農林業問題研究
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個別報告論文
小規模経営の6次産業への取り組みに関する考察
―観光農園利用者との関係性に着目して―
瀬戸川 正章松村 一善
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2019 年 55 巻 3 号 p. 182-188

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Abstract

In this research, we focus on the relationship between small-scale farmers in the senary sector and their stakeholders, especially farmers’ relationships with customers in tourism farming. Regarding the use of the support system: First, it is important for the small-scale farmer to accept prefectural support. Second, it is important for the person in charge of support work to continue to work and provide information to users. Regarding the relationship established with stakeholders, the following characteristics were clarified. First, small-scale farmers carried out marketing activities that were focused on regional prospects. Second, they took customer service to raise customer loyalty for new customers and good customers. Third, the good customers lived near the farm and showed that they have a relative and personal relationship with Company A.

1. 研究の背景

「地域資源を活用した農林漁業者等による新事業の創出等及び地域の農林水産物の利用促進に関する法律(六次産業化・地産地消法)」の施行を受け,全国で様々な事業者による6次産業化の取り組みが展開している.同法に基づいた総合化事業計画の認定件数は年々増加しており,2017年度で2,349件に達するとともに,1事業者当たり平均売上高も増加傾向にある.また,農林水産省「6次産業化総合調査」によれば,農業生産関連事業を行う事業体の年間販売金額は,2011年度から16年度まで23.9%増加し,2兆275億円に達している.

一方,2016年度の事業体数は,2011年度から5.8%減少して61,290事業体であり,事業体数が減少しているのは年間販売金額が500万円未満の小規模事業体だけであった.ただし,販売金額が500万円未満の事業体数は,2016年度でも農業生産関連事業を行う事業体数の約6割を占めている.

6次産業化は総合的な地域活性化政策として期待され,六次産業化・地産地消法では,6次産業化の推進が農林漁業者の所得確保,農山漁村等の振興,消費者利益の増進のいずれにも寄与すると明文化されている.(櫻井,2015).このような方向で6次産業化を進め,地域の所得向上や雇用創出,農業・農村の再生を図るためには,総合化事業計画の認定を受けることが可能な大規模な事業体だけでなく,農業生産関連事業を行う事業体の過半を占めている販売金額の小さな事業体においても経営成長を進めることが求められている.

2. 先行研究の整理と本研究の課題

既存研究では,6次産業化の課題として1次産品の販売や他産業への原料供給では付加価値が小さいこと,生産現場ではイノベーションが起きにくいこと,農村地域では人材,素材,技術,ノウハウ,資金等が不足すること等が指摘されている.その対策として異業種や試験研究機関との連携,外部人材活用の検討等が提起されるとともに,生産現場を支援するためには,新技術普及の仕組み,持続的製品開発,適切なブランド戦略,バリューシステムの構築,消費者や実需者,ステークホルダーとの関係性についての研究が必要であることが指摘されている(河野,2014).

6次産業化に関する支援に対して,工藤・今野(2014)は,北海道を対象とした分析を行い,支援機関の「大規模な取り組みへの偏向」,「小規模な取り組みの取りこぼし」を指摘しており,小規模な事業体が政策的な支援体制を十分に活用できていないことが課題となっている.また,そもそも六次産業化法の支援要件を満たす農業経営者,連携する食料製造業者が少ない地域では,6次産業化の取り組み数自体が少ないという問題が存在している.このような地域を対象とした研究では,谷口(2018)が6次産業化の形成を促すために,国よりも支援利用の要件を低く設定した自治体農政(島根型六次産業推進事業)を利用することによって,小規模農業経営体であっても6次産業化に取り組めることを示している.ただし,谷口が分析の対象とした2事例は,いずれも過去に各種支援制度を活用した経験を持ち,6次産業化の取り組み年数も長い.また,販売金額の水準も5,000万円を超えているなど,小規模農業経営体とはいえない点に注意を要する.

