農林業問題研究
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個別報告論文
農業分野で就労する障害者のための就労形態別作業環境整備要件
中本 英里
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2019 年 55 巻 3 号 p. 151-158

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Abstract

There are few studies that analyze agricultural working conditions for people with disabilities, to enable them to better adapt to and continue working in agriculture. This study examines three exemplary entities, with varying organizational forms, who employ individuals with disabilities for agricultural production. The analysis specifies conditions that have enabled their prolonged employment while securing financial success. Different patterns are evident in each of the three cases. The results illuminate, first, that appropriate segmentation of work processes, clear assignment of responsibilities, and universal designs are essential to secure profitability for the farming entity whose primary purpose is not to provide care. Second, the organizations that provide care should ensure sufficient care providers, and that diverse and appropriate tasks are assigned to their disabled employees based on their varying needs and conditions. The study concludes that the rapid aging in the population of disabled workers in agriculture, requires the provision of new and improved welfare services to include support in daily living.

1. 研究の背景と目的

農業分野では障害者法定雇用率達成企業が6割合以上に達している(厚生労働省,2017).今後もその増加が見込まれるが,農業分野では障害者雇用義務のある企業数が少ないことから,法制度下で保障される障害者雇用(「一般就労」)には過度な期待はできない1.障害者の就労形態には「一般就労」のほかに,就労系障害者福祉サービス(訓練等給付)を活用した「福祉的就労」があり,雇用型(就労継続支援A型事業)と非雇用型(就労継続支援B型事業)を含む2.いずれも一般就労への移行を目的とした訓練として位置づけられるが,移行率が極めて低いことや3,就労に対する報酬(賃金・工賃)が十分ではないといった課題がある.また,運営基準により,国県市から受ける「訓練等給付金」は障害者の報酬に充てることができないため4,賃金・工賃の確保・向上には,給付金に依存しない収益性の高い「生産活動」が求められる.

以上の点から,障害者の就労支援では,就労機会の確保を一義的な課題とし,障害者の労働生産性の向上と,一般就労および一般就労への移行促進が求められていると言える.本研究は,障害者の労働生産性の向上に焦点を置き,先進事例を基に農業分野における一般就労,福祉的就労の作業環境整備の実態と課題を明らかにする.その上で,農業分野での一般就労および一般就労への移行促進に向けて必要な作業環境整備要件を提示することを目的とする.

2. 先行研究と分析視角

農業分野における障害者の就労実態を把握した研究として,全体的状況を明らかにした山下他(2009)農林水産政策研究所(2012),類型化により支援課題と解決策を明らかにした牛野他(2007)安中他(2009)小柴他(2016),特例子会社による農業分野進出の実態と効果を明らかにした吉田他(2014),自治体等による障害者就労推進体制をプラットフォームの視点から分析した小柴・吉田(2016)があるが,これらはいずれもマッチングやネットワークの構築といった農福連携の方法論を導くものであり,障害者の就労機会の確保・創出に焦点が置かれ,本研究で取り扱う具体的な作業環境整備要件については十分な言及はなされていない.

障害者就労の作業環境は,一般に,物理環境・技術環境・組織環境・心理社会環境・経済(報酬)環境・職場外環境の6つで構成され,個人特性を考慮した上で調整・修正がなされている(松為,2018).農業分野での作業環境に関連した研究では,片倉他(2007)が,障害者雇用における作業マネジメントの要件として,先進事例を基に「作業工程の分割とパターン化」,「ユニバーサルデザイン化」,「ナチュラルサポートの形成」,「多様な補助的な仕事」を挙げており,農村工学研究所(2008)が作成した就労マニュアルにおいても,これと類似する見解が支援要件として示されている.濱田(2009)による報告では,障害者雇用の先進事例で取り組まれている「ユニバーサル農業」5に,上記と類似する4つの要素が含まれていることが確認でき,その効果として,経営効率の向上が示唆されている.同一事例を分析した済木・河野(2014)山崎・大須賀(2018)では,障害者雇用のノウハウが農業法人における人材育成全般においても有効な視座を与えることが示されており,障害者のための作業環境整備は,障害者福祉に限らず,農業分野での一般的な労務管理にも寄与することが期待される.

