農林業問題研究
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個別報告論文
地域づくりの担い手育成におけるロールプレイングゲームの有効性
―短縮版「SIMまつえ2030」を事例として―
髙田 晋史南谷 菜々子古安 理英子赤沢 克洋
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2019 年 55 巻 3 号 p. 159-166

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Abstract

In this study, we carried out a shortened version of “SIM MATSUE 2030” (SIM), which is a role-playing game used with students. We quantitatively analyzed the effect of human resource development for community regeneration and educational effect based on the responses to questionnaires and paper of the SIM administered to individuals participating in the game. Furthermore, we also consider about point of attention and improvements in order to improve these affects. The results indicate that SIM improves not only thinking power, understanding of others and initiative of the educational effects, but also improves a broader perspective, adjusting power, communication skills, and motivation of the effect of human resource development for community regeneration. Besides, it is important that participants get into character and give participants think of diverse people in society and enables smooth progress of SIM for the game so that a greater impact of the effects could be achieved.

1. はじめに

近年,地域づくりや自治体研修においてゲーム学習が盛んに用いられている.ゲーム学習とは,ゲーム要素を取り入れた学習方法全般のことを指す.中でも,ロールプレイングゲーム(以下,RPG)は架空世界で参加者が与えられた役割を演じながら,仲間と協力して与えられた目的の達成を目指すゲームであり,地域づくりの担い手育成の現場で多く用いられている.本稿で取り上げる自治体経営のシミュレーションゲーム「SIM 2030」は,2014年に熊本県で開発されたのを皮切りに,ご当地版が次々と作られ,全国各地に普及している.島根県でも2016年に「SIMまつえ2030」が開発されて以降,2018年には雲南市や安来市でも開発され,高校教育の現場や地域づくりの研修で用いられている.

RPGは古くから教育の現場で用いられてきた経緯がある.新田・村田(2011)小松他(1998)の研究では,RPGが自己理解や他者理解の促進,コミュニケーション力,傾聴力,共感的理解の向上に有効であると報告されている他,座学の補助的役割として有効だとされている.その一方で,参加者によって効果にバラツキがあることも報告されている.大学生のソーシャルスキル形成におけるRPGの効果を考察した面高・柴山(2008)の研究では,RPGが大学生の対人行動やソーシャルスキルの形成,自己効力感の向上,自己理解や他者理解の促進に有効であることや,リラックスした雰囲気で実施することの重要性が示唆されている.この他,杉野(2017)はアメリカなどの大学における実践報告から,RPGは具体的な理解と共感の促進,知識向上と定着,モチベーションや主体性の向上に効果的であり,ゲームの楽しさが参加者の積極的な授業参加やモチベーションの向上につながる可能性を示唆している1.一方で,参加者がやる気を欠いている場合は十分な学習効果が得られないこと,よく発言する学生が場を支配しがちになることを課題とした.このように,RPGは参加者に多様な効果を与えると考えられているが,実証的な検証はあまりされてこなかった.

以上から,本稿では「SIMまつえ2030」を,90分に短縮した短縮版「SIMまつえ2030」(以下,SIM)を事例とし,第一に,RPGに教育的効果と地域づくりの担い手育成効果(以下,担い手育成効果)があるのかということを参加者へのアンケートとレポートから明らかにする.第二に,教育効果並びに担い手育成効果と正の相関を持つ変数を探し出すことで,効果をさらに高めるための留意点や改善点を考察する.アンケートは,2017年12月に島根大学の学生に対してSIMを行った後に実施し,「SIMを体験して効果を実感したか」を尋ねた.なお,アンケートの分析にあたっては,IBM SPSS Statistics 25を用いた.レポートについては,SIMの良い点と改善点を自由記述にて尋ねた.レポートの分析にあたっては,総合評価,SIMによる効果の実感,SIMの留意点や改良点に関するキーワードを筆者らが抽出し,各キーワードを記述したレポートのカウントを行なった.さらに,本稿では学生を参加者として効果を検証した.その理由として,総務省(2016)では,地域づくりの担い手として多様な人材を想定しており,中でも学生が地域づくりにおいて果たす役割に注目していることが挙げられる.また,学生の多くが実際に行動を起こせていないこと,地域に入る前に基礎的な力を付ける必要があることも指摘されている.このことから,母集団として地域づくりに興味を持つ学生を想定し,そのサンプルとして農村開発系の講義を受講した学生を対象とした.

