2020 年 56 巻 1 号 p. 11-16
Simulation is a thought process that foresees the uncertain future and guides for a better future by altering the present behavior and social system on the basis of the information received. Currently, when agriculture and forestry are changing rapidly, and its future is uncertain, research using simulation is beneficial for developing regional agriculture and forestry economics. In Japan, this is particularly relevant when the significance of agriculture and forestry is decreasing. It is a critical mission of the regional agricultural and forestry economic associations to not only address the problems in reality but also engender a drastic paradigm shift and innovation within the region. Therefore, it is essential to integrate knowledge from not only narrow economics but also various academic fields and to urgently publish new research results. The present study introduces a research example using multi-agent simulation and solution of a traveling salesman’s problem using several simulation approaches. Furthermore, it also recommends further studies using simulation in the future by exhibiting many useful experiences as encountered by the author in the process.
本報告の趣旨をまず明記するならば,地域農林経済学会(以下,地域農経)を入り口にした,「面白く」「読者を惹きつけ」「伸び代がある」ような研究成果が,特に若手研究者や学生から数多く発表されることを目指し,そのための一つの選択肢として,シミュレーション手法に依拠した研究(以下,シミュレーション研究)を展開することの意義や可能性を,筆者自身の経験を踏まえて示すことである.
シミュレーション研究の本質は,現実社会をより深く理解するために,現実社会の重要な要素を含んだモデルを構築し,そのモデルを以て「試行」することにある.ある複雑な対象を管理,運営,開発する際に,社会的な秩序を乱さない,或いは甚大な損害を発生させないために,「模擬」した環境によって「試行」することは,目的を達成する確率を可能な限り向上させるうえで,必要不可欠な手法である(廣瀬ら,2002).
そのうえで,とりわけ表題にも掲げたように,シミュレーション研究を通じて経済学以外の学問分野との連携(森澤・山下,2019)や海外研究グループへの波及(Yamashita and Hoshino, 2018)が生まれ,それにより研究成果が洗練されるという経験を礎として,地域農経のフロンティア拡張に貢献することを目的とする.
シミュレーション研究の種類は多様であり,単独の手法を指すものではない.その歴史は古く(図1),社会科学におけるシミュレーション研究の歴史は数百年にものぼるとされる(Gilbert and Troitzsch, 2003).本報告でその全てに言及することはできないが,地域農林業に関する研究において極めて有効な手法であるように感じられる.しかしながら,本学会の学会誌『農林業問題研究』が収録されているJ-Stageで「シミュレーション」とキーワード検索した結果,シミュレーション研究の範疇といえる研究論文は,およそ2~3年に一編程度の頻度で掲載されるに留まっている(国立研究開発法人科学技術振興機構,2019).広義の「経済学的研究」に属するかという議論はあるにせよ,地域という研究対象を冠する本学会において,定性的研究,あるいは経済分析や統計分析と並んで高いポテンシャルを有する手法としてはやや低調であり,そこには大きな伸び代があると考える.

社会科学におけるシミュレーション研究の手法の変遷
次項以降では,地域農林業研究において筆者が考えるシミュレーション研究の重要性を簡潔にまとめるなかで,様々な分野との連携や融合が促進される具体例を提示する.そして,地域農経における今後のシミュレーション研究の展開について私論を小括する.
なお,本報告は若手研究者を傍観したものではなく,当事者として自戒を込めたものであることを付記する.
前述の通り,シミュレーション研究の本質はモデル構築である.現実社会のモデル化に際しては,対象を単純化することになるが,モデルの設計で困難なのは,何を具備し,何を捨象するかの判断である.この,具体と抽象の間のどの地点にモデルを設計するかという思考過程にこそ,現実を深く理解する要素がある.木嶋・出口(1997)の言葉を借りるならば,それはある種技術と経験の問題であり,また,入手可能なデータの質・量に関わる問題であるが,モデルの設計過程で研究対象となる現象を隈なく理解することが大前提となる.
つまり,シミュレーション研究は現実(現場)から遠い手法ではなく,何より現場を熟知する必要がある.現場で発生している問題と,それに対してステークホルダーが求める情報の把握をせずしてモデル化はあり得ない.
また,モデル化の対象となる人間が保有する情報を過不足なく収集するための社会調査が必要となる.理論構築の基づきモデルを仮説的に組んだ後の事後調査の場合もあれば,事前調査で情報収集した後に現場の状況を精査してモデルを組む場合もあるが,この調査過程にも大きな意義がある.既に第三者がデータ整備をした情報を二次利用する統計分析や経済分析,あるいは膨大な情報を1度に収集するWeb調査などとは異なり,地元農家や行政政策担当部局,あるいはまちづくりに尽力する住民など,主としてステークホルダーへの直接的なインタビュー調査が行われることが通例である.
