農林業問題研究
Online ISSN : 2185-9973
Print ISSN : 0388-8525
ISSN-L : 0388-8525
個別報告論文
水稲有機栽培における高能率除草機導入の経済効果
島 義史三浦 重典上西 良廣
著者情報
ジャーナル フリー HTML

2020 年 56 巻 2 号 p. 54-61

詳細
Abstract

In this study, we focused on the task of weeding that had been an issue in organic rice cultivation, and investigated the economic effects of introducing a high-efficiency weeder. We analyzed working hours and production costs, and estimated the possibility of expanding the organic rice acreage. The results were as follows: (1) The weeding time in organic rice cultivation decreased significantly; (2) although the production cost of organic rice cultivation was higher than that of conventional rice cultivation, it was more advantageous, considering the price of organic rice; and (3) estimation by linear programming revealed that using a high-efficiency weeder could increase the area under organic rice cultivation.

1. 背景と課題

2006年に有機農業の推進についての基本理念を定めた「有機農業の推進に関する法律」が制定され,2018年には「有機農業の推進に関する基本的な方針」が公表されている.農林水産省生産局農業環境対策課(2020)によると,新規参入者で有機農業に取り組む割合が比較的高く,有機農業の取組面積は2009年の16千haから2017年には23千haにまで増えているものの,現状では耕地面積の0.5%にとどまっている.

有機栽培の生産面における課題の一つにあげられるのが労働時間の長さである.特に注目されるのが除草作業で,有機水稲栽培では生産労働時間の22.6%(慣行栽培5.9%)を占めている(農林水産省生産局農業環境対策課,2020).有機水稲栽培の拡大に向け除草作業の省力化が求められている.

有機栽培を含む環境保全型農業の栽培技術に関する経営・経済的な研究は一定の蓄積がある.除草作業に注目した分析として,北海道立総合研究機構中央農業試験場(2006)は,除草作業への取り組みの相違を反映させた有機水稲の経営モデルにより,除草作業への対応が栽培可能面積を規定することを明らかにし,高性能な除草機の開発が重要としている.また,紺屋他(2002)は,コンジョイント分析により,農家が自然農法を選択する条件として,労働時間を約40時間/10 aにまで引き下げる乗用型除草機の必要性を指摘している.

そのような中で,高能率な乗用・ミッドマウント型の水田用除草機(以下,高能率除草機)が開発され,生産現場での実証試験,市販化が進んでいる.高能率除草機は最速1.2 m/sで除草作業を行うことができ,2回の除草で除草効果が80%以上となり欠株率も低いことから,除草に要する労働時間を大幅に削減することが期待される(農研機構,2014).

乗用型除草機については,宮武(2017)大森他(2017)による分析があるが,除草の作業能率や労働負荷,除草経費の観点から乗用型除草機の作業可能面積や導入に適した面積が示されるにとどまっている1.高能率除草機の普及が進む段階では,慣行栽培水稲との組み合わせや除草作業と他の作業との競合等の営農実態を踏まえ,有機水稲への高能率除草機の導入によってもたらされる経済効果を析出することが求められる.

また,分析の対象としてあげられるのが,定年帰農を含む新規参入者である.一般社団法人全国農業会議所全国新規就農相談センター(2017)によると,新規参入者のうち26.7%が有機農業を行っており,定年帰農が想定される50歳代以上でも有機農業の実施を就農理由とする割合が高い.一方で,有機農業に取り組む者のうち売上が500万円未満とする回答が多く,売上高の向上が課題であることがうかがえる.

この点で,有機水稲の経済性を検討した高橋(2013)は,乗用型除草機を導入している経営を含む有機水稲経営の分析を通じ,小規模有機水稲のみで経営を成り立たせることは困難であり,有機水稲の面積を300 aから500 aへと拡大していくことを段階的な到達点として示しており参考になる.しかし,乗用型除草機による面積拡大効果について踏み込んだ分析には至っておらず,定年帰農を含む新規参入者を想定しつつ,高能率除草機による有機水稲の面積拡大の可能性を検討することが必要である.

そこで本研究では,2018年に行った実証試験をもとに,高能率除草機による有機水稲栽培の労働時間や生産費用を整理するとともに,線形計画法により有機水稲面積の拡大の可能性等を試算し,高能率除草機の導入効果を明らかにすることを課題とする.なお,ここでの有機栽培は「有機農業の推進に関する法律」における「有機農業」の定義(「化学的に合成された肥料及び農薬を使用しないこと並びに遺伝子組換え技術を利用しないことを基本として,農業生産に由来する環境への負荷をできる限り低減した農業生産の方法を用いて行われる農業」)に準拠し,有機 JAS認証を取得したものに限定していない.