2. 短縮版「SIMまつえ2030」の概要

「SIMまつえ2030」は5人1組で行い,参加者は松江市を想定した架空都市M市の部長になり,2016年から2030年において,限られた財政状況の中で,事業の継続と廃止を判断しながら自治体運営をするゲームである.正規版は3時間ほどの時間を必要とするため,筆者らは90分の短縮版(SIM)を開発した.SIMでは,期間を2016年から2025年までとし,5年ごとに2種類のシナリオを設定した.5名の部長役はそれぞれ3つの事業を管理し,事業1つあたりの予算は1千万円である.また,5人がどの役柄になるかはクジで決められる.5人の参加者は,社会状況に応じて事業の継続と廃止を決める必要があり,事業を廃止するためには議会役の参加者に説明し納得させなければならない.議会役が納得しないと地方債が発行され,地方債が2回発行(1千万円/回)されるとゲームオーバーとなり,地方債が少ないほど財政運営が良い都市とされる.シナリオ終了ごとに,市長役のゲームマスターがカードを引き,自然災害などのイベントが起こる.

1はSIM実施の流れを示している.ゲーム前に参加者の役割を決め,ゲームのルールや社会背景の説明などを行う.また,シナリオ1と2の前には台本が配られ,参加者は与えられた役割の部分の台詞を朗読し,時代背景やミッションを共有する.こうした流れで,島根大学の教養科目(国際農村開発概論)の受講生124名に対しSIMを行った.スタッフとして授業の担当教員である筆者が市長役を演じ,この他,副市長役1名,議会役13名,その他サポート役5名で実施した.なお,グループ分けは,クジ引きにより参加者にIDを割り当て,エクセルのランダム関数を用いた無作為抽選を行なった.議会役は1人あたり2グループを担当し,1グループが議会役と議論している間,もう1つのグループは休憩時間となる.さらに,議会役のパフォーマンスを一定にするため,事前に議会役で打ち合わせを3回行い,判断基準や論点などを共有した.

表1. SIM実施の流れ
●実施までの流れ
①グループ分け→②アイスブレイク→③注意事項の説明→④市長役が各グループの部長を任命→⑤各部長に事業カードが配布.
●SIMの流れ
①シナリオ1の読み合わせ(5分)→②議論(18分)
※シナリオ1(2016~2020年)の内容:高齢化の進展により1千万円を社会保障費にまわす必要がある.従って,15事業の中から廃止する事業を1つ決める.
③議会の開会(6分):議会役と議論し,事業廃止もしくは地方債発行が決定.
④イベントの発生(2分):市長役が4つのイベントカードからランダムに選ぶ.
⑤シナリオ2の読み合わせ(5分)→⑥議論(18分)
※シナリオ2(2020~2025年)の内容:人口減少で予算が1千万円減少した.さらに高齢化が進展し1千万円を社会保障費にまわす必要がある.従って,廃止する事業を2つ決める.
⑦議会の開会(8分)→⑧イベントの発生(2分).
⑨評価(6分):地方債の発行数を基準に健全な財政運営ができたかを判断する.

3. データ

(1) データ

アンケートは大きく分けると,1.個人属性(4項目),2.性格(20項目)2,3.松江市への愛着(3項目),4.地域活動(8項目),5.SIMの評価と感想(13項目),6.教育効果(27項目),7.担い手育成効果(26項目)に関する設問から構成されており,2~7は5段階評価で尋ねた.特に,5はSIMを体験した感想,6と7はSIMを体験して効果を実感したかについて,その程度を5段階で尋ねた3

