農林業問題研究
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個別報告論文
子どもの栄養状態がその後の栄養状態・教育に与える長期的な影響
―カンボジア農村を事例として―
三輪 加奈
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2019 年 55 巻 3 号 p. 143-150

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Abstract

The nutrition status in early childhood affects child’s healthy development and acquisition of education and human capital, and health status and productivity in adulthood. The objective of this study is to explore the long-term impact of (childhood) nutrition status on the current BMI (Body Mass Index) and education of individuals, by focusing on rural Cambodia. From the estimation results of longitudinal data analysis, I found that the past nutrition status, measured by height for age and weight for age z-scores, is positively associated with the current nutrition status. In addition, children who have had better nutrition are more likely to have a higher number of years of schooling.

1. はじめに

子どもの健康・栄養を考えることは,それがその後の成長に大きな影響を与え,教育や保健といった人的資本(human capital)の形成・蓄積の基礎となることから非常に重要である.特に,開発途上国において,子どもの栄養不良は貧困と相互に関連しており,子どもの健康・栄養状態の改善や教育水準の向上は,将来の経済成長や持続的発展にとって,また,開発の最終目標である貧困削減にとっても大きな意味をもっている.

幼少期の健康・栄養状態は,その後の健全な発育や教育水準・成果(学業成績など),さらには大人になってからの健康状態や労働生産性(労働の質)などにも影響を与えていることが,さまざまな研究で指摘されている.また,それらに関するパネルデータ(長期データ)を用いた研究も蓄積されつつあり,その関連性がより明確となってきている.

将来の健康状態について,いくつかの研究をレビューしたReilly and Kelly(2011)は,多くの研究を総合し,幼少・青年期の過体重・肥満が成人期の早死や罹病のリスクを高めうると指摘している.Alderman et al.(2006)は,ジンバブエ農村でのパネルデータを用いた分析により,5歳未満での年齢別身長で測った栄養状態のその後の影響を検証し,幼少期の栄養状態の良さが青年期の身長の増加をもたらすという結論を得ている.

Alderman et al.(2006)はまた,幼少期のよりよい栄養状態が,より早い年齢での入学と就学年数の増加をもたらすことも示している.教育に関しては,他にも,幼少期のよりよい栄養・健康状態が,就学年齢や就学年数,進学率,留年しない可能性,学業達成度などに正の影響を与えていることが指摘されている(Alderman et al., 2001; Alderman et al., 2009; Glewwe et al., 2001; Yamauchi, 2008ら).また,グアテマラでの長期データを用いて,乳幼児に対して栄養価の高い補助食品を提供するという介入の長期的な影響を考察したMaluccio et al.(2009)は,それが成人期でみた教育成果(就学年数と読解力,および非言語的認知能力)に正の影響を与えていることを指摘している.

他方で,Handa and Peterman(2007)は,南アフリカでは幼少期の栄養状態が現在の教育に与える影響はみられないと結論づけていて,すべての研究の見解が必ずしも一致しているわけではない.

カンボジアを対象とした研究では,三輪(2012)が2期間のパネルデータを用いて,現在の学年と学年の遅れの程度で測った教育指標に対して,その子どもの過去(幼少期)の栄養状態のよさが正の影響を与えていることを示している.しかしながら,現在の栄養状態に対する過去のそれの影響については考察されていない.また,栄養状態については長期(慢性)の栄養不良を評価する年齢別身長だけの影響をみており,体重については考慮されていない.

そこで,本研究では開発途上国のひとつであるカンボジアの,特に貧困問題が深刻な農村部での子どもの栄養と教育に焦点をあて,カンボジア農村での家計調査により収集した独自のパネルデータを用いて,身長と体重からみた(過去の)子どもの栄養状態と7年後のその子どもの栄養状態および教育との関連性について検証する.

