農林業問題研究
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個別報告論文
中山間地域の自給的な農業生産・植物採取・消費の実態
―岐阜県揖斐郡揖斐川町小津地区の事例―
広田 勲田口 裕允宮川 修一
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2020 年 56 巻 2 号 p. 46-53

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Abstract

To determine how local people in the mountainous areas of Japan maintain and utilize their agricultural and natural resources, we monitored all the agricultural fields in Ozu, Ibigawa Town, Gifu Prefecture, for a year. Furthermore, we interviewed residents and conducted participant observation, to identify the plants that were consumed, including crops and wild vegetables. Agriculture was conducted in the village mainly for self-consumption, and was sustained with the cooperation of elderly people. Home gardens played an important role in growing indigenous vegetables such as Akauri, Akimame and Yatsugashira. While the seeds and seedlings of most of the crops were sourced from local markets, those of these two vegetables had been inherited by the local people. Products from home gardens also contributed to sustaining the local community through frequent barter exchanges. The utilization of 30 species of wild plants was recorded in this village, higher than in the other mountain villages of Japan.

1. 背景と目的

日本の中山間地域では小規模になりつつあるものの様々な活動が行われている.畑地では自給的な作物生産,周辺の山野では野生,半野生の食用植物の採集が存続しているが,商業的生産を主目的としないこういった小規模な活動には,地域に継承されてきた知識,技術,文化が反映されやすく,地域固有の植物資源利用がみいだされやすい傾向があることが知られている(松井,1998).山村における作付体系(例えば佐々木,1972)や,有用植物(例えば池谷,2003)に関する調査は数多く行われており,また詳細な調査から村落の全有用植物種が明らかになっている研究も行われている(例えば斉藤,1995).しかしながら,これらの多くは農業や有用植物利用が周辺地域と比較して盛んな地域で行われているものや,調査年代も古いものがほとんどであり,典型的な中山間地域の現状に合致しているとはいえない.

伝統野菜に関する調査が,地域振興の観点から行政主導で行われている事例が近年みられる.例えば長野県では信州伝統野菜認定委員会が設置され,価値の保護が行われている(長野県,2020).本研究が対象とする岐阜県でも飛騨・美濃伝統野菜認証制度によって認定されているものがある一方,残存している固有の作物や有用植物資源の利用,継承が行われている要因やその背景についてはほとんど明らかになっていない.この原因として中山間地域の農業は小規模なものがほとんどで,統計として把握可能な情報も限られているため,実態を把握しにくいことが考えられる.

そこで本研究は,岐阜県の中山間農村を事例として,小規模農業の作付体系およびそこからの生産物の消費を詳細に観察,記録し,実証的に中山間地域の小規模農業の生産と消費の実態を表現することを試みた.また網羅的調査の実施から,本地域における固有の植物資源の探索も行った.その上で,本地域における小規模農業の地域における役割や意義,そして地域固有の作物が維持されてきた背景について考察し,今後の中山間地域における小規模農業のあり方を議論するための基盤を提供したい.

2. 調査地の概要

本研究が対象とする岐阜県揖斐郡揖斐川町小津地区は,濃尾平野の北西にある揖斐川町中心街から北に約10 kmの距離にある.揖斐川の支流の小津川と高知川沿いの谷あいに集落が配置されており,集落の標高は約200 mだが周囲は約500 mの山に囲まれた峡谷型の中山間地域である.農地は主に谷筋に分布しており,現金収入源としての農業は主に水稲,コギク,シキミの生産である.また国土交通省の豪雪地帯に指定されており,農地には3月頃まで残雪を確認することができる.2015年国勢調査によると,小津地区は人口195人77世帯となっている.65歳以上の人口比率を占める高齢化率は49.7%であり,平野部を含む揖斐川町の平均の35.2%と比較すると高くなっており,高齢化が進行している.

3. 調査方法

本研究では,小規模農業が行われている耕作地の作付体系に関する調査と,耕作地からの産物や野生,半野生植物を含む食用植物の消費と利用の実態に関する調査を実施した.