2. 対象と方法

(1) 実証経営の概要

本研究の対象としたのは埼玉県A市の高能率除草機の実証経営(以下,B経営)である.A市は農業地域類型において都市的地域に分類され,利根川流域の低湿田地帯に立地する.B経営の経営者は定年帰農によって就農し,経営面積は現在475 aで,圃場数は39筆に及び1筆あたり面積は12.2 aとなっている(表1).機械利用組合に加入しており,トラクターを共同利用している.また,B経営は近隣の8経営で構成される生産者組織Cに参画している.B経営では2018年産において13 aの圃場で有機栽培を行っており,田植時期は5月第3半旬となっている.

表1. 実証経営(B経営)の概要
労働力(年齢):担当作業 経営者(70代):全般,妻(60代):育苗,田植・除草・収穫補助,長男(40代):苗箱播種
経営面積 475.3 a,うち借地:28.5 a
圃場数,1筆あたり面積 39筆(最遠圃場は自宅・機械格納庫から1 km),12.2 a
作付品種 彩のかがやき 192.7 a試験圃場(有機栽培13 a)品種
彩のきずな 122.6 a一部米粉用等
コシヒカリ 72.5 a
あさひの夢 43.4 a
ほしじるし 21.6 a
主要機械 トラクター42 ps・43 ps(共同)・35 ps(共同),田植機6条,ロータリー1.8 m,代かきハロー,コンバイン(自脱・3条),乾燥機40石・28石

資料:B経営資料,聞き取りより作成.

生産者組織Cは2014年より活動を開始している.「特色ある水稲及び作物の栽培方法を実践することにより,栽培された農産物を通じ,消費者組織との連携強化を図り,地域水田営農の活性化と質の高い農業経営の確立を図ること」を目的にし,消費者組織との交流会や体験事業も行っている.また,農協,担当行政部局によって構成される協議会が置かれ,連携を図っている.

(2) 高能率除草機を取り入れた有機水稲栽培の概要

高能率除草機を取り入れた有機水稲栽培(以下,実証体系)の耕種概要は次のとおりである(表2).本研究で注目する除草について,実証体系では,田植後1週間程で1回目の,さらにその後同程度の間隔をあけて2回目,3回目の機械除草が設定されている.また,代かきのタイミングも重視しており,代かきと機械除草を適期に確実に実施することが重要である.

表2. 実証体系の耕種概要(5月第3半旬田植)
作業 概要
育苗 播種日は4月7日,プール育苗,播種量3 kg/10 a
基肥 堆肥(1 t/10 a),有機質肥料
耕起整地 11月上旬から3回耕起,代かき2回(荒代を田植の2週間程度前,植え代を田植の2~3日前)
田植 田植日は5月12日,苗箱20枚/10 a
除草 機械除草1回目:田植後1週間程度後,2回目・3回目:前回から1週間程度の間隔をあけて実施
追肥 7月中旬,7月下旬,8月上旬の3回
収穫 収穫日は9月28日

資料:B経営作業日誌より作成.

高能率除草機は乗用管理機の中央に除草部が設置されており,除草部は稲の条間を駆動ロータで,株間を揺動レーキで除草する(農研機構,2014)(図1).一方,実証地域では従来,歩行型除草機による除草(以下,従来体系)が行われている.

図1.

高能率除草機(上・中)と実証地域で用いられている歩行型除草機(下)

資料:筆者撮影.

(3) 方法

実証試験での作業調査により得られた機械除草の作業時間,B経営による作業日誌や資材購入記録等の経営資料をもとに,実証体系の労働時間や生産費用を析出する.その上で,線形計画法による試算をもとに,高能率除草機の導入による経済効果を分析する.また,B経営の有機栽培13 aのうち高能率除草機の処理区以外での労働時間等から従来体系を整理する.高能率除草機は生産者組織Cの8経営での共有を想定する.

労働時間や生産費用については,B経営の慣行栽培との差異を確認するとともに,統計値との比較も行う.農林水産省大臣官房統計部(2004)のデータを参照し,全国値から高能率除草機の導入効果を検討する.また,線形計画法による試算では,実証経営の現状下での試算に加えて経営面積の拡大や労働力の追加を可能とした場合等,各種条件下での試算を行う.

