農林業問題研究
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個別報告論文
作物品種多様性の保護活動と組織ガバナンス
―米国非営利組織「Organic Seed Alliance」を事例として―
岡田 ちから伊庭 治彦
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2019 年 55 巻 3 号 p. 119-126

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Abstract

This study elucidates how Organic Seed Alliance (OSA), a non-profit organization (NPO), manages and governs its activities to protect crop diversity in the United States. The results of interviews with OSA’s members were analyzed based on corporate governance theory. The conclusions result from two perspectives: management and governance. Regarding management, recruiting members who have different types of knowledge and experience levels, leads to formulating appropriate strategies and plans. The process of devolving decision-making authority to local branches enables collaboration with stakeholders for improved organizational performance. Regarding governance, the board of officers is the highest decision-making body and is responsible for guiding and securing the managers and staff throughout the organization. In addition, informal governance by stakeholders can drive the activities of OSA toward conservation of crop diversity.

1. はじめに―課題・背景・方法―

本稿は,米国において作物品種多様性の保護活動を行う非営利組織(以下,NPOとする)を対象に,持続的かつ効果的な活動を生み出す組織管理とガバナンスのあり方を明らかにすることを課題とする.このような課題設定は,世界規模で急速に進む作物品種多様性の喪失が人類の食料安全保障に直結する問題であり,そのことへの対処が国際的な喫緊の課題となっていることを背景とする.

従来,農業者はその土地ごとに風土や気候に適した「在来種」と呼ばれる品種を栽培してきたが,種子市場の発達やF1品種の台頭により急速に消失し,作物品種の多様性は失われていった.その対応策として,世界各地に種子を冷蔵保存しておくシードバンクが設置された.しかし,運営コストの問題に加え,冷蔵施設という外部環境から隔離された場所で保存されるがゆえに,必要に応じて再び種子を圃場に出したとき,周囲の生育環境の変化に適応できない問題が指摘されてきた(Oldfield and Alcorn, 1987).このような背景の下,近年では,種子自体が生育環境変化への適応力を備えうる保護にむけて,自家採種による毎年の継続した圃場栽培,及び遺伝子流動性を高める種子交換といった,いわば伝統的農業の枠組みをベースとした作物品種多様性の保護活動が欧州・米国をはじめとする先進国で展開されている(Steinberg, 2001).この試みは,生物多様性の維持や環境負荷の軽減を重んじる有機農業運動と強く結びつき,農産物の生産段階から消費段階にわたる多様な主体の関与の下で実施されている.なお,米国では,NPO主導1の有機農業運動と連動した作物品種の多様性保護活動や,Seed Saver Exchangeと呼ばれる非常に広範な種子保存交換のためのネットワークが形成されている.

他方,我が国に目を向けると,各地で有機農業者を中心に作物品種の多様性保護活動や,種子交換のネットワークが構築されている.しかし,外部への情報発信力が弱く活動が閉鎖的であり,かつ消費段階の主体の関与が低いといった問題がある.その結果,活動効果の軽減や活動の継続自体が困難となる事例も見受けられる2.問題解決には,農業者のみならず地域住民や行政など多様な主体が協働することが持続的かつ効果的な作物品種多様性の保護運動に不可欠であると説かれている(西川,2005).この点について,本稿は我が国における今後の保護活動の発展に向けた検討材料の提供を射程に入れている.

以上より,本稿では米国ワシントン州に本部を置き作物品種の多様性保護活動を実践しているNPO,「Organic Seed Alliance」(以下,OSAとする)を分析対象として課題に接近する.実態調査は,2017年7月にカルフォルニア州の支部に対して,2018年7月にワシントン州の本部に対してそれぞれ聞き取り調査を実施した.調査対象者は,組織の役員,正規および不正規職員,協力農家である.加えて,収集した資料の分析を行った.