耕作地に関する調査は,2017年3月~12月のうち,季節ごとに52日間にわたって行った.耕作地を,水田,菜園,コギク畑,シキミ畑,カキ畑,チャ畑に分類し,全ての耕作地の形状を簡易測量によって測定した.特に菜園を,自家消費を主たる目的として栽培されている農地とし,全ての菜園について,春期(4/13–4/28),夏期(6/29–7/24),秋期(9/28–10/20),冬期(11/30–12/7)に作物の種類と被度(%)を記録し,合わせて聞き取り調査から所有者とその年齢も記録した.作物は住民による呼び方によって区別した.作物の栽培面積は,簡易測量で被覆面積と畝を含めた面積を求めるのと同時に,筆当たりの被度を求め,地図ソフト(ArcGIS 10.2.2)を用い衛星画像の判別結果と比較し算出した.なおコギクは他の作物が混作される耕作地がしばしばみられたが,一筆に占める被度が一期でも50%を超えた場合にコギク畑として記録した.また本研究では,青葉(1993)の野菜の分類を参考に,菜園で栽培されている作物を,葉菜類,ネギ類,樹木作物,根栽類,果菜類,花卉,雑穀の7つの区分に分類した.なお本調査地における雑穀はソバのみであった.

食用植物の消費と利用の実態に関する調査は2016年6月~12月,補足的な調査は2018年3月~11月に随時実施した.栽培植物の利用,消費形態,入手先については12世帯,野生,半野生食用植物の利用,消費形態,入手先に関しては10世帯に対して,住み込みを含めた参与観察および半構造化した聞き取り調査を実施した.なお野生,半野生あるいは半栽培といった用語のとらえ方については,過去様々な研究者によって提案や議論がなされている(例えば三浦,2009).しかしここではその議論には深入りせず,本研究では野生および半野生食用植物とは集約的に栽培されている作物以外の食用の植物とし,同一のカテゴリとして分析した.これらのより進んだ議論については別稿で行いたい.日々の食事の内容について12世帯に対して2016年10月~12月のうち7日間を抜粋し,材料,材料の入手先,その材料が食卓に上った回数を出現回数として記録した.材料の入手先については,自宅,集落内あるいは集落外の友人からの譲渡,商店等での購入の5項目に分け分析した.

4. 岐阜県揖斐郡揖斐川町小津地区における作物生産の特徴

(1) 小津地区における農地利用

小津地区に存在する農地は表1の通りであった.小津地区では,水田が農地面積の63%を占め,次いで菜園が15%,コギク畑が15%,チャ畑が3%,カキ畑が1%となっていた.一方筆数は菜園が最も多く,菜園では小規模な面積で作物栽培が行われていた.また特に多様な作物生産が行われている菜園に関して,従事している住民の年齢全員が60代以上であり,高齢者によって作物生産が担われ,維持されていた.このことは,小津地区の農業のあり方に大きな影響を与えている.例えば水田では,労働力を効率的に利用するために頻繁に労働交換が行われていた.田植えや収穫時等では農業機械が利用されていたが,通常高齢者には扱うことができないため,50代,60代の男性が関連の作業を手伝い,水稲生産が維持されていた.菜園においては,作物栽培そのものにおける労働交換はほとんど観察されなかったが,獣害対策のためのネットや電気柵を設置する際には住民で協力して行うといった取り組みが多く認められた.このように小津地区では,高齢化の実態に合わせた農業生産が行われており,地域内における協力関係によって,維持されていると考えられる.

表1. 小津地区における農地面積および筆数
農地 面積(m2 総面積に占める割合(%) 筆数
水田 105,559 63.3 101
菜園 24,289 14.6 156
コギク畑 24,143 14.5 27
シキミ畑 5,268 3.2 14
カキ畑 5,151 3.1 3
チャ畑 2,276 1.4 9
166,686 100 310