また,松下・森山(2014)は,これまでの6次産業化や農商工連携等を対象とした経営や地域における事業多角化の議論では,垂直的多角化や水平的多角化の先進事例・成功事例が整理されることが多いこと,これらの議論では,前進的な地域や経営の行動の成果が議論の対象となり,付加価値の高い事業展開に至るプロセスが成功事例として紹介される傾向にあること,様々な水準の能力と経験を備えた各地の意思決定主体の成長プロセスを失敗事例も含めて整理するような試みも必要であることを指摘している.

以上の先行研究をふまえると,6次産業化の展開が希薄な地域で販売金額の小さな事業体が6次産業化に取り組み経営成長を進めるためには,自治体による支援制度を活用していくこと,不足する人材,素材,技術,ノウハウ,資金等の課題を既存・新規の経営外部との連携によりいかに解決していくかが重要となる.特に,経営外部との連携や価値実現のための消費者等との関係のあり方を解明する必要がある.そこで本研究では,小規模な経営が6次産業化に取り組み,事業を確立していく過程での政策的な支援制度の活用,事業利用者との関係性にみられる特徴と課題を明らかにすることを目的とする.

分析の対象として,鳥取市で観光農園事業を中核として加工・販売に取り組む合同会社A社を取り上げる.A社は6次産業化に取り組む中で,近年,販売金額が500万円を超えるようになり,小規模な経営における6次産業化の取り組みを分析するのに適した対象であると判断した.分析方法は,経営者へのヒアリング調査,記帳資料をもとに,A社の経営展開過程に即した支援制度の活用状況,同社が取り組む事業の中核をなす観光農園事業と事業利用者である顧客との関係性について,事業利用者の属性,事業利用者への働きかけを中心に検討を行う.

3. 事例経営の事業展開と支援制度の活用

(1) 全国・鳥取県の6次産業化取り組み状況

事例分析に先立ち,近年の6次産業化の動向と,事例として取り上げる鳥取県の位置づけについて,表1を用いて確認しておく.「6次産業化総合調査」によると,農業生産関連事業を営む事業体のうち,年間販売金額が500万円未満の小規模事業体の割合は,2016年度の段階でも依然として59.3%と過半を占めている.取り組み別にみると加工,観光農園,農家民宿の取り組みでそれぞれ販売金額500万円未満の小規模な事業体の割合が高くなっている.

表1. 全国・鳥取県の6次産業化取り組み状況(2016年度)
農業生産
関連事業計
加工 直売所 観光農園 農家民宿 農家
レストラン
農業経営体 農協等 農業経営体 農協等
1経営体当たり
平均販売金額1)
全国 33.1 12.9 329.2 12.9 84.0 5.9 2.8 23.8
鳥取県 61.4 7.7 1,051.8 11.1 132.6 3.9 0.4 14.8
(順位) 4 30 3 32 4 31 39 31
小規模事業体数割合2) 全国 59.3 70.6 39.9 76.5 85.2 42.6
鳥取県 86.7 35.5 79.2 100.0 37.5

資料:農林水産省『6次産業化総合調査』.

1)単位:100万円.順位は,都道府県内での鳥取県の順位を示す.

2)単位:%.販売金額500万円未満の事業体数割合を示す.

次に,農業生産関連事業の1経営体当たり平均年間販売金額を用いて全国における鳥取県の位置づけを確認すると,鳥取県は6,100万円で全国4位となっている.この順位の高さは農業協同組合等による加工が10億5200万円で全国3位となっていること,同じく農業協同組合等による直売所が1億3300万円で全国4位となっていることが影響しており,農業経営体による加工は30位,農業経営体による直売所は32位と低い順位となっている.同様に,観光農園,農家民宿,農家レストランといった事業においても,全国下位の順位となっている.

以上の結果は,特産品であるらっきょうの加工施設を農協が運営していること,酪農・畜産の専門農協が加工施設を運営していること,鳥取県内の農産物直売所は,農協が設立主体となっているものが多いこと等を反映していると推察される.これらの結果から,鳥取県における農業生産関連事業の取り組みは,農協等による加工,直売事業が中心となっており,農業経営体による取り組みは販売金額規模の小さな零細規模の事業体が多いという特徴を指摘できる.