カンボジアを事例とした子どもの栄養・健康と教育に関する研究はそれほど数がなく,また全国規模でのそれに関するパネルデータは整備されていない.そこで,カンボジア平野部に位置し,カンボジアの標準的な農村ともいえる本研究の調査地からのパネルデータを用いて,子どもの栄養状態の(異時点の)栄養と教育への長期的な影響を検証し,その関係を明らかにすることは,カンボジアの開発や貧困削減の最重要課題とされる保健および教育分野の政策を検討する際の基礎的情報として重要な意味をもつといえる.

2. 調査の概要

本研究では,2007年と2014年にカンボジアの首都プノンペンから南西に車で1時間半~2時間ほどに位置する,コンポンスプー州とタケオ州の4村において,各村の住民台帳よりランダムに抽出した164世帯からのデータを用いる1.なお,その後の調査で脱落があり,2014年に調査できた(両年とものデータが整っている)のは151世帯である.

調査村の4村は,ともにカンボジアの平野部に位置し,主な生業は稲作中心の農業で,その主な形態は天水農業である(2007年調査時で標本世帯の73%が農家2).ただし,村により水資源に違いがあるようで,雨季の稲作とあわせて二毛作を行っている世帯(村)もあれば,水資源が乏しい(他より降水量が少なく,ため池なども存在しない)村では,雨季でも干ばつなどの被害を受けやすく,また乾季に作物を栽培することが困難である.特に水資源の乏しい村では,農業以外の所得創出手段として「ほうき」の生産・売買が盛んであったり,アイスクリームの移動販売や資源回収,建築作業員など,非農業部門で生計を立てている世帯も多くみられる.また,2014年調査時には調査村の近隣での縫製・縫靴工場の建設・稼働もみられ,村に居住しながら工員として働く世帯員も少なからずみられるようになってきている.

標本世帯の概要を示した表1より,2014年調査時の平均世帯所得は1年間で約2,892ドル(11,856,710リエル3)であり,これを1人あたりにすると約700ドルとなっている.2007年と比べると世帯所得,1人あたり世帯所得ともに約3倍増えている.これは,主に非農業所得の向上によるものと考えられ,近隣での縫製・縫靴工場での仕事や,世帯所得の向上を背景とした調査村およびその周辺での家の新築・増改築,工場建設などによる建設作業員や大工などの非農業部門への就業機会が増加しているためと考えられる.

表1. 標本世帯の概要
2007年 2014年
標本世帯数 164 151
世帯構成員数(人) 4.6 4.3
労働者数(人) 2.4 2.6
世帯主の年齢(歳) 47.1 50.6
世帯主の教育年数(年) 4.1 4.9
農地所有面積1)(m2 8,649 8,911
世帯所得(リエル/年) 3,827,820 11,856,710
 農業所得比率(%) 33.5 30.3
 非農業所得比率(%) 42.4 51.1
 送金比率(%) 18.0 12.5
1人あたり世帯所得(リエル/年) 918,028 2,873,267

出所)農村聞き取り調査より,筆者作成.

1)農地を所有している世帯のみの平均値.

本稿では,パネルデータを用いて子どもの過去(2007年)の栄養状態が現時点(2014年)の栄養状態と教育に与える影響を検証するため,(できるだけ多くの子どもについて検証すべく)2007年の調査時に15歳以下で,2014年にも標本世帯の構成員であるもの(215人)を対象に分析を行う.

3. 実証分析

(1) 実証モデル

以下では,子どもの初期(1期目)の栄養状態が,現在(2期目)の栄養状態と教育に与える影響について考察するため,現在の栄養と教育の決定関数を次のように定式化する.

  
Yi2=β0+β1Hi1+β2Xit+β3Xht+β4Vh+ui (1)

被説明変数であるYi2は,子どもiの2期目(2014年)での栄養・教育水準を示す.本稿では,栄養状態を測る指標として,調査時に計測した身長と体重から算出したBMI(Body Mass Index4)用いるが,BMIの値そのものと,BMI値により次のように分類5したものを被説明変数とする.