教育効果に関しては,文部科学省(20112013),国立教育政策研究所(2014)において,青少年の育成にあたり,自己理解,他者理解,自尊感情,協調性,探求力,主体性,柔軟性,論理的思考力,批判的思考力の育成が重要であると指摘されていることから,これを参考に設問を作成した.担い手育成効果に関しては,総務省(2016)において,地域づくりの現場で必要な能力として,地域に貢献したいという情熱,意見を引き出す力,大局的視野,各主体をつなぐ調整力,意見を言えない人をケアする公平性,地域のニーズなどを捉える把握力,活動や事業を支える企画力,メンバーのスキルや特徴を把握する人材把握力,状況に応じて事業を見直す進行管理力,現在の事業を自分や他人の評価をもとに見直す振り返り力,相手の話も聞きつつ意見を伝えるコミュニケーション力,自分たちの活動のメリットや考え方などを相手に伝える提案力,様々な媒体から情報を集める情報収集力が重要であるとされており,これらを参考に設問を作成した.なお,教育効果や担い手育成効果に関する設問の作成にあたっては,藤本・大坊(2007)西道(2011)岡野・石川(2014)登張他(2015)などを参考にした.

アンケートは124名に配布し,120部を回収した.アンケートを実施する際,無記名で個人が特定されないこと,成績の評価に関係がない旨を説明した.本アンケートはSIMの実施後に行ったため,SIMの前後での能力変化を尋ねる質問内容になっており,5段階評価のうち2以上であると効果があったとみなし分析する.アンケートに加えて,自由記述のレポートの提出を求め,114部回収した.レポートについても,内容は成績に影響しないとしたが,大学の授業におけるレポートという性質から,回答者が単位を気にして批判的な回答を避け,建設的な意見が多くなる可能性があることは留意すべきである.

(2) 回答者の属性とSIMの総合評価

2はSIMの総合評価として各項目の平均値,標準偏差を示している.まず,イベントに対する評価は高く,イベントがゲームを盛り上げ,参加者を楽しませるきっかけになったといえる.次に評価が高かったのは司会進行であり,進行や指示が的確であることも参加者がゲームをする上では重要である.また,ゲームを通して積極的に発言できた及び議会役と活発に議論できたと感じた参加者も比較的多かった.このことから,各参加者は一定程度ゲームに参加できたといえる.この他,楽しかった及び能力向上につながったと感じた参加者も比較的多かった.その一方で,再度体験したい及び他人に勧めたいかについてはそれほど高くなく,1度の体験で参加者が満足する傾向がみられた.また,与えられた役割になりきれたかや,事業に関わる多様な人をイメージしながら参加できたかについての評価もそれほど高くなく,SIMが設定した架空世界に参加者が入り込むという点では課題が残った.この他,リラックスできたかについては,初対面のメンバーで議論をするという環境もあり,参加者は少し緊張したのではないかと考えられる.行政職に興味を持ったかについても,それほど高い値を示さなかった.次にレポートの記述をみると,全体の66%で「楽しかった」「来年もしてほしい」「面識のない人と議論できる貴重な場であった」などの記述が見られ,アンケート結果よりも高い満足度がうかがえた.また,アンケート結果ではそれほど高い評価ではなかった行政職への興味については,「行政へのイメージが変わった」「行政職に関心を持った」「行政職がイメージできた」など行政職への理解・関心を示す記述が全体の53%でみられ,行政職への理解・関心の促進には一定程度有効であると考えられる.

表2. SIMの総合評価
質問項目 平均値 標準偏差
イベントはSIMを盛り上げた 3.650 1.074
司会進行役の指示がスムーズだった 3.458 1.036
自分の意見をしっかり述べられた 3.350 1.200
SIMは楽しかった 3.333 1.176
議会役との討論は活発に行えた 3.142 1.132
グループの雰囲気がよかった 3.067 1.113
SIMは能力向上に役立つと思う 3.008 1.287
社会の多様な人をイメージした 2.900 1.212
SIMにリラックスして参加できた 2.700 1.105
周りの人もSIMを体験してほしい 2.658 1.233
SIMをまた体験してみたい 2.591 1.260
与えられた役割になりきった 2.500 1.209
SIMを通して行政に興味を持った 2.475 1.195

