農林業問題研究
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書評
金子あき子著『日系食品企業の海外販売戦略―中国・香港・台湾における実証研究からみえるもの―』
〈農林統計出版・2018年11月〉
石塚 哉史
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2020 年 56 巻 2 号 p. 78-80

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1. はじめに

周知の通り,2012年に農林水産省は「我が国の食と農林漁業の再生のための基本方針・行動計画」に基づいて「食品産業の将来ビジョン」を策定し,食品産業のあり方や展開方向を明示した.上述のビジョンでは,食品産業に期待される役割と目指すべき方向,食品産業の持続的発展に向けた共通の目的と取組内容を示し,食品関連産業の市場規模(国内生産額)の拡大及び農林漁業の成長産業化,を実現しようとするものであった.この中で示された食品産業の目指すべき方向として「海外市場を開拓し,グローバル化を進める企業群の形成」「独創的な食・サービスを提供し,国内需要を拡大する企業活動の活性化の並存する状況が望ましい」という記述が確認でき,食品産業の目指す対象範囲が国内市場のみでなく,海外市場も含まれていることが理解できよう.

2013年に策定された「食文化・食産業のグローバル展開とFBI戦略」においても日本の農林水産業・食品産業の発展のためには,アジアを中心とした世界の食市場の成長を取り込むことを重要課題と位置づけ,現在に至っている.そこで中国と日系食品企業の関係をみていくと,1980年代から現在にかけて進出件数が顕著な地域であることだけではなく,今後も持続的な企業展開に取り組んでいることが指摘できる.こうした中で,日系食品企業の中国進出に関する研究は中国産食品の輸入増大の要因や開発輸入の実態に関する研究が蓄積されているものの,中国国内市場への参入や販売事業に言及した研究は大島(2015)1以降の研究成果が蓄積しておらず,未だ緒に就いた段階といわざるを得ない.

こうした情勢を踏まえて本書は,日系企業の進出が顕著な山東省,上海市,江蘇省,広東省に拠点を有する食品企業を対象としたヒアリング調査に基づき,各地域における展開を分析し,中国市場の特徴及び中国国内向けの販売戦略を解明することを目的として掲げ,取り纏めている.

2. 本章の構成と内容

以下では,章別構成に従って本書の内容について紹介していく.

まず,はじめに第1章「本論文の課題と構成」では,中国進出日系食品企業を分析対象とした先行研究の整理を行い,「販売展開する際に有利な進出形態」「特有の商慣習と日系食品企業との関わり」に対する研究が不十分であることを指摘した.その後,本研究の課題として中国進出日系食品企業の販売戦略を,①生産拠点と販売先の選択,②チャネルの選択,③安全・安心品質の確保,④標準化戦略,⑤出資形態の選択,⑥商品開発の現地適応化,⑦中国特有の商慣習の7点に焦点をあてて解明することを開示し,調査内容及び本書の構成について説明した.

第2章「日系農業企業A社の中国事業転換」では,日系農業企業による中国進出の展開過程の分析を行った.分析の結果,日系農業企業が中国市場へ参入する場合,日本と同等レベルの高品質生産及び鮮度・品質の維持可能な流通システムの実現が重要であると指摘した.

第3章「日系農業企業B社の安全・安心な食品生産と販売」では,中国国内において安心・安全な食品の生産・流通を可能するシステムの構築について分析した.分析の結果,生産面では循環型農業生産の確立及び生産履歴の徹底,流通面ではチルド輸送体制の導入が進展していることを明らかにした.それに加えて,システムの構築には,日本国内の最先端の技術水準でなければ,販路確保が困難になりつつある実態についても言及しており,それに対応可能な人材育成の成否がポイントであることを指摘した.

第4章「大豆タンパク食品企業C社における販売戦略の転換」では,対日輸出から中国国内及び第3国への販売戦略のシフトについて販路獲得や現地の商習慣への対応方法を中心に検討した.検討の結果,(輸出相手国の)各国のニーズに適合させた製品開発及びチャネル選択が販路開拓や販路確保に必要な条件であることを示した.

第5章「食用加工油脂企業D社の中国販売戦略」では,日系食品企業が中国系企業向けの販路開拓を実現する上で基礎条件である(中国特有の)商慣習への取り組みを明らかにした.分析の結果,中国と共通文化を持つ台湾系企業との提携の締結及び日本本社の技術力を最大限活用した製品開発の2点が重要な役割を果たしていることを明らかにした.