(2) 事例経営の概況

分析の対象とした合同会社A社は,県庁所在地である鳥取市の中心部,鳥取駅から3.7 km,最寄りの高速道路インターチェンジから2.3 kmの市街地近郊の水田地帯に立地している.A氏は兼業しながら飯米生産のみを行う小規模農家であったが,新規作物を模索,試行する中でブルーベリーに出会う.ブルーベリーの栽培技術を独習しながら,2009年にブルーベリーを定植し,2012年に法人を設立,認定農業者となるとともに,観光農園事業を開始している.2013年に鳥取県の6次産業化支援制度を利用して観光農園に隣接する土地に加工場を建設し,以降はブルーベリー・米・野菜の加工・販売にも取り組んでいる.この加工場は水洗トイレ等も整備されており,観光農園への来園者の利用にも供されている.

観光農園開園中の6月後半~9月にかけて,農園の管理に6名のパートを雇用している.現在の経営耕地面積は168 aであり,88 aを観光農園としてブルーベリーを植栽,その他に水稲80 aを作付けしている.加工品については,2013年度から試作を開始し,現在では20品目の加工品を提供できる.

A社は6次産業化に取り組むまでは,飯米生産のみで農産物の販売はなかったが,法人化し観光農園事業に取り組んだ2012年度の売上高は115万円,2017年度は売上高が510万円(うち,観光農園64.3%,加工品販売26.8%,その他8.9%)と6次産業化に取り組むことにより経営を順調に成長させている事例である.

(3) 支援制度の利用状況

A社がこれまで利用した支援制度を表2に示した.A社の事業展開の契機となったのは,法人化前の2009年度に利用した耕作放棄地再生利用事業である.同再生事業を利用して所有農地に隣接する2筆,約30 aの耕作放棄地の再生・畑地転換を行うと同時に利用権設定を行い,所有農地とあわせてブルーベリーの苗木を定植している.再生事業の実施に当たっては,農業委員会事務局の丁寧な支援があった.また,再生事業終了後もこの担当者は「地域の担い手としたい」という想いからA氏に助言,情報提供を継続しており,これが2012年の法人設立,農業経営改善計画の作成と認定農業者の認定につながっている.

表2. 事例経営における支援制度の利用状況
年度 利用した支援制度1) 内容
2009 耕作放棄地再生利用事業 所有農地に隣接する荒廃農地を借入・畑地転換して再生,ブルーベリー定植.あわせて,井戸掘削
2012 認定農業者制度/6次産業化サポートセンターの利用 法人設立後に,農業経営改善計画を認定/支援制度申請計画の検討
2013 とっとり発!6次化支援事業 加工施設建設・水洗トイレ設置,駐車場整備
2014 鳥取県加工品ステップアップ支援事業/
「食のみやこ鳥取県」マーク推奨事業
加工器具等整備/「食のみやこ鳥取県」ロゴマーク入り独自ラベルの作成
2016 農商工連携スタートアップ事業 キッチンカー導入

資料:A社聞き取り調査により作成.

1)2013年度以降は全て県独自の支援制度を利用.

その後,県6次産業化サポートセンターの支援を受け,国の総合化事業計画に係る認定申請を行ったが,不採択となった.そこで,2013年度に単県支援制度(とっとり発!6次化支援事業)に申請したところ採択され,加工施設を建設した.その後も続けて県の支援制度を利用し,加工器具等の整備,県ロゴ-マーク入りの独自ラベル作成,キッチンカーの導入等を行っている.2年続けて県の支援制度を利用した経験から,以降は自ら必要とする支援制度を探索できるようになるとともに,各種支援制度に関する関係機関からの情報提供量が飛躍的に増加したという.

2009年に支援制度を利用するまで,A氏は各種支援制度との接点はなく,また2012年に6次産業化サポートセンターを利用するまで,6次産業化の具体的な取り組みについて考えることがなかった.支援制度の利用に関するA氏の経験から,以下の2点を指摘できる.第1に,各種支援制度の利用者に対して,支援制度の利用終了後も継続的に情報提供,助言などを行うことの重要性である.第2に,6次産業化に関する情報との接点を持たない小規模経営に対しても,情報提供や6次産業化について具体的に考える機会を提供することの重要性である.