しかしながら,先述の通り,一般就労と福祉的就労では取組みの背景や目的,課題が異なる.先行研究ではこの点が十分に整理されていないことに鑑み,本研究では,就労形態別に作業環境整備要件を明らかにする.方法として,片倉他(2007)農村工学研究所(2008)で示された上記4つの要素を参考に実態と課題を整理していく.なお,本研究では「ユニバーサルデザイン化」の定義は,「多様なニーズを持つユーザーに,公平に満足を提供できるように商品(サービス・環境・情報等)をデザインすること」(山岡・柳田,2003:p. 6),「ナチュラルサポート」の定義は「障害のある人が働いている職場で自然にもしくは計画的に提供される人的な援助」(小川,2000:p. 27)とする.

各就労形態の特性と作業環境整備要件には,次のような関連があると考えらえる.まず,一般就労では,障害者は企業の戦力として期待されることから,自立的,効率的な業務遂行が求められる.故に,経営者側には,障害者の能力が最大限に発揮できるよう,個々の作業適性を見極めた上での役割分担や,作業の標準化,機械化等による「ユニバーサルデザイン化」が求められるが,その前段階として作業工程の細分化が必要になると考える.他方,福祉的就労のうち,一般就労は困難であっても,雇用契約に基づく就労が可能な場合は就労継続支援A型事業が適用され,作業対価には最低賃金も保証される.一般就労に近い作業環境整備が必要であると言えるが,障害者は労働者であると同時に福祉サービスの利用者でもあることから,個々の支援段階に沿った作業機会の提供と,就労能力の向上を支援する人的な援助(「ナチュラルサポート」)は欠かせない.非雇用型の就労継続支援B型事業においても同様に,豊富な作業内容と人的な援助が必要とされるが,労働契約の締結がなく柔軟な就労が可能な分,利用対象範囲が広く,より充実した支援が必要になる.障害者の出勤が不定期・不規則になる場合も存在するため,作業工程の細分化や役割分担によってもたらされるメリットは少ないことが想定される.

3. 調査対象

本研究では3事例に聞き取り調査を行った(表1).

表1. 調査対象概要
調査対象
(運営組織)
1.K農園
(株式会社)
2.就労継続支援A型事業所
(NPO法人)
3.就労継続支援B型事業所
(株式会社)
雇用開始/開所 1996年 2008年 2013年
就労形態 一般就労(雇用) 福祉的就労 福祉的就労
障害者数 計24人 身体障害 6人
知的障害 9人
精神障害 5人
発達障害 4人
計18名 身体障害  1人
知的障害  7人
精神障害 10人
計34人 身体障害  2人
知的障害 20人
精神障害 12人
給与・工賃 作業量に応じた額 67,013円/月(H29) 49,649円/月(H29)
その他役職員数 計65人 役員   4人
社員  10人
パート 51人
計7人 管理責任者 1人
職業指導員 1人
生活指導員 5人
計35人 正職員  5人
パート 30人
事業/生産活動の概要 ・土耕部(田畑1.3 ha:コメ,トマト,サツマイモなど)
・水耕部(水耕施設1.3 ha:ネギ,ミツバ,チンゲンサイ)
・心耕部(障害者の雇用・訓練・体験の受け入れ)
・「ユニバーサル農業」
・農業経営体Dからの作業受託(ポット花苗生産)
・所有農地での野菜生産
・コンポスト回収及び堆肥化に伴う作業
・農業生産法人Hからの作業受託(青ネギの生産)
・所有農地での野菜栽培
・直売所からの作業受託(接客手伝い等)
・クラッカー組立作業受託

資料:聞き取り調査を基に作成.