3. 高能率除草機の導入による労働時間,生産費用への影響

(1) 労働時間

B経営における作業別の労働時間を整理した(表3).B経営の実証体系と統計値の有機栽培を比べると,合計時間に大差はないが除草時間には違いが認められる.統計値では除草時間が10.0時間に及ぶものの,実証体系では機械除草3回で2.3時間に抑えられている.表示は省略したが,必要な場合に別途行われる補助的な手取り除草時間を把握しており,機械除草3回に手取り除草を加えても6.3時間となる.高能率除草機の省力化効果が認められ,それぞれ統計値に対して77%減,37%減となっている2

表3. 実証経営(B経営)における水稲栽培の労働時間(h/10 a)
実証経営 統計値
実証体系有機栽培 慣行栽培 環境保全型農業推進農家の経営分析調査(全国)
有機栽培 慣行栽培
種子予措・育苗 3.8 2.8 3.3 3.2
耕起整地 4.6 4.6 3.6 3.2
基肥 1.1 0.8 1.2 0.9
田植 2.9 2.9 3.1 3.1
追肥 1.5 0.7 0.4 0.6
除草 2.3 1.2 10.0 1.6
管理 7.2 6.3 7.0 4.1
防除 0.0 0.0 0.2 0.8
刈取・脱穀 3.0 3.0 2.8 2.8
乾燥 1.1 1.1 1.3 1.5
生産管理労働 3.7 0.6 1.7 1.1
上記計 31.1 24.0 34.7 23.0

資料:作業調査,B経営資料,農林水産省大臣官房統計部(2004)より作成.

1)有機栽培の実証体系の除草時間は高能率除草機による機械除草3回の労働時間を示している.従来体系での除草時間は11.0~16.5となる.

2)手取り除草の効果について雑草乾物重を比較すると,機械除草3回の場合と機械除草3回に加えて補助的手取り除草を行った場合では,生育期間中は前者11.4,後者4.2,収穫期は前者12.9,後者13.0(単位はgm−2)である.機械除草のみで雑草は概ね抑えられているといえる.

3)実証体系の生産管理労働には,生産者組織Cの会合への出席時間を含む.

4)慣行栽培は,有機栽培と同日に播種した作型のものである.

次に,B経営の時期別の労働時間を整理した(図2).春作業が集中する5月に大きな労働ピークが形成されおり,耕起整地,基肥・追肥,田植,除草,管理,育苗等の各種作業が遂行されていることがわかる.

図2.

実証経営(B経営)の時期別労働時間(3月~10月)

資料:作業調査,B経営資料より作成.

B経営では,機械作業についてはオペレーター1人体制で連続的に生じる各種の作業を実施している.実証体系では,抑草効果を高めるため田植後3回程度の機械除草を適期に行うことが重要だが,この頃にB経営では主な作業として,代かきを4月25日~5月25日,田植を4月29日~5月26日,慣行栽培圃場における除草剤散布を5月17日~6月8日に実施している(2018年実績).機械除草はこれらの合間を縫って行われることとなる.

高能率除草機の導入によって除草時間の削減が期待される.その一方で,除草効果を得るには春作業の集中する時期でも,適期に確実に機械除草を行わなければならないことから,計画的な作業進捗が求められるといえる.

(2) 生産費用

B経営における水稲の生産費用を整理した(表4).実証体系と慣行栽培とを比較したところ,10 aあたり費用合計で実証体系が139,879円,慣行栽培が123,849円となっており,実証体系の方がおおよそ1.6万円高くなっている.物財費では,高能率除草機の導入による農機具費の掛かり増しが0.6万円程度生じている.それに加えて有機培土の使用,堆肥及び有機質肥料の投入によるその他諸材料費,肥料費の増加がそれぞれ0.2万円程度ある.また,労働時間が長くなることから1.1万円程度の労働費の増加が認められる.

表4. 実証経営(B経営)の水稲の生産費用
実証体系有機栽培 慣行栽培
10 aあたり 費用合計 139,879 123,849
物財費 90,868 86,071
 種苗費 1,581 1,525
 肥料費 13,100 11,037
 農業薬剤費 0 5,503
 光熱動力費 5,638 5,638
 その他の諸材料費 3,150 1,500
 土地改良水利費 2,986 2,986
 賃借料料金 4,153 4,153
 物件税公課諸負担 4,212 3,955
 建物費 7,143 7,143
 自動車費 8,342 8,342
 農機具費 39,792 33,518
 生産管理費 771 771
労働費 49,011 37,778
収量(kg/10 a) 442 483
60 kgあたり費用合計 18,988 15,385

資料:作業調査,B経営資料より作成.