第6章「日系ビールメーカーE社の中国販売戦略―中国特有の商慣習問題への対応を中心に―」及び第7章「即席麺メーカーF社の中国販売戦略―中国特有の商慣習問題への対応を中心に―」では,日系食品企業による小売店向けの販売戦略に着目し,中国特有の商慣習であり,尚且つ多額な経費負担となる入店料制度の実態と対応について明らかにした.分析の結果,商慣習の問題が発生しにくいチャネル(業務用,日系小売店)選択の強化,商社及び問屋へ代金回収業務の委託という目的に応じたチャネル選考の必要性を指摘した.

第8章「香港のG社外食事業における販売戦略と課題」及び第9章「台湾における日系外食企業の食品安全確保の取り組みと課題―ファストフードチェーンH社の食材調達システムを中心に―」では,香港・台湾における日系外食企業による販売戦略及び安全・安心確保の取り組みを分析し,中国市場の特性と多様性について検討した.分析の結果,香港市場では消費者の嗜好や景気動向を交流したアイテムの必要性,台湾市場では安心・安全な食材調達の構築,の2点が絶対条件となりつつあることを明らかにした.

最後に第10章「日系食品企業の販売戦略―検討と体系化―」では,前章までに得られたヒアリング調査の分析結果から,上述の第1章で開示した7点の課題に対応して,各企業で採用されている戦略を実証的・体系的に考察として取り纏め,結論とした.

3. 若干のコメント

本書の最大の価値として,第1に中国進出日系食品企業6社及び香港・台湾に進出する日系食品企業書く1社の計8社における現地での企業行動について丁寧なヒアリング調査を積み重ねた実証分析を取り纏めたことにおかれる.最近の中国において多地域で尚且つ複数の企業に渡った詳細な訪問面接調査を我々日本人の研究者が実施するのは困難を極めている状況下では貴重なものであり,本書の最大の魅力となっている2.第2に,中国進出日系食品企業に関連する研究においてデータの制約上,製品戦略やチャネル戦略を中心とした伝統的マーケティングの分析に傾倒していた中で,顧客管理やプロセス管理という従来では検討されていなかった企業行動を分析視角に取り入れたことである.こうした分析によって,中国進出日系食品企業の販路開拓・確保の隘路として叫ばれ,ブラック・ボックス化している現地特有の商慣習への対応策を明確に示したことは大きな意義がある.

最後に全体を通じて評者が本書について感じたコメントについて述べていく.

第1は,事例企業の経営規模の差異や業態の特性と販売戦略等企業行動がどの様な関係を示していたのかについて疑問が残されている.中国進出日系食品企業の製品戦略や商習慣対応の分化が進展する中で,経営規模・進出形態・取扱品目がいかなる関与を示しているのかは大変興味深い視点と考えられないだろうか.第2は,本書の後半で中国市場を相対的に捉える視点の提供という役割を課せられていた香港及び台湾に進出する日系外食企業の分析であるが,その位置づけと効果に関しては議論の余地がある.例えば,これらの事例企業の取り組みが,中国進出日系食品企業による販売戦略等企業行動の展開にいかなる結びつきがあったのか,否かに対する分析をもう少し言及する必要があったのではなかろうか.

以上の様に幾つか評者によるコメントを提示したが,本書が中国進出日系食品企業のマーケティング戦略分析の深化を進めたことへの貢献は揺るぎないものである.現時点において,わが国における食品企業の進出先としての中国の位置や日中間の農林水産物・食品貿易を巡る情勢を鑑みると現行から大幅な転換が予測しにくいことから,加工食品流通や食品産業のマーケティング戦略に関わる研究者をはじめ,食品関連企業の方々にとっても分析結果は参考となるため,広く本書の一読をお薦めしたい.

1  大島一二監修(2015)『日系食品産業における中国内販戦略の転換』筑波書房.

2  1990年代後半~2000年代前半までは日系食品企業研究は活発であった.しかしながら,冷凍餃子混入事件(2007年)発生以降は,それ以前と比較すると極端に研究成果が少なくなっている.詳細は,石塚哉史・相良百合子(2013)「中国系食品企業における対日野菜輸出の現段階と展望」『農村経済研究』31(1):108–114.

 
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