(0.176) ***
送金 0.155(0.111) 0.113(0.261) −2.165(0.822) *** 0.132(0.129)
高齢家計員数 0.080(0.079) 0.051(0.140) 0.326(0.702) −0.030(0.078)
乳幼児数 −0.039(0.087) 0.082(0.211) −1.396(0.601) ** −0.110(0.080)
就労者数 −0.057(0.043) 0.362(0.160) ** −0.485(0.382) 0.090(0.045) **
リスク選好 −0.130(0.080) 0.327(0.195) * 0.332(0.724) 0.299(0.087) ***
時間割引率 −0.006(0.017) 0.015(0.036) 0.198(0.130) 0.052(0.019) ***
小口医療保険 0.157(0.093) * −0.296(0.200) −0.893(0.716) −0.017(0.087)
家計員の病気 −0.214(0.116) * 0.515(0.256) ** −0.294(0.919) −0.158(0.135)
不測ショック 0.190(0.196) 0.646(0.394) −0.826(1.719) 0.129(0.352)
結婚・出産 0.090(0.161) −0.121(0.419) 0.154(1.016) −0.115(0.165)
貯蓄組合*病気 −0.031(0.198) −1.280(0.444) *** 0.124(1.677) −0.165(0.l174)
貯蓄組合*ショック −0.261(0.289) −0.073(0.600) 1.341(2.676) 0.226(0.268)
貯蓄組合*結婚 −0.377(0.223) 0.173(0.539) 0.810(1.930) 0.094(0.192)
他金融*病気 0.107(0.177) 0.022(0.344) 0.705(1.330) 0.486(0.174) ***
他金融*ショック −0.126(0.255) −0.485(0.529) −2.248(2.168) −0.545(0.359)
他金融*結婚 0.248(0.239) 0.501(0.510) 1.311(1.680) −0.126(0.183)
子ども年齢 −0.564(0.214) **
子ども年齢2 0.022(0.010) **
男児比率 0.424(0.229) *
GIMRSG −0.177(0.092) * 0.425(0.144) *** −1.151(0.764) −0.241(0.087) ***
GIMRMF −0.088(0.130) 0.498(0.186) *** −2.114(0.827) ** −0.246(0.109) **
観測数 359 187 361 361
決定係数 0.134 0.280 0.204 0.369
H0: μ1=μ2=0 2.40(p=0.09) 4.40(p=0.01) 3.69(p=0.03) 4.64(p=0.01)

1)*は10%,**は5%,***は1%水準で統計的に有意.推計には切片を含み括弧内はロバスト標準誤差を示す.

2)「世帯主の子どもの教育達成度」を被説明変数としているため,推計は世帯主に子どものいる世帯のみを対象としている.

貯蓄組合への加入は,家計員の健康に正の効果を持つ(パネルA).これは,食料,生活雑貨,衣服の購入,日々の生活に必要な資金が不足した際に貯蓄組合からの借入で補えば,そうでない場合に比べ家計員(この場合は大人)の健康にもプラスの影響がおよぶものと解釈できる8

教育達成度は,その値が小さいほど教育達成度が高い,言い換えると,入学の遅れや留年がない・少ないことを意味している.教育達成度への効果については,平時には貯蓄組合以外の金融機関(主にMFI)からの借入が正の効果をもつ一方,疾病ショック時には,貯蓄組合への加入が正の効果をもつという結果が示されている(パネルB).これは,以下のように解釈できる.子供の教材費,塾の月謝,通学用自転車購入費等の教育支出は合計すると多額になるので,自己資金で賄えない場合,MFIから借入する.これに対して,子供が病気(風邪,下痢,デング熱などが多い)や,ケガなど軽度の外傷を負った際には,疾病ごとの治療費も比較的少額で頻度も少なく大きな額にはならないので,貯蓄組合から借入し子供の健康状態を早く回復させることができ就学にもプラスに影響する.

農用資産については,その他金融機関からの借入が正の効果を持つという結果が示されている(パネルC).これは,家畜(とくに牛),農用機械の購入には多額の資金が必要なため,貯蓄組合からではなく,MFIから借入する必要があると説明できる.

家計資産(家屋・耐久消費財)については,平時については,貯蓄組合,その他金融機関とも,資金の借入が正の効果を持つといえる(パネルD).これは,家屋の新築・修繕,バイク等の購入には,多額の資金が必要で,その場合には,貯蓄組合からの借入だけでは不足するであろうから,資金力のあるMFIからの借入が必要になる.一方,疾病ショック時に(他の条件が同じであれば)MFIから借入することで,そうでない場合に比べ,家屋の新築・修繕,バイク等の購入をしやすくなると考えられる.

これらの結果から,貯蓄組合への参加は,少額の借入を必要とする,生活必需品の購入や子供の疾病治療の費用を賄うことによって,家計員の健康や子供の教育に正の影響を与える可能性があること,また,多額の借入を必要とする教育支出,農用資本の購入,家屋・耐久消費財の購入には,MFIから融資を受けることが正の効果をもつことが示唆される9

4. おわりに

マイクロ・ファイナンスの利用者は,急速に拡大してきている.しかし,MFIから融資を受けている家計が,必ずしもその恩恵を享受しているわけではない.近年では,一般的なマイクロ・ファイナンスの問題点を回避し,コミュニティー内部の余剰資金の活用を促しコミュニティーの活動を活発にすることを目的に,貯蓄組合によるマイクロ・ファイナンス事業が拡大しつつある.