(2) 小津地区の菜園における作物生産

小津地区で行われている農業の自給的側面については後述するが,ここでは特に多様な作物が栽培され,本地区の特徴を反映している菜園について扱う.小津地区の全ての菜園156筆の4期にわたる調査によって,76種類の作物を確認することができた.図1は,76種類の作物をそれぞれの作物分類ごとに合計した栽培面積を示している.根栽類は菜園をもつ全世帯で栽培されており,葉菜類,ネギ類についても8割以上の世帯が栽培していた.利用については後に詳述するが,根栽類は日々の食事で頻繁に利用されるとともに,お盆や報恩講といった祭事にも利用されていた.また葉菜類,ネギ類,果菜類については,サラダや薬味として少量ながらも日々の食事に供されていることが背景として考えられる.季節ごとには,春53種類,夏46種類,秋51種類,冬36種類であった.菜園ではこれらの作物が交代しながら,また途切れることなく生産されていた.栽培面積では,春期は根菜類,ネギ類が多く,特にジャガイモが栽培面積の約40%を占めていた.ネギ類はほとんどがネギとタマネギであり約20%を占めた.夏期はトマト,ナス,キュウリ,カボチャ,トウガラシといった果菜類が約50%を占めた.根菜類はジャガイモに代わりお盆に供え物として利用されるサトイモが多く栽培されるようになった.秋期には保存食としても利用されるダイコン,ハクサイが多く栽培されるようになった.冬期は,果菜類が減少し,冬季の低温に耐えられるハクサイ,ホウレンソウ,キャベツといった葉菜類,ダイコン,カブといった根菜類が増加した.本地区では冬には菜園が雪に覆われるため播種や移植は行われていなかった.図2は,主要な作物の作付カレンダーである.ここでまず特徴的なのは,収穫期間が長いものが多くあるということである.例えば果実を収穫する果菜類では,アカウリ,アキマメ,エンドウを除き,春から夏にかけて苗の移植あるいは播種が行われ,収穫は12月の前には終了するといった,開始から終了までの栽培期間の重なりがみられる一方で,収穫期間については,同一の作物であっても夏から11月末までと数か月にわたっていた.こうした比較的長い期間,例えば3か月以上にわたる収穫は,葉菜類,根栽類,ネギ類の一部,すなわちショウガ,ブロッコリー,サツマイモ,サトイモ,ニンジン,タマネギ,ネギにもみられた.地区内で収穫期間が長期にわたる原因について,地区内の住民の収穫期間がずれていることに加えて,1人の住民が家庭で必要な分だけ少しずつ長期にわたって収穫していたことが関係していると考えられる.また,葉菜類,根栽類の一部,すなわちキャベツ,コマツナ,ホウレンソウ,サツマイモ,ダイコン,ニンジンは,播種,移植,収穫時期が地区内で一定せず,複数の期間に栽培が行われていた.また,前述の通り本地域は豪雪地帯でもあり,冬期にはブロッコリーの収穫を除きほぼ全ての農作業は停止することもわかった.

図1.

菜園における作物分類別の各季節の栽培面積

図2.

作物ごとの作付カレンダー

1)▲は播種,●は苗の移植,細い実線は栽培,太い実線は収穫期間をそれぞれ示す.

図2.

(続き).作物ごとの作付カレンダー

1)▲は播種,●は苗の移植,細い実線は栽培,太い実線は収穫期間をそれぞれ示す.

以上より,本地域における作付体系は,豪雪地帯といった気候的制約を受けつつも,栽培可能な期間では個々の家庭の需要に応えるように,作物が交代しながら生産が行われていることが明らかとなった.

(3) 地区内で継承される特徴的な作物

網羅的調査の結果,小津地域にアカウリ,アキマメ,ヤツガシラとよばれる3種類の地区内で継承される特徴的な作物が存在することが明らかとなった.小津地区では,ほぼすべての作物は,近隣のホームセンター等で種子や苗を入手したものが利用されるが,これらについてはそれぞれ栽培している農家によって自家採種が行われており系統が維持されていた.

ヤツガシラは別名小津菜ともよばれており住民には地区内の古くからの作物として認識されている.一方同定の結果,セイヨウアブラナであることがわかり,導入時期は明治期以降の可能性が高い.冬季の葉菜として利用されており,13世帯において栽培が確認できた.アキマメは6~11月に栽培されるマメ科の作物で,さやごと食される.果実に赤紫色の模様があるのが特徴であり19世帯が栽培している.アカウリは8~10月に栽培されるウリ科キュウリ属の作物である.生長するにつれて黄色味を帯び,加熱調理に利用される.2018年11月時点では2世帯のみが栽培を行っている.