さらに,10 aあたり収量は慣行栽培が483 kgなのに対し実証体系は442 kgで,慣行栽培の91.5%となっている.この単収をもとにして60 kgあたりの生産費用を算出すると,慣行栽培は15,385円であるのに対し実証体系は18,988円となり,慣行栽培対比で123%となっている.他方で,B経営での有機栽培米の販売価格は慣行栽培の177~182%である.このことから,現状の販売価格が維持されれば実証体系は有利性をもつとみられる.

4. 線形計画法による試算

(1) 試算の前提条件と試算内容

以上に整理した労働時間や生産費用をもとにして線形計画法による試算を行い,高能率除草機の導入効果を分析する.試算には線形計画法プログラムXLPを用いる.試算の前提条件は表5のとおりであり,試算に用いる単体表の作物プロセスは,実証経営の現状をもとに,田植時期,慣行・有機,除草方法の違いにより14プロセスを設定する.有機栽培では,慣行栽培で最も早く4月第6半旬に田植される苗と同日に苗箱に播種された苗が5月第3半旬に田植されることから,5月第3半旬以降の8プロセスを設ける.有機栽培のプロセスは,各モデルの①では従来体系のみ,②では実証体系も選択可能とする.

表5. 試算の前提条件と試算内容
前提条件 試算内容
●農業所得の最大化を目的式とし,経営面積,労働力は実証経営の現状(表1.参照)に基づく. モデル1:現状モデル
-①有機水稲の田植時期(4月第1半旬に播種し,5月第3半旬に田植する作型)は現状のまま,従来体系で有機水稲栽培に取り組む場合.【現状】
-②高能率除草機による機械除草を実施する場合.【現状+実証体系】
モデル2:田植機時期分散モデル
-①育苗施設の容量による制約を解除し,田植時期の違う4作型の有機水稲栽培を従来体系で取り組む場合.【田植分散】
-②高能率除草機による機械除草を実施する場合.【田植分散+実証体系】
モデル3:借地による拡大モデル
-①有機水稲栽培は従来体系とし,経営面積の制約を除いた場合.【面積拡大】
-②高能率除草機による機械除草を実施する場合【面積拡大+実証体系】
モデル4:雇用労働力導入モデル
-①有機水稲栽培は従来体系とし,繁忙期(4月第1半旬から6月第6半旬まで)に機械作業可能な労働力を1人確保する場合.【労働力1人追加】
-②高能率除草機による機械除草を実施する場合【労働力1人追加+実証体系】
●現有の経営耕地は全て自作地とし,モデル3(右記,以下同じ)における経営耕地の拡大は借地による.労働時間は,家族,雇用とも1日8時間各旬10日間(半旬5日間)を上限とし,モデル4では,雇用労働力を繁忙期(4月第1半旬から6月第6半旬まで)に1人追加する.
●借地料は実証地域の実態を反映する.雇用賃金は,一般社団法人全国農業会議所「農作業料金・農業労賃に関する調査結果-平成29年-」における,全国平均のオペレーター賃金(トラクター,田植機)の平均額とする.
●有機栽培の単収,販売価格は実証経営,実証地域の実態を反映する.単収は実証体系では慣行栽培の83~92%,従来体系では実証体系の75%.販売価格は従来体系,実証体系ともに慣行栽培の177~182%.
●作物プロセスは田植時期,慣行・有機,除草方法の違いにより14プロセスを設定(移植の時期を示した数値の4/6は4月第6半旬を指し,以下同じ)する.
慣行(6プロセス) 有機(従来体系4プロセス,実証体系4プロセス)
 早期4/6移植  有機5/3移植(従来体系)
 早植5/1移植  有機高能率除草機(実証体系)5/3移植
 早植5/2移植  有機5/4移植(従来体系)
 早植5/4移植  有機高能率除草機(実証体系)5/4移植
 早植5/5移植  有機5/5移植(従来体系)
 飼料用5/6移植  有機高能率除草機(実証体系)5/5移植
 有機5/6移植(従来体系)
 有機高能率除草機(実証体系)5/6移植
モデル1-①は慣行6プロセスと有機5/3移植(従来体系)が,モデル1-②はそれに加えて有機高能率除草機(実証体系)5/3移植が選択可.モデル2~4において,①は慣行6プロセスとあわせて従来体系の有機水稲4プロセスの10プロセスが,②はそれに実証体系の有機水稲4プロセスを加えた14プロセスが選択可.
●有機プロセスの従来体系と実証体系には除草作業時間に違いがあり,1回の除草の10 aあたり作業時間は前者が5.50時間,後者が0.77時間.除草の実施時期,回数は5月第4半旬,同第6半旬,6月第1半旬の3回で同じ.