2. 調査対象の位置づけと分析枠組み

既存研究において,作物品種多様性の喪失問題は,種子の商品化に伴う多国籍企業による種子市場の寡占化や,遺伝資源の所有がもたらす弊害とともに議論されてきた.これらの研究は,作物品種多様性の保護「活動」を対象とするものと,作物品種多様性の喪失をもたらす「制度」を対象とするものとに大きく二分される.本稿を包含する前者においては,作物品種多様性の保護活動が起こってきた背景を,種子システムの変化やフードレジーム論から論じる研究,広域あるいは特定地域で活動している団体を対象とした実態的な研究,団体間で形成された品種保護ネットワークの機能分析などが行われている(Mathieu et al., 2011; Steinberg, 2001).国内の既存研究では,国内外の事例を対象に,保護活動における参加主体の役割・機能についての分析や,品種保護に対する農業者の意識の解明に関心が置かれている(冨吉,2015).また,同活動におけるNPOの社会的機能と運営特性に着眼した研究も見られる(西川,2012)が,活動の中心を担う主体(組織)に着眼し,持続的かつ効果的な活動を実践するための組織管理とガバナンスについては考察されていない.

次に,本稿で対象とする米国での作物品種多様性の保護活動について,活動規模と保護手法を指標とすれば,図1に示すように大きくは6つに区分(Ⅰ~Ⅵ)できる.この保護活動の区分を用いることにより,種々の活動主体の相違性あるいは類似性に関しての比較が可能となる.米国を対象とした既存研究(スザンヌ,2012Jennifer, 2007Steinberg, 2001)では,これまで保護活動Ⅰ,Ⅱ,Ⅲをカバーする「Seed Savers Exchange」や「Native Seed Search」の団体と,保護活動Ⅴ,Ⅵをカバーする主体が取り上げられてきた.前者は,NPO主導によりステークホルダー3との協力体制の下で実施されている保護活動であり,活動規模と活動手法は,助成金や寄付金の額,及び事業に協力するステークホルダーとのネットワークの広さと深さに起因する(Steinberg, 2001).シードバンク,圃場栽培,種子交換事業を組み合わせて活動を実施することにより,各手法が抱える欠点を補い,多数の遺伝資源を保護してきた4.後者は,主に有機農業者,小規模種苗会社が活動の中心を担い,自身の農業生産や種子生産販売事業の一環として行う事例が多い.したがって,初期投資と維持費の負担が大きいシードバンクによる保護ではなく,圃場栽培と種子交換による保護活動が実施される傾向にある.

図1.

米国の作物品種の多様性保護活動と区分

資料:スザンヌ(2012)Jennifer(2007)Steinberg(2001)より著者作成.

1)有機農業が盛んな米国西海岸,中西部,東海岸地域一帯を指す.

2)農業者等が在来種を圃場で継続栽培し,外部の環境変化に適応させつつ,植物遺伝資源を維持する取組を指す.

3)栽培品種の種子を交換することにより,植物遺伝資源の流動性を高め,交換により取得した種子を増殖することにより,植物遺伝資源を維持する取組を指す.

本稿が分析対象とするOSAは保護活動Ⅱ(活動規模:全国的,活動手法:圃場栽培)に特化しており,前二者との相違性は明らかである.したがって,本稿は,これまでの既存研究が取り上げてこなかった「Ⅱに特化する」主体を分析事例として,保護活動を実施するための組織管理のあり方,及び活動の適正性を確保するためのガバナンスのあり方を明らかにする点に意義がある.

なお,本稿では組織や活動の「適正性」に関して,組織が有する経営理念と,その下で設定するミッション,事業,活動の整合性を指標として評価する.なぜなら多様なステークホルダーが活動に関与するNPOの活動においては,経営理念に基づくミッションに対して組織外部の共感と支持を獲得し,ステークホルダーの求心力になるかが重要となる(奥林他,2002)からである.また,NPOでの意思決定はミッションの効果が最大限に発揮されるよう,本来のミッションと活動との矛盾なく活動を実施し,モニタリングすることが課題となる(奥林他,2002)からである.

ガバナンスに関しては,本部による支部活動の適正性の確保機能に焦点を当てた分析を中心として行う.なぜなら,この点に「Ⅱに特化する」活動主体の特性があるからである.分析にあたっては,コーポレート・ガバナンス論(CPG論)(加護野他,2010)を援用して接近する.CPG論は一般企業を対象として発展してきたのであるが,NPOであるOSAの事業運営における本部の支部の統治に関しても有用であると考える(伊庭,2017).なぜなら,支部が担う活動の企画-計画-実施という組織管理機能と,その上位にあって支部活動の適正性を確保するために本部が担うガバナンス機能とを区分し分析することが必要であり,CPG論はより有効な分析枠組みとなるからである.