事例1のK農園は,園芸作を中心に労働集約的な農業経営を行い24人の障害者を雇用している農業生産法人である.現在の代表が実家の農業を継承し2004年に法人化された.土耕部,水耕部,心耕部で組織され,田畑1.3 haではコメや野菜を,水耕施設1.3 haでは芽ネギ,ミツバ,チンゲンサイを栽培している.障害者雇用は1996年に1名から開始し,年に1人ずつ増員している.2003年から始めた「ユニバーサル農業」は,「障害者関係功労者表彰・内閣総理大臣賞」受賞にも繋がる先駆的な取組みとして高く評価されている.

事例2は,NPO法人が運営する就労継続支援A型事業所である.事業所は2か所在り,計18名の障害者が利用している.主な生産活動は農業経営体Dからの受託作業である.農業経営体D(1995年設立)は,ホームセンター等との契約栽培によりハウス6棟(計70 a)で年間200万ポット・約50種類の花苗を生産し,約4千万円を売り上げている.A型事業所開所以前は,Dが職親6となり障害者を直接受け入れていたが,受け入れ人数が12~13人に増えたことや,障害者の就労意欲が予想以上に高く,報酬額がパート職員の賃金を上回り,職員からの理解が得られ難い状況になったため,障害者の就労は,雇用という形態ではなく福祉事業の一環で支援することとした.2008年に新たにNPO法人を設立し,A型事業所を開所した.Dでの取組み年数を合わせると支援経験は20年以上となる.月額平均賃金は67,013円と,全国平均の70,720をやや下回るが,豊富な知識と経験により,対応が難しいとされる精神障害者が多数,利用可能な状況となっている.

事例3は,株式会社が運営する就労継続支援B型事業所である.利用者数は34名,職員数はパートを合わせると35名になる.主な生産活動は農業生産法人Hからの受託作業で,業務用青ネギの栽培,調製・出荷作業を行っている.農業生産法人H(2008年設立)は,地域の高齢農家等から,約200か所に点在する遊休農地を借り受けて,合計15 haの畑で青ネギを生産し,外食産業大手企業への販売等により年間約9千4百万円を売り上げている.B型事業所開所以前は,Hが直接障害者を受け入れていたが,地域の福祉関係者から,より多くの障害者の受け皿になってほしいとの要望を受け,2013年に新たに株式会社を設立し,B型事業を開設した.月額平均工賃は49,649円で,全国平均の15,295円を大きく上回っている.

4. 結果

(1) K農園における障害者雇用と環境整備

K農園では,障害者の採用は,障害者自立支援センターを介して行われる.採用後は「心耕部」に所属し,有資格者による指導を受けながらスキルアップを図り,「水耕部」や「土耕部」で行う作業内容が調整される.障害者に対する作業遂行の評価は,独自の「キャリアマップ」を用いて行われる.「キャリアマップ」は各栽培行程を細分化し,細分化された作業に難易度が設定されているもので,これにより,何をどの程度遂行できているかが個別に把握でき,明確な目標設定が可能になる.

K農園では障害者は福祉の対象ではなく,従業員であるという基本姿勢から,原則,作業は自立的に行うことを求める.作業工程の細分化はそのために行われる.各作業はすべて原価計算され,何の作業が1回いくらになるかが詳細に把握されており,その作業を何回できるか,何本できるか等を基準に障害者の給与額は設定される.誰でも100点満点の作業を遂行できるよう作業環境を整備し,作業を標準化した上で,作業精度の向上,効率化を図り,営業利益へと繋げていく.これがK農園で実践する「ユニバーサル農業」の方針であり,2003年より,障害者4名と農業初心者1名で開始された「ミニチンゲン」の栽培の中で具現化されている.