4. 分析

(1) 指標

3は教育効果における27項目に対して,因子分析(最尤法,プロマックス回転,因子数の決定:初期の固有値1以上)を行った結果を示している.分析の際,3項目はフロア効果と共通性の低さから削除された.その結果,3つの因子が抽出された.なお,回転前の3因子で24項目の全分散を説明する割合は67.442%であり,KMOも0.936と高く,因子分析を行う上での適切性が示されている.具体的に第Ⅰ因子は思考力や柔軟性を問う項目が多いことから「思考力・柔軟性」因子とした.第Ⅱ因子は自己理解や自尊感情を高め,積極的に行動することに関する重要性を問う項目が主であり「主体性」因子とした.第Ⅲ因子は他者理解に関する項目が主であり「他者理解」因子とした.

表3. 教育効果に関する因子分析の結果
質問項目
想定外のことでも臨機応変に対応することが大切だと感じた .837 −.081 .053
課題に直面した時,様々な解決策を考えることが大切だと気づいた .834 −.087 .139
当たり前に感じていたことに疑問を持ってみることが大切だと気づいた .815 −.089 .049
議論の目的や着地点を意識しながら話すことが大切だと気づいた .798 .037 −.077
斬新な意見も受け入れることが大切だと感じた .793 −.048 −.033
自分の意見を簡潔に分かりやすく伝えることが大切だと気づいた .767 .062 −.030
自分の意見を批判的に見てみることも必要だと感じた .763 −.088 .080
自分の考えに固執せず異なる考えを尊重することが大切だと感じた .681 .059 .073
話し合いの中で議論の論点を幅広く理解することが大切だと気づいた .666 .043 .055
課題に対応する時,過去の学びや経験を活かすことが大切だと気づいた .612 .079 .155
様々な物事の問題点や課題を発見することが大切だと感じた .547 .021 .298
他の人がよい意見を出すと素直に認めることが大切だと気づいた .492 .026 .262
自分はいくつかの強みがあることに改めて気づいた −.279 .842 .150
自分の価値観を持つことが大切だと感じた −.163 .703 .219
今回のような話し合いで,自分が役に立てることがわかった .004 .700 −.034
自信を持って自分の意見をいうことが大切だと感じた −.077 .646 .242
自ら進んで目の前の課題を解決することが大切だと感じた .465 .613 −.227
自分から積極的に発言していくことの重要性に気づいた .267 .598 −.022
自分の考えや意見に根拠があれば,うまく考えを伝えることができると気づいた .373 .522 −.176
グループで自分が果たす役割を自覚することが大切だと気づいた .381 .499 −.022
他の人の気持ちの意図を読み取ることが大切だと感じた −.009 .053 .907
他の人の考えを理解することが大切だと感じた .076 .147 .787
他の人の立場に立って考えることが大切だと感じた .076 −.013 .786
他の人の意見に理解を示しながら発言することの大切さに気づいた .316 .041 .461
因子間相関
1.000
.677 1.000
.665 .609 1.000

4は担い手育成効果における26項目に対して因子分析(最尤法,プロマックス回転,因子数の決定:初期の固有値1以上)を行った結果を示している.分析の際,単純構造を取らない2項目が削除された.その結果,4つの因子が抽出された.なお,回転前の4因子で24項目の全分散を説明する割合は70.839%であり,KMOも0.942と高く,因子分析を行う上での適切性が示されている.具体的に第Ⅰ因子はコミュニケーションに関する項目が多いことから「コミュニケーション力」因子とした.第Ⅱ因子は幅広い視点から物事を捉えることについての項目が多いことから「大局的視野」因子とした.第Ⅲ因子は相手の状況を尊重しながら自分たちの事業をマネジメントする重要性を問う項目が多いことから「調整力」因子とした.第Ⅳ因子は自らが積極的に行動を起こそうという意思を問う項目が主であり「情熱」因子とした.