  
Yi2=1  if  低体重 Underweight=2  if  普通体重 Normal range=3  if  過体重/肥満 (Overweight/Obese)

なお,BMI値についてはOLSで,BMI分類については多項ロジット・モデルにより推計をする.教育指標には,教育年数(既に卒業や中退により学校に通っていない場合には最終学年を,在学中の場合には現在の学年)を用い,トービット・モデルにより推計を行う6

過去の栄養状態Hi1については,長期(慢性)の栄養不良を評価するのに適した指標といわれる「年齢別身長zスコア」と,短期(急性)の栄養不良を評価するのに適した指標である「年齢別体重zスコア」の2指標を用いて,その影響を検証する7

他の説明変数であるXitは子どもの属性(性別,年齢,出生順位),Xhtは両親・世帯の属性(両親の年齢・教育年数,世帯主の性別・職業,資産,農地所有面積)を示している.農地は,その所有面積が広いほど子どもが農作業を手伝うことが多くなると考えられるため,農地面積と子どもの年齢の交差項も説明変数として加え,その影響を検証する.また,子どもの栄養状態には生まれながらにもっている健康の賦存量(health endowment)も影響していると考えられるが,それは直接観察できないため,その代理変数として両親の身長を,BMIに関する推計の際の説明変数として用いることとする.Vhは世帯が居住する村の属性(村ダミー),β0β4はパラメータ,uiは攪乱項をそれぞれ示している.

本稿の分析対象の子どもは同一世帯内に複数いる場合があり,その場合には同一世帯内の子どもの栄養・教育の決定が,(1)式の推計に含まれる説明変数以外のなんらかの共通因子の影響を受ける可能性がある.この点を考慮するため,本稿の分析では同一世帯の子どもを同一クラスタとみなし,同一クラスタ内では誤差項は相関するという仮定の下で標準誤差を補正しうるクラスタロバスト標準誤差(cluster-robust standard errors)を用いる.実際の推計に用いた変数と基本統計量は,表2の通りである.

表2. 変数の定義と基本統計量
変数名 定義 平均 標準偏差
BMI 子どものBMI値(2014年) 18.769 3.218
BMI分類 子どものBMI分類(低体重=1,普通体重=2,過体重=3) 1.777 0.595
教育年数 子どもの教育年数/学年(年,2014年) 7.619 3.208
HAZ 初期の年齢別身長zスコア(2007年) −2.367 1.304
WAZ 初期の年齢別体重zスコア(2007年) −2.112 0.985
子性別 子どもの性別(女児=1,男児=0) 0.488
子年齢 子どもの年齢(歳,2007年) 9.352 3.890
出生順位 子どもの出生順位 3.005 1.755
母年齢 母親の年齢(歳,2007年) 37.524 7.119
母教育 母親の教育年数(年) 3.651 2.860
母身長 母親の身長(cm) 151.986 5.303
父年齢 父親の年齢(歳,2007年) 38.553 7.776
父教育 父親の教育年数(年) 5.056 3.090
父身長 父親の身長(cm) 162.715 6.508
世帯主性別 世帯主の性別(女性=1,男性=0) 0.149
世帯主職業 世帯主の職業(非農業部門に従事=1,それ以外=0,2007年) 0.293
資産 世帯の所有物的固定資産1)(対数値,2007年) 15.827 0.947
農地面積 世帯の農地所有面積(ha,2007年) 0.799 0.558
農地*年齢 農地面積と子年齢の交差項 7.651 7.068
村ダミー 子どもの初期の栄養状態が相対的に良好な村をベースとする3の村ダミー

出所)農村聞き取り調査より,筆者作成.

1)物的固定資産には,農用資産と所有家畜,耐久消費財,貴金属および家屋(現在価値)が含まれる.

(2) 推定結果

3は過去の栄養状態として年齢別身長zスコア(HAZ)を,表4は年齢別体重zスコア(WAZ)を用いて,(1)式の子どもの栄養・教育の決定関数を推計した結果をそれぞれ示している.