2は作業環境整備の一例である.作目の選定では,調製作業の下葉除去に高度な技術を要さないチンゲンサイに決定し,サイズで差別化を図った.播種~育苗は,難度が高く極めて重要な工程であるため,障害者による作業リスクを考慮し外部委託とした.定植作業では,作業の斑を解消するため独自の定植用パネルを開発し,作業の標準化を図った.これにより従来行っていた確認作業が省略され,作業単価も明確になった.苗1本につき0.7円と原価計算し,これを基に障害者の作業が評価され給与額が設定されている.トレー洗浄では「きれい」を標準化するための洗浄機に加え,片麻痺のある障害者がより効率的,継続的に作業できるようトレー枚数を自動勘定する機能と,適度な運動負荷を与えるリハビリ機能を備えた洗浄機も開発した.開発にあたっては,「ユニバーサル農業」を理解している業者や作業療法士等が加わり,誰が使えばどれだけの収益が見込めるのかを明確化させた.リハビリ機能を備えた洗浄機は150万円ほどかけて開発し,導入効果として130%の作業効率の向上が確認されている.その他に,夏場の暑さ対策として,800万円をかけたハウス内のミストの設置により,作業効率の向上と,生産過程で発生するロス率の3%削減が図られた.また,収穫・梱包を,冷暖房を完備した新たな作業場で完結させたところ,苗の運び出しに係る人員が限定され,作業時間が半減した.

表2. 「ミニチンゲン」の生産における環境整備
作業工程 環境整備の工夫
作目の選定 ・調製作業の習得に時間がかからないものとしてチンゲンサイを選定.
播種~育苗 ・外部委託(JAから苗購入)
栽培管理等 ・作業内容の細分化と各作業の原価計算.
全 体 ・独自のキャリアマップを作成し個々の作業遂行程度を評価・管理.
定 植 ・定植用パネルを開発し,作業を標準化.
収 穫 ・テーブルごとに「〇」「×」を付し,収穫の判断を可能に.
トレー洗浄 ・洗浄機(1号機)の開発・導入し,「きれいにする」を標準化.
・作業効率を上げるため2号機を開発し,洗浄したトレーの枚数を自動で勘定.
その他 ・夏場の暑さ対策として,収穫~梱包のためのエアコン完備の作業場を建設.
・夏場の暑さ対策として,ハウス内にミストを設置.

資料:K農園への聞き取り調査を基に作成.

「ユニバーサル農業」を開始して13年が経過し,「ミニチンゲン」の栽培は,年17作,1日2万本を出荷できる体制が確立し,全量をJA出荷している.収益性の向上と同時に,障害者のスキルアップが賃金の額にも反映する成果が見られている.今後の意向として,「ユニバーサル農業」の位置づけをより確実なものとするために,さらに実績を積み,雇用対象の範囲を拡大し,重度障害者や障害者手帳を所有していないニートや引きこもり者の雇用の場としての機能も確立させたいと考えている.

(2) A型事業所における就労支援と環境整備

3は,A型事業所のポット花苗生産における環境整備の内容である.A型事業所は,農業経営体Dでの取組みを引き継ぐ形で開設されたため,活動環境は従来のポット花苗生産現場とほぼ変わりはないが,運営基準に従いトイレ,シャワー室,休憩室を新たに設置した.費用は県からの助成金で賄った.

表3. ポット花苗の生産における環境整備
作業工程 環境整備の工夫
全 体 ・原則,作業は全員で行う.
・個々の作業遂行程度の評価・管理は,以下の作業工程に対する「◎」「〇」「△」「×」としている.
・障害者のために開発・導入した機械や器具はない.
用土づくり
播種 ・機械操作を職員が確認
ポット挿し ・職員による確認
土入れ
苗の水通し
苗の植え込み ・サンプルを作って見せる
花の切込み
千鳥抜き ・図を描いて掲示する
六つ抜き ・図を描いて掲示する
花よせ
花集め・花組み
かん水 ・根気強く繰り返し指示
花植え
運び込み
運搬(自動車) ・職員が同行する
ハウス内除草
ポット片付け
トレーの洗浄 ・殺菌剤の使用に注意する
ハウス片付け
ビニール張り ・体力や性格に配慮する

資料:A型事業所への聞き取り調査を基に作成.