表4. 担い手育成効果に関する因子分析の結果
質問項目
思いを相手に伝えるためには言葉以外にも工夫が必要だと感じた .773 .165 −.258 .053
相手の特徴や能力を把握し,その特徴を活かすことが重要だと感じた .758 −.047 −.019 .035
意見が異なっても相手に理解されるよう説明することが必要だと感じた .738 .254 .041 −.189
意見が異なっても相手の考えを尊重し妥協点を探ることが必要だと感じた .630 .056 .174 .033
意見がぶつかっても気持ちを抑えて相手の主張を聞くことも重要だと感じた .557 .090 .100 .097
発言する時は分かりやすい言葉で伝えることが大切だと感じた .519 −.202 .115 .425
相手の発言を遮ってしまうことはよくないと気づいた .419 −.166 .311 .126
相手の意見を引き出すことの大切さに気づいた .392 .174 .098 .218
全体を見渡して物事を判断していくことが大切だと感じた .121 .900 −.092 .008
自らの視野をもっと広げていきたいと感じた .008 .825 −.023 .120
幅広い知識を得ることが必要だと感じた −.034 .750 −.051 .215
多様な意見を踏まえ状況を判断した上で結論を出すことが重要だと感じた .029 .590 .329 −.047
物事を行う時,関連する人の考えやニーズを把握することが重要だと感じた −.030 −.037 .827 .014
人の意見を参考にし,物事を見直してみることも大切だと感じた −.263 .342 .816 .058
事業を廃止する時,不利益を被る人のことを考えることも必要だと感じた −.048 −.140 .757 .234
相手の考えや意見をじっくり聞くことは大切だと感じた .113 .281 .626 −.115
状況に応じて,考えを修正したり見直したりすることも大切だと感じた .170 .238 .570 −.088
反論の時は,相手の気持ちを尊重して丁寧に説明することが大切だと感じた .472 −.156 .543 .021
事業の目的やビジョンを具体的にイメージすることは重要だと感じた .263 .235 .474 −.078
自分たちの事業を他の人がどう評価しているかを知ることも重要だと感じた .084 −.021 .441 .327
議論の時,自分の考えのメリットや新しさをいかに伝えるかが大切だと感じた .172 .119 .341 .258
新聞,ネット,SNS等を活用して積極的に情報を得ることが重要だと感じた −.112 .213 .032 .766
SIMを通して人に伝える力を鍛えたいと思った .114 .111 .090 .465
SIMを通じて地域や社会の課題解決に積極的に取り組みたいと思った .241 .092 −.036 .462
因子間相関
1.000
.630 1.000
.764 .691 1.000
.640 .494 .649 1.000

(2) 効果の検証

5は,教育効果並びに担い手育成効果における各因子の下位尺度得点の平均値と標準偏差,各因子についてのCronbachのα係数(信頼性係数)を示している.まず,各因子の信頼性係数をみると,それぞれの内的整合性が確認された.次に,教育効果をみると,参加者は特に「思考力・柔軟性」についての効果を最も強く実感しており,「他者理解」,「主体性」がこれに次いでいた.担い手育成効果をみると,参加者は特に「大局的視野」についての効果を最も強く実感しており,「調整力」,「コミュニケーション力」,「情熱」がこれに次いでいた.レポートでも「大局的視野」について効果を実感したという記述は全体の62%で,「多面的な視点を持つことが大切だと気づいた」「多様な意見があることを実感した」などの記述がみられた.また,次に多かったのは,「他人の意見を聞くことの大切さに気づいた」「自分の意見を伝えることの難しさを知った」など「コミュニケーション力」の重要性に関する記述であり,全体の45%で記述が見られた.それに次いで,「他者理解」に関する記述が全体の20%,「主体性」に関する記述が15%であり,「協調性」に関する記述が15%,「自己理解・自己肯定」に関する記述が12%,「柔軟性」に関する記述が7%であった.

表5. 各因子の下位尺度得点の平均値と標準偏差
因子 平均値 標準偏差 信頼性係数
思考力・柔軟性 3.741 0.814 0.946
他者理解 3.658 0.885 0.922
主体性 3.139 0.833 0.902
大局的視野 3.881 0.873 0.913
調整力 3.770 0.824 0.940
コミュ力 3.529 0.832 0.907
情熱 3.194 1.049 0.782

以上のことから,これまで指摘されてきた自己理解や他者理解,コミュニケーション力,モチベーション(情熱)の向上といったRPGの効果を参加者が実感しており,同時に,大局的視野や調整力をはじめとした,地域づくりの担い手に必要とされている複数のスキルに関する効果を参加者が実感していることが確認された.