4. 観光農園事業と利用者の関係性

(1) 観光農園事業の概要と課題

2017年のA社の売上高の中で,観光農園事業は64.3%を占めており,A社の中で最も重要な事業と判断し,観光農園事業と事業利用者の関係性に焦点を絞って検討を行うことにする.

A社のブルーベリー観光農園は,2012年に開園しているが,鳥取県内では後発の観光農園である.後発であるA社の優位性は市の中心部近くに立地し,交通の便が良い点にある.栽培面での優位性は,鳥取県東部・中部の先発の観光農園が液肥を用いたバッグ栽培が主流であったのに対して,無農薬・無化学肥料の露地栽培を行っており,安全・安心で高品質の果実を生産できる点にあった.さらに,栽培品種が早生品種から晩生品種まで県内でも最も多いことから,開園期間が長く,来園時期によって異なる品種の味覚を楽しむことができる.しかし,「味」による差別化は,実際に試食しないと判別できないことから,この点での差別化が困難であると判断し,A社では価格面での差別化を図ることになる.先発観光農園よりもお得感を出すために,入園料や収穫物の持ち帰り料金を相対的に低めに設定している.また,予約不要で来園でき,摘み取りの時間制限を設けないこととし,利用時の制約を少なくすることとした.

一般的に,観光農園経営の問題点として,天候に左右されること,利用客が土日祝日に集中することが指摘されている(光定・辻,1999).同様の問題はA社でも開園当初より発生していた.表3に,観光農園事業の利用者の動向と属性を示した.開園当初,A社は農園の存在を認知してもらい来園してもらうためにチラシ等を用いた宣伝活動,入園料が無料となるチケットの配布等を行った.その結果,初年度の入園者数は3,027人に達するが,入園料を徴収できない入園者が多い結果となった.また,無料券を用いた入園者は休日に集中したため,休日の平均入園者数は85.4人/日と平日の20.7人/日を大幅に上回った.最終的に,2012年度の休日の総入園者数は2,221人,平日の総入園者数は806人であり,曜日による入園者数の集中是正が課題となる.

表3. 観光農園事業の利用者の動向と属性
2012 2013 2014 2015 2016 2017
来園者数1)(人) 学校関係等2) 133 203 236 280 218 255
公民館等2) 241 94 669 506 453) 269
その他 2,653 2,847 1,722 2,322 2,701 2,654
合計 3,027 3,144 2,677 3,108 2,964 3,178
平日平均 20.7 29.4 28.8 48.4 32.1 35.6
休日平均 85.4 68.6 50.4 32.8 55.9 58.4
団体数 学校関係等2) 8 6 17 13 9 12
公民館等2) 2 8 3 4 1 1
その他 2 9 11 8 11 15
合計 12 23 31 25 20 28
会員数(人) 代表社員等関係者4) 12 19 24 22 20
愛好家 14 14 24 19 21
近隣集落住民 13 20 23 28 22
公民館関係者 2 3 9 12 14
その他 27 32 47 36 44
合計 68 88 127 117 121
アクセス所要時間5)(%) 10分以内 48.5 47.7 44.1 42.7 43.4
20分以内 79.4 83.0 82.7 82.9 85.2
平均客単価(円/人) 381 484 728 934 1,149 1,013

資料:A社聞き取り調査及び記帳資料により作成.

1)来園者数の休日平均は,土日祝日及びお盆期間中の1日当たり来園者数を,平日平均は,それ以外の日(休園日を除く)の1日当たり来園者数を示す.

2)来園者数,団体数の学校関係等には,放課後児童クラブ,保育園,幼稚園,子育て支援センターを含む.公民館等には,子供会等を含む.

3)2016年の来園者数については,学校関係以外の属性の記録がなされておらず,公民館等の来園者数が過小になっている可能性がある.

4)代表社員等関係者には,代表社員の前職関係者,A氏の職場関係者等を含む.