モデル1は,現状のB経営の条件を踏襲した試算である.

モデル2は,現状で栽培面積を規定する要因となっている育苗施設の容量の制約を解除し,有機水稲の田植時期を分散させた試算を行う.実証試験では,B経営の実態にあわせて有機水稲を4月第1半旬に播種し5月第3半旬に田植する作型に限ったが,田植時期を分散させることによって実現可能な栽培面積を確認する.

モデル3は,経営面積を拡げられる条件下で有機水稲がどの程度選択されるかを確認し,栽培面積拡大の可能性をみる.

モデル4は,機械作業が可能な労働力を1人追加した場合を想定した試算を行う.先に分析したとおり,高能率除草機による作業は除草作業を大幅に削減するが,繁忙期での適期作業が要請される.このことから当該時期に雇用を行い高能率除草機の稼働面積を確保できるようにした場合の導入効果を確認する.

(2) 試算結果

各試算の結果を整理すると図3のとおりである.B経営の現状下でのモデル1-①では,有機水稲の採択面積は54 aとなった.高能率除草機を導入しなければ,有機水稲は経営面積のうちの限られた部分にとどまるとみられる.モデル1-②をみると,有機水稲の採択面積は100 aとなっている.作型や土地面積条件等を現状のままとして実証体系を取り入れることで同時期の育苗面積の限界まで有機水稲が採択される結果となった.

図3.

試算の結果

1)図中の数値は試算より得られた栽培面積(a),下線数値は試算より得られた農業所得額(万円)を示す.

次に,モデル2の結果から田植時期の分散による有機水稲の拡大可能性をみたところ,有機水稲の採択面積は141 aとなっている.ただし,従来体系では収量が低位であることから,農業所得はモデル1-②に比べて下がることが見込まれる.有機水稲の田植時期の分散に加えて実証体系の採用を可能とした場合がモデル2-②であるが,有機水稲が386 aとなり採択面積が大幅に増えている.モデル2における農業所得を比べると,高能率除草機の導入によって195万円の拡大が見込まれている.

また,経営面積の拡大可能性を考慮したモデル3では,栽培面積の合計は638~672 aまで拡大するとの結果が得られた.しかし,モデル3における有機水稲の採択面積はモデル3-②でも305 aでモデル2-②のそれを下回っている.経営面積の拡大にあたり,より省力的な慣行栽培の方が選択されたとみられる.

さらに,繁忙期に労働力を1人追加する条件を置いたモデル4では,栽培面積の合計が大きく増え956~984 aとなっている.ただし,高能率除草機を導入しない想定のモデル4-①では有機水稲の採択面積は105 aにとどまっている.これに対し,モデル4-②での採択面積は469 aとなっている.モデル4における農業所得を比べると,高能率除草機の導入によって267万円の拡大が見込まれており,繁忙期において高能率除草機の稼働面積を確保できる労働力が得られることが重要といえる.

以上,各モデルの試算結果を検討したが,いずれも高能率除草機の導入が有機栽培面積の増加をもたらし,経営面積の拡大可能性を考慮したモデル3,4でも,有機栽培面積の拡大が選択されることで農業所得の向上につながっている.本試算結果から,高能率除草機が水稲の有機栽培の取組面積拡大に寄与し得るものと考えられる.

5. まとめと残された研究課題

本研究では,有機水稲栽培において課題となっている除草作業に注目し,高能率除草機の営農現場での実証試験の結果をもとに,実証体系の労働時間や生産費用を明らかにするとともに,経営シミュレーションを通じて有機水稲の作付面積拡大の可能性を分析し,高能率除草機の導入による経済効果を示した.

第一に労働時間の面では,現地実証を行った機械除草を3回行う場合で除草時間が10 aあたり2.3時間となり,統計値である10時間から77%削減された.高能率除草機が有機水稲栽培のネックとなってきた除草作業時間を大幅に低減することが示された.

第二に生産費用の面では,慣行栽培と実証体系の10 aあたり費用合計を比較したところ,実証体系の方がおよそ1.6万円高くなった.60 kgあたり費用合計では慣行栽培対比で123%となるが,有機栽培米の販売価格が慣行栽培の177~182%となっている販売価格を踏まえると,高能率除草機の導入が有利とみられた.