(3) 留意点・改良点

6は,SIMの効果をさらに高めるような変数はないかを探るため,教育効果並びに担い手育成効果と性別(性別),性格(外向性,調和性,誠実性,開放性,情緒不安定性),松江市への愛着(地域愛着),地域づくり活動への興味(地域づくり興味)や経験の有無(地域づくり経験),地域づくりのセミナーを受講したことがある(地域づくり演習),SIMは楽しかった(楽しい),司会進行役の指示が分かりやすかった(司会進行),積極的に意見を述べることができた(発言程度),議会役との討論は活発に行えた(議会活発),与えられた役割になりきった(役割),イベントはSIMを盛り上げた(イベント),社会の多様な人をイメージして行った(多様な人)といった各種変数との偏相関分析を行った.なお,地域愛着はそれに関わる2項目,地域づくり興味はそれに関わる4項目,地域づくり経験はそれに関わる3項目の回答を単純平均し分析した.

表6. 教育効果並びに担い手育成効果と各種変数との偏相関分析の結果
思考・柔軟 主体性 他者理解 コミュ力 大局的視野 調整力 情熱
性別 .042 −.130 −.067 −.050 −.036 .036 −.225**
外向性 −.046 −.003 −.092 .000 .011 −.108 −.090
調和性 .097 .198** .137 .163 .008 .223** .181*
誠実性 −.123 .103 −.013 −.141 −.087 −.233** −.101
開放性 .137 .214** .023 .168* .151 .085 .032
情緒不安定性 .063 .169* −.061 −.037 .008 −.099 .037
地域愛着 .054 .057 .037 −.001 .026 −.062 .077
地域づくり興味 .288*** .127 .209** .261*** .224** .381*** .275***
地域づくり経験 −.131 .081 −.145 −.050 −.101 −.129 −.071
地域づくり演習 .092 .101 .119 −.005 .159 −.026 .107
楽しい .104 .077 .095 .128 .033 .075 .285***
司会進行 .295*** .053 .314*** .088 .193* .305*** .193*
発言程度 .093 .135 .175* .031 .005 .101 −.206**
議会活発 −.129 −.014 .033 −.063 −.019 −.218** −.213**
役割 .192 .183* .056 .208** .182* .097 .140
イベント .014 .034 −.026 −.110 −.083 .052 −.021
多様な人 .252** .315*** .211** .297*** .322*** .491*** .547***

1)***p<0.01,**p<0.05,*p<0.1

まず,個人属性をみると,性別は「情熱」と負の相関であり,男性の方が「情熱」向上を実感しやすい傾向にある4.次に参加者の性格から見ると,調和性が強いことと「主体性」,「調整力」,「情熱」とに正の相関があった.また,開放性が強いことと「主体性」,「コミュニケーション力」とに正の相関があった.さらに,情緒不安定性が強いことは「主体性」と正の相関であった.一方,誠実性が強いことと「調整力」とに負の相関があり,外向性の程度は効果促進に影響しないことがわかった.以上から,参加者がSIMにより効果をどう実感するかは参加者の特性によって異なることがわかった.また,地域づくりに興味を持っていることは,「主体性」以外の効果と正の相関がある一方で,各効果と地域づくりの経験やセミナー受講経験の間に相関はみられなかった.次に,SIMの効果をさらに高めるための改良点についてみると,まず,社会の多様な人をイメージしながら参加したかどうかと全ての効果とに正の相関があった.次に,司会進行がスムーズだと感じたかどうかと「主体性」,「コミュニケーション力」以外の効果とに正の相関があった.さらに,与えられた役割になりきれたかどうかと「主体性」,「コミュニケーション力」,「大局的視野」とに正の相関があった.この他,楽しいと感じたかどうかと「情熱」には正の相関があった.一方,積極的に意見を述べることと「他者理解」には正の相関があるが,「情熱」とに負の相関があり,議会役との討論を活発に行うことと「調整力」,「情熱」とに負の相関があった.また,イベントは効果促進に影響を及ぼさないことがわかった.レポートの内容をみると,議会役に関する記述は全体の42%であり,議会役の重要性がうかがえる.具体的には,「議会役と議論して視野の狭さを知った」など評価する意見がある一方,「議会役との意見がかみ合わなかった」などの意見もあった.改良点としては,「事業の詳しい情報が欲しい」といった記述は全体の40%であり,「議論の時間が短い」など時間配分についての指摘も全体の28%であった.この他,「イベントがSIMを盛り上げた」などイベントを評価する記述が全体の22%であった.