5)アクセス所要時間は,自動車を用いて会員自宅から観光農園まで移動するのに必要となる時間を示す.時間はGoogle Mapを用いて算出した.

(2) 曜日による入園者数集中是正の取り組み

以上の状況に対して,A社は2つの対策を講じる.第1は,曜日による入園者数の集中を是正するために行った,平日の利用が見込まれる層を対象とした営業活動である.具体的には,2014年は市内の全ての放課後児童クラブに案内状を送付,翌年の2015年からは市内の全公民館にも案内状を送付している.また,地元の保育園,幼稚園,子育て支援センター等にも利用を呼びかけている.その結果,児童の夏季休暇中の児童クラブによる平日の利用者増加,保育園,幼稚園,子育て支援センター,公民館による平日利用の増加という効果をうむこととなる.これらの来園者数,団体数を表3に学校関係等として示した.2014年,2015年は学校関係等の来園者数,団体数ともに増加していることがわかる.一方,土日は勤労者世帯,家族連れ,公民館活動や子供会等の町内会行事での来園が中心となる.ただし,2016,2017年については,開園期間中の猛暑,大雨により団体客のキャンセルが多く,特に週末の利用が多い公民館等の来園者数,団体数が2014,2015年と比較して過小となっている.

以上の取り組みの結果,2016年以降は休日よりも平日の総入園者数が上回るようになる.1日当たり平均入園者数も,休日と平日の格差が縮小している.2017年の場合,休日平均は58.4人,平日平均は35.6人であった.このように,総入園者数を3,000人前後で維持しながら,曜日による入園者の集中是正に一定の成果を上げている.

(3) 入園者数安定と客単価向上に向けた取り組み

第2の対策として,入園者数の安定と客単価の向上を図るために,2013年から毎年更新する会員制度を開始している.年会費は2,000円であり,持ち帰り料金は一般客の半額である100円/100 gとなっている.当初の会員は,農園近隣集落の地元住民や以前からのブルーベリー愛好家,それに代表社員の元同僚等が中心であった.その後,団体客として利用した公民館関係者が会員として利用するようになり,2017年度は121人の会員を有している.

一般的に団体客は短時間の滞在で持ち帰り量も少ないため,入園料金中心の売上げとなる.一方,会員はシーズン中に複数回利用し,持ち帰り量が多い傾向にあるため,年会費以外は持ち帰り代金が売上げの中心となる.摘み取りの時間制限を設けず予約も必要ないA社の方針は,自分の好きな時間帯にゆっくりと摘み取りを楽しみたいというニーズを持つ利用者に合致し,会員数の増加や持ち帰り量の増加につながっている.平均客単価の推移が示すように,持ち帰り量の多い会員の増加は,客単価の増加につながっており,観光農園事業の収益性改善に貢献していると推察される.

以上述べた2つの取り組みによって獲得した利用者の属性を,農園からの距離を視点として整理すると,比較的,農園の近隣に居住している利用者が多いことがわかる.会員自宅から農園までの移動時間(自動車)でみると,10分以内が40%強,20分以内が80%強となっている.同様の傾向は公民館,放課後児童クラブ,施設等の団体客においても確認できた.以上のことから,A社の観光農園事業は相対的に近隣の住民が主たる利用者であり,日常生活の延長線上で利用する利用者が多い傾向にあると推察される.さらに,当初の会員は農園近隣集落の地元住民や以前からのブルーベリー愛好家に加えて,代表社員の元同僚,A氏の職場関係者等が中心であり,会員となる以前から一定の人間関係やネットワークを持つと考えられる者が多い点に特徴がみられる.

(4) 観光農園事業における利用者への働きかけ

観光農園事業の利用者に対するA社の取り組みは,以下のように整理できる(表4).A社の利用者は,当初は後発観光農園として開園当初に設定した低価格戦略,市街地近郊でアクセスに恵まれているという立地条件に規定されていたと考えられる.このような条件下で,A社は平日利用見込み客と見なせる平日の昼間に利用ニーズがある組織に直接的に働きかけることにより,平日の来園者数を増やすことができた.その中で来園し,新規顧客となった利用者に対して,利用制約の少なさ,多品種,安全・安心な果実という農園の良さが伝わる接客を行い,A社の農園の優位性を評価する利用者が会員となり,優良顧客となっていると考えられる.また,比較的近隣に居住し,頻繁に農園を利用する利用者が多い点にA社の特徴がみられた.