表3. 年齢別身長のその後の栄養と教育への長期的影響
(A) (B) (C)
モデル OLS 多項ロジット(BMI分類) トービット
被説明変数 BMI 低体重 普通体重 過体重 教育年数
説明変数 係数1) 限界効果 限界効果 限界効果 係数
HAZ 0.593*** −0.079*** 0.075*** 0.003 0.243**
(0.177) (0.029) (0.028) (0.017) (0.114)
子性別 −0.949* 0.103 −0.026 −0.076 0.212
(0.480) (0.074) (0.079) (0.047) (0.276)
子年齢 0.450** −0.034* 0.031 0.003 0.332***
(0.147) (0.019) (0.020) (0.013) (0.081)
出生順位 −0.127 −0.011 0.014 −0.003 0.006
(0.206) (0.033) (0.038) (0.020) (0.129)
母年齢 0.105 −0.005 −0.0005 0.006 0.048
(0.085) (0.015) (0.015) (0.009) (0.052)
母教育 −0.199* −0.002 0.024 −0.022 0.029
(0.106) (0.016) (0.018) (0.014) (0.067)
母身長 0.023 0.002 −0.002 0.0005
(0.043) (0.007) (0.008) (0.005)
父年齢 −0.066 0.016 −0.006 −0.010 −0.033
(0.062) (0.012) (0.012) (0.008) (0.041)
父教育 −0.014 0.007 −0.008 0.001 0.168***
(0.075) (0.013) (0.014) (0.007) (0.055)
父身長 0.016 0.001 −0.005 0.004
(0.043) (0.006) (0.008) (0.007)
世帯主性別 −0.245 0.098 −0.066 −0.032 −0.696*
(0.622) (0.178) (0.205) (0.074) (0.367)
世帯主職業 1.049* −0.045 0.038 0.007 0.233
(0.598) (0.085) (0.091) (0.044) (0.368)
資産 0.325 0.052 −0.057 0.005 0.272
(0.319) (0.047) (0.053) (0.036) (0.165)
農地面積 0.080 −0.038 −0.054 0.092 −1.796***
(1.122) (0.175) (0.198) (0.122) (0.613)
農地*年齢 −0.013 −0.004 0.018 −0.014 0.224***
(0.103) (0.016) (0.018) (0.014) (0.069)
標本数 160 160 194
決定係数2) 0.404 0.156 0.217

1)*は10%,**は5%,***は1%で統計的に有意.推計には切片と村ダミーも含み,括弧内はロバストクラスタ標準誤差を示す.

2)OLSは自由度修正済みR2,多項ロジットとトービット・モデルはPseudo R2をそれぞれ示す.

表4. 年齢別体重のその後の栄養と教育への長期的影響
(A) (B) (C)
モデル OLS 多項ロジット(BMI分類) トービット
被説明変数 BMI 低体重 普通体重 過体重 教育年数
説明変数 係数1) 限界効果 限界効果 限界効果 係数
WAZ 0.324*** −0.144*** 0.118*** 0.024 0.197
(0.238) (0.035) (0.038) (0.029) (0.147)
子性別 −0.876* 0.089 0.002 −0.091* 0.216
(0.487) (0.076) (0.080) (0.048) (0.273)
子年齢 0.431*** −0.026 0.017 0.009 0.318***
(0.141) (0.017) (0.020) (0.012) (0.076)
出生順位 −0.081 −0.024 0.017 0.007 −0.023
(0.210) (0.034) (0.039) (0.022) (0.121)
母年齢 0.088 −0.002 −0.00001 0.002 0.049
(0.084) (0.014) (0.015) (0.007) (0.049)
母教育 −0.208* 0.002 0.020 −0.022* 0.021
(0.108) (0.017) (0.018) (0.012) (0.065)
母身長 0.009 0.004 −0.005 0.001
(0.043) (0.007) (0.008) (0.005)
父年齢 −0.067 0.016 −0.006 −0.010 −0.027
(0.061) (0.011) (0.013) (0.008) (0.041)
父教育 −0.002 0.007 −0.006 −0.001 0.175***
(0.077) (0.014) (0.015) (0.007) (0.056)
父身長 0.012 0.001 −0.004 0.003
(0.046) (0.007) (0.008) (0.007)
世帯主性別 0.213 0.033 0.005 −0.038 −0.512
(0.638) (0.204) (0.233) (0.076) (0.361)
世帯主職業 0.919 −0.037 0.032 0.005 0.212
(0.617) (0.091) (0.098) (0.048) (0.369)
資産 0.344 0.039 −0.045 0.006 0.283*
(0.327) (0.046) (0.056) (0.039) (0.166)
農地面積 0.223 −0.0002 −0.147 0.147 −1.868***
(1.026) (0.170) (0.197) (0.097) (0.543)
農地*年齢 −0.002 −0.011 0.032* −0.021* 0.235***
(0.094) (0.015) (0.018) (0.011) (0.063)
標本数 162 162 196
決定係数2) 0.397 0.175 0.216