3. 事例分析

(1) OSAの概要

OSA はワシントン州に本部を置き,カルフォルニア州・モンタナ州・ウィスコンシン州の三カ所に支部を有し,助成金と寄付金収入をもとに米国広域で活動を展開するNPOである.組織の設立は,その前身組織である「Abundant Life Seed Foundation」(以下,ALSFとする)が設立された1970年に遡る.ALFSは,シードバンク設置と種子カタログ提供による作物品種の保存活動を行っていた.シードバンクでは,当時約40人の農業者の協力により2,300種を超える品種が保存されていた.しかし,2000年にシードバンクに保存していた種子が火災により焼失したことから,シードバンクのような外部と隔離された空間で一括して保存するのではなく,各地の圃場で栽培し続ける必要性が認識されるに至る.その結果,慣行農業と比べて多様な品種が栽培され,生物多様性がもたらす相互作用を利用している有機農業に着目することになる.多種多様な有機種子の供給基盤を構築することにより,シードバンクが抱える問題の克服と,作物品種多様性の保護が実現されるとの考えるに至る.現OSAの経営理念は,「種子供給による農と食のニーズの充足」である.これは,NPOであるOSAにとって継続的に活動を行うためにはより幅広いステークホルダーに対するアカウンタビリティが求められる(奥林他,2002)との考えに基づく.具体的には,持続的な種子供給を行うために,種子生産者とそのユーザーの存在,および両者の関係性が重要となる.このような経営理念に基づき,「健全な人間および自然環境の維持のための,遺伝的に多様でかつ各地域の農業者に適合した種子の提供」とのミッションが定義され,事業が構築されている.すなわち,「米国各地での種子ネットワークの構築,多様性・生態系・利益共有を実現する(育種)研究の促進,圃場での育種と種子生産による種子管理と多様性向上のための知識普及,有機種子利用の促進」という事業において,後述する「(圃場での)品種改良」,「教育」,「アドボカシー活動」,「研究大会の開催」の4つの活動を計画・実践している.

組織の活動を支える資金の規模と構成については,2013年~2017年の収支の推移により確認する(図2-a,図2-b).収入を「①政府からの助成金5+②教育プログラムの参加料」と「③民間からの寄付金」に二区分すれば,①+②が収入の大宗を占めてきているが,近年は③が若干の増加傾向を占めている.また,聞き取り調査では①は60%~70%,②は10%余で推移しており,大きな変化はないとのことである.ただし,収入,支出とも年度毎に変動があり,収支全体では黒字と赤字を繰り返している.したがって,2017年を例にとると収入$860,886,支出$786,564,収支は$74,322の黒字となっているが,安定しているとは言い難い.このため,諸活動の継続実施に向けて財務の安定化・健全化が課題となっている.その際,活動の自由度を確保する点において,政府助成金への依存度をさげることも必要となる.

図2-a.

OSAの収入

図2-b.

OSAの支出

資料:Organic Seed Alliance Financial Report(2018)より著者作成.

OSAの組織構造は,大きくは「本部」と「支部」により構成される(図3).本部は組織全体に対するガバナンスと組織管理に関わる機能を担う「役員会」とその実務を担う「事務局」,本部としての活動の企画から実施までを担う「活動部」とに区分できる.同時に,前者は支部活動の適正性を確保するための支部ガバナンス機能を担当する.すなわち,本部は組織全体の組織管理の一環として支部に対するガバナンスを担っている.一方,支部は支部活動の企画から実施までを担うことから支部事業部との位置づけが可能である.

図3.

OSA内部の構造と機能

資料:聞き取り調査より著者作成.

(2) OSAの活動

1) 本部の活動

本部が主体となり大きくは「品種改良」,「教育」,「アドボカシー活動」,「研究大会の開催」の4つの活動が実施されている.

「品種改良」はOSAの中心的活動であり,「トライアル」と呼ばれる品種改良が行われている6.トライアルは,計画・実施・評価の3段階から構成され,農産物生産から消費段階までの多様なステークホルダーの協働により実施される.また,各段階で得られた情報は,OSAのホームページやニュースレターにより,ステークホルダー間で共有されている.

計画段階では,OSAの事業部スタッフが農業者ニーズと消費者ニーズを調査した後,地元大学の協力を得て改良する品種と育種目標を定め,トライアル期間を設定する.その上で,種子会社やNPOが発行している種子カタログやHP上での保存品種情報を利用して,そのトライアルに必要な品種の種子(遺伝資源)を有する主体と連絡を取り収集する.