作業は20工程に細分化され,一連の作業をほぼ全員が共同で行う.事例1で見られたような外部委託はない.播種は8~9月と1~2月に行い,夏季に35種類,冬季に15種類を出荷している.障害者のために開発・導入した機械や器具はなく,作業指導には図やサンプル等を活用し,個々の作業遂行評価は「個別支援計画表」を用いて「◎・〇・△・×」で行っている.簡単な作業であれば1週間程度で習得するが,毎日同じ助言が必要なケースもあり,根気強く対応している.特に,かん水では全ての苗に適量を施すという点で難度が高く,職員が常に状況を把握し小まめに助言することが日課となっている.

その他に,医療機関や保護者等と綿密に連絡を取り合い,症状や生活状況を把握し柔軟な対応に努めている.これにより,作業時間が不規則・不安定で長時間労働が困難な精神障害者でも多数,就労できており,服薬量や通院頻度の減少といった波及効果も確認されている.また,年中行事の社員旅行では,他県のA型事業所等の視察も行い,利用者・職員間のみならず他組織との交流も積極的に行っている.

生産活動には,ポット花苗生産以外に,所有農地での野菜栽培,草刈り等の作業受託があり,売り上げの一部に寄与している.図1は平成29年度のA型事業所の収益構造である.生産活動の売上は経常収益全体の約4割を占め,利用者賃金総額とその他費用の一部に充てている.しかし経常費用全額は,訓練等給付費収入,寄付金・助成金をもっても賄いきれず,全体では約7%の赤字が出ている.

図1.

A型事業所の収益構造

資料:提供資料を基に作成.

今後の意向として,農業分野での障害者就労の普及と,利用者の高齢化や孤立等への懸念から,生活面への支援を拡充させグループホームの設立を予定している.

(3) B型事業所における就労支援と環境整備

4は,B型事業所が農業生産法人Hから受託している青ネギ生産の全作業工程と環境整備の内容である.障害者専用に開発した機械や器具の導入はないが,運営基準に従いトイレや休憩室を完備している.就労日時は,事務職員が毎月作成した計画表(勤務表)を基に設定するが,体調や症状に合わせて柔軟に調整されている.作業工程によって活動場所が異なるため,利用者個々の状況は職員がSNSを通じて常に情報共有し,問題が生じた場合には迅速に対応できる体制をとっている.そのため,各工程の作業は敢えて細分化せず,臨機応変に役割分担できるようにしている.特に配慮していることは利用者間の相性(対人関係)である.

表4. 青ネギ生産における環境整備
作業工程 環境整備の工夫
全 体 ・作業は3つの工程に分け,独自に作成した評価シートの結果を基に担当が決定.
・各工程の作業は細分化していない.
・配置には利用者間の人間関係に配慮.
・障害者のために開発・導入した機械や器具はない.
育苗管理 ・難度が高いため,職員が主体的に行い,障害者は補助的な役割とする.
・休憩や換気を小まめに取る.
栽培作業(定植~収穫) ・担当は体力がある人,自立的な作業が可能な人に限定.
・農業法人職員1名が指導に当たる.
・初心者には時間配分に配慮.
調製・出荷作業 ・作業手順を写真や図を通して指示.
・暑さ対策として大型扇風機導入と換気.
・作業効率化のため,選別機を導入.
・出来ない作業は職員が担当.

資料:B型事業所への聞き取り調査を基に作成.

作業工程のうち,まず育苗管理では,作業難度の高さから障害者は補助的な役割とし,職員によるサポートを充実させている.主に体力のない利用者が従事するため,ハウス内の換気や休憩時間にも配慮がなされている.栽培作業は,屋外のため,体力がある人,自立的な作業が可能な人に限定している.初心者には時間配分に配慮し,技術指導は農業法人職員が担当している.調製・出荷では,多くの障害者が共同作業を行うため,作業手順や留意事項は分かり易く図や写真にして複数個所に掲示している.また,職員による声掛けやコミュニケーションを積極的に行い,障害者が孤立しないよう努めている.その他に,年中行事として食育講習会や「利用者の会」を開催し,生活指導や交流の場を設けている.