1)*は10%,**は5%,***は1%で統計的に有意.推計には切片と村ダミーも含み,括弧内はロバストクラスタ標準誤差を示す.

2)OLSは自由度修正済みR2,多項ロジットとトービット・モデルはPseudo R2をそれぞれ示す.

現在のBMIへの過去の年齢別身長で測った栄養状態の影響を考察したOLSによる推計結果(表3(A))より,HAZの係数が正に有意となっており,過去の栄養状態のよさが現在の体格に影響を与えていることが示唆される.その他の変数として,子どもの性別と年齢,世帯主が非農業部門に従事していることが,BMIに有意な影響を与えていることがわかる.

BMIの値により低体重・普通体重・過体重の3つのカテゴリーに分類し,その決定関数の多項ロジット・モデルによる推計から得られた限界効果(marginal effects)を示したのが,表3(B)である.これより,HAZの係数が低体重に対しては負に,普通体重に対しては正に有意となっていることから,HAZが改善することは低体重になる可能性を低める一方,普通体重を維持することに効果があると考えられる.

3(C)は,トービット・モデルにより子どもの教育年数の決定関数を推計した結果を示している.ここでも過去の栄養状態のよりよい子どもほど,教育年数が長いことがわかり,栄養状態の正の影響がみられる.また,カンボジア農村では,母親の教育年数よりも,父親の教育年数がその子どもの教育に影響を与えていることが推定結果からわかる.さらに,世帯の農地面積が負で,農地面積と子どもの年齢の交差項が正でそれぞれ有意となっている.このことは, 世帯が所有する農地面積が広いために,農作業の手伝いをする必要などから教育年数に負の影響を与える一方,農地面積の広さ(つまりは農作物の収穫量の多さ)が世帯所得の高さにつながり,農業労働者の雇い入れや必要とあれば教育資金の借入が容易にできることなどから,年齢の高い子どもであっても長く学校に通わせることが可能となるのではないかと解釈できる8

年齢別体重を過去の栄養状態の指標として用いた推定結果では,年齢別身長の結果と同様にBMI値に対するWAZの正に有意な影響が確認される(表4(A)).表4(B)のBMI分類の多項ロジット・モデルによる推計結果も,WAZの値が大きい(栄養状態がよりよい)ことが,低体重になる可能性を低める一方で,普通体重となる確率を有意に高めることを示している.

ここで,母親の教育年数の影響について,母教育の係数はBMI値の推計においていずれも負に有意となっている.また,表4(B)より過体重となる確率に対しても負の影響を与えていることがわかる.BMIに対する母親の教育年数の負の影響は,より教育を受けた母親ほど,太りすぎが体に良くないことを理解していたり,また(そしてそれゆえに)子どもの食事の栄養バランスによく気を配っており,そのために子どもが肥満(過体重)になりにくいためではないかと推測される.

なお,教育年数に対するWAZの有意な影響はみられなかった(表4(C)).