これら地域に特徴的な3種類の野菜は,小津地域で自家採種によって維持されている作物であるが,地区内にこうした作物が存在することを知らない住民が多く存在した.またさらに,これらの栽培を行っている農家自身も系統保存については無関心である傾向が強かった.熊本の伝統野菜の認知度について調査を行った冨吉・上野(2016)によって,地域住民であっても認知されていない事例が報告されており,小津地域と類似している.日本の山村では,地域固有の作物が残存しているもののそれを扱っている住民によってさえもその固有性が認識されていない可能性があり,地域固有の植物資源の探索のためには,外部の人間をまじえた悉皆的な調査が必要であると考えられる.その一方で,たとえ地域内に固有の資源が存在していたとしても,地域住民によって価値が十分に認識されていなければ,域内で持続的に継承される可能性は非常に低い.より着実かつ発展的な継承に向けては,住民による価値認識や保全のためのあるべき動機付けの検討に加え,植物資源に対する住民の価値体系と固有資源の残存のしやすさとの関係性の解明,さらにはその背後にある社会経済環境との関連性の解明などが今後の課題として求められる.

5. 岐阜県揖斐郡揖斐川町小津地区における野生・半野生植物の消費と利用の特徴

小津地区では,主食に関して,自宅の水田で生産されたコメが最も頻繁に消費されており,本調査によって地区内の主食の自給性の程度を,量的な側面から確認した(表2).コメのうち約80%が自給されており,次いで小津地区外からの購入,水稲生産を行っている地区内の友人からの購入が多かった.モチ米に関しては,栗ご飯や赤飯等として消費されていた.

表2. 主食の出現回数と入手先
入手先 コメ パン 麺類 モチ
自作 133 0 0 0
購入(地区外) 20 34 9 2
購入(地区内) 13 0 0 0
譲渡(地区外親戚) 0 0 0 0
譲渡(地区内友人) 0 0 0 1

また野菜類については,合計44種類が利用されており菜園からの収穫物が延べにして全体の約70%を占めていた(図3).作物の種類別にはダイコンが最も多く,サトイモ,ナス,キュウリ,タマネギ,ネギなどが続いたが,出現回数の上位20種類において,ニンジン,レタス,キャベツ,ダイズを除いて,自宅が主要な入手先になっていた.ここにおいても,普段の食生活に対する自宅の農地における作物生産の寄与の大きさが確認された.

図3.

野菜類の種類別出現回数と入手先

調査地では多くの野生,半野生植物が利用されており,多くは集落周辺から調達されていた(表3).これは高齢化に伴い,山の中に入る頻度が減少したこと,また植林地が山林のほとんどを占めているため,生育適地が山の中というよりもむしろ集落周辺にあることが影響していると考えられる.利用種数に関して齋藤(2017)は,「食べられる野生植物」そのものは日本においては1000種を超えるが各地で日常的に利用される食用野生植物は平均で7種程度,最も多様な地域でも20種程度であるとしている.一方小津では32種(なおフキとフキノトウは同種)の野生,半野生植物を確認することができ,山菜を利用している平均的な集落よりも多様な利用が行われていた.また小津地区では,菜園で生産された作物,野生および半野生植物の多くは保存のために,乾燥,塩漬け,梅酢漬け,糠漬け,ハチミツ漬け,焼酎漬け等の加工が施され消費されていた.冷凍,冷蔵による保存も広く行われていた.また限られた材料で工夫して加工が行われており,例えば梅を漬けた梅酢を使ってショウガを漬けるといった加工物を再利用する例もみられ,自身の農地において生産および消費を完結させることによって,年間を通じた生活を成り立たせようとする志向性をもっていることが示唆された.

表3. 小津地区における野生,半野生植物利用
植物名 採取地1) 主な利用方法
アケビ C 生食
アザミ F,P 天ぷら等
ウド F,H,P 天ぷら・味噌和え
ウメ F 梅干・梅酒・腹薬
クリ・ヤマグリ C,F,H 栗飯・茹で栗
オオバコ・オバコ F 茶・風呂
カキ F,H 生食・干柿・漬柿
カリン F,H 置物・蜂蜜漬
ギンナン S 乾燥・料理
クレソン P,R 生食
ゲンノショウ F,H
コゴミ R お浸し等
コシアブラ C 天ぷら等
ジネンジョ C とろろ
スギナエ F,H
ゼンマイ F,P 保存・料理
タケノコ F,H,P 塩漬け・冷凍
タラノメ・キダラ F,C 天ぷら等
ツクシ F,H 卵とじ等
ツクネイモ C,F 料理・団子
ドクダミ P,R
トチ C,F トチ餅
ビワ F,H 茶・焼酎漬・塗薬
フキ F,H,P 塩漬け・料理
フキノトウ F,H,P 天ぷら等
ホオノキ C,F 柏餅
ミツバ F,R 薬味
ヤマイモ C,F とろろ
ユズ F,H 料理・薬味・冷凍
ヨモギ F,P ヨモギ餅・傷薬
リョウブ C 米粉と混ぜて炊く
ワサビ P 薬味・ハナハジキ
ワラビ F,P 乾燥・塩漬・料理

1)C;二次林,F;菜園周辺,H;居住地,P;水田周辺,R;川沿い,S;神社.