実施段階では,まず協力農家を募集し試験圃場を選定する.次に,地元大学や普及センターと協力して収集するデータ,比較対象,栽培方法等の詳細事項を決定し,育種対象品種,比較栽培品種ごとに圃場を区分けして栽培する.試験結果は質的データ及び量的データとして集計・分析される.

評価段階では,「栽培評価」と「食味評価」が行われる.栽培評価では,OSAのスタッフ,農業者,大学,普及センター等の農産物の生産段階に関わる主体が参加し,主に生産量,収穫時期,雑草との競合性,均一性,病害虫耐性,周囲の環境への影響を評価する.食味評価では,OSAのスタッフと農業者に加え,レストランのシェフ,小売業者,地元住民等,農産物の消費段階に関わる主体が参加する.試験栽培している全品種を対象に,見た目,食感,甘さ,酸度,苦み,旨味,繊維,香りについて評価する.これら評価項目は,すべて育種ガイドに記載されている.評価結果に基づきOSAの圃場スタッフが品種を選抜した後,最後に,栽培時に収集されたデータと評価結果に加え,種子生産コストと栽培コストを総合的に判断し品種を決定する.改良した新品種の情報はOSAによりオンライン上で提供され,農業者は新品種の種子を無償で,有機種苗会社は品種提供時に数%の手数料を支払うことにより利用できる.なお,2018年度は,ワシントン州の本部で約120品種のトライアルが,カルフォルニア州の支部で約50品種のトライアルがそれぞれ行われた.

「教育活動」では,有機農業者を対象に,栽培技術,自家採種育種に関するワークショップ,研究会,講演会が行われており,年間約数千人が参加している.また,有機農業の生産現場に対する理解を深めるため,大人から子供までだれでも参加可能なOSAの圃場ツアーを実施しており,年間数百人が参加している.なお,2016年の参加者は48州,10カ国,20大学に及ぶ(OSA Financial Report, 2018).

「アドボカシー活動」では,フードシステムの整備や有機農業振興に向けた助成金拡充を求めての政治的な働きかけを州レベルと国レベルで行っている.また,OSAの活動内容の周知のために,ステークホルダーに対して定期的なニュースレターの発行(16,700の宛先に送付)や,Twitter・Facebookを介した育種・教育事業に関する情報提供を行っている.さらに5年に一回,米国全域の有機農業者数の推移,有機種子流通,有機農業施策等に関する調査結果のレポートを発行している.

「研究大会の開催」では,作物品種多様性の保護に関する事項をテーマとした研究会を隔年で開催している.研究会には,主に有機農業者,種子生産者,大学関係者,有機種子会社が参加し,最新の研究成果の報告や有機農業に関する技術知識の交換がなされる.また,大会を開催することにより,スポンサーとなった有機種子会社から収入を得ている.

以上の諸活動は,OSAの各構成員の専門性に基づく業務分担による「事業部」体制の下で実践されている.各事業部には,活動を中心となって担当するスタッフとこれを補佐する補助スタッフが配置されている.組織内には,有機農業,育種,栽培,農産物販売流通,政策等に関する専門性に加え,有機農業者,バイヤー,品種コーディネーター,種苗会社の従業員等の幅広い職務経験を有する人材が確保されている.また,事業運営時に生じる契約等の法律関係を担当する法務スタッフを設置している7.例えば,本部の役員でもあるB氏(正規・有給)やC氏(正規・有給)は,過去に教師と新聞記者であった経験を活かし,OSAの教育活動や広報・アドボカシー活動を担当している.また,渉外担当者のC氏は,バイテク・知的財産・有機種子制度等の政策分野で15年勤務した経験を活かして,有機種子供給体制の構築に向けた活動に尽力している.

2) 支部の活動

支部が主体となり実施する活動は,「品種改良」と「教育」が主であり,それらの内容は本部における活動と同様である.ただし,支部が独自の活動を行いうる自由度は高い(支部活動の適正性の確保に関わるガバナンスのあり方については次項で述べる).ここでは,カルフォルニア州支部を事例として支部活動の具体的な内容を確認する.