ここで,教育への影響について,教育年数(現在の学年)そのものよりも,年齢に応じた教育年数であるか(年齢に即した学年に在籍しているか)のほうがより重要である可能性がある.そこで,年齢に応じた相対的な教育年数(SAGE)を用いて再推計を試みることにする9.具体的には,

  
SAGE=年齢-E-現在の学年

を計算し,それを被説明変数とする(Eは正規の初等教育への入学年齢).なお,すでに学校に通っていない者については,最終学年を用いてSAGEを算出している.

SAGEを被説明変数として,OLSで推計した結果を示したのが表5である.これより,過去の栄養状態について,HAZの係数のみが負で有意となっている.SAGEは数値が低いほど学年の遅れが少ないということを意味する指標であるため,負で有意ということは,過去の慢性の栄養状態がよい子どもほど,その年齢に対しての正規の学年に在籍する可能性が高いということを意味し,教育年数の分析結果とも整合的な結果となっている.その他の変数については,教育年数とほぼ同様の結果が得られている.

表5. 相対的な教育年数への長期的影響(OLS)
被説明変数 SAGE
説明変数 係数1) 係数
HAZ −0.242(0.119)**
WAZ −0.198(0.153)
子性別 −0.215(0.287) −0.219(0.284)
子年齢 0.666(0.083)*** 0.680(0.078)***
出生順位 −0.005(0.134) 0.024(0.126)
母年齢 −0.049(0.054) −0.049(0.052)
母教育 −0.029(0.070) −0.021(0.068)
父年齢 −0.167(0.057) 0.027(0.043)
父教育 −0.167(0.057)*** −0.175(0.058)***
世帯主性別 0.695(0.383)* 0.510(0.376)**
世帯主職業 −0.240(0.380) −0.219(0.381)
資産 −0.271(0.171) −0.282(0.173)
農地面積 1.783(0.633)*** 1.857(0.561)***
農地*年齢 −0.222(0.071)*** −0.234(0.065)***
標本数 194 196
決定係数 0.619 0.623

1)*は10%,**は5%,***は1%で統計的に有意.推計には切片と村ダミーも含み,括弧内はロバストクラスタ標準誤差を示す.

4. おわりに

本稿では,過去の子どもの栄養状態が現在(その後)の栄養状態および教育に与える影響について,カンボジア農村からの2期間のパネルデータを用いて検証を行った.その分析結果は,カンボジア農村に居住する子どもの現在の栄養状態と教育に対して,その子どもの過去(幼少期)の栄養状態のよさが総じて正の影響を与えていることを示唆している.ただし,教育に対してはHAZのみが有意な効果を示していることから,慢性的に栄養状態がよい子どもほど学校に通い続けることができる,もしくは学年の遅れが少なく,問題なく進級ができていると推測される.

三輪(2012)でも,子どもの教育に対するHAZで測った過去の栄養状態の正の影響が指摘されている.本稿の分析結果も同様ではあるものの,本稿の方がより分析対象期間が長く,WAZの影響も検証しているという違いがあり,また,父親の教育年数の長さと世帯の農地所有面積の広さが教育に有意な影響を与えるという新たな知見も提示している.加えて,三輪(2012)では検証されていない,現在の栄養状態に対する過去の栄養状態の影響も考察し,その関係を実証的に示したという点で本研究は意義があるといえる.

本稿の実証結果を踏まえ,カンボジアにおいて人的資本としての栄養および教育を蓄積し,貧困削減や将来の持続可能な発展を実現するためには,就学年齢あるいは就学前年齢の子どもの栄養状態を改善させるような政策がまずは重要となるだろう.併せて,初等教育への就学や学校・クラスでのパフォーマンスをより向上させるような政策を実施することで,教育水準のより一層の改善に繋がるものと期待される.また,親(特に父親)の教育年数が子どもの教育に有意な影響を与えていること,加えて,親の教育の子どもの栄養に対する影響も指摘されていることから,子どもの教育水準の改善はその子どものみならず,将来(次世代)の子どもの栄養状態の改善・教育の向上という好循環の形成をもたらすものと考えられる.それにより,人的資本のより多くの蓄積と,貧困家計が貧困の罠から抜け出すことで貧困の緩和がもたらされる可能性があることが示唆される.