これら一連の研究過程は,現場に対する洞察力と社会調査技術の鍛錬を豊富に含む.調査する側が必要とする情報を効率的に聞き出すことがどれだけ簡単なことではないか,必要な情報を得るためにその何倍もの会話をしながら相手との距離を縮めていく必要があるか,という調査技術のノウハウは,実践からでないと学ぶことは難しい.シミュレーション研究にはこれらのような教育(学習)効果もあり,多様な技術を習得する時間的余裕がある若手のうちに取り組むことのメリットは大きい.その経験から得た技術は,研究対象が定性研究などに遷移しても陳腐化することがなく,将来的にも貴重な財産となることは,筆者の経験からも確信する.
(2) 研究結果の説明力シミュレーション研究の重要性を論じる2つ目の理由として,研究結果が研究対象(多くの場合は農村社会)に対する説明力を挙げる.学術論文としての成果公表については,定性的な研究と比較して,世界共通の言語や規則,法則で研究が行われるが故に,国際誌への投稿のしやすさはあるであろう.ただし,そのような相対的な傾向は研究自体の善し悪しとは無関係であるため,本報告では割愛する.
数あるシミュレーション研究の手法のうち,とりわけGIS等を用いて二次元空間あるいは三次元空間で研究結果が表記されるような手法を用いて,その結果を地域に還元した経験があるものは,誰しもがそのインパクトの大きさに驚かされる.この種の研究に対しては,多くの場合,地域農業あるいは地域づくりにおける合意形成過程での客観的情報や説得材料の提供が期待される.そのような局面において,研究者の経験談や定量分析に基づく理論的な最適解を提示したとしても,地域住民を合意へと導くことは容易ではない.これに対して,シミュレーション研究による将来予測結果がひとたび地図上に表記されることで,ステークホルダーの関心が急速に高まり,議論が活性化する状況が散見される.無論,その情報の根拠となる研究結果の学術的な信頼性は重要であるが,地域農経の大きな使命ともいえる地域農林業問題の解決という観点から,シミュレーション研究が有する「地域を動かす力」は極めて有効である.
(3) 提言の信頼性シミュレーション研究の重要性を論じる3つ目の理由として,研究の結論を何かしらの提言に結びつける際に,論拠が明確であるという点を挙げる.
筆者はかねてから,研究論文の結論部分を如何に書くべきかという問題意識を持っていた.確かに「冒頭で掲げた課題に対して,採用した分析方法によって得られた結果を総括する」という規範的な書き方はある.しかしながら,オーバーディスカッションを制する査読対応で徐々にその内容が修正され,研究論文の顔であるはずの結論は得てして印象の薄いものになりがちである.これに対して,あくまで私見の域を出ないが,後続の研究論文や実社会での実践に対して少しでも議論を喚起すべく,思い切った提言があってもよいのではないかと考える.特に地域農経のような現場に近い研究者が多い学問分野では尚更そう思えるのである.
繰り返しになるが,提言は放言にあってはならず,研究結果の延長線上になくてはならない.特に研究経験も実践経験も浅い段階の若手研究者は,自らの研究が導出した結論を踏まえて提言に繋げることに対して高いハードルを感じることであろう.シミュレーション研究は,地域農経の前大会講演のテーマである実験経済学と同じく,結果を踏まえた提言に一定の根拠を与えることに長けている.
(4) 異なる分野との対話の促進以上に記したシミュレーション研究の実践を通して,異なる分野との対話が促される仕組みがある.管見の限り,農業経済学研究の多くは,研究の構想から完成までを研究者個人(もしくはごく少数)で自己完結されている成果が多数派である.このような伝統的な文化はBonding Social Capitalの蓄積を促す方向性に対して優位であるが,Bridging Social Capitalの蓄積が進みにくいのではないかと危惧する.この点に対しても,再度筆者の私見を述べるならば,躊躇せずに異なる分野と連携すべきであると考える.さらに平易な表現に置き換えるならば,「自分ができないことはできる人に頼ればいい」のではないだろうか.
例えば,シミュレーション研究の第一歩であるモデル構築に際して,多様な情報を収集するが,その種類は人の口から発せられる情報のみならず,植生や気象,土壌や農業土木構造物,文化財などの環境情報も含む.そのような情報についての知識に長けている専門家は農業経済学の周辺に数多くおり,門戸を開いている.また,モデル構築に関する高度な情報処理技術,GISやリモートセンシング,ドローンなどのICT農業など,技術的な専門家集団の多くが農業経済学的な問題意識を持っている.そのような周辺分野と距離を置くのではなく,積極的に連携をしていくことが,筆者が今後の地域農経に望む姿である.
シミュレーション研究のうち,農業集落で展開される複数の農家による農業経営そのものを仮想空間で再現し,現実社会では実験困難な状況を想定することが可能なモデリング技法が,マルチエージェントシミュレーションである.一般的に,Agent(エージェント)とは,代理人など「(誰かの代わりに)何かを代行する者」という意味を指す.MASにおけるエージェントは,外部の依頼(モデル構築者の設計)を所与として行動するが,近年ではAIのアルゴリズムをモデルに実装することも可能となっており,実際にモデル内で自律的に意思決定し,自らの行動を決定するような主体として振る舞うこともある.