5は,B型事業所が設定している工賃とその作業区分である.「①施設内就労」と「②施設外就労」は職員配置が義務づけられており,「③施設外支援」は職員配置は不要である.③は自立的な作業を求めることから最も高い時給設定となっている.各区分の適性は,独自に作成された「評価シート」の結果を基に判断される.「評価シート」は,「基本的生活」6項目,「就労関連」5項目,「訓練関連」5項目の全16項目で構成され,全てが「〇:できた」と判断された場合にのみ「施設外支援」が適用可能となる.

表5. B型事業所における障害者工賃の設定
区 分 作業内容 時 給
①施設内就労 ・青ネギ育苗管理
・クラッカー組立
・所有農地での野菜栽培
300円
②施設外就労 ・青ネギ調製,出荷作業
・直売所での接客業務
380円
③施設外支援1) ・青ネギ栽培作業 550円

資料:B型事業所への聞き取り調査を基に作成.

1)職員配置が不要.原則として年180日が上限.

生産活動は,青ネギ生産以外に,所有農地での野菜栽培,直売所での接客の手伝い,クラッカー組立作業の受託があり,売り上げの一部に寄与している.図2は,平成29年度のB型事業所の収益構造である.利用者数の多さから,訓練等給付費収入が収入全体の8割弱を占めているが,利用者工賃総額は生産活動の売り上げで賄えており,全体では約3%の黒字となっている.

図2.

B型事業所の収益構造

資料:提供資料を基に作成.

今後の意向として,利用者全員を「施設外就労」もしくは「施設外支援」に適用可能な状態にすることと,生活面の支援拡充として,相談支援事業やグループホームの運営を予定している.

5. 考察

(1) 調査結果のまとめ

以上の調査結果から,障害者の就労支援の実態として,障害者の個性への配慮と,収益性向上に向けた努力が両輪となり,事業形態に応じた展開があることが明らかになった.3事例とも支援主体は農家であったが,事例2では,受入れ人数の増加と農業経営体職員の理解不足,事例3では,受入れ対象者の拡大を理由に,それぞれ福祉事業にシフトした.事例1では,障害者受入れ当初から現在に至るまで雇用という形態を貫き,毎年増員させるとともに着実に営業利益を上げている.

(2) 就労形態別による作業環境整備の違い

6は,各事例の作業環境整備の状況を,先行研究を参考に「作業工程の細分化と役割分担」,「ユニバーサルデザイン化」,「ナチュラルサポートの形成」,「多様な業務の確保」の4つの側面で整理したものである.収益性の向上と障害者の個性を意識して積極的に行っていたものには「◎」,障害者の個性への配慮に重点を置いたものには「〇」,特に積極的に取り組んでいないものには「△」を付した.

表6. 各事例の作業環境整備状況
環境整備要件 一般就労K農園 福祉的就労
A型
事業所
B型
事業所
作業工程の細分化と役割分担
ユニバーサルデザイン化
ナチュラルサポートの形成
多様な業務の確保 不明

1)「◎」は収益性の向上と障害者の個性(障害特性)を意識して積極的に行っているもの,「〇」は障害者の個性(障害特性)のみに配慮して行っているもの,「△」は特に積極的に行っていないものとした.

作業工程の細分化は,事例1のK農園では「障害者がどうすれば100点満点の作業ができるか」を目的に行われており,原価計算や外部委託によって障害者のキャリアアップが図られると同時に,労働生産性の向上が確認された.他方,福祉的就労の事例では,作業工程の細分化と役割分担は,一般就労と比較して消極的であり,事例2では20工程で整理されていたものの,共同作業を基本とし,原価計算や外部委託等の展開は見られなかった.事例3のB型事業所では敢えて細分化せず,臨機応変に役割分担できることを重視していた.