第三に労働時間や生産費用の整理の結果を踏まえ線形計画法による試算を行ったところ,高能率除草機の導入によって有機水稲の栽培面積を増加させられることが示された.経営面積を拡大し得る条件下では,機械作業ができる労働力を繁忙期に1人確保できれば,469 aまで有機栽培面積を伸ばすことが可能との結果が得られた.

また,実証経営の現状の販売価格,経営面積をもとにすると,高能率除草機の導入と有機栽培の作型拡大で195万円の農業所得の増加が推計された.さらに,経営面積の拡大を条件に加え労働力の追加確保を想定した場合の農業所得は614万円と推計され,高能率除草機の導入によって267万円の所得向上が見込まれた.

ただし,このような経済効果が得られる前提として,繁忙期においても適期に機械除草作業を遂行することが重要である.栽培体系の異なる慣行栽培との組み合わせの下で,連続的に生じる各種の作業に対応できる作業管理が求められる.また,繁忙期に機械作業が可能な者を1人増やしても,作業競合下では先行研究で示された最大稼働面積の実現が容易ではないことが示された3.適期に機械除草を担当し得る人材が確保できるかどうかが,高能率除草機の導入に際しての重要な検討点であるといえる.実証経営に即していえば,個別経営において人材確保が難しい場合には,生産者組織での対応も考慮する必要があろう.

高能率除草機の導入による経済効果の発現には上述のような前提条件の克服が必要になるが,高能率除草機は既存の有機水稲生産者の面積拡大に加え,新たに有機水稲に取り組む者の参入障壁を低減させると推察される.本研究での試算の結果から,高橋(2013)と同じく小規模有機水稲だけで経営を成立させることは困難とみられるが,高能率除草機が有機水稲の作付面積の500 a程度への拡大と所得増に貢献する可能性が認められるとともに,モデル1から4にかけてのステップは,定年帰農を含む新規参入者が有機水稲の面積拡大を図るプロセスを示唆すると考えられる.小規模での有機水稲について,モデル1-②は育苗施設の制約がある中ではあるが100 a規模での高能率除草機の導入を想定したものとなっており,共同利用を前提として,先行研究で示された導入に適した面積の下限に近い面積での導入効果がどの程度かを示したものといえるだろう.また,当該規模の有機水稲だけで経営を成立させることは難しいものの,高能率除草機の導入によって除草作業の大幅な削減が期待できることから,例えば野菜作との組み合わせ等,複合経営の可能性を示唆するものと考えられる.

最後に,残された研究課題として試算に関わるものをあげると,本研究では,高能率除草機を生産者組織において共同利用することを想定したが,その利用調整についての考察が必要となる.この点,農機の共同利用では一般的な問題といえるが,高能率除草機の場合,田植後の除草作業のタイミングが重要であることから緻密な運用が必要となるだろう.除草作業の実施時期の違い等を踏まえたより精緻なモデルを構築することが求められよう.

販売に関しては,本研究では実証経営の実績価格をもとに販売数量については制約を設けない想定をしているが,販売先の確保状況やそこでの価格水準によって有機栽培の面積は決まってくるだろう.また,有機水稲の生産の安定性について本研究では考慮していない.仮にモデル2-②のように経営面積の大半で有機水稲を採用する場合に,収量や品質の変動等のリスクをどのように判断するかを踏まえる必要があろう.

これら,高能率除草機の利用調整の検討とモデルの精緻化,有機水稲の販売条件,収量や品質の変動の可能性を踏まえた研究は今後の課題としたい.

1  宮武(2017)大森他(2017)の先行研究では,除草機の最大稼働面積を,それぞれ,機械除草の間隔を10日間,1日8時間で10日間フル稼働するとして17.3 ha,機械除草の間隔を1週間,1日8時間で1週間のうち5日間稼働するとして8.0 haとしている.また,大森他(2017)は他の除草方法との比較から77 a~800 aを導入に適した面積として提示している.

2  他地域では,代かき時の除草の徹底等,他の抑草対策を組み合わせることによって,高能率除草機による2回の機械除草で十分な抑草を達成している事例がある.また,雑草量が少ない等の条件により,機械除草1回のみの圃場があることも確認している.

3  この点について,現在開発が進められている各種の水田用除草ロボットは,オペレーター数の制約を緩和して有機水稲の栽培面積拡大に寄与することが期待できる.

引用文献
 
© 2020 地域農林経済学会
feedback
Top