6. 菜園が地区内外の交流に果たす役割

消費実態に関する調査から,中山間地域における農業の自給的側面が強い一方,自給的な消費以外にも,親戚や友人との関係性が消費に現れていた(表2,図3).本地区は高齢者が多く,必然的に農作業に投入できる労働力が限定されており,しばしば労働力の不足が起こるため,住民同士の関係の維持は重要である.参与観察の結果から例えば水田の移植期や収穫期,あるいは夏から秋にかけての菜園の収穫期には,相互扶助のもとに労働交換が行われ,労働力の不足が補われている様子を伺うことができた.また獣害対策のフェンスの設置,マルチの貼りかえ等の重労働が生じる際も同様に住民同士が手伝う様子がみられた.地区内の水田や菜園は小規模であるとはいえ,住民が相互に助け合うことでその生産が支えられていた.

また菜園からの生産物は地区の外にいる親戚や友人との関係維持にも貢献していると考えられる.例えば本地区では肉や魚等の食材は地区外から調達されていたが,高齢等の理由で車を運転できず販売店に行けない場合には,車を所持する親族や友人に依頼して調達が行われ,受取った際に代わりに菜園の産物が渡されていた.近隣の揖斐川町や大垣市の市街地に居住する子世代によって購入した食材が供給され,子世代には菜園で生産された野菜が渡される事例も聞かれた.菜園からの産物は区外の人々との関係維持にも貢献しており,このことは自身だけでなく子や孫のために作るという生産意欲につながっている可能性を指摘できる.

また菜園は,上記のような生産を行う場であると同時に,会話等の交流が行われる場でもあった.菜園の多くで複数世帯が隣接しており,午前10時あるいは午後3時といったある程度決まった時間に住民は菜園に出かけ作業を行い,この際に友人,隣人と顔を合わせ,雑談を行うのが日課となっていた.菜園にコーヒーカップ,コーヒーの入ったポット,茶菓子を持って出かけ,交流がはかられていた.畑が隣接していることで,菜園は,住民が自然とお互いの存在を確認する場にもなっており,加えて,こうした楽しみが地区内の高齢者にとっての外出の動機にもなっている可能性がある.種子や苗の授受や情報交換もこうした場で行われる場合も多く,菜園は作物生産の場だけでなく,住民同士の交流を促す重要な場としても機能していると考えられる.

7. まとめ

岐阜県揖斐郡揖斐川町小津地区を事例とし,中山間地域の小規模な農業の作付体系や食用植物利用を網羅的な調査を通じて詳細に観察しその意義について考察した.その結果,小津地区の農業は自給的な性格を強く持ち合わせており,販売が主な目的ではないために耕作者の嗜好が反映されやすく,わずかながらも地域内で継承される特徴的な作物が残存していることが明らかとなった.またこの地域では生産物の交換が無視できない頻度で行われており,小規模な農地からの生産物は地域内外の人々との交流に貢献している可能性も示した.

日本の中山間地域では一般的に高齢化が進行しており販売を目的とした農業への急速な転換は困難であると考えられる.一方で本研究から明らかになったような,販売を主目的としない自給的な性格をもつ農業には,作物を生産するという目的以外にも,多様な役割が含まれている可能性がある.悉皆的な調査による有望な地域資源の発掘,および小規模農業の社会的機能の再評価等,農業生産以外の価値づけを含めた小規模農業の多面的評価を実証的手法によって行い,今後に生かしていく必要がある.

謝辞

本研究は,平成28~30年度岐阜県揖斐郡揖斐川町小津地域活性化支援業務の一環として実施した.本研究の実施を強く推進した三好朝子,竹内大里昴,吉見千博の3氏には感謝を申し上げます.また調査に協力いただいた小津地区はじめ関係者の皆様に深い感謝の意を表します.

引用文献
 
© 2020 地域農林経済学会
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