ユニバーサルデザイン化は,事例1では障害者を戦力として期待し,作業の標準化に留まらず,使用者を特定し,見込める収益を明確にすることで確実な作業効率の向上が実現していた.福祉的就労の2事例では,図や写真の掲示により作業の標準化を図る工夫も見られたが,支援の充実化に力点が置かれ,障害者の個性に応じた機械や器具の導入はなかった.

ナチュラルサポートの形成は,福祉事業という性質上,福祉的就労の2事例において職員による丁寧な支援と状況把握が確認された.特にB型事業所では,就労態度が生活面に大きく影響を受けることを考慮し,評価シートを用いて生活態度の改善を図り,評価結果を作業報酬額に反映することで,障害者の生活改善に向けた努力が生産活動の売上向上に結び付く仕組みを作っていた.事例1のK農園においても有資格者による丁寧な個別対応が行われていたが,福祉と雇用を分離させている点で他の2事例とは異なっていた.具体的に,作業現場では人的なサポートの充実というより,障害者の自立的な作業の実現に向けた環境整備に努めていたと言える.

多様な業務の確保は,福祉的就労の2事例において,農業関連事業以外の作業受託等が生産活動の売上げに寄与していることが確認された.

以上の優良3事例の環境整備の実態から,一般就労では,作業工程の細分化と役割分担,福祉と雇用の分離,作業遂行に対する適正な評価が,収益性の高い就労支援事業を実現させる上で必要な環境整備要件になることが確認された.他方,福祉的就労では,複数の利用者を同時に支援する体制が必要であり,福祉と労働を一体的に捉え,ナチュラルサポートの形成や多様な収益事業の確保によって柔軟な対応や支援の充実化を図り,症状の改善や抑制と併せて就労継続を促進することが必要になると言える.特に,作業時間や作業量に制約の少ないB型事業において,豊富な作業内容と人的援助が必要である.

6. おわりに

今後の展開可能性として,一般就労において,作業工程の細分化と役割分担の方法論が確立されれば,「誰でもできる農業」により,これまで雇用対象外とされていた重度障害者や,障害者手帳を所有していないニート・引きこもり者等の雇用機会の創出にも繋がることが期待される.しかしながら,こうした丁寧かつ確実な個別的対応は,現状では1年に1人ずつが限界である.今後は,複数の農業経営体において「ユニバーサル農業」が実践されるべく,雇用マニュアル等の普及が求められる.

また,福祉的就労2事例は,政策として重視さている「一般就労への移行促進」に「退行」する形で事業展開したが,福祉事業への転換は,多数の障害者に確実な就労機会をもたらした.近年の障害者数の増加や高年齢化,生活支援への需要顕在化に鑑みれば,農業分野による福祉事業参入は,就労機会の確保を一義的な課題とする障害者問題の解決に寄与し,農業が多様な障害者の受け皿になることを示している.今後は,福祉的就労の中で一般就労が目指せる障害者には適切に移行が図られるよう,個々の作業遂行に対する適正評価とキャリアアップの仕組みを構築させることが必要であり,そのためにも一般就労と福祉的就労の棲み分けが必要である.

1  農業分野で障害者雇用義務のある企業数は216社(全産業の0.24%),雇用されている障害者数は581人に留まる.

2  その他に,職業訓練を主たる目的とし,利用期間(標準期間2年)が設定された「就労移行支援事業」がある.

3  平成27年度の移行率は,A型事業で4.3%,B型事業で1.3%.

4  A型事業では,運営基準(指定基準第192条第2項)に違反した場合は「経営改善計画書」の提出が必要となる.H29年の調査(厚生労働省)によれば,調査対象3,036事業所のうち,2,157(71.0%)が計画書提出が必要と判断されている.

5  「障害者・高齢者などを含むすべての多様な人々が従事できる農業」(濱田,2009).

6  正式には「精神障害者社会適応訓練事業」.1995年に精神保健福祉法の下で制度化されたが,2013年に障害者自立支援法改正に伴い廃止された.現在では約4割の地方自治体が自主的に事業を継続している.

引用文献
 
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