カリフォルニア州支部のA氏は品種改良を担当する教育研究スタッフ(正規・有給)である.A氏は,植物育種学と植物遺伝学の専門家であり,有機種子会社に勤務しつつ,OSAで活動している.現在,品種改良として二つのトライアルの企画・計画・実施している.一つは,農業者からのニーズに基づき,病害抵抗性に優れた大粒白色のキヌアの改良を目標とするものであり,数年前から関係のあるキヌアの生産者と共同で行っている.また,品種改良だけでなく,トライアルを通して生産者に自家採種や品種選抜の手法を教えており,生産者はA氏とのトライアルに満足している.もう一つは,米国農務省からの要請により2016年から行っている,有機農業者向けのスイートコーンの改良である.コーンは風媒花であるため,他の品種と交雑しないよう,農業地帯から一定の距離にある圃場が必要である.このため,他のトライアルにおいて知り合いとなった生産者に圃場貸与の協力を依頼している.

(3) OSAの組織管理とガバナンス

組織管理における最上位の意思決定主体は役員会であり,代表者(1名),副代表者(1名),書記(1名)を含む役員(計7名)により構成される(図3).各役員はそれぞれ有機農業者,食品卸売業者,小規模種子会社の経営者という職業を有し,OSAのミッションの理解に精通した人材であると言える.

役員会は,組織が掲げる経営理念,ミッションに基づく事業の遂行に向けて,組織全体の種々の活動に関わる目標設定や重要事項の判断を行う.役員会の意思決定の実務を担当するのは事務局である.事務局は,プログラム担当者,執行担当者,渉外担当者,経理担当者により構成され,役員会の決定事項を本部および支部の各事業部に周知するとともに,毎年度の事業計画書や報告書,財務資料の作成,予算執行を担当する.

本部の支部に対するガバナンスに関しては,役員会において支部が作成した活動計画書の審査がなされ,その可否と予算措置の額が決定される.支部は,本部での審査の結果において活動を実施し,定期的に活動の進捗状況と成果を事務局へ報告する.また,支部がパートタイマーやインターンを雇用する際には本部のプログラム担当者の承認が,金銭事項が生じた場合には経理担当者の承認がそれぞれ必要である.これらの本部によるガバナンスにより,支部に高い自由度を与えつつも活動の適正性の保持を可能にしている.

本部と支部を含む組織全体に対してのガバナンスについても,最高意思決定機関である役員会がその主体となる.役員会では,年度毎に事務局より作成される事業報告書と事業計画書に基づき,組織がその経営理念とミッションに沿った事業を遂行するために活動を行っているかどうかを審議する.さらに,OSAの内部機関である役員会によるガバナンスだけではなく,OSAの外部,つまりステークホルダーからのガバナンスも機能している.例えば,OSAは活動資金の大半を助成金や寄付金に依存しており,資金の調達先に事業報告書を提出する必要がある.その内容や成果に基づいて次年度の金額が決定されることから,資金の提供元である機関や団体は,組織活動に対するガバナンス機能を有する.また,OSAの活動は農業者や消費者等のステークホルダーの参加や協働により成立していることから,これら主体も外部からの非公式ガバナンスを担っているといえる.なぜなら,ステークホルダーがOSAにより実施される品種保護活動へ参加・協力する程度は,その活動の内容や成果に大きく規定されるからである.ステークホルダーは,自身の行動により,OSAの活動を,誘導,監視,牽制することになる.

4. 総括

最後に調査結果より得られた帰結を,作物品種多様性の保護活動に資する組織管理とガバナンスとしての視点から整理したい(図4).

図4.

OSAの組織管理とガバナンス

資料:聞き取り調査より著者作成.

1)矢印は,組織管理が行われていることを示す.

2)矢印は,公式ガバナンスが行われていることを示す.

3)矢印は,非公式ガバナンスが行われていることを示す.

まず,OSAの組織管理について,以下の三点の特徴が指摘できる.第一に,保護活動の実施(とくに「品種改良」活動)において,生産者から消費者,つまりフードシステム中の上流から下流までの主体が容易に参加できる仕組みが構築されている点である.作物品種保護多様性を保護するためには,生産者である農業者が保護活動への参加を行いながらも自己の経営を維持できることが重要である.その点,OSAの「品種改良」では,生産者と消費者が参加できるため,両者のニーズを満たす品種の種子が提供され,その品種に対する一定の需要があることが,農業者の経営安定化や収益向上につながる.また,消費者にとってはフードリテラシーの向上や生産現場が見える安全安心な農産物の獲得につながる.つまり,NPO主導の作物品種多様性の保護活動においても企業活動と同様にマーケティング要素を導入することが事業を実施する上で不可欠であり,そのための組織管理が求められる.第二に,本部が支部に対して与える活動の自由度の高さである.本部の事務局がすべての権限を掌握し,細部にわたるまで支部に指示を与えるのではなく,本部・支部のスタッフに活動計画を作成する権限を譲渡している.このことにより,活動時のスタッフのモチベーションを向上させ,専門性の発揮へとつなげている.加えて,第三に,組織管理を担う構成員の人選についてである.育種や栽培など限られた分野だけではなく,広報や法律などOSAの活動運営に関連する幅広い分野の専門知識と職務経験を有する役員,担当者,スタッフを登用している.これら第二,第三の点は,作物品種多様性の保護活動において,適切な人的資源の獲得と活用を図る組織管理が極めて重要であることを示している.