表4. 観光農園事業の顧客への働きかけ
顧客分類 A社の具体的な対象 顧客への働きかけ
優良顧客 会員・リピーター 1人1人のニーズにあった顧客の顔がみえる接客・スタッフ間での
情報共有・サービス対応基準の統一
新規顧客 新規来園者 農園の良さが伝わる接客
平日利用見込み客 学童,幼保,公民館,町内会等 平日昼間に利用ニーズのある組織への直接的な働きかけ
潜在顧客 地域住民 一般的な広報活動(チラシ,タウン誌,新聞広告)による働きかけ

資料:A社聞き取り調査により作成.

また,会員やリピーターに対しては利用者1人1人の様子をみながらニーズにあった接客を行い,そのためにスタッフ間で情報共有を行う,担当するスタッフによってサービス対応が異ならないように,基準を統一するなどの取り組みを行っており,このことがA社に対する優良顧客の信頼・コミットメントを高めていると考えられる.

5. おわりに

本稿では,小規模な経営が6次産業化に取り組み,各事業を確立していく過程での政策的な支援制度の活用,事業利用者との関係性にみられる特徴と課題を明らかにすることを目的として,鳥取県で6次産業化に取り組む小規模経営体A社を対象とした分析を行った.

得られた結論は以下のとおりである.まず,事業確立過程での政策的な支援制度の活用については,以下の点を明らかにした.第1に,谷口(2018)が指摘している自治体農政の重要性が,分析の対象としたA社においても確認された.国の支援制度では採択されない,販売金額の小さな小規模経営体の取り組みであっても,鳥取県の6次産業化支援制度に採択されることにより,事業を軌道にのせることができていた.

第2に,支援制度利用者に対する継続的な働きかけ,情報提供の重要性である.A社の場合,6次産業化支援制度の前に取り組んだ耕作放棄地再生利用事業の担当者による継続的な働きかけ,情報提供が,経営の成長に大きく寄与していたと考えられる.また,県独自の6次産業化支援制度においても継続して支援制度を利用すること,そのための情報収集を行うことが,経営の成長に寄与したと考えられる.

次に,事業利用者との関係性にみられる特徴として,観光農園事業の利用者を対象とした分析から,以下の特徴を明らかにした.第1に,観光農園事業の来園者は,後発観光農園として開園当初に設定した低価格戦略,市街地近郊でアクセスに恵まれているという立地条件に規定されていた.また,観光農園一般にみられる休日への利用者集中,低価格戦略の結果としての客単価の低さ,収益性の低さが課題となっていた.第2に,上記課題解決のために,平日利用見込み客への直接的な働きかけを行った.また,顧客ロイヤルティを高めるために,利用制約の少なさ,多品種,安全・安心な果実という農園の良さが伝わる接客を行っていた.第3に,優良顧客である会員は,経営者・A社との間に個人的な人間関係を持つ者が多いこと,比較的近隣に居住する者が優良顧客であることを示した.換言すれば,A社の場合,観光農園事業の利用者の範囲は地理的関係,事業実施以前から有する個人的な人間関係等に規定されているという特徴がみられた.居住人口の少ない地方都市の市街地近郊というA社の立地を考慮すると,観光農園事業の利用者の大幅な増加を見込むことは困難であり,今後の事業展開を制約しうるという点で課題が現れていると考えられる.

以上,述べてきたA社の特徴が他の小規模な6次産業化の取り組みでも確認できるか,また観光農園事業以外の6次産業化の取り組みで確認できるかについては,他の事例の分析をふまえて検証することが必要である.また,A社の観光農園事業以外の他の事業領域における事業利用者との関係性にみられる特徴と課題についても,検討する必要がある.これらについては,今後の課題としたい.

引用文献
 
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