農業集落における農家行動や農家らの集団的意思決定のプロセスに接するにつけ,地域農業の維持保全の観点から,彼・彼女らがとる行動が将来に渡って合理的か(あるいは誤っているのか)を瞬時に見通すことができるならば,「現在の振る舞いや考え方」に対してどれほど効果的な助言ができることかと思わされる.将来予測という方法でそれを可能とするシミュレーション研究がマルチエージェントシミュレーションである.マルチエージェントシミュレーションモデルの中では,農家間の人間関係や各農家の経営方針,リタイア年齢,さらには集落での約束事など,地域農業の趨勢を予測するうえで鍵となる要因全てがコントロール可能な変数となる(図2).

異なる状況設定下での農地保全予測の比較
山下・星野(2007)より抜粋して一部改訂
筆者らは,個別農家の集団が集落営農を組織することがどれほど労働時間を削減しうるかという単純な構造から(山下ら,2005),複数集落営農の統合による農作業の効率化(山下・星野,2006),企業の農業参入を想定した定着可能性の将来予測(山下・星野,2012)など,地域課題に対応した問題を捉えてモデル化し,シミュレーション研究を展開してきた.
一連の研究論文でも言及しているように,現実の地域農業計画に方針を強く提言できる程度の信頼性が高い将来予測結果を導出するためには,更にモデル構造の改良の精度の検証を積み重ねる必要がある.このモデルの未熟さを差し引いても,斬新な研究手法を提示したことにより,複数地域でのフィールドワークや行政機関との連携を早期に経験することができた.
(2) 巡回セールスマン問題の解法近年では,国内の農業経営主体の強化策として,輸出戦略と究極的な生産費削減(生産性革命)が,水稲作に関する農政の主たる目標となっている.筆者はこのうち後者,つまり農家が自主的な努力によって改善可能な生産費の削減に焦点をあてた.そして,多くの農家にとって作業時間の大半を占める圃場巡回を効率的に行うために,農地の面的集積が如何に重要であるかを予測するシミュレーション研究を展開している(山下・中嶋,2017:前掲 森澤・山下,2019).
地域の中核的な担い手は,今後も急増することが予想される遊休地を借り入れることで規模拡大をしていくことが期待されている.その結果,水管理や草刈りのために訪問すべき地点の数が加速度的に増加することが予想される.この際,既存の所有地や自宅の近傍を優先的に借り入れられる地域全体の農地利用計画があることが望ましいが,多くの場合は長年の慣行によって人間関係が優先された空間的に不規則な農地貸借が行われる状況が散見される.このような地域全体での計画の欠如がもたらす労働時間の非効率性,ひいては生産コストの無駄を可視化することにより,農家行動や地域農業計画への示唆を得ようとすることが,ここでのシミュレーション研究の目的である.
この目的を達成するための有効な手法として,巡回セールスマンの解法(Traveling Salesman Problem)の概念を援用している.この概念は,複数の訪問地点を合理的に最速・最短で巡回する経路を探索する最適化の一種であり,これはでは資材の配送や在庫管理を統制する経営工学分野で多用されてきた計算手法である.圃場巡回行動のモデル化とも親和性が高く,これまでも最適解を探索する基礎研究はみられる.それらの既往研究を踏まえながら,移動手段や移動速度,移動にかかる燃料費などを操作変数として,訪問地点の空間的位置関係の変化を農地集積のプロセスにみたて,農地の集団化が総移動時間や総移動距離を劇的に削減しうることを可視化した.図3はその結果の一部であり,ある地域の経営体を対象にして,今後も農地集積が期待されるなかで地域合意に基づく計画的な面的集積の重要性を示したものである.表頭は現状を基準とした借り入れ農地の増加割合で,表側はそれら全てを巡回する際に要する総移動時間の増加割合である.

集積方法の違いが圃場巡回にかかる相違同時間の増加傾向に及ぼす差違
前掲 森澤・山下(2019)より抜粋して一部改訂
このシミュレーション研究は現在も発展的な改良を進めており,アルゴリズムの改善によるモデルの精緻化やICT農業への展開をにらんだ分析項目の多様化を進めることで,現場で活用可能な具体的な情報をより迅速に析出することが可能となる.
以上のように,筆者の経験に基づいて,特に若手研究者が地域農経においてシミュレーション研究を展開することの意義や優位性を,事例を交えながら説明した.シミュレーション研究を推進するには,プログラミングやGISなどの情報処理技術が必要なため,参入障壁が低いわけではない.しかし,そのような技術的な難しさがあったとしても,様々な専門家らの協力を得ながら取り組むことで,余りあるフィードバックを得ることであろう.
今日の学術社会は競争が激しく,自然科学・社会科学・人文科学を問わず若手研究者は研究成果の早期公表にしのぎを削っている.そのような過度の競争が望ましいかは議論の余地があるが,地域農経に関わる我々若手研究者も,より良い成果をより早く公表することで,競争のなかでプレゼンスを示していくことが求められている.そのための一つの選択肢として,シミュレーション研究の裾野が広がることに期待したい.
本報告の基礎を為す研究は,平成30年度農林水産政策科学研究委託事業の支援を受けて実施した.