以上のことは,OSAでは経営理念,ミッション,事業,活動の整合化が図られており,その結果として高い事業成果が得られていることを説明するものである.とくに,活動ごとに最適なスタッフがマーケティング要素を介しつつ実践を担う体制により,活動成果がステークホルダーへ還元され,経営理念およびミッションへの共感が高まる.このことにより,OSAとステークホルダー間の関係性の強化やステークホルダーの協働意欲の向上がもたらされ,事業成果が高まるという好循環が生みだされている.

次に,ガバナンスに関して以下の二点を指摘したい.第一に,組織活動の方向性を決定する役員会と,活動の実施を担うと同時に支部の活動を監視する事務局から構成される本部による公式なガバナンスが,支部活動の誘導と牽制に機能している.支部の自由度を高めることは,効果的な事業活動につながる反面,経営理念に基づくミッションから逸脱して活動が行われる危険性をはらんでおり,いわばトレード・オフの関係にある.そこでOSAでは,活動計画書の作成や活動実施の権限をスタッフや支部に委譲すると同時に,役員会による監視の下で事務局が計画書の内容や活動実態を定期的に確認することにより,その弊害を是正している.第二に,ステークホルダーからの非公式ガバナンスがOSAの正当性の維持向上に作用している.NPOであるOSAにおいて,ミッションに共鳴するステークホルダーに常に組織の正当性を示し,支援を求める必要があることや,活動資金を助成金と寄付金に依存している8ことから,非公式ガバナンスに応じた活動の修正が行われていると指摘できる.このように,多様なステークホルダーとの協働が不可欠なOSAにおいて,絶え間ない内部と外部からのガバナンスは,ミッションの実現に貢献する組織管理実践のための意思決定が不可欠である.その結果,組織および活動の適正性が確保されるのである.これらOSAのガバンスの特徴は,作物品種多様性の保護活動を適切に実施しうる組織管理を行うための,組織に構築されたメカニズムおよび機能を説明するものである.

なお,活動資金の多くを「政府からの助成金」に依存していることは,政府の施策と保護活動を整合させることの必要性を意味する.したがって,経営理念に基づく保護活動を維持する点において「政府からの助成金」以外の収入の増加が課題となる.

1  米国の農業支援においては非営利セクターの役割が大きく,NPOは行政機関や政治家に対して生産現場の情報を提供しながら,支援に関わる助成金の予算化や助成金プログラムの施策化を働きかけている(伊庭,2010).

2  2017年7月13日に実施した伝統野菜の保護を行っている「京都府農林水産技術センターへの聞き取り調査にもとづく.

3  Freeman and Reed(1983)に基づき,本稿ではステークホルダーを,「組織の目的達成に影響あるいは非影響を与える個人や集団」とする.

4  例えばSeed Savers Exchangeはこれまでを20,000 種以上保護してきた.Native Seed Searchでは,2,000品種をシードバンクで保存している.

5  OSAではfarm bill(米国農業法案)の更新毎にロビー活動や請願活動によりプロジェクトに使用可能な助成金を獲得する努力を行っている.そのためには,助成金プログラムに一致する活動を行う必要がある.このことは,活動の自由度に対する制約条件ともいえる.

6  育種ガイド(Organic Seed Alliance, 2018)に記載された手順と評価項目に基づく.

7  OSAの雇用形態は様々であり,正規・有給のスタッフは本部と支部,合わせて8名いる.

8  OSAが運営する事業の性格上,活動に要する予算の大半を助成金や寄付金に依存せざるを得ない.米国NPOの多くは同様の資金構造をなしており,それら資金の獲得のための活動を行うことが通常の事業運営の一部となっている.

引用文献
 
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