以上のことから,留意点は次のようにまとめることができる.第一に,SIMの効果は参加者の特性により異なり,既往研究で指摘されていたことを裏付ける結果となった.第二に,地域づくりに興味を持っている参加者がより効果を実感する傾向にあり,地域づくりに興味を持っているが行動を起こせていない学生に対しSIMが有効であることが示唆された.そして,改良点は次のようにまとめることができる.第一に,SIMの実施にあたって,参加者に社会の多様な人をイメージさせること,与えられた役割になりきるような仕掛けを行うことは効果の促進のために重要だといえる.第二に,スムーズな司会進行をするスタッフの存在も重要であり,これについてはスムーズな進行がSIMの世界観を演出し,参加者が楽しんでゲームに入れる要因になると考えられる.第三に,イベントは効果を促進する訳ではないが,参加者をゲームの世界へ導くには有効である.第四に,事前情報の程度や時間配分は検討すべき事項であり,事前情報の充実度や議論時間の長短が効果にどう影響するのかも注目される.

5. おわりに

本稿ではSIMを事例に,RPGの有効性について検証した.この結果,参加者は教育効果並びに担い手育成効果を一定程度実感していることがわかった.このことは,これまで指摘されてきたRPGの効果を裏付けただけでなく,RPGが地域づくりの担い手育成においても有効である可能性を示唆したことになる.また,参加者により効果が異なるという従来から指摘されていたことも裏付けることができた.加えて,地域づくりに興味を持つ層に効果があり,RPGは専門知識や経験がない担い手にとって取り組みやすい研修方法だといえる.つまり,RPGは研修の対象を潜在的な担い手にまで広げ,地域づくりにおける担い手の裾野拡大に貢献する可能性があるといえる.さらに,効果を高めるためには,司会進行役の能力,設定された世界に関わる多様な人をイメージすること,役になりきる仕掛けなどが重要であることも示唆された.最後に,本稿の分析は参加者が効果を実感したかにとどまっており,課題も多い.しかし,今後も多様な場でRPGが用いられると考えられ,本稿をきっかけに,その効果についての更なる議論が行われることを期待する.

1  杉野(2017)ではシミュレーションという用語が用いられており,ここでのシミュレーションはSIMに近い概念であり,本稿では便宜上RPGと明記した.

2  性格の質問項目においては,並川他(2012)の「Big Five尺度短縮版」を参考に20項目作成した.簡易版Big Five尺度の20項目に対し,因子分析(最尤法,プロマックス回転,固有値1以上)を行った結果,5つの因子が抽出された.具体的に第Ⅰ因子を「外向性」因子,第Ⅱ因子を「調和性」因子,第Ⅲ因子を「誠実性」因子,第Ⅳ因子を「開放性」因子,第Ⅴ因子を「情緒不安定性」因子とした.アンケートや分析の詳細は,紙幅の制限により省略した.これらの詳細については責任著者まで.

3  2~5は,“1:あてはまらない,2:ややあてはまる,3:あてはまる,4:強くあてはまる,5:とても強くあてはまる”,6~7は,“1:思わない,2:やや思う,3:そう思う,4:強く思う,5:とても強く思う”,の5段階評価により尋ねた.アンケートの詳細は,紙幅の制限により省略した.項目などの詳細については責任著者まで.

4  男性を1,女性を2として算出した.

引用文献
 
© 2019 地域農林経済学会
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