具体的な政策としては,栄養と教育が互いにとって重要な要素であることから,その関係,保健分野と教育分野の関係をより強化することが重要である.そのために,カンボジア農村で広く実施されている子どもに対する学校給食プログラムや微量栄養素(micronutrients)の提供,学校での保健衛生教育,および親(成人)に対する保健衛生や栄養,母子保健などに関するヘルス・プログラムなどをより効率的,かつ持続的に実施していくことが求められるだろう.

なお,本稿の分析には以下のような不十分の点も残されている.本稿では,(主にサンプルサイズの問題から)1期目に15歳以下の子どもを対象として分析を行ったが,より幼少の時期の健康・栄養状態がその後に影響を与えるとされていることから,5歳未満児などに限った分析が必要であると考える.また,教育年数だけでなく,成績や試験の点数などの学校でのパフォーマンスも重要と考えられるため,それらのデータを用いた分析についても,今後に残された課題である.

さらに,カンボジアでは経済成長が進んでおり,農村部でもその影響を受け,これまでの農業中心の生活とは異なる新しいライフスタイルが確立していくことが予想される.そのような変化が子どもの人的資本の形成・蓄積にもたらす影響についても,注意深く観察していく必要があるだろう.

1  2007年の調査は日本学術振興会の科学研究費・基盤(C)(課題番号:19580251),2014年のそれは同・基盤(B)(課題番号:25301025)および公益財団法人二十一世紀文化記念財団の学術奨励金の助成により実施したものである.

2  世帯主の主な職業が「農業」の割合で,兼業農家も含めるとその割合は94%である.

3  「リエル」はカンボジアの通貨で,1USドル=4,100リエル(2018年時点).なお,世帯所得には農作物等の生産物の自家消費分(の貨幣価値),および出稼ぎをしている家族からの仕送りも含む.

4  BMIは身長と体重の関係から肥満の程度を示す指数で,「体重(kg)÷身長(m)÷身長(m)」により算出される.過去の栄養状態を測る指標として用いる年齢別身長および年齢別体重は20歳までしか成長標準値が示されていないが,BMIについては年齢を問わず使用することができるため,2014年のデータで20歳以上も含む本稿の分析では栄養状態の指標としてBMIを用いる.

5  世界保健機関(WHO)の基準により,0~19歳については,年齢別BMI(BMI for age)のグロース・チャートに照らして,標準体重の−1SD未満を低体重,−1SD~1SD未満を標準体重,1SD以上を過体重としている.20歳以上については,こちらもWHOの基準により,BMI値が18.5未満を低体重,18.5~25未満を普通体重,25以上を過体重と分類している.

6  トービット・モデルを用いるのは,教育年数がゼロ(教育をまったく受けていない)のサンプルも含むためである.

7  年齢別身長/体重の指標は,同じ性別・年齢のグループと比較してその子どもの身長/体重がどの程度であるかを示す指標である.WHOは,これらの指標を国際的な成長基準値に比例させて,zスコアにより表すことを推奨している.なお,本稿の分析では先行研究を参考に,zスコアが−6から6の間の子どものみを分析の対象とする(zスコアが−6より小さいあるいは6より大きい場合には異常値とみなし,年齢か身長・体重の計測などデータに何らかの不備があると考える).

8  ただしこの点については,データ制約上の問題から十分な根拠を示すことができないため,今後さらなる検証が必要である.

9  SAGEの算出方法等については,Miwa et al.(2010)を参考にしている.なお,SAGEを用いても年齢に対して教育年数が短いことが,入学遅延(正規の初等教育入学年齢よりも遅れての入学)によるものなのか,留年によるものなのかは区別できない点に留意が必要である.

引用文献
 
© 2019 地域農林経済学会
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