このようなタイプのマイクロ・ファイナンス事業を実施することの効果については,すでにサハラ以南のアフリカ諸国を中心に,村レベルでの効果について多くの分析が行われてきた.

本稿では,カンボジアの事業実施地域を対象に,組合員の貯蓄を原資としたマイクロ・ファイナンス事業への参加の決定因と,参加することが個々の家計におよぼす影響について,独自の農村調査により収集した資料にもとづき,BDC-ETEモデルによる分析を行った.

分析の結果,村落貯蓄組合への参加については,より短期的な時間選好を持つほど,参加する確率は低いことが示された.また,「村落貯蓄・融資組合の場合,貧困層が除外される傾向にある」という議論については,資産規模が組合参加に影響しているとはいえないという推計結果となっており,これまでの議論とは整合的でない結果となった.

参加の効果については,家計員の健康,教育,および家計資産(家屋と耐久消費財で代理)について,正の効果があることが明らかとなった.

Seng(2018)の分析結果は,カンボジアにおける一般のマイクロ・クレジットについては,家計の厚生に負の影響を与えていることを示唆している.これに対して,本稿の分析結果は,貯蓄を基礎としたマイクロ・ファイナンスの場合,資産規模に関係なく,現在および将来における家計の厚生に正の影響を及ぼしていることを示しており,村落貯蓄・融資組合の取り組みは,村レベルでの貧困削減,生活水準の向上という目標を達成し得る有用な手段であり得ることを示唆したものといえる.また,我々の調査地域では,一般のマイクロ・クレジットも,教育や資産に正の影響を与えており,Seng(2018)とは異なる結果が示された.

本稿では,調査時点で村落貯蓄・融資組合が崩壊していた村の世帯も含めて分析を行った.組合が存在しない村の村民と存在する村の村民とでは,組合参加の前提条件が異なるかもしれないが,組合が存続していない村の村民でも他の村の組合に加入することは可能であるため,このような条件の相違は考慮せず分析を進めることにした.しかし,この点はあくまで仮定であり,この仮定が妥当か否かについては,今後検討の余地があると考える.加えて,貯蓄組合とその他の金融機関はともに融資機能と預金機能を有しており,貯蓄組合参加と他の金融機関利用の家計厚生への効果としては,それぞれからの借入による効果と預金による効果がありうるだろう.しかし,データ制約上の問題からこれらをわけて分析することが困難であることから,この点についても今後の課題としたい.

1  組合加入率と年間の融資回数の単回帰分析の結果は以下のとおりで,このことから「組合加入率が高いほど,融資回数も多くなる傾向があり」という主張が裏付けられていると考える.

年間の融資回数=0.18+0.0068(組合加入率)

決定係数=0.75

2  預金額は,周辺の金融機関の存在や金融機関へのアクセスのしやすさにも影響され差が生じるかもしれない.しかし,調査地域におけるMFIの場合,いずれの村にもスタッフが村まで来て手続きをするので,このような差は生じないと考えられる.

3  耐久消費財には,ベッド,机,椅子,時計,ラジオ,テレビ,自転車,バイク,車,携帯電話などが含まれる.なお,他の研究では,資産をアウトカムとする場合には,土地を除く家計資産全体(農用資産,家屋,耐久消費財,貴金属,銀行預金,タンス預金などの金融資産を加えたもの)を使用することが多い.しかし,我々の推計では農用資産の増加をビジネスへの投資と捉えていること,および,3-(1)節で説明したように,生活環境改善のための資産増加という側面に着目していることから,流動性の低い資産の代理変数として,家屋と耐久消費財の和を用いることとする.

4  なお卒業や中退によりすでに学校をやめている子どもについては,最終学歴を学年として計算している.

5  リスク選好,時間選好と資産規模の間には相関があるという議論がある.しかし,ここで用いた2変数間の相関係数を計算したところ,無視できるほど低かったので,説明変数として同時に加えることによる推計結果への影響は軽微と考えた.

6  家計員の健康状態に小口医療保険加入の影響を検証した三輪・福井(2015)では,この変数の外生性が棄却されなかったので,ここでは外生変数とみなしている.

7  貯蓄組合とその他の金融との相関について,表4・下段のrho(ρ)の値が有意ではないことは,相関関係がない(決定に同時性はない)ということを意味している.なお,本稿では貯蓄組合に参加し,かつその他の金融も利用している家計,つまり2つの処置を重複して受けている家計も分析に含むことから,その点に対処できるBDC-ETEモデルの結果をそのまま用いることとする.

8  パネル(A)の推定結果において,世帯主の各職業の係数がそれぞれ負で有意となっている.世帯主の職業がその他(主に無職)のリファレンスグループと比べて,健康状態が悪化しているといえるこの結果は.何らかの仕事をしている方が健康リスクが高く,また働き盛りの家計員が何らかの病気・ケガに直面した場合には健康状態が著しく悪化したと捉えられている可能性があるためと解釈できる.また,2013年時点での世帯主が無職であった世帯の一部で世代交代がなされており,その結果として平均的な健康状態が向上していることも影響しているものと考えられる.なお,これらの解釈は推測の域を出ないため,今後より詳細な検証が必要である.

9  なお,電子付録の表B1には,ビジネス投資の代理変数として農機具と家畜をわけた場合,および,土地を除く家計資産全体について,それぞれの変化への貯蓄組合への参加の効果を推計した結果を示しているので,参照されたい.

* 本論文は当初,個別報告論文として投稿予定であったが,学会報告時での有益なコメントのおかげで大幅に改訂することができたため,研究論文として投稿することにした.

引用文献
 
© 2019 地域農林経済学会
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